第44話 『異星国家間国交条約調印式(後篇)』
異地に住まうは四十億人。地球には七十億人がいる。
その中で一人でも、この光景が実際に起こると想像しただろうか。
一人はイルリハラン王国の国王。
もう一人は日本の内閣総理大臣。
絶対に並ぶことのない、国レベルではなく星レベルで異なる首脳が、同じ場所に立っている。
フィクションに於いて異星人との接触は多々あれど、こうして両首脳が平和的に会見を開くところなど羽熊は見たことがない。
そもそも、異星人と接触する場合は宇宙から来るものばかりで、例外なく相手側の文明が飛躍的に高く、こうした同じ文明水準の人と会うことはない。
同じ文明水準であることは、この場面を作る上では重要な意味を持つ。
両者に大きな水準の違いがあれば、その相違から拗れて両者が理解した上で立つことは難しい。しかし、文化は違えど文明は同じ水準だから理解が容易く、結果として異星人同士でありながら両首脳が同じ場所で立つことが出来たのだ。
もしこれがテロ対策を一切しないのであれば、全世界から集まったメディア関係者より猛烈なフラッシュの雨が降り注ぐところ、今回はメディア関係者は完全シャットアウト。無料配布用写真がたまに撮る程度で、会場自体は静かなものだった。
中にいる人数も、観客として兵士を無駄に人を入れる必要がないから必要最小限である。
地球的に言えば無観客試合だ。
この人類史上初の事に、メディア関係者が一切立ち入りできないのは多大な不満と言えよう。なぜ異星国家との国交樹立を前に、政府が公開する情報しか仕入れられないのか、不満を抱かなければその人は報道に関わるべきではない。
日イは双方でメディア関係者を入れないのはテロ対策としている。でもそれはメディア関係者を信用していないとなり、メディア関係者交流会での妨害があっても不信感が募っていく。
よって、この会見で日イは日本の農奴化政策を、アルタランの公開よりも早く発表し、一連の徹底的なテロ対策の理由だったと説明することにした。
これで世論が納得するかは分からないが、少なくともアルタランより先に発表する意味はある。
日本は転移して以来、異星人として定番な軍事侵略行為を何一つ行っていない。その三ヶ月間の実績を含めて、アルタランの理不尽な政策を暴露することで、日本委員会以外の国々の政府上層部を始め世論を味方に付ける。
そうすれば出鼻をくじかれるため、日本委員会は一層その政策がやりにくくなるはずだ。
無論、日本委員会を全会一致にさせられるほどの情報をどこかの国が持っているはずだから、それを公開されたらどうなるか分からない。
イルリハランの諜報機関はその『情報』を探しているのだが、データはもちろん書面でも残っていないようで全く見当が付かないらしい。
分かっていればそれについても対策を練って今日を迎えたのだが、そうもいかないならば出たとこ勝負と行くしかない。
そして日イ両首脳による会見が始まった。
「……今から三ヶ月前、我がイルリハラン王国、そして全世界に衝撃が走った」
演壇の前に立つハウアー国王は、マイクに向かって語りだした。
「我々が想像していた異星人は、常に宇宙から来るものと考えてきた。高度に発達した宇宙船に乗り、我々とは似ても似つかない姿をし、友好的な性格ではなく出会い頭での攻撃が当たり前だった。
しかし、異星人は思いもよらない形で現れた。
一体誰が宇宙船ではなく国土ごと来ることを想像しただろうか。少なくとも私の知る創作物で、異星人が国土ごと来た物は一つとない。
もしこれが侵略を目的とした奇襲であるならば、これほど完璧なことはなかっただろう。私自身、第一報を聞いた時は驚き言葉を失った。どう対処するべきかマニュアルが一つと無かったからだ。
だが、彼らはそうではなかった。
一日、二日経とうと彼らは軍事的行動を取らず、衛星で監視をしてもユーストルを移動することはなかったのだ。
そして三日目にして、我が軍とニホン軍は接触した。当時はまだ侵略を目的とした組織と断定していたがために一触即発を警戒したが、実際は対話のみに終わった。
もし彼らの文明水準が我々と大きく違っていれば、対話とはならず戦闘となり、戦争となっていただろう。
だが彼らは、我々と同じ文明水準を持っていたがため、自分たちの力量から立場を察して受け入れ、対話の道を率先して進めた。
今日この日、イルリハラン王国とニホン国が国交条約を結ぶのは、その初日を無事に乗り越えたからに他ならない。
断言しても、最初の挨拶が武器使用であったならば、こうしてニホン国首脳と肩を並べることはなかっただろう。
初めてニホン軍と接触した我が軍の兵士、そしてニホン軍を称えたい。
全てが初めての事ばかりだと言うのに、見事乗り切ってくれた。
途中、レーゲンを含む国際部隊、さらにある組織の思惑によって順調な交流こそ出来なかったが、史上初の異星国家との交流は成功と言える。そうでなければ、先の戦闘で戦死した兵士たちに顔向けすることが出来ない。
これはすでに国民に向けて伝えていることだが、僅か三ヶ月で異星国家ニホンと国交を結ぶことは決して下手に出ているわけではない。我が国の発展、国際社会への貢献、そして全ての事柄への平和的解決を考えた結果、いま結ぶことが最良のタイミングと判断だからだ。
ニュース等で知っているように、ユーストルは全域で緊張状態にある。
ニホンが転移してくる以前より、レーゲンよりユーストルは国教の聖地であり無条件譲渡を突き付けて来る上に、そのレーゲン率いる国際部隊との戦闘、さらには無尽蔵とも言えるほどのフォロン結晶石が埋没している事実。
全世界が今、異星国家ニホンを含むユーストルに注目し、あらゆる国家、企業、組織が合法非合法問わず狙っている事だろう。
だからこそユーストルを領土とする我が国と、ユーストルの中央に転移したニホンは国交を結ぶ必要がある。
今後世界は一新する。ユーストルに埋没しているフォロン結晶石、チキュウで発展した我々とは異なる技術により、ここ数十年間低迷しつつあった社会は劇的な発展をするだろう。
ゴホッ……失礼。もちろん制御は必要だ。
フォロン結晶石にニホンの科学技術、それらを制御無く流出させては、ただただ混乱を来すだけだ。それでは苦労を重ねて今日を迎えた意味がない。
我がイルリハラン、そしてニホン国はこれ以上世界に混乱を招きたくはない考えで一致している。超常現象によってニホンが転移してきたことは致し方ないが、それ以降は人為的に制御をするつもりだ。
我々は成熟した社会基盤の上で生活している現代人だ。ニホンもまた騒乱の時代を生き抜き、千五百年から二千四百年もの間、国としての尊厳を守り抜いた。
両国共に成熟しているのならば、あらゆる制御ができるはずだ。
私はこの二日間で可能な限りニホン人と話をした。現場から来る報告にあるように、話をした全員が王である私に敬意を払い、不慣れでも礼儀を大切にした態度を取っていたこと、大変印象に残っている。
そして先ほどのササキ首相との会談で、少なくとも想像上に於ける異星人とはかけ離れている確信を得た。
私が国王として即位したのは二十五歳の時。それ以来、外交として多くの国々に赴き、国の見方を学んできた。この見方が異星国家に通用するかどうかは今後に委ねられるが、今、私の目に映るニホンは単なる隣国でしかない。
それが国交を結ぶ決定的理由だ」
ここでハウアー国王から佐々木総理に代わる。
「イルリハラン王国の皆さん、フィリア各国の皆さん、初めまして。日本国総理大臣の佐々木源五郎です」
演壇のマイクに向かって日本語で話し、その背後で別のマイクを手に持つ羽熊がすぐさまマルターニ語に訳す。
「今から約三ヶ月前、我々『日本』は死を覚悟しました。直径三キロになる小惑星が日本に落下し、国内の……いえ世界のどこに逃げようとも人類滅亡は決定的でした。
この小惑星を発見したのが三十二年前。全世界の国と人々が協力し、小惑星落下と言う天災に一致団結して対策に乗り出しました。そう言う点では天敵であるグイボラに立ち向かったフィリアの方々と同じですね。
しかし我々は皆さんのようには行きませんでした。
考えられる最大限の対処を実施しても小惑星落下を回避することが出来ず、レヴィアンと名付けられた小惑星は日本に落ち、最後の足掻きとしてミサイルによる迎撃を行いました。
そして、以前記者会見の時にお見せした映像のように、小惑星は日本を覆うように砕け、既知を超えた現象によってこの星へと転移しました。
すでにイルリハラン政府によって公開されていますが、日本に落下した小惑星はこの星でどこにでも転がっているレヴィニウムと同じ物質です。名前が似ているのはまあ偶然でしょうが、転移現象と無関係とは言えません。学術的根拠ではなく状況証拠からですが、我が国はそこから転移現象によって調べていくつもりです。
……私達地球人は、半世紀以上前から異星人の探査を行ってきました。
我々人類が存在している事こそが異星人が存在する証明であり、この無限とも言える広大な宇宙には必ず異星人がいると信じて探査を行ってきました。ですが探査機器を発展させ、世界規模で続けていてもその片鱗すらつかめず、可能性がある星々を見つける事しか出来ませんでした。
三ヶ月前、我々は二つの答えを得ました。
一つは皆さんの存在を知ったことで我々は、地球で生きる生命は、この大宇宙で例外的な存在ではなく、条件さえ揃えば誕生する存在なのだと言うこと。
もう一つは高度な知的生物の外見が、進化の果てに人間的になることです。
地球とフィリアの生物の起源が同じだったのか、それとも知的生物は必然的に似た姿になるのか、その答えはまだ得られていませんが、二つの星の生物を調べることで新たな大発見が見込めることでしょう。
先ほどハウアー国王がお話しされましたように、異星人=侵略者と言うイメージは我々の中にもあります。ジャンルによりますが、大抵は地球人と異星人の戦いです。それもあり、ここユーストルに転移した時から我々は危惧しました。
本意ではないにしろ、国土ごと突然来てしまえば侵略を目的として来たと誤解されるのでは、と。
転移当初からこの星には高度な文明があることは分かっていました。
戦争は時に誤解から始まります。
隕石問題によって国内はひん死の状況で、意図した侵略行為と誤解されて戦争状態に陥ってしまえば、我々は今頃多くの国民を死なせて苦し紛れの抵抗を続けていた事でしょう。
したがって初接触した際、羽熊博士とルィル曹長が平和的にコミュニケーションを取って理解を深めたこと、大変感謝しています。
特に羽熊博士、ルィル曹長、この場をお借りしてお二人に感謝の意を表します」
これは予定にない部分だ。
佐々木総理は後ろにいる羽熊と、ハウアー国王のそばにいるルィルにそれぞれ顔を向けて頭を下げた。
ところどころから拍手が来る。元々いる人数が少ないから本当にまばらだ。
「以降、我々日本とイルリハランは、前代未聞の異星国家同士による手探りの交流を始めることになりました。現場はさぞ大変だったと思います。今でこそイルリハランは信頼できる隣国として見ることが出来ますが、当初は異星人と言う認識が強かったですからね。外見に始まり、文化、文明、言葉と何一つ知らない、文字通りゼロからのスタートの上、一つ間違えれば戦争になるかもしれない恐怖と責任。現場の重圧は想像を絶したことでしょう。
しかし現場の人たちはやり遂げてくれました。
この三ヶ月を乗り切ってくれたからこそ、日本本土に住む一億二千万人は明日を生きることが出来ます。
さて、この三ヶ月間に及ぶ歩みでどれほどの方々が信じてもらえるかは分かりませんが、我々『日本』は版図を広げる意思はありません。
気体フォロンの有無による不便性から、イルリハランの好意で日本の海から周囲十キロに渡り領土の割譲を受けましたが、それ以上の割譲を求めるつもりはありません。結晶フォロンの採掘など経済面での活動こそルールに則り行う予定ですが、積極的に日本国民をユーストルに出す意思はありません。
多国籍軍の動きに合わせて警告をしていた、放射性物質を貯蔵した施設を利用して交渉を有利に進めようともしません。もちろん最強兵器も同様です。
あくまで我々は『不本意な現象によってこの地に転移してきた国家』としての立場を理解した上で国家としてあらゆる活動を続けていく所存です。
ですが主権を一ヶ国とはいえ認められている以上、我が国の主権となる国民とその財産を守るため、抑止力としてこの星の環境に適応するよう武器の更新は行います。
改めて明言しますが、憲法と法律により、我が軍は国土を守るために存在しています。今言った武器の更新は、我が国を守るために欠かせないためで妥協は出来ません。
先の記者会見でも述べたように、我々が求めるのは相互理解した恒久的平和です。
イルリハランに限らず、全ての国と組織と対話による平和的な交流を日本は強く望みます。
以上です、ありがとうございました」
佐々木総理は深々と頭を下げる。
これで二人の首席の言葉が終わり、次にアルタランの農奴政策について話す。
佐々木総理とハウアー国王は一瞬視線を交わす。
「今こうして異星国家同士が互いを理解した上で会見を開いているわけだが……ゴホッ……その関係を快く思わない者たちがいる。一番異星国家日本を知っている我々が問題ないとしているところ、偏見か捏造か、分からないが、ゴホゴホ……」
「ハウアー国王、大丈夫ですか?」
会談のときからハウアー国王の咳が多くなってきた。顔色も悪く、明らかに悪い方向に進んでいるのが分かり、ルィルが近寄って小声を掛ける。
「ああ、心配ない。続ける」
日本側は決して近づかない。薄情ではなく、潔白であることを堅持するためだ。
ここで心配して近づけばそれはそれで美談になるが、それではそれをしているスキに何かをしたと言われかねない。
時には手を差し伸べないことが大事だったりする。
せめて過労によるものであればいいのだが。
「異星国家であるがためか、基本的権利を軽視しようとしている組織がある。異星人と言う空想だった存在ゆえに、異星人への権利がないのは仕方ないと言える。だが……今ここに彼らはいる。どう否定しようが、それはもう変えられない……事実だ。アルタラン内に組織された異星国家対応委員会は、そうした権利等を考える……ものと……考えて来た」
「国王陛下、体調がよろしくないようです。この続きは後日にて、調印はエルマ大使にしてもらいましょう」
さすがにあらゆることを想定していたため、大講堂内にいる兵士たちの動きが早い。カメラに映らないように衛生兵がすぐにでも動けるよう待機もしている。
調印そのものも、国王でなければならないわけではない。『代表』がしても法的効力は生まれるため、エルマがしても何の問題はなかった。
「いや駄目だ。ここで引いては相手の思うままだ。何があっても配信は続けるんだ」
「ですが……」
「続行する。下がりたまえ、ルィル曹長」
「……ハッ」
振り払いはせず、命令でルィルを後ろに下がらせるハウアー国王。
「失礼した。これはまだ公表されていないものだが、アルタランは――」
ハウアー国王が演壇に倒れた。
「陛下!」
倒れると同時に兵士たちが一斉に動き出す。
睡眠時でも無意識に浮くらしいのに、ハウアー国王の体は落ちようとしている。それは気を失っているに他ならず、すぐにルィルや他の兵士たちが体を支える。
「すぐ医務室に!」
こういう時、兵士と言うのは迅速に動く。心配するだけなら子供でも出来るし原因究明も後ですればいい。なら兵士ならどうするか。一秒でも早く医療環境の整ったところに連れて行くことだ。
とにかく命を守ることが最優先。
五人に抱えられたハウアー国王は、一直線に扉へと向かって行き消えて行った。
大講堂内が静寂になる。
「ハウアー国王の容態がすぐれないため、共同会見はこれにて終了させていただきます。ニホン国の皆様は、大使館に行かれますようお願いいたします」
一人の政府職員がそう纏め、別の職員が羽熊達の乗る台を床へと降ろす。
「起きてほしくはなかったが、やはり起きたか」
こうなることは予見していた。しかしいざ起きてしまうと動くことが出来ない。
「毒……でしょうか」
「かもしれないし、純粋に過労からくる病気かもしれない。何にせよ無事を祈るしか出来ませんよ」
最悪なのが基地全体で携帯を禁止している銃を持って侵入し、日本側から狙える射線でハウアー国王を狙うことだった。
そうすれば粗さはあっても日本が狙撃したとして悪役に仕立て上げられた。
だが日本側は文字通り指一本触れてはいないし、ハウアー国王は水すら飲んでいない。
どう疑おうと、体調不良を日本が引き起こすことは認められないはずだ。
「分かってはいましたけど、いざ起きると……」
「そのために準備をして来たんです、大丈夫ですよ」
「総理、移動の準備が出来ました」
「分かった」
移動の準備が整ったため総理は動き出す。
日本を悪役にせずハウアー国王に手を掛けた。これは苦肉の策なのか、それともいくつかあるプランの一つだったのかは羽熊には分からない。
特に分からないのが、この状態からどうやって農奴政策を推し進めるかだ。
ハウアー国王に手を掛けても、日本がしたとならなければその線では押し通せられない。なのにしたということは、向こうのプランでは日本を悪にする必要がないと言うことか。
ならばハウアー国王を殺害又は執務不能にすることでも問題ないと言うこと。
嫌な流れだ。来るだろうとは思ったが、まさかこれで日イの苦労を水の泡にさせられるのだろうか。
ともかく、ハウアー国王はルィル達に任せるしかない。
そして調印式は、こうなった場合に備えてエルマが調印をすることを事前に決めている。
そうあってほしくなかったが、調印式は行わなければならない。することが見えない敵への強烈な一撃へとなるのだ。
ただ、エルマは日本領ユーストル内の大使館にいるから、いざするならここまで来てもらわないとならない。
少なくともハウアー国王様態を含めて四時間か五時間はかかるだろう。
*
フィリア社会へはネットで生配信しているため、ハウアー国王の身に異変があったことは全世界が把握している事だろう。
日本は依然と向こうのネットへの接続は出来ていないから、どう配信されて反応されているのかは知りようがない。
が、かなりの反応を示している事だろう。
日本陣営がラッサロン内の日本大使館に移動して、四時間が過ぎた。
佐々木総理は大使館内の通信機器を使ってどこかと話を続け、他の職員たちも昨日までに開通させた地球規格のネットでスマホやパソコンを弄っている。
この四時間で出来る仕事をしている政府関係者に対して、羽熊はソファーに座り、まるで病院の待合室で家族の手術を待っているかのように手を握り呆然と前を見続けていた。
日本側に出来ることは何一つとないとはいえ、時間を潰すために携帯電話でネットを見る気分にはなれない。
例え仕事道具を持って来ていても手は出せなかっただろう。
アルタランが水面下で進めようとしている日本農奴化政策。断固として人権を無視又は軽視した政策を、大地に立つことが出来るだけで進めさせてはならない。
そのために今日まで頑張って来た。
死を覚悟していたところ、何の準備もなくこの星に飛ばされ、完全未経験の異星国家との初接触から国交成立まで一丸となって尽力してきた。
なのに様々な思惑からかそれを邪魔しようとする。
イルリハランの内部勢力が反対するなら理解できるが、邪魔をしているのは国外ばかりだ。
突然やって来た異星国家が居座ろうとしているのだから、畏怖を感じるなと言う方が無理な話ではあるが、これは立派な内政干渉と言える。
イルリハラン側も外交ルートで内政干渉と文句は言っているだろうが、異星国家だから特例と言われればそれまでだ。
つくづく『異星国家』は便利な言葉だと思う。
だから佐々木総理もハウアー国王も『異星国家』と言いつつ『隣国』の言葉を使った。
異星国家と言う事実こそ変えられないが、創造によって培われた偏見は変えられる。
そのための一連の国交行事だったのだが……。
ノックが静寂な大使館執務室に鳴り響き、皆一斉にドアに向く。
「失礼します」
入って来たのはルィルだ。
「ルィルさん、ハウアー国王の容態は?」
聞くのは通信を一方的に切った佐々木総理。
「ササキ首相、お会いできて光栄です」
そう言えば佐々木総理とルィルが通訳としてではなく直に会うのは初めてだ。
ルィルは佐々木総理に向けて敬礼をする。
「結果から言います。命の心配はありません」
その言葉を聞いて、一同安堵の表情を見せる。
「過労ですか?」
「いえ、毒による卒倒でした。現在もハウアー国王は昏睡状態で、今の見込みでは四週間は目を覚まさない状態です」
しかし容態を聞き、すぐに険しい表情に変えてしまう。佐々木総理は総理ゆえか顔色は変えない。
「もちろん日本の方々が毒を盛ったとは考えていません。ハウアー国王に一切触れていないことは多くの兵士たちが見ていますし、飲み物もお互いに飲んでいません。針の刺し痕がないことも確認していますので、そこは安心してください」
「ではそちら側の毒を?」
「はい」
「しかしこの事態では毒味をしているのでは?」
「もちろん給仕をした者と調理した者で事前に毒味をしていました。ですが今回のは特殊な毒で、二種類の毒を食べ合わせることで効果を発揮する混合毒を使ったようなのです」
「混合毒?」
「二つの毒を用いるのですが、それぞれは無毒でどれだけ摂取しても害はありません。ですが二つが体内で混ざると中毒症状を出して、風邪のような症状を出して意識を失います。ただ、これ自体では死には至らしません。意識を失うので空に立てず、落下して死亡はありますが、毒そのものでは死なないのです」
「……では食事だけに盛られたわけではないわけですね。だったら毒味した人が先に倒れる」
「はい。検査の結果、料理と薬に混ざっていることが分かりました」
食事と薬、別々に毒味をすれば分かりはしない。
「元々過労から来る風邪気味でもありましたから、飲ませるにはちょうどよかったのかもしれません。それに普段から服用していた栄養サプリにも検査の結果あるのが分かり、今、調理をした者と薬を調合した者から事情を聞いているところです」
「分かりました。昏睡が四週間も続くのは毒の特性ですか?」
「この毒は解毒剤を投与しない限り昏睡が続くもので、後遺症は出しませんが解毒薬が無かった時代では間接的に死なせることができ、尚且つ発見が難しいことから多くの国で多用されました。医療の発達と解毒薬が発見されてからは利用価値が薄れ、なにより一般人では手に入らない毒なので年間でも世界で数件程度です。ですが、この毒は昏睡直後に解毒薬を投与しても四週間は昏睡が続き、今現在でも時間を短縮する術は発見されていません」
ルィルの説明を受けて、羽熊は内心で考える。
相手を昏睡状態にする毒。別々で摂取することで効果を発揮するから、別方向の食べ物を調べるのは確かに難しい。するなら全く同じものを食べる人を用意しないといけない。
初期治療が重要な毒ではあっても、結果として殺せないのであれば毒である意味は薄い。確実に殺せるのであればかなりの脅威であるが、最初の落下死を乗り切って病院で治療をすればいつかは目が覚める。
なんにせよ施政者に対して使用はどうかとなる。執務不能を目的としても、現代社会であれば次が代理を請け負うだけだ。
完全に代わりがいないのであれば有効でも、ハウアー国王には代わりが――。
「あ……」
ふと定番の陰謀が頭に思い浮かび、羽熊は呟いて注目を集めてしまった。
「羽熊博士、どうかしましたか?」
「いえ、何でも……失礼しました」
「ルィル曹長、日本政府を代表して、ハウアー国王の早期ご回復をお祈りします」
「ありがとうございます。ハウアー国王がお目覚めになるまでは、王位継承権法に則り、王位継承権一位にして実弟であります、リクト・ムーア・イルリハラン王太弟が代理として就任します」
イルリハランではわずかな王不在すら認めないらしく、病気や昏睡で執務不能になったと医師が確認した場合、目を覚ますまでの間継承権一位の人が代理として一時的に王権を手にする。
『即位』ではなく『就任』なのは、一時的な王権の移譲だからだ。後に国王が執務に復帰するのが確定なら『王位』は移動せず、その仕事に就くだけになる。
「条約調印式は予定通りエルマ大使が?」
「リクト国王代理はここから三万キロは離れておりますので、代表としてはエルマ大使しかおりません。すでにエルマ大使は基地に到着していまして、十分もしないで調印式を執り行えます」
「分かりました」
ただ、ハウアー国王へのお見舞いの言葉なしで行えば軽視しているとして非難を受ける。
よって調印式の前にお見舞いの言葉をして、普通なら別日にする調印式を急ぐ理由を話した上で行うこととなった。
聞くと世間にはハウアー国王は毒ではなく極度の過労と緊張によるものとして、服毒は伏せてあることだ。よって話すのであれば注意しなければならない。
それでも国王が卒倒した直後に執り行うことに非難はされるだろう。だがハウアー国王自体が強行するよう厳命しているので、非難は最小限となるはずだ。
わずかな時間でも惜しい日本は、大使館を出て再び大講堂へと向かった。
*
「ササキ首相」
大講堂入り口前にはルィルの言った通りエルマ大使が正装で待機しており、日本陣営に気づくと声を掛けて敬礼をする。
「エルマ大使、ハウアー国王の身に置かれましては政府を代表してお見舞いを申し上げます」
「痛み入ります。ハウアー国王はきっと自分の手であなた方と条約を結びたかったと思っているでしょう。私が代理として調印するのは恐縮ですが、ハウアー国王の意思を尊重するためにもこの大役、引き継がせていただきます」
「ハウアー国王も、貴方でしたらご安心でしょう」
「ありがとうございます。ハウアー国王……叔父上のことは心配ですが、目を覚ました時落胆はさせられません。これ以上の妨害が来る前に達成しましょう。調印さえしてしまえば撤回は出来ません」
今回調印される条約は、変更こそ合意によって可能だが二年間は破棄できないと明文化されている。二年と言うのは国家承認時の戦闘行為不能と同じで、少なくとも安定する時間として二年間は破棄できないようにしたのだ。
そうすることで政変が起きようと破棄される心配がなく、これまでの苦労が水の泡にもならない。これは約束を守らない地球時代の隣国の悩みを反映させてがあった。
「……ササキ首相、エルマ大使、お願いします」
タイミングを計ってイルリハラン兵が声を掛け、大講堂に通じる扉を開けた。
大講堂内は四時間前と大きな変化はない。人数は必要最小限で指折りで数えられるほどだ。
あるとすれば演壇に調印するための書状が置かれているだけである。
まずは調印前に体調不良でこの場にいないハウアー国王にお見舞いのお言葉を述べ、言いかけて頓挫したアルタランの農奴政策について言及。そして調印を行う。
時間にして十五分も掛からない。
さすがに別の場所から来たエルマや、日本産の食べ物しか食べていない佐々木総理に毒や武器を使おうとしても、兵士は全員身体検査をして中に入るからその心配はなく、あるとすれば爆弾だがそれもチェック済みのはずだ。
そう、もう大丈夫なはず。
佐々木、羽熊、エルマ、ルィルは演壇のところに向かい、佐々木は一度頭を下げた。
「調印式を行うにあたりまして、日本国ササキ首相よりお言葉があります」
「……今から四時間前、私はハウアー国王より国交を成立させる意気込みを聞きました」
さすがにハウアー国王が倒れた場合の式辞は用意していない。ここは総理の即興だ。
「国土転移した我々を受け入れ、ゼロからの交流に全力で取り込み、今日、調印式を迎えたわけでありますが、異星国家を相手とする重圧、創造的異星人を警戒しての不安、内政外政と多忙に、想像を絶する疲労を抱えていたと思われます。命に別状はないと聞き及んでおりますが、今現在も昏睡が続いているハウアー国王陛下に、一日でも回復することを願い、心よりお見舞いを申し上げます。ここにハウアー国王がいない事、誠に残念でなりません。
ハウアー国王とは今日が初対面ではありますが、今日に掛ける熱意は現場より受け取っておりました。そしてその熱意は隣におりますエルマ殿下もまた抱いています。
この熱意がいつまでも冷めないことを切に願い、条約を結ばせていただきます。
ですが調印式を行う前に、この調印を快く思っていない組織もあり、ハウアー国王はそのことに触れる最中昏倒されました。今日、手を握る一国の首脳として、私が引き継がせて語らせてもらいます。
今から約一ヶ月前、我が国はある政策を耳にしました。それは我が国では悪と定義される政策であり、いかなる理由があっても正当化してはならないものです。
それは」
「式辞中申し訳ありません、ササキ首相」
言いかけたところで今度はイルリハラン兵によって邪魔された。
「申し訳ありませんが、調印式は今を持って終了とさせていただきます」
「なに?」
マルターニ語が分からない総理に代わり、声に出したのはエルマだ。
「それはどういうことだ。条約の調印式だぞ」
「リクト国王代理の命令であります」
マイクが拾わないよう兵士は小声でエルマ大使に説明する。
「国交条約調印式は即中断し、ニホンの首脳陣を速やかに帰国させるよう命令が下りました」
「それは確かなのか?」
「はい。国王代理に就任した際の演説で発せられました」
代理とはいえ王権は全て移譲されるため、今のように条約調印式を即時中断させることが出来るし、その命令に兵士たちが逆らうことは出来ない。
当然イルリハラン政府代表としているエルマも同じだ。一時的とはいえ国家元首の命令を、代表が逆らうわけにはいかない。
羽熊は簡潔に通訳する。
「……ササキ首相、残念です」
「ええ、全くです」
ここまで来て訳が分からない人間はこの場にはいないだろう。
どこまで関与し、どこまで繋がっているのか分からないが、ハウアー国王の実弟であるリクト王太弟も妨害組の一人の可能性が高い。
であるならば、ハウアー国王に混合毒を盛ったのは……。
目の前に書状があり、あとは名前を書くだけで終わりだった。
ここで強行して書いたところで反感を買う上に、事実上の合意ではない調印だから法的効力も発揮しないだろう。
何であれ、政府レベルでの国交は出来ても国レベルでの国交は頓挫してしまった。
身内に敵がいることは陰謀系作品では定番であるが、よもや現実に起こるとは考えたくなかった。
即戦争にはならないにしろ、日本は一層苦しい立場に今度は味方だった側からも立たされることになる。
極細のワイヤーを使っての綱渡り、あと数歩のところでワイヤーが切れそうになった。あとわずかな距離を渡り切れるか出来ないか、恐らく四週間が正真正銘の勝負となろう。




