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陸上の渚 ~異星国家日本の外交~  作者: 龍乃光輝
第三章 新時代編 全41話

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第80話 『出発式』

 エルテミア暦二百十一年、三月十四日、午後二十一時。


 須田空港に設置された浮遊船専用垂直離着陸場に設置された誘導灯が灯り、空港に備え付けられた二つのサーチライトが空を照らす。

 数秒二本の光線は対象物を探し、ある一点を交差させた。

 見えるは全長二百メートルはある赤い塗装の飛行艦。


 側面には平仮名で〝ひたち〟と書かれている中型の民間浮遊船だ。


 高度五十メートルから二本の光線で照らされ、徐々に高度を下げていく。

〝ひたち〟は接続地域のある茨城県の旧国名『常陸(ひたち)』から来ており、もう一つの読みで日発ち、つまり日本を発つとも解釈出来ることから採用された。


 内装は日本から提供された情報をもとにリーアン用から日本人用へと改修され、ドアの位置や階段。吹き抜けの廃止などレヴィロン機関が無くても行動ができるように施されている。

 さすがに操縦システムの改修は不可能なので、空自のパイロットが操縦資格を得るまではイルリハラン兵士が操縦を担う。

 ただ、政府専用機として日本に所属しながら異星人がパイロットを務めるのは異例以外にない。


 テロなど安全保障の観念から国家元首が乗る乗り物の操縦は、信頼する自国の人間を使うのが常識だからだ。

 いずれ変わるとはいえ異星人に命を託すのはそれだけ信頼している裏返しにもなるが、常識外なのは間違いない。

 もっとも、転移から今日まで全ての行動が常識外なのだから今更と言えば今更だろう。

 その象徴は須田空港の管制塔からの指示で高度を下げ、地表から一メートルの位置で静止した。


 オーバーホールなどで動力を完全に切らない限り、原則として飛行艦や浮遊船は着地をしない。着地移動用の車輪は備え付けられても、就役から退役の間で車輪を出すのは二ケタにもいたらないほど、異地社会では地面に触れることを避ける。

 すると点検と整備のため、大勢のイルリハラン兵と自衛隊員が昇降用台車を使って船内へと入っていく。

 さらにその周辺では式典の準備も急ピッチで行われはじめた。

 全ては明日行われる出国式のためだ。


 転移してから今日まで、日本政府は幾度と関係職員を出国させている。

 ラッサロン天空基地には日本大使館があり、国連相当機関であるアルタランにも出向いた。ムルート対策で自力でユーストルも出ている。

 調印式のためにラッサロンに出向き、外交でも幾度と〝出国〟はしてきた。

 だが今回は初めて国交条約に基づく正規の出国だ。

 今までの出国はスタートまでの準備であり、明日が正真正銘の日本のスタートとなる。

 ゆえに式典をするのは国として大きな意義を持つのだ。


 日本とイルリハランの国交と友好の象徴となる〝ひたち〟の前で式を行い、官民百人を乗せて出発する。

 ようやく日本は不安定だったこの地で、確たる一歩が踏み出せるのだ。

 作業は夜を徹して行われ続ける。


      *


 北極星を中心に星々は周り、月は地に沈み空が青みがかる。

 東の地平線より光があふれ始め、太陽が顔を覗かせて日本の太平洋沿岸に朝をもたらした。

 接続地域でも朝は訪れ、日イ友好の象徴となる〝ひたち〟はその塗りたてのような鮮やかな赤い塗装を輝かせる。


 日が昇ると夜間と比べて人の活動量は増大しはじめた。

 人の割合は民間が六割で国防軍は四割と言ったところだ。

 来月には撤退するため少しずつ絞っているのである。

 空から見ると接続地域で活動の象徴であったオスプレイもなくなり、戦車などももうない。

 長い間海から異地を監視していた護衛艦〝ひえい〟も横須賀に寄港して代わりに海上保安庁の巡視船が巡視に来るようになった。


 時刻が六時になると報道陣が接続地域に入り、特番の準備を始め今回の主役の到着を待つ。

 主役はもちろん、政府関係者以外で初めて異星国家に出国を果たす民間人たちだ。

 厳正な審査を経て選ばれた五十人の民間人。その内十名は限定的日本国籍で、残りの五十名はほぼ政府関係者のみとなっている。


 政府関係者に関しては全省庁から集められて親族や配偶者は同席せず、全員仕事として向かう。ほぼの部分は晩餐会に参加する政府上層部の妻である。

 純粋な観光はあくまで民間人のみで、政府関係者は関連省庁との会談や各施設の視察だ。

 そこは接続地域の交流の延長だから話題性は低く、注目されるは観光者である。

 各テレビ局は式典と出発時間までの時間を特番として押さえ、式典が始まる一時間から二時間前から放送を開始した。

 予定では式典に観光者は参加をしない。観光者は到着後そのまま〝ひたち〟に乗り込み、政府関係者のみで式典を行う。重要事項に関しては前日までに伝えてあった。


 出発は午前十時で、八時になると政府指定の宿泊ホテルから出発した観光者たちを乗せたバスが接続地域へと入り、報道陣用スペースでは一斉にその方向へとカメラを向ける。

 さすがにプライバシーから観光者は公表されない。すれば絶対にメディアは追いかけるためバスの停車位置から〝ひたち〟の登場口までは目隠しされて見えないようになっている。

 自分自身で公表する分には自由だが、反面自己責任として反響が大きくなろうとも法に沿った対処しかしない。それは募集時から大々的に喧伝してきたことだ。

 それでも真偽を問わず公表したりして騒動になり、詐欺が起きたりと予想通りの展開が起き、果たして無事に今日を迎えた。


 バスから少し遅れて政府公用車が続々と接続地域へと入ってきた。

 その公用車は報道陣の前で止まり、待機していた職員が後部座席を開ける。

 出てくるのは転移から今日まで日本存続に尽力し続けた内閣総理大臣。佐々木源五郎とその妻の美穂。

 佐々木夫妻は報道陣に向かって手を降り、アナウンサーはカメラに向かい状況をリポートをする。


 佐々木夫妻が停車した頭上には一台の飛行車が止まっており、夫妻が降車するに合わせて飛行車の扉が開いた。

 出て来るは同じく日イ関係を良好にするべく二十代半ばながら尽力を尽くした、イルリハラン王国王室に属するエルマ駐日イルリハラン全権大使だ。

 報道陣のカメラは出てきたエルマ大使を捉え、降下に合わせてカメラを提げていく。


 リーアンにとって相当な覚悟を必要とする地面スレスレにまで高度を下げ、佐々木夫妻と力強く握手を交わし、その瞬間を夥しいシャッターで後世に残す。

 さすがに地面スレスレにいるのは短時間だけで、握手が終わると二メートルの位置まで上昇した。

 一見すると自分の方が立場が上とも解釈できる光景だが、リーアンの過去をすでに知っている日本は非難をしない。逆に非難する方が非難されるほどだ。


 佐々木総理の妻の美穂は設置された舞台前に並べられたパイプ椅子へと向かい、佐々木総理とエルマ大使は舞台脇の待機部屋へと一旦向かった。

 その後百五十はあるパイプ椅子に続々と式典参加者が座っていき、満席になったところで式典が始まった。

 舞台の左右には日本国旗とイルリハラン国旗が立てかけられ、そよ風で両国の国旗は緩やかに煽られる。時折風向きが変わり、両国の旗が向き合ったりもする。

 ユーストルは遮蔽物が極端に少ない大平原だ。海のように風が強弱入り乱れながら吹き合う。


 式典と言っても両国代表がそれぞれあいさつをするだけの簡単なものだ。

 大げさとの意見があるも、その式典は歴史的に見て必要不可欠なイベントだ。

 司会進行役の職員の進行により、国旗にお辞儀をして佐々木総理のあいさつが始まる。


「今日この日を迎えるにあたり、内閣総理大臣として、一人の日本国民として大変喜ばしい思いです。

 異星に国土ごと転移し、不本意とはいえ侵略をしてから八ヶ月が過ぎました。

 当事国であるイルリハラン王国と極めて良好な関係を築き、円滑な交流を結ぶべく一部領土の割譲までしていただきました。

 突如現れた異星国家である我が国と好意的な対応をしていただいたことに、感謝以外の言葉が見つかりません。そしてこの関係が今後も続くことを切に願い、維持することを積極的に努力することをお約束します。

 イルリハラン王国に限らず、近隣諸国を含むアルタランとも友好的な関係を築くことを願い、そうなるべくこれからも努力を惜しまず進めていきます。

 今日、我が国はイルリハラン王国と結んだ条約に則り、百人の日本人が正式に日本を出国して異星国家の首都を訪問します。

 半年以上前に我が国をイルリハラン王国の人々が訪れました。異星人が初めて我が国を訪れた歴史的な出来事であり、今回の日本人の訪問はそのお返しでもあります。

 互いの国の首都を観光できることは、相応の信頼がなければ成しえません。

 イルリハラン王国は我が国を信頼し、我が国はイルリハラン王国を信頼して人の行き来を可能としました。

 今後、ここを中心として日本と異地は繋がります。レヴィロン機関を搭載した複合航空機が登場すれば、ここに限らず日本全国で異地と繋がるでしょう。

 我が国が転移したユーストルには無尽蔵の結晶フォロンが眠り、世界各地には手つかずの地下資源が大量に眠ってもいます。

 今回のイルリハラン王国首都観光を出発点として健全な契約によって日本人がユーストルへと飛び出し、新たな技術と文化を吸収して更なる発展をすることを目指します。

 そうでなければ、いま地球で苦難の最中と思われる沖縄県及び小笠原諸島を含む遠島、地球各国に顔向けできません。

 地球に残った人々が苦しみ、我が国も苦しみながらも生き残っている事には意味があります。

 その意味を果たすため、来たる地球に戻った時に、地球に支援が出来るよう十全に準備を整えていく所存です。

 今日をもって、我が国日本は新たな時代を歩みます。

 この苦難ながらも進み続ける新時代を国民全員が受け入れ、一歩ずつでも歩んでもらえることを心から願っています」


 マイクの前に立つ佐々木総理の演説が終わると拍手が起こり、舞台隅の定位置へと戻る。

 合わせて職員がマイクの高さを倍以上に上げ、司会進行役が「エルマ大使のあいさつです」と言うとエルマがマイクの前に移動した。


「イルリハラン王国、駐日イルリハラン全権大使のエルマ・イラ・イルリハランです。本日はこのような式典であいさつを賜り、大変光栄に思っております」


 八ヶ月前まで日本語の存在すら知らなかったとは思えないほど、まるで生まれた時から日本で暮らしていたかのように流ちょうに話す。


「私は皆様方日本国がここユーストルに転移してから今日、そして今後ユーストルを離れるときまでの経験は、一生涯の誇りとなりましょう。

 想像の産物でしかなかった異星人と相対し、交流し、国交を結び、こうして我が国の首都に招待するまでに至る経験は、どれだけの金銭を積み重ねようと不可能なことです。

 その貴重な経験を若輩者である私が仰せつかれたこと、拝命していただいた本国及び認証していただいた日本国には感謝の念しかありません。

 そして異星人である我々を快く受け入れていただいた接続地域で働く人々と、日本国人の皆様にも感謝いたします。

 史上初の異星国家間の外交は全て手探りであり、引継ぎのないゼロからのスタートなので多忙を極めますが、私は幸せ以外感じられないほど楽しく仕事をさせていただいています。

 毎日が新鮮であり、刺激的であり、充実した仕事に携わっている中、条約に基づき正式に我が母国首都に、佐々木首相を始め百人の方々を招待する機会に立ちあえたことは大変うれしく思います。

 実質六日間の観光となりますが、イルリハランを是非とも知っていただこうと準備に余念がありませんので、楽しみに待って頂きたいところです。

 安全面でも十分すぎるほどの準備を施しています。中には異星人として日本人の方々を快く思ってない方もおりましょう。史上初の異星人として生物学的に興味を持つ人もおりましょう。しかし、その悪しき者たちから皆様をお守りする準備も同様に出来ております。

 四日間の移動、六日間の滞在に於いて、官民の皆様は一縷の不満なく首都を楽しめることを、イルリハラン政府を代表して言わせていただきます。

 残念ながら私は同行できず、皆様の楽しむ顔を見ることが出来なくて残念でなりませんが、良き思い出をもって帰ってくることを待っております。

 皆様、どうか楽しんできてください」


 政治的な文言を含む佐々木総理と違い、今回の趣旨である首都観光を主眼に置いたあいさつであった。

 あいさつを終えてお辞儀をすると拍手が起こり、出発式はつつかなく終了した。

 式は閉会し、観客席で旅行に参加する職員は〝ひたち〟へと乗り込んでいく。


 エルマはユーストル境界線まで見送りをするため飛行車へと乗り込み、佐々木夫妻は報道陣に出発の瞬間の映像と写真を残して最後に搭乗した。

 空にはイルフォルンまで護衛をするラッサロン天空基地所属の飛行艦が二隻に戦闘機が滞空し、扉が閉まってから三十分後したところで〝ひたち〟は高度を上げた。


 いよいよ出航だ。


 耳を澄ませたところで何も音を出さない〝ひたち〟は高度を上げ続け、護衛する飛行艦と同じ高度に達すると、イルフォルンに向けて水平移動を始めた。

 数分後には日本領ユーストルを抜け、二時間としないでユーストルを抜ける。


 これだけのことに八ヶ月と掛かった。

 または八ヶ月しか掛からなかったか。


 艦隊はどんどん遠ざかり、果たして見えなくなった。

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