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陸上の渚 ~異星国家日本の外交~  作者: 龍乃光輝
第二章 政戦編 全35話

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第35話 『国家級の悲報と朗報』

「国王陛下、これは……何と言えばいいか」

 ヘッドフォンを付けたエルマは、青ざめた表情を隠せず壁に設置されたモニターに映るハウアー国王に口を開く。

『私も同感だ。パラミアから聞かされた時は半信半疑だったが、この音声を聞いてはな』


 急転直下したアルタランの異星国家対応委員会の会議が行われた日の夜。

 ハウアー国王の意向でエルマとテレビ通話を行い、会議の内容を録音したデータを聞かせたのだった。

 本日の委員会の内容は内容だけに議事録の公開こそ制限されたが、自国の政府に会議内容を伝えるための録音に制限は掛けられない。


 いかにその国の代表である全権大使でも、天と地もの違いのある選択を独断でするわけにはいかないので、こうして音声データを送ったりして正式な国の意向を知る必要があるのだ。

 突然の理事国を含む主要国の一斉ニホンの奴隷または農奴制度への方向変換。

 その流れをイルリハランがどう対応するのか、熟読しているとはいえ資料しか知らないパラミアに任せるのは酷であり、同等に会話こそしても生身で対面していないハウアー国王もまた判断を悩ませた。

 よっていつものエルマ頼りと思われても仕方ないが、音声データを送って意見を聞いたのだ。


「突然の奴隷・農奴政策……過去の支配制度の復活はまずありえません」

『しかしこの通り、議長国、理事国を含めて委員会全員が同意の構えをしている。パラミアに確認したが、まさに突然だったそうだ』

「内容ですと地質調査を引き金に一気に流れを作りましたが、もし水面下でイルリハランを除いて話し合いをしていたとしたら、なぜキーワードを持って進みだしたのか気になりますね。過半数を超えているのですから、どこの国でも提案をすればいいとおもうのですが」


『いや、我が国から流れを作らせるために敢えて黙っていたのだろう。異星国家対応委員会は公式の委員会だ。公開に制限こそ掛けても記録は残るから、どの国から始まったのか分かってしまう』

「農奴政策に流れを作った責任をどの国も負いたくないから、きっかけを作るまでは黙っていたということですか?」

『だろうな』

「レーゲンの時のように後手に回り始めましたね。なんとかして先手に回りませんと」


 画面越しでハウアー国王は腕を組む。

『それもだが、問題は十一ヶ国がどうしてニホン人農奴政策に賛同したかだ。そんな考えに至る理由は確かにニホンは持ち合わせているが、だからといって全員が賛同するはずはない』


 そこはエルマも気になっていた。

 人数が増えればそれだけ考え方も増える上に、異星国家(ニホン)の未来を考える委員会だ。安易な決定は下せず、程度はあれ国運を掛ける必要がある。


 なのにイルリハランを除く全員が、狂気染みた笑いを出しながらニホン人を愚弄する。

 決定的な何かを植え付けない限りそんな決断は下せないはずだ。

 現にニホンと一番接しているイルリハランが、そんな政策を微塵も思いもしていないのだから。


「なんとか農奴政策を支持するに至った理由を調べることは出来ないでしょうか。それが分かればまだ手の施しようがあるんですが」

『もちろん私もすぐに調べるよう命じたよ。だが返って来たのは機密で話せないだ』

「まあそうですよね。水面下で決めたことなのに簡単に暴露はしません。味方に出来る委員はいないんですか?」

『知っているだろ。今期の理事国にシィルヴァスほどの同盟国はいない。いたら反対している』


 ハウアー国王の言う通り、今期の理事国は国際関係は機密を聞かされてもイルリハランを支持しないくらいだ。同盟国であるシィルヴァスなら少なくとも中立でいてくれる。


「国王陛下、このことをニホンに伝えますか?」

『いや、まだそういう流れになろうとしているだけだ。今ここでその話をして不安を助長する行動を取らされては困る』

「はい」

『それにニホンはいま内政で苦労している上に、我が国とでもすることが山ほどある。比較的早めに伝えなければならないが、正確な情報を伝えなければ混乱を起こすだけだ』

「分かりました」


 来月にはイルリハランにとって史上初の異星二ヶ国間条約の調印式と信奉式も目途が出来つつある。他にも各分野で事業が起こりつつあるし、地質調査もあるのだ。

 することが山ほどあると言うのに、不確定要素がある上に甚大な影響を及ぼす今回のは控えるべき判断は正しい。


「ではこの農奴政策については公表されるまでは秘匿と言うことで行きたいと思います」

『そうしてくれ。情報が集まり、時期を見極めたら伝える。可能ならば向こうの首脳と話をしたいところだが、まだ難しいか』

「お互いにモニター越しであれば即日で可能でしょうが、初の両首脳の会談がモニター越しと言うのはさすがに……」


 異星国家首脳の初会談。それがお互いが持ち寄ったモニター越しではなんとも威厳に欠けてしまう。未来永劫重要な歴史の一つとして語り継がされる会談なのだから、味気なくしてしまうと後々に後悔してしまうだろう。

 荘厳とまではいかなくとも、恥を感じないくらいの場所は必要だ。


『それは分かるが、これは首脳レベルでの判断が必要だ。速度が必要なところで体裁を重んじるべきか……』

「秘密裏にしてバレれば蜜月として非難され、モニター越しでは威厳が失われます。判断に速度が必要なのは十分理解しておりますが、最初の会談だけは大々的にするべきかと」


 そして初会談の内容もニホン人農奴政策以外であるべきだ。

 その時、大使執務室のドアがあらんかぎりの力によって開かれた。

 完全に想像もしていなかったことに加え、発砲音よりも大きい音にエルマはビクッと体震わせた。


「エルマ大使!」

 入って来たのはエルマの秘書官だった。

「何事だ。いまはハウアー国王陛下との対話中だぞ!」


「申し訳ありません! ですが大至急お伝えしなければならないことが……フォロン結晶石がある可能性の高い地層が見つかったとのことです!」


 秘書官の叫びに近い報告に、エルマは座っている席から立ちあがった。

「なんだと!? 何かの間違いじゃないのか!? 今日から調査開始なんだぞ!」

「地上から電磁波測定をしたところ、地下五十メートルから特殊な地層が広がっているそうです。その地層を我が国の学者が見たところ、フォロン結晶石の反応と同じということです!」

「地下五十メートル?」


 イルリハランの技術では非破壊で調べられるのは十数メートルまでだ。その五倍とは、地上に住むだけあってニホンの地中探査の技術は数倍と高いのか。

 地表から地中に掛けてはニホンには敵わないと分かってはいたが、たった一日で分かるとは思いもしなかった。

 いや、それよりも、だ。


「フォロン結晶石が……ある。それも大量に……」

 秘書官はエルマに近づいてテーブルに軍用無線機を置く。

「現在巡視船ソルトロンのティア一等兵と繋がっております」

「それを早く言ってくれ。ティア一等兵、聞こえるか?」

『はい。聞こえております』

「いま聞いたんだが、フォロン結晶石の地層があったのか?」


『はい。詳しい報告書は現在作成中ですが、ニホンの調査によりますと地下五十メートルより地表の土壌とは全く違う地質の層があるそうです。計器の反応を我々の地質学者に見てもらったところ、フォロン結晶石と相当似ているらしく、確率で言えば九十パーセントでそうだと言っておりました』


「では仮説は事実だったのだね?」

『はい。学者も大変驚いておりました。それも本日中に調べられた一平方キロメートルは最低でも結晶石の地層は広がっています』

「ありがとう。そのまま待機してくれ。国王陛下、聞いた通りです。ユーストルには大量のフォロン結晶石が学術的にほぼあることが分かりました」

『国家級の悲報と朗報が同時に来るとはな。いやはや世界は時々こんないたずらを仕掛けて来る』

「まさに神々のイタズラですね」


 リーアンの多くが入信しているミストロ教は、男女の神と邪神によって世界は創造された多神教だ。

 三柱の神が世界を作り、男女は人と愛を、邪神はグイボラと悪を創造した。

 三柱の神は今なおこの世界を見守り、だが暇を持て囃してこうしたイタズラを仕掛けて来る。

 そこは神話で発祥は遥か昔に実在した二人の男女が世界で初めてグイボラを殺したとされる。ただ、その男女も数千年も前の話であるため確たる証拠がなく、空想と神話が紆余曲折して混ざり合い、現在のミストロ教となった。

 宗教上だと大抵は邪神の創造であるグイボラを絶滅させた怒りで、負のイタズラの方が圧倒的に多いのだが、今回は違うようだ。


「国王陛下、どういたしましょうか。ここユーストルには大量のフォロン結晶石があると公表しますか?」

『非常に難しい判断だな。これを公表した後の世界の反応が想像も出来ん』

「一発目でこれでしたら、ユーストル全域で五十メートル下の地質がフォロン結晶石であるかもしれません。だったら万トンなんてレベルではなく、億、兆、京トンレベルまで達します」


『全世界で採掘するフォロン結晶石の数千万年……いや実質無限か。フフ、実感がなさ過ぎて素直に喜べないな』

「まったくです。フォロン結晶石は希少であることが常識でしたからね」

『たった五十メートル掘れば見つかるのであれば、ここでも資源採掘をしておけばよかったな』


 基本的にフィリア社会では地質調査は満足には行わない。

 大地に近づくがゆえに学者でさえも長時間いられないからで、採掘用浮遊島を建造しても遠隔操作と直接では文字通り雲泥の差だ。


 石油なんて地上に湧き出しているところを中心に採掘をするし、鉱物も簡易検査で引っかかったところを重点的に掘る。

 つまりコストパフォーマンスが非常に悪いのだ。それも需要と供給が歪に繋がり、たった五十メートル掘るだけでフォロン結晶石が得られたと言うのに、今日まで知る由もなかった。


「確かに全世界がニホン人を欲しがるのは無理もないと思いますね。ニホン人を独占して地下資源採掘させたら、すごい経済発展が出来ます」

 想定の見込めるではなく確定の出来るだ。ニホン人の人材的価値は計り知れない。


『しかしニホンの基本的人権を脅かすことは決してできない。奴隷は当然として(または「言うまでもなく」)、職業選択の自由や移動の自由を禁止する農奴化も断固として許されない』

「同感です。それに無理やりやらせても高効率の仕事なんて出来やしません」


 自ら望んで仕事の従事し、相応の報酬を得て、個人の自由を保障しなければ人は最高のパフォーマンスをしない。

 だからこそ世界から奴隷も農奴も無くなったのだ。


「それにニホン人は自分らの有用性に気づいていますから、しっかりとした労働環境と報酬を用意すれば文句なく働いてもらえます」

『……フォロン結晶石については公表しよう。その上で、ニホン政府にフォロン結晶石採掘事業の正式提案をする』

 ハウアー国王は決定を下した。


「そう……ですね」

『だがまずは閣僚会議をする必要があるな。王族含め政府として総意を決めておかねば』

「それは公表するかどうかでしょうか? それとも採掘も含めてでしょうか」

『公表に関してだ。採掘事業に関してはお前に全権を与える。現場にいる地質学者と経済物流省の職員と共にニホンと採掘事業について協議をして最終決定を下すんだ』


「分かりました。では陛下、確認なんですが事業の協議について結晶石はニホンにも融通する方向で構いませんか?」

『それは仕方なかろう。掘らせるだけ掘らせて金だけ渡すでは向こうが納得するまい。ニホン側がギリギリ妥協出来る部分を見極めて交渉をしてくれ。慣れていないだろうが、やってくれるか?』

「もちろんです」


 伯父であっても国王だ。どんな無理難題であっても命を受けたら従うだけだ。慣れていようと慣れていまいと最大限の成果を出す。それだけだ。

『エルマ、ニホンが転移してきた時はまだ局地の問題で済ませられたが、結晶石採掘と農奴政策は世界が関わる極めて重要な問題だ。どんな結果に収まるかも分からない』

「国王陛下、私は軍人になったことで決意を。この席に座ったことで覚悟は決めております。イルリハラン王国の平和と繁栄のために生涯を賭して粉骨砕身いたします」

『期待する』


 そしてモニターは切れ、エルマは手に持つ無線機の通話ボタンを押す。

「ティア、待たせてすまない」

『いえ、私の方は大丈夫です。エルマ大使』

「報告ありがとう。最高にして厄介な報告だ」

『はい』


 結晶石の存在はイルリハランの幸福をもたらし、同時に全世界から狙われる要因にもなる。世界がおとなしく結晶石の扱いをイルリハランに任せれば問題ないが、一キロ一兆セムもする結晶石が無尽蔵あれば、その価額の下落はケタ違いだ。

 無制限に輸出すればフォロンを扱う業者が憤慨するし、価格を多少下げる程度では各国が文句を言う。


「ニホンとフォロン、この二つで世界は大変革を起こす。最悪二つを求めて世界戦争もあり得るから、十分覚悟を持っていてくれ」

『何を言っているんですか。エルマ〝軍曹〟も私も軍人です。国王に忠誠を、母国を守るために戦うと憲法に誓ったではありませんか。命令とあれば守るためにどんな相手でも戦いますよ』

「そうだね。少し話を戻すけど、結晶石発見でニホンの反応はどんな感じだった?」

『意外と冷静でした。私達とはそもそも結晶石に対する価値観が違いますからね。やっぱりあったとか言っていました』


 逆にリーアンからしたらとてつもない量にあっけにとられてしまった。

 トンクラスであれば大喜びしただろうが、桁が桁だけに受け入れには時間が掛かる。

『それで採掘は出来るのかと聞いてみましたら、鉱脈ではなく地面全体なら坑内掘りではなく露天掘りがいいと言っていました。ただ、環境破壊前提の採掘法なので場所の選定は慎重にしたいと言っています』


 露天掘りはすり鉢状に地面に穴をあけて資源を採掘する。フィリア社会では当たり前の方法だ。聞くとニホンは地形に大きな変化を与えない、地面に穴をあけて採掘する方法を主に取っているらしい。

 ユーストル全域がもし結晶石で満たされるなら、どこを掘っても出て来る。それゆえに場所の選定は大事だ。空に立つリーアンは気にせずとも、地に付くニホン人は影響が出る。

 例えば輸送が楽だからと接続地域側でしては、地を移動すると左右に回り込む必要があるからだ。

 無計画に掘ってしまうといずれ生活に影響が出てくる。


「ありがとう。君たちはそのまま計画通りに事を進めてくれ。この問題に関してはこちらで処理をする」

『了解。それでは失礼します』

 無線は切れ、エルマは無線機を机に置いた。

 エルマは静かにこぶしを握った。


      *


「フィルミ」

「は、国王陛下、何でございましょうか」


 執務室でエルマとのモニター通信を終えたハウアーは、すぐ近くにいる相談役であり旧知の仲であるフィルミ・バーツに声をかけた。


「聞いた通りだ。ユーストルには数千万年分の結晶石があることが分かった。そして世界中がニホンを狙い出した」

「はっ、由々しき事態です。うまくいけば莫大な国益に繋がりますが、失敗すれば全てを失います。文字通り全てを」

「多少の妥協は国際協調として止む無しだが、苦労をせずに甘い汁を啜らせるわけにはいかない」


「もちろんです。ユーストルは建国より我が国の領土ですし、ニホンとの外交も終始我が国がしておりました。全ての過程の苦労を我が国に負わせ、結果だけを貪るとは言語道断です」

「だからこそ痛みをアルタランも各国も持ってもらう」

「しかし安保理が相手となると厳しいですな。ある意味国際意思決定権を持っております」


 アルタランには色々な組織があってその分野で決定権を持つが、安全保障理事会が決める決定権はその最上位だ。

 国または地域の安全保障のため、世界軍の出動を命じることが出来る唯一の国々。その安保理が相手では一国家が相手をするのは厳しい。

 安保理の判断による責任は理事国が負うものの、世界の判断として機能してしまう。

 まだ決定ではないにしろ、世界対イルリハランとニホンの構図が出来つつある。


 いくらフォロン結晶石が億トン以上であってもすぐに利用することは出来ないし、ニホンも自衛しか出来ないから大戦力を相手にする力もない。

 もし農奴政策に加え、ユーストルをアルタラン管理下にするために世界軍を動かすとなれば、二ヶ国では太刀打ちできないだろう。

 狂気染みた農奴政策を出した以上、対話のみで撤回させるのはよほどのカードを切らない限り難しい。


「……他に我々側の味方を増やすしかないな」

「アルタランの決定に対して対抗できる国ですか? ですとシィルヴァス共和国とメロストロ合衆国のみとなります」


 総合国力で第一位と第二位の大国。前期安全保障理事国で今期は共に在任していない。

 確かにこの二ヶ国が、中立もしくは反対を支持してもらえればアルタランも露骨に手が出せなくなる。

 逆に支持を表明されたらどうしようもない。


「すぐに会談が出来るよう外務長官に指示してくれ。私直々に説得する」

「了解いたし……国王陛下、両国にですか?」

 フィルミは了解しかけて聞き返し、ハウアー国王は小さく溜息をもらして答えた。

「まあ、両国が揃って賛同はしないだろうな」

 この溜息は聞き返したことではなく、二ヶ国に対してである。


「敵国同士ですからな」

 シィルヴァス共和国とメロストロ合衆国は、共に三大大陸の間にある三小大陸の大陸にある。

 それぞれ大陸の四分の三ほどを領土とし、先のグイボラ絶滅作戦ではもっともグイボラを殺した名誉ある国だ。

 ただ、レベルが近い存在同士は競争心から勝とうとしたがる。競争心自体は決して悪いことではないのだが、過剰になり過ぎると厄介なことになるものだ。


 それが国レベルだとなお良くない。経済でも技術でも発展の先に行き付くのは軍事分野だ。

 証明するようにグイボラ絶滅後の覇権争いで両国は何度も局所的軍事衝突を繰り広げており、互いの国で仮想敵国として認定している。

 国際協力関係では悪くはないが、右手は握手をして左手は背に隠して武器を持っているのがシィルヴァスとメロストロだ。


 イルリハランはシィルヴァスとは同盟関係を結んでいるが、メロストロとは良好な関係は維持しても同盟国ではない。

 その上でイルリハランに協力するよう説得しても、これはこれで厄介ごとになりかねない。

 しかし両国の確執を考えても、アルタランを相手にするなら両国を味方に引き入れるべきだ。


「国王陛下、シィルヴァスを味方に引き入れるのは賛成ですが、メロストロは避けた方がよろしいかと」

「だがメロストロが安保理に賛同するとまず厳しい。シィルヴァスにとってはどっちでもいいわけだからな」


 同盟国であっても常に味方でないとならない道理はない。国益を考えてシィルヴァスはどちらの味方にもなれるから、味方になる方が得する方法を取るしかない。

 いますぐ思い浮かぶのが二大国の味方の引き入れだ。


「まずは閣僚会議と王族会議を致しましょう。二ヶ国を味方に引き入れるのは確かにアルタラン対策へは十分かもしれませんが、その後は二ヶ国を相手にすることになります。そしてアルタランは動かないか事が終わるまで時間を引き延ばすはずです。二ヶ国は必ず味方をした見返りにフォロン結晶石を求めますぞ」

「そうだな……確かにその通りだ」


 大国を味方にするには褒美が必要だ。同盟国とはいえ無条件で味方をすることはまずない。なにかしらの見返りかすることで国益に繋がることが必要だ。

「目の前の難問を解くために、さらなる問題を作るのは避けるべきです。先進二ヶ国に結晶石を特に融通するのは危険です」


 基本方針として大量に結晶石があった場合、流通量は段階的に増やしていく予定だった。

 一気に増やせば世界経済は混乱し、一切増やさないと世界各国が文句を言ってくる。

 だから半世紀程度で考えていたが、二ヶ国を味方した見返りにして格安で融通するようにすると、それまた国際社会を壊してしまう。

 原則イルリハランから輸出する結晶石の量は制御しないとならないのだ。


「ですので両国に探りは入れつつ、味方への要請は少し待つべきです」

「まずは政府として方針を固めよう」

「各閣僚を招集いたします」

 フィルミはそういって部屋から出ていき、ハウアーは席へと戻って目をつむった。


「ある程度は時間を延ばせるが……」

 過去の事案で、ある軍拡を推し進める国で二隻目のバスタトリア砲搭載艦を建造している疑惑が掛けられ、安保理は二隻目の軍艦の即時解体を採択した。

 しかしその国は反論して非難、その採択を無視した。


 確かな情報によって二隻目の軍艦が完成して就役していることも分かり、一隻目の実験として二隻目による発射した直後に二度目の採択。しかしそこでも一隻目の実験として非難と無視し、実際に安保理の採択によって世界軍が動いたのは五度目の時だ。


 二隻目の軍艦は、確かに実在して損害は与えはしなかったが、世界憲章違反の上に存在すること自体が不安を助長させることにより、世界軍が出動。

 軍による抵抗はあれど二隻目のバスタトリア砲搭載艦は鹵獲され、爆破処理されたことがある。その後、その国は経済制裁を受けたが、最初の採決から五度目の採決までには一年近い時間があった。


 いくら安保理でもすぐには動かない。安全保障のための採択とはいえ、『世界を動かす採択した責任』はその国々が負うから、出来レースであってもすぐには下せないのだ。

 圧力をかけて相手を屈服するのを狙い、しかし根負けしなければ実力行使を取る。

 人による少人数グループなら一度目で動けても、国対国では時間は掛かってしまうのだ。

 うまくいけば半年から一年は時間が稼げるが、事が事だけに一度から二度で動かすかもしれない。

 何にせよ迅速な初動が肝心だ。


「あなた」

 思考を逡巡させていると愛妻の声で呼ばれ、目を開けるとドアの近くにミアラがいた。

「ああ、ミアラ、どうした?」

「いえ、いつもの時間になっても戻ってこないから心配して。大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ。何の心配もいらないよ」


 ミアラは微笑んだままハウアーを見続ける。

「だから部屋に戻って寝なさい。私も少ししたら戻るよ」

「あなた、なにか飲み物持って来る?」

「いやいいよ」

「そんな深刻そうな顔をして大丈夫、ねぇ。無理をしないでと言っても聞かないからあまり言わないけど、少し息抜きしないと倒れるわ。あなた、たまにでいいから私に甘えてよ」


「ミアラ、お前の気持ちはうれしいが、国王としてそうしていられないんだ」

「国王としてではなくて夫として妻に甘えてよ。夫婦なんだから、二人っきりの時まで国王でいる必要はないでしょ?」

「そうしたいのは山々だが仕事が多くてな。落ち着いた休みは当分取れないんだ」

「リクトに任せたらどう?」


 リクトはハウアーの実の弟だ。王位継承権第一位で、王族でも上位の位置ゆえに公務は王に次いで多い。

「リクトはリクトで仕事が山ほど抱えている。こちらを手伝う余裕はないだろう。調整をするにしても数ヶ月は掛かる」

「だとしても半日くらいの休息をしてもいいじゃない。いくら大変な時でも、半日留守にするだけで悪くはならないでしょう?」


「……いや、それでも今は難しいんだ。必ず二人だけの時間は作るから、今は待ってくれ」

「お婆ちゃんになる前には時間を作ってね」

 胸に刺さる言葉だ。

「もちろんだ」

「それじゃお休みなさい」

「お休み、ミアラ」


 最後にミアラはハウアーに笑みを見せて執務室を出て行った。

「そうしたいのは山々だが、この問題が解決するまでは落ち着けないだろうな」

 休日自体は来ても、意識は仕事ばかり向かって落ち着くことは出来ないだろう。

 国王は民衆の地位を三角形の図にすると頂点に位置するが、逆転すれば王一人が民衆を支えることになる。王ゆえに安息の時はいついかなる時も訪れることはない。

 来るときは王位を譲位するか、国が亡ぶ時だ。


「すまないなミアラ、もうすこし耐えてくれ」

 ハウアーは一人しかいない部屋で小さく呟いたのだった。

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