第55話 『アルタラン決戦② 秘密資料』
自身がハーフであることを自供したのは喜ばしいが、開き直られるとやっかいだ。
この手の会談では、何を置いてもウィスラーの意識を折らないとならない。
開き直りは、折れるどころか折れにくくなる。
だからと言って日本側も折れるわけにはいかない。
「ウィスラー大統領、先日の会議の内容を大使から聞いているのであれば、羽熊博士が発見した仮説のことも聞いていますよね? 仮説は正しかったと見てよろしいですかな?」
「私のことなどどうでもいい。お前たちを自由にさせてしまう問題の方が大きい」
認めはしても真実は話そうとはしない。すっきりはしないが、日本としても過去より今が大事だ。
「ウィスラー大統領、我が国が転移してから今日までの一連の行動、全てはハーフが実在する前提でのことです。しかし、ハーフを証拠づけるものは何もありません。私達、貴方達より優れた人種が必ず生まれるからこその行動でも、証拠がなければ動きようがありませんね」
農奴政策の受け入れも、ハーフでないと『証明』されなければしないと言うのはここにある。
生物学的証明がないのに国家的決断は下せない。
「まずは正しい情報を共有しましょう。モーロット議長、ウィスラー大統領がハーフであると自供したのでお聞きします。ウィスラー大統領は皆さんにハーフであることを説明しましたか?」
より深く話を進めるなら基本情報は統一しなければならない。佐々木総理は政治的立場から敢えて聞かなかったことに踏み込む。
「……ええ、確かにウィスラー大統領よりハーフに関することはお聞きした。初めて聞いた時は何を言っているかと思ったが、この資料を目にして考えが委員会全員で変わった」
そう言ってモーロット議長は、百科事典並みに分厚い書類の束を机の下から取り出し、羽熊のところに来て机に置いた。
全てマルターニ語で書かれた書類。
一ヶ月前なら読めはしなかったが、イルリハランの政変による延期を利用して勉強をした甲斐があった。読めないところはあるが伝わらないほどではない。
「…………少し時間を頂いてもよろしいですか?」
佐々木総理の言葉としてではなく、羽熊の言葉で委員会に許可を求めた。
これを読み、佐々木総理と情報の共有をしなければ話は進められないからだ。
「いいだろう。三十分休憩とする。リクト国王代理もどうぞ」
この場で情報の共有をしていないのは日本とイルリハランだけだ。書類は渡された物しかなく、三十分と言う限られた時間で読むため、外で待機しているルィル達に読んでもらった。そうでもなければ日イ首脳が同時に把握は出来ない。
三十分では詳細な理解とまではいかないが、概略は理解出来た。
基本は羽熊が考えた仮説に沿っている。
約七十年前、ユーストル円形山脈付近、レーゲン領の草原と入れ替わるようにして転移してきた三二三八人の地に付く人種。白黒だが写真も添付され、明らかな地球人で黄色人種であることが分かる。
聞き取りをしたところ多くがツォンクォーとなのり、以後人種の名称としてツォンクォーと記されている。
このツォンクォーは中国語で中国の意だ。これで日本よりも昔に転移現象があった事実が証明された。
転移して間もなく偶然近くにいたレーゲン軍の巡視船がそれを捉え、その後保護と言う名の捕縛をした。
普通なら異星人または新人種として情報が世界を駆け巡るところ、幸か不幸か七十年前だ。通信が今ほど発達していなかったのと、情報を独占してしまおうと欲をかいて秘密にしたらしい。
その後、ラッサロンと同等の一級天空島を秘密研究施設として用意して、三千人の研究をおこなった。
ここまではアメリカのエリア51のような感じだろう。
十数年後、飼育されていた二千人の中国人は謀反を起こし、一級天空島を落とした。
二千人と表記されていることから、千人は何らかの実験を受けて死んだのだろう。
酷な話だが、三千人もモルモットがいればいくら死んでもさしたる問題にはならない。
しかし仲間が千人と殺されて何とも思わない人はいない。一矢報いろうと虎視眈々とその機会を狙ったのだ。
そうして研究施設は落ち、表向きは原因不明の墜落事故として処理。生存者は0として世界最悪の墜落事故として記録に残したらしい。
世界最悪の事故でも七十年以上前と領土内、さらに地上を利用して都合よく改ざんしたのだろう。
そこで終われば、ユーストル近辺には何かがあると思わせられ、実験でハーフが生まれることが判明出来ただけとなった。
問題はその先。
これはモーロットの口頭による説明で書類には一切書かれていないが、実は一人の中国人と一人の看護職の女性リーアンが逃げ出していたのだ。
その二人が、ウィスラーの両親となる。
詳しい話は委員会にも話してはいないようだが、口ぶりから強制ではなく恋愛妊娠なのかが伺える。
この手の場合、報酬がある仕事としてか、人権無視の強制か、恋愛による三択の妊娠がありえ、仕事と強制では、異星人の子を妊娠したと言う負の感情から愛情を込めて育てることはまずない。
中国軍にしても、自分自身が生きるのにも必死なのにハーフを育てる力があるとも思えない。
それらから、両親が協力して育てたと考えられる。
資料を見ているとハーフの記述は三十件あり、予想の通り全員髪の毛が黒で発光する個体はいなかった。
もう一つの特徴で、一本脚の先端はヒレではなく左右どちらかの「足」があると言う。
この二つがリーアンと地球人によるハーフの外見的根拠となる。
これが事実であればウィスラー大統領にも足があるはずだ。
ウィスラー大統領を除く実験的ハーフは最年長でも十五歳。生まれた時から浮遊が出来るとはいえ、実験体として育てられた十五歳児が一人生きていくことは厳しく、施設は島の中心部。
墜落時も施設にいたらしく、管理された部屋から出ることも不可能と言うことで全員死亡しているとしている。
万が一生き延びていたとしても、人工施設がほとんどない大自然を自力で生き抜くことは不可能だ。
とはいえ最年長が十五歳では油断できない。万が一でも生き延びていることを警戒して今現在でも偽りの任務で警戒を続けているらしい。
その偽りの任務が、ユーストルへの領空侵犯。
調査と同時にユーストル奪取を狙うのだから狡猾だ。
七十年以上経った今でも発見していないのであれば、生き延びて人口を増やしてはいないだろう。黒髪を生やす集落があればまずバレないはずがない。
経緯についてはここまでで、ウィスラーの両親がどうなったのかは記されていない。
そして日本を追い込む最大の焦点であるハーフの次世代への継続性は、世界で最初に生まれた十五歳から確認されていた。
地球人の男性は精子が作られるのは十歳前後とされるが、リーアンはそれよりもはるかに早く、その年齢は二歳からとされる。その原因はあらゆる意味でリーアンに影響を与えたグイボラで、子供でも容赦なく捕食するため、幼くても一人でも多くの子を残そうと本能がそう働きかけたのが定説らしい。
現代では脅威がないため大体二十代で第一子を産んでいる。
そのようなことから医学的には幼児から精子を得ることが出来て、ハーフの二世三世と人工授精で増やしていったのだ。
もちろん初代が二歳の時に二世代目となる精子を採取した時、ハーフの天才性はまだ判明していない。ではなぜ最短で次世代を見るかは、外見的特徴にあった。
黒髪に左右どちらかの足と言う分かりやすい外見的特徴。これが世代を超えると元に戻るのかの検証と、世代を経た場合の変化の研究もあったらしい。
断言して非人道的な研究機関だ。高度な知能を持ち、世界を支配したグイボラを絶滅に追い込んだ人がするようなことではない。
読んでいてひどく気分が悪くなった。
記録上のハーフはウィスラーを除いて三十人。そのうち八人が初代一人の血筋で、五世代が生まれた年に天空島は落ちた。
その五世代目も黒髪で足があり、二世から四世までも変わらずでリーアンの平均値をはるかに上回る知能指数を出した。
五世代までハーフの特色が残るのであれば、その後も薄れることなく残る可能性が高い。
これがウィスラー大統領が日本を警戒する理由だ。
ただ、レーゲンにとって最高機密に位置する書類。至る所に黒塗りがされていた。
「なるほど。この中国人の情報とハーフが生まれる事実。ウィスラー大統領の存在で委員会を丸め込んだわけですか」
概略を聞いた佐々木総理は、読めない書類を見ながら呟いた。
「十五歳ならIQ検査はするでしょうけど……」
「そこは黒塗り部分でしょう。十五歳までの知能指数と、えー五十一歳のウィスラー大統領の情報を合わせればハーフの能力の高さは測れます」
書類と実物を見せることで委員会は超人ハーフを認め、その脅威を認識した。
日本人はともかく、ハーフの存在はリーアンにとっては種の存続に関わるため、強引な農奴政策を推し進めたのだ。
「日本政府の方々、そろそろよろしいか?」
読む時間は三十分としながらも、気づくと五十分を超えている。
これ以上は今後の予定が狂うためか、モーロット議長は話を進めようと声を掛けた。
「概略は理解しました」
そう佐々木総理は答え、ルィルたちが退室すると同時に会談は再び再開する。
「まず日本政府として言わせていただきますと、我が国の母星には資料にあるツォンクォー。日本語読みで中国と呼称する国家は存在します。資料の写真にも中国語が書かれたのが見受けられましたので、七十年前にユーストル近辺のレーゲン領で発見した三千人の地に付く人種は、地球人と見て間違いないでしょう」
資料を見るまでは転移者が地球由来か不明だったが、資料を見る限り集団失踪した中国人と断定して問題ない。ウィスラーの写真を見ている時も、どこかアジア人の印象が見られたから可能性は高かった。
「ですので、ウィスラー大統領はリーアンと地球人のハーフで間違いありません。もっと言えば私達と同じ黄色人種とのハーフとなります」
レーゲンが認め、日本が認めたからこその結論に会議場からはおおと声が出る。
一度であれば偶然で終わる。しかし七十年前と今回で同じ星々で転移がした結果、二つの星には確かな繋がりがあることが証明された。
おそらく七十年以上前から度々起こっており、未来でもいつかは転移現象は起きるだろう。
「日本としましてはウィスラー大統領の生い立ちが気になるところですが……」
「それよりも議論すべきことがあるだろう?」
「ウィスラー大統領の言う通りだ。時間は有限。長引けばこの会談を非公開にし続けるのも困難になる」
「分かりました」
異星国家間同士によるアルタラン内での会談なのに、非公開であるのは不自然極まりない。異星国家と言う理由でしているとしても限度があろう。
長引けば長引くほど中身が気になり、公開用の内容を用意しても怪しまれてしまう。
佐々木総理はウィスラー大統領とモーロット議長の言葉に食いつかず応じた。
「議論はただ一つ。三十一件すべてで証明されたリーアンより優れたハーフの増加をどう未然に防ぐかだ」
「レーゲンとしては、ニホンの隔離を断固として押し通し、隔離に掛かる経費はニホンが負担するべきだ」
ウィスラーは腕を組みながら自国の主張を訴える。
平たく言えば鎖国しろ。
鎖国と言うのは自主的に行うもので、押し付けられるものではないのだが。
二百年前の日本ならいざ知らず、現代で鎖国をすれば間違いなく干上がってしまう。その上、苦労して採掘した地下資源を経費ないし土地の賃貸料として奪われては、何のために生き延びたのか分からない。
完全な飼い殺しだ。いや、飼い殺しよりもタチが悪い。
日本の独立を確固たるするためには断固反対だ。
「ハーフの脅威は我が国としても理解して痛感していますが、レーゲンの提案は一切受け入れられません」
当然佐々木総理は突っぱね、飲め飲まないで平行線状態となる。
「ササキ首相、理解しているのであれば受け入れられないとは言えないのでは?」
理事国の一国の大使が聞く。
「侮辱の意味で使うわけではありませんが、ハーフがすでに人知れずその潜在能力を使って国家元首に上り詰めています。全てのハーフが優れ、さらに次世代でも確実な遺伝が見込まれるんです。我々の知らないところで人口が増えて行けば、確実に彼らがこの星の覇権を握ります」
日本は敢えて言わないが、そもそも先進国の国家元首がリーアンと地球人のハーフなのに処遇を誰も話さない。公表できない事情はあれ、普通に接すること自体異常と言える。
ただ、普通に接しなければならない考えも羽熊達日本政府は分かっているつもりだ。
「招かれざる客である自覚があるのであれば、立場を理解して自ら出入りを規制するものでは?」
「……それは、転移してこなければこの問題は浮き彫りになることはなかった。転移した責任を取って隔離を受け入れろ、と受け取っていいですか?」
「ウィスラー大統領は、ハーフは自分の世代で終わらせると我々に対して表明しています。警戒こそしますが、現状ハーフ問題が起きる可能性が高いのはニホン人とのです。そう認識して然るべきかと」
「我が国が国土転移してきたことで、フィリア社会に大きな影響を与えてしまったことは理解しています。しかし、自然現象によって偶発的に転移してしまった以上、いま我が国がこの星にいることに責任は存在しません。アルタランとレーゲンが主張するハーフ問題解決のための隔離措置は、転移してきた責任の一つと我が国は認識してあなた方も認めました。転移による責任が存在しない以上、一方的な隔離措置を受け入れるわけにはいきません」
原因とされる小惑星レヴィアンを砕いたのは日本だが、当時は転移することを知らなかったし、砕くのが目的で転移など考えもしなかった。
自国を守るために対処した結果、偶発的に転移現象が起きて異地に来た。そのことから日本に責任が発生するのは強引だ。
さすが総理大臣。政治家らしい逃げの言葉を使って堂々と回避する。
「我が国の要望は、平和的にこの星で経済活動をすることです。無論、ハーフ問題を未然に防いでです」
「……当然のことをいいますね」
「国と国民を想い、当然のことを言うのが私の仕事ですので。それは皆さんと違いはないと思いますが?」
ハーフ問題も、リーアンと言う人種を守るために考えられた当然の主張。ならば相対する側も当然のことを言う。
メンタリティーが似ている以上、こうなることは必定だ。
「当然を語るのでしたら、異星人種間ハーフであるウィスラーが国家元首として在任していることへの話し合いはされたのでしょうか? 我々が言えた義理ではありませんが、現在進行形で地球人の遺伝子が侵略中と言えます」
日本側の見解としては、おそらく子孫は一人と作ってはいない。日本を追い込むために今までひた隠してきた事実を、安保理含む複数ヵ国に説明したのだ。イの一番にウィスラーへの処遇が相談されることは誰でもわかる。
「確かに当然の考えだな」
日本の問いにウィスラーが答える。
「公開されている経歴を見れば分かるが私は結婚をしていない。交際している女性も今までの人生に於いて一人もいない。ゆえに隠し子を含め私に子供はいない」
「それをどう証明するのでしょうか。両親、出生、毛髪や足といった外見的特徴を今日まで隠してきたのであれば、貴方の血を分けた子供を作ることは可能と考えられます」
明らかな一個人に対しての侮辱の言葉。だが状況が状況だけに、いちいち揚げ足取りはしていられない。
「見た目で分かるんだ。疑わしいやつを見つけて調べればいずれ分かる」
「……そうなりますと大統領、あなたは今まで女性を抱いたことはないと言うことになりますね?」
歴史上例を見ない会談としてはまず出ないだろう下世話な質問。しかしある意味重要な問いといえた。
「ああ、ない。私は生まれてから六十七年、一度として女を抱いたことはない。無論酒に溺れて抱くこともな」
大の大人にして先進国の国家元首、そして男としては決して公言したくない答えだ。
肩書きを抜きにしても男はそのプライドから嘘でも言わないこと、外見的特徴から判別しやすい事実から嘘は言っていないと判断できる。
万が一極秘裏に子を作っていたとしても、十四ヶ国が疑っていれば手遅れになることもあるまい。
「分かりました。その言葉を信じましょう。無礼な質問をしたことについて謝罪します」
必要な確認とはいえ言っていい質問ではない。佐々木総理はウィスラー大統領に向けて頭を下げた。
「私は一人だが、ニホンは一億二千万人と可能性は私の比ではない。今後ニホン人がユーストルを抜け出し、自由恋愛にしろ一夜の間違いにしろ、リーアンと子を成してしまえば管理は一段と難しくなる」
「天地生活圏の違いや異星人から安易な肉体関係はならないと思いますが、将来的にはありえますね」
「私はハーフであるが、リーアンであることに誇りを持っている。そのリーアンを裏切ることは断じて出来ん」
だからこそウィスラーはハーフであることを委員会に自白したのだ。
地球人の遺伝子やハーフとしての上位人種よりも、リーアンとしてのアイデンティティを取った。日本委員会がウィスラーに対して何もしないのも、大統領としての実績とその覚悟を考えたのだろう。
状況から見て、おそらくそんな考えなのだろうと日本側は考えていた。
であれば落としどころは見いだせられる。
「私たちの国の言葉で、『臭い物に蓋をする』があります。都合が悪いこと、問題を強引に表に出さないことに使う言葉です。ハーフ問題を広めないために国全体を隔離をするのは、まさにこの言葉が的確でしょう。しかし、それは一時しのぎでしかありません。理解なき抑圧はいずれは崩壊します」
「理解させ抑圧するのはニホン政府の仕事だ」
「そうなった場合、我が国はあなたの正体を国民に知らせなければなりません。そしてその情報は日本発でもラッサロン発でも世界を巡り、整合性を確認するために世界が問うでしょう。あなたはリーアンかハーフか、それとも地球人か」
「そんなものいくらでも騙し通せる。これまでがそうだったようにな」
「それは委員会に知らせる前のことです。あなた一人しか知らないのであれば偽装は出来たでしょうが、秘密は知る人が増えれば増えるほど隠し通すことが困難となります。大統領と言う権能を使おうと、必ずや世間に広まりアルタランの信用、日本委員会各国の信用は落ちてしまいます。我々は隔離を受ける立場であれば怖いものはありませんが、みなさんはその責任を取ることが出来ますか?」
佐々木総理は委員会メンバーを見る。
羽熊も合わせて顔を見るが、楽観した顔をする大使は一人もいない。
理事や議長も苦虫を噛んだかのような顔をしている。
なにせ全員が全員自爆スイッチを持っている状況だ。強引な手を使えばスイッチを押されて巻き添えを食らってしまう。
「ウィスラー大統領、我々より優れた頭脳をもってすれば分かっているはずです。あなたがハーフであることを我々が掴んだ時点で、農奴にしろ隔離政策にしろ成立は出来ないと。いえ、取るべき答えも分かっているはずです」
日本はこの問題の解決案はすでに考え出している。
ウィスラーがハーフと知らなければ抵抗として国防軍の全戦力を投入するところ、ウィスラーはハーフを事前に仮説として出せたことで考え出せた。
アルタランが乗っかるかは分からないが、これが唯一秘密裏に終わらせる妥協案だ。
「もし強引に安保理でも日本委員会としてでも農奴、隔離を決議すれば、日本は抵抗して核兵器の投入も辞しません。そして国内の原発に被害が受ければ数万年と立ち入りが出来ない放射性物質が撒かれます。無尽蔵の結晶フォロンが眠る地に何万年と立ち入れないとなれば、その損失は誰が補完するのでしょう?」
佐々木総理が嫌味っぽく言うので、通訳する羽熊もそれっぽく話す。
平和的解決をすればフィリア社会には安全に格安で結晶フォロンが流通する。しかし逆であればあると分かっているのに超長期間で立ち入りが出来なくなる。
多少の妥協でその二択になるとすれば、一体市民はどちらを選ぶかは言うまでもない。
異星国家日本、放射性物質、核兵器、結晶フォロン、ラッサロン、バスタトリア砲、ハーフ。
これらの政治的カードが日本を守ってくれる。
「……ウィスラー大統領、日本委員会の皆さん、これでも日本に農奴政策を要求されますか?」
物言いこそ一定で穏やかだが、その中身は畏怖を覚えるほどの絶対的な拒絶だ。
これで地球では散々弱腰外交と呼ばれていたから、常任理事国や他の国はどれだけなのだと思ってしまう。
「日本人を日本に、強いてはユーストル内に幽閉するだけが、このハーフ問題の完璧なる解決でしょうか?」
「他になにがある。ハーフを誕生させないなら、会わせないほかないではないか?」
「日本には完全とは言えませんが、それを防ぐ案があります」
そう聞いて委員会から大小と驚きの声が上がる。
委員会全員、ハーフ発生防止は農奴案のみしかないと考えていたのだろうか。
いつもの如く『異星国家』だからだろう。面倒事は日本に押し付けてしまえ精神が分かりやすく伝わってくる。
だんだんとその言葉が嫌いになっていく羽熊であった。
「しかしこの案は日本委員会の皆さん、全員の協力が不可欠です」
佐々木総理は委員会全員の目を見ながら話す。
どんな形であってもハーフ問題は残る。これを可能な限りリスクを軽減しなければ、巡り巡って日本の農奴化政策へと向かってしまう。
日本は数少ない頭脳を総動員し、一つの対策案を考え出した。
この案であればハーフの誕生の可能性は低くなるし、万が一誕生しても対処ができる。
しかし案を維持するためには現日本委員会全ての協力が不可欠だ。
この協力が維持されれば、全盛期よりは劣るが経済活動が可能となる。
「……話を聞きこう」
この会談を取り仕切るモーロットが聞く。
「モーロット議長、正気か? 異星人の案を聞くと言うのかっ」
意外にも乗り気なモーロット議長に対し、ウィスラー大統領は焦りの表情を見せた。
「アルタランの責務は世界の平和と発展にある。我々の案を推し通して世界戦争に発展する可能性が高いのならば、ニホンの案を聞いて考えるまでだ」
別段日本とアルタランは敵対しているわけではない。主義主張に違いがあるだけだ。
日本は農奴政策に対して徹底抗戦や抵抗すると宣言しても、自ら望んで攻撃をしたいわけではない。
逆にアルタランも、日本が憎くて農奴政策を押し付けたいわけではない。そうするしかないと判断したから押し通そうとしているのだ。
共に好んで武力を使いたいわけではない。共に歩み寄り、妥協できる案があればそれでいいのだ。
ウィスラーの顔から焦りの表情が消えない。その出生や生い立ちから殲滅以外考えがないのだろう。なのに最大の味方であるアルタランが、レーゲン案から日本案に動き始めれば不安にもなる。
そこを日本は責められない。
彼は、その境遇を話すことも理解もされず一人で生きて来たのだから。
「ササキ首相、ニホンの案を聞かせてもらいましょうか」
改めてモーロット議長は尋ねた。




