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陸上の渚 ~異星国家日本の外交~  作者: 龍乃光輝
第一部 第一章 国家承認編 全26話
29/192

第25話 『大使館』

「これがイルリハランの大使館となる天空島ですか」


 羽熊達の目上にはラッサロンと同様の上から見ると六角形、横から見ると台形の天空島が曇天の下で佇んでいた。浮いている高さは三十メートルくらいだろう。

 一ヶ月前であればUFOとして大騒ぎしていたが、今の日本では見慣れた存在だ。

 ただこの天空島はラッサロンよりははるかに小さく、目算で百メートル前後である。


 天空島はいくつかの規格があり、割譲される形で日本領となった日本海から十キロの範囲に来た天空島は、百人規模の施設だけを設置した比較的小さなものだ。

 本来はこういった設備の天空島を連結させて小さな町として運用するのだが、今回は大使館として利用するためそれだけが独立してやってきた。

 天空島は大きく分けて六段階あり、日本は独自の呼び名で特級から五級の『〇級天空島』とした。今回来たのは下から二番目の四級天空島で、五万人を収容するラッサロン天空基地は一級天空島である。


 そして当然の如く、その天空島は一切の音を出さない。熱と電気を作るために発電機は備えているらしいが、内部にあるため実質無音だ。

 この大使館用の四級天空島が常時接続地域近辺に滞空し、日本からイルリハランへの玄関口となる。

 逆に日本もラッサロン天空基地の一室を日本仕様に改築して、イルリハランから日本への玄関口にする予定だ。


「はい。元々は汎用事務所として建造された物で、解体間近だった作られて三十年のを使うことになりました」

 いつもお馴染みリーアン代表のルィルが説明をする。彼女とも文字の習得の目途が付く頃にはお別れになるだろう。

 いつもなら日本とラッサロンの中間の交流地で会話をするが、今日は四級天空島が来る事で口約束だが割譲された接続地域から十キロの位置で両軍は接触していた。

 今日の予定は大使館の案内と諸々の調整だ。


「ちなみにこれくらいの天空島の耐久年数は?」

「大体三十年から四十年と言われています」

「それは飛行艦も?」

 雨宮の問いにルィルは頷く。


「そこは地球とあまり変わりないんですね。護衛艦もそれくらいで退役しますし」

「ゴエイカン。それはひょっとして海に浮かんでミサイルを撃っていた戦闘艦のことですか?」

「ええ、分類的にはそちらの駆逐艦級の飛行艦と同じです」

「形としては潜水艦でしたけど」

「センスイカン? それも海の乗り物ですか?」

「ええ、詳しいことはお教えできませんが、形は酷似しています」

「どんな用途で使うのもだめですか?」

「潜水艦は地球の海軍では国家機密で、こればかりは同盟国でも話せないんです」

「そうですか」


 海の忍者と呼ばれるように潜水艦は秘密の塊だ。いくら国家承認をした恩ある国とはいえおいそれとは言えない。大海から隔絶された海で活躍できるか分からないが、概念のない兵器を敢えて話す必要はないだろう。

 使えないと思いつつもどう転ぶか分からないのが現実だ。

 空を見ると近づきつつあった四級天空島が真上で止まった。


「ルィルさん、エルマ殿下は来ていますか? それかリィア大尉でも」

 木宮がルィルに問う。

「エルマ殿下は大使館にいます。大使館設置したことでハウアー国王の命によりエルマ殿下が大使として任命されましたので」

「エルマ殿下が在日大使に?」

 ルィルの返事に羽熊たちは少なからず驚き、同時に納得も出来た。

 中途とはいえほとんど初期から交流に参加して日本のことはイルリハランの政府や外務省より把握している。そして軍人としての度量と経験、王族としての立場を持てばまさに適任だ。

 が、二十代にして異星人を相手の特命全権大使はさすがに重い役職と言わざるを得ない。

 羽熊であれば絶対にしたくない仕事だ。これも王族ゆえの宿命か。


「リィア大尉は非番でラッサロンです。私たちは適度に休みをもらっていますが、リィア大尉は転移して以来休んでいなくて、上から休めと言われまして休んでます」

 交流をしない日は何度があったが、かといって仕事がないわけではない。

 それも一番最初の交流組の最高指揮官であれば仕事量はかなりあるのだろう。三週間も休まず働くのは羽熊も経験があったことがある。休みの日はそれはもう寝続けた。

 それもデスクワークではなく死と隣り合わせの軍人であればなおさらだろう。


 では今イルリハラン軍交流部隊の最高指揮官は誰か。もっともリィアは最高指揮官ではない。

 日本側が雨宮一尉ではなく多茂津一佐であるように、イルリハラン軍も大佐が交流部隊の全体指揮を執っている。

「それでリィア大尉とエルマ大使になにか用ですか?」

「先の戦闘で戦死したイルリハラン軍の方々へ追悼を行いたいので、その相談をしたいと思いまして」


 死者五百十四人。重軽傷者六百五十人。

 飛行艦の被害は戦艦一隻中破、駆逐艦四隻撃沈、一隻大破。

 イルリハラン側が約三十時間の戦闘で発生した被害数である。

 レーゲンを中心とした多国籍軍は、多国籍軍であるがため正式な数字は出してはいないが約一・五倍とされる。

 最新兵器を搭載した艦隊同士の衝突は、短時間でも多大な損害を両国に与え、その数字はそのまま日本に絡みつく。

 この戦闘は起きるべくしていつか起きてしまい、そのきっかけを日本が不本意ながら作ってしまった。建前では日本は一切絡んでいなくても、本音では日本が原因と誰もが知っている。

 それ故に責任はレーゲンを含む三ヶ国が負うべきことでも、何かしら気持ちを日本も示したく、それが追悼であった。


「ついとう?」

 まだ教えていない言葉にルィルは首を傾げ、羽熊はその意味を説明する。

「……そういう意味ですか。葬儀はもう行っていて基地で献花することは出来ますが、まだ戦後処理に追われて遺族も来れない状況では難しいと思います」

 いくら遺族でもユーストルに入ることはまだ叶わない。それなのにきっかけとなった国から先に献花されては憤慨するだろう。

「私では判断できないので、エルマ大使に判断してもらいましょう。もう大使館にはいますので、よろしければ今持ち上げますが? 手紙を渡す儀式の相談も必要ですからね」


 大使館を設置する場合、しましたで終わりとはいかない。

 文明が似通っているため大使を大使館に置く過程で、信任状捧呈式と言う儀式を行わなければならないのだ。

 言ってしまえば設置したい国の大使が設置をする国の元首へ信任状を提出することである。これを経て国際的に提出した人が特命全権大使として受け入れられるのだ。

 イルリハラン王国の大使となるエルマは、日本の場合は天皇へ提出することで国内で認められる。逆に日本もイルリハラン王国内で大使として認めてもらうのならば、国王に信任状を提出するこの儀式は欠かせない。

 しかし欠かせないとはいえ異星人同士による信捧式は前例がない。天地生活圏の違いや安全の問題と山積みでおいそれとは出来ないだろう。


「なにか乗用車とかありませんか? 信用していますがさすがに抱えて三十メートル浮くのは……」

 生身で空を飛ぶのはフィクションの世界でしかない。この世界では歩くように空を飛べても、地球人が空を飛ぶには大掛かりな機械が必要だ。

 絶対的に飛べないため重力に逆らう耐性は一部を除いてないと言っていい。一部と言ってもワイヤーアクションなど何らかの外部的仕掛けがあるもので、リーアンのような内部的な意味で空を飛ぶことに慣れた人は存在しない。

 そのため木宮は難色を示した。羽熊も同じだ。ルィルたちが途中で手放すとは思っていないが、抱きかかえて空を飛ぶのは不安しかない。

「少し待っていてください。見てきます」

 そう言うとルィルは三十メートルの高さに十秒も掛けずに上昇していった。

 羽熊達であれば階段で上がると五分は掛かるから、今更ながら天然と人工のレヴィロン機関の性能には驚かされる。


「……いずれ日本もレヴィロン機関を開発するんですよね」

「しなければならないわ。じゃないとこの星で生き続けませんもの」

 この星の社会では空を飛ぶのが当たり前だ。当たり前のことが出来ない時点で社会では見下される。それは差別となるが、差別を理由に反論をしたところで改善は期待できない。

 空に飛べないことが差別に繋がるならば、それを無くすべく空に飛ぶよう努力をするものだ。

 進化の果てでレヴィロン機関を身に着けたリーアンには近づけなくても、それを搭載した機械的なスーツを着ればいいし、日本独自の天空島や乗り物を作れば埋められる。

 いくら完全新規であっても、異星文化の技術を取り込んだ天空島や乗り物に興味をしめさないことはないだろう。モノ作りは日本の十八番だ。それも既存の技術の改造に関して言えば地球でも有名な話である。地球の常識がここで通用することはなくても、いずれは通用していくはずだ。


「十年は辛いでしょうけど、軌道に乗れば戦後並みの好景気が来るはずよ」

「テレビでも第二の高度経済成長期が来るとか言ってましたね。でもそれはイルリハランの協力が欠かせませんが」

 日本が国家承認してくれたのも、日本全周で十キロまで領土として割譲してくれたのもイルリハランのおかげだ。

 期待される日本の第二次高度経済成長はイルリハランの協力がなくてはならず、それゆえイルリハランを軽視や侮辱は出来ない。どこかイルリハラン王国をアメリカ合衆国に当てはめてるところがあるが、アメリカとはまた違う関係だ。


「ああそれと本当に今日雨降るんですかね?」

 羽熊は空を見上げてつられて木宮も空を見上げる。空は灰色一色で、今にも雨が降りそうなほどに薄暗い。

「ルィルさんたちが言っていますし、気象庁でも降ると予報を立ててますから降りますよきっと」

 転移して以来日本には雨が降っていない。

 日夜晴天で曇りすらなかったが、今日、ようやく雨雲が日本の首都から中部に掛かったのだ。

 気象衛星がないため日本各地にある気象台からの観測しか予報は立てられないが、雨が降る確率は八十パーセントを越えるらしい。

 それに加え気象衛星を持つイルリハランから確認をしている。平時の時では雨なんて邪魔以外ないが、降らなければ蛇口から水が出ないと思うと頻繁に降ってほしいと思うばかりだ。


「ですよね。いま流れは日本に来てますし」

 羽熊と木宮が話している間に大使館から一台の乗用車型の乗り物が出て来た。

 イルリハランを始めフィリア社会では一般的な乗り物だ。形状は車に近く、けれど空気抵抗を考えて全体的に流線的な形をしている。しかし道路の幅を意識した設計をしなくていいからか、横幅が広く四人は一列で座れそうだ。

 車体の裏にはランディングギアを収めるような蓋の溝がある。

 以前聞いた話ではどの乗り物でも車輪はあっても自走はしない。あくまで着陸した乗り物を移動させるためにあって動力は全てレヴィロン機関で行っている。


 いちいち地面を移動するより空を移動する方が効率がいいのだから当然だ。

 同じく地面を移動する鉄道も存在しない。

 地面に近づくにつれて車体下の溝が開き、ランディングギアが出てきてゆっくりと着陸した。地面から車体までの高さは一メートルはあるだろうか。

「お待たせしました。エルマ大使とは話をしましたのですぐに会えます」

 イルリハランが日本を国として認めてくれたからこそスムーズにいく。乗り物にすんなり乗れるのも国家承認が利いている証拠だ。

 前部右側から出たルィルは後部座席を開ける。


「キノミヤさん、持ち上げますね」

「ありがとう」

 一メートル弱の高さなら男性は昇れても女性は難しい。ルィルはそれに気づいて木宮の腋に両手を差し込むと、少し持ち上げて車内に足を引っかけさせ乗り込ませる。

「人は運転手を除いて六人乗れますよ」

 前部座席で三人、後部座席で四人。地球のと比べて二人多く乗せられるのがこの世界での一般車両だ。そして背が高く一本脚を楽に収容できるため、地球の車より長さと高さがある。日本の女性であれば少し屈めば立てるほど。


 乗り込むのは木宮を筆頭に羽熊、雨宮、背広を着た男性一人に自衛官が二人。

 自衛官は雨宮も含めて羽熊達の護衛としての同行だ。国交が樹立する中で失礼かもしれないが、史上初にして接触から一ヶ月未満による異星人同士の国交だ。

 国交が開始されるのだから拳銃程度の武力も護衛も不要の考えがある。しかしこの国交は真の意味で理解を得て始まるものではない。両国の利害、慣習の裏をかく結果の国交であるため、形式でも護衛の意思を示す方が互いが安心できるのだ。

 逆に一般人のみで笑顔で来られる方が不気味と言える。


 いずれは武力を匂わさずに接触するが今ではない。今は使わないと分かり切っても武力を少しでも見せる方が安心が出来るのだ。

 それが自然的に考える人の心理であり、心理が合わされば信用へと繋がる。

 ルィルは護衛として自衛官が搭乗することに一切文句を言わず、日本人六人を車内へと乗せた。


 飛行車(ひこうしゃ)と日本側が呼称する空飛ぶ乗用車は、やはり外装は木材を多く使用されている。内燃機関も含むレヴィロン機関はさすがに鋼材で、座席は革製のクッションと地球のと似ているところがあった。エアカーと呼ぶ声もあったが、地球のと区別するため飛行車が選ばれた。

 一番違うと言えば三席ある前部座席の内、真ん中に運転席があることだろう。

 ハンドルも円形ではなく飛行機の操縦桿のような漢字の山の字をしており、一本脚ゆえペダルもない。けれどヘリや飛行機のように無数のボタンでいっぱいではなく、相当簡略化されているのかボタンの数は地球と同じくらいだった。


「では行きます」

 ルィルはハンドルを握り、シフトレバーを入れてハンドルを手前に引いた。

 すると飛行車はゆっくりと上昇し始める。

 重く静かなエンジン音は聞こえても、地球の車よりも小さくヘリと比べたら桁違いに小さい。

 なのに重力の縛りを気にせず、プロペラなど目に見えて分かる装置を使わずに飛行車は空を飛ぶ。

 まさに映画の中に登場する反重力装置を使った乗り物だ。それでいてフワフワした感覚や、左右に揺れるようなこともない。しっかりと大地を踏んで移動しているかのようだ。


 大気中にあるフォロンは不動性でフィリアの自転と公転に完全に一致している。その不動のフォロンを疑似的な足場として乗る形を取るため、空中に立つようにして移動が出来るのだが、地球の常識を持つとまだ抵抗感が出る。

 エレベーターよりも数倍の速さで飛行車は上昇し、ものの数秒で三十メートルを上昇した。

 真上から見て対角線で百メートルはある六角形の台座には、木材で作られた五階建の建物が十字の形で置かれていた。十字の建物の中心部は護衛艦で言う艦橋のような建物がある。おそらくそこでこの島を操縦しているのだろう。

 天空車は島にある地球と同じ白い枠で囲われた駐車場へと向かい、ゆっくりと着陸した。

「到着です。エルマ大使のいる執務室は日本人がよく来る事を考えて一階にあります」

「それは助かります」


 フィリア社会には昇降機の類が無い。ほとんどと言わず、全く無いのが現社会の貨物事情だそうだ。コンテナから始まり小型のテーブルに至るまでレヴィロン機関が組み込まれ、内部外部問わず電源さえあれば浮遊できる。

 よってリフトのような昇降機は全世界規模でないらしい。

 結晶フォロンは大変高価と言われているが、実のところ羽熊達が乗った七人乗りの飛行車に使われる結晶フォロンは総量で0・1グラムしか使われない。


 何度も確認したが、一円玉の十分の一の重さの物質が一トン近い物体を浮かせられるのだ。

 これを聞いた時は日本側全員が目を点にさせた。物理学者に至っては卒倒してしまった。

 なにせ地球で長年支持された数々の法則を完全に無視するのだ。騙しているとしか思えないが、それはレーゲンの行動で否定される。

 たった0・1グラムで一トンを浮かせ、量は分からないがバスタトリア砲の動力源にもなるのだ。万トンクラスの結晶フォロンがこの地に埋蔵しているのなら、世界の覇権を握るのは容易なことで、レーゲンが動いたことでその数字に信用が生まれる。

 ちなみにラッサロン天空基地のような一級天空島はたったの五キログラムらしい。


「ルィル曹長、この天空島はフォロンを何グラム使っているんですか?」

 ルィルの補助で天空車から降りる木宮は尋ねた。

「この大きさですと三百グラムから四百グラムですね」

 缶ビール一本分の結晶フォロンで浮く百メートル級の島。もう笑いしか出なかった。

「雨宮さん、確か地球でも数グラムですごいエネルギーを生み出すのありませんでしたっけ?」

「反物質のことか? 科学はそんなに得意じゃないけど、一グラムもしないで広島型原爆並のエネルギーとか聞いたことあったな」

「ああ、それですか。ひょっとしてフォロンって反物質の仲間とか?」

「それだけで説明できるとは思えないけど、その方が楽だな」


 物理学者であれば納得できないことが山のようにあっても、一般人から見れば超物質や暗黒物質、反物質で無理やりそういうものと納得出来る。そうした方が気が楽だ。

「羽熊さん、雨宮さん、行きましょう」

 話をしている間にルィルの案内で大使館に向かいだしており、羽熊たちも後を追った。

 基本的にフィリア社会の建物は地球の建物と違い、窓に位置する部分が玄関となる。

 なにせ空を飛べるのだからエレベーターを使って移動する必要がなく、壁と言う制限がある内部より外側を行く方がはるかに速い。それゆえに雨天や反対側以外は外から出入りするのが一般的だ。


 そして一階でも地面から二メートルは離れている設計で、羽熊たちはルィルたちの助けを貰って館内へと入る。

 館内の内装はラッサロンとほとんど同じだ。壁に接触事故防止の矢印が掛かれ、各部屋の入口も数十センチの高さがあった。

 地球では決して見ない内装は楽しさを醸し出すが、いざ生活をすると思うと辟易してしまうだろう。間違いなく気疲れしてしまうし、逆にリーアンが日本の家で暮らしても狭すぎて音を上げるのが目に見えて分かる。

 ラッサロンでは見かけなかったが、廊下の所々に一周するような梁があった。

 三十年前の建築物だから梁がないと強度的に問題なのだろう。五十センチはある梁を越えて進むとある部屋の前へと案内された。


「ここが執務室です」

 両開きの扉にはマルターニ語で書かれたプレートがある。きっと執務室と書いてあるのだろう。

 ルィルはノックをしてあいさつをすると、奥からマルターニ語で「どうぞ」と返ってきて扉を開けた。

「オ待チシテマシタニホンノ皆サン」

 やはりどの家具も無線ないし有線で宙に浮いている部屋。家具そのものはよく見る執務室や応接室にあるようなものと相違なく、そんな部屋の空間的な意味の中央に軍服ではないスーツ姿のエルマがいた。

 生活圏や下半身と大きな違いはあれ文化そのものは地球と酷似している。それゆえ家具や服に違和感を覚えにくい。両国がすんなり受け入れられたのは、文明レベルが似ていると同時に文化も似ている要因が大きいはずだ。

 日本側は一メートルある隔たりを乗り越えて執務室へと入った。

 合わせて部屋の空間の中央にあるソファーに職員が何やら操作をすると床付近まで降りてくる。


「ドウゾオ座リクダサイ。今飲ミ物ヲ用意イタシマス」

「サンファー」

 エルマの出迎えに木宮が応え、護衛として来た自衛官を除き羽熊達三人がソファーに座る。

 そしてゆっくりとソファーは宙に浮き、エルマたちと同じ目線となる。

「座りながらの挨拶をお許しください。本日はお招きいただきありがとうございます」

 普段であれば握手をするかお辞儀をしてあいさつのところ、高さが違うため順序が変わってしまう。それはお互い知っていることだから気にせず続ける。

「しかし驚きました。大使に任命されたと聞きまして」

 エルマはルィル同様急速に日本語を学習中だが、ルィルほどにはまだ及ばず羽熊が通訳する。


「私トシマシテハ大役過ギルノデスガ、現在ノ人材ヲ考エルト私ガ適任ト政府ト外務省ガ判断シタト思イマス」

「それは検疫問題で来れないわけではないですよね?」

 検疫問題は解決の方向にある。エボラ出血熱級のウイルスの交換は重大な危機を招くため出来ないが、インフルエンザ級のウイルスや細菌は羽熊達の関わり知らぬところで交換し合っていて、互いの免疫能力と薬で対応できることが分かっているらしい。

 だから日イ双方で人の行き来は問題がなくなりつつあり、近々日本政府は安全宣言をするとか。

「検疫問題ハ医療省ガ問題ナイト宣言スル予定デス。ソレトハ別ニ適任者ガイナイノデ、私ガ選バレマシタ。ニホンカラノ大使ハ木宮サンカ?」


「いえ、さすがに私では。本省から適任者が来る予定です」

「ハハ、ソウデスカ。我ガ国トニホンデハ事情ガ違イマスシネ」

 扉が開いて職員が飲み物を持って来た。

「飲ミ物ハ水デスノデ安心シテクダサイ」

「ありがとうございます。いただきます」

 エルマは微笑み、羽熊たちは目の前に置かれた水を飲む。けれど雨宮達護衛の自衛官は丁重に断った。睡眠薬が入っている万が一を考えてだろう。

「ソレデハ話シ合イヲ始メマショウカ。ア、失礼シマシタ、キノミヤサン、オ隣ノ方ハ?」

「宮内庁より来ました、穂口圭太(ほぐちけいた)と言います」


 眼鏡をかけ、七三分けのスーツの男が座ったまま頭を下げた。羽熊とは今日あったばかりの男性で、挨拶の通り宮内庁の職員だ。歳は四十二歳で妻子持ち。検疫問題が解決方向に向かうにあたり、接続地域から戻る予定の人員も来るようになったのだ。宮内庁だけでなく、大手重工企業のエンジニアや防衛装備庁の職員なども別のところで交流を始めている。

「クナイチョウ? エー、ホグチサンデスネ。ゴ存知トハ思イマスガ、エルマ・イラ・イルリハラント申シマス。前職ハイルリハラン軍軍曹ヲシテイマシタガ、今ハ在日イルリハラン大使ヲシテイマス」

 互いに自己紹介を行い、改めて話を始める。

「キノミヤサン、ソレデ話デスガ……」


「はい。先の戦争の戦死者への追悼に信任状捧呈式、各分野の会合へのとっかかりを作りたいと思っております。ラッサロンに用意する在イ日本大使館は改修に一週間から二週間は掛かると思いますので、当面はここで話せればと」

「心得テオリマス。マズハ一ツ目トシテ、信捧式ニツイテシタイト思イマスガヨロシイデスカ?」

「ああはい、こちら側は構いませんが」

 信捧式は大事だが、追悼もまた大事ではないかと思う。そこは何かしらの理由で順位が異なるのだろう。そのことで日本はとやかくは言えない。

「正直コレバカリハ外務省トシマシテモ苦イ顔ヲシテイマス」

「心中お察しします。我々としましても検疫や安全、国際的心情を考えましても従来の信捧式は避けた方がいいと考えております」

「私モゼヒ天皇陛下ニ謁見ヲシタイノデスガ、空ニ立テズクルマイスニヨル移動デノ謁見ハ失礼シカナイカト」


 エルマは車いすを経験している。地に限りなく近づく恐怖感と、立てず座っての謁見は立場も含めて許さないのだろう。羽熊も震災時の避難所の訪問と違って正式な謁見で座ってする無礼は死んでも出来ない。

「それも含めて話し合いましょう。信捧式の段取りに関しては穂口が一任されていますのでいちいち政府と連絡を取る必要はありません」

「クナイチョウノ方デスヨネ? ドウイウ管轄ノ機関ナンデスカ?」

「一言で言いますと、天皇を始め皇室に関わる仕事をしています。信任状捧呈式も宮内庁の仕事です」

「ソウダッタンデスカ。ヨロシクオ願イシマス」

「こちらこそよろしくお願いします」

 両国和やかなムードで交流よりランクが上がった会合が始まった。

 そして日本のと比べてやや歪みが目立つ窓に、雨音と共に水滴がついて来た。


      *


「さて、ウィスラー大統領、ご機嫌はいかがかな?」

 先日の宣戦布告となったテレビ会談以来、ハウアー国王はウィスラー大統領とテレビ会談を行っていない。前回は後手に回ってしまったハウアー国王およびイルリハラン王国であったが、今回は優位性をもってカメラ付きモニターに語り掛けた。

 目の前にあるモニターにはややこわばった表情のウィスラー大統領がいて、ハウアーは決して表情には出さないが出撃した兵士と戦死した兵士たちに顔向けできると思った。

 ちなみに前回のテレビ会談はレーゲン共和国からだったが、今回はイルリハラン王国からだ。


『異星人に魂を売った外道の顔を見て機嫌がいいと思うか?』

「いったい何をもって魂を売ったと見られるのか分からないが、非公式のテレビ会談だ。侮辱は聞き流そう」

『ふん、侮辱を気にしないのは腐った魂だからだろ。一体あの蛮族から何を受け取った』

「何も。イルリハラン王国はニホンから何も受け取ってはいないが?」

『我々の聖地を蛮国に譲ってまでして何も受け取っていないだと? そこまで来ると笑えて来る』

「笑いたければ笑っていたまえ。不必要な戦争を仕掛け、千を超す戦死者を出した大統領がいつまで笑みをこぼせるか見ものだ。すでに外務省、防務省から話が行っていると思うが、此度の戦争の全責任はウィスラー大統領、貴方にある。アルタランを始め国際社会に強く非難を呼び掛けるつもりだ」


 可能であれば経済、貿易や人の出入国を止めて断交と行きたいところだが、レーゲン共和国で働くイルリハラン人や企業が進出している。戦争を仕掛けて来たから即断交と言うわけにはいかないのだ。政府の都合で国民の生活を奪うわけにはいかない。

「貴方の敗因はニホンを我々が想像する侵略型異星人と決めつけたことだ。姿こそ違えど、考え方は我々と何も変わりない。それを認めないがゆえの結果と認めるんだな」

『そこまで毒されたか。憐れみを覚えるぞ』

「私も、そこまで意固地を見ると憐れみを感じるな」

『一体どれだけの国がイルリハラン王国を支持する』

「少なくともニホンを殲滅しろと言う主張をする国々は十ヶ国も聞かないが?」


 逆に擁護する声も少なく、どちらかと言えば傍観する声が圧倒的に多い。

 転移当初は不安の声が多かったところ、傍観にシフトしたのだからひとまず勝ちと言える。さすがに過半数以上の国がレーゲンくらいに殲滅を希望されたら難しい政治判断を迫られた。

 だがニホンは他の国と同じかむしろ腰の低い対応しかせず、二度に渡るイルリハランからの質疑応答が他国の不安を洗い流していった。

 ニホンは言った。無い信用は行動から得ると。

 決定的だったのがラッサロン艦隊と国際部隊の戦争にニホンは一切加担をしなかったこと、レーゲン軍の奇襲部隊を無傷で捕らえてすぐに差し出したことだ。

 ニホンは戦争の最中どさくさに紛れて何か工作をしたりは一切していない。軍事機密など見せれない部分は省略したがそれでも公開したイルリハランの信用もあり、ニホンへの見方は大きく変わった。


 それゆえにこの戦争の責任は重いとハウアーは考えている。死ななかったはずの兵士、破壊されるはずがなかった兵器類が死んで破壊されたのだ。

 仕掛けてこなければ失わなかった。兵器は金で解決できても命はいくらつぎ込もうと二度と戻らない。志願制だから自らの意思で来たとはいえ、未来があり、家族がいたのだ。覚悟はあっても死なせていいわけがない。

 ハウアーは侵攻を決定した責任の重さをウィスラーから逃がすつもりはなかった。


「例え貴国らが戦争の継続を望もうと、ニホンを国家として承認した以上、アルタランの承認とは関係なく二年は休戦が続く。現在山脈付近で駐留している艦隊の即時撤退を要求する」

 国家承認による休戦慣習法は、国家として認められた瞬間から認めた国が解除しない限り二年間は継続し、アルタランの承認の可否も意味を成さない。

 それは新独立国の国力が弱いところを狙って侵略されないための慣習法で、一ヶ国でも認めた時点で『国』であるため、アルタランの承認とは関係なく認めた国と国交を結ぶことになる。新たな国の門出を祝うと言う意味と、体力をつけると言うことを考えて二年間軍事的干渉は認めないとなった。

 よってレーゲンの活動とは関係なく、イルリハランがニホンを国として認めている限り、向こう二年間は軍事侵攻は出来なくなるのだ。

 アルタランに加盟していれば国際慣習法はより強く働き、非加盟でも国際社会を混乱に招くとして非難を受けるだろう。


『撤退しなければどうする。攻撃をするか?』

「あらゆる方向から撤退するよう要求する」

『必ず後悔するぞ。聖地を切り取り異星人に与えるんだからな!』

「未来を見据えた先行投資よ。必ずや割譲した土地は利益となって返ってくる」

『投資だと!?』

「これから未来は大きな変革が訪れる。意固地となれば必ず乗り遅れるぞ」

 言い切ってハウアーはニヤリと笑う。

「けれど乗るのを拒否したのは貴方だ。今から乗り込もうとしても遅い」

『乗る気などさらさらない。歪み切った流れを正常にするだけだ』


「その歪み切った流れを正常化しようとするあまり、制御不能の有毒物質をたれ流したらどうする。ニホンには殺人物質があることを忘れないように」

『異星人の妄言に耳を貸す道理はない』

「異星人ゆえに殺人物質はあり得ると見るべきだ。妄信は身を滅ぼすぞ」

『悪は根絶やしにするべきだ。異星人を受け入れれば必ずや世界は終わる』

「それはニホンも承知だ。だからこそ進出に慎重なのだよ。ウィスラー大統領よ、力のみでは解決できるものは少ないぞ」


 これは憶測の域を出ないが、ニホンへの奇襲を仕掛けて報復を攻撃に仕立てて正当性をアピールする作戦も力技と言える。が、ニホンが乗っからなかったがために破たんした。

 力のみでは解決できないことがある。出来ることがあっても不和を招くのは歴史が証明している。グイボラ絶滅作戦もそうだ。結果的に戦争を多く起こした。だからアルタランでは対話による解決を主軸とし、ニホンと邂逅したときも対話を主として今に至っている。

 少なくともハウアーはニホン転移から今日まで間違ったことはしていないと確信していた。


「本日は急なテレビ会談でしたが、近日中に正式の会談を行いましょう。公式に軍事侵攻への非難をさせていただきますので」

 ハウアー国王はウィスラー大統領の返答を待たずに通話を切った。

 ひとまず転移から宣戦布告までの後手は挽回出来ただろう。もちろん油断はせず、レーゲンからの工作を注意しつつニホンとの国交を続ける。

 まずは検疫を解消し、貿易を行い、フォロン大量埋蔵の可能性を確信へと変えていく。

 そして地下資源採掘の効率化を図らせていくのだ。

 地を恐れないニホン人を有効活用できれば、世界は大きな変革を迎える。


 もちろん良い意味の変革を起こし利益を真っ先に得るのは我が国イルリハランだ。

 一を投資して十の利益を得るのは理想の投資の一つで、ニホンはまさにそれは叶えられる可能性を秘めている。

 転移からここまで激動だったが、ようやくここからと言ったところ。

 ニホンに利益を生ませ、より大きな利益をイルリハランが得る。

 遣り甲斐がある仕事だとハウアー国王は思い、握り拳を握ったのだった。

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