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陸上の渚 ~異星国家日本の外交~  作者: 龍乃光輝
第一部 第一章 国家承認編 全26話
23/192

第19話 『閣僚会議』

『防務省は本日未明、ユーストルとの境界線側にあるニホン前線基地に侵入したレーゲン軍を捕虜としたことを発表しました』


 夕方の報道番組の冒頭より女性アナウンサーはユーストルで起きている通称ユーストル防衛戦のニュースを話す。


『現在ユーストルではラッサロン艦隊と国際部隊艦隊による戦闘が行われ、その最中での捕虜となります。防務省によりますとレーゲン軍は開戦から二時間後にニホン前線基地を襲撃。レーダーで動きを察知したラッサロン浮遊基地は、ニホンと交流の深いユリアーティ偵察部隊に対処を命じました。襲撃を受けたニホン軍は主権の問題からニホンの法的根拠による対処が出来ず、駆け付けたユリアーティ偵察部隊が来たことによりニホン軍はレーゲン兵を無傷で確保、すぐさま全員を偵察部隊に引き渡したようです。調べによりますとレーゲン兵はニホン軍に射殺されることにより、世間に浸透しているフィクション上の異星人の印象を強く固定化させるようでした』


 画面は切り替わり、防務省長官が記者の前で説明をする。


『ニホンは異星人ですが、今回の事で仮にニホン軍によってレーゲン兵に死傷者が出ようと異星人と言う枠で語るのは酷なことです。奇襲を受ければ異星人だけでなく我が国でも鎮圧のために可能なら取り押さえ、困難であれば射殺も視野に対応をします。異星人がレーゲン兵を鎮圧のために射殺をしたからと言って、世間一般な侵略型異星人とするのは尚早です』


 再びスタジオの女性アナウンサーへと切り替わる。


『レーゲン外務省は防務省の発表を受け、戦闘途中のニホン前線基地襲撃はイルリハランによる捏造であり、実際は近隣調査をしていたレーゲン兵をニホン軍が無理やり敷地内に連れ込まれたと声明を発表しました。そのことについてイルリハラン外務省はニホンの信用がないことを利用した卑劣極まりない主張であり、貴国の品位を疑うと痛烈に批判をしました』


 画面はパンをして隣の男性アナウンサーへと移る。


『アルタランではこの事態に緊急の安保理を開くことを決定し、翌日九月四日より議論が開始される予定です。しかしイルリハラン政府はこの事態にアルタランの介入は避けたい考えで、制限戦争で終結させたいとしております』


『ただいま入りました情報です。ハウアー国王は勅令として、ニホンを国家承認するための議論をするよう議会に提出した模様です。勅命の正当性を監視する勅命監査委員会は過半数でこれを承認をしたため、議会はニホンを国家承認するか議論をしなければならなくなります』


 アナウンサーの報道に合わせてテロップでもその旨が流れた。


      *


 フィリア時間九月三日、午後一時十四分。

 イルリハラン艦隊と多国籍艦隊の攻撃が開始し、それを日本側が捉えてから三時間が過ぎた。

 首相官邸の地下にある危機管理センターでは佐々木内閣閣僚全員が集まり、関連省庁から入ってくる情報を元に会議を行っていた。

 今現在の議論は、数十分前から奇襲を受けている須田駐屯地についてである。


「総理、須田駐屯地の被害がまとまりました」

 受話器を下ろした笠原防衛相が佐々木総理に顔を向けて報告する。

「奇襲を受けた須田駐屯地ですが、死者は0です」

 その報告を受け、閣僚及び職員全員が安堵する。


「骨折など重傷者五名おりますが全員命に別状はありません。軽傷は多数おりますが任務続行可能です」

「学者の方々も無事かね?」

「最優先で避難させたので全員無事です。奇襲を仕掛けてきたレーゲン兵もイルリハラン兵の協力もあって無傷で確保、すぐにイルリハランに引き渡しました」


「それはなによりだ。ここで戦死者を出しては溝はより深まっていくだけだからな」

「その他の被害は司令部の一部と異地から浜に移動させたオスプレイ一機です。胴体を半分にされ、左右のエンジンも落下して大きく破損。修復は絶望的です」

「オスプレイがやられたのか」


 オスプレイは米軍が開発し、米軍配備と日本が購入した形で配備している。つまり整備こそ出来ても生産能力を日本は持っていない。それは米軍配備だったステルス戦闘機F‐22も同じで、ライセンス生産していない装備品は失えばそれで終わりとなる。

 あのイージス艦のイージスシステムの核心部分も日本は生産できないので、轟沈されれば二度と神の盾は空を覆えなくなるのだ。


 もちろん運用を決定した時点でこのことは予期していた。むしろここまで穏便に進めたこと自体奇跡とも言えるくらいだ。

 エンジンが無事なら代替品として利用できたが、それも壊れてしまえばもう無事な部品を回収して廃棄しかない。

 この状況では金より物の方が大事だから手痛い損失だ。


「オスプレイは残念だが、隊員の命と比べたら安いものだ。イルリハランと多国籍軍の戦闘はどうなっている?」


 佐々木総理は笠原防衛相を見る。

「戦闘の状況の確認については早期警戒機、イージス護衛艦〝きりしま〟、レーダーサイトの大滝根山分屯基地、峯山分屯基地で注視しております。今現在、両艦隊共に飛行艦が撃墜された情報は入っておりません。ミサイルによる攻撃と戦闘機と思われる戦闘が行われています」


「戦闘機と思われる、か。ミサイルと区別は出来ないのか?」

「交流部隊からの情報では、異地の戦闘機の形状は地球の戦闘機から翼を取り除いた形をしており、距離とデータ不足から区別は出来ません」


 異地世界の航空機は地球と違って揚力を必要としない。そのため翼が不要であるから形状がミサイルと似てしまうのだ。もっと言えば新幹線に近い。

 配られた資料に国防軍が撮影したイルリハラン軍が見せてもらったパソコンの画像がある。そのパソコン画面には、両翼がなくミサイルを機体に数珠繋ぎのように取り付けられている機体があった。


 その装着したミサイルも機体の一部として機能しているのか、機体に全体で円柱として纏まり付いているような形状をしている。

 地球産の航空機やミサイルは航空力学から円形をしているが、異地産はレヴィロン機関で空気抵抗を無視できるためか台形の形をして十五から二十発を装備することを優先したようだ。

 これがステルスなのか非ステルスなのかは分からないが、大量のミサイルを一気に搭載できるのは戦力としては魅力的だ。


「話を戻します。飛行艦に関しては数は減っておりませんが、戦闘機とミサイルによる攻撃は断続的に行われ、予測の範囲ですがミサイルの残弾が互いに不足し始める頃ではないかと」

「戦力は互角。バスタトリア砲の有無が気になるな」


 最低速度秒速三百キロ。初速が低ければ連射が出来るのであれば、五百キロの距離は意味をなさない。空気抵抗による急激な減速を加味しても数秒の猶予では迎撃は不可能だ。高速で移動しなければまず一発で轟沈してしまう。


「バスタトリア砲が地球で言う核兵器と同等の位置取りであれば、この戦いに投入することは難しいかと」

 そう答えるは飯田外務大臣。


「核兵器と違い、広範囲の被害と放射能による副次被害は出しませんがまだ戦争へは未投入です。使用頻度のある通常兵器ではなく最強兵器の使用は歴史の重要な部分として記録されます。それも国際的な支持のない戦争では、使用の正当性も疑われより世界から孤立します。ですが……」


 飯田大臣は話している途中で口ごもり、冷や汗をハンカチで拭う。

「使う可能性があるのか?」

「全世界を敵に回しても構わないのであればありえます。こればかりは憶測の域を出ませんが、レーゲンの目的が聖地奪還ではなく、世界の覇権を握れる何かがあれば……」


 さすがにこの発言に閣僚らは頷くことはなく苦笑するばかりだ。地球でも既存の地下資源を大量に手に入れるだけで世界の覇権を握れるようなことはない。この世界のレヴィニウムやフォロンがあれば話は別だが。

「……フォロンが大量にあればありえるか」


 そう佐々木首相は憶測を肯定する材料を見定める。

「確か結晶フォロンは非常に高価な上に産出量が少ないんだったな?」

 経産相の霧矢良二(きりやりょうじ)は資料を急いで探して答える。

「はい。正確な数字は教えてもらえていませんが、ダイヤモンド以上に高価で少ないと言えます」


「しかも浮遊技術の要の上に、あらゆる面で必要不可欠な戦略物質であればありえない話ではない」

「しかしではなぜレーゲンは日本が現れてから急きょ侵攻を?」

「急がなければならない理由があるからだろう?」


 閣僚らはすぐに察する。官僚任せにせず資料に穴が開くほど国防軍が手に入れる情報を見ているのだ。全員の脳裏に異地になくて地球にあることが浮かぶ。


「地下の採掘技術ですね?」

「この地に結晶フォロンが大量に埋蔵していることを前提に考えれば辻褄はあう。我が国を国家としてイルリハランがするかどうかわからんが、どの道地下資源の採掘は行うだろう。そうなると間違いなく最初にするのはここユーストルだ」

「もし結晶フォロンがあれば、イルリハランに大量に流れてレーゲンの立場は縮小しますね。それなら攻めてきた理由にはつながります」


 佐々木は腕を組んで背もたれに体重を掛ける。

「なんとかこの憶測の裏を取れればいいんだがな」

「イルリハラン軍に引き渡したレーゲン兵を尋問できればよかったんですけどね。さすがにそれは出来ません」


 国際連合と同等の世界連盟がある以上、ジュネーブ条約に相当する国際条約があるはずだ。しかし日本は地球の条約には批准しても、この世界の条約には何一つ批准はしていない。よってレーゲン兵を捕虜と法に従って扱うわけにはいかないのだ。

 貴重な情報源であっても日本はイルリハランに引き渡すしかなかった。


「イルリハランもフォロン採掘に日本を利用して、日本に都合の悪い要求をする可能性もあります」

「そこは二国間条約で防ぐほかない」


 これまでの行動からイルリハランは日本を非公式とはいえ国家として見ている。であれば二国間条約を結べば一応の保身にはつながるだろう。だがレーゲンを中心とした多国籍軍は違う。日本を完全に敵視していることから植民地として利用するのが見え見えだ。


「憶測話はそこまでにしよう。今は現実の話だ」

「今回のレーゲン兵による攻撃はテレビ局でも報道されています。質問で国防軍の対応を聞かれますが総理、これでもイルリハランに任せますか?」


 接続地域近辺はまだ法整備をしていないので緊急事態宣言を使って国防軍と政府関係者以外立ち入り禁止にしているが、あれだけの爆発を目ざといテレビ局が察知しないはずがない。

 爆発音や黒煙を撮影して何かが起きたことをすでに全国に報道してしまっている。

 今は情報収集中と時間稼ぎしているがすぐに会見を開いて情報を開示しないとならない。となれば当然、攻撃を受けた日本はどう反応するかを問われる。


「日本に対してではないが多国籍軍は宣戦布告をして、日本も一部とはいえ敵襲を受けた。であれば脅威の排除として攻撃は可能だ」


 これが一部兵による独断であるならば責任を要求しても自衛権は行使できない。すでに自衛するだけの行動は取っているからだ。

 だが明確に日本へ攻撃をする意思を軍全体で統一しているのなら、今後もあり得るとしてイルリハランへの支援とは関係なく、日本の存立を脅かす事態として自衛権の行使は可能だ。


 日本が軍事行動を起こせる要件は大きく分けて三つ。

《我が国、または我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること》

《これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと》

《必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと》


 これらが満たされたとき、日本は防衛出動を始め集団的自衛権の行使が可能となる。

 多国籍軍の侵攻はその全てを満たしていた。

 よって法的に日本は自衛として多国籍艦隊への攻撃は可能だ。

 だが佐々木総理は決して肯定しない。


「日本にとっては合法でも、異地の国々にとってこちらの法は関係ない。国家として承認されていない状況では、日本のすることは全て違法行為だ。今はイルリハランの好意でみなし国家として対応してくれているが、多国籍軍に攻撃すれば向こうの国際法違反に繋がる。それではイルリハラン王国の心情も悪くなる」


 地球基準で考えてはこの難局を乗り越えられない。佐々木総理はすでに頭を切り替えているが、閣僚らはまだ地球の感覚が抜けられないのだ。

 それが不動にして絶対だったから仕方ないが、今までの価値観を捨てるような考えでなければいずれ痛い目に遭う。


 佐々木政権は決して長くない。

 佐々木政権になってから今年で五年目。日本の法律上、総理に期限はなく何年でも在任し続けていられるが、党の規定で総裁は最大で六年と定められていた。

 とするとあと一年で任期満了で総裁を退任、同時に衆議院を解散して総選挙となる。

 もちろん来年に選挙なんて無理な話だ。年間日数が三十五日増えるし、暦も四月から九月へと動いてしまった。最低でもイルリハランと二国間条約を結ぶか、アルタランが日本を国家として承認し、物流が流れ始めた頃にようやく党規定の改正と選挙の考えが浮かぶ。


 野党らはこの機を狙って選挙だ総辞職だと変わらずに言ってくるが、地球感覚しかない野党が政権を取れば瞬く間に日本は終わる。

 野党だけではない。疎開から戻ってきた与党の中でも、非現実的な現象に意識の切り替えが出来た議員が何人いるか分からないのだ。

 何としても最低限の生命線を確保するまでは総理の座を降りるわけにはいかない。


「日本はあくまで国内に向かってくるミサイルを迎撃する。奇襲に関してはイルリハラン軍と事前に段取りをつけていたこと以外はそのまま伝えよう」


 イルリハラン軍三名が日本国内で一泊したことはそもそも無かったことだ。無いことに対して特秘法を宛がうことも出来ないのでそれ以外の事実を伝えることを決定した。

 これも野党や国民から批判の材料になるが、知られたことを捻じ曲げれば余計に批判となる。秩序を保つためには多少の攻撃はやむなしだ。


「そういえば国土地理院から報告があったが、地盤の傾きが確認されたとあったな」

 話は国外から国内へと変わる。


「はい。これは転移当初から報告があったことでして、ようやく報告がまとまりました」

 答えるは国交相の井竹鉄郎(いたけてつろう)

「原因はこの星の大きさと地球の大きさの違いによるもので、外径が異なるため日本列島の南北がこの星の内部に食い込む形となり、食い込む分傾斜となってしまったようです」


 重力が地球のままであれば変わらないが、場所がフィリアに変わったことで重力に角度がついてしまい傾斜を感じてしまったのだ。

「同時に南北で水位の変動が見られます。重力が変わったことで、本州の海水が南北へと移動して水位が上昇しているとあります」


 水は重力の影響を強く受ける。地球の外径とフィリアの外径が違い、転移の際にその外径の誤差を修正されなければ当然南北はフィリアの陸地に食い込み、その食い込んだ分水は重力に従って均等になろうと移動を始める。なら当然南北海域は上昇する。

 とはいえ床上浸水ほどの上昇ではないのが救いか。


「ですが水位よりは傾斜が深刻です。北は東北、北海道。南は中国、四国、九州が傾斜により不眠や体調不良など健康被害が多数寄せられています」

 その数は一千万戸を軽く超す。家の傾き自体は工事で修正できるが、一戸建て、集合住宅、オフィスビルと金額は変わり、総額にすると単純に見て数十兆は軽く超す。時間も数年どころか十年単位で掛かるだろう。


 誰が見ても国のみで対応するのは不可能だ。

 とはいえ工事費を一部助成金として負担しても、経済が停止して半年近く経っていれば個人資産の残りは多くはない。レヴィアン落下からの絶望から死ぬまでに使い切る考えもあって助成金を出すとしても難しいうえ、そもそも業者がいるかどうかも分からない。

 かと言って無視をするわけにもいかない。


「地方創生は長年の課題だ。傾斜と言う課題が出来たとはいえ、地方が活発化しなければ経済は絶対に回らない。三年前の熊本地震からもまだ完全には回復していない中での傾斜問題だが、ここで手を抜けば致命的な打撃を熊本を含む九州は受ける。東日本大震災を受けた東北と北海道もだ。資金の問題は多大だろうと国民が疲弊すれば国も疲弊する。国交省は早急に打開策を思案してくれ。優先順位は一般家庭からだな。一戸建てと集合住宅の傾斜問題解決の最速案を出してくれ」


 この傾斜問題、時間と資金があればいずれは解決する。しかし時間が掛かればかかるほど被害を受ける住民のストレスは尋常ではない。

 国民も自分らなりに対処しようとするが、文字通り根本を正さなければ体を壊していくだけだ。


「分かりました」

 井竹国交相は頷いて国交省官僚と話を始めた。

「飯田さん、北方地域の代表とのコンタクトは?」


 日本政府の苦労は絶えない。この異地に転移したのは法的と主張共々日本一ヶ国であるが、ある意味二ヶ国と言える。

 終戦直後からの領土問題である北方地域を実効支配し続けているロシアだ。

 まだロシアがソ連であり、第二次世界大戦で日本が無条件降伏を決めた直後、ソ連は日本と結んでいた不可侵条約を一方的に破棄して進軍。疲弊していた日本軍と住民を排除して北方地域を実効支配した。


 原則として北方地域は日本領土だが、実効支配しているのはロシアで居住もして面倒だった。しかし転移してロシア政府が存在しなくなったことで大きく変わった。

 帰属する国家及び正当政府がいないロシア人は日本から見れば無国籍者となる。それは国内で在留する人も同じだ。そして北方地域は日本領であるため、日本は自治と治安維持を目的として行動を起こすことができる。


 転移以前であれば国家間の問題であるため手が出しづらかったが、後ろ盾となるロシア政府がなければ例えロシア人が居住して実効支配していようと、日本が動く大義名分となる。

 無国籍となった彼らを放置することこそ日本にとって責任問題となるのだ。

 もちろん島から追い出すようなことはしない。あくまで行政を日本及び北海道がするだけだ。万を超す元ロシア人が住んでいようと彼らの住まいを奪うことは出来ない。

 当然ロシア人たちは反発するだろうが、小さなロシアとして国家を主張し北方地域のみで生き抜くことは不可能だ。


 そもそも北方地域の住人は異地に転移したこと自体知らないだろう。

 北方地域はロシアに実効支配されたため、日本式のインフラ整備を行っていない。衛星もなければ海底ケーブルも転移と同時に断絶。向こうにとって通信先はロシア本土だから必然的に北方地域は孤立してしまっている。

 日本の離島は海底ケーブルや中継基地で通信が保たれても、北方地域は一切手を出していない。それゆえに現在日本も北方地域に住むロシア人の動向は把握できていない。


 彼らが万が一にもユーストルに上陸するとまずいので海上保安庁に監視させているが、今のところ報告はないのは不幸中の幸いだろう。

 だからこそ北方地域の代表とコンタクトする必要があった。

 果てには北方地域にいるロシア陸軍を解体させる。北方地域では特にこれが問題だ。


「今資料を整えているところです。数日以内には海上保安庁の巡視船で択捉島に向かえます」

「これは早急にしてくれ。イルリハランと多国籍軍が戦っている中で、ロシア軍が異地に上陸して混乱されては敵わんからな。もし漁船が異地側に向かおうとすれば、船体を使ってでも進行を阻止してくれ」

 最新の資料だと常駐しているロシア陸軍は四千人規模。レヴィアン問題で本土に戻ったのか定かではないが、生き残った地球人同士で無駄な血を流すことはない。


「佐々木さん、今は緊急事態宣言で法や手続きを無視して活動できていますが、野党や国民から独裁政治と非難の声が出ています。イルリハランと多国籍軍の戦争中は解除できませんが、いつまでも宣言し続けるわけにはいきませんよ?」

 進言するは法務相の梅井紀子。

「最低でも国防軍の接続地域から異地にまたがる活動根拠となる法を制定しないことにはまだ無理だ」


 今は緊急事態宣言によって面倒な法のしがらみや手続きをある程度無視して命令が出来ているが、解除してしまうと面倒な手続きをしなければならず速やかに国防軍を動かせない。

 早急な活動が必要な今、既存の法や手続きで後手に回すわけにはいかないのだ。

 その時、会議室中央モニターに関西地方の日本地図と異地の一部が表示された。


「海自呉基地より連絡。五発のミサイルと思われる飛翔体が関西方面に向かっています。異地沿岸に達するまでおよそ五分。四国沖を航行中の第四護衛隊群がミサイル破壊措置命令に従い迎撃行動中です」

 防衛相官僚の伝達に閣僚たちはざわめく。

 須田駐屯地奇襲だけでなく、ミサイルでも日本に対して攻撃を開始した。

「なぜレーゲンは何もしないと記者会見で主張していると言うのにわざわざ攻撃を仕掛けに来るんだ」


 誰かが呟く。


「奇襲と同じだ。我々を挑発して攻撃を仕掛け、やられることで大義名分を得るつもりなんだろ。異星人が攻撃した、やはり侵略する気なんだとしてな」


 どちらが仕掛けたかは関係ない。攻撃を受けたと言う事実が欲しいのだ。

 異地に於ける異星人のイメージは地球の異星人のイメージと同じだ。同じ人種間であれば争いはそれで終わっても、異星人となれば内容は同じでも見方が大きく変わる。

 レーゲンは日本からの攻撃を強く望んでいる。


 画面上で、四国沖洋上から光点が五発現れて異地へと向かい出した。迎撃ミサイルを発射したのだろう。

 途端画面端から日本に向かう五つの光点が現れ、洋上で十個の点が重なると全て消えた。


「無事迎撃したか」

 しかし攻撃をしてきたと言うことは、原発の盾が強く機能していない証明でもある。

 それとも住宅地に原発を建設しないことを分かっているかだが、だとしても軍事施設ならまだしも民間人が住む街を狙うのは軍として大きな間違いだ。


「総理、これでもミサイル迎撃だけですか? もし飽和攻撃を受けたら迎撃しきれませんよ!?」

「だとしてもだ。今ここで日本が多国籍艦隊を一隻……いや一人でも殺してしまったら取り返しがつかなくなる。この国際社会の国際法に日本が批准するまでは一人も殺してはダメだ」

 戦争で兵士が兵士を殺しても不問になるのは、国際法によって守られているからにある。この世界でも必ず戦時国際法に類似した法があるから、法の庇護を受けられない日本は一人とて殺してはならないのだ。


「ここが地球でなくても取るべき行動は何一つ変わらない。必要最小限の行動を厳守して事の推移を見守るんだ」

 もちろん状況によっては防衛出動を掛けねばならないが、現状は迫るミサイルの対処に留めるのが日本の未来に繋がる。


 国民レベルで先を考えてはならない。国家レベルで先を考えねばならないのだ。

 佐々木総理は閣僚たちに見えないよう、テーブルの下で両手を握り合わせた。

 そして奇襲の件、おそらく知られただろう〝きりしま〟の発射の事を伝えるため、官房長官の片岡は記者会見のため危機管理センターから退出した。


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