第17話 『開戦』
浮遊巡視船ソルトロンはニホン軍の帰投を確認し、同じく戻ろうとしたところでラッサロン浮遊基地から駆逐艦以上の軍艦が出航していくのが見えた。
イルリハラン軍の規則に則れば、領空侵犯が駆逐艦や戦艦であろうと国境警備として建造された巡視船が対応をするのだが、平時とは人事が異なっているためそのまま帰投せよと防務省から通達を受けていた。
ソルトロンには今やニホン交流で欠かせないユリアーティ偵察部隊が乗っており、万が一撃墜されて戦死してしまったらニホン交流は大きな後退をせざるを得ない。兵士の中にはエルマの存在があるからと思うだろうが、王室であると同時に自ら志願して入隊した軍人だ。この場合重んじるのは軍人としての立場なので撤退の理由にはならない。
それに巡視船の武装だと駆逐艦には敵わない。平時なら国境警備用の巡視船が対応することで、相手が格上でも格下でも大義名分を持って対応できるが、艦隊を前にしてはさすがにその能力が足りず的になるだけだ。
それらの理由もあってソルトロンはまっすぐラッサロンへと戻ったのだった。
「艦長、ソルトロンを確認。ニホン軍の非浮遊機も確認しました」
ラッサロンを出航した艦隊旗艦、浮遊戦艦アクワルドの艦橋にて観測員が双眼鏡を覗きながら答える。
浮遊戦艦アクワルドの艦長マルム・ガイ・モトル大佐も双眼鏡を持って前方を見て、その後方にいる艦隊総司令官であるノス・アンチバット中将は顎に指をあてて軽く考える。
数キロ先には先行する駆逐艦が見え、さらに前方に上昇しながら基地に向かうソルトロンと、ニホン方面に移動をする非浮遊機が確認できた。
「よし、このままソルトロンはラッサロンへ帰投。予定通りのポイントで国際部隊を止める」
ノスが艦隊に向けて指示を飛ばす。
ラッサロンから出航した戦力はほぼ全部である戦艦五隻、駆逐艦十二隻、戦闘機四十機だ。
対する国際部隊は三ヶ国分で、戦艦十五隻、駆逐艦二十五隻、五隻が特務艦の構成である。
単純に考えてラッサロン浮遊基地の三倍の戦力をレーゲンは投入してきた。戦略上攻めるには相手の三倍が必要であるため、数字上ではラッサロンが負けることになる。
だがイルリハランに侵攻すると言うことはニホンも意識しなければならない上に、近隣基地から増援がすでに向かってきている。それにあくまで理論上であって確実ではない。
戦争に絶対はない。少数の戦力で大多数の相手に勝つことなどざらにある。
かと言ってレーゲンが援軍を送ればさらにイルリハランも送り、戦いは拡大を続けてこの大自然の土地はがれきの山となる。それはこの地を聖地とするレーゲンも快くはないだろう。聖地奪還の使命感で無茶をして穢しては神に頭も下げられない。
恐らくその前にニホンが用意した抑止力と外交で拡大はしないだろうが、侵攻そのものを食い止めるためには艦隊を動かさねばならない。
「各艦、警戒は厳に。鳥一匹見逃すな」
艦隊を指揮する提督は艦隊旗艦に乗艦するものの、その艦の艦長を無視して直接の指示は出来ない。艦隊としての最高指揮官はノスでも、乗艦するアクワルドの最高責任者は艦長のマルムだからだ。
艦長と提督はまた区別しなければならないため、提督は各艦の艦長に指示を出して相互に防衛できる地上百メートルから五千メートルまで三次元で陣形を展開させる。
「ソルトロン通り過ぎます」
陣形の中で最も先頭を進む駆逐艦の横をソルトロンがすれ違う。
「ソルトロンより通信。あとはお願いします、です」
「ソルトロンに返信。任された」
「浮遊早期警戒艦マストロスより情報来る。国際部隊までの距離千百キロ、相対速度千キロ」
特務艦の一つで、最低限の自衛装備しか装備しない代わりに広範囲の各種センサーとレーダーを持つステルス早期警戒艦からの情報が各艦の遠方の目となり敵艦の位置を知らせる。
「ノス提督、防務長官より映像通信です」
「分かった。通信室に向かう」
防務省より艦隊出動命令が出されたのはわずか一時間前だ。しかし出撃体勢はラッサロンの警戒レベルを最大にした時から二十四時間体制で出来るようにしており、たった一時間でラッサロン戦力のほぼすべてを出航させられた。
そのため詳細なことが文書を含めてまだであり、ノス提督は司令席を立って通信室へと向かう。
国際部隊が領空侵犯したことで各艦戦闘態勢だ。兵士たちは各持ち場についていつでも行動できるよう気を張り巡らせている。
ラッサロンに配備されている軍艦は、単艦で活動することもあればこうして艦隊で行動することもある。常々訓練をしているからこそ兵士たちは迅速な行動が出来た。
今回の出動は歴史上まれに見ることであってもすることは変わらない。
結果的にニホンを守ることになってもその根幹は自国の領土を守り抜くことだ。
通信室にノスが到着すると、着席していた通信士が即座に席を立って敬礼をする。
「お待ちしていました。ただいま大臣とお繋ぎします」
ヘッドセットを受け取り壁から延びる脚に支えられた椅子へと腰かける。目の前にあるモニターにバーが現れ、最大値になると画面に男性が映し出された。
現防務長官にノスは敬礼をする。
『ノス中将、状況はどうだね?』
「はっ、ただいま国際部隊との予定接触地点に向けて艦隊行動を取っているところであります」
『さすがは警戒レベルが最大だな。迅速な行動だ』
「大臣、レーゲンへの停戦要求は?」
『向こうは聞く耳を持たんな。聖地奪還とニホンの壊滅しか望んでおらん』
「殺人物質の危険性も効果はありませんか?」
『その効果が出る前に動いたのだろう。レーゲン国民は聖地奪還と殺人物質の蔓延を天秤に掛け始めているが、政府は世論が傾く前に危険があろうとやり切るつもりだ』
それで万が一ニホンの主張通りに殺人物質が蔓延しても、異星人の言うことは信じられない等信用の無さを盾にするかもしれない。
ノスもユリアーティ偵察部隊から得た殺人物質、放射線を出す物質の資料は見せてもらったが本当かどうかすぐに信用は出来ないでいた。万人受けしやすいイラストや、向こうで実際に起きた事故の写真を得て見たとしても、こちらでは存在しないか未発見の物質だ。
ましてや異星人からの提供だから無条件での信用は出来ない。
「長官はその殺人物質をニホンが本当に保有していると信じられますか?」
『信じる信じないではなく、あるものとして動くほかない。向こうがあると言ったのだ。なら嘘であってもそれは向こうの責任だ』
「調査不足と非難されませんか?」
『立ち入りが物理的にできない国に対して調査精度を求めて無理なのは中将たちがよく知っているだろう? ニホンからの提供以外入手できないのなら、提供側に責任があるのは当然だ』
「ですな」
防務長官は一瞬苦笑を見せた後、数秒の間を開けて言った。
『艦隊は先の発令に従い、艦隊行動を持って現在領空侵犯中の国際部隊の抑止に当たれ。これはイルリハラン政府の正式決定である。国際部隊が艦隊に向かい明確な攻撃をした場合、攻撃を許可する。攻撃の範囲は状況に応じノス中将の判断に委ねるものとするが、ニホンに対する防衛及び連携は認めない。イルリハラン政府の決定により防務長官の職権を持って命じる』
「ハッ」
『後始末は我々政府がする。ユーストルを守り切ってくれ』
「我々はこの日のために日々訓練をしてきました。必ずや守り抜きます」
防務長官は一度頷いて通信が切れた。
ノス提督は艦内マイクを手にする。
「各艦に繋いでくれ」
「了解。各艦に繋ぎます。繋ぎました」
「アクワルドより各艦に達する。艦隊司令のノスだ。知っての通り今我々はレーゲンを中心とした国際部隊の侵攻を食い止めるために行動中だ。奴らは愚かにも我々が滞在するユーストルを我が物とするために武力を持って占領しようとしている。レーゲンはユーストルを神が降りる地として聖地として崇めているが、我々にとっては建国より共に過ごしてきた土地と同時に、史上初の異星国家が来た土地だ。その土地を他国軍に占領されてはイルリハラン軍の名が地に落ちてしまう。そして我々はこの時のために訓練を続けてきた。総員、気合いを入れて持ち場に当たれ。尚、ニホンに対する国際部隊の行動は無視しろ。以上だ」
マイクを戻してノスは席を立つ。
「ノス提督、ノス提督に向けて通信が来ました。所属は……レーゲン軍浮遊戦艦ウィスバーラです」
立った瞬間からの通信に、来たかと再び座る。
レーゲン籍の軍艦だ。しかもウィスバーラは最新鋭の大戦艦で、四百メートルはするバケモノ艦である。速度はジェットエンジンを積んでいるため亜音速で移動でき、装甲が厚く搭載するミサイルも大量にある不沈艦と呼べる世界でも数少ない艦級だ。
「こちら艦隊総司令のノス・アンチバット中将だ。そちらの官、姓名を名乗れ」
マイクを手にしてノスは尋ねる。
『レヴァン国際部隊、艦隊総指揮ネイスン・ホーラン中将だ』
レヴァンは構成国レーゲン、コーヴァス、アルマンの名から取った国際部隊名だ。世界軍と違い、アルタランを介さない国際部隊は構成する国家の名の一つを貰って命名される。
ネイスン・ホーランは名の知れた軍人だ。著書も多く出している。
「ネイスン中将、これは一体どういうことかな? 我が国の領土に艦隊を侵攻させるとは」
『腰抜けなイルリハランに代わり、聖地を侵すニホンを滅ぼすため我々が出向いた次第さ』
「腰抜けとは大変な侮辱ですな。たかが小国相手に四十五隻とは、こちらから見ればそちらの方が腰抜けと言わざるを得ないがね」
四十五隻もの艦隊と来れば大国を相手にするのと同じだ。それを地図上では豆粒のニホンに攻め入るのは過剰戦力と言える。もっともその艦隊がニホンに対してではないのは目に見えて分かるが。
『相手は異星国家だ。いったいどんな戦力を隠し持っているか分からないのだ。なら最初から大戦力を出すべきではないかね?』
宇宙人の侵略映画は大敗に近い負け方をしたあと打開策を探して勝機を見出すものだ。ニホンはテンプレートな異星人ではないがその事実は変わらない。フィクションが現実になった事例は多くあっても、異星人系はさすがになく確実さを求めるのは当然だ。
「空に立つことも出来ない国に大戦力。それは細木の枝を武器とする子供に拳銃を向けるくらいの差では?」
『ニホンのみであればそうかもしれんが、貴国が邪魔をするとなれば話は変わる。ニホンに毒され洗脳された貴国の目を覚まさせるためにも、この地はレーゲンが統治するべきだ』
「ニホンの監視はイルリハランが引き続き行う。そちらが動けば動くほどただ場を乱すだけだ。即刻退去しろ」
『それは出来ない話だ。ニホンは卑劣にも我が軍の小隊を捕虜としている。仲間を助けるためにも引くわけにはいかないな』
「ニホンが小隊を? 地に付く人種のニホン軍が、よく空に立つレーゲン軍を捕らえることができましたな。よほどニホンの兵器が優れていたのか、それともレーゲン軍が油断しきっていたのかどちらでしょうな」
ブラフであることは考えるまでもなく分かるので軽口で返す。
『ノス中将、これ以上の侮辱はやめていただこうか。そういう貴国も、ニホンの動向を探れないほど無能であると証明しているのだぞ』
「ではニホンに捕まったと言う証拠を提出していただこう。我が軍はニホンの行動は二十四時間体制で監視している。もしそのようなことがあれば察知して対処している」
事実、イルリハランはニホン全周に監視網を敷いて不当な進出をしていないか監視をしている。これは軍レベルではなく民間レベルで勝手に出ている可能性を考えての監視だ。
イルリハランはニホンがイルリハランに対して信用を売りこもうとしていることを信用している。輸出入が必須な状況下で、イルリハランからの信用を失わせるわけにはいかないから、軍レベルの工作目的で進出はまずしない。しかし政府の目が民間人全員に行きわたることは難しく、密かに進出している可能性もあって、海と陸の高低差の低いニホンの中心地を主に監視をしていた。
『それは軍事機密だ。見せるわけにはいかない』
「であれば我が方はニホン軍がレーゲン兵を捕虜としたという主張は受け入れない」
『愚かな決断だノス中将。自らの未熟さを受け入れないとは』
「その言葉、そっくりそのままお返しする。ニホンは聖地を極限にまで穢す殺人物質を貯蔵しているのだぞ。万が一その施設を破壊した場合、数十万年に渡って入れなくなることを承知してのことだろうな」
『致死性の放射線を出す物質などあってたまるか』
「チキュウにはフォロンもレヴィニウムもないが?」
フィリアにあってチキュウにはない。その逆も然り。レーゲンの主張には何一つ信ぴょう性がなかった。
『神はあらゆる穢れも浄化する。そのような物質など神の息吹で消える』
「神が降りる地と言うのであれば、そのニホンが神または神の使徒ではないのかね?」
『笑えない冗談だ』
ネイスンの方から通話が切れた。
「向こうは相当に焦ってるな」
ノスは今のやり取りでレーゲン政府の本心に当たりをつけた。
言ってしまえば、悠長に構っていられなくなったのだ。
このままニホンが居続け、国家としてイルリハランだけでなくアルタランまで認めてしまえば世界がニホンの安全を保障してしまう。そうなると相手がイルリハランから世界となり、聖地奪還という目的では足りなくなる。
だからニホンが国家承認される前にユーストルを実効支配し、ニホンの国家承認を止めるつもりなのだ。放射性物質の噂を無視するのもその理由で止められることを考えての事だろう。
アルタランにはレーゲンも加盟している。アルタランが保護の方面で決議してしまえばもうどうしようもできない。転移当初ならイメージだけで世界を味方にイルリハランからユーストルを切り離せると考えたが、ニホンはとにかく普通の国の行動しかとらなかった。
アルタランも最初は警戒してもイルリハランとニホンの交流に考えを改めだしている。
それでは困るので、レーゲンは同盟国と共に短期決戦で実効支配しようと来たのだ。
おそらく昨日からユーストルに潜伏している小隊を引き金にして。
「……っ!? マストロスより通信。国際部隊より攻撃を確認。ミサイルと思われる反応が十、二十、三十五、六十! 六十四のミサイルが国際部隊より発射された」
「アクワルドより各艦に達する、総司令のノスだ。たった今国際部隊よりミサイルが発射された。各艦艦長の指示のもと迎撃を開始せよ。ただし、明確にニホン向かうミサイルは無視しろ」
通信兵からの言葉に瞬時に反応し、ノスは艦隊全てに指示を飛ばす。
サイレンが鳴りだす艦内を、ノスは急いで進んで艦橋へと向かう。
距離が距離だけにまだ艦隊のレーダーには感知できていないだろう。それでも早期警戒艦によって感知前からデータリンクにより知ることが出来た。
ニホンとユーストルを繋ぐ接続地域は艦隊を挟んだ向こう側だ。ニホンを狙うならば防衛が薄くなる北方か南方地方に限られる。
もっとも国際部隊の狙いはニホンではなく、ラッサロンであることに間違いはない。
法治国家と標榜するニホンはニホンの海より先には恐らく出てこれず、集団的自衛権が行使できないから個別的自衛権のみしか行わないだろう。
ならラッサロンを落としてしまえば、ユーストル内に於いて国際部隊ことレーゲンが意識する脅威はかなり軽減できるわけだ。ニホンは資源を輸入に頼るため、籠城攻めをしてしまえば勝手に自滅してくれる。
ノスが艦橋に戻ると艦長席にいるマルム艦長はいなかった。戦闘指揮所へと向かったのだ。
「想定通りレーゲンは短期決戦でユーストルを手にする気だ」
中長期になればあらゆる意味でレーゲン側が不利になる。その不利に傾く前に聖地と言う国民の心の拠り所を手にし、多少苦慮しようと乗り切ろうとしているのだ。
精神の拠り所は国にとって重要だ。いくら経済が裕福でもそれがなければ活力は見られず、逆にあれば貧しくとも明るく生きていける。
イルリハランとしてはまだこの地にはレーゲンしか知らない地下資源が豊富にあると踏んでいるが、建国からある土地を渡すわけにはいかない。
気になるのは昨日からこの地に侵入しているかもしれないレーゲン軍の小隊だ。
単に車両のみを自動運転で飛ばしただけなのか、それとも脱出して撃墜したように見せたのかが今現在でも分かっていない。
とはいえ十人以下の部隊で艦隊を混乱させることはできず、ラッサロンへもまず無理だろう。
ニホンへも侵入が出来ない以上どう工作をする。
と、船首にある垂直発射管が四つ開き、白煙を上げながらアルワ-24が発射された。
遠方でも伸びる白煙が見え、各艦迎撃行動を始めたようだ。
「単に力勝負か、それとも……」
ノス中将は静かに空に上がる白煙を見続けた。
*
オスプレイが須田駐屯地に着陸する頃、テレビでは佐々木総理が緊急記者会見を開いていた。
『つい先ほど、海上自衛隊、航空自衛隊はユーストル内を移動する四十五隻になる飛行艦艦隊を確認しました。同時にイルリハラン軍と交流中でありました陸上自衛隊に確認を取ってもらいましたところ、ここユーストルに隣接するイルリハランの隣国、レーゲン共和国を主とした多国籍軍艦隊であることが分かりました。
レーゲン共和国は現在日本がいるユーストルを宗教上の聖地としておりまして、地球で言う中国が尖閣諸島の領有権を主張するのと同等のことが、イルリハランとレーゲン両国で起きていました。
日本が転移したことによりユーストルを巡る両国のバランスが崩れ、我々の平和的交流とは関係なくレーゲンはユーストルの実効支配のため艦隊を差し向けたものと思われます。
イルリハラン軍は領土防衛のためラッサロン天空基地より艦隊を差し向け、状況によっては戦争に突入する可能性があります。
気になる日本がその戦争に巻き込まれるかですが、その可能性は低いことをお伝えします。我が国には転移に伴い、リーアンたちが空に飛ぶのに必要なフォロンが一切なく、陸上の乗り物もないことから上陸の危険性はありません。あるのはロケット推進のミサイルのみで、それに関してはすでに発令しているミサイル破壊措置命令により対処します。ですが安全のため国民の皆様は外出を控え、政府の指示に従ってください。
海から先はイルリハランの領土であり、なおかつ正式な国交樹立も安全保障条約も結んでいないため、日本はイルリハランに対しあらゆる支援を行わず国内の自衛のみを行います。
レーゲンの実効支配は武力行使の新三要件にあります《我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること》《これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと》が当てはまります。友好的な対話を望むイルリハランを支援するべきと意見もありましょうが、歴史を知らない第三者であり異星国家である日本が割り込めばさらなる問題拡大となります。
イルリハラン王国の国際的立場を鑑みて、イルリハランとレーゲンの外交に我が国は関われない判断をしました。このことにつきましては、イルリハラン王国より承諾を得ております。
そのため今後の交流は勝利国とすることになります』
地球であれば起きてほしくない事でも対応できる準備をしてきた。しかし全く違う星に来てしまったばかりに、既存の方法が通用せずこうした傍観者の立場を示すしかなかった。
この争いに参加をすれば問題。万が一レーゲンが勝ってしまっても問題。唯一イルリハランが勝つのが日本の生きる道だが、これもまた日本が来た原因で起きてしまったから費用云々の問題が出てきて、結局のところ日本は何かしら失う。すでにラッサロンの運用費に言及しているからレーゲンより日本に行く可能性が高い。
また日本はイルリハランの貨幣について調べておらず、その為替も分かっていない。ふっかけられることもありえるため起きないことが何より大事だったが、起きてしまった以上はその前提で考えねばならない。
しかし、交流は戦勝国とするとは地球では絶対に言わないことだろう。上から目線であり、傍観者としても見える。けれど日本にとってはユーストルを領土とする国と交流するほかないため、レーゲンが支配したからと言ってイルリハランと交流は出来ない。
似たような状況を言うならベルリンの壁だろうか。
「総理、ではもしレーゲンを中心とした多国籍軍がユーストルを占領支配し、日本の壊滅を希望する場合、政府はどう活動するつもりですか? 壊滅を望むのであれば聞く耳は一切持たないと思いますが」
質疑応答に移り、記者が国民を代表して質問する。
『いかなる状況になろうと、政府は諦めることをしません。例え聞く耳を持たずとも外交を続け、一人でも飢えさせないため国内で改善できることを積極的に行い続けていきます』
「レーゲンが支配した場合、今話しましたように日本の存立の危機が明白になります。であれば国防軍による武力を用いたユーストルへの出動は合法ではありませんか?」
『武力をもってしか解決がない場合、憲法九条、有事法含め合法での出動は可能となります』
「今回の行動で多国籍軍が日本に対して攻撃をした場合、国防軍は出動が出来るのですか?」
『日本に対して多数の攻撃を行い、その原因を排さない限り攻撃が解決しないのであれば必要最小限の行動で出動は可能です』
本音を言えば総出でイルリハランを援護して、物流確保の確かな道筋を確保したい。
しかし段取りや条約、憲法、法律を全て無視して行動する国はもはや国ではない。
本音と建前が逆転してしまうのは愚かなことでも、それは貫き通さなければならない。
地球の生き延びた国家として来てしまった日本の譲れないプライドだ。
『今ここで法を無視して行動をすれば、多国籍軍を撤退させることは出来るかもしれません。ですが今を乗り越えたところで先がなければ意味がありません。今はまだ現状でも乗り越えられるのならば、先を見据えた行動を取らないとならないのです』
「もし我慢した結果出遅れとなり、動いた方が良かったと後悔しない保証はありますか?」
『どんな状況であれ、後先関係なく合法でない行動の結末は同じです。ここは地球ではない以上、地球の価値観では動けません』
「総理、多国籍軍の艦隊が日本に対してミサイル攻撃をした場合、その全てを迎撃する自信はありますか?」
『ミサイルの発展に伴い、自衛隊は米軍と共にミサイル迎撃するよう日々訓練そして技術開発を行ってきました。この世界のミサイル迎撃はすでに成功しているため、成功すると確信しています。しかし地球の概念とは違う航空力学を用いていることを鑑みて、念のための外出自粛をお願いしている次第です』
「米軍が放棄した核兵器は本当にないのですが? それがあれば抑止力として機能するのでは?」
『ありません。あったところでこの世界では核兵器の威力が知られていないので、その脅威による抑止力にはつながりません』
「異地では核兵器はないようですが、秒速三百から三千キロにもなるバスタトリア砲があります。今回で多国籍艦隊は投入をする可能性はありますか?」
『確認されておりません』
「その情報はイルリハラン経由ですか? 欺瞞情報の可能性があるのでは?」
『異地に関する情報は全てイルリハランからによるものです。欺瞞情報の可能性はありますが、日本独自のルートによる確認が出来ないため警戒しつつその情報を元に活動しなければなりません』
「ユーストル防衛をイルリハランに任せっきりになると言うことは、日本はイルリハランの言いなりになる恐れがあるのでは?」
口には出さなかったが、日米関係のことを意識しての事だろう。
『防衛を任せっきりになるのは国際関係及び法を鑑みてのことです。ラッサロン天空基地、艦隊運用の負担は求められるかもしれませんが、全ての主導権が握られることはないよう協議は行います』
そこに一人の職員が駆け足で来て、佐々木総理に一枚の書類を渡した。
『えー、ただいま防衛省より情報がきました。多国籍軍、イルリハラン軍両艦隊よりミサイルが発射されました』
その発言に会場はどよめく。
『落ち着いてください。国防軍のレーダーは全てを確認していまして、両艦隊から発射されたミサイルは互いの艦隊に向かっているようです』
『皆さま、申し訳ありませんが、会見は以上で終了させていただきます』
開戦。
日本がほぼ直接かかわる戦争は実に七十八年ぶりのことだった。
日本にとって戦争とは映画、再現ドラマ、海外のことでニュースの中だけの出来事だった。
それが間近で起こることに、記者たちも言葉を失った。
今から七十八年前、大日本帝国はアメリカ合衆国と戦った。そして敗けて、世界でも例のない『自衛隊』と呼ぶ軍隊であって軍隊ではない軍事組織を持った。
アメリカの軍事力を傘にして降りかかる火の粉を払ってきたが、その傘はもうない。イルリハランが多少払ってもらおうと、今度こそ日本は単独で行動に移さなければならない。
自衛隊は国防軍になった。戦力も世界トップの予算で最新装備に随時更新してきた。
法律も改定した。戦えないから戦えるように慎重に世論を見ながら変えてきた。
人々の気持ちも変わりつつある。災害時の出動からレヴィアン衝突に今日まで、国防軍・自衛隊の名前がテレビからでないことはなかった。
軍隊は非を排除する組織だ。日常では準備を続け、日常に非が襲い掛かってくればそれを排除すべく活動する。国土転移自体尋常ならざる非であるが、さらなる非が加わろうとして国防軍三自衛隊は動き出す。
佐々木総理大臣は情報収集のため会見を後にし、在京テレビは速報で開戦の文字を表示した。




