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陸上の渚 ~異星国家日本の外交~  作者: 龍乃光輝
第二章 政戦編 全35話
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第37話 『憶測と推測』

 ハウアー国王が突然放った爆弾発言は、文字通り全世界でさく裂した。


 これが一般人が言ったのであれば鼻で嗤われる程度で済むところ、ニホン問題を持つイルリハラン王国の国家元首が話せば、その信用度と影響力は最上級レベルと言える。

 その結果、市場はこの上ない大混乱を引き起こした。


 すでにイルリハラン国内の市場は夜間だったこともあって終了しているが、反対側の国々は活動中だ。

 高速情報化社会であれば、何十万キロと離れていようと届くのは数秒。ハウアー国王の発表から十分としないで『無尽蔵のフォロン結晶石発見』の特報は全世界に広まり、フォロン関係の売り買いは爆発的に増えた。


 特にレヴィロン機関メーカーの株価は急落。これは格安のフォロン結晶石が流通することによって、レヴィロン機関の価額が下がることを懸念してのこと。

 逆に低価額が普通である採掘事業の株価は急上昇すると言う、従来の逆の現象が起きた。

 さらに派生してフォロンに関係する企業の株価も売り買いが殺到したため、多くの国の市場はサーキットブレイクと言う取引中止制度を発動させたのだった。


 行動は市場だけに留まらず、突然の発表に世界各国の外務省は詳しい情報を得るため駐在イルリハラン大使を発表から数時間以内に呼び出す珍事まで起こした。

 もちろん各国のイルリハラン大使は詳しい内容を聞かされていないので、揃って本国から通達がないのでお答えできないとしか返さない。


 そうなると今度はイルリハランの外務省の電話が鳴りだす。

 外務省はその仕事柄無人になることはないが、そのことについてはまだお答えできないと突っぱねた。

 メディアの反応も素早く、多くの国々で臨時ニュースとしてハウアー国王のビデオメッセージを流しながら、ユーストルに無尽蔵のフォロン結晶石を発見と放送した。


 ただ、ユーストルに無尽蔵のフォロン結晶石がある可能性は、ニホンが転移してから二ヶ月で、一度(・・)も無かったため驚きは最大規模だっただろう。

 それはイルリハラン国内も同じだ。

 突然にして世界最大の資源国家になったと国王が宣言して、素直に喜ぶ人は多くない。


 本来なら史上最大の発見として喜ぶところだが、ニホン転移に始まる二ヶ月の情勢から、さらなる争いに発展するのではないか、そういう不安が国内を駆け巡った。

 無尽蔵のフォロン結晶石の発見はうれしいが、時期が悪い。もっと言えば発表する時期が悪い。多くの問題が落ち着いた頃に発表しても良かったのではないか、多くの国民はそう考えた。

 この発表がされた頃、アルタランはちょうど夕暮れであり、内容が内容だけに異星国家対応委員会を急きょ招集する運びとなった。


      *


「発表から一晩経ちましたが、反応は予想の通り大混乱の一言ですね」


 歴史的発表から翌日の日イ会合。

 駐日イルリハラン大使館内で、エルマ大使は開口一番でそう話した。

 会合メンバーはいつもで特別な人は互いに来ていない。


「詳細な情報を聞き出そうと問い合わせが殺到。報道機関も発表から今現在まで報道を続けています。各国の市場も売り買いが殺到して取り引きを中止しまして、我が国でも二日間証券取引はしないと決定しました」


 地球から見てフォロンに相当する物と言えば反物質だろうか。それが安価で安全、大量に手に入るとなれば、あらゆるバランスが崩れるとしてそんな反応を示すだろう。


「アルタランの反応はいかがでしょうか?」

 日本側の若井議員が尋ねた。

「似たようなものです。知ってか知らずか、一度も可能性としても出してきていませんからね。発表後すぐに異星国家対応委員会を招集して、パラミア大使を質問攻めしました。でも事前に打ち合わせをしていたので、軽くあしらったそうです」


 言いながらエルマは笑みを見せる。

 先日聞かされた、アルタランによる日本人農奴化方針。その方針が固まる前に牽制できたのだから喜んで当然だ。


「日本人農奴化方針はまだ決議には至っていません。あの発表がちゃんと牽制となっているのでしょう。それに真偽はともかく、殺人物質を貯蔵した施設がニホン国内にありますし」


 世界最大のフォロン結晶石産地を、決死覚悟の原発破壊で穢され立ち入り禁止区域にするわけにはいかない。

 採掘は出来ず、日本も死滅するからある意味二ヶ月前に戻るだけだが、産地と異星国家を死滅させた責任を委員会は負う。どの国も負いたくはないだろう。


「混乱は残しても国際組織の強権発動は阻止できたわけですか」

「まあ時間稼ぎくらいでしょう。アルタランからすれば、この地は必ず国際管理下に置きたいはずですから」

「社会構造を丸々変えられるほどの地下資源の発見ですからね。日本はともかくイルリハランが独占するわけにはいかないと考えるのは当然かと」


 フォロン結晶石はこのフィリア社会ではあらゆる分野に関わり、経済の根幹に位置して金より重要な存在だ。

 そんな物質が一ヶ国で流通を管理すれば、世界の手綱を握ることになる。

 世界的戦略物質とは言ったもので、一ヶ国が管理するのではなく国際社会が管理しようとするのは自然な考えと言えた。

 もちろん、当事国としてはふざけるなの一言だ。


「昨日の発表で、我が国に言い寄ろうとする国がすでに出ています。これから出回る結晶石を少しでも多く融通してもらいたい魂胆でしょう」

「国益を考えれば当然と思います」


 プライドと国益。どちらも譲れないものだが、国を思えばプライドは投げ捨てられる。

 プライドが厚く時に捨てられない国ほど品格は低い。


「レーゲンは何かしら反応はしましたか?」

「それはもう苛烈を極めていました。発表直後に大使を外務省に呼び出して、どういうことか詰問したそうです。我が国の駐在レーゲン大使も、自ら外務省ではなく宮殿に出向いて来たようですが、アポなしと言うことで追い払ったみたいです」

「向こうからすれば聖地を多大に利用されていますからね。となれば怒って当然です」

「ただ、調べによると聖地と言うのは建前で、本音はフォロン結晶石を狙っている可能性が高まってきました」


 エルマは数枚の書類を出して羽熊達に広げる。

「……羽熊博士、読めますか?」

「まだ完ぺきではありませんが」


 この時期になってくると互いの書類は機密を除いてそのまま見せ合うようになってくる。

 これは互いの言葉を早めに読めるようになる練習を兼ねていて、同席する羽熊とルィルは手製の辞書を片手に読み、分からない部分は教えてもらう。多少会合時間は短くなるが、読めるようになるためには必要な手間だ。


「えーと……採掘技術への予算ですね。七十年前から少しずつ予算額が増えている、ですか?」

「さすがハグマ博士、その通りです。これはレーゲン共和国が出す予算書で、各国の平均からみてわずかばかり増えているんです」

 他の書類はイルリハランを含め先進国の予算書で、一見すると分かりづらいが確かに増えていた。

「状況証拠の他、お見せできない書類にも裏付ける情報がありまして、まず間違いなくレーゲン政府は、七十年前からこの地にフォロン結晶石があることに気づいていたようです」


 七十年前。いま世界はイルリハランの発表で知らされて驚いているところ、レーゲンは七十年も前からそれを知って狙い続けて来た。

 日本でも地球時代、尖閣諸島を中国が狙い出したのは国連が石油がある報告書を提出した後。それと類似しているのなら、七十年前に何かがあったから狙い出したはずだ。


「エルマ大使、七十年前、この近隣でなにか調査や事件などの記録はありますか? 直接でなく間接的でも」

 建前でも本音でも、今となってはどちらでもいいのだが、若井はある考えを持って尋ねた。

「現在調査中です。なにせ七十年も前で、デジタル化もしていないので探すにも時間が掛かります」


「まあ知っていることをレーゲンは絶対に認めないでしょう。そのことを知っているのは政府上層部で、国民は純粋に聖地と思っているはずです」

 そうでなければとっくの昔に情報が広まっている。

「私も同意見です。だからこそこの地を明け渡すわけにはいきません。軍拡を推し進めるレーゲンが手にすれば、間違いなく世界の軍事バランスが崩れます」

「でもそれは他国からイルリハランを見ても同じ意見では?」


 日本は基本イルリハランの判断を支持する。支持しか出来ないとも言え、支持するべき言動もしている。しかし他国からすれば、イルリハランが結晶フォロンを独占することを不安視するはずだ。

「そこは長年の政策を他国がどう見るかによります。少なくとも我が国はレーゲンのような軍拡はしていません」

 イルリハランの軍事が世界から見て四番目なのは、広大な国土を守るためだ。広大な領土を持っていて人口が少なければ、領土拡大と言う軍事行動は取る必要はない。

 なにせ地球の面積分の領土に対して人口が七千八百万人。端的に言って、地球人口が百分の一まで減って一つの国として活動しているから、領土拡大は頭の隅にもないだろう。

 ここユーストルは例外として。


「ご心配なく。イルリハランは結晶石を大量に得たところで、独占もしませんし軍拡に利用するつもりはありません」

 エルマは日本側の意図を察して、はっきりと口にする。

「世界経済を破たんせず結晶石を流通するのが政府の決定です。これは決して一ヶ国だけ、先進国だけが独占していい代物ではありませんから」

「ではアルタランが結晶フォロンの管理をしても、平等的な流通はすると思いますか?」

 若井は少し鋭い質問をする。


 一ヶ国の管理と国際組織の管理は大きく違う。

 一ヶ国の管理では価額も輸出量も程度はあれ自由に決定できるから、世界的戦略物質を余らせてその分独占できてしまう。

 逆に国際組織であれば、国際的共同管理となるからある国が独占すると言う状態は避けられる。しかし『世界的戦略物質』ゆえに、世界平和を理由に配分しない決定も出来るし、発展途上国に配分してテロ的行為をさせないために先進国のみに配分する可能性も出るだろう。

 無尽蔵の結晶フォロンの前に、正しい判断が出来るか疑問だ。


「難しいですね。余計なことを考えずに、全ての国の国内総生産に応じた配分をすれば解決するのですが、結局は先進国が多く、発展途上国が少ないままです」

「かと言って完全な平等の分配では途上国に多く、先進国は少なくなって拗れます」

 結局のところ、完全に納得出来る配分は存在しない。

 従来の何万倍もの量が入ってくるとしても、間違いなく纏まらないはずだ。


「それにアルタランが管理する場合、おそらくニホンに結晶石は渡さないでしょう。異星国家の技術と混ざることで、どんな変革を生み出すのか予測も出来ませんから」

 日本はフォロンを採掘させられ続け、汗水流して得ても根こそぎ奪われてしまう。

 全くもってうれしくない。


 逆にイルリハランはすでに日本に結晶石を融通することは明言しているし、国家として接してくれているから特に不満の声は出ていない。

 この差は日本の心象としてはとてつもなく大きい。

「……でもどこかでアルタランと折り合いを付けないとなりません」

「もちろんどこかしらで妥協しあって和解するべきですが、出来ない場合最悪アルタランを脱退――」


「それだけはやめたほうがいい」


 エルマの言葉を遮るように、若井は手のひらを見せて制させた。

「エルマ大使、いまアルタラン脱退はもっともしてはならない選択肢です」

「ワカイ議員?」

「あ、失礼しました。つい感情的に……」

「いえ、それは構いませんが」

 突然の制しに驚くエルマに、木宮が優しく説明する。


「エルマ大使、これはあくまで地球側の出来事ですが、以前日本も国際連合の前身である国際連盟の常任理事国で、社会情勢から脱退した経緯があります。それが直接の原因ではありませんが、果てには世界大戦へと向かい、敗戦した歴史があるのです。今ここでアルタランから脱退してしまえば、敵対する意思は明白と判断されて、世界軍の出動根拠を作ってしまいます」


 聞くとアルタランが創設してから二百十年。加入する国はあれ脱退した国はないそうだ。国連以上の民主主義で纏まって来たのに、理不尽な要求で脱退したとなれば不具合を生じかねず、理由に関係なく脱退したケジメを付けさせる可能性が出る。

 しかも日本の農奴化に反対した経緯もあればどのような結果になるか想像に難くない。


「どう判断なさるかは貴国次第ですが、我が国としましては推奨し兼ねます」

「ええ、政府としても脱退するリスクは考えています。あくまで本当に最終手段として考えているだけで、まず実行はしないでしょう」

「差し出がましい発言すみませんでした」


「気になさらないでください。むしろ経験談が聞ける方がこちらとしてはうれしいことです。出来ればその経緯を今日でなくてもいいので聞かせてもらってもよろしいですか?」

「そうですね。若井議員……」

「構わないでしょう。ですが今は資料がないので、用意が出来次第会合の場をお借りして我が国の近代史を話しましょう」

「ありがとうございます。ところでワカイ議員、先日の事についてのニホン側の見解をお聞かせ願えませんか?」

「あ、はい。分かりました。農奴化のことですね」


 先日の事とは、昨日の発表をすると日本側に伝える過程で話さなければならなくなった、アルタランの日本人農奴化方針の件の事だ。

 その方針が出てからイルリハランはその経緯の探りを入れているらしいが、イルリハランを除く異星国家対応委員会のメンバーが秘匿体制を作っているようで、今日に至るまで分からないらしい。


 なので、フォロン結晶石の可能性を状況証拠から導き出したことのある日本に、可能性の模索を頼んだのだ。

 あくまで状況からによる可能性であって、証拠がないから過信すると痛い目に遭う。しかし異星国家側からの視点は重要だから頼まれて、一種の宿題として考えて来たのだった。


「エルマ大使、我々の可能性を提示する前に一つ確認なんですが、長いアルタランの歴史でこのような方針を出したことは過去にありましたか?」

「いえ、ありません。私も気になって調べたのですが、ああした人権を軽視する方針は一度も出ていません。今回が初です」

 それを聞いて若井は納得した表情を見せる。


「アルタランは我々の国連と同じ、基本的人権保護を根底に置いて活動するのであれば、異星人であっても人間的思考を持って活動をする我々の人権を軽視するとは考えにくいです。なのに奴隷又は農奴的扱いをしようとするのは、そうしなければならない根拠を異星国家対応委員会は持っていると言う裏付けになります」


 すでに日本はイルリハランによって『独立国』として承認されている。それは基本的人権を認めていることになり、イルリハランはアルタランに加盟しているから連動して軽視するわけにはいかなくなる。

 なのに軽視した方針を出すと言うことは、軽視するだけの根拠を持つことになる。


「ですが、皆さんは実に平和的な思想を持って活動しています。いえ、それしかしていません。我が国の公開内容も同じなので、失礼ながらこれまでの交流がすべて我々を騙すためでも、あそこまで委員が意見を一致させるとは思えません」

「いえ、異星人として侵略を疑うのは当然です。もちろんそれを前提とされては外交は進みませんが、頭の片隅には置いてもらった方が我々としても安心できます」


 疑われて安心するとは矛盾するも、立場を考えればそう考えてしまう。

「それで、ここからは完全な憶測で何の根拠も証拠もありません。本当であれば言うべきではないのですが、辻褄を合わせただけであることを先に言わせていただきます」

「構いません。正直なところ、こちら側ではなんの憶測も推測も出来ていないので、意識しすぎてもいけませんが、荒唐無稽でも知りたいのです」


「分かりました。単刀直入に言いまして、異星国家対応委員会……日本委員会は人権を軽視しても構わないほどの、疑いようのない情報を共有していると思います」

「しかしそれは……」

「我々とは全く関係ない所からの情報でしょう。そうでなければ、国際組織が例え異星人であっても、平和的な活動しかしない日本人の人権を軽視する動機にはなりません」


 若井の憶測に、エルマを始めイルリハラン側は怪訝な表情を見せる。

 これは日本側も同じだ。何の証拠は愚か状況証拠もなく、ただ辻褄を合わせるために考えたに過ぎないのだから。しかし筋は通っているものでもある。


「もちろん捏造では無理です。そうした情報は十分に精査をするはずですから、独自に入手した交流の場の画像や映像を加工した程度では見抜かれますし、イルリハランに確認もするでしょう」

「……情報は本物で、我々が提供しているのとは全くの別物。その上極悪非道の内容と言うことですか?」

「はい。そして地面になんの抵抗もないとなれば、採掘を強制して当然で見返りなんて不要と言えなくもないかと」

「さすがに突拍子もない可能性ですね」


 言ってしまえばエルマたちの知る日本人の正反対の情報が、日本委員会の参考資料となっているのだ。

 二ヶ月と短くとも絶対に見られないよう日本全体が意識して活動してきたのだから、日本を深く知るエルマたちは受け入れられないような表情を見せる。


「ですがそんな情報をどうやって……いえどこが用意を?」

「まあレーゲンでしょうね」

 若井はきっぱりを決めつける。


「七十年前からここに結晶石があることを知り、なんとか実効支配をしようと狙い続けた。しかし実効支配出来ない中での日本転移に国家承認。ますます自国の力だけでは出来なくなれば、国際組織であるアルタランを利用するしかないでしょう。もし思惑通りこの地をアルタランが管理するとなれば、情報提供をしたことを利用して一部でも管理権を得るかもしれません。これだけ広く、日本人の人権を軽視できるなら秘密裏に拉致まがいなことをして、採掘を強要することも出来ます」


 これが日本委員会が出した突然の農奴政策の裏側工作の憶測だ。

「でも我々はニホンには立ち入れません。いかに農奴化政策を可決したところで、どうやってニホン人を強制労働させるんです?」


「一例ですが、アルタランの要求を呑むまで定期的にバスタトリア砲やミサイル、生物兵器などを打ち込めばいいんです。向こうからすれば数万人でも残ればいいですし、バスタトリア砲の都市部への使用データに新兵器の実験と一石二鳥です。殺人物質も、大都市部にはないことくらい察しているでしょう。狙うとすればまずは軍事施設ですね。飽和攻撃をし続け、我が軍の抵抗がなくなったところで今度は田んぼや水田などを狙って食料生産能力を奪い、小中都市を武力で攻めて、我々の抵抗力をそぎ落としていく方法が考えられます」


 軍事兵器による恐怖によって日本人を日本からおびき出す。言ってしまえば蜂の巣を除去するために煙でいぶすようなものだ。住む場所を消し、最愛の家族や知り合いを殺し、食べ物も得られず、得るために強制労働覚悟でフォロン有効圏内へと出る。

 可能性にすぎないが、非道の言葉しか出ない方法だ。


「いやしかし……第一どうやって存在しない本物の情報を?」

「エルマ大使、この星は基本的に全て空に立つことは可能なんですよね?」

「え、あ、はい」

「でも例外がありますよね? 日本を除いても、この星にはいくつか気体フォロンのない場所があるとお聞きしました」

 エルマは数秒間を開け、ハッとして立ち上がるような姿勢を見せた。


「まさか!」


「ひょっとしたらそのフォロンがない場所は、かつて誰にも気づかれない内に転移したのではないでしょうか。とすれば、今回日本が国土転移する前にも、人が転移してきた可能性は考えられます」


 日本には『神隠し』と言う、人が失踪することを神が隠していると信じられたことがある。

 現代でこそ普通に失踪と言われるが、近代史以前で突然人が消えると、事件に遭ったと言う前に神隠しに遭ったと考えられていた。

 事件に巻き込まれたとは考えづらい失踪は、日本に限らず世界中にあり、中には軍艦が丸々消え去ったこともあると言う。

 海難事故の巣窟であるバミューダトライアングルも、ある意味ではそう考えられたことがあった。


「七十年前、突然レーゲンがこの地の領有権を主張し始めたのは……」

「この地で突然、地球人かは分かりませんが我々と変わらない体格の生物が出たのではないかと思われます」

 前例があれば今後もありえ、その前例が初であるとは限らない。

 共通の認識で日本が史上初の転移となっているが、あくまでそういう認識だ。事実は異なるかもしれない。


「そうであればレーゲンが七十年間、ユーストルを狙っている上にその情報を機密にし続けた理由にもなります」

 アメリカもエリア51と言う機密の塊の場所があり、噂でエイリアンがいると言われている。異星人と接触したからと言って、すぐに公表するとは限らない例を日本側は知っていた。

「そして保護か捕獲かは分かりませんが、我々と変わらない人をレーゲンが捕らえ、その転移者が暴れまわればその資料は残せます」


「……確かに筋は通ります。ですが七十年前の転移者とあなた方を結ぶのなら、何らかの繋がりがないと別として見られるのでは?」

「この我々よりも前に転移者がいたとする可能性は一つあります。実は七十年前、地球時間では八十年前に三千人規模の軍人が突如失踪する怪事件がありました。この星で言えば正確には七十三年前になりまして、時期的には重なるところがあります」


「その三千人の軍人がこの星に転移して、レーゲンに捕らえられ、三千人が暴れたのが理由ですか?」

「何の根拠のない憶測です。我々としてもこれが正しいとは思っていません。あくまで、どうしたら日本委員会のメンバーは日本人の人権軽視をするのかを考えたら、今のような流れに行き付いただけです」


 この憶測は強引の一言だ。先日にこの話を持ち帰って多くの人と話をしたものの、結局今あるカードだけで合理的な農奴政策を決定づけるには至れなかった。

 よって新たなカードを用意して筋道を立てたのだが、出来たのがこの憶測だった。

 この憶測を成立させするには、何枚もの存在しているのか分からないカードを揃えないとならない。

 そんなことをするより、日本委員会の意識を変えた何かしらの情報を得る方が早い。


「そうですね。日本が転移してきた時点である程度の事は受け入れられますが、それは少々こじ付けが……」

「はい。ただ何ヶ国もの意識を変えるのであれば、それくらい突飛な考えが必要なので考えた次第です。この憶測を正すより、なんとか機密扱いの情報を手にする方が早いでしょう」

「でも大変貴重な意見です。参考……とまでは行きませんが、覚えておきたいと思います」

「そうしていただけると嬉しいです」


 結局のところ分からないで終わり、別の話へと変わる。


「現実的な話としまして、昨日の発表によって日本委員会は今すぐ農奴政策を押し進むことは出来なくなったでしょう。少なくとも十五日の信捧式と調印式までは大丈夫と思いますので、その間に一つイベントを挟みたいと思います」

「イベントですか?」

 これは先日の会合でも聞かされていないので、若井や木宮はペンを手にする。

「これは今朝方国王が王室会議を開いて決めたことなのですが、メディアをこの地に呼びたいと考えます」


「メディアをですか?」

「はい。今までは軍が撮影した物を防務省と外務省を通じて公開していましたが、どうしても官製の情報には疑いを持つ人がいます。それが農奴政策を進める要因にもなるので、信捧式と調印式の前にメディアにここを公開したいのです」


 その提案に日本側はそれぞれ目を合わせる。

 ユーストルにメディアを入れるのは記者会見の時以来だ。一ヶ月半前であるが随分と時間がたった気がする。


「以前は国内だけでしたが、今回は他の国々も公開したいと思っています」

「他国もですか……確かに今ここをメディアに公開すれば、異星人の事をより知れるので世論を味方につけやすいですが、反面テロの可能性も跳ね上がりますね」


 友好的な場での凶弾によって仲を引き裂くことは、歴史の中でも多々ある。

 前々から分かっていれば粛々と犯人逮捕に動けるが、異星国家同士では簡単に割り切って進めるのか、まさに信頼の言葉が出てくる。


「テロ防止に関してはイルリハランが全責任を持って行います。武器などの持ち込みは、前回同様厳重にして防ぎたいと考えます」

「では日本もメディアを呼びましょう。日本としましても、ユーストルに出させてほしいと言う要望が来ておりまして時期を伺っていたところなんです」

「それはいいですね。メディアがメディアを取材するとして話題になりますし、お互いのメディアの事を深く知れる機会にもなります」

 若井の提案にエルマも乗っかる。


「言ってしまえば信捧式と調印式の前夜祭のようなものですか。もしこの三つ……いえ、首脳会談もする予定なので四つですね。それらを何の問題もなく終わらせられれば、アルタランも迂闊には手は出せなくなります」

「もし成功した上で農奴化しようものなら、多くの市民からなぜそんな選択をするのか疑問を抱きますからね。いかに強国であっても市民を敵に回すのは避けますから、平和的に対処するなら有力な手です」


「分かりました。日本側はそれを前提に検討したいと思います。国防軍、警察との連携が欠かせませんので」

「さすがに今回は十日前には通達をしたいので、信捧式と調印式の調整と多忙ですが早めに決めましょう」

 そう言ってエルマは手を差し出し、若井も手を出して握手をする。


「全ては全員が悲しまない未来のため、ですからね。それくらいの忙しさはなんてことありませんよ」

「ワカイ議員、その未来を目指すのであれば共に進むしかありません。イルリハランとニホンは、出会ってからわずか二ヶ月ですが運命共同体です。恐らくこの先、どちらかが倒れても繁栄は望めないでしょう。今こうして手を握り合っているように、いつまでも握り続けられることを強く望みます」


「エルマ大使、それは我々も同じです。ここユーストルの領土が貴国だったからこそ、こうして安心して握手が出来ます。他の国であれば果たして今、安心して対面できるのか想像すらできません。いつまでも私を含め国民全員が、安心して今日を過ごせることを強く望みます」


 何度か握り合った手を上下に振って、二人は手を離した。

 お互いのその言葉は政府を代表してか、個人を代表してかはエルマは言わなかった。

 しかし日本とイルリハラン、日に日に親密度が上がっていくのが目に見えて分かる。


 メディア公開まであと二十日。

 史上初となる異星国家間信任状捧呈式、条約調印式、両国首脳会談まで二十一日。


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