第145話『降伏勧告』
先制攻撃であり牽制でもあったバスタトリア砲による攻撃は四発目で鳴りを潜め、五発目が日本に迫ることはなかった。
これは攻撃は現状無駄とチャリオスが判断した結果だ。
コクーンは想定された効果を存分に発揮し、数万から数十万もの人命と財産を守った。
これだけで三週間の国家総動員事業は無駄ではなかったと安堵するが、油断できないのが敵対的天才集団のバーニアンだ。
気づいた自衛官からの報告により、先の先制攻撃に合わせてコクーンの存在とその効果範囲の調査に使われた様子か伺え、以前から抱いていた疑念が強まった。
コクーンと同等のシステムをバーニアンも所有している疑念だ。
ただ、これは所有してなければいいな程度の淡い期待で、おそらく所有していると日本政府は早期に抱いてはいた。
過大評価であるが、エミエストロンやペオ・ランサバオンを開発できるのにコクーンが作れないとは思えなかったからだ。
「持ってなければまだ五分の戦いだったのに……」
報告を受けた若井はそうぼやいた。
ほぼ全員が所有しているだろう考えではあったが、楽観的思考として持っていてほしくなかった考えもあってそう呟いても仕方のないことであった。
「まだ可能性の段階です。ただ、弾着した場所を考えるとコクーンを知らなければしないかと思います」
知らなければ近いどころを攻撃をする。中心部と両端を攻撃するのが、コクーンの存在を知っている証左となる。
あるとなればあるものとして考えるまでと、若井は一度深呼吸して気持ちを切り替えた。
「各自治体の様子はどうです?」
「被害報告は当然ながらありません。弾着した四県でも警察が出動するほどの混乱は確認されていないですね」
国家公安委員長が答える。
「強いて言えば大阪は道頓堀、東京は渋谷など各政令都市のパブリックビューイングで人々が集まって街頭ビジョンを見ています」
「家でジッとしてテレビを見てはいられないわけですか」
「ジッとしていられないのもありますが、この三週間、今日のために市民は協力してくれましたからね。その成果を共有共感したいのでしょう」
「国防軍の射程圏内にチャリオスが入る時間は?」
「推定で十一時間です。が、チャリオスは天自の攻撃範囲には入らないでしょう。射程外から攻撃してくるものと思われます」
さすがに国防軍が保有する誘導弾の射程距離はネットで公表しても、正確な数字は公表していない。原則として本来の数字より低い数字を提示するのが当たり前だ。だからチャリオスもそれを見越して十分離れた所から攻撃をしてくるだろう。
「向こうはレヴィロン機関搭載のミサイルとか持っていそうですしね。それだけでなく異地の大陸間弾道ミサイルやビーム器を使っても不思議ではありません」
「ビーム兵器か。コクーンは電磁波は透過しますけど防げますか?」
「分かりませんね。なにせ誰も持ってない架空の兵器なので」
コクーンは物理的なシャットアウトは出来ても光など物体ではないものは透過する。
ビーム兵器が果たして実体を持っているのか否かだが、存在の片りんすら見せない物にまで警戒しては何もできない。
そんな物はないと願い。あったとしても透過しないと願うしかないのだ。
「こちらの今後の展開は?」
「おそらく天自の展開空域から千五百キロから二千キロほど離れた所から攻撃を開始すると思われます。国土への直接攻撃が出来ないとなればこちらの攻撃手段を奪いに来るはずなので、各艦の各個撃破を仕掛けてくるでしょう」
三週間の国家総動員事業により、それ以前では五隻の浮遊化だった護衛艦は全艦に施された。元々浮遊化自体は簡単でドックを必要としないため、突貫工事ではあるが全国の基地で改修工事を行った。
先行で浮遊化した五隻以外の護衛艦の浮遊化の精度と自衛官らの訓練不足は否めないが、地面すれすれの低空であれば洋上と大差がなく、自衛官たちの命の軽視と捉えられるかもしれないが出撃を命じた。
「ですがチャリオスはいずれくる物資不足と、最終目標であるユーストル占領のためにより内陸に近づくと思われます」
「こちらの攻撃の機会はそこからか」
「問題はどうやって攻撃を当てるかです。チャリオスもコクーンを持っているなら防がれてしまいます」
「コクーンを突破はできないのですか?」
「もしチャリオスのシールドがこちらのコクーンと同じ手法であれば対処は出来ます。コクーンは正面からは無類の強さを持ち、集中攻撃を受けてもフィクションでよくある部分突破は出来ません。ただ性質上の弱点はあり、それがチャリオスのシールドでもあるかどうかですね」
「今展開している国防軍の戦力で突破は出来ますか?」
「シールドの有無とシールドの展開方式の見極め次第です」
解説をする天自幕僚長がそう結論付けた。
「もし方式が同じであれば弱点の大よその場所の検討が付きます。だとするといま展開中の国防軍ではきびしいですが、一つだけ方法があります」
「分かりました。作戦指揮については一任します。全責任は私が負いますので、存分に戦ってください」
「はい」
下手に戦闘の素人が介入して邪魔をしてはならない。最高責任者はその名の通り責任を取ればいいのだ。あとはプロに任せるに限る。
何が大事で何が必要なのかは現場が一番分かっているのだ。現場から声が上がるまでは下手に口を挟まず、事の成り行きを見守ることが逆に現場の助けとなる。
「っ、異地用通信回線に着信です!」
職員の一人が叫んだ。
「ラッサロンからですか?」
「いえ違います」
そもそもラッサロンとは無線封止をしている。AEによって盗聴防止はしていても、ラッサロンの復旧は出来ていないように見せたいため発光信号以外で通信はしていなかった。
そしてAEによる復旧はラッサロン以外行われていない。
「それは電話ですか? それともテレビ?」
「テレビです」
「……繋いでください」
壁に設置されている巨大モニターに映し出されている現況を記した地図から、一人の男性へと切り替わった。
『初メマシテ、若井首相。私ハちゃりおす会長ノはおらダ』
マルターニ語で話しかけてきた人物は、先のテロ事件の首謀者でありチャリオスの創設メンバーにして会長であるハオラだ。
画面越しとはいえ会うのは初めてだが、公表されている資料で顔や経歴は把握している。
「日本国内閣総理大臣臨時代理の若井だ」
若井は両手を握りしめ、毅然とした態度でマルターニ語のあいさつに日本語で返した。
「失礼、私はマルターニ語には堪能していなくてね。母国語で話させてもらうよ」
職員から通訳用のインカムを渡され、それを耳に付ける。これで数秒のタイムラグはあっても会話は可能となった。
「語りたいことは山ほどあるが、まずはこれを言わせてもらおう。即刻ユーストルへの接近をやめろ」
『……聞けない命令だな。いや、それで分かったと言うとでも?』
敵相手に命令して従うことなんて古今東西フィクションノンフィクション合わせて聞いたことがない。
「目的はなんだ? 世界中の通信を遮断し、ラッサロンのシステムを落として何を目指す」
若井は出す言葉を慎重に選んで問う。
これは探り合いだ。向こうは日本がどこまで知って、どこまで知らないかを探ろうとしている。ここで下手に情報を渡して取り返しのつかない事態は避けねばならない。
特にルィルに関するワードは要警戒だ。
『世界をより発展させるためさ』
「より発展……か。衰退の間違いだろう」
『模範解答だね。文明は常に僅かな衰退を経て飛躍的な発展を繰り返して進歩を続けてきた。今がその次世代への時期なのだよ』
「それは我が国が国土転移したことで起きている。貴殿らによる発展は不要だ」
『保守的だな。まさに政治家な思想だ。そうした考えが発展の妨げになっていることに分かっていながら手を出さない。そちらでも言うのではないかな? 科学の発展に犠牲は付きものと。犠牲を伴わなければ飛躍的な発展は無いよ』
「そのためにユーストルに眠る無尽蔵のフォロンが必要で、侵略する形を取ったのか」
『そうとも。フォロン、異星人、リーアンをうまく使えば従来の五十倍の速度で文明を発展させられる。我々ならそれが可能だ』
「だから貴殿らに仕えろと」
『そうだ』
「自分らが優秀だと過信し驕った者たちが抱く考えだな。国だけに留まらず、文明レベルで独裁者になる気か」
『それがもっとも手早い進化だよ。さて、最初で最後の問いだ。我々に従うんだ。さすれば貴国の安全は保障しよう。そのための人材も確保している』
ルィルをチャリオスと日本の間に挟むようにして懐柔させる案をここで出す。
そして国民ではなく国家と表現する辺り、日本を傀儡国家にして国民を奴隷のごとく使役しようとするのが垣間見える。
「日本国総理として、そのような命令を受けることは永久にない。国民の生命の安全と財産、そして主権を断固として守る」
『これまた模範解答だ。随分と強気だが、まさかバスタトリア砲を防いだ程度で勝ったと思っているのかね?』
「さぁ、どうだかね」
やはり先のバスタトリア砲四発でコクーンの有無とその効果範囲を把握したようだ。
「そういう貴殿こそ、天空島と付随する島だけで国家相手に持久戦を挑むおつもりか。経済活動ならいざしらず、戦闘となれば物資不足がすぐに問題化すると思うが?」
『なに、その頃には決着はついておるよ』
その強気な発言から、チャリオスはバスタトリア砲を切り札としていないと分かる。
チャリオスにとってバスタトリア砲は天自の護衛艦で言う速射砲レベルなのだろう。ともなればもっと格上の兵器がある可能性がある。
もちろんそれ自体が疲弊させる牽制も取れるから、確証を得るまでは真に受け過ぎる必要はない。
『そうそう、一人君らに紹介しておこうと思ってね。来なさい』
ハオラはそういうと画面の横へと消え、代わりに一人の日本人ならほぼ全員が知っている女性が現れた。
若井は内心で苦虫をかんだ。
さすがはと言うべきか、攻撃の仕方と言うのを熟知している。確実に意図してやっていてえげつなさが見え隠れする。
『日本政府の皆さん、お久しぶりです』
日本語でのあいさつ。いることは分かっていても、こうして画面には出てきては欲しくなかった。
「……お久しぶりです、ルィルさん」
それでも若井は平静を保って返した。
画面に出て来たのはスパイとして潜入しているルィルだった。
公式にルィルは敵側に寝返っている以上、動揺を誘うために使われることは予期すべきであった。
ルィルがスパイとして潜入していることは、バーニアンを公表しても日本側は数人しか知らない。
その知名度の高いルィルが敵側として登場すれば知らない者たちへのゆさぶりとしては上出来と言えよう。さらに潜在的な人質としての印象も与えられてしまうから一石二鳥だ。
「出来ればこのような形でお話はしたくなかった」
『事実は小説よりも奇なり、日本でよく引用される言葉ですよね。日本が国土転移することもあれば、私がこうしてお話することもまたありますよ』
「そこにいると言うことはもちろん覚悟を持っているとは思いますが、貴女はこのままでは今まで関わってきた日本を攻撃するんですよ?」
『はい』
部屋の中のざわめきが大きくなる。
ルィルからすればそう言わざるを得ない状況なのだろうが、これは非常によろしくない。だがルィルの正体を知っても言えない立場からして、敵として扱うしかなかった。
『だからこそのお願いです。被害を出さないためにもチャリオスの軍門に下ってください』
「ルィルさん、それは聞けないお願いです。貴女やチャリオスにどれだけ高尚な考えをもって動いているとしても、我々からすればただの侵略行為だ。そのような前時代的な蛮行を、命を代価に受け入れることは出来ません。例え貴女が敵側にいるとしてもです」
『大勢の人が亡くなります。今無条件降伏すればその人たちの未来は守られますが、戦えば失います。その人たちへの責任はどう取りますか』
「貴女方が侵略を辞めれば済む話です。それが一番平和的だ」
『それは出来ません。こちらも引くに引けないので』
「ではこれ以上のやり取りは無意味ですね。残念です」
『はい。このような形になって残念です』
「話はここまでとさせていただきます。現在我が国は前代未聞の作戦行動中ですので、これ以上の話は出来ません」
若井は職員に視線を送り、日本側から通信を切った。
「……ふぅ、まさかここで彼女を使うとは……ゆさぶりとしてはこれ以上ない手だ」
「そうですね。逆を言えばここでしか使うタイミングが無いともいえますけど」
若井のぼやきに星務大臣が答える。
「皆さん、国土転移から先日まで日本のために尽力してくれたルィルさんが敵として出て来たことで動揺したかもしれません。ですが我々の仕事は変わりません。彼女の身に何があったにせよ、我々は日本を守る。それ以上でもそれ以下もありません。彼女が敵である限りそれを前提として事に当たってください」
ここにいる職員は全員ルィルを知っているし、その経歴も知っている。その彼女が堂々と敵側としてくれば士気低下をしかねない。
だから若井はすぐさまフォローを入れた。
しかし、ここまで露骨にされるとスパイとして潜入している可能性すら揺らぐから、タイミングとしてはベストとしか言いようがない。
若井や羽熊は、あくまでスパイとして潜入している『だろう』止まりだ。確証をエルマから得ていないから、数パーセントは寝返ったのではないかと疑念が残ってしまう。
おそらくそれも込みで揺さぶったのだ。
「桃田さん、今の通信どう思います?」
「……色々な企みがあったとは思います。暗に人質として確保してると、味方が敵になった揺さぶり。ルィルさんが間にいることで、もし負けても心の拠り所として準備してるぞ、とか」
「やはりその辺りですか……」
「ルィルさんの存在は日本にとってかなり大きいですからね。カードとしては極めて有効かと。となると次に仕掛けてきそうなのはこの通話の流出か……」
「それはありえますね。都合のいい編集をしてネットに流せば、メディアは止めれてもネットの拡散は止めきれない。ルィルさんの所在が分からなかったから国内はまとめられても、もし敵であり人質としていると分かれば感情的な動きを出す、か」
さすがにルィル一人で国内が傾くことは無くても、揺らがせることは十分だろう。
現場レベルで攻撃を躊躇する隊員も出ることもありえる。
「なら流出される前にこちらから公表するまでだ。官房長官、すぐにルィルさんがチャリオスにいることと、日本政府の方針は変わらない旨の情報を広報でネットに流してください」
そこまでする必要があるか問われると疑問でも、国土転移当初から関わった女性だ。その影響力は並みの閣僚以上なため事前に手を打っておく。
バスタトリア砲を上回る武器の可能性については本職に任せる。
示唆なのかブラフなのかも分からない中で対処をしろと言っても現場が困るだけだ。
自分の中で対処できる事に止めて指示を下す。
「チャリオスに動きです!」
その職員の叫びで、若井を始め部屋にいる人々はモニターを見る。
静止衛星が捉えているチャリオス本島の光学映像から、複数の小さな点が出ているのが見えたのだ。
「チャリオス本島から排出される物体を衛星が確認。本島と比較して物体の大きさは二百メートル。駆逐艦クラスの飛行艦と思われます」
「降伏勧告をはねっ返したことで艦隊を出したか」
チャリオスにいるのが五千人しかいないことはエルマからの情報で知っているが、それを知るものは最小限の指揮系統の人物だけだ。こればかりは若井と羽熊以下関係閣僚だけが知るわけにはいかず、天自統幕以下現地で展開する護衛艦艦長までの幹部自衛官は把握している。
だから若井らからすると五千人しかないのに艦隊を出す余力があるのかと疑問が過った。
無論、無人戦闘システムなどがあれば可能なうえ、バーニアンならそれくらいしてもおかしくない。
「現地の護衛艦への連絡と、既存の知識に囚われずに柔軟な対処を徹底するようにお願いします。もしかしたらあの飛行艦全てにバスタトリア砲クラスの武器があるかもしれません。ああ、内容は任せます」
「分かりました」
天自統幕長は若井から指示を受けると電話を掛けて現場までの伝達を行う。
「敵艦隊が加速した場合、天自の護衛艦や陸自の浮遊戦車部隊と接触するのは何時間後ですか?」
「最高速度まで加速したと仮定して三時間後。午後三時です」
「あと三時間前後か」
チャリオスから解き放たれた艦隊はゆっくりと円形山脈を越えるべく散開しながら加速する。




