第51話 『超国際会議(後篇)』
ウィスラーの顔写真を見て閃いた、日本農奴化政策の実態。
最初は大地に抵抗がない異星人と言う立場を利用して奴隷のように働かせるのかと思った。しかし、ハーフ疑惑が生まれた瞬間に全てが逆転した。
利益はあくまで副次的で、本当の目的はリーアンと言う種を守ること。
そしてもう一つ分かったのは、これはあまりにも悲しく孤独で救いのない話であることだ。
羽熊がウィスラー大統領のハーフ疑惑を宣言すると、会議場はシンと静まり返る。
「……ハグマ博士、ご自身が何を言っているのか分かっているのかね? 役職は言語学者だから政治が分からないかもしれないが、今言っているのは侮辱以外にないのだぞ?」
「なにより、ただ髪の毛がないことを根拠にハーフを主張するのは強引にもほどがある」
そう言われるのは想定内だ。
「根拠のない推論であることは認めます。しかし、転移から今日に至るまで、ウィスラー大統領がハーフであると辻褄が合うのです」
羽熊たちが日本を出てからわずか数時間後にレーゲン軍の飛行艦が来た。
その飛行艦が、天空島ならまだしも現代ではまずしない地上に向けて攻撃を行った。
異星人であるかどうかも分からない段階だったのに、先制攻撃を仕掛けた。
国教にしているユーストルに無尽蔵のフォロンが眠っている偶然。
世界各地にあるフォロン有効圏外の調査費と地下資源採掘技術の予算を、レーゲンは七十年前から微増してきている。
軍事的行動を一切取らない日本に無理やりな理由づけをして、多国籍軍を派遣してまで主権を得ようと強行する。果てにイルリハラン軍と戦闘。
中立を謳うはずのアルタランが、突然農奴政策を推進しだした。
一キロにもなるフォロン結晶石を使い、巨大動物を誘導して日イの接触を妨害しようと企てる。
ハウアー国王に毒を盛ってまで国交樹立を妨害。
繋がりは不明だが、リクト国王代理によりアルタランがユーストルに到着、当会議に至る。
これらの点を、ウィスラー大統領がハーフであれば全てが線として繋がるのだ。
なぜ当人がハーフと疑い、ハーフの実験体がいるのを疑わないのかは、髪の毛だけでなく公表しないところも挙げられる。
これがアルタランにとって最大の弱みだ。
もしウィスラー大統領がハーフであれば、フィリア社会の独立国の国家元首が異星人の血を持っていることになる。
即ち、人知れずに異星人に国が半ば乗っ取られていることになるのだ。映画に於ける異星人の侵略そのままと言える。
ハーフの実験体であれば当時は様々な理由から国家機密だったとしても、日本が存在すれば警告と言う大義から公表が出来る。しないのは出来ないと言うようなものだ。
公表せず秘密裏に、しかも日本委員会をほぼ全会一致にさせるなら、ウィスラー大統領はハーフであるほうが説得力が強い。
普通ならウィスラーは侵略者として糾弾されるべきだが、長年大統領をしてきた人がハーフだったと世間が知れば、レーゲン共和国が消し飛ぶほどの事態となる。
一人の秘密を世界が守るか、国を吹き飛ばして世界中に被害をまき散らすか。
天秤に掛ければ比べるまでもない。
おそらくウィスラーは、天秤を操作するため侵略者としての顔も行動もしていないはずだ。隠し子もいなければ子供もいない。ハーフはウィスラー当人だけか完全な管理が出来ている状態でなければ、この構図は成り立たないだろう。
だから地球人の存在を知っていて、ユーストルに結晶フォロンがある当たりが付けられた。
転移現象が結晶フォロンで起きるのなら、次も起きる可能性があるから管理をしたい。でもユーストルはイルリハランの領土だから、国教を理由として領有権を主張して随時監視をした。
日本が転移し、国防軍が出国した直後にレーゲン軍が動いたのはそれが理由だ。
日本がこのまま好き勝手に動き、リーアンとの交流が増えればハーフが生まれる可能性が高まる。それを防ぐために多国籍軍を結成してまで動いたが失敗。なら次はアルタランに動いてもらおうと、国家承認後にウィスラーは自身の秘密を日本委員会に示した。
一か八かの賭けであるが、アルタランはウィスラーの提案を飲んだのだ。
「……面白い話だが、その話には大きな欠点があるな」
「ええ、この話を通すには、ウィスラー大統領がハーフである科学的実証が欠かせません」
辻褄は成り立つが、その根拠が不成立ではただの仮説だ。
そこを実証しない限り、アルタランの巨大な壁は崩れない。
「ですので、日本側はウィスラー大統領の遺伝子情報を求めます」
「それを我々が飲むとお思いか?」
素っ頓狂な要求なのは承知だ。周りからクスクスと笑い声が起きようと、日本側は至極真面目だから恥ずかしさはない。
「飲まないのであれば今お話しした仮説を全世界に公表しますし、以後アルタランとの交渉は一切しません」
これは羽熊の言葉ではなく、日本政府からの言葉だ。さすがにこんな過激なことを自分の判断では言えない。
「我々を脅すつもりか」
現状、この仮説が実は正解で、世界に漏れたとしても日本側に損はない。
逆にアルタラン側はそうはいかない。公表すれば荒唐無稽だろうと一部の人間は調べ始め、生い立ちや経歴に不審な点があれば勝手に騒ぎ出す。
信ぴょう性は辻褄とラッサロンの擁護で補える。
今はまだ非公開会議だから世間はラッサロン独立を知らないが、口止めせずに終われば世間は会議の詳細を知ろうと動き出すだろう。
日本側は怖いものなしだからこの状況でも構わなくても、アルタランは構うから穏便な方へと進む。
もしウィスラー大統領がハーフでなければ止めはしないだろうが、羽熊は確信を持っていた。
ここで正解でも威圧で不安がって弱腰になれば付け込まれる。
例え間違っていようと、間違いが証明されるまでは正解だ。
羽熊は自信に満ちた顔でモーロット議長を見る。
「ではニホン政府に聞きたいが、レーゲン大統領がハーフではなかったらどんな責任を取るつもりだ? 我が国の大統領を侮辱しているのだ。謝罪で済むとは思えんが」
レーゲン大使が全うなことを返してくる。
「そう言うレーゲン政府も、我が国に対する謝罪をしてはいません。調査開始初日の襲撃に、ラッサロン艦隊との戦闘の時の奇襲。間違えたことで謝罪を求めるなら、こちらも謝罪を要求します」
「大統領を侮辱しているのだぞ」
「二度の攻撃は誰が指示を出したのですか?」
羽熊は一歩も引かない。事前の打ち合わせてこうなることも織り込み済みだったから、いちいち総理に確認せずに即答出来る。
「最高指揮官である大統領がされたのでしたら、尚更謝罪を要求するのは当然です」
死者こそ出ていないが重軽傷者数名、迎撃に消費したミサイルに駐屯地の建物、生産が出来ないオスプレイ一機で総額は八十億円近い。セムで言えば百六十億だ。
それに地球でも対立しあう国家間で、国家元首を批判することはよくある。ハーフと言う疑いだけで戦争が起きれば、それは認めているようなものだ。
「モーロット議長、どういたしますか? もしこの要求を飲まないのでしたらハーフ疑惑が強まりますし、この会議の全容が世界に広まります。リクト国王代理も、ラッサロン独立は世間に広めたくないでしょうし」
リクト国王代理によってラッサロンが独立すれば、重大な失態となって評価はただ下がりする。それも就任して数日で独立は致命的だ。ハウアー国王復帰後の活動も抜本的な見直しが求められる。
だが今は非公開での会議。世間は何一つ知らないのだから、上手く回せば名誉は維持できる。
「むぅ……」
リクト国王代理は苦悶の表情を見せる。
実のところ、リクト国王代理とラッサロンだけは日本側は何も出来なかった。ラッサロン離脱を妨害するために、どうやってリクト国王代理を黙らせられるか考えたが、それを可能にする政治的カードはどうしても見出せなかった。
日本とイルリハランは友好的過ぎたのだ。それ故に、強引なカードを出せば信用を失ってしまう。
だから援護射撃としてハウアー国王がラッサロンを独立を図っていたのは僥倖だった。
これで世界対日本の対立を崩せる。
「ラッサロンが合法的に独立をしている今、私から言えることは何も、ない」
リクト国王代理はそう言うしかない。保身とイルリハランの未来を思うなら、ラッサロン独立は結果的に無かったことにするしかないのだ。
「……先のレーゲン大使の質問に戻るが、ハーフではなかった場合ニホンはどうする。奇襲の謝罪と相殺したとしても、結局はハーフの危険性がそのまま残るが?」
嫌なことを言ってくる。
日本の勝利条件は、ウィスラーがハーフである一点しかない。そこが崩れると日本はリーアン存続の危機に直接関わるため、隔離政策の副産物である農奴政策が受けないとならなくなる。
駆け引きでは自分の中でもしかしたらと思うと負ける。
これから言う言葉は、日本の運命を決める。日本政府の了承あっての言葉でも、それを羽熊が言うのはあまりにも重い。
しかしこうなることは想定済みだ。
「その場合、日本はアルタランの要求する、事実上の農奴政策を受け入れます」
どんな結果であれ、ハーフ問題は必ず無傷で残るから多少の行動制限は考えないとならない。徹底的に管理されるか、緩和されるかの二択となり、日本は後者を選ぶ。
羽熊こと日本の宣言に会議場はざわめく。
なにせ状況証拠のみで国の命運を委ねるのだ。常識ある国なら絶対にしない。
地球時代で先進国を標榜する日本がそう発言する裏を考えると、それ以外の打開策が戦争だけと言っているようなもの。
文字通り一か八かの大博打だ。
「……話は途中だが、一度休憩を挟みたいと思うが、どうだ?」
時間を見ると会議は一時間を超えていた。
話は山場へと向かうところ、会議は意図を持って一時中断となった。
とはいえ非公開の会議。外にはアルタランの広報が待機しているから外には出ず、会議場にて各自休憩となる。
中にはすぐさま本国だろう連絡を取っている大使もいて、日本側も休憩と椅子の高さを床まで下げて地面に足を下ろす。
普段から足を宙ぶらりんで座ることがないからか足が弛緩してしまった。
「ご苦労様です、羽熊博士」
「もう胃に穴が開いてしまいそうなくらいにお腹が痛いです」
「お察しします」
ここで頑張ってくださいとは言わない。すでに死に物狂いで頑張っていることを知っているから、あえて追い打ちを掛けるようなことはしない。
「羽熊博士」
上空からエルマ大使が降りてくる。
「エルマ大使、お疲れ様です」
「皆様もお疲れ様です。いや驚かされました。まさかウィスラー大統領にハーフ疑惑を吹っ掛けるとは」
「そう言うラッサロンも、ハウアー国王の勅令とはいえ指揮系統独立とは驚きました」
「それで羽熊博士、本当なのですか? ウィスラー大統領がハーフである可能性は」
「本人が認めるか遺伝子情報を確認しないといけませんけど、私は確信してます」
「……羽熊博士がそう言うのでしたらそうなのでしょうね。私もその考えを支持します」
「エルマ大使、しかしよろしいのですかな? ラッサロン独立がもし公表されれば、日本以上にご自身の立場が危うくなりますが」
「私の未来よりは世界の利益です。このまま農奴政策が進めば、ラッサロンと日本が抵抗して世界はただ痛みを伴うだけですからね。数人の破滅だけで利益が保たれるなら安い代償です」
これで羽熊より年下で、しかも王位継承権から外れているのだから化け物と感じる。
羽熊が二十四の時ではまず同じ立場には立てない。今でも日本の命運の片棒を担いでいるからある意味同じかもしれないが、転移から今日までの経験や三十二年と言う人生があるからこそ言えることだ。
「答えは単純です。和解して世界が豊かになるか、対立して世界が傷つくかの二つです。なら何が何でも前者を選ばなければ今ここにいる意味なんてありません。そのために責任を取らされて、王室から除名されても後悔はしませんね」
なんだか王を見るような印象を羽熊は覚える。リクトより国王だ。
「立派な志です」
「ハーフを知るまでは、ラッサロンと日本の軍事力をカードとして交渉するつもりでしたが、ハーフが出たことで大きく変わりました」
「それは日本としても同じです。いくらハーフのカードがあっても多勢に無勢では厳しいですし、確証すらないカードなので援護としてラッサロン指揮系統独立は僥倖でした」
「ただ、これだけは注意願いたいのですが、私は日本のために身を犠牲にするつもりはありません。もちろん基地に所属する兵士たちもです」
「承知しています」
軍事同盟は元々結ぶ予定すらない。ならなぜ助けるか。ラッサロンが日本を助けるのは利害の一致があるからだ。
日本が健全なままこの地にいることで、イルリハランに限らず全世界が豊かになる。逆に日本を攻めれば、防衛として軍事力を投入し、果てには核兵器を使って大規模な被害を生み出す。
世界が豊かになるか、大打撃を受けるかでは前者以外にない。
なのにアルタランが認めないのは、それ以上にハーフが脅威だからだ。
ハーフが無秩序で増え、地球人の遺伝子がゆっくりと浸透していけば千年、二千年後にはリーアンと言う種が絶滅の危機に瀕してしまう。
日本でも外来種が日本の在来種と交配して脅威になっているから分からない事ではない。
しかも野生と違って人は高度な知性を持っている。悪意を持って計画を練ればより早く、三百年から四百年でリーアンを根絶することも出来るだろう。
そのことにアルタランは気づいたから、何としても農奴政策を遂行したいのだ。
「佐々木首相、この会議の決着はどう着けるおつもりですか? どんな結果でもハーフ問題は残りますが」
エルマも会議の終着は同じように読んでいた。
「ハーフ問題を世界が一致団結して取り組む形がベストと考えています」
「……根本的解決では日本人の絶滅ですからね。そうするしかありませんか」
そのためにウィスラーがハーフであるカードを日本は利用しなければならない。
もし違うなら、戦争と言う最悪の道を進んでしまう。
羽熊は空に浮くレーゲン大使を探して見上げると、彼も本国なのか携帯電話を耳に当てて話をしていた。
「羽熊さん」
レーゲン大使を見ていると横から声を掛けられ、振り向くとエルマが一メートル半と距離を置いて宙にいた。
「エルマ大使、ご苦労様です」
「お疲れ様です」
と微笑み、羽熊も微笑み返す。距離は一切縮まらない。
「もう驚きの連続でした。多分アルタラン始まっての会議じゃないでしょうか」
「地球の国連でもこんな会議はないでしょうね」
「ですがかなりの賭けでした。ウィスラー大統領がハーフか否かで日本の方針を決めるなんて」
「大変危険な賭けではありますが、戦争回避を前提とするには日本を担保にしないと、ハーフ問題も含めて平和的な解決には行けません」
「世界を相手に出来る戦力があっても、日本はあくまで平和を求めますか」
エルマが日本を評価する。
「武力による問題の解決は最も簡単に始められ、最も終わらせるのが難しい」
以前参考人招致で言った言葉だ。
「そしていま使える全ての戦力を投じても負けは確実でしょう。負けた上で、世界に遺恨と痛みを残してしまいます。それではその後の生活は悲惨を極めます」
かつて日本は、世界の頂点に対して戦争を行い、敗けた。七十年以上経っても水に流した生活は出来ず、ここで似たようなことをしてしまえばそれ以上の悲惨な状況となろう。
一国の長として考えてはならないが、どの道敗けるなら活きる負け方をしなければならない。
過去の反省から、現日本国内閣総理大臣はそう決断した。
五分後、会議再開となり一同全員テーブルへと着く。
「それでは会議を再開する。中断する直前で、ニホンはレーゲン大統領の遺伝子情報提供を要請したが、レーゲン大使」
モーロット議長に呼ばれ、レーゲン大使は立ち上がる。
「今しがた本国と連絡を取りまして、レーゲン政府はニホン政府の要望を受けることとしました」
意外にもレーゲンは日本の提案を受け入れた。それはあまりいい傾向ではない。
容易に受けると言うことは潔白である証だ。そうなると日本側は一そう不利になる。
「公人の遺伝情報はアルタランのデータベースに登録しているが、特別に三日以内には冷凍保存した遺伝情報をラッサロン浮遊基地に輸送する」
ひやりとした瞬間、まだ終わっていない発言をレーゲン大使はした。
「レーゲン大使」
これ以上先に進ませないよう、羽熊は挙手して言葉を遮る。
「その冷凍保存した遺伝情報が、ウィスラー大統領から採取されたとする証明はどうされますか?」
レーゲン大使の挙動が一瞬止まるのを羽熊は見逃さない。
「別人の遺伝情報を、ウィスラー大統領の物として提出する可能性はあるのではありませんか?」
「政府が偽装をすると疑っているのか」
「国家元首がハーフかもしれないのなら、国家ぐるみで偽装をしても不思議ではありません。日本政府は、本人から直接採取した遺伝情報でない限り認めません」
ここで目の前で採取した遺伝情報を提供すると発言すれば日本は不利だった。
しかしレーゲン政府は身の潔白を晴らすには弱い手段を敢えてとってきた。
国と言う信用を使えばそれでも十分かもしれないが、国家元首がハーフかもしれないなら信用などない。
まだ日本は戦える。
「先ほども言ったが公人の遺伝情報はデータベースに登録されている。それで比較すれば問題ないだろう?」
「その登録した遺伝情報が偽装ではない証明は出来ますか?」
今から偽装ではなく、最初から影武者の遺伝情報を登録していれば意味がないし、日本側にとって事前の登録したデータに意味はない。本人の生の遺伝情報が必要なのだ。
「日本政府は、ウィスラー大統領本人から直接我々が遺伝情報を採取することを要望します。これが果たされない場合、先ほども話しましたように、仮説を全世界に公表して以後アルタランとの交渉は一切しません」
「……ハグマ博士、なぜウィスラー大統領に固執する。ハーフ疑惑であるなら秘密施設などにいる可能性もあるのではないか?」
モーロット議員が、公人がとして言ってはいけないことを言って割り込む。
「実験体としてハーフがいても同様の説明は出来ますが、それでは不自然さが残るのです」
「なに?」
「実験体のことを公表しないことです。倫理的、非人道的から世間に公表すれば非難は受けましょう。それでもリーアンの存続を考えたら非難の目も軽減できるのに、どうして最新の研究結果で分かったとして実験体の存在を公表しないのでしょうか?」
日本が転移する前であれば国家機密として隠す必要はあるが、異星人が現れた以上隠し続ける理由はない。むしろ研究データは世界の宝と化す。そして日本の活動によってハーフが生まれる可能性が出るのであれば、そのデータは大変貴重だ。
倫理、非人道的から非難を受けてもそのデータは十分世界に貢献できる。
なのにそれをしないと言うことは、実験体としてハーフは存在していない証だ。
「ですがウィスラー大統領がハーフであると公表はもちろん出来ません。協力を得るため皆さんに告白したとしても、国家元首が異星人の血を持ったハーフであれば世界規模の混乱は避けられません。そしてハーフの脅威を伝えるには申し分なく、全会一致で農奴政策を推し進める根拠になります」
これがウィスラーがハーフである羽熊の中の考えだ。
一見複雑そうに見える構図も、紐解けば割と単純である。
「レーゲン大使、どうしますか? ウィスラー大統領が純粋なリーアンであれば、日本は責任として農奴政策を受け入れますが」
「……」
レーゲン大使は答えない。
沈黙が始まり、羽熊は緊張のあまり額からは大量の汗が流れ落ちてワイシャツの襟に染みていく。
この場で日本側が言うべきことは全て言った。あとは向こうの出す答えで決まる。
「ニホンよ、貴国は何を望む。ハグマ博士が話した仮説が事実だったとして、我々に何を要求するつもりだ」
沈黙に耐えかねたか、モーロットが尋ねる。
「平和です」
日本はそれを第一に転移から今日まで尽力してきた。こればかりは未来永劫動くことはない。
「それも世界的平和と発展。それが日本がただ一つ望むことです」
全世界が考える単純にして明快な望み。それを異星国家が超国際会議の場で言うのは大きな意味を持つ。
打ち合わせで言うことは決まっているとしても、こうした良いことを言うのは気持ちのいいものだ。
「……レーゲン大使」
目を数秒閉じ、なにか観念したかの表情でモーロットはレーゲン大使を見る。
「約束は出来ないが、大統領にこの会議の事を報告する。だが、仮に大統領が動こうと、次回はここではなくアルタラン本部を指定させてもらう」
わざわざ相手の土俵には来たりしない。
「日本としてはそれでよろしいかと。今アルタラン浮遊都市はどこにありますか?」
「アルタラン浮遊都市はユーストルまで二万キロほど離れた位置を移動している。距離としては遠くないな」
フィリアからすれば二万は東京―大阪間かもしれないが、地球で言えば日本からブラジルの距離である。無補給で往復四万は不可能だから、単独での移動は出来ない。
「日本の移動手段はラッサロンが請け負いましょう」
察してエルマが言い、話が着々と進む。
「では本会議はこれにて終了とする。詳細は決定次第各国に送るとしよう」
「モーロット議長、本会議の内容は伏せるでよろしいですか?」
エルマが問う。
「言っては何ですが、公表用の内容を議論する必要があるかと」
「エルマ大使の言う通り、世間に公表する内容の議論は必要だ。少なくとも、ラッサロン浮遊基地独立やハーフ問題は他言無用だ。これはここにいる全員がその重要性を理解しているはずだ」
言えば世界的大混乱一直線だ。ここにいるメンバー全員が被害を受けるから、一ヶ国が他の国を脅す意味もない。
ある意味相互確証破壊が成立している。
日本として見れば、ここでレーゲンが認めてしまっても話は進められると思っている。
しかし、その悲しき実情に気づいているから、日本としてもレーゲン大統領と直接の対峙は望んでいた。
無関係ながら間接的に関係しているから、対象国の国家元首で終わらすわけにはいかない。
真の理解までは至れずとも、和解には至らなければならないのだ。
舞台はユーストルを飛び出て、国際組織総本部であるアルタラン本部がある浮遊都市へと移る。
こうして、世間に公表する内容を議論し、世界の闇と表現しておかしくない超国際会議は終了となった。




