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陸上の渚 ~異星国家日本の外交~  作者: 龍乃光輝
第二章 政戦編 全35話
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第27話 『日本観光 イベント』

 この広大なフィリア全土で、大地に直接家や街があるところはないと言って過言ではない。

 農業や地下資源採掘でも専用浮遊島を使うため、地表に置くことは常識としてありえないのだ。それだけグイボラの被害と恐怖は根強く、地下資源採掘でも極力人が降りずに出来るよう工夫がされている。

 だからこそ地面に直接畑を耕し、家々が建つ風景は異常と言っても仕方なかった。

 地面から直接伝わってくる振動に不快感を覚えつつルィルは外の景色を懸命に覚え、時折カメラで撮影をする。


「もうすぐ空港が見えてきますよ」


 隣に座るミズイが説明をする。

 いまバスが移動している道は県道44号線と呼ぶ道だ。この道を進み続けるとニホンの空港が見えて来るらしく、最初の観光場所は出入国の拠点であるナリタ国際空港。

 もちろんニホンの非浮遊機に乗って別のところに行くではなく、空港を見てもらうだけとのこと。

 空港の見学なんてと思えても、チキュウの非浮遊機とフィリアの浮遊機の空港は大きな違いがあるから見学するだけの価値はあった。


 ニホンの非浮遊機は、ヘリなど垂直離陸できる機種と加速をつけて離陸する機種に大別できる。長距離移動は加速をつけての機種であるため長い場所が必要らしい。

 フィリア式はジェットでもロケットでも垂直離着陸だから、加速を必要とする場所は必要としない。離陸時に広い空域さえ確保できればそれでいいから大きな違いがあった。

 基本的な部分はおそらく同じでも、異星人の長距離移動の拠点はぜひとも見てみたい。


「ニホンの空港の内部は見れますか?」

「すみません。時間の都合上、敷地に進入はしますが空港の施設内部の案内までは出来ません。空港を説明するだけで半日から一日は終わってしまいますから」


 彼女の持つタブレットに目的地であるナリタ空港の写真が映し出されて見せられる。

 正確な縮図は分からずとも、写真からみてイルリハランの空港はこの三分の一から四分の一と言ったところだ。


「最終日は個別行動を考えてますので、見たければ案内差し上げられます」

 ミズイの提案にルィルは首を横に振って否定する。

「今後出入国が自由化出来ればこれますか?」

「そうですね。イルリハラン側で飛行機の受け入れが出来れば可能です。飛行機にレヴィロン機関が搭載出来ればもっと可能ですが、飛行機は何より安全が第一なので簡単にはいかないと思います」


 空に生活圏を置くリーアンは、いまいち地に生活圏を置くニホン人の不安が分からない時がある。

 ニホン人は一人の例外もなく地表から離れられないため、空で事故に遭えば待っているのは高確率の死。頭では分かっているがいまいち実感が出来ないのがリーアン側の実情だ。

 それゆえに非浮遊機の安全対策は万全でならないとならず、その安全が万全であるレヴィロン機関の取り付けにすら難色を示すそうだ。


 いくら安全と言っても星が違う装置を取り付けるのだから安全とは言えない。安全に安全を足せばより安全でも、異星同士の安全の足し算はそのまま安全とは言えない。むしろ悪くなることだってありえる。

 言ってしまえば、ルィルたちが空港経由で入国するには浮遊機と非浮遊機のハイブリット機を作らなければならないのだ。

 非浮遊機を浮遊機化かそれとも新規開発をしない限り、空港を利用するついでに内部の見学は出来そうにない。


「……それにしても二次元の移動と言うのは不思議ね」


 三次元から強制的に二次元にされてから数十分。先日に一泊体験したとはいえ、二次元での移動は初めてだから違和感を強く覚えた。

 具体的な説明をするのは難しいが、恐怖や不安とは違う感覚だ。

 むず痒いと言えばいいのか、落ち着けないと言うべきか、家々や木々で長時間景色の何割かを制限されるのは変に思う。


 浮遊都市でも地表付近を移動することはあるが、それはフォロンがあってのこと。完全に重力に縛られての移動は慣れない。

 周りの兵士たちを見ても同じで、平常心を保っている表情の人は多くなかった。

 時折右に曲がったり左に曲がったりしてバスは移動し続けると、人工的に作られた低い壁を通って木々のない広い場所へと出る。


「ただいまナリタ空港の敷地内に入りました。カッソウロと呼ぶ飛行機を加速して離陸する道です」

 言われて周りを見るが一言で言えば何もない。

 舗装された地面はあってもそれだけで、遠くに建物がある以外は何もなかった。

「空を飛ぶのにこんなに広い場所が必要なんですね」

「飛行機は速度を使って揚力を生んでいます。ですので長い距離を加速しながら移動して、空を飛ぶための下向きの力を作るんです」

「我々からすればありえないですね」

「こちら側からしましても同意見です」


 バスは舗装された地面を移動し、空港の施設へと進み続ける。

 その施設の前には、シルエットだけで言えば鳥か巨鳥とも言える、イルリハランで言えばジェット旅客機と同質の飛行機が停まっていた。

 鳥と同じくその飛行機には羽があり、その下にジェットエンジンが二つから四つ取り付けられている。

 フィリア製のジェット旅客機は、胴体こそ同じく細長くともエンジンは機体後尾に一基で、レヴィロン機関で移動、滞空及び方向変換できるから翼と言うものがない。

 飛行機から翼を取り除けば形状は似るが、その中身は全くの別物だ。

 そして接触初日にハグマ達を守るために来た戦闘用非浮遊機とも随分と違う。


「これがニホンの市民が使う非浮遊機ね」

 燃料や職員、乗客などの問題から国内すべての空港は稼働していない。だが飛行機は常に運用と整備を使い分けて格納施設を利用しているから、全ての飛行機を収容することは出来ず、一ヶ月以上もの間野外に置くしか無いそうだ。

 ヘリとは違う非浮遊機に、ルィルを始め皆が写真や映像を撮る。

「これだけの施設ですのに人がいないんですね」

「飛行機は大量の燃料を使います。その消費を抑えるため、飛行機に使う燃料は国防軍の航空機に回されているんです」

 目玉である飛行機が飛ばないのなら働く意味もない。


「ミズイさん、ここの飛行機はどれくらい飛べるんですか?」

「大体ですが、大型で一万数千キロ、小型で数千キロです」

「大体半分くらいなんですね」

 距離を聞いておきながら、その距離についぽろっと零してしまう。ジェット旅客機も大きさによって航行距離は違うし、軍用の飛行艦と比べても距離は少ないが二万キロは移動できる。

「星が違うと常識も違いますからね」

 五分ほどバスは飛行機の側で停まると、「出発します」の合図で走り出し、一度飛行機の正面が見える位置を通って施設沿いに走る。

「この空港は、普段どれだけの人が利用してるんです?」

「平時で一日約九万人です」


「……九万?」

「九万人です。この空港は大型ですので、国内線、国際線、ニホン人外国人とそれだけのお客様が利用するんです」

「チキュウの年間は三百六十五日だから、年間だと大体…………三千三百万人ですか?」

「そうですね。トウキョウにもハネダ空港がありまして、そちらでは年間七千五百万人です」

「七千!? お、多いですね。イルリハランでは多くても一日三万人くらいですのに」

「ニホンは島国ですので、海を除くと空からしか入国の手段がなくてそれだけの人数になります」


 生活圏が全て違うから純粋な比較をしても意味はないが、数字だけを見ると大きく違う。

 邂逅から今日まで色々と数字を聞いてきても、まだまだ知らない数字が多い。

 たかが数字でも、知らない数字を知るのは楽しく思う。

「それだけの人が利用するとテロとかもあったりしませんか?」

「そうならないよう防犯は他の施設と比べて厳重にしてあります。ニホンではありませんが、世界一の国で飛行機を使ったテロが起こされたこともありまして、常に最新の防犯を研究開発してました」

 してましたと言うあたり、隕石落下問題で中断したのだろう。

 航空写真を見てもその大きさから内部を見学すると一日を軽く消費しかねないので、本心としては覗いてみたいものの異議は唱えられず、バスは施設沿いを走り空港のど真ん中を走る幅広の道へと出た。


「……何か雰囲気が違います?」

 道は道でも幅が広く、ここに車で走っていた道とはなにか趣が違うように感じた。

「高速道路と言うクルマ専用の長距離用道路です。ここに来るまでの道路は地に立つ人も利用するので信号で時々止まりましたが、この道路では歩く人がいないので長時間高速で走れるんです」

 フィリア社会では浮遊艇と人で利用する高さが大きく違うから、接触事故と言うのはよほど不注意か制御不能の事故がない限り起きない。けれどニホンでは高さが同じであるため、クルマと人を交互で移動させないとならないのだ。

 けれどそれではクルマの移動に制限が掛かるから、クルマ専用の道を用意して効率的な移動をさせている。

 高速道路に入ると速度が上がり、屋根がないから風が全身に吹き付けてくる。

 ただ強風に吹き付けられるのは慣れっこだ。これくらいどうということなく、地表付近でも速度があるからか不安もそう感じない。


「ここから一時間ほど高速道路を走りまして、ギンザを通りコウキョに向かいます」

「コウキョですか」

 二四〇〇年か一五〇〇年から絶えず血を現代まで受け継がせてきたテンノウの住まう場所。テンノウに謁見や敷地に入るのは困難だとしても見てみたかった。それが初日に行けるとは僥倖だ。

「はい。コウキョに着きましたら近くで昼食を取りまして、シンジュク、シブヤと回ってホテルに向かいます」

「トウキョウでも有名なところですね」

「ええ、それでギンザあたりでイベントがあります」

「イベント?」


 さすがにトウキョウ各地の名称は交流で聞いても、その詳しいところまでは分かっていない。敢えて名称を言うあたり名所なのだろうが、分かっていない分楽しみと不安が半々で胸を満たす。

「それは着いてのお楽しみです」

 普通観光と言うのは大体のスケジュールを知っての所だが、このニホン観光は突然だから一週間の流れを何も聞かされていない。ルィルたちが入国することも報道されていると言っても、どんな形で報道されているのか、ニホンの放送が聞けないからそれも分からなかった。

 サプライズでも良いと悪いがある。ニホン側は良いサプライズを用意しても、ルィルたちが悪いサプライズと思われたら意味がないのではないだろうか。

 しかし、史上初の異星国家の観光だ。事前に知っては驚きや感動が薄れると言うもの。例え悪いサプライズを受けたとしても、全世界が経験したくともできないことを最初に経験出来ることを考えれば、まだ我慢できる。

 なにより地面の上を移動する以上の恐怖はない。


       *


 時速八十キロから百キロの風に吹き付けられながら高速道路を移動して二十分が過ぎると、周囲の景色は大きく変わった。

 左右を木々に挟まれた緑の多い景色から密集した住宅へと変わり、一時間後には突出するマンションが見えるようになった。

 高速道路は海沿いを走り、川を横断するため人工の建造物ハシをいくつも渡る。

 出発当初はなかった車も首都に近づくにつれて増え、バスの前後には資料で見た警察のクルマがいつの間にか並走するようになった。


 そして並走する一般のクルマから携帯電話で撮る人が目につく。

 初の異星人を目の当たりにすれば自然と撮りたくなのは分かる。しかしニホン人を知っているルィル達からすれば、異星人としても体型で大きな違いはあっても感覚的な違いがあるとは思えず、わざわざ写真を撮る必要があるのかと思ってしまう。

 それだけニホンと短いながら濃密な関係を持っているゆえだが。


「ここが三千万人も住むニホンの首都なのね」

「正確には首都圏ですね。トウキョウに限れば人口は千三百万人です」

「それでもイルフォルンの人口の十数倍だからすごいです」

「浮遊都市ではなく大地に住んでますから」

「ユーストルより狭いところでそれだけ住んでるのも驚きです」

「そうですね。チキュウでも土地と人口が合わさってないとは言われます」


 フィリア社会は浮遊都市か巨木森林しか住まないから、どうしても人口数は増やしづらい。同規格の浮遊都市を大量に連結すれば同数に至れても不便だし、数十から百キロ平方キロと広げれば疑似大地となって恐怖感が襲ってくる。

 まず千万単位の人口はフィリア社会では起こりえないだろう。

「本当、何もかもが違うわ。なにも飛んでないなんて」

 空を見ても都市だと言うのになにも飛んでないのは不思議以外にない。浮遊艇もなければ人もいないのは、二十七年の人生では一度として見たことがなかった。二十四時間化が進んでいる昨今で、都市の上が見渡せることはないことなのだ。

 いま移動しているハシも、空に立つリーアンからすれば概念すらない。

 本当に異星の文明にいるんだと実感する。


 ルィルはカメラを持って、人工の石で出来たマンションを交えながら空を撮る。

「それに木材じゃなくて人工の石でできた建物があんなにたくさん……」

「木造住宅はありますが、マンションになりますと木材が足りないのでコンクリートを使います」

 浮遊都市を含めて建材は巨木を使って建設されている。巨木は世界中至る所に群生して、消費と成長に大きな誤差がないため枯渇することがなく、ああした人口の石を考える必要もなかった。

 天地生活圏とは上手く言ったもので、文字通り天と地で全く異なる。

 バスは海岸沿いから内陸へと大きく曲がり、いよいよトウキョウ内部へと向かう。

 と、トウキョウ内陸上空でようやくヘリが数機飛んでいるのが見えた。


「あのヘリは軍の?」

「いえ、民放のヘリです。転移直後から燃料と安全から飛行禁止にしていたのですが、今日は特別に飛行許可を国交省が出したんです」

「今日と言うことはもしかして……」

 ルィルは自分を指さす。

「お察しの通りです」

 史上初の異星人の入国にメディアが無関心でいられるはずがない。特ダネ映像をどうにか手にしようと動くのは文明人としては至極当然のことだ。


「皆さんが入国することは一週間前から報道されています。さすがにどこに行くかは安全上から今日以外は前日の公表です」

 前日と言うならもうニホン中がルィルたちがどこを移動するかを把握していると言うこと。さすがにテロ行為はないだろうが、ニホン国民の感情が数字でしか分からないから少し緊張する。

 国内がまだ大変なところの異星人の観光に反感を持たないはずがない。国主導の観光だから経費は恐らく全て税金だ。今日一日の生活すら苦しい人々がいるのに、のんびりと観光を快く思わない人は少なくない。国としては心配しなくていいと言い、誘われた手前責任を感じる必要もないが、人として意識してしまう。

 バスはハシから再び大地の道へと戻り、高速道路から一般道路へと道の性質が切り替わった。

 左右に人が増えて来た。


「皆さん私たちを見に?」

「テレビでは毎日皆さんの事は報道されてますが、間近で見るのは初めてですからね。見れるなら少し遠くても見に来ますよ。それでそこを曲がってからは歩くくらいの速さで移動します。あくまで観光として来ていますので、ただ移動するだけですが」

「どういうことですか?」

 バスはハルミ通りと呼ぶ道から中央通りへと回り込んで止まると、世界が一変した。


 人、人、人、人、人。


 道路には誰もいないのに、その両脇には万を軽く超す人がいたのだ。

 その誰もが歓声を上げて空気を震わす。前線基地でさえ見えるのは数百から千人以下で物静かだった。なのにここにいるのは千や万では足りない。十万、二十万、いやそれ以上の人が集まっている。左右のビルの窓にもびっしりと人がいた。

「ミ、ミズイさん、この人達全員が私たちを?」

 首都を移動するのだから大勢の人に見られることは想定していた。しかしこれだけの人数がこの通りだけに集まっていることは想定外で、ルィルは隣のミズイに聞く。

「はい。さすがにオリンピックパレードまではいきませんね」


 驚愕の表情をするルィルたちと違ってミズイたちの表情は別段変わらない。つまりこれだけの人数が集まることは幾度と経験があるということだ。

 国王即位で集まるくらいの数に、軍人で異星人のファーストコンダクターであっても畏怖を隠し切れなかった。

「い、いくら異星人を見るためでもこんなに集まるものですか?」

「はい。これくらいは集まるとは思っていました。なにせ皆さんは――」

 一時止まったバスが再びゆっくりと動き出すと、さらなる大歓声が響き渡った。ビルによって音は反響して何倍となってルィル達に降り注ぐ。


 少なくとも罵声は聞こえない。万を超す声だから何を言っているのか分からないが、それでも怒気は伝わってこなかった。

 表情を見ても誰もが怒っていない。笑顔で大口開けて叫んで、携帯電話やカメラでルィルたちを撮影する。

 いくら愚鈍な人でもどんな感情で見ているか分かる。

 異星人と言う枠とは違う意味でルィルたちを見ている。


 ありがとー!


 濁流の声の中、わずかに感謝の声が聞こえた。

「どうしてみんな私たちにお礼を?」

「いまこうして日本が無事で、戦火に巻き込まれていないのはルィルさんたちの頑張りがあったからです。ですのでお礼が言いたいんですよ」

「……いえ、ニホン軍や両国政府の頑張りですよ」

「最初に出会ったリィアさんやルィルさんが武器ではなく言葉で交流をしてくれたからこそ、今こうしてニホンは無事でいられるんです。もしあの日に戦闘行為をしてしまったら、きっと日本対イルリハランか多国籍軍と戦争をして、苦戦か敗北していたと思います」

「そんなことないですよ」

「事実はどうあれ、いまここに集まっている人々はルィルさんたちに感謝しているんです」


 感謝、されることをしたのだろうか。

 ルィルたちは軍人だ。イルリハラン王国を他国の脅威から守ることを使命として日々訓練して、日々更新される兵器や戦術、戦略を学んで実戦に活かしている。

 国際貢献で他国で活動することはあれ、その根底はイルリハランのためだ。

 なのに、いまこうして突然異星から転移してきた国の市民に感謝されている。

 転移初日から今日まで、ルィルたちの行動原理はイルリハランのためだった。結果としてニホンを救ったとしても、ニホンのためではない。

 なのに、この気持ちはなんだろう。

 感謝されることをしたわけでもないのに感謝されている。

 目に見える地に立つニホン人は笑顔ばかりだ。


 イルフォルンの人口の半数近く集まった人たちは、手探りで動いたルィルたちに感謝を述べている。手を振ってくれている。

 ミズイの言う通り、なにかが一つでも違えば集まった人たちの大勢かは死んで、この人工の石でできた街並みも大部分が崩落して炎上していただろう。

 こんな歓喜溢れる声ではなく、絶望に満ちた絶叫だったかもしれない。

 今現在でも国内の情勢は大変厳しいと言うのに、こうして歓声を上げられる。

 自分の心配より、自分を結果的にでも守ってくれた異星人を受け入れる。

 そんな国を聞いたことがない。


「ミズイさん、どうして大変な時だと言うのにこんなに集まるんですか? 政府が集めたんですか?」

「いいえ、ただ場所と時間を知らせただけです。全員自分の意思で集まって、こうして歓迎の気持ちを表しているんです」

「意思、ですか」

 確かに、ハグマ達と交流を思い返すと頷ける。これがニホンの国民性か。

「ニホンは戦争の恐ろしさを知っています。いま全国で大変でも、ニホンが戦争をするほうがより大変であることを分かっているんです。その苦労をしなくなったとなれば、少しでも礼を言いたいいんですよ。手を振ってあげてください。皆さんはただ任務を遂行しただけでも、この国では国を守った貢献者の一人なんですから」


「貢献者……私たちが……」

「今はまだ政府から謝意は送れませんが、せめてもの気持ちとして受け取ってください。ニホンの気持ちを」

「う、うれしいです」

 数字はただの数字にしかすぎない。いくら書面上で何十万人としても見なければ実感がわかないし、好意的と言われても実際に声を聞かないと本当なのかと不安がじわじわと膨らんでくる。

 だがこの左右に広がる大勢の人々を見て、ルィルはようやく実感した。

 軍人としてニホン交流の取っ掛かりを作ったに過ぎないが、それでも一つの国の平和維持に貢献できたのだ。


 例え他国でもそう思えると嬉しく思い、胸の中が熱くなった。

 ここで大きく手を振ってあげられればいいのだが、これだけの人数を前にしてはさすがに怖気づき、軽く手を振るしか出来なかった。

 後ろにいる仲間もルィル同様に戸惑いを隠しきれず、けれど応えようと手を振っている。中には撮られるだけでなく逆に撮ってやろうとカメラを構える人もいた。

「ミズイ、こちらから写真を撮るのはいいの?」

「大丈夫ですよ。普段のパレードでもこちらから写真を撮る人はいますので」


 マナーの観念から聞いたが、どうやら心配無用のようだ。ならとルィルもカメラをもって写真を撮り、少し大きめに手を振る。

 少しずつ慣れていくルィルは冷静な目で両脇の人々を見る。

 両手で精一杯振る子供。赤ん坊を抱え、赤ん坊の手をもって小さく振る母親。スーツを着て携帯電話を構える男性。夫婦だろう寄り添って眺める老人男女。

 手を振る人がいればカメラを持つ人がいる。当然中には喜ばしくない表情を持つ人もいた。

 様々な人。様々な感情を持つ人が、異星人であるルィルたちを見るために来ている。


「ミズイさん、せっかく集まっているのだから挨拶とかした方がいいのでは?」

「いえ、正式なパレードでしたら式典を開いて代表から挨拶をしてもらうのですが、さっきも言いましたように観光ですのですると逆にマズイんです」

「そうですか。でも国民の方も異星人の声は聴きたいんじゃありませんか?」

『異星人』であればどんな些細なことでも知りたいのが人種の性ではないかとルィルは思う。大きな違いが少ないから印象としては外国人と接していても、せっかくだから生の声を聞きたい。


「何も長々と演説をするわけじゃなくて、一言二言返事をするくらいは観光の領分では?」

 声をかけたら返すのは普通の事だ。観光だろうと使節団だろうとそれは変わらない。

 何分と止まり、マイクを前にして喋れば建前は崩れても歓声への返事をするくらいなら問題ないはずだ。

「そうですね。それくらいであれば」

 ミズイの許可をもらったルィルは、屋根のある最前列の席から少し後ろにミズイたちの手を借りて移動し、膝立ちで椅子から立つ。

 手すりを掴んで顔を外に出して大きく腕を振った。

「ニホンの皆さん、今日は、集まってくださってありがとー!」


 ニホン語でルィルは叫ぶ。

 するとお返しとばかりに何倍もの歓声となって返ってきた。

 これだけの人に歓迎を受けると怖気づきはどこかへと消え、自然と笑顔となって応える。

 ルィルの動きに感化されたか、他の兵士たちも身を乗り出して手を振りだした。

 もちろん自分たちはニホンにとって異星人であり、一応イルリハラン王国の代表だ。不用意な発言は今後の国交に大きく響くことを理解して、当たり障りのない返事をする。

「ミズイさん、これだけの人がいるのに、誰も出てはこないんですね」

 人の尋常ではない多さに驚くも、誰一人とクルマやバスが通る通りに出てこないことにもっと驚かされた。数十万単位で人が集まれば少数は想定外の行動を取るようなもの。なのにここに集まった人々は、文字通り全員が道路の左右でじっとして出てこようともしない。

 出ないのが当然なのだが、これだけの数を見ると出ない方が不自然とも言えた。


「普通は出てきませんね。出たら警察に止められたりしますから。それにニホン人は古来から調和を乱す行動を嫌うところがあるので、みんながしないなら自分もしないと考えるんですよ」

「イルリハランでは度々飛び出たりして捕まりますね」

 なにせ立体だから監視する範囲が広い。ニホンでは水平を見れば良くてもイルリハランだと上下にも意識しないとならないから、どうしても取りこぼしが出てしまってすり抜けされやすいのだ。


「……ミズイさん」

「はい」

「ニホンのトウキョウだけですけど、観光ができてすごくよかったと思います。まだ数時間なのに感動しっぱなしです。これからもっともっとニホンの事を知っていくとしても、この七日間は一生の宝物になります」

「そう思ってもらえたら皆さんを招待した甲斐があります。このパレードが終わりましたらコウキョ方面に向かいまして昼食です。感動はまだまだ休ませませんよ」

「楽しみにしています」


 バスはゆっくりと人の壁に包まれた道を進み続ける。

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