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陸上の渚 ~異星国家日本の外交~  作者: 龍乃光輝
第三章 新時代編 全41話

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第64話 『アリとキリギリス』

 羽熊が元カノから掛かってきた電話に出るか否か逡巡している頃、イルリハラン王国首都指定浮遊都市イルフォルン、宮殿王執務室に職員が入ってくる。


「国王、ラッサロン浮遊基地より連絡です。緊急性のあるもののようです」

「分かった。繋いでくれ」

 ハウアー国王がそう答え、受話器を取って電話のボタンを押した。

「私だ。緊急性の案件らしいが、なにがあった?」


 と、威風堂々と王としての風格を見せながらハウアーは話をするが、実はリクトから執務を引き継いでから日はほとんど経っていないのである。

 まだリハビリをしなければならない状態で、新任(・・)の専属医師からもドクターストップをかけられているのだが、ごり押しで執務についていた。

 これはリクトに任せてはいられないからではなく、頭は冴えているのに体が動かないから執務をしない自分が許せないのだ。

 だから熱を体に供給する介護スーツを着て、無理やり体を動かして働いているのだった。


「……なに? ムルートが?」


 ラッサロン司令部からの連絡は、衛星及び哨戒中の部隊から巨大鳥ムルートが予定進路を変えてユーストルに向かいだしたと言うものだった。

 体長百メートル。両翼の幅が二百メートルを超える巨大動物の一種で、ムルートは世界最大の動物として記録されている。

 リーアン同様レヴィロン機関を体内に持っており、自身では身動きすら取れない自重を気にせず飛ぶことが出来る鳥だ。


 陸上の巨大動物は五メートル級の小型動物を食すに対し、ムルートは巨大動物を餌にする。

 そのムルートは『非干渉監視目標』として、全世界が協力して情報共有している。他にも巨大鳥はいるものの、非干渉監視目標としているのはこのムルート一種だけだ。

 そしてそのムルートは、予想していた進路を大幅に変えてユーストルへと向かい進路を取った。


 ムルートもフォロン結晶石を摂取する必要があるため、ユーストル内で採掘しているフォロン結晶石を感じたのだろう。

 これがニホンが転移してくる前であれば大した問題ではなくても、今は非常にまずい。

 前回とはまた違うが、アルタランとニホンを巻き込む問題となる。


「ようやく最大の難関をクリアしたところでまたか」

 思わず愚痴をこぼしてしまうハウアー。最後のひと月は不参加とはいえ、全体で言えば関わっているから愚痴による文句は言わせない。

「ならばニホンとの協議をせねばならないな。可能ならニホン軍の協力が必要か……」


 ムルート以外ならニホンを無視してイルリハランだけで対処が出来る。しかし、ムルートだけは、イルリハランは手が出せないのだ。

 超法規的措置で手を出すことは出来なくはないが、果たしてそれが可能かどうか、アルタランの総会に掛けねばならない。

 これは安全保障とは無縁なので、安保理ではなく総会なのだが紛糾するだろう。

 国によってはムルートを聖獣とするところもある。


 なんにせよ、アルタランとニホンの反応をみなければならない。

 国王にため息をついている余裕はない。電話が切れると別のところ電話をかけ、関係各所の長官を呼び出すことにした。



      *


 羽熊のスマホに元カノの番号が表示されてから大体三時間が過ぎた。

 神栖市にある須田駐屯地から車で十五分くらいのファミリーレストランに、羽熊は一人で入店する。

 風貌は野球帽をかぶり、眼鏡からコンタクトに変えた簡易な変装だ。


 人はトレードマーク成るものがあるかないかで結構気づかれなかったりする。

 トレードマークとして髪や眼鏡は顕著で、そこを変えるとパッと見では気づかれないものだ。

 その証拠に、駐屯地からファミレスまで移動しても誰も何も言わない。

 ひょっとしたら羽熊の知名度は思ったほどじゃないかもしれず、それはそれで良いことだ。

 接続地域からは微妙に離れていることもあって避難対象ではなく、尚且つ何気なく異地の食材を扱っていないから日本の食材が食べれるとあって人はそれなりにいる。


 原油産出国なのに精製技術が無くてガソリンを輸入するのと同じだ。異地の食材の運搬ルートにあっても食材は入ってこないのだ。

 入店すると早速店員が来て人数確認をしてくる。

 待ち合わせとして店内を移動し、電話で言われた喫煙席の方を歩くとすぐ目についた。

 喫煙席なのに灰皿が綺麗で、湯気も昇らないコーヒーが一つだけ置かれたテーブルに生気が抜かれたように座る一人の女性。


 須川琴乃。


 去年一方的に別れた元カノだ。

 今年で二十九歳になる女性で、羽熊との交際歴は六年。それなりに長い間付き合い、レヴィアン問題ともあってプロポーズをしようと思ったがその前に別れてしまい、結婚しようとは言えずしまいだった。

 それからは音信不通になり、彼女の親に問い合わせても顔を見せるなと追い出された。

 おそらく根も葉もないことを言ったのだろう。

 そうしたこともあって連絡が通じなくなって二週間後には全ての記録を消した。

 なのに彼女が目の前にいる。

 うれしいと思うべきか、悲しいと思うべきか、腹を立てるべきか、気持ちは複雑だ。


「あ、洋一」

 須川は羽熊に気づくと、生気のない顔のままほくそ笑んだ。

 交際していた頃の彼女の笑顔は気持ちがいいものだったのに、今の笑顔は無理やりと感じる。

「琴乃、久しぶりだね」

「うん……一年ぶりだね」

 何をしゃべっていいのか思い浮かばず、二人の間で沈黙が流れる。

 さすがに立ち続けるわけにもいかないから、店員が水を持ってくる前に向かいに座った。

 ほどなくして店員が水とおしぼりを持ってきた。


「ご注文はお決まりでしょうか」

「ドリンクバーを」


 特に何かを食べるつもりはなく、店には悪いがそれだけの注文にさせてもらった。

「ごゆっくりどうぞ」

 それだけでも店員はスマイルで答えてくれて離れていく。


「……それ、冷めてるだろ。新しいのを持って来るよ。コーヒーでいい?」

 須川は無言でうなずき、冷めたコーヒーを持ってドリンクバーへと向かって新しいのを持ってきた。

 一年間接しなかっただけでコーヒーの好みを忘れたりはしない。

 須川の好みの量の砂糖とミルクを持って席に戻り、彼女の前に差し出す。


「ほら、冷めないうちに飲みな」

 羽熊は促すと須川は砂糖とミルクをコーヒーに混ぜて口に含む。それを見て羽熊もブラックを飲んだ。


「さて、黙ってても何もしかたないな。琴乃、一年ぶりだね」

「うん」

「月並みだけど、元気してた? って見るからに元気なさそうだけど」

「色々あったから……」

 これだけでこの一年何があったかはなんとなくだが想像できる。


「まあ、あるだろうな。それでなに?」

 須川と話をして、静かに怒りが湧いてくる。だからか少し棘のある言い方になってしまった。

 内心性格が悪いと思いつつも、それくらいは許容範囲と自分で自分を許す。

「洋一に謝りたくて来たの。許してもらえるとは思っていないけど、私……あなたの気持ちを知っていたのに、自分を優先してしまったわ。だから……ごめんなさい」


 須川はテーブルすれすれにまで頭を下げて謝罪をする。

 別れてから今日まで、怒りや呆れと様々な感情が波打ち続けた。出会えたら何を言ってやろうかと思っても、いざ会えば何を言えば思い浮かばず、こうして心の籠った声で頭を下げられると思いが薄れていく。


 須川は別れた頃からのことを語りだした。

 羽熊と分かれたのは地球の暦で八月上旬。それから須川は遊びまわったらしい。

 レヴィアン軌道転換作戦が失敗して以降、離職する人が世界中で多発しても、まだこの時期では働く人は七割はいたため、遊べるうちに遊ぼうと貯金を下ろして飲んで遊んで旅行をしたそうだ。


 生まれて初めて行ったホストに感動して入り浸り、友達と連日アミューズメントパークに通い、ナンパされた男と一夜を過ごしたり旅行をした。

 そんな理性や自制心、プライドをかなぐり捨てて文字通り『遊んだ』結果、いま日本全国で問題となっている不純妊娠問題にぶち当たる。

 どうせレヴィアンが直撃すれば日本のどこにいようとほぼ即死だから、誰の子が出来ようが関係ない。避妊する努力が必要ないとして何もしなければ、決して高くはないが妊娠はしてしまう。


 須川もその例にもれず、地球の暦で十月ごろに四週目と妊娠が発覚したそうだ。

 父親は当然分からない。

 元々四月で死ぬ予定だから誰が父親だろうと関係なく、当然中絶もするつもりがない。

 つわりに悩まされながらも遊び続け、預金が無くなれば親に無心し、親から拒絶されたら金融機関や闇金に手を出して遊ぶ金を作った。


 どうせ死ぬのだ。借金も誰の子かもわからない命もどうでもいい。

 ここまで聞いて、人は絶望するとそこまで堕ちるのかと目の前の人が誰なのか分からなくなった。

 逆に考えると、それが日本の若者にとって末期の当たり前なのだ。

 余命宣告された人は、終活として身辺整理や預金の消費をしたりするが、体が健康であり若いのもあって消費の方向性が違う。


 羽熊も須川とそう歳は変わらないが、健全に生きようとして預金は十分あるし借金ももちろんない。

 一体羽熊と須川で何が違ったのだろうか。

 で、来たる西暦二〇一九年四月十一日。須川は十分楽しみ、負の遺産を抱えたまま死のうとレヴィアン落下を待っていたところ、前代未聞の国土転移が発生した。

 すでに死んでもおかしくない時間なのに死なない。


 周囲を見ても、死を受け入れたのに死んでいないことに戸惑う住民たちがいたそうだ。意外にも、生き残れたと喜ぶよりもなんで生きているんだと考える方が多い。

 それだけ死を受け入れる時間があった裏返しなのだが、死を望む人たちにとってはたまったものではなかった。

 死ねないと言うことは、今までのツケが全て帰ってくると言うことだ。

 借金も貸す側が死なない以上借りた側は返さないといけないし、お腹の新しい命も育んでいく。


 かと言って自殺をする勇気など須川にはなかった。あればレヴィアンに死を委ねるのではなく自分でしている。

 育んでいる新しい命も、愛ではなく快楽の果てのものだから愛しさはあまりない。母親としてあるまじき邪魔者とも思っているほどだ。

 しかし、国土転移当時で妊娠七ヶ月。中絶可能時期は過ぎていてもう産むしかない。

 滞る公共料金未払い、様々なところからの借金の督促書、クレジットカードの支払い請求、止まることなく成長し続ける愛情無き命。

 これは須川だけの事例ではなく、日本全国で多く来ている問題だ。


 須川は自分の両親に泣きつき、コテンパンに殴られたうえで勘当を条件になんとか借金と出産費用は出してもらえた。

 もう実家の敷居は跨ぐことは許されず、友人に頼もうと友人らも自分の事で手いっぱいで基本無視。もうどこにも泣きつくことが出来なくなれば、あとは自分が頑張るしかない。

 文字通り死に物狂いで。


 幸か不幸か、臨月を迎えるひと月前に妊婦にも拘らず働き口を見つけ、必要最小限の産休で働いている。赤ん坊は生活費や養育費から健康的に育てられない理由から、乳児院に入所させているらしい。

 そして日イの国交条約が結ばれたことで日本の存命も確実になったことで、羽熊に一言謝罪をしたいとして、仕事の都合も合わせて来たのだ。


「……人って現金だよね。その時はよかったと思えても、今思うと叩いてでも止めたいんだから」

 レヴィアン落下による滅亡が確実視されても、『日常』と『非日常』のどちらかを選んだかによる結果だ。

 それにふさわしい言葉を、大抵の人は言える。


「アリとキリギリスだな」


 一時間近く続いた須川の話を聞いて、羽熊は総括としてその寓話で返した。

 アリとキリギリスは絵本としては定番の一作で、真面目に働いて冬備えをするアリと、何の準備もせず遊びほうけたキリギリス。来たる冬では準備したことで不足なく暮らすアリと、準備がなく苦労するキリギリス。

 まさに須川や同じように遊んだ人々が当てはまる。


「うん、ホントにそうだね」

 そう言われて須川は力弱く苦笑顔で答えた。

「自分が情けなく思うよ。それで洋一は?」

「普通だよ。普段と変わらない生活を続けた」


 終末に於いて言語学者として講師としての役目はないが研究自体は出来る。須川と別れた後も大学に行っては少数民族の言語研究を続けていた。

 学術的に後世に残せなければ研究をする意味はないが、他にすることがなく貯金を無駄に浪費する気分にもなれなかった。月々に役所から支給される配給カードを調整しながら日々使い続け、値上がりや売り切れの嗜好品を探し、大学に行きながら羽熊の『日常』を守り続けた。


 そして四月十一日は自宅でレヴィアン落下当時でも放送し続けるJHKを見ていた。料金は嫌でも払っておくべきだ。

 他のキー局はレヴィアン落下の半月くらい前から停波していっても、公共放送であるJHKは職員たちの意地や使命もあったのか放送し続けてきた。

 レヴィアン落下の際も外にスタッフがいて空を映していたが、さすがに人数不足か放送できず、やむなくJAXAから提供されるコンピューター上のレヴィアンの予想位置を放送するしかできなかった。


 来るレヴィアン落下時刻になっても何も起こらないことで、羽熊はなにかあったのかと部屋の外を見た。

 空は晴天で、映画で見るような落下の際の白煙がなければ地震も粉塵もない。

 JHKの方でも異常がないことが異常で戸惑いを見せるが、衛星からの通信が途絶えて海外総支局と連絡が取れないと落下予定から十分後に伝える。少しずつ国内から入ってくる情報を伝えて行き、確定的である国土転移を伝えたのは落下予定時間から一時間後だった。


 ネットが落ちていたので視聴者映像はなかったが、現地に住む人からの電話で茨城県神栖市須田浜から海ではなく草原が広がっていると言う。直には信じられなかったのは今でも覚えている。

 その後も羽熊はテレビを見続けて国土転移が現実であることを実感していき、翌日四月十二日に大学から国防軍による異地の調査に参加するよう要請が来た。

 それを聞いた時は目が点になった。蚊帳の外どころか一般人側に終始いるはずが、最前線で活動するのだから仕方ない。


 なぜ羽熊が選ばれたのかと言えば、休職や離職をせず現職のまま活動し続けて現場に遠くなく、現地で活動するのに十分な若さと体力を持っているからとのことだ。

 はっきり言って、終末で活躍できる学術的研究は多くない。医学等生活に直結するものは役に立っても、言語学は地味だし活用の場は広くもない。そうしたことから離職や休職をして貯金を切り崩す言語学者たちは少なくなかった。

 事実、所属学部でも学生を含めてほとんどが来なくなった。

 ある意味羽熊が選ばれたのは消去法でもあるが、幸か不幸か日本存命に多大な活躍をしたのだった。


「――まあそんなところ」

 さすがに公式に報道されていないことは話せない。内閣官房参与に任命されると守秘義務が発生するからだ。迂闊なことを言って情報漏えいをするわけにはいかず、初めて接続地域に赴いたところで話を止めた。

「本当、私とは逆だね」

「微妙なところだよ。もし別れずに結婚して暮らしてたら、多分今のようにはなってない」


 結婚して一緒に暮らせば、仕事よりは彼女と短い時間を過ごそうと仕事はやめていただろう。貯金を切り崩しながら生活をし、おそらく子供も出来ていたはずだ。

 今の須川のような父親の知らない子供ではない分不幸はないが、大学から派遣要請はなくテレビを見ていただろう。


「もしかしたら、私達次第で日本の未来が違ってたりしたのかな?」

「それはしょっちゅう考えてるよ」


 小さな選択肢が後々に大きな結果に繋がるバタフライ効果と言う概念がある。例えばブラジルで蝶が羽ばたけばアメリカテキサスで竜巻が起きるように、小さな結果が様々な因果とも合わさって大きな結果へと収束することをさす。

 日本的に言えば風が吹けば桶屋が儲かるだろうか。

 このバタフライ効果は概念だけでなく、実際の歴史でも起きている。

 有名なのがベルリンの壁崩壊だ。元々は出国規制緩和の記者会見時、報道官が勘違いをして発表しない予定だった時期を「直ちに」と発表したばかりに人々が押し寄せ、有名なハンマーを持って壁を砕くところに繋がる。

 なんであれ、何がきっかけと言えば延々と過去にさかのぼるため語れば切りがないから羽熊は話を変える。


「琴乃は今何の仕事を?」

「詳しいことは守秘義務から言えないけど、調査員をしてるの」

「調査員、ね」

 羽熊はそのことに深く言及はしない。


「洋一は向こうじゃどんなことをしてきたの? テレビじゃ通訳をしてるって言ってるけど、国交を結ぶってことはずっと早くから話せてたんだよね。どれくらいで喋れるようになったの?」

「ひと月くらいにはカンペを見なくても日常会話が出来るようにはなったかな。まあ朝から晩まで相手の軍人と話をして、次の日までにその日のうちに知った言葉を覚えて、次の時に実践して、その繰り返しさ」

「休みなしで?」

「休んではいるよ」

 休日に自主的に働きはしたが。


「そう……なんか前より痩せているように見えるけど……ご飯は食べてる?」

「健康診断は受けてるから心配ないよ。そういう琴乃こそ、自分と赤ちゃんを大事にしなよ。誰の子供であってもな」

「う……うん」

「まあ、思うところはたくさんあるけど、これまでの事はさっきのごめんなさいで水に流すよ」

「本当に?」

「ああ。でも復縁を願うなら期待するな。一方的に別れたことは許すけど、今の琴乃とヨリを戻すつもりはないから」

「うん。それは分かってるし当然とも思ってる。でも話はしてもいいかな? 知り合いとして」

「……もしその話が異地のことならそれも諦めな。守秘義務で公表していること以外は何も話せないんだ」


 メディア関係者は何かと情報を引き出そうと誘導したりカマ掛けたりする。知られていない真相が出るだけでスクープになるから、特に異地を知っている羽熊には取材依頼が殺到する。

 それに琴乃にはなにか裏がありそうな気がして、話をすることを肯定しない。

 そこに羽熊のスマートフォンが鳴り出し、羽熊は操作をして出る。


「はい羽熊です」

『雨宮だ、今大丈夫か?』

「いえ、大丈夫。それで用件は?」

『大至急司令部の方まで来てくれ。イルリハランから重大な相談があるとのことだ』

「わかりました。すぐに戻ります。いま駐屯地にはいないので、二十分くらいかかります」

『異地の第一人者として聞きたいそうなんだ。なるべく早く来てくれ』


 第一人者として聞きたいということは、農奴・隔離問題ではないだろう。それでも大至急ということはなにか重大な問題が出て来たということだ。

 日本に責任を負わされる問題でないならいいが。


「琴乃、急な用が入ったから帰るよ」

「あ、うん。大変だね、急な呼び出しとか」

「……そもそも今日は休みじゃないんだよ」

「ごめんなさい」


 国交樹立前であれば抜け出すこと自体出来なかったのだが、今は落ち着いてある程度は時間の融通が利く。けれどそれを言うとつけ上がるから何も言わないでおく。

 羽熊は自分と須川両方の伝票を手にする。


「洋一?」

「いいからいいから」

「ありがとう」

「それじゃ」

 羽熊は二人分の会計を済ませて店を後にし、駐車場に止めてある自分の車へと乗り込んだ。

「琴乃の奴、なんか企みがあるな」


 キーを差し込み、回してエンジンを動かしながら羽熊は呟いた。

 伊達に六年と交際をしていない。特に癖等は持っていないから表情には出ていなくても雰囲気で分かる。

 突然フッたことによる後ろめたさではなく、全く違う意味での後ろめたさがにじみ出していることを、羽熊ははっきりと感じ取っていた。

 だから羽熊は警戒をして、自分の事は話しても仕事に関しては話さなかった。

 内閣官房参与として任命されたことで、今まで以上に守秘義務を守らなければならないのだ。自身の動き次第で政権にも影響を及ぼすとなると、知り合いは愚か家族でも話すわけにはいかない。


「もしかしたらテレビ局とか週刊誌から来てるかもな」

 一般人が一躍有名人になると、一気にメディアはその人の人生を勝手に紐解いていく。家族構成から生い立ちと、本人が忘れていることも含めてだ。

 であれば元カノと言う立場は有効活用出来る。

 羽熊は注意しなければと自身に念を入れながら、駐屯地に向けて車を走らせた。


      *


 ファミレスの窓から走り出す羽熊の車を見送ると、須川は先程の泣き顔とは打って変わって平然とした表情でショルダーバッグからスマートフォンを取り出した。

 乱れた様子もなく指を動かして電話をかける。一回のコール音で相手は出た。


「今戻って行きました。はい、やっぱり復縁の可能性はありませんね。けど謝罪は受け入れて貰えて、これからも連絡は取れるようにはしました。はい、一度戻ります」

 通話が切れ、スマートフォンをバッグへとしまう。

「……ごめんね洋一、これも仕事なの」


 須川は一言呟いて席を立った。

 目的である、羽熊との和解と連絡手段の獲得に成功した。最良のパターンは復縁だが、それはさすがに無理だろうと分かっていた。過去一年間のことは嘘偽りなく話した。

 嘘を付けば復縁する自信はあってもバレると後が大変だ。最悪のパターンである和解も連絡手段も絶たれた状態にならなかったとを喜ぶべきだろう。

 生きるために須川はなりふり構ってはいられない。

 すでに心が汚れきった須川にとって、元カレを利用することくらい気にしなかった。

 須川は羽熊が来た時とは打って変わって、すました顔でファミレスから退店したのだった。

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