第15話 『お泊り』
リーアンが二足歩行から空に立つよう進化し始めたのは、今から数十万年前と言われている。
それより以前はニホン人と変わらず二足歩行で原始的な生活を行っていた。
その生活に終止符を打ち、広い空に逃げ出さなければならなくさせたのは、突然変異か進化の果てか、リーアンを好んで捕食する生物が現れたからだ。
グイボラ。全長十五メートル、全幅二メートルの地中生物で、常に土の中で生活をしている。主食はリーアンで、地面からくる刺激を敏感に反応して地中から奇襲をかけ、小動物も食べたとされる。
常識的に考えればそれだけの巨大生物が地中を俊敏に動けるわけがないのだが、そこは地中にまで及ぶフォロンを利用して二十キロ近い速度を出す。
なぜかこのグイボラはリーアンの味が好みで、リーアンは対抗も出来ずに食されていった。
数十万年前の生活は原始的で武器と言えば石を加工した刃物で、地中を進み突然地面から飛び出してくるグイボラへの対抗策はなかった。
幸か不幸か、グイボラは一人を食すると三日掛けて消化し、現れたのが一匹であれば一晩で集落が全滅することはない。一匹であれば。
いかに運よくグイボラが近寄れない岩盤の堅い土地に移住をしても、堅ければ農作物が育ちにくい。
かと言って作物だけ柔い地面では入ったところをたちまち狙われてしまう。
そんな時、巨木に自生するケアを発見した。リーアンたちの主食が茸類になった起源はここからと言われ、水やその他の栄養と問題はあってもひとまず生き残った。
グイボラが現れてから幾世紀が過ぎた頃、宙に浮くことができる世代が出始めた。進化によって体内に生態レヴィロン機関が出来始めたのだ。
それでもほんの数センチ程度しかないし、地に付くのが常識だった前の世代では悪魔の世代と拒絶されたりと、簡単な受け入れはされなかった。
グイボラは天敵がいないことから数を増やし続け、比例してリーアンは数を減らしていった。
問題だったのは、これがある地域限定のことだった。
餌の数が減れば必然的に捕食者は空腹になる。そうなると捕食者は新たな餌を求めて新天地を目指すもので、グイボラも例には漏れなかった。
その限定された地域外では、まだ空に立たず原始的な生活で流通の概念もなかったリーアンたちはグイボラの存在を知らずに生活をしていた。
逆にグイボラは長年の経験から効率的な狩りを身に着け、静かな暗殺者は数を増やしながら大陸を侵略していった。
最新の研究によると、原始人リーアンはマルターニ大陸の右隣のユリタシア大陸で発祥し、空に立つようになったことでマルターニ大陸ともう一つのエルデロー大陸へと移住したとされる。
地上への拒絶感から考古学は優れていないが、空に立つ世代が人口の過半数を超えた頃、グイボラから逃れるため移住を開始したらしい。
乗り物がなかった当時は単身で移動しなければならず、しかも地図もない時代での移動だ。先の見えない何万キロもの海の移動は過酷を極め、たどり着けたのはおそらく一割から二割くらいしかないと言われている。
逆に地中で生活して空を飛べないグイボラは、ユリタシア大陸で終わるはずだった。
だが自然は残酷だ。
長期的周期でフィリアでは巨大地震や火山噴火と言った大災害が起こる。巨大津波が起これば圧倒的広範囲に根を張る巨木も倒されて流されることもあった。
そいつらは木にいた。
グイボラは卵を巨木の根に産み付ける習性を持っていたのだ。卵は巨木の根に寄生し、養分を吸うことで成長して孵化をする。
その卵が寄生した巨木が、運悪く地震によって生まれた津波でなぎ倒され、流木となって海を渡ったのだ。強固な卵は海水に耐え、冷水にも耐えて大海を渡ってしまい、別の島、別の大陸で外来種として孵化してしまう。
空に立ち、長い浮遊の果てにたどり着いた新天地。原住民がいない大陸に移住したリーアンたちは再び繁栄を築くべく子孫を増やし、知恵を増やし、文明を少しずつ栄えさせていった。
が、地の魔獣は海を渡り、リーアンの居住地まで迫ると再び静かに捕食を始めた。
絶望は途絶えない。リーアンが逃げればグイボラは追い、人口が増えればグイボラも数が増える。
人は空に立とうと食は大地から離れられない。どれだけ注意深く警戒しようと、地面に近づかないとならないために、グイボラが飛び出して食べられてしまう。
それが何万年と続く。ある学者が唱えれば、グイボラがいなければリーアンはもっと早く発展していたとされるほど、文明水準はほぼ水平かむしろ下がるほど発展せず、グイボラの餌としてリーアンは生かされ続けた。
事態が急変したのは、脚が二本足から一本脚へと一体化して久しく、今から二百十年前だ。
その頃には試験的浮遊島の建設が始められていた。レヴィニウムとフォロン結晶石の特性は三百年近く前には理解され、低速ながらレヴィロン機関は発展し、ついに数十メートル級の浮遊島と言った建設へと至っていた。
とはいえ浮遊島の七割は木材で使われ、配管など木材では困難な物以外鉄は使われない。
資源採掘も洞穴を掘るなんて冗談でも出来ず、直径数キロから十キロになる露天掘りで文字通り命がけで採掘を行っていた。グイボラはとても知的には見えずとも知能は優れ、その採掘現場にいればリーアンを捕食できると分かるといつまでも居座って不意打ちで狙い、二日に一回は被害者が出た。
石油採掘も同じだ。レヴィロン機関の開発によって掘削機器を宙に浮かすことは可能となったものの、シャフトは地中に触れなければならないのでグイボラはシャフトを攻撃し、交換のため近づいたところを狙い撃ちする。折れたシャフトを放置する考えはコストの関係から出来ず、シャフト交換までは機械のみでは出来ないのでどうしても手作業となって被害を生んだ。
グイボラの推定個体数はこの時点で三大陸合わせて五億はいるとされる。リーアンは十億人で、数こそ勝っていてもグイボラにとってこの星はリーアンの養殖場としか思っていなかっただろう。
いかに文明を少しずつ発展させていっても、このフィリアの支配者はリーアンではなくグイボラだった。
それを打破するため立ち上がったのが、古今変わらず先進国家を突き進んでいたシィルヴァス共和国である。
当時はまだ国際組織であるアルタランは存在せず、各大陸でも同様に国家間で組織を作る考えすらなかった。国家は国家でそのプライドを持って活動し、不満があれば武力を匂わす言葉より力が主流な時代では無理もない。それをシィルヴァスはリーアン共通の天敵を絶滅させるべく、全世界が協力し合わなくてはと力の使い方を提言した。
もちろん正真正銘の天敵を絶滅するなどできないと各国家は非難をするが、ならばグイボラの天敵にリーアンがなればいいと十年掛けて説得。次第に共感して加盟表明する国家が増えていき、史上初の国際組織であるアルタランは発足した。
最初の目的は当然グイボラの絶滅で、効率的な駆除をどうすれば地中にいる奴らを殺せるのかを協議した。各国それぞれ機密にしたい兵器兵法あれど、その国のグイボラが消えたところで他の国から数を増やしてやってくる以上、共有は必然であった。
同時期に大量駆逐することこそ種の絶滅は現実味が出てくる。グイボラが絶滅するまで軍事機密はなしで共有することとなり、ある国が開発した兵器は全世界へ。ある国が発見したグイボラの探知方法も全世界へと広まり、効率的な駆除を続けた。
当初こそ全世界で一日二桁行けばよい程度だったが、おびき出す方法と駆除方法の向上で最後の十年目には一日五桁から六桁となった。
そして今から百年前、イルリハラン王国で発見し駆除したグイボラの卵を最後に、卵、幼生、成体全てのグイボラは全世界で見られなくなった。
リーアンは進化の原因となった天敵を、逆に天敵となって駆逐した誇るべき例となった。
中には種の保存、動物保護から隔離をしてでも残せないかと言う団体がいたが、万が一隔離から逃げ出せば困るのは後々の世代だ。映画では研究施設で秘密裏に研究されているグイボラが、定番の脱走をして研究員や一般市民を食い殺すことが常識的価値観である。
百年もの年月をかけて駆除したグイボラを、再び増やさせては苦労の意味がない。そのことからグイボラは研究用として残すことも許さず、完全なる駆除を成功させた。
これでめでたしめでたしで、リーアンは地上に戻ったのだった、とはいかない。
なにせリーアンが空に立つ原因を作り、なおかつ数十万年もの間恐怖し苦しめたのだ。その恐怖は本能に根強く刻まれ、例えグイボラを見たことがなく、赤ん坊の頃から大地は怖くないと言い聞かせてもわずかな例外を除いてほとんどのリーアンは大地に対して恐怖感を抱き続けた。
数十万年にも続いた生物の記憶はたかが百年経程度では薄れない。
それゆえに被害が出ないからと言って地下資源採掘が加速することもなければ、油田の発見もいかない。
さらに一世紀もの間共有した戦術・戦略兵器は戦争をも過激にさせた。リーアンが共有する天敵がいなくなれば今度は覇権を求めて国家が動き、各地で大小さまざまな紛争から戦争が起きてしまった。
イルリハランもユーストル絡みでレーゲンとの対立が絶えず、しかし強すぎた武器は強い痛みを伴い、戦争は次第に沈静化して言葉を主とした外交へとシフトし、今に至る。
リーアンの文明は皮肉にもグイボラと共にあり、グラフで表せれば果てしなく長い間水平で進み、たった二百年足らずで垂直に近い角度で急成長した。
それゆえ急激な発展に生物としての適応が間に合わず、技術が日進月歩で発達をしても大地への拒絶感は残ってしまった。
各国政府としてもこの不要の本能は取り払うべきと考えても、万年単位で積み重ねての克服は難しく、超優遇待遇であっても地面に近い仕事をする人は一握りしか出ない。
軍の訓練でただ地面に寝っ転がるのがあるのも、精神を鍛えると同時に地面への拒絶感を克服するにはどうすればいいのか実験も加味していた。
だからこそ、三人は決断を迫られた。
ニホンにはフォロンがない。大気中にあるフォロンの特性上、ニホン国内にフォロンが自然的に満たされることはなく、フォロンによって空に立つリーアンにとっては移動に著しく制限が掛けられることになる。
しかも動けない上に大地の直上にいるとは、敵兵が安全装置を解除した銃をこめかみに突き付けているようなものだ。
安全と分かっているのに空に逃げろと訴えてくる。訓練で数十時間と地面に寝っ転がってもその衝動は隠し切れない。
だが秘密を守る上ではラッサロンに戻るわけには行かない。ニホンも書類的な意味で苦い顔をしたが受け入れてくれるので、この好意を無下にはいかなかった。
「ここは腹をくくるしかないな」
交流が進み、国交樹立をすれば人の出入りを確立していかなければならない。記者会見と違って準備期間なしは大変だろうが、双方で問題点を知れれば今後のためになる。
イルリハラン政府はニホンを国として承認する予定だ。たった二週間では早過ぎるとしても、国益や未来のことを考えてのことだろう。
であれば人の出入りを考えるのは早い方がいい。ひょっとしたらユーストル側で貿易港を作るかもしれないが、それでも双方で活動できる設計は不可欠だ。
「ひょっとしたらこの日のために訓練していたのかもしれませんね」
ニホン側から一晩匿われる許可が来て、ルィルたち三人はニホン人たちに聞こえないよう相談をする。
「でもルィル曹長は女性です。さすがにニホンも威信から何もしないと分かりますが……」
「エルマ軍曹、気遣いありがとうございます。ですが女性視点での観察も必要なので、今後を考えるとこの機会を逃す手はないです」
「まさか入り口でも異星人の国土内に入るとは、誇るべきか恨むべきか」
「ですが選択肢がこれだけであれば、リィア隊長の言う通り腹をくくりましょう」
三人の身の安全よりは両国の、特にイルリハランを考えれば選択は一つしかない。
三人は頷き合い、ノギハラに向く。
「ノギハラ中将、ヨロシク、オ願イシマス」
「了解しました。皆様の、身の、安全は、ニホン軍の、誇りを、持って、守らせて、頂ます」
ノギハラは棒読みだがマルターニ語で話し、アマミヤが代わって話す。
「それで武器の所持ですが」
三人は硬直する。移動手段を著しく奪われ、さらに武器まで取られては丸裸にされるのも同じだ。危害が及ばないのは分かっても、安全の担保がないのはやはり怖い。
「拳銃の所持まででしたら大丈夫です。さすがに異星人の国の中で、丸腰は怖いでしょう?」
「イイノデスカ?」
「お互いの安全のためです。記者会見でもこちらも拳銃を持っていましたしね」
互いに使わないと分かっているのだから持っていても問題はない。銃の所持はあくまで精神衛生上のためだから、やはりニホンは他者を思いやる心を持っている。
「ソレデドウヤッテ移動シマスカ? クルマイスヲ使ウトシテモ浜辺ジャ使エマセンヨネ?」
「ソリャ担イデイクシカナイダロ。オンブハ脚ガ開カナイト出来ナイカラ、オ姫様抱ッコカ二人デ上下デ持ツシカナイナ」
「ナラルィルサンハ女性自衛官ガデスネ」
このまま目立つ前線基地前に居ればレーゲンの小隊に見られる。ニホン軍はルィルたちをニホンの領土に入れるべく、拳銃以外の武器を預けてルィルは女性兵二人、リィアたちにはそれぞれ男性兵二人に担がれてフィリア人として初の異星国家へと入った。
本当に体が一切浮かなかった。
草原から浜に入った瞬間、無意識に滞空していた体が重力に従って落ち、二人の女性兵の腕へと体重が掛けられる。いくら空に立とうとしても、見立ての通りフォロンがないから出来ないのだ。
頭では分かっていてもこればかりは実体験しないと心が分からない。出来なければならないことが出来ない精神的不安は計り知れなかった。
しかもそれと相まって地面の直上だ。普段の精神を百とすればもう十を切っている。
一言で言えばいっぱいいっぱいだった。
大勢いるニホン兵に見られながら運ばれた場所は、砂地ではなく人工の岩と思われる地面の上に出来た建物で、四階はあろう出来立ての建物だった。入り口には三つの車輪のついた椅子が置かれ、その上にルィルたちは降ろされる。
フォロンがないことで初めて気づいたが、フォロンに頼って生活していたゆえか体が重い。
筋トレはしても、普段の力は筋力とフォロンの助力によって出しているようで、フォロンの助力が無くなったことで全て体がもつ筋力で支えなければならず、それ故に重さが来ているようだ。
移動は背後に回ったニホン兵が運んでくれた。自分の意思でなく他人に任せるのはそこはかとない不安を覚える。
リーアンには障がいの一つに先天的に生態的レヴィロン機関が体内にないレヴィロン欠乏症があり、百万人に一人がそれを持って生まれることがある。その場合はレヴィロン機関を持つスーツかクルマイスのような浮遊椅子で移動するが、その人たちは皆このような重さの中で生活しているのだろうか。
そして人工の岩の上とはいえ、地面の直上にいるのは安全と分かっていても怖い。突然真下の床を突き破ってグイボラが出ないかと不安になる。
文字通りグイボラはこの世には存在しないと分かっているのにだ。
ちなみに夕食は我慢してほしいとのこと。水は水質検査から普段ニホン人が飲んでいるものでも問題ないとのことで、食事は客人に我慢させるのもあれだからアマミヤ達も我慢するらしい。
ルィルにすればニホンの夕食をぜひとも食べたいが、さすがに許可は下りそうにない。一応主要食材のサンプルを提供しあって検査をしてもその結果にはしばらくかかる。
女の勘で言わせれば水が大丈夫なら食べても平気と思うが、万が一中毒をこの大事な時に起こしてはまずい。
それに共にニホン軍も絶食をするようだから文句は言えない。
少し建物の中を移動して入ったのは応接室らしい場所だった。フィリアの部屋では決してありえないほど体積が少なく、天井も三メートル程度しかない。普段であればこの天井あたりにソファーなりテーブルが浮いていると言うのに、地上人であるチキュウは高さを意識しないようだ。そもそも背丈からして五十センチ近く違いがある。
「部屋の用意をするのでここで待っていてほしいとのことです」
「ありがとうございます」
応接室に残るのはハグマ、アマミヤ、ノギハラ、女性兵も二人ほど残ってニホン側は向かいのソファーへと腰を下ろす。
「改めまして、皆さんの入国を歓迎させていただきます」
ノギハラのニホン語をハグマが通訳する。
「と言いましても、国として承認されていないのでそちらからすれば入国もなにもありませんがね」
とノギハラは笑い、一瞬で表情を険しくさせる。
「さて、こんな形での一泊ですが、安全の保障はニホンの誇りに賭けて守らせていただきます。兵士たちからの写真撮影や質問も極力させず、個室の部屋を用意しますのでそこで休んでください」
「お心使い感謝します、ノギハラ中将。突然の事態にも関わらず……」
「いえ、事実上の侵略国である我々に対し、対話による交流をしてくださっているのです。これくらいのことで文句を言っては罰が当たります」
「そうですね、もしみなさんが映画のようなあからさまな侵略異星人であればこうはなっていないでしょう」
「我々も同じです。だからこそ招き招かれることが出来るんです」
まだ二週間足らずの交流でも、その間に問題がないからこそできることだ。超文明の国から友好の名のもとに援助だけが来れば裏がないかと警戒をするが、似通った文明で裏表双方で見せてもらえれば信用することができる。
少なくともルィルは普通の外国の感覚でニホンを見ていた。
別に異星人だから残虐非道ではない。諸外国旅行者が事件の被害に遭ったり、治安が最悪な国家では殺人は当たり前だったりするのだ。そう考えるとニホンは十分安全と言える。
異星人だから怖いのであって、普通の先進的諸外国と考えればなんてことはない。
そこに応接室のドアが開いて一人の兵士が入ってきた。
飲み物と言ってただの水が入ったペットボトルが置かれた。ペットボトルの形まで似ていてなぜかため息が出る。
「そちらでも検査をしていると思いますが、こちらの検査ではイルリハランの水を飲んでも問題ないと出ていますのでご安心ください」
「いただきます」
ガラスのコップに注がれた無色透明な水を口に含む。ただの水ゆえに味はなく、軟水なのかのど越しは滑らかだ。イルリハランの水も軟水だから異星の水でも違和感はない。
「出来れば我が国の酒も振る舞いたいところですが、それはもう少し検査をしてでしょうか」
「そうですね。この宣戦布告の問題が解決して、検査もクリアした暁にはお互いの食事を持ちより食事会を開きたいですね」
交流でニホンの食事は知っている。魚、肉、野菜、加工食品、乳製品と細部は違ってもカテゴリーとしては似通っている。ただ卵はこちらにとっては新鮮だ。こちらの鳥類は平均五メートルはあり、卵も比例して大きい上においしくない。少ない小型の鳥類でもそれは同じだ。
食用に出来る卵がないから、生のままでも食べられるのにも驚いた。
フィリアにしかない食品はニホンへ、ニホンにしかない食品はフィリアに輸出入出来れば、検疫の問題は常について回ってもクリアできれば大盛況は間違いない。
「ああそうそう、すっかり言いそびれてしまいました。リーアンの皆さんは地面が苦手と言うのは伺っています。なので用意している寝室はこの建物の最上階ですので、どうぞご安心を」
そう通訳されたのをハグマから聞いて、内心では表情は変えまいと心掛けてもきっとほころんただろう。
交流の過程で地上に近づきたくない旨は伝えていても、なぜ近づかないかはまだ話していない。しかし二週間の交流から空に立つプライドから近づきたくないのではなく、恐怖心から来ないのは察したのだろう。
単にプライドであれば地下資源採掘が鈍化する理由としては弱いからだ。
「助かります。正直なところ、いまここにいるのも……」
「出来る限り早く上に上がるようにします。もしよければ、なぜそこまで大地を避けるのか簡単でいいので教えてはもらえませんか? 我が国ではまだあなた方が大地を避けていることを伝えていません。差別を避けるためですが、理由が分かればその差別も最低限に出来ます」
空に立つ人種、地に付く人種、この表現自体ですでに差別化が始まっていると言っていい。ネットでも地に付くニホン人を軽蔑しているコメントが多数あるから、少なからずそう見る人々はいる。
だが元々リーアンも地に付く人種だった。この星の環境下であるから空に立つのであって二種族間で差別はあってはならない。今後交流を重ね、国交樹立が視野に入ってくれば差別問題は必ず出てくる。空と地だけでなく、異星人とする見方でも起きるだろう。
外人だけであるのだから異星人も生活圏でも消せはしないが、それでも一つずつ解消していかなければ分かり合えることはない。
ルィルはエルマを見る。エルマは一つ頷いて、リーアンが空に立つ原因は天敵によるものと簡略的に伝えた。
「――地中に住まう天敵ですか。地球では地中から飛び出て人を襲う怪物映画としてありますが、まさかこの星では実在していたとは……」
「天敵の天敵になって絶滅させた誇るべき例ですが、その反面大地への恐怖心は残ってしまいました。私自身グイボラは資料でしか見たことなく、大地は安全と聞かされても緊張が絶えません」
「我々で言えば人食い動物の生息する深い海で身一つでいるようなものですね。それを数十万年経験すれば、安全と分かっても安心はできないでしょう。説明ありがとうございます」
「ノギハラ中将、少々イイデスカ?」
「ナンダ?」
話が落ち着いたところで、応接室の扉が開いてニホン軍兵士がノートパソコンを持って入ってきた。
「ササキ首相ガルィルサンタチトオ話ガシタイト」
「……アイサツクライナライインダガナ。モウ部屋ノ準備ハ出来テルカラ、上ニ行カセタインダガ」
「首相モ合間ノ時間デ来テイルノデ早メヲ希望シテイマス」
「ハグマサン、首相ガ話シヲシタイミタイナノデ、聞イテモラッテイイデスカ?」
「分カリマシタ」
とニホン人たちはニホン語で話をする。しかしさっきと同じで、ルィルは驚異的な早さでニホン語を習得している。まだ読み書きこそできないが、日常会話はもう出来るため、何を話しているのか聞き取れていた。
「リィア隊長、どうやらニホンの首相が話をしたいみたいですね」
「行政のトップか……粗相のないようにしないとな」
「私としてはテンノウ陛下とお話がしたかったですね」
「エルマ軍曹、それは後々でしょ。殿下としてはともかく我々が話していいお方じゃあない」
ニホンを象徴し、二四〇〇年以上昔から脈々と神の血を受け継いだ人物。
まだ交流でその写真も見せてもらっていないから、挨拶だけでもしてみたいがさすがに身の丈にあっていないか。
「今ですね、私たちの国の首相がお話をしたいと言っておりまして、外交目的ではないと思うんですが話をしていただけますか?」
「それは願ってもないことです。この宣戦布告がされた今、国と国の意思疎通は欠かせませんから。ノギハラ中将、繋いでもらえますか?」
ハグマが兵士に向かって通訳すると中央にあるテーブルにノートパソコンが置かれ、隊員が操作をすると画面いっぱいに男性が映し出された。
この人がニホンの行政のトップ。それにしては柔和な面影をしている。それでも権能としてはニホン軍を動かせる。
下手なことは言わない方がいいか。
『初めまして、イルリハランの皆さん。私はニホン国首相大臣、ササキゲンゴロウといいます。まずはわずかとはいえ、我が国への入国を歓迎いたします。事情は伺っております。レーゲンの動向次第ですが、明日の交流地に向かう機会を使いまして、皆様を必ずお送りいたします。検疫の問題から安全と分かった水以外振る舞えませんが、我が国を堪能してください』
さすがにマルターニ語を流ちょうにしゃべれるわけでもなく、ササキ首相が話したニホン語をハグマが通訳する。
「エルマ・イラ・イルリハランと言います。ササキ首相、急なこととはいえ、ニホン国内に匿っていただきましてありがとうございます。三人の代表として感謝の意を述べます」
『こちらこそ、不本意とはいえ侵略国にも関わらず、言葉による交流を採択していただいたことを感謝します。この好意を裏切らぬよう我が国は尽力していきます。出来ればその場に向かいましてあいさつをしたかったのですが、非公式と同時に検疫からこのような形となりました。検疫がクリアされた暁には、直にお会いしたいですね』
「ありがとうございます。ササキ首相、これは今おっしゃったように非公式のあいさつで構いませんか?」
『もちろんです。今、この国にあなた方は来ていませんから。このあいさつ自体存在しません』
「では、この場をお借りして少々本音を語らせてください。ササキ首相、我が国イルリハランがニホンを擁護するのは、なにも史上初の同文明の異星国家だからだけではありません。本来であればラッサロン浮遊基地はユーストルに来ていませんし、中には休暇で帰郷する兵士もいたでしょう。ですがニホンが現れたことで全基地が不眠不休で行動していて、その費用はすでに相当なものとなっています。戦争になれば消費する弾薬や燃料、最悪軍艦や人命の消失もあります。もしそれらが起きたとき、ニホンに対して何も要求しないことは出来ません」
『承知しております。我々の星でも数多くの戦争をし、損害賠償や責任問題と数多く経験しており、そのような要求がされることはすでに想定しております』
「あまり綺麗ごとではありませんが、慈善事業ではない以上、何かしらのことはしてもらわないとなりません。とはいえ一方的な略取をするつもりもないのでご安心ください」
『もしその費用の代替として地下資源採取でなれるのであれば、中長期となりますが国交樹立と並行して交渉したい考えです』
「やはりその考えをされますか」
『星や国家の面積に対して人口が少なく、居住場所が大きく制限されていること、皆さんが大地に近づかないことを見ての仮説です』
「そのことについては宣戦布告問題を解決したあとでゆっくりと協議をしていきましょう。ここは国防、国益と言う利害の一致がありますので」
『ただ、さっき言いましたように地下資源採掘は月単位から年単位と中長期で行います。我が国の石油備蓄量は半年分ですので、イルリハランより検査をクリアした上で輸入があれば間に合いますが、難しい場合は数ヶ月でチキュウ式の採掘をしなければ社会自体が機能しなくなります』
「そうですか。おそらく援助は出来るでしょう。ニホンが望む量かは分かりませんが、イルリハラン政府はニホンの主権を認める方針を固めました。まあ認めなければニホンは我が国の自治体として援助となるんですが、ニホンとしてはお困りでしょう?」
『ええ、我が国には我が国としてのプライドがあります。もうそれしか国民の生命が守れないのであれば受け入れざるをえませんが、それを回避するべく活動しています』
「分かっています。イルリハランとしても、ニホンを我が国の自治体として取り込むつもりはありません。気分を害されるかもしれませんが異星人ですからね。ニホン人を国民とすれば他の国民からクーデターされます」
『ごもっともですな。エルマ殿下、この映画とはまるで違う状況の異星国家交流ですが、平和的な進行を強く望みます。争いがなく、手と手を取り合い、お互いに痛みの少ない道を歩みたい。綺麗事ばかりは言えませんが、チキュウに戻れない今、貴国との協力が不可欠です』
「我が国としても、停滞した状況打破の起爆剤がニホンでなりうると予感しています。史上初の異星人と歩む明るい未来を私は望んでいます。こちらとしても争いは好みません。どんな過程を経ても、最終的に笑い合えればと私個人は思っております」
国家間で綺麗なだけで終わることは絶対にない。表面的には終始綺麗ごとで終わらせても、その裏では決して知られてはならないことがあるのが国家運営だ。それはイルリハランも異星国家ニホンも変わらないから、それを確認しあったのだろう。
これはあくまで非公式であって会話自体存在しなかった。ただそういう考えがあることを頭の片隅に入れておくための会話だ。
「ところでササキ首相、あなた方ニホンが用意をする、国際部隊の侵攻阻止の案とは何ですか? フォロンがないとはいえ、バスタトリア砲やミサイルを使えば都市の大量破壊は可能です」
今のところの侵攻を止める方法は、イルリハランが所有するバスタトリア砲とニホンが考えている案の二つだけである。そしてレーゲンへの外交ルートがないニホンがその案を伝えるには、イルリハランの協力が欠かせないからエルマは尋ねた。
『それはですね、我が国には人体には非常に有害ですが、発電に使われる特殊な物質が大量にあります。それを盾としてレーゲンの侵攻を阻止します』
「有害物質ですか。確かに神が降りる地が穢れるのは避けるかもしれませんが、それでも止めるとはとても……」
『それが数万年に渡り、近寄るだけで人が死ぬとしても言えますか?』
ルィルたち三人は目を見開いた。
「数万年?」
一瞬ハグマの通訳ミスと思ったが、数字に関しては交流してすぐに確認しあったから間違うはずがない。
『安全な運用をする限り危険性はありませんが、その施設を破壊されたりするとまき散らされ、風向きによってはユーストル全域で人が入れなくなります。それを証明することは短時間では難しくとも、異星人でそのようなことを言えばうかつに手は出せないでしょう』
「無害化は出来ませんか?」
『人工的な無害化は出来ていません。現在の処理としては地中深く埋めるしか出来ませんが、まき散らされれば回収はまず困難ですね。防護服を着ていても作業中に大勢が亡くなります』
一度撒かれれば無害には出来ず、数万年もの間近づけば死ぬ。確かにそれなら聖地を奪還しても、無類無き穢れと果てなき後悔のみが残る。
『完全な阻止は難しいですが、本当に聖地としているのであれば十分止める理由にはなります』
異星人ゆえの説得力を武器で対抗。不確定要素が大きく、少しでも交渉が狂えばたちまち戦火が広がりその殺人物質が巻かれてしまう。
「ササキ首相、その物質は実在するんですね?」
『します。過去にチキュウの国外で事故が起こっていますし、我が国でも災害によってなりかけもしました。施設が無事でも、人がいなくなれば同じくまき散らすので、攻撃をしないことこそユーストルは守られます』
「……分かりました。非公式の会話ですが、このことは国王陛下に伝えて準備を願いたいと思います」
『よろしくお願いします。さて、急なお話ありがとうございました。みなさんお疲れでしょう。異星国家の地で安心は出来ないかもしれませんが、ゆっくりとお休みになってください』
「ありがとうございます」
一度ササキ首相は頭を下げると画面が切れて真っ暗となった。
「ではお待たせしました。部屋へ案内します」
ようやく案内と聞いて安堵する。出来る限り平常心を見せても、地面から数十センチでは安心できない。堅い花崗岩などならいいが、聞くとこのコンクリートかアスファルトはそう分厚いものではないらしい。であればグイボラなら簡単に突き抜けてくるだろう。
もっともフォロンのないニホンではいかにグイボラでも地中の密度に抗えず身動きは取れないだろうが。
ニホン兵の運転でクルマイスに乗った三人は応接室を出て、見たことのない小さい段差が連なる通路へと運ばれた。
「ハグマさん、これは?」
「カイダンですけど……」
「カイダン?」
「ア、ソウカ、空ヲ飛ブカラカイダン自体考エナイノカ」
聞くと地に付く人種が高度を自力で上げるためのものらしい。
確かにリーアンは空を飛び、家具の移動もレヴィロン機関で出来てしまうから、上下の移動に特別なことをする必要がない。他にもカイダンを機械化させたエスカレータや、部屋そのものを上下に移動するエレベータなるものもあるそうだ。
ニホン人は不便とルィルは初めてそう思った。逆にニホンはレヴィロン機関を使わずグイボラもいなかった場合の歴史の一旦になったのではとも考えられ、学術的には興味深いとも言える。
リーアンも昔は二足歩行でレヴィロン機関を体内で出来ていなかったのだ。グイボラと言う邪悪な種さえいなければ、ひょっとすればはるか昔にはニホンのような社会を築いていたかもしれない。
また兵士に担がれて段差を一段一段上がっていく。重力に縛られ、地面を掴んで高度を上げるのは新鮮だ。
そして護身用の銃があるとはいえ、体の大半をニホン兵に委ねているのは恐怖なのか興奮なのか不思議な感覚が来る。
四階に到達したところで再度クルマイスへと座り、男のエルマとリィアは二人で一部屋へ、女のルィルは一人で一部屋へと割り当てられた。
元々兵士寮ではないからか、急きょ用意してもらった部屋はイルリハランからすれば狭いがニホン人であれば二十人は入れそうなオフィス部屋だった。まだ使われていないのか縦長の机は部屋の隅に移動され、ぽつんと窓のない壁際にベッドが床に置かれていた。
「ここは兵士の部屋ではないですよね?」
「寮は一杯で、出来れば人目に付きたくないのでここにしたのです。それに地面から離すにはここが一番でもありましたので」
ルィルたちのために急きょ用意をしてくれたのだ。感謝こそして文句は言えない。
「鍵は内側から掛けられるので安心してください。念のため女性兵が見張りますので」
そうハグマはノギハラから言われる言葉を通訳する。
「そこまでしていただかなくても……」
「万が一を考えてです。ここで問題が起きてしまうと取り返しのつかないことになるので」
「……分かりました。よろしくお願いします」
ハグマたちは会釈をすると、電気の操作を教えて退出していった。一応この階の移動は自由にしてよく、トイレは女性兵にお願いすれば案内をしてくれると言う。
そう考えると便器が似ているのは助かった。違うとすれば手を横から入れるスペースがないところだが、そこは体をひねれば大丈夫だろう。
扉が閉まると窓から聞こえてくる建設音以外一気に静寂となった。一人部屋にしては大きく、音を出すものが一切と言っていいほどないため心細さがくる。
これならリィアたちと一緒でもよかった気がする。
「用心も度が過ぎるとうっとうしいけど、まあ我慢ね」
これもレーゲンの策の上をいくため。
「殺人物質なのに発電に使える。しかも数万年も続くって聞いたことないわ。チキュウには不思議な物質があるのね。フィリアにも知らずに眠ってたりするのかしら」
ルィルはクルマイスのひじ掛けを掴み、体を持ち上げてベッドへと腰を下ろす。
こういう時脚が開けるのが羨ましく思う。空に立つのに脚が不要になったことでゆっくりと退化し、最終的に一体化してしまった。
もっともニホンが特殊であってフィリアが普通なのだから無用の考えだが。
ぐぅと空腹から音が鳴ってお腹をさする。
「異星の食事……死んでもいいから食べてみたいかも」
ひとまず当面の目標は、ニホンの一般的な食事を食べるまでは死なないことにして、ベッドに横になって緊張から眠れないだろうが、眠気を取るためにも軽く目を閉じた。
背に対してベッドが小さいから縁から足ヒレが出てた。




