第123話『成果報告』
『お話があります。ルィルさんと二度目に会った時間、いつもの場所で待っています』
エルマからこのようなメールが届いたのは、早朝にルィルから謎の電話を受けてから翌日午前中のことであった。
二度目と言うことは最初のユーストル調査でルィル達と出会い、レーゲンの妨害で中断。翌日で再び会った時間だろう。
このメールすらバーニアンに盗み見られているとして、およそ調べが出来ない特定の時間を指定してきた。
もちろん羽熊はその二度目の時間を覚えている。
ファーストコンタクトは歴史的事象だから分単位で記録されても、二度目からは時間はそこまで重要視されない。例え同じ時間であったとしてもだ。
二度目は最初に会った時間と同じ時間だ。当時はまだマルターニ語を理解しておらず、何とか腕時計を交換し合い、翌日の同じ時間にとジェスチャーで伝えて二度目の時間指定をした。
それを知るのは当時のメンバーだけなので、例え盗み見られたとしてもバーニアンに知られることはないだろう。
大事な話とは十中八九テロ関連で、昨日の電話も絡んでいるのかもしれない。
国家機密級の物を隠す場所を聞いて来たから、どこかの家か施設を秘密裏に調べていたのは容易に分かる。なぜ地球人の感性を聞いたのかは分からないが、捜査の過程で必要となったのだろう。
幸い羽熊はアドバイザーとして官邸に足を運んでいるが、日本側の捜査はほぼ停滞してしまっていた。
圧倒的な破壊力と、テロ現場が日本国外ともあって捜査が思うように行かず、現職の総理と副総理の死去と政府高官の死、若井総理の経験不足も相まって思うように進まない。
羽熊の能力が活きるのは多種多様の情報が集まってだから、無いうちではどうしようも出来なかった。
よって用事として席を外しても咎められる状況ではなく、羽熊はエルマの要請に従って東京から住まいのある茨城へと向かった。
日本本土とユーストルの境界線から少し離れた、星務省所有の施設の一室。テロが起きてから羽熊とエルマが度々話をしている部屋だ。
約束の時間から二十分ほど早く到着すると、エルマはすでに一人車いすに乗って待っていた。
「羽熊さん、突然呼び出してすみません」
「いえ、情けなくも暇をしていたので。それで何か新情報を得られました?」
羽熊の意識はそれに集められていた。
わざわざ呼んだのだ。ありませんでしたの回答はないだろう。
「それ以上の真相を手に入れました」
エルマはそう断言した。
「真相ですか!?」
次なる情報と言う予想を飛び越えて真相と聞き、羽熊は目を見開いて復唱した。
先のアルタランの安保理問題から、三日しか経っていない中での真相の取得に驚きを隠せない。
「もしかして昨日の電話ですか?」
「あの電話がヒントになって入手出来ました。なので急きょ来ていただきました」
「それで、犯人は誰なんですか?」
食い気味に羽熊は問う。
「予想の通り、チャリオスが主犯でした」
「やはりチャリオスでしたか」
「ただ首謀者は幹部でそれ以下の社員はほぼ無関係でした。問題なのは首謀者の三十四人が全員バーニアンと言うことです」
「っ! 幹部全員がバーニアン?」
ここで言うバーニアンとは組織としてではなく個人としての意味に違いない。
ハーフがすでにウィスラー以外で種を残していると言うことだ。
確かに羽熊も転移技術の有無から他にバーニアンがいておかしくないとしていたが、出来れば外れてほしかった。
「得た証拠はそう示しています」
「その証拠とはなんですか? 何らかの資料?」
「資料は資料ですけど、今は亡きウィスラーが遺した証言ビデオです」
「ウィスラー前大統領……ビデオを残していたんですか?」
「とりあえず昨日の電話の件込みで経緯をお話します」
エルマはここ三日間の過程を話してくれた。
イルリハラン防務省で証拠不十分からチャリオス視察を断られ、有力な情報屋に赴いてチャリオスとウィスラーに繋がりがあったことを知り、別邸が近くにあることを赴いた。
ありそうでない事からヒントになればと羽熊に電話をかけ、それがきっかけで隠し部屋を見つけて情報を得ることが出来た。
そして一通り情報を見て、羽熊にメールをしたのが数時間前と言うことだ。
「その、何と言えばいいか……お疲れさまでした」
「別邸での奇襲に関しては肝を冷やしましたが、とりあえずこの瞬間まで生きてはいます」
「奇襲はバーニアンなのかレーゲンの警察なのかは分かってはいないんですか?」
「分かっていません。確認する猶予もありませんでしたので」
「本当、無事でよかったです」
「ありがとうございます。危険な状況にはなりましたが、それに見合う成果は手に入りました」
「その証言ビデオは見られませんか?」
「すみません。情報漏えいを防ぐためにお見せできません。我が国と日本で共有すると宣ったにもかかわらず……」
「……いえ、渡さない理由は理解できますので」
「日本側で事情を知るのは博士と総理の二名だけですので、情報漏えいを考えると渡せないんです。すみません」
「エルマの言う通り、今回日本は足手まといになりますからね。下手に干渉するよりは任せた方がいいことも理解できます。ただ、これは私が決めることではないので総理の判断を仰ぐ必要がありますが」
羽熊は関係者ではあっても責任者ではない。決断をするのは総理以下責任を取るもので、羽熊は責任を取る立場ではないから何もできないのだ。
「その代わりに総理にだけ真相を全て伝えます。教えてください。真相はなんなんですか?」
「バーニアンはウィスラーから見て次の世代のハーフであり、チャリオスはそのバーニアンの生き残りが創設。その目的は資金と技術、影響力を手に入れてリーアンへの逆襲を目論んでいるとのことです。何でも『五十年計画』だとか」
詳細を省き、簡潔かつ簡略にエルマは敵の正体と目的を話してくれた。
説明にすると一分にも至らないが、敵から見れば少なくとも五十年と周囲に気付かれずに虎視眈々と準備をしてきたのだ。
逆襲とは実に分かりやすい理由だが、五十年と秘匿しながら水面下で計画を着実に進めて実行した。
ウィスラーもまた日本が転移するまで知られることなく進め、今回も同様のことをした。
バーニアンは自身を隠蔽するのに長けている。
「その逆襲は今回のテロで終わるわけではないですよね?」
エルマは頷く。
「ウィスラーが映像を残したのは今から四ヶ月前で、最後にチャリオスと話をしたのが三年前です。しかもバーニアンの計略については三年前に聞いたのが最後なので、三年間でどう軌道修正したのかは分かっていません」
「テロで終わりなのか、その先があるのかが分かっていないってことですか?」
「いえ、証言ビデオによるとバーニアンの目的として支配種としてバーニアンがこの世界を統治し、バーニアン以外の人で軍門に下る者は従属種として使役。その他反抗する者は反抗種として滅ぼすのが目論みのようです」
「……要はリーアンとバーニアンを入れ替えるってことか。もっと言えばバーニアンを闇に葬ろうとした理由を実現しようとしているわけですか」
バーニアンの血統は何世代に渡っても消えることはない。
地球人とリーアン。バーニアンと地球人又はリーアン。バーニアン同士で必ず生まれるのはバーニアンだ。
つまりカップルが常に二人以上産み続けるか、人権無視で女性に産ませ続ければバーニアンの数は増えて行く。
ここ百年ならまだコントロールは容易だが、五百年後や千年後となればもうコントロールは不可能だ。ある時期を境に指数関数的に人口が爆発してリーアンとバーニアンの生態的地位を掛けた戦争が起こる。
いや、それは杞憂で、地球での人種の住み分けのように案外うまくバランスを取る可能性も考えられる。
しかし、テロを起こしたバーニアンは少なくとも支配を目論んでいるなら、計画的に人口を増やして生態的地位を手にするだろう。
かつて地球でも旧人類と現人類で絶滅と繁栄をしたように、リーアンとバーニアンで起きる。いや、起こそうとしている。
「テロを行った理由はなんですか?」
「語ってはいません。なにせテロが起きる前の映像ですし、テロが起きると分かっていたら妨害に動くでしょう?」
「確かにそうですね。ではそこは想像で行くしかないか……」
「大方バーニアンの情報の拡散防止と、リーアン側に着くバーニアンを作り出さないためでしょう。バーニアンにとって厄介になるのは同じバーニアンですから」
「強力な兵器に対抗するには同等のと言いますからね」
戦車には戦車。核兵器には核兵器。バスタトリア砲にはバスタトリア砲と、強力な兵器には総じて同じ兵器が対抗手段として用いられる。
「ウィスラーから見るといつ計画を起こすのか分からなかったようで、動画や対策を始め公務含めて自分の全てを捨てて動いたそうです。で、準備が終わった四ヶ月後にテロが起きました」
「三年前にバーニアンと会っていたのは勧誘するため?」
「はい。ただ、最初の時は前向きな考えを示していて、決定的に拒否したのが三年前だそうです。最初から断っていては計画の一部も知ることが出来ないということで返事はせず、バーニアンの計画を聞きながら最終判断の時に断ったみたいですね」
「……てことは、ウィスラーが妨害することもバーニアンは織り込んでいるかもしれないわけですね」
情報をすっぱ抜かれてそのまま修正せずに行くような連中なら、そもそもウィスラーが水面下で防止していたはずだ。
なのにテロを実行したということは、少なくともウィスラーは止めることが出来なかった。
「そもそもウィスラーは三年も前に知っていたのなら、どうして我々にこのことを伝えなかったのですか? 事情を知り合うメンバーならまだ共有して対処とかできたはずなのに」
そうすればバーニアンを知る者たちが集まることはなかったし、テロを起こす前に国際協力で妨害をすることも可能だったはずだ。
「そのことでもウィスラーは言ってました。私たちが大っぴらに通信をしない理由と同じなんですよ」
「まさか、通信傍受ですか?」
「ええ、私たちが最初に心配したことが実現していたそうです。バーニアンは正真正銘世界最高のコンピュータを開発していまして、クラッキングから通信傍受までデジタルに関しては文字通り何でも出来るハイパーコンピューターの『エミエストロン』を所有しているそうです」
「ハイパーコンピューター。さしずめ量子コンピューターかその次って感じですね」
「もし最初に通話傍受の懸念をしないで連絡を取り合っていたら、バーニアンには色々と知られていましたでしょう。さすがに物理的にアクセスできないコンピューターには手出しは出来ないそうですが、クローズドネットワークだろうと一台でもオープンネットワークに接続できる機器が備わっていれば遠隔で強制的にオンに出来る化け物級らしいです」
「通信機能をオフしてる機器をどうやって認識してるかはともかく、それが事実なら脅威ですね。通信ユニットごと取り外さないと盗み見し放題とは……暗号やパスワードも無意味なんですか?」
「回数制限とかも無視して好きに覗けて、最新の暗号も瞬時に解読されるそうです。極端な話し、世界中の銀行の預金残高を奪うこともできるそうです」
所謂『ぼくがかんがえたさいきょうのコンピュータ』と言ったところだろうか。転移前であれば笑うところも、国土転移やバーニアンの存在を考えるとそうしたSFを越えたご都合装置も否定しきれない。
「ちなみにウィスラーがこの装置の話を聞かされた時は日本のパソコンへは未対応だったそうですが、今は分からないそうです」
「三年もすれば地球のプログラム言語を把握するのは難しくないでしょうね」
一応すでにプロトコルの問題は解決してフィルターこそ掛けられているが日本と異地でネットは繋がっている。
エミエストロンからすればフィルターなどは無視するだろうし、三年も掛ければ天才集団なら言語の理解も容易いから、日本内なら安全ではないはずだ。
「なので情報が筒抜けなのに話すことが出来なかったんですよ。当時のメンバーだけを集めて話したところで、第三者に話さずとも当事者同士の通話でも終わりだったので」
秘密と言うのは第三者には口は堅くとも、当事者同士であれば緩くなるものだ。
それが三十人以上となれば尚のことだ。
「もちろん、その情報だけを残してたわけではないんですよね?」
そのエミエストロンだけでも対バーニアンとしては重要な情報だが、ウィスラーが三年間と何もしていないはずがない。
羽熊の問いに、エルマは微笑みで返した。
「さすが羽熊さんですね。お察しの通りウィスラーはいくつかのプログラムを残してくれていました。その中にはエミエストロンを無効化するソフトもあります」
「おお。それって日本のパソコンにも対応してますか?」
「しています。これがそのソフトです」
エルマはそう言うとポケットから大容量タイプのUSBメモリーを取り出した。
「検証が出来ないのでウィスラーの言葉をそのまま信じることになりますが、この中に入っているプログラムまたは、同封の設計図を元にそのプログラムと同等のチップ作って基盤に取り付けることで、エミエストロンからは完全に存在を認識しないように出来るそうです」
「ソフトとハード、両方で対処してるわけですか。後付けできるなら無線機とかでも出来そうですね」
「そうすれば最重要課題である情報戦で後れを取ることはなくなります」
「怖いのが、こちらの策の全てを知られて返り討ちに遭うことですからね」
テロ発生時からこれまで進展がなかったのが一気に進んだわけだ。
エルマの話からして作り話ではないのは分かる。騙すこともないだろう。
「ならこれで一気に逮捕といけますね」
「だったらいいんですけどね」
決定的な証拠を手に入れ、対抗策すら持ったというのにエルマの表情は優れない。
「まだ問題が?」
「現状、我々はチャリオスに手が出せないんですよ」
「どうして?」
「理由は二つ。第一にウィスラーの証言ビデオは不当に手に入れた物なので法的証拠能力がありません。第二に、チャリオス幹部をテロ容疑で逮捕するときはバーニアンの秘密が世間に知れ渡ってしまいます」
「あっ、そうか!」
「いくら証言であっても他国に不法入国して手に入れたとなれば正義は語れませんし、バーニアンからしたら捕まれば終わりなので、自分自身の正体を隠す意味もありません。皮肉にも、私たちが守る秘密が奴らを守ってもいるんです」
「仮に全員を口封じしても、時間差でバーニアンの情報を公開するようにされていたら結局バレる」
誰でも思いつく方法だ。していないはずがない。
「バーニアンの正体暴露への対策をした上でなければ動けないのが現状です」
「かと言ってこちらが動かなければバーニアンは次の動きをする」
「ええ、なので日本側でもなにか策がないか考えてもらいたいんです。そうじゃないと私や博士ら秘密を知る者がまた殺されてしまいます」
「それは同意しますけど、秘密を完全に守るのは難しいですよ。もちろん考えますが……」
「いっそのこと公開してしまった方が楽なんですけどね」
「日本国民の生活を維持するのが確約されればですかね」
あらゆるしがらみを取っ払うなら秘密を公表してしまった方が早いが、その後の影響は予測がつかないし、文字通り主権に関わる事だ。
その決定を下す権利を羽熊たちは持ち合わせてはいない。
「ちなみに、もしバーニアンについて公表するとなったら誰になります? 秘密を知る仲で権力があるのはウチの総理になりますが」
バーニアンの秘密を知る中でそれが出来るのは若井総理ただ一人だ。エルマも王族だし非公式の別動隊とはいえ捜査班のトップでも肩書きでは総理に劣る。
イルリハラン王国の王であるソレイは、確か別動隊の許可を出しただけでバーニアンについては知らないはずだ。
「難しいですね。今現在では若井総理になりますが、深く手を出せない日本に重荷を背負わせるのには気が引けます」
「とにかくこのことはそのまま話をして判断を仰ぎます」
「お願いします。それとこのアンチエミエストロンの使用についても」
「……そのアンチエミエストロンは安全なんですか?」
「と言うと?」
「地球のサイバー攻撃でトロイの木馬と言うのがあります。相手から送られたデータが実はウイルスで、信用して受け取ったばかりにウイルスに感染してしまうんですね。もしこのアンチエミエストロンが妨害ではなくウイルスで、実際は盗聴とかされていなかったのにこれをインストールしたばかりに相手に筒抜けになるパターンもあるのではないかと思って」
実はウィスラーは組織の方のバーニアンの仲間になっていて、自分の死と言う信用を餌にアンチエミエストロンをインストールさせようとしているのではないか。そうした疑いが出る。
元々同族なのだ。味方になる可能性も0とは言えない。
「可能性は否定できませんが、私は違うと思っています。ウィスラーの隠し部屋に入るためのパスワードは『リーアン』でした。ウィスラーはハーフとしてバーニアン、地球人、リーアンのアイデンティティを考え、リーアンを選んで六年前動きました。そんな彼が仲間がいるからと手の平を返すとは考えにくいですし、もし騙すならこんな別邸や隠し部屋を設けずにそれらしい理由を付けてレーゲンの捜査機関に送ると思います」
エルマの反論の通り、トロイの木馬をするならまどろっこしい隠し方をせずに遺言として時間差で送るように仕向ければ疑うことはないだろう。
ウィスラーがバーニアンと知っている者でなければ手に入らない。手間がかかるからこそ妄信させられてしまうが、事情を知らない者に送るなら前大統領の肩書きだけで十分だ。
「そうでしたね。すみません。命がけで探し出したエルマたちを愚弄しました」
「いえ、当然の発想だと思うので気になさらないでください。もちろん安全性を確認した上で使うかどうかの検討をお願いします」
「そのようにします」
「それでこれからが重要なんですが、やはりバーニアンは転移技術を獲得していたようです」
さらっと今回の根幹に関わる重要な要件を話し始めた。
「転移技術の名称はペオ・ランサバオン。動力はバスタトリア砲に用いるフォロンの流動力場で、その生まれた莫大な力場に内包したエネルギーを用いて転移を行います。言葉で説明するとそれだけですが、根幹部分が現代の科学力では再現できなくてバーニアン……いえ、チャリオス社内でなければ製造は出来ません」
「そのためのチャリオス創設ってわけですか」
「そう言っていました。いかに天才集団であっても資金も組織も乏しければ開発できないバーニアンは、軍事兵器をコントロールする意味も込めてチャリオスを創設。表向きは民間軍事企業として事業を発展しつつ、裏ではペオを研究していたそうです」
「やはり日本が転移する前から研究はしていた。それもそうですよね。自分の親が転移者なんだから転移事象が存在することは知っていたわけですし」
「ただ、どうして私たちに対して二回目の攻撃を行わないのか、これはウィスラーの証言ビデオも一切言っていません。転移を行ったであろう試射実験海域で起きた放射状の衝撃波から見て、予期せぬ爆発が起きて二回目が行えていないとするのが私たちの見解です」
「または転移現象に於ける余波か……」
「確信が持てない以上可能性は多岐にわたりますが、厄介者である私たちがまだ生きているのが二回目を行えていない証左となります」
エルマの言う通り、バーニアンの真相を知る羽熊達を敢えて生かす意味はない。だからこそウィスラーの証言ビデオの入手まで許してしまったのだ。
「ですが、二回目がないと高をくくると痛い目に遭うのは歴史が証明していますので油断はできません。もしかしたら二基目を用意しているか作っている最中とも考えられます」
「四ヶ月前且つ三年前の情報じゃテロ後のことを話すことは出来ませんね。ちなみにそのペオ・ランサバオンの移動範囲はどれくらいですか?」
少なくとも恒星間での移動が可能なのは日本列島が証明している。
だからこそ日本国内でも転移は可能なのか気になるのだ。可能となれば誰であろうと命の保障はないことになる。
「不幸中の幸いと言うんですかね。転移先にフォロンが無ければ転移は出来ないそうです。なので日本国内に何かが転移してくる心配はありません」
「そうですか……それはよかった」
「転移現象を発現するのにフォロンは不可欠ですが、対象物や対象空間までは必要ないそうです。対象物を覆うようにフォロンが一定量満たせれば可能なので、フォロンがそもそもない日本も転移をしたのだと思われます」
「じゃあ、地球に落ちたレヴィアンが鳥かごのように日本を覆ったことで、転移に必要な気体フォロンが満たされて、さらにほかの転移現象の条件も揃って転移したと?」
そもそも気体フォロンは不動性で、フィリアの公転と自転が完全に同期していて、ニュートリノみたいにあらゆる物体を透過してしまうのだ。異地の技術でも気体フォロンの散布は出来ないから、そもそもどうやってこの星に気体フォロンが充満しているのか分かっていない。
状況証拠となるが、レヴィニウムは何らかの条件で気体フォロンを放出するのだろうか。
レヴィニウムと結晶フォロンは別々の物質らしいが、何らかの繋がりがあるのだろう。そこは専門外なので羽熊は想像で納得する。
「ウィスラーもペオの全てを把握しているわけではないので、学術的な説明はしてませんでしたが間違いないでしょう」
「なら日本は地球に帰れる」
エルマの説明を聞くとその結論に至る。
おそらく地球には転移に必要だった気体フォロンは残っているだろう。なにより、日本列島があった土地と空間も転移しているのだから気体フォロンもまた転移しているはずだ。
転移先に気体フォロンがあれば、技術の獲得さえできれば日本は地球に戻れる。
戻れるのだ。
「まあ一筋縄ではいかないでしょうが、技術取得のためにもバーニアンを捕らえなければなりません」
「ですね。可能性の未来の前に確実の未来を捉えなければ」
「なので我々が出来る現実的な今後の動きは、チャリオスに潜入して証拠を得ることです。ウィスラーの証言ビデオが使えない以上、現行犯で行くしかありません」
その考えはバーニアンの秘密を守りながらの別動隊のみの動きだ。
秘密を暴露できないのだから出せる選択肢はそれくらいしかない。
「でもそれは敵側も分かるはず。証言ビデオ入手前ならまだしも、今となっては自殺行為では?」
ウィスラーの別邸に襲い掛かった連中は不明だ。バーニアンであればこのタイミングで乗り込めば秘密を暴こうとしていますと言いながら来たのと同じだ。
バーニアンに圧倒的アドバンテージを与えられる。
「そこはお互い様ですね。向こうも我々が入手したことは知らないはずですので」
「バッテリー式の盗聴器で、会話から声紋を調べられる可能性は?」
声は指紋と同じで同じ声がない。機械で詳細に調べれば同一人物と同定されてしまうだろう。
「さすがに声の偽装はしていません。ですが裁判所ならまだしも敵側に声のデータを見せられたところで終始否定し続けるだけです」
「それはそうですけど、裁判所ではないからこそ敵も容赦なく動きますよ?」
「日本のことわざに虎穴に入らずんば虎子を得ずとありましょう。成果を得るにはリスクも取らないと」
「安全は二の次で行くしかないわけですか」
「ノーリスクで捕れる相手ではありませんから」
羽熊を見るエルマの目には覚悟が感じられた。
その眼を見ただけで文字通り命がけで立ち向かおうとしているのが分かる。
王族であり元軍人であるエルマに、これ以上の心配は侮辱だ。
「ご武運を」
「ありがとうございます」
「ちなみに、チャリオスの幹部って顔写真とか出ていたりします? バーニアンであれば髪の毛が黒髪のはずですが」
「いいえ、チャリオスは会長、社長以下執行役員と続くのですが顔写真はありませんね。会長すら名前はともかく表舞台に顔を出しません。が、以前見たことありますが黒髪ではありませんでした」
「影武者を用意していた? それとも毛髪の移植?」
「ウィスラーが言うに毛髪の移植だそうです。さらに足もリーアンと同じように整形しているので、外見ではまず分からないみたいですね。遺伝子情報はさすがに誤魔化せませんが、国に属していないので逮捕後でなければ提供要求は出来ません」
ウィスラーですら毛髪はどうにもできずに永久脱毛する選択を取ったのに、バーニアンは一歩進んだ対処策をしている。一人と複数ではやはり対処に違いが出るようだ。
「前回の方法は取れないと……」
「はい。なので今回は正攻法で行くしかありません」
「ですね。それで、他にウィスラーの遺言はありましたか?」
「日本側に伝えられることはこれくらいですね。一応チャリオスの見取り図やペオの図解、エミエストロンの在処などを残してくれていますが、友好関係があるとはいえ最重要機密なのでお教えできません」
「そこは政府間でお願いすると言ったところですね」
「それと今のは日本政府にも秘密でお願いします。羽熊さんだから信用して話しましたので」
「防衛上でも外交上でも重要なカードですからね。今のは忘れることにします」
事件解決後、ペオやエミエストロンはイルリハランが手に入れる可能性が高い。軍事や外交で圧倒的アドバンテージを得るのだから、運命共同体とはいえ線引きは必須だ。
日本側である羽熊からしてはもどかしさはあれ、理解は出来るからとやかく言わない。
命を懸けているのは向こうなのだから。
「とりあえず若井総理にはウィスラーの証言ビデオ。エミエストロンとその対策。ペオ・ランサバオンは話します」
「お願いします。あと安全が確認出来たら優先的に羽熊さんのスマホにアンチエミエストロンをインストールしてください。そうすればいちいちここに来る必要はなくなりますから」
「分かりました。では早速持ち帰らせてもらいますね」
「ふぅ……まだスタート地点に立ったところですが、ひとまず区切りは付けられました」
「本当にお疲れさまでした。今回、私たちはほとんど何も出来ずに情報共有しか出来ませんでしたが」
「とんでもない。羽熊さんの地球人目線の助言があったからこそ情報を得られたんです。そんな謙遜しないでください」
「そう言っていただけると救われます」
「では話はここまでにしましょう。これからイルフォルンに向かってソレイ王に報告しに行きますので」
「お気をつけて」
「エミエストロンによって不利な状況であることには変わりませんが、かと言って諦める道理はありませんからね。命尽きるまで使命を全うします。少なくとも私たち全員その覚悟で動いています」
国絡みの事案なため、羽熊が何らかの前向きな意見を言うことは出来ない。国防軍を動かしたり技術的支援をしたりなどは言えず、ただ個人的に思い至ったことしか言えないのは歯がゆかった。
ただ、チャリオスがユーストルを支配してリーアンを統治しようものなら、当事国となる日本も黙っているわけには行かない。
この六年でこの社会に適応した防衛装備の開発を急ピッチで行っているとニュースでは度々報道している。
戦車や護衛艦の浮遊化や、最初から浮遊特化した装備品の開発等だ。
既存の装備や戦略、戦術では太刀打ちできないから短期間での更新が余儀なくされ、フォロンの採掘による外貨を使って従来の倍以上の予算で研究開発が行われている。
今現在でそれらを用いてチャリオスと戦闘を行えるかは羽熊には分からないが、それらを視野に入れなければならないことくらいは分かる。
ただ、決めるのは総理以下閣僚だ。羽熊ではない。
そう考えると中途半端に国政に参加している羽熊は役立たずと言える。
それでも羽熊には羽熊にしか出来ない仕事もあり、そこは適材適所と割り切った。
会合は終わり、羽熊の見送りで境界線を越えたエルマは空に浮かぶと浮遊艇へと向かって大使館へと帰っていき、羽熊もエルマから託されたUSBメモリーを持って東京へと戻ったのだった。




