第160話『生涯最大の決断』
一般的な知識としての核兵器は、広島と長崎を壊滅さるほどの悪魔的な破壊力の熱と爆風を生み出す爆弾であろう。
現実で実際に使われたのは実験を除いて二発。そのどちらとも爆発によって多くの家屋と人命が失われた。
フィクションで使われる場合はその破壊力がメインに描かれる。
現実は八十年以上前ともあるが、フィクションの場合はその威力がエンターテイメントとして映えるのもあった。
しかし核兵器が現れ、数多の実験を経てもう一つの効果による戦略が生まれた。
電磁パルスによる電子機器の広範囲破壊だ。
核兵器は熱と爆風による絶対的な破壊の他、ある条件下で爆発させると熱と爆風はなくてもその百倍以上の距離にある電子機器を破壊することが出来る。
これが発生すると範囲内の社会基盤を破壊してしまう。
社会を停止させるならエミエストロンと効能は同じでも、違うのはエミエストロンは復活出来るのに対して破壊したまま直ることはないことだ。
不謹慎な表現だが、ゲーム的に言えば核爆発は局所攻撃。電磁パルスは範囲攻撃と言えば分かる人は分かろう。
この方法ならばピンポイント命中をする必要がないため、命中精度が低くても狙った電子機器の破壊は可能だ。
地球社会でも間接的には人命を奪っても、大規模な建造物の破壊はしないから核戦略の一つとされているらしい。
「核を使うんですか……」
核についてアップデートされた情報を思い返しながら羽熊は呟いた。
「それならコクーンがあってもエミエストロンを破壊できると思います」
「防衛省ではすでにラッサロンと協議を始めてます。書類上の準備しかできませんが、認可されればすぐに行動に移せます」
リハーサルと言うところか。下命もなにもされてないのに独断で核兵器に触るわけにはいかない。ここで出来るのはあくまで集まった情報を元に考え、こうすればこれが出来ますよと総理含め閣僚に伝え、修正又は破棄、実行の認可を貰うかだ。
どれだけ有力な手を考えても、組織である以上中間が勝手に動いては収拾が付かなくなる。
上から下へ。この原則だけは歪めてはならない。
「実際、認可されますか? 総理はともかく、国会が……」
若井総理はどちらかと言うと過去は過去、現代は現代と言う考えだ。総理として国会議員としての建前は言っても、個人としてはそこまで核反対派ではない。
しかし個人と群衆は違う。
他の国会議員の中にも核賛成派はいるだろうが、自身の知名度や支持率、次の選挙の票と考えて核使用反対をすることは十分あり得る。いやする。
それも相まって日本は決して核は使わないし使えないようにするために、全会一致で使用可能とする、憲法改正よりも難題な手順を踏むようにしたのだ。
間違いなく核保有国なら鼻で笑う手順だ。
核保有国全てだろうが、核使用は国家元首のみに与えられた権限だ。他者に使用の許可を求める必要はなく、国家元首が命令を出せば必ず発射される。
日本は総理の判断の前に国会の許可を置くことで、核は持つけど使えない意思表示を国内外に示す落としどころで配備を実現した。
だからいくら『手段』と『方法』があっても『許可』が出なければ『判断』も出せない。
「そればかりは若井総理の努力しかありません。昨日から動いてはいるみたいですが」
「その総理は今どこに?」
「国会です。おそらく今頃情報が行ってるでしょう」
「いま午前六時過ぎですよ? 国会やってるんですか?」
「通常であればやってませんが、ことこの議案に関しては時間指定がありません。総理が発議すれば二時間以内に完全非公開で開かれます」
「深夜でもですか」
「そのために国会議員を宿舎に住んでもらってるんです」
時折報道で家賃が安すぎと非難されているマンションのことだろう。安い代わりにこうした有事には迅速に国会に出られるようにしているらしい。
「事前準備を万全に行って、国会と総理の許可と判断が出たらすぐに動きます」
「……このことエルマさん達に伝えても?」
「いえ、万が一バーニアンにバレたら対策を取られます。せめて発射するまでは待ってください」
「分かりました」
そもそも許可が下りることすら難しいのに、にわか喜びさせて士気を落とさせるわけにはいかない。
けれど吉報と言うか突破口の一つが見えた以上、出来れば早く伝えたい気持ちもあった。
しかし許可と認可が下りない限り、日本は現状の軍事行動しかとれない。
頼みますよ。若井総理。
「総理、入られます」
心の中で願う中、扉近くにいる職員が声を上げた。
全員が起立して、情報部に入る総理を待ち受ける。
「エミエストロンの所在の有力情報は聞きました」
情報部に入る寸前で受け取ったのだろう。総理は情報部トップの席へと向かった。
「西林さん、総理が戻ってきたと言うことは……」
「決議が行われたかもしれませんね」
総理は情報部室長から説明を受け、分厚い書類を手渡される。
おそらく核兵器をバスタトリア砲で撃ちだす作戦書だろう。
「……核兵器をバスタトリア砲で……ラッサロンはそれを了承していると?」
書類に目を通しながら若井総理は尋ねる。
「得ています。防衛省の評価ではバスタトリア砲で発射しても確実に起爆できるとしています」
「分かった。みんなご苦労」
この場でアクションは起こさず、若井は書類をわきに抱えた。
「当然だが、この情報は一切外に出さないように。君たちを信じないわけではないが、敵地で情報を送ってくれたエルマさん達のことを考えてくれ」
ここにいる職員は情報の重要さを嫌と言うほど理解している。それでもこの戦いを左右する情報だからこそ若井は念を押した。
「これから緊急の国家安全保障会議を開く」
この発言から、全員口には出さずとも一つの考えを持っただろう。
完全非公開だからどうなったのか分からないが、対策部が出した案を即否定しないことからもしかしたら、と。
さすがに羽熊がその国家安全保障会議に絡むことは自惚れを込めてもなく、若井総理は司令部の方へと向かって行った。
「これで私の役目は果たせましたかね」
若井を見送りながら羽熊は呟いた。
「あれが欺瞞でなければですがね」
「ここまで来たらそうであってほしいです」
「ええ」
これで一息つける、と思ったところで防衛省の職員が叫んだ。
「佐世保より連絡! 九州沖で〝はるさめ〟が被弾!」
「ミサイルか?」
誰かが反応する。
「一瞬で溶解、爆散したとのこと! おそらくバスタトリア砲がコクーンを突破か、攻撃する瞬間を狙われたかと」
続いての報告に、情報部の人々は顔を青ざめた。
可能性として十分あった。自衛官たちもその覚悟で戦場に出向いていた。
ついに恐れていたことが起きたのだ。
味方の損害。
本来ならもっと早く被害が出ていただろうが、シールド発生機コクーンによって被害は無人機のみだった。
それが突破された。
「〝はるさめ〟に乗艦していた人数は?」
「一六五名です」
言葉による表現しかないから、どのような光景だったのかはフィクションから引用した想像しか出来ない。
コクーンが突破され、船体のどこかに命中して一瞬で爆散して溶解した。もしバスタトリア砲の直撃であれば、その衝撃波で乗員は無事ではないだろう。
フィクションなら中の人は生きていても今回はノンフィクションだ。
戦いである以上、死は必ず付きまとう。
一人一人たった一つしかない命を持ち、それぞれが掛け替えのない家族がいる。
唯一無二の人生を歩んで今に至って、戦いが終わる前に戦死してしまった。
彼らの心境を察することは出来ない。
ただただ苦痛がなかったことを願うしか羽熊にはできなかった。
*
結論から言えば、現時点で日本は核使用は可能な状態だ。
最大の難関だった国会の全会一致による可決も、転後より日本全土で起こり続けていた意識改革が有事をきっかけに一気に華を開いた。
もちろん無条件での全会一致ではないが、次世代議員が若年層から現れたこと。老害に匹敵する熟練議員が転後日本のパラダイムシフトについていけないこともあったこと。若井総理が秘密裏の事前交渉を行い続けたことにより、深夜での国会で可決が成された。
その条件と言うのも『使用』に対してのことではない。使おうと思えば共に転移した米海軍所属、コロンビア級原子力潜水艦〝ジョプリン〟に搭載していた核兵器はすべて同時に使うことが出来る。
国会はあくまで銃に当てはめれば安全装置なだけで、どの向きに何発撃つかは総理の独断で決められるのだ。
それは核保有国の国家元首なら誰もが持っている権限で、不本意ながら日本もその立ち位置に達したことになる。
若井は情報部と対策部が徹夜で用意した作戦要綱を隅々まで読む。
破壊する術はあってもそこに持っていくことが出来ない核。そこまで持っていくことは出来るがピンポイントで命中させることが出来ないバスタトリア砲。
その二つを合わせれば目標の電子機器を破壊することは可能だ。
代償として、自然界には存在しない放射性物質をまき散らし、沈没船に偽装して護衛している駆逐艦の乗員が死してしまう。
平均的な駆逐艦の乗員数は百二十人ほどらしく、陸地から遠く離れた海域で電子機器が死ねばまず助からない。もしかしたらAIか遠隔操作で無人又は少数しかいない可能性もある。
なんであれこうしている間にもエミエストロンがフィリア社会のシステムを停止し、それによって大勢の人が死に直面している。
元々はこうした使い方を考えて国会の許可を得たわけではないのだが、被害が最小限であるのは僥倖と言えた。
いくら世論が核使用容認に傾き、国会がしぶしぶ認めても、日本が核を使うのは歴史的な行為だ。そして未来でこの決断が英断だったのか迂愚だったのか、どう語れるのか若井には分からない。
ただ、今必要かどうかを決断するだけだ。
「報告です。五分前、九州戦線で護衛艦〝はるさめ〟が被弾。一瞬で爆散したとのこと」
核を使うかどうか国家安全保障会議を開いて思案していたところ、職員が飛び込んできて聞きたくない報告を受けた。
「護衛艦が!?」
「コクーンはどうした。機能してなかったのか!?」
「敵のバスタトリア砲か!」
報告を受けて関係閣僚が各々率直な意見を述べる。
「〝あしがら〟がその瞬間を撮っていました。こちらです」
職員はわきに抱えるタブレットを手に持ち換え、パネルを操作して若井を始め閣僚らに見えるように差し向けた。
映像には日が昇って朱色に染まる護衛艦〝はるさめ〟が映る。
艦としての姿をしていながら宙に浮いているのは、あの宇宙戦艦を彷彿とさせるもれっきとした護衛艦だ。
だがその護衛艦の艦首が一コンマであろうか、一瞬歪んだように見えると同時に艦全体が粉々になり、さらに一コンマ遅れて爆炎が発生した。
文字通り一瞬の出来事だ。
「〝はるさめ〟には何人自衛官が乗っていたんだ」
「百六十五名です」
映像から見て生存者がいるとは思えない。戦場にいる自衛官には全員携帯コクーンを持たせているが、常時展開しているわけではないから展開する前に即死しているだろう。
「この攻撃を受けて天自艦隊はそれぞれ回避行動を取っています。二隻目の被害はありません」
「……警察予備隊から始まって最大の被害です。総理」
閣僚らは若井を見る。
決断しろと目で訴えているのだ。
「防衛省として、グイボットの流出防止の確実性はどれくらいある?」
エミエストロンが停止すれば、その制御下にあるとされるグイボットが野生化してしまう。単為生殖する生態から、一体でも逃がしてしまうと一年で一千万も増えてしまう試算だ。確実に絶滅させることが出来なければ、フィリアは別の脅威にさらされる。
「敵からの邪魔がなく、日本近辺であればレーダーで捕捉して撃墜することは出来ます」
「……チャリオスが邪魔か」
「エミエストロンにどれだけ依存していて、どれだけ弱体化出来るのか分かりません。かき集めた情報を元に推察すると、無人飛行艦の制御にもエミエストロンが使われているようなのでよくて落下。AI制御でスタンドアローンで動けるとしても動きは悪くなる程度ですね」
「映画みたいに主格を落としたら軒並み飛行艦やグイボットが落ちるようにはならないか」
「あれば多勢に無勢の中で一網打尽にするご都合展開ですからね。支援している程度では弱体化が関の山です」
「……ラッサロンはグイボットへの対応はしてくれるのか?」
「全力で対処すると返事を受けています」
「それと核を打ち出すとなればラッサロンの機能不全偽装は解除となりますね」
バスタトリア砲が使えると言うことはシステムが回復している証だからだ。分かる嘘を付き続ける意味はない。
懸念を一つ一つ確認した若井は腕を組み、目を閉じて考える。
出す答えは決まっている。考えるのは覚悟だ。
「……核の発射を決定する」
十数秒の熟考を経て若井は決断した。
この状況では発射はほぼ決定事項とはいえ、日本にとってあまりにも重い決定に閣僚らの反応は静かであった。
「そして撃ちだす核弾頭は二発だ」
「二発……もですか?」
も、が付くのが核としての評価だ。その返事に若井は答える。
「一発はチャリオス本島が在った場所。もう一発は海流で流れたであろう予測海域だ。そうすればメインが偽装だったとしてももう一つが当たるかもしれない。電磁パルスの効果範囲は高度によっては四千キロになるから、多少の誤差も気にせず破壊できる」
「日本初の核兵器使用で同時に二発ですか」
「一発でなければならない制約はそもそもないんだ。出し惜しみをして失敗するなら、可能性を全部潰してその後次を考えればいい」
自衛官百六十五名と護衛艦を失い、その上で出し惜しみをしては戦死した自衛官が浮かばれない。
彼らの死に報いる決断をするのが、トップである司令官の使命なのだ。
「……作戦要綱では決定から発射まで六時間とある。時間が惜しい。今すぐ開始をしてくれ」「分かりました。総理の判断を支持します」
転後から日本は経験したことがない道を歩み、再び未知の道を歩もうとしている。
果たしてエミエストロンを封じることで有利に立てるのかは誰も分からない。
バーニアンはそこまで見越しているのか、見下してそれ以上ないのか、日本側が知ることは出来ない。もしかしたら破壊することでもっと不利になるのかもしれないが、それは全て想像の域だ。ならば現実的な難所を全て踏み抜いて先を歩むしかないのだ。
望む未来は怖気ついていては手に入らない。その未来が大きければ大きいほど決意と覚悟も大きくなければならないのだ。
日本にとっても若井にとっても生涯にして最大の決断をは下した。




