第26話 『日本観光 入国』
イルリハランとニホンが正式に手を取り合い、各分野で本格的な交流が始まった。
検疫問題の大幅な解消を両国の保健機関が発表したこともあり、消極的だった人員の流入は大幅に増加した。
倍数で言えば五倍から十倍と言ったところだ。イルリハランからも首都指定浮遊都市イルフォルンや他の専門浮遊都市から技術者や学者が、ユーストルから一番近い浮遊都市マリュスを拠点に、ニホンに訪れ朝から晩までマルターニ語とニホン語を習得した両国軍兵士が通訳する形で交流を行っている。
する場所は大使館用浮遊島は来たが他に使える浮遊島が少なく距離があることで、ニホンの海から十キロの国境線付近である。
今までは一ヵ所でほぼ軍人だったので少ない移動手段で構わなかったが、民間人を含め十倍近く増えたことでイルリハランもニホンも使う乗り物が増えた。
可能であれば一ヵ所にまとめたいものの、人数が増えると身分確認に漏れが生まれる。万が一工作やテロ目的で交流に参加する人を排除するため、分野ごとに細分化して距離を置いて交流をすることになった。
この確認作業は同じ人が連日来ようと義務として行う。
ニホンの国家承認によってニホン人と交流を行いたい国は数ヶ国と声を上げ、それをイルリハランが拒否した。ニホンの意思は関係ない。空に立てる範囲がニホン領となったことで安全に立ち入って対話が出来るようになろうと、ニホン領に入るにはイルリハラン王国の領空を通過しないとならない。
依然とイルリハラン政府はユーストル内への立ち入りを禁止したままだ。検疫問題は解決しても今度は治安の問題から禁止は継続され、政府は交流表明国の渡航を拒否した。
よって現状、ニホンに関することはイルリハランが独占している。
元々ニホン問題は国家承認も処理もイルリハランだけなので、他の国が勝手に来て交流をすることは出来ない。だが国として承認された国を独占するのはある意味支配であり、属国化や保護国にしようとする見方も出来た。
イルリハランからすればニホンがもたらす情報を国外に流出させたくないのだが、客観的に見ればそう思われても仕方ないだろう。
ニホンがそのことについてどう思っているのか、さすがに怖くて聞けない。今までの交流からみると建前と本音をうまく使い分けているから、イルリハランを立てる言い回しをするだろうが、本音はどう思っているのか聞く勇気はない。聞いたところではぐらかすはずだ。
ともかく低速だったイルリハランとニホンの接触は、ゆっくりとだが確実に加速を始めた。
合わせて個人的な朗報がルィルたちニホンに初接触した元偵察隊七〇三を始め交流部隊に来た。
「ルィル曹長、一週間の休暇どうします? 実家に帰りますか?」
「まさか実家に帰るつもりなんてないわよ」
ルィルたちに与えられたのは、本来であれば一ヶ月半前にもらえるはずだった長期休暇である。
国交が本格化し、言葉だけでなく文字の習得をしなければならないことを考えると、ニホン語習得率最高位のルィルを外すのは大きな遅れにつながりかねない。
しかし彼女だけが突出しても意味がない。彼女だけにしか出来ない状態で、何らかの原因で前線から立ち退かなければならないとき、他の出来ない人たちが取り残されて結局遅れが出る。
組織的行動が必要とされる状況では、一人が優れるのではなく全員が並み程度出来るほうがいいのだ。
さらに彼女たちの精神衛生も考えると休暇を与える必要があると軍医や上層部が提唱し、ラッサロンはそれを了承した。
検疫問題が解消されなければ単にラッサロン浮遊基地内かユーストル内での行動だったが、解消されたことにより各浮遊都市に行けるようになった。よって多くの兵士たちは家族と過ごそうと帰郷の準備に入り、ティアもまた帰郷組で軍服ではなく私服で大きなバッグを肩から掛けている。
その逆も然り。
「そんなに仲が悪いんですか」
「軍人になるのに絶対反対だったからね。実家には帰らないで特別の休暇を取らせてもらうわ」
「特別の休暇?」
「ニホン観光」
「えっ!? ニホンに行くんですか?」
驚くのも無理もない。まだ入出国に関する規定が法的に定まってない上に、ニホンに入ると絶対的に地面に付かないとならないのだ。これからイルリハランとニホンが握手をする中で先行で観光ともなれば驚きもする。
「ニホンに入れることなんて私知りませんよ!?」
「選別基準は分からないけど昨日個別で連絡が来たのよ。休暇を利用してニホン観光しないかって」
休暇の話を聞いた先週までは近くの巨木の森で一週間丸々キャンプをする予定だったが、昨日の夜に天地生活圏早期理解のため、十人程度をニホンで滞在できないかと話が来た。
ニホンを国家として承認し、検疫問題が解消され、ユーストルから出られるようになったから話しやすくなったのだろう。
ルィルは快諾した。交流の時からニホンの文化はパソコンやタブレットで色々と見させてもらっても、画面越しでは分からないことが多々ある。真の意味で知るなら直に体験するのが一番だ。
出来ればテンノウが住んでいるトウキョウのコウキョに行きたいがどうだろう。
「大丈夫ですか? 一週間も地面に付くなんて……発狂しちゃいますよ?」
「それは向こうも分かってるわ。きっとなにかしら対処してくれるでしょ」
「だとしてもですよ。ルィル曹長が行く必要はないと思います」
「ニホン語が分かってニホンの事も色々と知ってるからね。人選としては妥当と思うわ」
「けど休暇と言うか仕事じゃないですかそれ」
「それは言わないの。それに仕事と言っても体験したことを報告書にするだけだから、何をしろとかは言われてないし」
「気を付けてくださいよ。今のところ良い人だけですけど、悪人だって軍人の中にもいるんですから」
「分かってる。ティアこそ有名人になったんだから気を付けなさいよ。ほら、もう時間でしょ?」
「あ、もう出発の時間……では行ってきますね」
「ええ、向こうで気の合う男の連絡先くらい掴んできなさい」
「いやー、当分男の人はいいかなーって。基地内だけで十分ですよ。では」
ティアはニホン軍式の敬礼を簡易に行い旅客機離着陸場へと向かっていった。ここの基地ではジェット旅客機の離発着しか出来ないから、遠い地に故郷があるならここからマリュスへと飛んでロケット旅客機で故郷へと戻るのだろう。
「それじゃ私も行くとしようかしら」
元々一週間キャンプをする予定だったから準備は万端だった。一昨日の内にキャンプ道具も含めて準備をしていたからキャンプ道具さえ取っ払えばそれで終わりだ。
部屋に戻ったルィルは机の上に置いてあるスポーツバッグを肩にかけ、忘れ物がないか確認する。
「……ハミュは巡回中ね」
部屋の壁に掛かっている予定表に、同居人であるハミュ曹長は今朝より任務と書いてある。
この連絡の通り、彼女とルィルは同室ではあっても任務が異なっているため、こうして休暇が合わないことがある。もっとも今回の休暇はイレギュラーだから合う方がおかしいか。
では出発と、ルィルは自室を出て移動を始めた。
時間はもう午前九時を過ぎているから、非番の兵士しか通路には見られない。人が少なければ見られる回数も少なく、ルィルと言う基地ではある意味基地司令以上に知名度を持っても視線はあまり感じなかった。
男性と付き合うつもりはないと公言をしても食事の誘いがいまだに来て、この休暇でもどこに行くのか聞いてくる兵士が二ケタはいただろうか。
別に人との繋がりを避けるつもりはない。けれど時としては一人になりたいのだ。
幸い他の兵士たちとは簡単なあいさつ程度で終わり、宿舎区画から外へと出る。
宿舎区画とは違って外では兵士たちがいたるところで仕事をしていた。
銃を使った訓練に浮遊艦の離着陸管制、先日の戦闘で傷ついた機体の清掃整備と様々だ。さすがに仕事中ではルィルに目をくべることもしない。
いや、純粋に人気があると己惚れているだけか。何にせよ静かに出発できる。
と、視界にニホンの非浮遊機が小さくだが見えた。オスプレイと言う機種ではなく、チヌークと言う機体の左右ではなく前後にローターを取り付けた非浮遊機だ。
先日の記者会見の時に用意したヘリポートを活かして、大使館とするこの基地に資材の搬入をしているのだ。ルィルの知る限りでは一日に四度は来ていて、誘導担当のニホン兵が基地に常駐して誘導をしている。
世間一般では信じられない光景でもラッサロンではもう見慣れた光景だ。少しずつニホンがイルリハランに入り込んでいる風景は、意味合いは大きく違うが、侵略ではなく浸潤の表現がひょっとしたら合うのかもしれない。
ただ、そこのところはお互いに言及しているからユーストル内で止まるだろう。
イルリハランとニホンの文明が融合した都市。いったいいつ出来るのか想像もできないが、出来たら覗いてみたい。
もっともその都市の建造に一役買うためにこれからニホンに向かうのだが。
特別休暇でニホンに一週間滞在するのは十代から五十代までの男女十人で、ルィルは二十代代表兼通訳担当として参加する。年代別なのは各世代でニホンを見て偏見を出来る限り無くすためだ。
実質的には仕事だが、休暇の観光のついでなので目的と言う目的がない。ある点を重点的に調べろとか、軍事戦略的に抑えるべき場所を探せと言う指令はなく、純粋に見聞きして体験したことを報告書にまとめろと言うことだけである。
ニホンとしても休暇と知って観光を提案をするのは何かしらの裏を匂わせているし、軍人を観光としてでも入国させることの危険性は分かっているはずだ。それでもしようとするのは、焦りと友好と牽制だとルィルは睨んでいる。
しかし休暇を利用して観光を提案する以上、先日の秘密のお泊り同様安全は確約されたも当然だ。だからルィルは思惑は棚へと上げて純粋に楽しもうと決めた。
「まずはこの休暇をニホンで過ごすことを承認してくれたことを感謝する」
ニホンへ向かう浮遊巡視艦ソルトロンのブリーフィングルームで、ユリアーティ偵察部隊部隊長をするバーム大佐は、私服姿のニホン休暇組兵士たちに声をかけた。
軍服を着るバーム大佐はこの特別休暇には参加しないようだ。
「国交が開始されたばかりで両国で受け入れ態勢はまだ出来ていないが、ニホンは天地生活圏早期理解を求めており、我々イルリハランとしても天地生活圏統合型浮遊都市建造を考えている。さらに両国信捧式のこともあり、今回の休暇に合わせてニホン観光を打診することとなった」
休暇なのにこうして聞くと任務としてニホンに行く気分になる。
「もちろん休暇である君たちに任務を与えることはない。が、帰国後は体験した事、休暇中に撮影した写真や動画の一部を出来れば提出してほしい」
一部と言うのはプライベート過ぎて公開を避けたいものまで出させない言質だ。
「なお、君たちがニホンに入国することはニホンでは報道されている。秘密裏の入国ではないから異星国家の都市を存分に堪能してくれ。君たちの安全はニホンが全責任を持って守ると表明してくれている」
今回ニホン観光の兵士たちはニホン受け入れの考えが七割以上だろう。ニホン交流初期から参加していることもあってニホンへの理解度も高く、大佐の言葉を聞いても特別安堵の色は見せない。
皆、ニホンが特別注目するリーアンたちが何かするとは考えていないのだ。
秘密のお泊り会に参加したルィルはさらに心配していないし、入国を報道した以上トラブルは絶対に困るから不安のふの字も与えないだろう。
バーム大佐はルィルたちを一瞥して、一度顔ごと視線を下に向けて向き直す。
「全員分かっていると思うがニホンにはフォロンがない。地に付く訓練をしているとはいえ、一週間と地面近くにいる恐怖は世界でも経験者は少ないだろう。ニホン側も対処していると思うが覚悟してほしい」
安全に関しては全員平然としても、今の発言では全員顔をしかめた。
本能、遺伝子にまで刻まれた天敵への恐怖感。軍では作戦の幅を広げるために一日ただ地面に寝っ転がるだけの訓練をしているが、平然とする人はコンマ数パーセントで非人道的な訓練として世間から非難を受ける。
一日どころか数分でも苦痛なのに一週間もいると思うとティアの言う通り発狂しても不思議ではない。
けれどそれ以上に異星の文明に直に触れる機会なんて一ヶ月半以上前までは頭の片隅にもなかったのだ。その第一陣ともなればそれくらい我慢できる。と思う。
「何か質問はあるか?」
バーム大佐の問いに一人の兵士が手を上げる。
「なぜ休暇をする兵士一同に打診ではなく個別での打診だったのですか?」
「君たちを選んだのは報告書、ニホン軍との交流時の対応などから比較的ニホンに友好的な考えを持っているのが理由だ。今回のニホン観光は友好の一環だからな。否定的な考えを持つ者が行ってトラブルを起こしては困るんだよ」
「いくら否定的な考えを持ってもトラブルを起こすとは思えませんが……」
「一週間地面付近で過ごすんだ。友好的でもどんな心理状態になるか分からないからな。小さなきっかけで流血騒ぎだけは避けたいんだ」
「個別でそれも当日まで秘密にすると言う理由はなんですか?」
「異星の国を一週間観光するんだ。選ばれなかった者たちからあれこれと注文を受けては堪能できないだろ? 純粋に君たちに異星国家を体験してほしくこんな形を取らせてもらった」
その結果、否定派と中立派は候補から除外されて友好的な兵士が選ばれたわけだ。
おそらく多くの兵士たちが思っているだろうが、両国で急ごしらえの手探り感が伝わってくる。従来の国家独立とは別次元の国家への対応に、時間がないことも合わさってそんな印象を受けさせる。
裏返すとニホンは言葉通りに時間が惜しいのだ。だからユリアーティ偵察部隊の休暇を利用した観光をさせる。
「もちろん休暇だから苦痛しかない休暇を過ごさせても意味がない。これ以上観光が出来ないと判断すれば戻ってきて構わないし、そのことで人事査定に響くことはないから安心してくれ」
休暇中なのに査定に響くとすれば犯罪や規則違反だが、観光の中断で響いては任務と同じだ。
「休暇であり任務ではないと言うのであれば、指揮官は不在と言うことですか?」
「いや、団体行動を強いる以上リーダーは必要だ。そこでリィア大尉が代表としてニホンと話をする」
ちなみにエルマ大使は不参加だ。大使としての仕事が忙しく休暇そのものが難しいらしい。
そうしてブリーフィングは終わり、ソルトロンは割譲して新設定したニホン領に入る。
ニホンから周囲十キロまでユーストルをニホン領に割譲しても、ニホンの活動は接続地域近辺から離れようとしない。イルリハランの許可なしで元来のニホン領から出られるとしても、安全面かイルリハランを気にしてか近辺だけだ。
だから接続地域の上空から見ると、面白いようにニホンの動きがよく見える。
「さすがにもう瓦礫は残ってないわね」
ソルトロンから外に出たルィルは、前線基地を見て思ったことを呟く。
ラッサロン艦隊とレヴァン国際部隊の戦闘があって二週間。レーゲン分隊がニホンの前線基地に奇襲を掛けても二週間だが、空から見るともう攻撃を受けた跡なんてないかのように綺麗になっていた。建物も修繕され、大破した非浮遊機オスプレイの残骸も全て撤去されている。
そしてユーストル側には新たなオスプレイが置かれ、今まさに飛び立とうとする左右ではなく前後にエンジンがあるチヌークと呼ぶ非浮遊機があった。
きっと大使館に改修するためさらにラッサロン浮遊基地に資材を運ぼうとしているのだろう。
接続地域にはさらにニホン側の一団が整列していた。全員が軍服ではなくスーツを着ていて、雰囲気から軍人ではなく役人と分かる。
「ようこそニホンへ。お待ちしていました」
地面から三メートル。目線で言えば五メートルの高さから俯瞰するニホンの役人は、今まで見たことのない人達だった。
「外務省のオオドリコウタロウと申します。一週間、ニホンの案内は私たちがさせていただきます」
「代表のリィア・バン・ミストリーです。よろしくお願いします」
オオドリは手を高く上げ、リィアは体を傾けるようにして手を下におろして握手をする。
「今回は我々の急な提案に快諾していただきありがとうございます」
意外にもマルターニ語を流ちょうにオオドリは話す。ここに来るまでに勉強したのだろう。日常会話ならこちら側も全員ニホン語は話せるが、マルターニ語を中心に接してもらえると思うと向こうの誠意が伝わってくる。
「皆様が地面に近づけないことは理解しています。全ては難しいですが、可能な限り地面から離れられるよう配慮したいと思っています」
「異星国家を最初に観光できる機会を与えてくださり、配慮共々感謝します」
「すでに見えておりますが、移動手段としてこのバスと言う乗り物を使います。地面から三メートルは離れ、高身長である皆さまでも負担なく座れるよう改修してあります」
一団の隣にある赤くニホンの使う中では大型に属する乗り物をオオドリは手を使って示す。バスと言う乗り物は交流中に見せてもらったことがある。
用途に応じて乗員数が異なる乗り物があるのはどちらも同じだ。同じ浮遊都市内であれば乗り物より単身で移動する方が楽だが、超大型浮遊都市内や都市から都市への移動は乗り物を使う。ニホンの場合より短距離での利用が多いが概念的には同じだ。
ニホンが用意したバスは元々の物か用意してくれたのかは分からないが、二階建てで天井がなく、直接乗り込められるように浮遊有効圏内で停まっていた。まだ手探りで対処が後手後手になると思ったが、思いのほかニホンの対応は早い。
ルィル達は交流時に知っているが、ニホン国内では拳銃など銃火器や刃物の携帯は法的に制限されている。それはこれから観光するルィル達にも当然適応され、護身用を含めて武器の類は国内に持ち込めない。
異星の国に入るのに護身が出来ないのは不安だがニホンの法には従うほかなく、全員の荷物検査と身体検査をして荷物は職員へと預けた。
バスの座る場所は自由で構わないとのことで、ルィルは多方向が見えるように前方の席へと腰を下ろす。
元々はニホン人用に設計された座席であるため、席と席の間隔がリーアンと比べて半分くらい狭い。平均的にリーアンとニホン人は五十センチ近く違うから、ニホン人用の大きさでは窮屈だ。よって座ってる席の前後の座席が取っ払われて脚を伸ばせるようになっている。
「……ハグマさんは来るのかしら」
と呟いてみるが、決して会いたいわけではない。いくら外務省職員がマルターニ語を習得しているとはいえ、ハグマ以上に話せる人はいないはずだ。それに今までいつもいるから、十人とはいえより内陸に行く重大な行事も含んでいないのは不自然と言える。
もっとも彼らも長期休暇があるかもしれないからその先入観はやめたほうがいいが。
偶然いつも接しているだけで、彼らには彼らの仕事があるのだ。
イルリハラン人全員が二人並んでか一人窓際に腰かけると、下の階からオオドリを始めスーツを着た職員が上がってきた。人数はオオドリを含めて十一人。
どうやら一人につき一人職員を付けるのだろう。その方が監視がしやすく、迅速な対応が出来る。
「ルィル・ビ・ティレナーさん、ですね? 私が、ルィルさん、の、案内、を、します。ミズイ、と、申します。おねがいします」
ルィルの隣に座ったのは、年齢的にそう違いない女性職員だ。一応マルターニ語を話すも、習得が未熟らしく片言だ。
「ニホン語デイイデスヨ。ニホン語ハモウアル程度喋レマスカラ。無理ニコチラノ言葉デシナクテモ大丈夫デス」
スムーズな会話をするならそれが一番なのだが、ミズイと名乗る女性職員は困った顔をする。
仕事として来ている以上、相手に気遣いをされてはならない。恥であることは承知なのだが、恥以上にストレスを与えてはそれまたダメなことだ。
「……申し訳ありません」
「気ニシナイデクダサイ。私トシテモ、会話ガスムーズニ行ク方ガイイノデ」
「ではこれより皆さんをニホンの首都、トウキョウへとご案内いたします。最終日は自由行動が出来るよう計画を立てておりまして、六日間の観光の中で行きたいところが出来ましたら出来る限り応えたいと思っております。急なことですので準備不足から色々と質問がありましょうが、それは出発しながらお受けいたします」
一週間分の荷物は用意しても資金は何も用意していない。まだ為替相場が定まっていないから、ニホンの通貨であるエンとイルリハランの通貨であるセムの両替が出来ないのだ。
せっかく検疫問題が解消されたのだから、なにかニホンの食べ物のお土産を基地へと持って帰りたい。質問の事を話すあたりニホンはその部分は想定しているのだろう。
経験の少ない振動を発するとともにバスは発進した。
ニホン領となったユーストルから舗装されたニホン本土に入ると、無意識に楽にしていた体が一気に重力によって重くなる。
フォロンがニホンの国土の中にはない証拠で、それを経験しているリーアンは多くない。振り返ると秘密のお泊りや少しでもニホン本土内に入ったことのない兵士たちは驚きの表情を見せた。
百の説明より一の体験の方が勝る。
「えー、まずですが、皆様は写真や映像でしかニホンの街並みを見ていないと思います。ですのでまずはトウキョウまで四時間ほど掛けて移動して見ていただきます」
衛星写真では接続地域からトウキョウの中心地まで大体百キロ。たった百キロを四時間も掛けるとは地上での移動はノロい。空に立てれば単身でも一時間半あれば行けてしまう。ただ、街並みを見せるためにまっすぐ行くわけではないからそれくらいの時間は仕方ないか。
「トウキョウに着きましたら昼食として、皆様にはニホンの一般的な食事を振る舞わせていただきます。ニホンを代表する料理から、ニホン以外のチキュウの国の料理もご自由に写真から選ぶことが出来ます」
オオドリの説明に兵士たちは小さいながら歓声を上げる。
あのおむすび以来、調味料を含め味見レベルであるが互いに食べ物を持ち寄って食べ、検疫で保健機関に渡している。しかし普段互いが食べている料理まではまだで、ルィルたちにとってこれが初めてのチキュウの食事だ。
「一週間とありますので様々な料理を堪能していただきます。ニホンはチキュウ世界に誇る食事の質と多様性を持っておりますので、十分に楽しめるかと思います」
初めて異星の料理を食べるのにそこまで言い切るのであれば、転移前ではそれだけ評価を得ていたのだろう。
ルィルはミズイに話しかける。
「ニホンハ経済的ニ厳シイ状況ト聞イテイマス。食料モ配給ノ状況デ、我々ガ楽シメルホドノ余裕ガアルノデショウカ?」
散々ニホンが貿易を望んでいたのは食料不足が挙げられることは、イルリハランだけでなく全世界で知っていることだ。国内生産すら隕石絡みで減衰していたのに、外食が出来る余力があるのか疑問だ。
「全テノ飲食店ガ営業再開ニハ至ッテオリマセンガ、現在トウキョウデハ三割カラ四割で再開ヲシテイマス。ニホンガ国家トシテ承認サレタコトガ国民ニ希望ヲ与エ、少シズツデスガ歩ミダシテイマス。デスノデ厳シイ状況デスガ、皆様ハ気ニセズ楽シンデクダサイ」
今回の観光はニホンが提案してきたこと。聞くだけ野暮と言うものだ。
すると他の兵士が手を挙げて質問をする。
「今回私たちが観光をすることは報道されていると聞いていますが、ニホン国民の方たちは私たちの事をどう受け止めているのでしょうか?」
「先日世論調査をしたところ好意的である割合が七割を超えています。異星人で外見に大きな違いがありましても顔つきが似ていること。当初から平和的交流と迅速な国家承認もありまして、好意的な考えを持つ人が多いです」
「では我々が観光をしても暴力を受けることはないと?」
「絶対にない、とは残念ながら申し上げられませんが、皆様に被害が行かないように警察と協力していくつもりです」
もう一つ付け加えで、ニホンでは基本的に意見を主張するのに暴力は使わないらしい。行政の判断に不服として居座って妨害するようなことはあるが、暴徒化したりクーデターを起こすことはない。
政府やニホン軍が正常に機能していることを考えれば治安がいいのは当然か。
バスは基地を離れてソルトロンから見えていた平地の畑が見えてくる。
「ココデハ何ヲ育テテルンデス?」
「様々ナ野菜、果物ヲ育テテイマス。特にピーマント呼ブ野菜、メロント呼ブ果物ガココデハ名産品デスネ」
「……人ガイマセンネ」
そう呟くも全くいないと言う意味ではない。ニホン軍兵士は至る所に見られるが、畑で作業をする人がいないのだ。もっと言えば一般市民。
「モウスグ戻ルトコロデス」
国家承認前であれば万が一基地に攻撃を受けたら、その余波を一般市民が受ける可能性があった。しかしイルリハランがニホン全周十キロを領土としたことで、警戒範囲が広がってその危険性が減ったそうだ。より安全網を確立できれば避難している住民は戻るらしい。
ただし、戻れるとは言っても目の前に今までなかった軍事基地があり、その先はニホン領とはいえ異星の土地があり、隣国からの奇襲を受けた前例もある。安全だから戻れるからと言って戻る住民がどれだけいるか。
「戻レルトイイデスネ」
「アリガトウゴザイマス」
「私、前カラニホンノ料理ヲ食ベテミタカッタンデス。ニホンノ首都、トウキョウノ資料ヲ見セテモラッテ、コウキョヤジンジャ、シブヤノエキ前モ見テミタイデス」
「ニホンノ料理ハ世界ガ認メテマス。キット気ニ入リマスヨ。ソレト行キタイトコロハ回ル予定デスノデ大丈夫デス」
「ミズイサンガオ勧メスル料理ハアリマスカ?」
「私ノデスカ? ニホン食デハラーメンデスネ」
「ラーメン、食ベル機会ハアリマスカ?」
「アリマスヨ。ラーメンハニホンノ代表食ノ一ツデスカラ、ニホンノ料理ヲ中心ニ世界中ノ食ベ物ヲ振ル舞イマス」
それを聞いてニホンの観光を心底楽しもうと思った。行きたいところ、見てみたいところは色々とあるが、旅行と来ればまずは食だ。
バスはトネ川と呼ぶ川に差し掛かり、川を横断する建造物を通って反対側へと渡っていった。
ニホンにはフィリア社会にはないものが色々とある。




