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陸上の渚 ~異星国家日本の外交~  作者: 龍乃光輝
第二章 政戦編 全35話

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第29話 『日本観光 最終日』

「はぁ……」

 この日何度目か分からないため息を羽熊は零す。


「羽熊さん、そう嫌がらないでくださいよ」

 ため息に答えるのは隣に座る木宮外交官だ。

「ため息もつきたくなりますよ。俺は学者であって外交官じゃないんですよ? いくらなんでも当てにし過ぎないですか?」

「すみません。ですが今のところ適任者が羽熊さんだけなのでお願いします」


 いま、羽熊たちは外務省が所有する公用車で首都高速湾岸線を移動している。

 羽熊からすれば国土転移後、異地調査のため須田浜に来て以来の外出だ。

 なのに一か月半以上放置している家に戻るわけでもなく、東京に買い物に行くわけでもない。

 言語学者としてマルターニ語の教本化を一日でも早く、一パーセントでも確度の高いものを完成させなければならないのに、外務省の仕事として外出している。


 現状、マルターニ語を日本側が深く理解しているのは羽熊だけだから、様々なところから通訳依頼が来ているが、依頼の数に対して羽熊は一人だ。他の学者や国防軍の隊員はまだまだなので羽熊と比べて四倍から五倍は時間が掛かる。

 どうしても人手が足りず、かつ羽熊も喋れることは出来ても文字の読み書きは子供レベルか子供以下。出来れば交流は当面中断して、ラッサロンに入り浸って文字を習いたいところなのに、勉学と仕事の割合を勝手に割り振られ、その上イレギュラーで仕事の追加もある。


 振り回されっぱなしともなればため息や愚痴をこぼしたくなるってものだ。

 そもそもの発端は、イルリハラン人による日本観光の企画会議を外務省がしていたとき、日本側が用意する人物で一番最初に羽熊が上がった頃から始まる。

 接触当時から積極的に関わり、日本の国家承認の重要な参考人招致での出席と常に日本に強く関わる事案には参加したこともあって、通訳兼案内人で起用しないはずがなかった。

 しかしその提案を受けると羽熊は即座に断った。


 理由は知っての通りの三つ。

 一つ、学者としての領分を超えていること。

 二つ、最優先事項である異地語習得がまだ半ばであり、七日間も離れるわけにはいかない。

 三つ、現場で各省庁の通訳も習得の合間にしているので、観光のための通訳までしきれない。

 以上の理由で羽熊は断ったのだった。


 本当はもう一つネットで勝手に盛り上がる人間関係も言えるのだが、そんなネット上での噂を理由に断るのは社会人として恥ずかしいので話してはいない。

 それでも仕事を断るには十分で、外務省もしつこく頼み込んでくることはなかった。

 が、再びその仕事が羽熊へと振られた。

 それも拒否は認めないと言う権力の行使をしてだ。大学への根回しもしっかりしていて、教授からは必ず行けと言われてしまい、上司に言われては行くしかなくなった。

 そして訪れた日本観光最終日。


 ルィルとリィアが連名で最終日の自由行動の行き先に指名したのは、日本の図書館。

 それを受けて会議の結果、ホテル同様観光先のトラブル回避を考えて選ばれたのが、図書館の中で唯一国立である国立国会図書館である。

 あまり知られていないが、国立国会図書館は納本制度と言う制度を元に法的根拠を持った図書館で、日本で出版される書籍は全て所蔵している最大の図書館だ。

 ある意味日本の文化の全てが集まっている場所と言えて、異星人からすれば見てみたい場所と言える。


 ただ、ルィルとリィアは日本語がまだ読めない。それでは日本語だらけの図書館に行ったところで意味がないと言うことで、羽熊が翻訳に選ばれたわけだ。日本語とマルターニ語を織り交ぜて読めば他の外交官よりは何倍もの本を見せることができる。こればかりは羽熊にしか出来ず、観光として招待したのに最後の最後で落ち込ませては日本の沽券に関わるため、拒否権を使わせないよう根回しをしたのだった。

 おかげで羽熊は身だしなみをしっかりと整えさせられた。


「なんでもとはいきませんが、出来る限りのお返しはします」

「でしたら今後はこういった仕事は振らないでください」

 休ませろとは言わない。ただ仕事の効率を悪くすることだけはしないでほしい。それだけだ。

 休日は週一だがしっかりと設けているし、教本化の〆切も出来るだけ早く以外特に設けられていない。

 だから休日云々を催促するつもりは毛頭なく、こうした作業を妨害する仕事を振らないでほしいのが羽熊の今の願いだ。


「……善処します」

 ここではっきりと「分かりました」と肯定してしまうと、もうこうした仕事は頼めなくなる。それでは今回以上に重要な仕事でも出来ないことになるから、木宮はどちらとも取れる返事をした。

 仕方ないとはいえ不満は隠せず、羽熊は頬杖をしながら窓の外を見る。


「少しずつ物流が増えてきましたね」

 少し前までは高速道路も一般道路もあまり走っていなかった車も、トラックを中心に増え始めていた。とはいえまだまだだが目に見えて活発になろうとしているのが分かる。

「はい。関東と関西で休業または廃業していた企業が事業を再開し始めましたから」

 国土転移関連法案で離職者と失業者の無条件復職が叶ったことで、一斉に人が動き出し仕事も始まった。

 この一斉にと言うのが大事で、一次から五次まである産業を同時期にしなければ経済も物流も回らない。世界的企業だけが再開しても意味はなく、農業や町工場が動くことでようやく巨大な国の経済が動き出すのだ。


「南北地方の傾斜問題解決のための物資輸送も始まりつつありますから、これから物の流れは激しくなるでしょう」

「輸入の算段って付いているんですか? 多分異地に物資を下ろして接続地域から運ぶことになると思いますが」

 貿易貿易と言っても、まだ羽熊はそこまでの話を聞いてもいないししてもいない。具体的にどういう段取りでするのかも不明だ。


「それは国交省主導で経産省と進めています。詳しい話は聞いていませんが、いくつかパターンを考えてイルリハランと協議する予定みたいですね」

「そう言えば色々な省庁が一緒になって色々としてますけど、縦割り行政なんたらってのはあまり感じませんね」

 同じ国にある中央省庁でも、管轄などで他の省庁との連携は苦手と聞く。それが縦割り行政で、一般から見れば仲間でも省庁から見ると別組織だから連携が取れないことがあるらしい。二重行政も似たようなものだが、国土転移をしてからそう言った話はあまり聞かなかった。


「今は省庁間で管轄争いをしている余裕はありませんからね。大臣同士で主導をどちらでするのかを事案が出るとすぐに決めているんです。貿易の場合は経産省ですが、荷卸しをする港湾がないと話にならないので、国交省が主導で計画を練って畑違いのところを経産省が修正すると言う方法を取っているみたいですね」

 中央省庁の陰のトップは官僚だが表のトップは大臣だ。組織図を絶対とすれば大臣の命令には従わないとならず、大臣同士でいがみ合っては後の選挙にも関わるからそこは柔軟に指揮系統を作っているのだろう。


「日本の組織が日本を潰しては面目丸つぶれですからね。そこは柔軟に行ってほしいです」

「ええ、そのことで異地関連を総括する省庁の新設の検討もあるみたいです」

「……何でもかんでも組織ですか」

「組織や手続きがないと動けないのが国ですから」

 本来ならそういう話は公表されるまで秘密にするべきなのだが、一般人が知らない情報を山ほど抱えている羽熊にしても意味ないことだ。

「ひょっとしたら羽熊さんが初代大臣で起用されるかもしれませんよ?」

 木宮は冗談交じりの口調で言う。


「笑えない冗談ですよ」

 冗談でもその話はしてほしくなく、羽熊は真剣な目で木宮を見て黙らせる。

「でも異地関連の省庁だと色々なところからかき集めないと機能しないんじゃありません?」

「ええ、実現するなら多分全部の省庁からかき集めると思います」

 それだけで仲違いしそうだが、そこはなんとかするのだろう。

 そう話しているうちに車は高速道路を降りて、一般道路へと入る。


「話は変わりますが羽熊さん。ルィルさん達の帰国は午後七時を予定しています。接続地域に午後七時ですので、午後五時にはホテルを出発します」

「ホテルから図書館までは五分しか掛からないから長くはいられますね」

 偶然にも帝王ホテルから国立図書館の距離は目と鼻の距離だ。

「自由行動のあとはすぐに戻る予定なので、自由行動前にはチェックアウトします。荷物はバスに積み込んでおくのでその心配もいりません」


「分かりました。ですけどなんでも本を見せるわけにはいかないですよね? 例えば核兵器関連とか」

 日本の知識が集約する場所だけあって、知られたくない知識も知られる可能性がある。読めはせずとも図解で知ることも可能だからそこは気を付けないとならない。

「はい。幸い国会図書館は自分で選ぶのではなく職員が持って来るので、ある程度の制御は出来ます」

「まあ彼らが求めて来るのは図鑑とか絵柄が多い書物でしょう」

 文字の読めず、朗読をするには時間が掛かる。短時間で多くを読むなら図鑑が適当だ。

 羽熊ももしマリュスでもラッサロンでも図書館に行けるなら図鑑を所望する。


「あとは国語辞典ですかね。あれも見方を変えたら日本の全てですから」

「なるほど。でも国語辞典は難しいですね。核兵器の説明やまだ伏せておきたいこともありますでしょうし」

 それはイルリハラン側から見ても同じ見解だろう。間違いなくバスタトリア砲の図解は見せないはずだ。


 ホテルに近づくにつれて人が多くなってきた。テレビ局の局員もいて、集まった民衆は聞き取れないくらいに声を幾重にも重ねて出している。

 さすがに普通の警察では対処しきれないのか、機動隊が盾を構えて一人も入れないようにしているから、その人気っぷりがよくわかった。

「全員ルィルさんたちを見に来た人たちですか?」

「そうですよ。初日のパレードからもう毎日ホテル付近や観光先周辺では人がたくさん集まっているみたいです」

「生で異星人が見れるんだからパンダの比じゃないか」


「それだけじゃないですけどね」

 そう意味深な言葉の事を聞こうとするときには、公用車は帝王ホテルの敷地へと入っていた。

 窓にはスモークが張ってあるから外から中は見えないものの、凄まじいフラッシュが羽熊たちの乗る車に浴びせられる。もう関係と思う車は見境なしだ。

「羽熊さん、群がってる報道関係者から色々と声が掛かるかもしれませんが、会釈以外は何もしないでください」

「分かりました」


 変な挙動や発言をメディアの前でしては今後の活動に支障が出てしまう。肯定も否定もしてしまうとその反対意見を言うことはもうできず、例え無言がなんらかの意思を示唆するとしても、言わないのが正解だ。

 テレビを見ると分かるように、国会議員や芸能人でも核心を突く質問に対しては大抵無言だ。

 ホテル入り口の前には六台ものワンボックスが停まっている。おそらく車いすごと乗車が出来る福祉用改造車だろう。

 今まではバスでの移動だったから一台で済んでも、最終日は自由行動だから個別に用意したようだ。

 六台と言うことは四人はもう出発したらしい。


「では行きましょう」

 木宮はそう言って車のドアを開け、羽熊もドアを開ける。

 また凄まじいフラッシュとシャッター音が鳴り響く。


「あれは言語学者の羽熊博士です。いま車から出てきたのは接続地域で活動中の羽熊博士です!」

 機動隊の外側。ホテルの敷地外にいるレポーターだろう人からそんな声が聞こえた。

「羽熊博士! 羽熊博士! なぜここにいるのですか!? イルリハラン人の通訳としてですか!?」

「ルィル・ビ・ティレナーさんの通訳のためですか!? 一言ください!」

 複数の方向から声が掛かる。テレビでよく見る光景を、羽熊が体験するとは国土転移する以前であれば考えもしなかった。

 羽熊は表情こそ変えないようにし、軽く会釈をして報道陣に背を向ける。


「一言くださいって本当に言われるんですね」

「観光初日は来日を喜んでいただけでしたが、三日目辺りからコメントを求めるようになってきました」

「図々しくなってきたわけですか。遠ざけることは出来ないんでしょうね」

「報道の自由を主張されてては多少の制限しか出来ないんです」

 そういう割にはネットと食い違いがある。そこは社会の事情で羽熊が口に出しても意味ないことだ。

 つんざくような声を無視して、羽熊と木宮はホテルの中へと入る。


 ホテルの中では車いすに座るルィルとリィアが、専属外交官と共に羽熊たちを待っていた。

「ハグマさん、ひさしぶりです」

「お久しぶりです。どうですか? 日本は」

「まさに世界が違うので、興奮するばかりです」

「それでも、地面、は、怖いです」

 ルィルとリィアがそれぞれ感想を述べる。

 いくら違う世界の国が見れる興奮があっても、生物学的に恐怖を抱く地面には敵わない。

 それでも全員軍人だけあって落伍者は一人もいないと聞くからさすがと言うべきか。


「今日は二人の要望通り、日本最大の図書館に行きます。ここから五分くらいですのですぐに着きますよ」

 木宮がそう説明をして二人は頷く。

 ここは一階だから感情的にはすぐにでも移動したいだろう。

「ではさっそく行きましょう」

 長居は無用とルィルたちに付く外務官たちによって移動を始め、ホテルの外へと出る。

 直後にまたまたフラッシュとシャッター音が響き渡るも、ワンボックスが壁となって苦にはならない。


「すみませんルィルさん。騒がしくなってしまいまして」

「いえ、私たちの国でも似たようなものです。私たちが受けるとは思っていませんでしたが」

「図書室内は今まで通り貸し切りですので安心してください」

「助かります」

 ワンボックスのリアゲートを開けてスロープを伸ばし、ゆっくりとルィルとリィアをそれぞれ乗せる。座高が高いリーアンもワンボックスは天井が高いからギリギリ体勢を変えずに乗ることが出来た。

「木宮さん、俺はリィアさんのに乗りますので」

「分かりました」


 ここでルィルと同じ車に乗るなんてことは出来ず、羽熊は小声で木宮に告げてリィアの車へと向かった。


「羽熊博士! アークと言います! 話をさせてください!」


 全員車に乗り込んで国立国会図書館へと出発する。

「ハグマサン。今日ハ、アリガトウゴザイマス。仕事中ナノニコチラノ都合ニ付キ合ッテイタダイテ」

「イエ、気ニシナイデクダサイ。セッカク日本ニ来タノニ、楽シメズ帰ラセルワケニハイキマセンカラ」


「異星国家ノ首都、大変楽シメマシタ。コノ一週間ハ、何千億セムヲ払ッテモシタイクライノ、貴重ナ経験デス」

「ソレハ良カッタデス。他ノ方モ喜ンデモラエマシタ?」

「地面ヘノ恐怖以外ハ満足シテマシタ」


 なら日本観光は成功だ。きっとこの選択は後々良い方向で戻ってくるだろう。

 ホテルの外で陣取っている報道陣を抜け、ワンボックスは目と鼻の先にある国立国会図書館へと向かった。

 国立国会図書館は東京本館、関西館、国際子ども図書館の三館で構成される。

 そのうちの東京本館は隣接した新館があり、計二千五百万冊近い本が所蔵されている国内最大の図書館だ。


 その膨大な数と初版など貴重な書物があることから、利用客が本棚を見渡して目的の本を探すようなことは出来ない。

 職員やパソコンで検索をして探してもらう方法を取るので、他の図書館と比べて時間が掛かるし、一度に持ってこれる本にも制限がある。

 現に国会図書館以外でも安易に手に入る本なら、他の図書館を利用する方がいいと言っているくらいだ。

 しかし、こと異星人が利用する分ではここほど相応しい場所はない。


 守秘義務は問題なく、本の種類も十分。異星人が来たと言うことで人が殺到しても国立だからコントロールも利くのだ。文句を言う方がおかしいと言える。

 目と鼻の先あってすぐに車は国会図書館の敷地へと入り、空いている駐車場に停まる。

「人はいないんですね」

「最終日に関しては目的地は公表していないんです。最後の最後まで人に見られたくはないので、移動先に協力をお願いして貸し切り状態にはしています」

 そうワンボックスの運転手は答えた。


「最終日ですから一言でもコメントを撮ろうとやっきにもなるでしょうしね」

「どのイルリハラン人も最後の観光地は貸し切りが容易なところばかりなので、トラブルはまず起きないと思います」

 羽熊たちは車から降りて車内からリィアを下ろす。

「ココガ、ニホン最大ノ図書館」

「ハイ。二千五百万冊以上ガアリマス」

「一千万……」

 リィアは周囲と比べては決して高くない国会図書館の建物を見上げる。


「リィア大尉、ドウシマシタ?」

 建物を見上げるリィアを見て降りて来たルィルが声をかける。

「イヤ、コンナ小サナ建物ニ、二千五百万以上ノ本ガアルト思ウトナ」

「サスガニ入リキリマセンヨ。実ハ身モヨダツ話ヲ聞キマシタ」

「身モヨダツ話?」

「……コノ建物、地下八階マデアルミタイデス。距離デ、三十メートルクライデス」


「地下!?」


「グイボラノ恐怖ヲ知ラナイ地ニ付ク人種ユエニ、地下ヘノ不安モナインデスネ。シカモ、網目状ニ地下ノ道ガトウキョウ中に張リ巡ラサレテイルトカ」

 地上すら恐怖を感じるのに地下まで利用するとあっては卒倒ものだ。

 今まで必要なかったから伝えてなかったが、この一週間の観光で知る機会はいくらでもある。もちろん地下鉄に乗るようなことはしなかったはずだ。

 もししたら非人道的な拷問としてイルリハランに留まらずフィリア中に駆け回るだろう。

「俺タチノ世界デソレヲシタラ人ノ皮ヲ被ッタ何カカ、異端者シカナイゾ」

「ダカラコソ、地下資源ノ採掘ニハ欠カセマセンヨ」

「確カニナ」

「では中に行きますよ」


 二人の会話を聞いていると地上生活に慣れたような印象が見受けられるも、よくよく見てみると頭部から首へ冷や汗が常に流れ出ているのが見えている。表情こそ気力で変えなくとも本能的精神面から来る冷や汗までは隠しようがないのだろう。

 きっと心臓の鼓動も普段より早く激しいはずだ。

 ルィルたちの乗る車いすはそれぞれの外交官によって動かされ、羽熊と木宮は付き添いで建物へと入る。


「いらっしゃいませ。本日はお越しいただいてありがとうございます」

 貸し切りだけあって十数人の図書館職員が出迎えに来てはルィルたちにお辞儀をする。

「お、おはようございます。今日はお願いします」

「おはようございます」

「ルィル・ビ・ティレナーさん。リィア・バン・ミストリーさん。ようこそ国立国会図書館へお越しくださいました。私は当図書館館長の山江やまえみず穂と言います」

 十数人が並んで出迎える中、奥にいる初老の女性が深々とお辞儀をして自己紹介をする。


「日本観光最終日に当図書館を選んでいただいてありがとうございます。満足に楽しめますよう職員一同務めさせていただきます」

 長話もなんなので、と山江館長は言いながらエレベーターの方を指して移動をする。

 国会図書館東京本館は隣接で新館があり、本館は六階で新館は四階となっている。出来るだけ高い場所となると、本館六階にある食堂と売店で閲覧するしかない。

 滅多に来ないから詳しい規則は分からないが、食堂で本の閲覧はまず出来ないだろうからきっと特例だ。


「羽熊博士、もしよければ今のうちにどのような書物をご所望か聞いてもよろしいですか? ご存知と思いますが持って来るまでに時間が掛かりますので」

 山江館長がそう小声で聞いてきて羽熊は頷く。

「ルィルさん、ここにはたくさんの本があるので探すまでに時間が少しかかります。もしよければ今のうちにどんな本を見てみたいか大体でいいので教えてもらってもいいですか?」

「はい。私たちはまだニホン語が読めないので、図鑑のような絵が多い本をとにかく見たいです。動物や乗り物、地図、芸術……マンガも見てみたいです」

「……すごい、当たってる……」

 ボソッと木宮が呟くが無視だ。


「でしたら複数の出版社から出た最新版と数十年前のを用意した方がいいですね。山江館長、お願いできますか?」

「分かりました」

 山江館長は職員に指示を送ると、その職員は「失礼します」とお辞儀をして離れていった。

 図鑑と一言で言っても各出版社で違いがある。たった大手一社だけに絞っては偏った情報しか与えられないから、複数に加えて古今と分けることで時代の流れも見せることができる。


「ハグマサン、兵器ノ図鑑ヲ見ルコトハ出来マスカ?」

 エレベーターはすでに開いた状態で待っていて、乗員ギリギリまで乗り込む。

「木宮さん、リィアさん兵器関係の本を見てみたいようですが」

「すみません。それはまださすがに……」

 国内では誰が見ても問題ない本でも、異星の社会に広がってはどんな変革を起こすか予測も出来ない。互いに見せ合うならまだしも見せておいて拒否される可能性もあるから、そこはまだ駄目なのだろう。

 リィアにそう説明すると、残念そうでも仕方ないと諦めた。


 エレベーターは六階へと着き、降りた一同は食堂へと入る。その食堂にはわざわざルィル達用か脚の長いテーブルが窓際にあり、その前へと連れていく。

「少しの間ここでお待ちください。準備次第お持ちいたしますので」

「ありがとうございます」

 山江館長は深々とお辞儀をすると離れていき、人目があっては集中して見れないだろうと言うことから図書館職員も少し離れた席へと移動していったのだった。


「食堂と言うことは、普段は食事をとるところですか?」

「はい。利用客や職員が利用する大衆食堂です。もちろん今日も利用できますので、お昼ごろになりましたら何か食べましょう」

「うれしいです。ニホンの料理はどれも新しい味でしかもおいしいので楽しみです。特にクレープはすごくおいしかった」

 そこは女性らしく甘いものが好きなようだ。

「ナットウハダメダガナ」

 そこも外人特有の感想だ。と言うか納豆菌は大丈夫なのか厚労省。

 本当に、異星人と言うよりは外人と接していると思う。


 十五分ほど待つと職員がカートに乗せた二十冊近い分厚い本を持って来て、羽熊の翻訳によって閲覧が始まった。

 動物、植物、昆虫、乗り物、元素、宇宙、地球、日本、気象、人体、比較等々に加え、さらに細分化した図鑑を羽熊はルィルとリィアの間に入って、図にある説明を日本語またはマルターニ語に訳して話す。


「……チキュウニハレヴィニウムモフォロンモ本当ニナイノネ」

「エネルギー源ハ火力、水力、風力、光力トカカ。レヴィニウムデ電気変換シテナイシ、フォロンデ増幅モ力場モ出サナイノカ」

 発電施設の部分でルィルとリィアは呟く。その見ているページには原子力もあるのだが、原子力については火力の派生で説明してある。申し訳ないが今はまだ話せない。

「発電デモ蒸気デ羽ヲ回シテ発電……レヴィニウムデ直接スル方ガハルカニ楽ナノニ」

「確カニナ。ダガコレカラレヴィニウムヲ利用シテイクダロ」


 自然エネルギーは仕方ないとしても、火力と原子力はレヴィニウムで発電するよう改修すれば高効率な電気を得られる。原子力に至っては蒸気の熱を電気に変換。冷却水の冷却をレヴィニウムで代用すれば冷却と発電を同時に行い、さらに使用済み核燃料の冷却と発電を行えるという夢の発電システムが成り立つ。

 しかもレヴィニウムの電気変換効率は既存のタービンよりも上らしいから、ゆるく考えても四倍から五倍近い電気を一基の原発から生まれる。


 ならば、全国の原発で出来れば他の火力発電所は止められて燃料の節約ができる。

 とはいえ原発の発電方法の改修だから完全防水の時以上に時間と資金を使いそうだ。

 二人の読書は進み、十二時を過ぎて空腹感が来ても二人は止まらないので無理やり昼食を取ることとした。本が汚れては困るので、食事中は同じテーブルにも乗せないよう配慮を怠らない。

 ちなみにイルリハランではスプーンとフォークで食事をとる。聞くと箸を使う文化はないらしい。米や麺がないから発達しなかったのだろう。

 だがこの一週間で触ったことがあるらしく、外人らしいぶきっちょな使い方だが箸でルィルはざるそばを、リィアはスプーンでカレーを食べた。


 そして食べ終わると食後の一服もせずに読み始め、時々トイレへと行きながら図鑑シリーズが続く。

 読む本は鳥類に移る。

「……チキュウニハ〝ムルート〟ノヨウナ巨鳥クラスノ鳥ハイナイノネ」

「翼ヲ広ゲテ数メートル。フォロンガナイカラ大キスギルト飛ベナイノカ」

 ウィルツのように五十メートル級の陸上動物がいるように、ムルートと呼ぶ全長五十メートルから百メートル、両翼で二百メートルはする怪獣クラスの鳥がいる。いったい何を食べればそれだけ大きくなるのか分からないが、絶滅危惧種で世界中を回遊しているらしい。

 そして天空島に近づくと被害が出るので避難をするとか。


「ア、ソウダ。ハグマサン」

 何か思い出したかのように目線を上げたリィアは、羽熊に奥のひと気のない方に行くよう話しかけて来た。

 羽熊は素直に従って、木宮に朗読を頼んで車いすを動かす。

 これだけで聞かれたくないことは分かったが、何を言いたいのかまでは分からなかった。

「ソレデナンデス?」


「ハグマサン、男ダカラ言ウノデスガ、前ニ性行為ニ関スル資料ガ見タイト言ッタノヲ覚エテイマスカ?」

「ああー……」


 そう言えばあった。あのあと艦隊戦闘や国家承認で忘れてしまったが、地球人の性に関する資料は全く見せてもいない。

「サスガニルィルノ前デ見ルコトモ、資料ヲ求メルコトモ出来ナイノデ。気楽ニ言エルコトデハナイデスガ見セテハモラエマセンカ? 絵デモ構イマセン」

「ワカリマシタ。デモ朗読ハシマセンヨ?」

 んな恥ずかしいこと、勉学のためとはいえマルターニ語に訳すのも出来ない。

「モチロンデス」


 であればルィルの隣で読むことも避けた方がよく、リィアはそのまま離れた席に残して、男性職員に耳打ちで性教育を中心の保健体育を頼んだ。

 男性職員はまさかそんな要求が来ると思わなかったのか、少々驚いた表情をしつつ言われたものを取りに向かう。


「分かってはいたけど、一日じゃ足りないだろ」

 図鑑だけで一日を消費してしまいそうなのだ。日本を知るために図書館を選ぶのは正解でも時間が圧倒的に足りない。


「図書館天空島とか作ったらすごい人気になりそうだな」

 羽熊はポケットからタバコを探そうとしたが、禁煙の張り紙が見えてやめた。

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