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陸上の渚 ~異星国家日本の外交~  作者: 龍乃光輝
第二章 政戦編 全35話

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第46話 『各国の反応』

 元々日本はひん死の状態でこの超巨大地球型惑星フィリアに転移した。


 直径三キロにもなる小惑星レヴィアンの落下が確実となり、日本のみならず文明崩壊が確定的となれば働く必要がない。

 生産、加工、物流、販売が全て止まってしまえば店先から食べ物は消え、どれだけ自分の時間を削って働いて金を稼いでも、その金の使い道が無くなれば使命感や自尊心くらいでしか働く理由がなくなる。


 衝突が確定した時から少しずつ働き手が少なくなり、最終的には一握りの人達でのみ配給やインフラ維持を行ってきた。

 それでも停電や断水と終末に近い状況となると、無法とまではいかないがこれが日本かと思うほどに混とんとした。

 そんな中での予期しない転移だ。健全な状態での転移でも厳しいと言うのに、経済が止まった状態では一年と持たない。

 試算では国内備蓄と生産、節約にリサイクルを駆使して転移から七ヶ月と出ている。


 日本は用心深い国だ。転移の五年以上前から全国で保存食や石油の備蓄量を増やしていったことで、ひん死の国ながら七ヶ月間の猶予があった。

 しかしその七ヶ月は一億二千万人の前では長いとは言えない。

 既存の流通ルートが使えず、完全なゼロからスタートの上に相手は異星国家だ。あらゆる輸入品の安全確認はしないとならないし、無秩序の流通は不要な混乱を招く。徹底した管理の上で異地との貿易をしないとならないから、そのための協議を全国レベルで行わないとならない。


 問題はまだある。日本の従来の貿易ルートは海路と空路の二つで、割合で言えば海路が圧倒的に高い。空路は速さがある代わりに量が限定され、海路は逆に速さはないが量が多い。

 しかし海路も空路も日イで繋ぐルートの準備には年単位の時間が掛かるため、ルートは接続地域を利用する陸路のみだった。

 接続地域のそばには工業地帯から延びる貨物用路線があるので、トラックのみよりは物量は多いだろう。だが全国に対して入り口が幅二キロの接続地域のみではどうしても遅れが出る。


 それに日本にしてもイルリハランにしても、貨物の受け渡しをどうするのか協議を専門家同士でしないとならない。結果、現場レベルの予定では転移から五ヶ月目で開始する予定だった。

 リミットの一ヶ月前に完了であれば、国内で不測な事態が起きてもリカバリー出来るたのだが、リクト国王代理による中断によって全てが狂ってしまった。

 貿易に関してはエルマやイルリハラン軍と協議をしてもさして意味が薄く、専門家同士でするべきだが中断している間は出来ない。

 よって中断し続けると日本は兵糧攻めを受け続けることになる。


 もし限界の七ヶ月を越えてしまうと、国内でわずかな食べ物を求めて人々が家や店を荒らしたり、野生動物を無秩序に狩り始め、最悪警察の目も届かない無法地帯が生まれて食人をする可能性もあるだろう。

 転移した日本は国土と海を含めて、一億二千万人と多くの野生動物の命を繋ぐだけの食物連鎖は維持できない。

 だから日本政府は農奴政策以上に貿易を確立したく、農奴政策を知らないメディアは特に最近では貿易に関して話題とした。


 日イ国交調印式を執り行うことはもちろん二週間以上前から公表していたので、その結果を秘密とするわけにはいかず、日本政府は当日の午後八時に調印失敗を発表した。

 当然メディアは過剰に反応する。テレビは討論番組がないから淡々と報道するにとどめるが、ネットではそれはもうお祭り騒ぎだ。

 掲示板は言わずもがな。個人ブログやSNSでも日本政府を批判する書き込みが圧倒的で、支持するコメントは全体の一割にも満たない。


 今イルリハランに見放されるとそのまま日本の死が決まる。今まで友好的だったのに、突如反対するとは現場で何かやったのではないかと疑うのは当然だ。

 事実を知ればこの政変に多くの人達が理解するだろうが、基本的人権に直接かかわる政策を国連相当の組織が率先してやろうとしている今、公表してしまうと致命的な混乱が巻き起こりかねない。

 それを考え政府は公表の際、政変が調印式の最中に起きて中断となったことを繰り返し発言した。したが、食べ物が入らない事実は変わらない。翌日には仕事そっちのけで多くの背広や学生らしい若者が国会や官邸前に集まった。


 無数の怒号が入り混じり、何を言っているのか把握するのは困難だが、言うことは大体同じ。

 条約調印失敗した責任を取れ。

 きっかけこそ日本であっても、それ以外は向こう側の問題だ。日本政府が責任を取る必要など何一つないが、国民は何かしら出来なかったことへの対処を求める。

 異星人であり伝達手段のないリーアンに責任を求めることは出来ない。なら日本政府に求めるしかなく、国民の心理としては自然の流れと言えて外交上では面倒この上なかった。


 ただ、さすがに普段であれば責任を追及する野党は乗っかろうとしない。

 野党もこの農奴政策を知っており、条約の妨害工作を向こうが仕掛けて来ることも把握している。なにより貿易を開始しなければ日本が滅びるのに、責任追及云々で時間の無駄遣いをしている余裕は誰にもなかった。


 それだけ与野党による茶番をすると言う、平常を保つことが困難なほど今の日本は追い込まれてしまっている。

 DJポリスや機動隊を動員することで暴徒化は防いでいるが、一触即発の状況だ。ちなみに急速に勢力を伸ばしている外国人団体アークは無反応だ。

 だからこそか、ネットではある世論が急浮上してきた。


 武力による資源奪取だ。


 対話による外交は失敗。このままでは日本全土で大飢饉が発生して大勢の餓死者が出る。国家を維持することすらままならないのに、憲法や法律を守ることに何の意味があるかと言う考えが一気に拡散され、ついに普段とは逆の考えを持ち出した。

 その考えに至らせるほど調印中断は衝撃だったのだ。


 それに合わせて核保有容認も急激に上昇し、公表前は四十五パーセントだった保有すべきが八十パーセントを超えた。

 容認する理由は、地球時代のようにアメリカの核の傘が無くなった上に他国と連携が出来ず、単独で守らなければならないのなら日本にしかない最強の兵器を持つべき、が多い。他には外交カードとするべきや、電磁パルスで一気に無力化してしまえと守るためじゃなく攻めるために持とうとするのも多かった。


 日本政府はこの世論に対して、核保有論には言及せずにイルリハランの突如の政権交代による中断は残念でならないが、破棄ではなく中断であるため諦めず、あらゆる可能性を模索していくとコメントを発した。

 異星への予期しない国土転移、孤立無援に四面楚歌と言う状況が、日本人の意識を確実に変えていく。


      *


 イルリハラン王国リクト国王代理の演説に、最初に反応を示したのはリクト国王代理に指名された世界連盟(アルタラン)だった。

 一番早く反応するのは日イに問題を吹っ掛けてくるレーゲンと思われたが、意外にも事の成り行きを注視するとするシィルヴァス共和国やメロストロ合衆国と同じ反応を示した。

 調印式当日の深夜0時にアルタランは緊急会見を開き、ハウアー国王を見舞う言葉と交流参加を容認したリクト国王代理への感謝。そして交流の際三つ行いたいことを報道陣に説明した。


 一つは純粋にニホン人との接触だ。

 リーアンが空に立ってから数十万年。リーアンが発祥してから数百万年。史上初の異星人との接触は、三ヶ月経ってなおイルリハラン人のラッサロン浮遊基地の兵士だけである。

 レーゲン兵の奇襲は接触と言うにはほど遠く、実質ニホン人を知っているのはイルリハランだけだ。

 アルタランことニホン委員会にはイルリハラン王国外務省から膨大な資料を得ている。映像なら累計時間五百時間以上、画像なら交流からニホン国内まで一万枚を優に超えるほどだ。

 それでもイルリハラン人以外のリーアンがニホン人と交流をした人は誰もいない。

 イルリハラン王国の教育ではなく、他の国の教育を受けた人がニホン人と接触すれば、受ける印象は違う。


 国が違えば教育方針は違い、感性も個々で違えば国単位でも違うからだ。

 もし感性的にニホン人の精神がイルリハラン人に受け入れやすかったとしても、他の国の人と会えば逆かもしれない。

 必ずしもそうなるわけではないが、可能性はあるため一ヶ国のみに任せるのは危険とするのがアルタランの考えだ。

 しかしハウアー政権のイルリハラン政府は国内の問題なので自国のみで処理をするの一点張りで、リクト国王代理が参加容認すると宣言したのは僥倖と言えた。


 二つ目に、ラッサロン浮遊基地で活動する兵士の意識調査がある。

 ここで恐れるのがニホンの文化が基地全体に蔓延して、有事の際に指揮系統を無視して擁護に動かないかである。

 さすがに五万人全員がニホンに心酔することはないだろうが、ラッサロン浮遊基地は世界的に見ても強力な戦力を持っている。万が一ニホンに対する政策にラッサロンが反感を示し、謀反を起こされては大問題だ。

 その可能性を確認するためにも、第三者が意識調査をする必要があった。


 三つ目は未だに世界中を困惑の渦に陥れているフォロン結晶石だ。

 イルリハラン通貨で、一グラム五億セムもするレヴィロン機関には絶対に欠かせない浮遊物質。無尽蔵とも言える莫大な量がユーストルの地下五十メートル以下に埋まっている。その中心地にニホンが居座り、大地への拒絶感と採掘技術も人材も乏しいリーアンとは逆に、ニホンは全てが備わっている。

 ハウアー国王はニホンと提携して採掘事業を起こすつもりだが、下手をするとフォロンをニホンに独占されてしまいかねない。そうならなかったとしても世界を一新するというのに、イルリハラン王国とニホンの二ヶ国が管理をすれば世界のパワーバランスが大きく変わってしまう。


 国際組織として世界の均衡は保たねばならず、なんとしてもユーストルにアルタランが絡む必要があった。

 しかし、いくらアルタランがパワーバランスの改善のために介入したいとしても、国際水域ではなく一国家の主権が及ぶ土地の地下資源では難しい。

 世界的戦略物質を理由に強引な介入は不可能ではないが、してしまうとイルリハランがどう動くか想像に難くない。

 リクト国王代理は一時的とはいえニホンとの国交を中断してくれたが、極端に言えばイルリハランは全世界を縁を切ってもニホンと親交を深めるだけで大発展が見込める。


 無尽蔵ともいえるフォロン結晶石は世界に分配しないとならないから、アルタランは慎重な行動が求められ、その最初の一手が地質調査の視察だ。

 この三つが表向き(・・・)アルタランが活動する方向である。

 だがその裏ではある国の国家主席から提供された、『外来生物特有の危惧するべき未来』を根拠に、未来永劫普遍であるはずの人権に関わる農奴政策を進めていた。

 植民地ではなく農奴なのは、ニホン国土内に入れない以上そう表現するしかない。


 アルタランは国際機関だ。ニホン委員会は公式組織であるため議事録として残して結果を公表する義務がある。過去でも平和を理由に自然権に関わる政策を考えて公表して来た。

 が、今回ばかりは『異星人』だ。当然どの国も機関も異星人に対する権利の規定はなく、考え方次第ではニホン人に対して人権は与えなくてもいいと判断される。

 その曖昧な部分と異星人と言う便利な言葉を利用し、特例として議事録には残しても公表せずに進めていた。

 国家規模の農奴政策の良し悪しは理事国と参加国の多くが理解しており、委員会の中には意見を変えたり反対な人もいる。


 しかしニホンを野放しにするわけにはいかず、地下資源の安定供給にニホン人は欠かせない。

 ニホン人の人権を軽視するのに必要とする矛盾。

 支離滅裂であることは理解してなお、アルタランは結成時の信条に従い推し進めた。

 その信条は、まだアルタランが出来る前、二一〇年前のグイボラ絶滅国際会議の場でシィルヴァス共和国大統領、エルテミア・フォン・シーロンドが言った言葉の一部。


『正義のために悪事が必要であるならばその覚悟を持つべきだ』


 正義も悪も所詮は価値観だ。ある人が正義であっても他の人は悪かもしれない。グイボラを絶滅させることがリーアンにとって正義であっても、殺される側のグイボラにとっては悪だ。弱肉強食ならばそこに善悪はないが、リーアンにとってグイボラは憎しみの象徴であって食用ではない。ただ殺す。それは正義の名を借りた悪と言えよう。

 見方によって正義と悪が変わるのならば、正義と一括りして何かをするのではなく、悪と認識してするべきと、暦の名前にもなったエルテミアの言葉は今もアルタランの礎となっている。


 正義だけで世界は幸せには絶対にならない。正義と称した悪、悪に見える正義がなければ社会は先には進まない。それを国際社会の頂点であるアルタランは標榜としたのだ。

 農奴政策は人権に大きく関わる悪。だがその果てに正義が成されるならば、喜んで悪に手を染める。

 例え万人に望まれなくても、非難を受けてもだ。

 ニホン委員会は不眠不休でリクト政権のイルリハラン政府と協議する準備を進める。


      *


 ノートパソコン画面に映るリクト国王代理は偉く不機嫌そうな顔をしていた。

 ムスッとした顔で眉間にしわが寄り、腕を組んでご立腹であることが一目でわかる。

 画面の右下の時刻は午前0時を回っており、調印式から日を越えて十一月十八日となった。

 普段であればそろそろ寝る頃であるが今日は特別だ。度重なる問題によって今日は寝ることは無理だろう。


 イルリハランにとって今日は長い一日だ。

 エルマは出るあくびを懸命に隠し、なるべく表情を変えずにリクト国王代理のテレビ通信に応える。

「叔父上、今日は大変でしたね」

『ああ、そうだろうな。まずはご苦労、エルマ』

 このテレビ通信は公式ではないため敬称は省いて普段での口調だ。


「もう連絡は行っていると思いますが、ハウアー伯父上に毒を飲ませた輩は確保しています。まだ他にもいる可能性はありますけど、二十四時間体制で信用できる人たちに見張りをしてもらっています」


 表向きこそ一連の行動はラッサロンの判断だが、その裏ではエルマの示唆がある。

 さすがにはっきりとはしないだろうが、今現在でエルマと日本を含むラッサロン基地はハウアー派、それ以外はアルタラン・リクト派で別れていると推察できる。

 ラッサロンのバルスター司令官は幸か不幸か、ハウアー国王の意思を汲むエルマの意見を参考にしてくれると、先ほどの連絡で発言してくれた。

 直接的な指示こそ出来ないが、方針に関与することは出来るのだ。これは今は大きな意味を持つ。


『今連絡を入れたのはそのことについてだ。エルマ、お前だろう? 兄の移送を止めさせたのは』


 リクトは断言する。

 ラッサロンと決めた定時連絡で、二時間ほど前に正規ルートで昏睡が続くハウアー国王の移送をイルリハラン政府が出したことを聞いた。そして移送はされていない。

 ハウアー国王はミアラ王妃を含む三人の同意をもって、医療設備ごと日本大使館へ秘密裏・・・に移動しているからだ。大使館内は法的に日本領だがフォロン有効圏内なので、ミアラ王妃と最も信頼できる数人の兵士に護衛をさせている。


 安全を最も高めるなら医療行為も日本人にやらせたかった。日本にとってハウアー国王を殺害する理由は何一つないし、あれだけ発展すれば医療体系は世界有数だろう。

 だが国家元首の医療行為を他国、それも異星人にさせるわけには絶対にいかない。よって医療行為はユリアーティ偵察部隊に配属されていた医官にさせている。


 管理を兵士にさせるのは、ハウアー国王に毒を盛ったのはイルフォルンから共に来た専属医師だったからだ。複合毒は食事と薬に盛り込まれ、薬は医師自らで食事は材料から混ざっていて調理師は無関係である。

 管理不行きかどうかは今後の判断として、少なくとも初期から日本と関わっている好意的な人材であれば駒にされるリスクは低いはずだ。


「私は可能性を提案したまで、決断をしたのはミアラ伯母上です」

 嘘ではない。根拠がなく状況証拠によるものだがミアラ王妃に危険性を説明し、どちらを信用させるかを判断させた。

 ミアラ王妃は二十分ほど考え、常にいられるならと了承した。彼女自身こうなる危険性は覚悟していたし、王妃として異星人と少なからず交流をしたいところもあるのだろう。

 定時連絡の中に、日本大使館にいる日本女性職員と会話をしているともあった。


『服毒された基地内に兄を置いておくとはどういう了見だ?』

「この情勢下、移送途中とイルフォルン内で毒殺されない根拠が確立されない以上、基地内で安静にする方が危険が低いと思ったのでしょう」

 あくまでエルマが指示を出したとは言わない。ほとんど言っているようなものだが、言質は取らせない。


『何をバカなことを、イルフォルンは首都だぞ。厳戒態勢で護衛をするに決まっているだろ』

「その護衛の中に、ハウアー伯父上の命を狙わない人が一人でもいますか?」

『いるわけないだろう』

「ならどうして今日、調印式の最中と言うタイミングで倒れたのでしょうか」

『……まさか、私の差し金とでも言いたいのか?』

「誰とは言ってはいませんでしたが、ハウアー国王は身に危険が迫っていることは察知していたようです」

 エルマもハウアーから誰とは聞かされていない。知っていればなおさら警戒していた。

「なんにせよ、ミアラ伯母上の了承なしに移動はさせられません」


 イルリハランの医療法には国家主席に関する規定はなく、医療を受ける側は自身の意思又は、本人の意思確認が出来ない場合は親族の意思がなければ医療行為や移動は出来ない。本人の意思及び親族がなければ、生命の保護のため同意なしで治療するが、今回はミアラ王妃がいるため彼女の意思が優先されるのだ。

 王命などで強制的に移送は出来なくはないが、拒否を求めるミアラ王妃との間で確執が生まれる。

 リクト国王代理もそれは好まないだろう。


「叔父上、どうして調印式を中断したのですか? 知っているでしょう? 今日……いえもう昨日か。あの式がどれだけ大事であるか」

 エルマは一番聞きたかった質問を投げかけた。ハウアー国王の意思を汲み、何もしなければ日本と正式に国交を結んでアルタランの狙いを挫くことが出来たかもしれなかったのだ。

 それを一言で水の泡にされたのだからその怒りは顔こそ出さないが相当のものである。


『先の就任演説で言ったとおりだ。ニホンと国交を結ぶには早すぎる』

「……遅かれ早かれ、イルリハランは日本と国交を結ぶしかありません」

『どうしてそんな考えに至れるのか私は甚だ理解出来ん。一国の真意を三ヶ月でどうやって分かると言うのだ』

「軍は国の写し鏡です。三ヶ月と毎日昼夜問わず接すれば、軍を通して国柄を知ることは十分できます」


 内面に於いて国と軍隊は同じと言える。民間なら社長と言う個人に左右されて会社ごとに性格は違うが、国を守るための軍隊なのだから性格が同一でなければ、果てにクーデターがある。省庁は各分野のエキスパートだから性格に不一致が起きても、軍隊に限れば国と同じだ。

 攻撃的なのか保守的なのか克明に出るから、昼夜三ヶ月と接すれば日本軍の性格即ち日本の性格が読み取れる。

 なによりエルマを含め十人以上が日本の首都を訪れ、自由行動までしていると言うのに実は侵略だったと疑う方が困難だ。


 もしこれでも侵略と疑うなら、この島国は信用を植え付けるためだけに用意した土地で、侵略用の国土が転移待ちしていることになる。

 だったらそんな回りくどいことをせず、成功間違いない不意打ちの奇襲を仕掛けるべきだ。

 こんな侵略のための演技である可能性は、初接触の時から幾度と考えてきた。

 けれど関われば関わるほど、それがありえないと実感してくる。

 むしろレーゲンの方がユーストルを求めて侵略行動を強めているほどだ。


「叔父上、あなたも日本人とお話をすればその考えも変わるはずです。直接ではなくても、ササキ首相とテレビ会談をしてみたらどうでしょう?」

 リクト国王代理は知る限り日本人とは一度も会話をしていないはずだ。会話をしたことが無く、現場から上がる資料だけを目に通して日本を知るなんてことは絶対に出来ない。

 エルマも同じく資料だけなら侵略の疑いは消せなかっただろう。三ヶ月と対話を続けたから今は全く持たないのだ。


『……はぁ』

 深い深い溜息をリクト国王代理はする。

『危惧していたが、そこまで毒されたか……』

「そう言うと思いました。毒されたのではなく、理解をしているです」

 エルマは引かない。引いてはいけない。二十四歳と言う若さと、叔父であり代理とはいえ国王でもエルマは毅然と対応する。


「リクト国王代理。アルタランが日本の主権と人権を軽視する農奴政策を推し進めていることは承知のはずだ。国交はなされずとも、イルリハランは今でも日本を国家として承認してる。承認した以上、日本に関わる問題は大なり小なり責任があるんだ。ましてやユーストルは我が国の領土だし、フォロン結晶石採掘に日本は欠かせない。今ここでアルタランにしろ特定の国にしろ、日本を任せれば平和とは程遠い未来しか待っていない。まさか、日本の国家承認すら破棄するおつもりか?」

『そんなことはしないさ。それでは政権交代ごとに決定を覆して国としての信用を落とす。先代が我が国を一流国家にしたのに、私の判断で三流国家に落とすつもりはないさ。ニホンは今までと変わらず国家として承認し続ける』


 ちなみにこのテレビ通話はエルマ側で録画している。ラッサロン内で会議資料に使えるし、日本との調整にも使えるからだ。

「ならなぜ農奴政策を進めるアルタランに有利な発言をするのですか。もしかして日本委員会を丸め込んだ何かしらの資料を見たのですか?」


 これは状況から推測したもので実在するかすら分からない。けれどハウアー国王の指示による情報省(シルビー)の調査で、ある行動をレーゲンは取っていることがわかった。

 ある行動とは、レーゲンは過去に世界各地のフォロン有効圏外を調べていたことだ。

 フォロンがない空間(スポット)は世界各地にあるが、どの場所もリーアンや乗り物には致命的であるため、詳細な位置情報が百年以上前から調べて尽くして判明している。

 レーゲンは理由を説明せず、そのスポットの地上付近(・・・・)を調査をしていたらしい。

 以前日本は意思決定資料の案として、そのスポットは過去に転移した場所ではないかとがあった。確証がないから日本にはまだ伝えていないが、だんだんとその荒唐無稽な案がありえそうな気がして来た。


『いや、私はそんな資料は見たことがない。私は私なりの国益を考えて発言をしているまでだ』

「アルタランに有利な発言が国益にどうつながると言うのですか」

『エルマ、ユーストルの案件は世界史の中でも屈指の政治的な問題だ。それを三ヶ月でまとめてしまおうと言うのは早計であるし、世界を巻き込む案件なのに国際社会を含まず、遺恨を残さずに解決を出来ることは不可能だ』

「妥協と言う解決策があります」

『妥協で世界が認める案件か?』


 まず認めないだろう。石油も世界経済には重要でもフォロン結晶石は別格だ。紛うことなき最上位に君臨する資源である以上、一ヶ国が独占すれば世界中との対立を生みかねない。

 ならばアルタランに任せてしまえばいい。それがリクト国王代理の考えか。


『無論むざむざ明け渡すようなことはしない。私はユーストルの管理はアルタランに任せ、ニホンを採掘条約を結び、そこから得られる権利は我が国が五十一パーセントを占めるつもりだ』

「責任はアルタラン、仕事は日本に任せ、賃貸料としてフォロン結晶石だけは手にする。それがあなたの考えですか」

『国際社会との対立を回避して国益を得るなら、こちら側の妥協が必要だ。兄は全てを手にしようとしたから妨害されたのだ』

「国際水域ならまだしも、四百年前からある我が国固有の領土を、二百十年前に出来たアルタランに任せると言うのか。それは代理とはいえ国の長として恥では? なにより、ハウアー国王の意思とは全く違うではありませんか! あなたはハウアー国王が復職されるまでの代理であって、今までの方針を勝手に変えていいわけでは――」

『黙れ』


 威圧の籠った声。エルマがぎゅっと唇を閉ざす。


『お前が今相手にしているのは王権を持つリクト・ムーア・イルリハランだぞ。口を慎め』

「いいえ慎みません」


 エルマは抵抗する。

 王相手にしてはならない言動と理解しているが、エルマはハウアー派だ。売国に近いリクトの考えは賛同できない。

 確かに国際社会との対立を避けつつ、国益を得るなら管理をアルタランに任せて、任せる代わりに余分に利益を求めるのは理に適っていると言えなくもない。しかしそれを認めてしまうと、資源は全部アルタランが管理する方がいいのではないかと考えが生まれかねない。それでは資本主義に反して社会主義となり、他の産出国ゆえの特権が薄れて対立してしまう。

 アルタランは原則独立国と立場は同じだ。しかし、世界的戦略物質のフォロン結晶石と、異星国家日本の管理を許してしまえば、自然的に立場が国際社会の頂点になる。


 一見国際組織に任せた方が安泰と思えても、その二つを掌握してしまうと逆に世界中に影響を及ぼせるから独裁化が可能になる。

 正義を大義に活動するアルタランを誰も止められなくなるだろう。

 アルタランの影響力が甚大になると言うことは、アルタランの中枢である安全保障理事国が潜在的に力を持つことになる。ならば二年ごとに変わる七国を長に国家群が出来たりと混沌ともしかねない。

 さすがに極論だろうが、フォロン結晶石はそれだけの価値があるのだ。


「妥協して条約調印を先延ばしすることは認めても、ハウアー伯父上の方針とは全く違うことを認めるなんて出来ません。断固として抵抗します」

『お前が抵抗しようと関係ない。兄との対立は仕方ないが、兄の政策を推し進めれば必ずやユーストルを戦場とした戦争が起きる。最悪イルリハラン全土で起きることを考えれば、これは仕方ない措置だ』


「それは逃げでしかない。代理でも王であるならば、自国の領土を守り国益を追求するべきだ」

『若造が生意気なことをほざくな。その強気な考えで一体どれだけの被害が出ると思っているんだ』

「例え四週間でそう進めたところで、ハウアー伯父上が目を覚ませばまた覆る。それでは方針が二転三転して、国民や世界からの信用をただただ下げるだけだ」

『目を覚ましてすぐに復帰出来ればいいがな』


 それを聞いて一瞬、服毒したのはリクト国王代理かと過ったが、四週間の昏睡から目を覚ましてもしばらくはすぐには動けない。そう言う意味で言ったと捉えた。

 方針の食い違いはあっても叔父は叔父だ。出来れば信じたく、そんな希望的判断をしてしまう。


『断言しておくが、私は兄への服毒には一切関与していない。示唆も指示も賛同も一切してはおらん。演説で言ったように一刻も早い復帰を望むが、兄の考えは賛同しない。私は私なりに、この国の未来を案じて動く。例え一時的な王位だとしてもだ』

「二人の王の判断でただただ国と国民を混乱させているわけでは? あなた自身言っていたではないですか。ハウアー伯父上の判断が正しいかもしれないと。断言して、あなたの判断はスムーズに進んでいた交流を乱しているだけだ」

『私に説教をするか』

「私は王室内での立場や王位継承権には興味がありませんからね。ハウアー国王の代わりに言いたいことを言わせてもらいます」

『随分と兄に媚を売っているんだな。いったいどんな見返りを得ているんだ?』

「……決まっているではないですか。今、この状況ですよ」


 エルマは皮肉を込めて笑みを浮かべて返す。

 これはエルマの本心だ。今、イルリハラン大使として日本問題の根幹に触れていることを、何より楽しく、何より誇りと思っている。

 ただ軍人として任務に就いているだけだったら出来ない責任感のある仕事に、一番やりがいがあると実感していた。いずれは終わる役職と立場であっても、生涯に於いて今以上にやりたいと思うことはないだろう。

 恐らくはラッサロンに所属する兵士は皆似たようなことを思っている。


『そこまで来ているか』

「なにがですか?」

『さっき言ったように、随分とニホンの味方をするんだな。三ヶ月前までは見たこともいなかった異星人を』

「イルリハランと日本は運命共同体です。親身になることは必然では?」

『いや、異常だよ。異星人に対して仲良くなり過ぎだ。派遣先の住人と親睦を深めることは必要だが、お前の反応は限度を超えている』

「ではどうすると?」

『簡単さ。ラッサロンをユーストルから撤退させて別の基地を派遣させる。兄の移送も、個人で出来ないなら基地を動かせばいい。一度で二度おいしいとはこのことだな』


 予測し、一番聞きたくない言葉が出た。


「……正気ですか? ただでさえ日本との交流はまだ手探りだと言うのに、新たな基地でゼロからまた交流を?」

『心配いらないだろ。向こうにはマルターニ語が堪能な言語学者や軍人がいるんだからな』

「ラッサロン浮遊基地には日本大使館があります。移動させるなら日本の許可も必要です」

『自分の軍事施設を移動させるのに、他国の許可がなぜいる』

「魚川大使含め、大使館職員は全員日本産の食事をとっています。ユーストルの外に出てしまえば、基地内の日本人はどうやって食べろと言うんですか」

『たかがユーストルから自力で出ることも出来ない程度か』


「その代わりに日本人は大地に立てる。向こうからすればたかが地面に付くことすら出来ない程度ですよ」

『食料は定期的に浮遊艦で輸送すればいい。ラッサロン撤退は決定事項だ。直に防務省長官から命令が行くだろう。撤退は、アルタランの視察団が退去した後だ』

「日本を孤立させるおつもりですか。それでよく条約を結ぶといいましたね」

『貿易をちらつかせれば不平等条約も調印する。ああ、安心しろ、お前の大使としての立場は維持してやる。お前がなんとかニホンを宥めろ、いいな』


 パソコン画面が暗くなり、画面にエルマの顔が写る。

 その顔は、怒りと悲しみが入り混じった何とも言えない表情をしていた。

「リクト叔父上、聞きたくはありませんでしたよ、それは……」

 エルマは両手で顔面を強く押し付けて擦る。

「どんどん状況は悪くなってく。これで勝てるのか?」


 最初はレーゲン、次はアルタラン、今度は母国イルリハラン。


 どんどん敵が増えていく。味方は少なく増える見込みは低い。

「いや、弱気になってはだめだ。ここで勝たなくていつ勝つって言うんだ」

 世界とは不思議なもので、どれだけ絶望的な状況でも必ず突破の糸口が眠っている。

 必ずその糸口を掴み、イルリハランと日本に降りかかる脅威を取り除く。

 そしてユーストルのフォロン結晶石を、イルリハランと日本主導で採掘して世界に分配するのだ。

 今の会話で、ここユーストルを巡る派閥が三つあることが分かってきた。


 ハウアー国王と日本は、立場は平等で手を取り合った上で健全な経済関係を結び、アルタランや他国の関与を受けずにフォロン結晶石を採掘して世界に広げる。


 リクト国王代理は、ユーストルの管理をアルタランに任せ、ユーストルから出る利益の半分近くをイルリハランが得る。日本とはイルリハランに有利な貿易込みの条約を結ぶと言うが、具体的には不明だ。


 アルタランは、ユーストル内の全てを国際管理としてアルタラン自身が行い、以後領土国であるイルリハランすら関与を認めない。日本に対する対応もアルタランが一切の裁量権を持ち、強制的に採掘をさせようと企む。


 約一ヶ月程度で、この三つのうちどれかとなろう。

 エルマは静かにノートパソコンを閉じた。

 パソコンの横には、日本産のスイーツであるショートケーキたる三角形の食べ物が置かれている。夜食として秘書がリクト国王代理との会話中に持って来てくれたものだ。

 フォークを手にして鋭利な角部分を切る。イルリハランにはないフワフワな食べ物だ。

 コムギコと言うコクモツから作られる物で、日本ではなくてはならない原料。

 ハウアー派の方針であれば安定的に生産出来るが、他二つでは難しい。


 切った部分を指して口へと運ぶ。

 三種類の甘みが一瞬で口内を満たす。

 トロトロに溶ける甘みと、スポンジのようにフワフワな生地を押し潰して出る甘み。さらに果物の甘みと合わさって実においしい。

 一体この甘みのように日本とフォロン結晶石を味わえる派閥はどれか。

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