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陸上の渚 ~異星国家日本の外交~  作者: 龍乃光輝
第一部 第一章 国家承認編 全26話

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第23話 『息抜き』

 カン、と缶ビール同士がぶつかり合う音が部屋に響く。

 炭酸がはじける音。それを呑む喉の音が続いて聞こえ、


「はぁー!」

 羽熊と雨宮は同時に大きく息を吐いた。

「なんですかね。いつもより何倍もおいしいや」

「古臭いとか言われても、仕事の後のビールはやっぱりうまい」


 場所は神栖市立の小学校の応接室で、羽熊と雨宮は以前に話していた通り酒盛りをしていた。

 BGMとして流しているテレビでは速報でイルリハラン王国が日本を国家承認する議決をしたことが流れ、専門家が今後の流れなどを解説している。

 アルタランの安全保障理事会の議長国が休戦要請を出したことで、多国籍軍艦隊は攻撃をやめた。同時にラッサロン艦隊も攻撃をやめて静寂が訪れ、今は墜ちた飛行艦から兵士たちを敵味方問わず救援活動をしているらしい。

 多国籍軍がどこまでこの休戦を維持するか分からないが、それでも戦いは止まった。


「随分と長い時間が掛かった気がしますけど、日本がこの星に来てからまだ三週間も経ってないんですよね」


 転移した日から数えて今日で十六日目。まだたった十六日目だ。


「それはうれしく思うけど、普通の国でも早すぎるのに異星の国だからな。休戦目的が大半とはいえ、何かしらの裏があると世論は思うだろ」

「日本を信用してと言うよりは、向こうを止める方がまだ前向きって考えでしょうね」

「決まった事を覆すことは出来ない。ここでやっぱりやめますとしたら向こうの信用がガタ落ちだ」

「日本を認めても国際的信用は落としそうですけど」


 日本からすればスタートラインに立てたことを大変喜ぶことだ。そこは素直に喜べる。しかし依然と日本を取り巻く環境は変わらない。なにせユーストルは当たり前だがイルリハラン領だ。国家として承認された以上、限定的でも日本は主権を持つことになってよりユーストル内での活動は厳しくなる。

 ウィルツのような巨大生物の狩猟は口約束で許可を得ても、やはり活動許可等を法的に決めないと日本は動けない。

 覚悟の上でのことだが、そこは日本政府と外務省に頑張ってもらうところだ。


「イルリハランは信用を落としても日本と手を組む方が、落とす信用を上回る利益があると踏んだんだろう。レーゲンにここを奪われる可能性を防ぐのもある」

「それだけを聞くとレーゲンがユーストルを襲った考えと似て嫌ですね」

「まあな。でも向こうは自国の領土だ。大義は向こうにある」

「この地に大量のフォロンや地下資源があればですけどね」


「……羽熊さん、今夜くらいはそっちの話はやめやしょうや。せっかくのうまい酒がぬるくなっちまう」

「それもそうですね。あ、そうだ、前から聞きたかったんですけど、前にタメ口で話してまた戻しましたよね? あれってなにかあったんですか? ああ、別にこっちはタメ口でも構わないんですけど」

「年上はもちろん使ってるけど、習慣であまり同年代や年下に丁寧語は使ってなかったんだ。羽熊さんは外部からの派遣だし、客人でもあるから丁寧語を使ってたってわけ」

「立場的に使うしかないなら仕方ないですけど、僕としてはタメ口でも構いませんよ」


 羽熊はそう肯定しながら缶ビールを口にして半分まで飲む。

「タメ口で言われるのは慣れてますし、同級生ですしね」

「だったら羽熊さんも」

「僕は誰にでも丁寧語でしゃべるのが習慣なので、独り言くらいしかタメ口は言わないんですよ。そこは気にしないでください」


 羽熊は友人でも年数次第では丁寧語でしゃべる。さすがに小中校時代の幼馴染はタメ口でも、十年程度の付き合いではどうしても丁寧語でしゃべる習慣が出来ていた。これは単に、多くの年上の方や客人と喋るため、性格も加わって丁寧語で統一するようになってしまったのだ。

 習慣は二週間程度で変えられるが、性格は二週間では変わらない。


「俺もタメ口は平気だから気にせず喋ってくれ。さんもいらない」

「はは、分かったよ。善処する」

 羽熊と雨宮は一本目の缶を飲み切り、二本目に手をかけてつまみのピーナッツを食べる。

「ところで雨宮は結婚は?」

「いや、奥さんも彼女もいない。というか親ももう死んで独り身だ」

 羽熊がレヴィアンがらみで言おうとすると、すぐさま言葉をつづけた。


「五年くらい前に母は事故で、親父は二年前にガンでな」

「そっか」

「気にすることはないぞ。時々帰省はしてもここ十何年であったのは十回もないんだからな」

「仲が悪かった?」

「いや、自衛隊はなにかと忙しいんだ。それに前にいた練馬駐屯地から実家まで飛行機の距離だから、連休をもらっても中々な」


 言いながら雨宮は壁を見上げながら思い出すように語る。

「それに前に帰省した時に言われたんだ。もしこの時に関東大震災が起きたらどうするんだってな。だからそれ以来テレビ通話だけにしてたんだ。もちろん葬式の時は帰ったけど。羽熊、お前の方は?」

「こっちは親も親戚も生きてる。彼女が前にいたけど、レヴィアン騒動の時に別れてそれっきり」

「そういや離婚とか豪遊とか死ぬ前に楽しもうとやけになってたっけな」

「僕の彼女、いや元カノか。例にもれなくてね、今なにやってるやら」


 少なくとも携帯電話に着信もメールも一通も来てはいない。

 長いこと付き合ったと言うのにあっさりなものだ。

「会いたいとは思わないのか?」

「一方的に言われて別れたらね。今会ったとしても復縁はないよ」

 それは羽熊本心だ。今ここで復縁をしたい連絡があっても、こっちはもう熱が冷めてしまっている。てっきり引きずるとばかり思ったが、別れてしまったら写真や映像はあっさりと消すことが出来た。

 よく男は付き合った女性はフォルダ分けし、女性は上書き保存すると聞く。けれど羽熊はそれをゴミ箱に入れてしまった。


「それよりも、みんな映画の影響受け過ぎですよ。なんで僕とルィルがくっつく風潮なんですか。今日親にも言われましたし」

 ネットを見れば羽熊とルィルがくっつくコメントがありふれている。そういった甘い話はないのに、映画やフィクションでは大抵くっつくのがお決まりだからどうしてもそうした流れになってしまうのだ。


「仲間内でもそう言う話をしてたな。でも仕方ないだろ。市民の間じゃ生活の違いなんてよく分かってないんだ。そんな考えも出るさ」

「仮に成就したところで文字通り天と地の生活は不便以外ありませんよ。第一法的に結婚すら無理でしょ」

「それに子供が出来るかも分からないしな。出来たとしても脚は一本なのか二本なのか、それと空は飛べるのかもわからねぇし」

「医学的には興味はそそるかもしれませんけど、そんな生命の冒涜に近い実験誰が望みます?」

「試験管で育てるわけにはいかないしな」

「まあそれが理由ではないですけど、僕はルィルだけじゃなくてリーアンと結ばれるなんて一切考えてないです。普通に日本の人と結婚しますよ」


 羽熊は二本目を飲み干す。軽く酔いが回ってきた。

「けど国交が進めばやっぱり結婚話が出たりするのかね」

「国際結婚とは次元が違いますからね。条例で同性愛を認めるような感じでまとまるんじゃありません?」


 法的な結婚は認めないが、一応行政側はそれを認識する感じだろう。

「いったい何年後だろうな。五年、十年、五十年……」

「やっぱりすぐには変えれませんよ。同じ銀河系らしいみたいですけど、単に行き来するだけじゃなくて国土ごと転移しないといけないんですから」

「レヴィアンとレヴィニウムは同一だよな? じゃあ大量のレヴィニウムがあれば出来るんじゃないか?」


 名前が似ているのに加え、日本をこの星に転移させたレヴィアンとこの星で取れるレヴィニウムは同一であることが分かっている。

 レヴィアンのほうはインディアナの中で検査したので完全に同じかは言い切れない。しかし似ているのは希望に繋がる。

「普通に考えて転移先にレヴィニウムがあればできるなら、地球に落ちたレヴィニウムをポイントにすれば行けるだろ」

「可能性は高いですけど、行き先が地球だけとは限りませんよ? 他の星にもレヴィニウムはあるかもしれませんし、ひょっとしたら宇宙に出る可能性も……」


 もし転移した先が真空の宇宙だった場合、一瞬にして一億二千万人全員が死ぬ。基本フィクション上の転移は移動に使うが、兵器として使えば核兵器を越える危険度を持つ。

 爆発物を何の障害もなく送りつけられ、目的地の上空に富士山を転移させて落とすことも出来るし、浮遊都市を相手なら宇宙空間に飛ばせばそれで終わりだ。

 奇跡的に地球人が住める星に転移したからよかったが、宇宙空間や地球人にとって致死性の気体が蔓延する星だったらそれで終了だった。


「そもそもフィリア社会でも知らない原理を調べるんです。いつ終わるか分かりませんよ」

 とまたそっちの話になったので羽熊は修正をする。

「ところで自衛官ってモテるって聞きますけど本当なんですか?」

「自衛官の肩書きを持つとまあそれなりにモテるわな。それでもモテないやつはいるけど」

「やっぱり人によりますか」

「多少の性格の悪さは肩書きで相殺するけど、限度を超えるとだめだな。自衛官だからって国や国民守る強い志を持ってるやつとは限らないし」


「確か入ると色々な免許や資格がタダで取れて、次の仕事の斡旋もしてくれるんでしたっけ? それ目的で来る人がいるとか聞いたことあります」

「全員ってわけじゃないが、まあそうだな」

 羽熊は三本目に手を伸ばし、片手でプルトップを開ける。

「雨宮さん、検疫をパスして東京に戻れるならどこか行きたいところとかあります?」

「そうだなー。休暇が貰えるなら山に登りたいな」

「登山をしてるんですか?」

「足腰の鍛錬と景色を見にな。富士山なんてもう十回は登ってる」

「へー、登山が趣味とはいいですね」

「羽熊さんも登ってみないか? 素人でも登れる山は結構あるぞ」

「いいですね。経済が元通りになって平時とは行かなくても回復したら行きましょうか」


 もっとも羽熊は仕事柄海外の山奥で暮らす民族に赴くこともあるため、登山に素人ではない。だが逆を言えば国内の山々には登ったことがない。テレビで見るような風景は見ないからその点では興味があった。

 とノックが部屋に響き渡った。


「はい、どうぞ」

「こんばんわ。突然すみません、大丈夫ですか?」

 引き戸を開けて入ってきたのは外交官の木宮だった。勤務時間外からかいつものスーツではなく、セーターにジーパンと言うラフな格好をしている。

「こんばんわ。木宮さん、どうかしましたか? なにか通訳を?」

「いえ、お二人が飲んでいると聞いて参加をしようと……」

「そういうことですか。いいですよ。ささ」


 雨宮はすぐに自分が座っていた場所をずらし、テーブルに広がる缶ビールやつまみを隅に追いやる。

 一体どこで飲んでいる話を聞いたのか、木宮の手にはビニール袋があって缶ビールやつまみが透けて見えた。

 木宮は雨宮の隣に腰を下ろしてテーブルにビニール袋を下ろす。


「でもどうしたんです? 二人とはいえ男しかいないのに……」

 羽熊が尋ねる。今夜は祝いの時としてふさわしいとはいえ、この三人は転移してから初めて顔を合わせた職業がバラバラの社会人だ。場所が場所だけに間違いは決して起きないと言えるが、突然の来訪に聞かずにはいられなかった。


「私は昔から一人で飲むのが好きではなくていつも誰かと飲んでいるんです。それで女性隊員を誘ったのですが勤務だったりそもそも飲まなかったりと断られてしまって」

「それで僕らのところに来たと言うことですか」

「防衛省ばかりの職場で外務省の新参者ですからね。煙たがれてるのかもしれません」

「そんなことありませんよ。きっとタイミングが悪かったんですよ」


 ビニール袋から新たな缶ビールを何本も取り出してテーブルに置き、木宮は一本手にする。

「すみませんね、せっかく飲んでいるところにお邪魔してしまって」

「そんなことありませんよ。二人でも悪くはないですけど三人で飲むもの楽しいですから」

 言って雨宮は飲みかけの缶ビールを持ち上げ、羽熊と木宮も持ち上げて軽くぶつけ合った。

「乾杯」

「乾杯。ん……ん、ぷは、おいしい。大変な仕事の後はやっぱりこれよね!」


「お疲れ様です。さすがに日本の命運に関わったとなるとやっぱりしんどいですよね」

「ええ。今まで色々な国に行って仕事をしたけれど、ここまで寿命が縮まったことはないわ」

 口周りに着いたビールを拭いながら答え、また口に含む。

「前から聞きたかったんですけど、どうしてこの交流に出向こうと決意したんです? 検疫の問題から最悪二度と東京に戻れないと言うか不治の病にかかって死んでしまうかもしれないのに」


「簡単な話よ。すぐにここに来れて、死んでも悲しむ親兄弟が無くて、そこそこ経験を積んでいたのが私だったってだけ」

「一応任意だったんですよね?」

「形式的にはね。でも行かなかったら分かっているなって雰囲気だったわ」

「それって……」

「別に気にしていないわ。おかげで最前線で異星人と対話が出来るんだもの。化け物だったら別でも、話が分かるならむしろ是が非でも行くわ」


 確かに。異星人と外交するのは本職でも永劫叶わない事。偶然にもそれが出来るのだから何よりの経験だ。羽熊も言語学者として異星の言葉に触れられるとは僥倖と言える。

 それは他の学者も然り。いや、ここで働く人全員が不幸を感じつつ僥倖と思っているだろう。

「多分羽熊さんも任意と言いながらほとんど強制じゃありません?」

「そうですね。転移二日目に大学からファックスと電話が来て、任意と言いながらほとんど決定の雰囲気で教授に言われました。ここに来る怖さはもちろんありましたけど、国防軍と一緒なのですぐにOKだしました。多分他の人たちも同じでしょう」

 なにせレヴィアン落下の直後での招集だ。任意ですれば最悪一人も集まらない可能性があれば任意と言いつつ強制にしなければ集まらないだろう。


「けど検疫問題って向こうは重要視してるでしょうけど、こっちはあまり気にしてないみたいよ。フィリアの食べ物がダメだったら大飢饉が起きて、十年以内に三千万人近い人が餓死する試算が出ているから。病気も然りね」

 一気にビールの味がまずくなった。

「あ、ごめんなさい。せっかくの祝い時にこんなこと言っちゃって」

「いえ、現実的な数字ではないですけど、起こり得る数字なんですよね」


 希望が目の前に現れても背中には絶望が付きまとっている。希望への歩みを少しでも緩めれば絶望が絡みついて、果てには希望にたどり着けずに終わってしまう。

 今はようやく希望の光が見えたところで、絶望の闇を振り切ったわけではない。

 油断はしてはならない。今この瞬間にも生活が出来ず自ら死を選ぶ人もいるかもしれないのだ。


「羽熊さん、いくら考え事を巡らせても俺たちは今最短最速を進んでいるんだ。それ以上いくとツケが回ってくる」

 羽熊の顔色を窺ってか、つまみのチーズを食べながら話す。

「急ぐと焦るは違うぜ。被害を完全になくすなんてことは絶対に出来ないんだ。なら被害を最小で抑えるしかない。焦ると急いだ時の被害の何倍何十倍もの被害が出る」

「急がば回れと言いますしね」

「ええ。そしてその心配は国がすることだから、羽熊さんは自分の仕事だけを考えて」

「それは分かっていますが、最前線で動いているのでどうしても考えてしまいますね。まあ考えるだけで何もできないんですが」

 羽熊の仕事は異地の言葉を習得することの一点だ。それだけは忘れてはならない。


「ささ、今夜くらい仕事は忘れて飲みましょう。明日から忙しくなるんだから、今飲まないと次はいつ飲めるか分からないわ」

 そう言って木宮は様々な種類の缶ビールをテーブルの上へとおいていく。

「それで羽熊さん、ルィルさんとはいい感じなんですか?」

 どいつもこいつも、勘弁してくれ。


      *


 空を見渡せば無数の星空と満月がユーストルを仄かに照らしている。

 そよ風が吹き、黄緑色に光る髪が靡く。

 ラッサロン浮遊基地の司令部の屋上から見えるは、同じ銀河系にあると言われるチキュウから来たニホンだ。

 陸地からは常に光を発していて、海岸線沿いに光の線が左右に広がっている。

 いま見える位置から左方面にはトウキョウと呼ぶニホンの経済の中枢があり、経済がひん死していると言われても空を照らす明かりが見えた。

 転移当時に衛星から送られた、列島の中心に見える灰色の都市。そこがトウキョウで、その周辺を含め実に三千万人もの人が住んでいるのは驚きと言えよう。


 イルリハランの首都指定浮遊都市イルフォルンで人口は七十万人。イルフォルン周辺に浮遊している同型浮遊都市を連結させて一つにしてもせいぜい五百万から七百万人が限度だろう。

 世界中を見ても三千万人が住まう連結した浮遊都市は存在しない。

 浮遊都市は真上から見て正六角形の形をしているため、同じ規格の浮遊都市であれば連結することは可能である。これは万が一レヴィロン機関が不調を起こしたとき、他の浮遊都市に支えてもらうことを目的としてそう設計された。


 しかし現在稼働している浮遊都市は、五つから六つもの非常用バックアップシステムが電源から独立して稼働している。テロ行為でレヴィロン機関を止めようと、他のレヴィロン機関が働いて落ちることは万に一つもない。もし浮遊都市を落とすのであれば、都市そのものを木っ端みじんに破壊するくらいしなければならないほどだ。


 よって設計上は同型である限り連結は出来るが、連結する必要性が都市同士の距離のみとなり、連結すればその分地上では日光を遮断してしまうため都市単体での運用が一般的だ。それに戦争時、連結しすぎると一つの浮遊都市の被害がすべてに波及する恐れもあった。

 だからこそ三千万の数字に驚き、ユーストルよりも小さな島国にイルリハラン王国の総人口よりも多い人々が住んでいることにも驚く。

 ルィルはラッサロンの売店で買った酒缶を手にして一口飲む。


「……ふぅ」

 ようやく気が落ち着いた。

 イルリハランがニホンを国家として承認したことで、可及的速やかな表面上の情報収集からその奥底の情報収集へとシフトする。

 情報の収集を急がなくなるからよりゆっくりと調べられ、互いの言葉から文字へと変わっていくだろう。


 転移してきた異星国家。

 国家承認した異星国家。


 異星国家の肩書きは同じでも対応は大きく変わる。

 少なくとも軍だけの対応から確実に外務省レベルの対応に引き上げられ、軍は警護のみになっていくはずだ。

 それはつまり、ルィルたちの役目が終わると言うこと。

 あとは検疫でニホン及びチキュウの常在菌に対する免疫が働いて問題なければ、しばしの休暇が貰える。


 個人的にはこれからも交流を続けたいが、こればかりは上の命令が絶対だ。

 ただそれは軍人としてであって一般として国交が結んだあと触れていけばいい。

 とにかく一兵士としては十分な活躍をした。

 高級な酒ではないし飲酒許可時間を越えてしまっているが、今日くらいは飲んでも咎はないだろう。食堂や多目的室では色々な理由から落ち着いて飲めないから、こうして一人静かに飲んでいる。


「結局無線機は使わなかったわね」

 本来なら軍法会議に掛けられてもおかしくなかった無線機の貸与。個人的にニホンを知るために半ば衝動的に渡してしまったが、幸か不幸か緊急連絡用として許可を得たため不問にしてもらえた。ルィル自身どうして無線機を渡してしまったのか、動機を探ってもうまく思い出せない。

 民間用無線機とはいえ異星の技術を渡すのは愚策中の愚策とも取れるが、国家承認して国交の目星がついたことで、技術交換の視野も入るから大きな問題にはならないだろう。

 そもそも文明水準が似ているのだ。無線機や腕時計を手に入れたところで不利になることはなるまい。


 すぐ横に置いてある携帯電話が震える。

 見ると未登録の番号が表示されていた。ここ数日八割以上がこの番号から掛かっている。

 出なくても分かる。実家からだ。

 一体どこで番号を手に入れたのか、携帯電話を買い替え教えてもいないのに見知った家の番号から何度も掛かってくる。時々違う未登録の携帯の番号から来るが、恐らく母か父の携帯電話からだろう。


 電話の内容は文句か娘の活躍に乗っかろうとしてるのか、分からないが出るつもりは全くない。別に両親に反発しているからではなく、言ってはならないことを口走らないようにするためだ。両親との会話では特に言いかねない。

 一言そう言ってしないようにしてもいいのだが、向こうの考えが読めないため出ないでいた。

 もっと言ってしまえば面倒くさい。

 数十秒間携帯電話は震えると止まり、ルィルはもう一口酒を飲む。


「あ、ルィル曹長見つけた」

 にゅっと建物の縁から金色の発光と共にティアが出て来た。

「ティアどうしたの?」

「へへ、ちょっと避難してきました」

「避難ってなにかあったの?」

 ティアはルィルの隣に座りる。


「なんだか男たちから誘いが一気に増えて怖くなりまして」

「そうなの? ああ、さっきの参考人招致か」

「今まで話したこともない人から声を掛けられると怖いですね」

「モテ期が来てよかったじゃない」

「いやですよ。ミーハーなモテ期なんて。少ししたら一気に見向きもされなくなりますよ」

「だから今のうちにイケメンでも捕まえておけば?」

「いやですよ。私を知らないで表面だけで先に進もうってのは。付き合うならもっと知ってから行きたいです」

「いいじゃない。街中でナンパされるよりは」


「同僚だらけの職場も嫌な理由なんです。フッても顔合わせするかもしれないですよ。気まずいじゃないですか」

「別に告白されたわけじゃないんでしょ? あなたから一人に声を掛ければいいじゃない」

「それこそ顔だけじゃないですか。一発勝負なんてやですよ。そういう曹長だってリィア隊長とエルマ殿下とはどうなんですか?」

「何もないわよ」

「絶対にお二人は曹長に気がありますよ」

「ないわよ。それらしいことなにもないし、プライベートの話なんて一つもないんだから」


「いやいや、あのお二人の行動を見たら絶対にありますね。エルマ殿下はグイグイ行って、曹長を取られまいとリィア隊長が後を追うような感じですね」

 一体何を根拠にそんなことを言うか。ルィルは話半ばに聞く。

「まだ食事にとかは聞いてきてないですか?」

「ないわ」

「じゃあ近々エルマ殿下から来ますね。で、リィア隊長が横やりを入れます」

「なにその安い恋愛ドラマ」

「でも曹長も薄々感じてるでしょ?」


「否定はしないけど、例え二人から告白されても受けるつもりはないわ」

「じゃあやっぱりハグマ博士と?」

「もっとないわ」

 なぜ誰とも結ばれない選択肢が出ない。リィア大尉やエルマ軍曹はまだ分かるが、ハグマとは新たに何かが転移してきてもありえない。彼を否定するつもりはないが、文字通り天と地で違うのだ。今後互いの文化をすり合わせて共同生活がしやすくなろうと、夫婦生活はまず無理だ。法的、倫理的、生物学的、性格的と問題点が大きすぎる。

 いい加減フィクションとノンフィクションを分けてほしい。

「……飲む?」

 ルィルは紙袋から酒缶を取り出してティアに差し出す。

「いただきまーす」

 このまま一人で飲むのもおいしくはない。であれば付き合ってもらおうと言うとティアは喜んで受け取ってプルトップを開けた。


「それじゃあかんぱーい」

 カンと当て合って口に含む。

「あー、おいしい!」

「これで共犯ね。飲酒時間外で怒られたら一緒に怒られて」

「げっ。吐いて戻していいですか?」

「女がそういうこと言わないの。いいじゃない。一応一区切りつく祝いなんだから」

「それはそうですけど、そこは上司として曹長が怒られてくださいよ。ていうか誘ってきたのも曹長だし」

「飲んだのはあなたの意思よ。断ればいいじゃない」


「上司の命令は絶対じゃないですか」

「勤務時間外まであるわけないでしょ」

「わかりましたよ。言われましたらルィル曹長に無理やり飲まされたと答えますから」

 ふてくされながらティアはゴクゴクと飲んでいく。

「……で、これで私達の交流任務は終わるんですか?」

「おそらくね。ニホン人についてる常在菌レベルの免疫が確認されれば、軍からいよいよ行政レベルに引き上げられるはずよ。まあそれでも防護服は着るでしょうけど」


「じゃあようやく長期休暇になるわけですね」

 ラッサロンなど都市から大きく離れた場所で勤務する場合、精神衛生上定期的に一週間から十日間の休暇が交代で与えられる。ルィルたち元偵察隊七〇三の兵士たちは、幸か不幸かニホンが転移した翌日から休暇だった。

 それがニホンが来たことで狂い、半月以上超過勤務をしていた。

 軍人である以上緊急任務はあって当たり前だが、未訓練の上前代未聞の任務は肉体よりは精神面での疲労が強い。

 検疫の問題で最悪近隣都市マリュスに行けないかもしれないが、キャンプセットをもってどこかの巨木で過ごすのもいい。それかニホンの前線基地に行ってみるのもありか。


「なるとしてももう半月くらい先でしょうけどね」

「レーゲン、なにもしなきゃいいですけど」

「しないでしょ。アルタランの命令に反するってことは世界に喧嘩を売るようなものよ。ロスロム連邦みたいな例はしないわよ」


 ロスロム連邦も今回とは違うが三十年前にアルタランから休戦要請を受けたものの五日で破り、全世界から経済制裁を受けた。その結果急激な衰退を余儀なくされ、安保理が提示する条件を無条件で飲むことで現在でも存立している。そして制裁を受けたことで国際的信用は相当に低く、三十年経とうと回復はしていない。

 潜在的には一ヶ国だけでも十分発展は可能だが、お馴染みの理由から国際的な協力なくして発展は出来ない。それはレーゲンを含む三ヶ国だけでも制裁を受ければ苦しいだろう。


「仮この地に万トンを超すフォロン結晶石があったとしても、休戦要請が出たら迂闊に手は出せないわ。出したらこっちに大義があるから世界はイルリハランを味方する。となると世界軍の増援となってますます占領は出来ないわね」

 無理に攻めて占領しても、採掘して兵器化するまでに年単位の時間が掛かる。それまでイルリハランも世界も何もしないはずがないから、どんな策をしようと向こうの思惑が成しえるのは難しいだろう。


「ありえるとしたらバスタトリア砲をニホンに撃ち込んで殺人物質をまき散らして誰も近寄らせない策だけれど、それじゃあここを聖地としている主張と矛盾するし、最悪の使用例として永久に歴史にも残る。どんな形でも向こうに義はないわ」

「でも向こうの国際部隊艦隊の総司令って相当なやり手ですよ? なにか思いもつかない策をするかも……」

「そうね。油断は出来ないけれど、策士策に溺れるとあるように、自分の策に溺れてしまってるかもしれないわ。ニホンからの攻撃を誘発させるために攻撃したのが、結果的に国際慣習法に引っかかるんだもの」


 もし何手先も読む策士であれば休戦の形は取らせない。バスタトリア砲を使用しつつ合法的な戦闘を続け、アルタランの介入はさせないはずだから失敗したと言わざるを得ない。

 向こうとしてもまさかこんな短時間でイルリハランがニホンを国家と承認するとは思わなかっただろう。ルィルも交流レベルは早々に引き上げるとは思ったが、国家承認は思っていなかったほどだ。


「まあもっと裏の策があったとしてもその都度対処していくほかないわ。それはニホン側も思ってるでしょ」

「だといいんですけど」

「せっかくの祝いの席で暗い話はやめましょ。それで、せっかく来たモテ期を棒に振るうの?」

「すっごい話を戻しましたね」

「それでどうするの?」

「付き合いませんよ。私、同僚の人と付き合うつもりありませんから。一般の人と付き合いますよ」


「だったら早めにそう言わないと延々と声掛けが続くわよ。モテるからといって無視し続けると悪い噂が立つだろうし」

「悪い噂ってなんです?」

「男を手駒にするとか、モテることでいい気になる性悪女とか」

「勝手に盛り上げて勝手に地面より下に落とさないでほしいんですけど」

「噂ってそんなものよ。だから早めに言った方がいいわよ」

「……なんで今までこんなことなかったのにこんな目に遭うんですかー」

「それは私だって同じよ。先月までは無名だったのに、今じゃ世界中に名前が知れ渡ってるんだから」


「曹長はタフですね。なんで平気でいられるんですか?」

「どうしようもないからね。するだけ無駄ならしない方がまだ疲れないわ」

「そんなものですか?」

「対処の仕方は人それぞれよ。ちなみにティアの好みの男性ってどんな人?」

「そうですねー」

「まさかイケメンで優しくて高給取りで何を言っても賛成してくれていつも飽きさせず楽しませてくれる人とか言わないわよね?」

「さすがに言いませんよ。ていうかそんな人がいたら私なんかよりもっと良い人と結婚しますよ。まあいま言った条件の二分の一の人ですかね。もっと言ったら一緒に暮らしたとき安心して家に帰れるような人です」


 意外と堅実的な考えだ。理想を語ればいまルィルが言ったような人であるが、まずそんな希少な男性はいない。いたとしても相応の人と交際しているに決まっている。

 逆にそんな人が積極的に来る場合、なにか邪なことを考えるのが普通だ。

「いまさら参考人招致に出たことを知らない人と会いたいとは思いませんが、私を通したニホンじゃなくて私だけに興味を持ってほしいですね」

「そんな考えを持ってるならきっといい人と会えるわよ」

「ルィル曹長も早いところリィア隊長かエルマ殿下選んでくださいよ」


「だから選ばないっての」

「もったいないですよ。玉の輿ですよ? そんな意固地にならなくても」

「意固地で自分を捨てたりしないわよ」

 言ってしまった手前引っ込みがつかなくなったわけではない。純粋に自分はイルリハランのために身を捧げると誓っただけだ。それは昔も今も未来も変わらない。

「人生には一度決めたら変えてはならない事がいくつかあるものよ」

「でももしダメな決定だったら?」

「それでも突き進んで改善するか、尻尾撒いて逃げるかね。でもね、他人に与えられた苦労より、自分で選んだ苦労を乗り越える方が得るものは多いわ。別に今ティアが楽な道しか進んでないとは言わないけど、時々は苦労を自分で選ぶべきね」


「それは分かりますけど、自分で選ぶのってやですよ」

「あら、じゃあなんで軍人になるって選択をしたのよ。普通に結婚や会社員になるより苦労するじゃない」

「それは……まあそうですね」

 時間に厳しく規則正しい生活。団体行動を強いられ、自分の時間を削って国のために働かなければならない。最悪戦死することもあるのだから、軍人になる選択自体苦労するものだ。

 ティアの入隊動機を知るつもりはないが、彼女もすでに決めることは決めている。

「それに今日だって指定されてもニホンのこと話したじゃない」


「はい。でもあれよかったんですかね、ある意味私がイルリハランとニホンの命運握っちゃいましたけど……」

 確かに。あの時ニホンのことを悪く言っていたら、国家承認はされずに戦闘は続いていたかもしれない。ティアは二つの分岐の中央にいた。

「議会が好きに話せって言ったのだからいいのよ。責任を取るなら向こうなんだから責任なんて感じることないわ」

「それ聞いてホッとしました。じゃあこのモテ期の責任も……」

「むしろ注目が集まって悪化するんじゃない?」

「あう……」


「だから飲んで悩みなんて忘れちゃいなさい。まだあるからさ」

「いただきます」

 二人して飲み干し、二本目を手にして飲む。

「ニホンでもこうして酒盛りしてるんですかね」

「お酒はあるみたいだし、文化も似ているからしてるんじゃないかしら。いつかみんなでしたいわね」

「はい。ニホンの名前のお酒とか飲んでみたいです」

「そうね」

 ルィルとティアは酒缶を当て合った。


 夜は両国共に更けていく。

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