第137話『若井内閣総理大臣臨時代理の決断』
星務省経由で総理官邸に一報が来たとき、若井総理は執務室で土竜問題の解決案を聞いていた。
鉄杭を等間隔で須田町全周に埋め込む案に加え、効率的に土竜を駆除する方法が追加されたのだ。
現地調査によると、土竜は人間を好んで捕食するも人がいなければ野生動物も当然食べるが、さらに仲間の死骸も食べることが分かった。これは爆破して生まれた小さなクレーターに土竜が顔だけ地中から出し、ばらまかれた仲間の死骸を食べたことが確認されたからだ。
時間が経過して腐敗が始まると食べなくなるが、約六時間以内であれば食べることが確認された。
このことからゴキブリの殺虫方法の一つである、服毒させて死んだ仲間を生きた仲間が食べてさらに服毒、毒の連鎖によってコロニーを壊滅させる案だ。
土竜の生体分析は済んでいて、どの毒が効いているのかは分かっており、どれくらいの量と時間で全身を毒化させられるのか検証が必要だが、試算では一体に服毒出来れば三十体は連鎖させられるようだ。
爆弾を使って駆除する四分の一のコストで済むこともあり、対策班からは自信を持っての案として若井は説明を受けていた。
これなら予算も組みやすく、土壌汚染も自然浄化可能から国会での説明もしやすいので前向きに聞いていた。
そこに鳴ったのが星務大臣からの電話だ。
エルマを含むテロ捜査別動隊が境界線付近で亡命を希望している、と連絡が入り、説明会は中断となった。
なにせ知り合いにしてつい先日も話をした人物が、何の前触れもなく亡命を希望して来たのだ。テロ発生から今日まで驚愕する事変がたびたび起きての亡命である。
驚き疲れともあって多少の耐性は出来たとしても、これまた度肝を抜かれる話だった。
亡命は国家と政治があれば自発的に生まれる制度であり、イルリハラン王国に限らずフィリア社会にも普遍的にあるが、それを王室の人間が実行すると誰が予期したであろう。
星務大臣はバーニアン事情を知る側だからまだ話は通しやすくも、これは待ったなしで大きな行動と判断を余儀なくされる事案だ。
続けてエルマは若井との会話を求めていると言う。
話の内容はもちろん亡命に関することだろう。
イルリハラン王国からは必ず引き渡し要請が来るはずだ。経緯は分からずとも亡命をしたと言うことは政治的に窮地に立たされたに違いないから、何らかの理由でイルリハラン政府はエルマを捕らえようとし、エルマは治外法権の大使館から日本領へと移動をした。
どんな容疑が掛けられようと、治外法権から出れば自治権がないから目の前にいても手が出せない。
フィリア社会でも国境は陸も空も一律で縦軸で同じだから、出てしまえばもう法は届かない。
ならばするなら外交的手段だ。
ただでさえ日本はイルリハランと友好な関係を維持しなければならないのに、亀裂を生むこの事案は緊急事態と言える。
総理としてならばイルリハランに忖度する判断をするべきだが、バーニアンが絡むことでそうもいかない。
総理は受話器を強く握りながら逡巡し、エルマと話をする返事をしたのだった。
そしてエルマとの緊急の会談の準備をしている中、今度はイルリハラン政府から星務省経由で話が来た。
端的に言えば、エルマにテロの主犯又はほう助の嫌疑が掛かる証拠が見つかった。よって日本政府はエルマを逮捕して引き渡しを要望すると言うものだ。
その件については状況を把握すると言う政治的返答で片付け、エルマとの会談を試みた。
『若井総理、無茶の中の無茶に対応していただいてありがとうございます』
「いえ、亡命である程度のことは察してはいますが、事態はその数倍は悪いでしょう」
総理執務室のパソコンに映し出されたエルマは、まずは対応してくれたことへの謝意を述べる。
『この通話は問題ありませんか?』
「AEは施してあります。今この部屋にはバーニアンを知る者たちだけしかいませんので話してもらって構いません」
現在部屋にいるのはバーニアンを知る官房長官、防衛大臣、政務大臣、羽熊博士の五人だ。
羽熊に至っては帰宅する寸前だったので滑り込みセーフだった。
『分かりました。手段は間違いなくエミエストロンでしょうが、私がテロに加担したと言うデジタル証拠を捏造されました。しかも日付から関連する項目もすべて不自然のないようにです』
「なるほど。確かに状況証拠とかではなく、明確な証拠が出れば疑うしかありませんね。そもそもエミエストロンによってかどうかが証明されなければ採用するしかない。イルリハラン政府ではバーニアンやエミエストロンの存在は知られてますか?」
『エミエストロンは伝えてますが、バーニアンとAEについては触れてません。こうなる可能性がわずかでも予期していたので切り札は伝えてませんでした」
AEは現状最大の切り札だ。漏れてしまえば勝ち目は限りなく低くなる。
『エミエストロンはコンピュータに対して〝何でも〟できる。その〝何でも〟できるを過小評価していました』
「ええ、分かります。何でもと口には出しても、出来ないことが多くありますから」
『でもエミエストロンはコンピュータ上では文字通り〝何でも〟出来るようです。そこを甘く見ていました』
全世界のコンピュータを完全に支配できる。これはデジタル化した現代文明では大変な脅威だ。コンピュータが牛耳られてしまえば社会は完全に崩壊して、一瞬にして五十年は後退してしまう。
『若井総理、こうなってしまっては貴国に支援を求めなければなりません。亡命の受け入れをお願いします』
若井個人としては受け入れ一択だが、総理としてでは即決とは行かない。
星務省だけでなく与党に国会、国民と判断の説明をする必要が出る。
高度に政治的な判断をするのだ。国王や大統領など国家元首なら個人の判断で推し進められても、日本の総理は常に根回しが必要となる。
「事情を知る側からすれば受け入れたいところですが、すでに国内でもあなたのことは報道されています。テロに関与してたのなら亡命を受け入れる選択は厳しいですね」
政治的迫害を免れるための亡命は、理由が理由なため日本として受け入れる選択肢はあるが、テロの容疑が掛かったとなるとそうもいかない。
前提としてテロに日本が関わってなかったならばまだ可能だろうが、日本もテロの被害を受けているため、表向き容疑者であるエルマを受け入れてしまうと日本はテロを容認したことになってしまうのだ。
次のステップのために亡命を受け入れいれても、すれば全てが吹っ飛ぶだろう。
『難しい選択なのは承知しています。ですが真相を知り、ウィスラーの証言を持つ私たちが捕らえられれば待っているのはバーニアンの天下です。世界が気づいた時には手遅れになる』
「もちろん引き渡すつもりはありません。ですが、穏便にもいかないとだけ」
『すみません。無理難題を押し付けていると言うのに……』
「まさに急展開ですからね。仕方ありませんが、エルマさんたちへの対応次第では全員のクビが飛びます。私自身ならいくらでもできますが、他の方々への迷惑は出来ない」
自分自身による取捨選択であるならば自己責任だから悪名や汚名などいくらでも着られるが、巻き添えになる人を無視するわけにはいかない。
「総理、我々のことを慮っていただけるのは嬉しいですが、ここで保身に走れば政権どころか日本の主権そのものが終わりです」
「桃田さん、気持ちはわかるが国民にどう説明をするんだ? 我々地球人とリーアンの子供が無条件でバーニアンになるなど、科学的根拠が過去の資料だけでは信用に欠けるし、チャリオスが犯人であることも提示出来ないんだぞ」
「……とりあえず、状況を一から整理しませんか?」
羽熊が挙手をして提案をする。
「断片的な情報ばかりで話をしても頭がこんがらがるだけなので、ひとまず頭を冷やす意味も込めて情報を整理しましょう?」
「そうですね。一から考え直すことで別の考えが出るかもしれない」
「ですが、長引けば反感も買います。国民はエルマさん達の処遇をどうするのか注目しています。他の事情を知らない閣僚からもです」
「それでも必要な工程です。羽熊さん、貴方が一番両陣の情報に精通してるのでお願いします」
「え、あ、はい。分かりました。ホワイトボードお借りします」
総理への説明用にだろう。執務室の片隅に置かれてあるホワイトボードへと向かい、引っ張り出して水性ペンを握る。
「まず、共通認識としてチャリオスこと幹部全員が地球人とリーアンのハーフで、バーニアンと呼称してますが全員が天才的な頭脳を持って生まれます」
ホワイトボードの右上に喋りながらペンを走らせる。
「そのバーニアンは元々レーゲンの非合法な実験で生まれ、前大統領のウィスラー以外死んだと思われたけれど生き延びていて、五十年前に民間軍事会社チャリオスを起業し、国際企業としてその地位を築いた」
「チャリオスはユーストルに大量のフォロン結晶石があると分かると、ユーストル開発に協力させてほしいと名乗り上げてましたな」
「そのバーニアンはフィリア社会で地位を獲得しながらその機会を伺い、一ヵ月前に各国の要人を巻き込む爆破テロを起こした。そのテロに使われたのが、日本が地球からフィリアに転移したのと同じ原理と思われる転移装置。『ペオ・ランサバオン』」
『転移の原理として、ペタジュールクラスのエネルギー量を的に当て、その当たった際の運動エネルギーを手に入れて装置を起動。転移現象を発現するようです。実際のエネルギーはテラジュールらしいのですが、エネルギー損失が大きいのでペタクラス。つまりはバスタトリア砲の発射エネルギーを利用しています』
「それで爆発物を式典会場に転移し、警備の目を無視して犯行に及びました」
『ただ、想定外の出来事が起きたのか、同時刻に別の海上にて大規模な爆発現象が起きていることが確認して私たちは犯行の方法に気づけました。その後、情報通でも知られる元相談役のフィルミのもとに向かい、ウィスラーの別邸のことを聞いて調べて非合法ながらウィスラーの証言ビデオを手に入れました』
「それを使えばすぐにでも家宅捜査は出来そうですけど、不法入国と不法侵入、不許可の入手なので公にできず、手を拱いている間に土竜問題が浮上した。エルマさん、この土竜ってチャリオスの犯行とみていいんですか?」
『詳細は明かせませんが、チャリオスが関与している情報は手にしています。ただ、ユーストルに運んだ方法が輸送なのか転移なのかはわかっていません。ユーストルは全周一万二千キロとあるので、どうしても監視網に穴が出来てしまいます』
「やはりチャリオスか! エルマさん、その情報だけでもチャリオスの家宅捜査が可能では? 土竜はフィリア社会にとって重要な案件なはず。関与があるとなればどの国でも動くだろ?」
「桃田さん、それはエルマさん達が一番分かってると思います。多分そのカードは切りたくても切れないのだと思います」
チャリオスが関与しているのは暗黙の了解だったが、エルマの言葉で確証へと変わる。テロだけでなくそれでも十分世界やアルタランを動かせるが、しないのにはしないだけの理由があるのだ。
おそらく潜入調査中のルィルのためだろう。公表すればルィルに危険が及んでしまう。
「そしてバーニアンが保有してる万能コンピューター『エミエストロン』によってエルマさんのデジタルデータが改ざんされてテロに関与をされていることになり、大使館から日本に逃げて今に至っている。とりあえず流れはこんな感じでしょうか」
『はい。概ね私たちの計画通りに捜査は進んでいたのですが、私を犯人に仕立てたのは想定外でした。これでは別件でチャリオスを追い立てる流れが出来なくなりました』
「そういえば前におっしゃってましたね」
『六年前のムルート襲来事件がありましたよね? あれもチャリオスの工作であることはウィスラーの証言ビデオにあって分かっていまして、これを裏サイトに流出させることで世界を動かすつもりでした』
「ムルートか。確かムルートはこの社会では聖獣として崇められてましたね。グイボラを捕食する動物だったからとか」
『ムルートに手を出すことは世界に喧嘩を売るのと同じです。真偽に関係なくミストロ教は動くでしょうし、信者二十億人の心情も一気に傾ける算段でした』
「今それを流しても、土竜にエルマの罪と話題にならずに飲み消されそうですね。しかもエミエストロンの性能を考えれば広がる前に全データを消されてしまうかもしれない」
『それもあってバーニアンの犯行を実証するには物証が必要なのですが、私が今こうなっては手詰まり状態です』
「……エルマさん、ウィスラーの証言ビデオは今も持っていますか?」
一連の話を黙って聞いていた若井は、考える仕草をしながらパソコンのエルマに尋ねた。
『はい。これだけは最重要アイテムなので何を置いても確保はしてあります』
「エルマさん、そのウィスラーの証言ビデオの入手先について誤魔化すことは出来ますか? 不法入手ではなく、匿名でテロ後に送られてきたとか」
「総理、捏造するということですか!?」
「これだけのテロの裁判となると入手方法とか詳細に調べます。違法性が見つかれば違法収集証拠排除法則に則って無罪になりますよ」
「第一、ムルートの件でも闇サイトに流しても捜査機関として動くには……いや、そっちは世論を動かすから別か……だとしても証言ビデオの入手方法が違法では証拠として成り立ちません」
だからこそルィルを潜入捜査させて物証を探させているのだ。
そう考えると間が悪い。ムルートの証言ビデオに合わせてテロのビデオを流しても、表に出る前にエミエストロンに防がれてしまう。
「いえ、法的に確認する必要はありますけど、証言ビデオを証拠としてではなく捜査の出発点。匿名のタレコミとして扱うのはどうかと。それなら証言ビデオそのものの入手経路は深く問われないのでは?」
若井総理の発言に羽熊達はハッとした表情を浮かべた。
証拠として扱えないのなら別の方法を使えばいい。そんな単純な発想に全員が至れないでいた。唯一と言えるアイテムだからこそ、最大限に使おうとしたからこその思考停止だ。
「タレコミでもその内容や密告者の身分を元に警察や税務署は動くことはある。テロ事件のタレコミに匿名として証言ビデオを出したとなれば……日本から発しても世界は無視は出来ない、か」
「もちろん合法的に証言ビデオを手に入れて公開出来れば苦労はしませんが、現況だとこれが唯一の手ではないかと私は思います」
「問題はそれをして被害国やアルタランが動いたとして、チャリオスが応じるか分からないし家宅捜索をする前に証拠隠滅を掛けられるところですね」
「なので全部公表しようかと思います」
「……全部?」
全員の理解が一瞬遅れた。
「ウィスラーのことバーニアンのこと、六年前に封印すると決めた秘密を世界に暴露するんです」
「若井さん、それは駄目だ。それじゃ天才欲しさに日本人狩りが起きる」
国、企業、組織、犯罪者。身内に画期的な発想をし続ける天才を一人でも置けば飛躍的に拡充することが出来る。その反面、バーニアンはバーニアンしか生まないがためにいずれは純血種を超えてバーニアンの数が上回ってしまう。
数十年単位ならよくても、いずれは制御が出来ず待っているのは種族間の軋轢に戦争だ。
それを避けるために秘密裏にすると決めたのに、公表してしまうとなったら六年前の決意が崩壊してしまう。
すでにバーニアンが存在している以上、その認知を防ぐことは出来なくても今ではないはずだ。
「総理、それをすればユーストルの治安どころか日本人の人権も吹き飛びます。こればかりは私も反対です」
将来の軋轢以上の短い未来で起きる人狩りを危惧して、日本人側は全員が反対を表明する。
「なにも無策で暴露しようとしてるわけではありません。リスクはありますが、バーニアンに有利な情報で暴露されないようコントロールをします」
「若井さん、何を考えてます?」
「一時間後に行うので、星務省や諸々の調整を願います」
「……長い夜になりそうだ」
「胃薬がほしいな」
「これはもうここにいるメンバーと対策を講じてくれている職員たちだけの問題ではなく、日本が全体で対処しなければならない事案です。保身に走るのではなく、勝つために突っ走るしかありません。そうでなければ私が代理とはいえ総理をしている意味がない」
『若井総理、ありがとうございます。今の私には何の権限もありませんが、元に戻れるならば最大限の責任をとります』
「エルマさんたちの亡命を日本は容認します」
若井内閣総理大臣臨時代理は決意した。
日本国は戦う、と。




