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陸上の渚 ~異星国家日本の外交~  作者: 龍乃光輝
第一部 第一章 国家承認編 全26話
13/192

第9話 『方針』

「佐々木総理、いま発している緊急事態宣言はいつ解除するおつもりですか?」


 四月十九日(飛球暦八月二十七日)。レヴィアン問題により機能不全に陥ってから約三週間ぶりに国会は再開した。


 通常国会の最中での中断なので、臨時国会の体ではなく通常国会の体で集まれるだけの議員のみで再開する運びだ。ちなみにレヴィアン迎撃に関しては正規の国会を通していない。佐々木内閣及び、与野党党首の合意と言う簡易国会決議によって発令されていた。


 さすがに日本全国に散った国会議員が全員国会に戻るには時間が足りず、なんとか与党が過半数を超える状態で始まった次第だ。


 普段であればだらだらと続くため低視聴率のところ、この国土転移問題の議論をすることで視聴率はうなぎ登りとなった。


 実は本年度の予算は可決していない。物資不足による物価上昇に加え、レヴィアン落下の悲壮感から年末年始を境に故郷に帰る国会議員が多発し、そのため予算審議はストップして今に至っていた。本来なら故郷に逃げた国会議員は全員議員資格はく奪もいいどころであるが、それでは国家運営が厳しく。情状酌量の余地ありと言うことで経済リセット案同様不問の扱いとした。国民からすれば三ヶ月近く違うのに不問に不満の声が上がるも、政治とはそういうことと我慢する声もある。


 予算委員会の質疑応答で質問をしたのは、最大野党である民友党の友井久恵議員だ。


「佐々木総理大臣」


 佐々木総理は挙手し、委員長の声に合わせて立ち上がる。


「緊急事態宣言の解除は、日本と円形山脈を繋ぐ接続地域に国防軍を配備する法案を可決した直後を予定しております」


「それはなぜですか?」


 再び佐々木総理は挙手して応答席へと移動する。


「現在国防軍は、緊急事態宣言に伴う政令によって活動をしており、いま解除してしまいますと国防軍が活動する法的根拠を失い、違法状態で活動してしまうからです」


 現在接続地域で活動する国防軍は、佐々木内閣が宣言した緊急事態宣言に伴う政令によって派遣され施設の建設及び防衛、リーアンとの交流活動をしている。つまり防衛出動でも治安出動でもない出動形式でいるため、正式な法案がないと色々とまずいことになっていくのだ。


「宣言解除と同時に撤退の考えはないのですか? 緊急事態以後の政令には、その接続地域近隣の住人を避難命令により退去させられていますが」


「接続地域は言葉の通り、日本と円形山脈が陸路で繋がった地域です。空を飛ぶ人種であるリーアンにとって陸路は無価値ですが、この接続地域は日本にとって計り知れない戦略的価値を内包し、その防衛と管理は国防軍が適任しております。さらにこの世界には地球にはない疫病がある可能性もあり、その有無の確認のためにも民間人の立ち入りは制限する必要があるわけです」


「総理、いま疫病とおっしゃいましたが、国防軍は全員防護服を着ていないではないですか。国防軍の方々の命は最悪見捨てると言うことですか?」


 この発言に野党からは少ないヤジが飛ぶ。


「防護服使用は厚労省より強い要請がありましたが、将来的に我々にとって無用と判断して却下しました。この世界には我々の免疫では敵わない病気が数多くありましょう。その場合、遅かれ早かれ接続地域を始め日本全国に蔓延します。我々の検疫システムは最善はつくせど万全ではなく、しかも緊急建設中の施設にバイオセーフティー四レベルのシステムを導入するには時間も準備も足りませんでした。そのため、接続地域から住人を退避させ、万が一疫病が接続地域で起こっても内陸への感染を出来るだけ防ぐこととしました。非人道的と思う方もいましょう。私自身そう認識しておりますが、円形山脈の出入りが不可能となったとき、日本の死もまた確定となるため、危険を覚悟で防護服に関する処理時間を省いた次第です」


 平時であればこの解答だけで総辞職確定であるが、状況が状況だけに飛び出すヤジは少ない。


 佐々木総理も長期政権を続けてきた実績と、総選挙が出来る状況でないことを知っているから言えないことも言えたのだった。


 もちろんこれらの発言の責は、任期満了か総選挙が出来るくらいにまで国内が安定すれば総理の立場を辞めるだけでなく、政治家としても辞めるつもりである。この日本の戦後以上の騒乱期、倫理観や人道的な考えは廃さなくては生き残ることは出来ない。かなり高い確率で戦死者が出るだろう。その騒乱期を抜け、安定期に入ってなお議員としての立場を貫く考えは、この時点でもう持ち合わせてはいなかった。


「現在接続地域で活動中の隊員及び民間人は、全て自由意思による参加であり、緊急事態宣言による強制力は働かせておりません。そして参加する前に、考えられる危険性は説明したうえで活動をしてもらっております。もちろん自由意志だから責任は現場と言うわけではなく、その最高指揮官として、国防軍の活動で起こる全責任は私が負う所存です」


「防衛省の発表では、イルリハラン軍兵士に日本の主食であるお米を使ったおむすびをふるまったようですが、最悪日本の細菌もしくは毒をイルリハラン軍兵士に感染させた可能性もあります。そのことへの考えはお持ちでしょうか?」


「もちろん心得ております。時期尚早や最悪死した場合の賠償問題と考えられる問題点は米を提供する案が浮上した時に考えられ、その上でふるまいました。万が一米を食したことによって亡くなられ、その処罰をイルリハラン国より求められた場合、その責任者として私自身が負う所存です。イルリハラン国の刑法により、賠償金であれ禁固刑であれ、私は甘んじて受けます」


 さすがの発言に議員たちからどよめいだ声が上がる。

 一国の首相が他国の法に則り犯罪者として処断されることはまずない。中東などで残虐の限りを尽くして米軍や国連軍の投入で射殺されるトップはあれ、先進国の首相が戦争以外で罪に問われ裁判を掛けることは、重大な国際問題となり断交は必至だ。あの韓国も憲法改正時は裁判に掛けろ云々があったが、結局は国旗と写真を燃やしたり在韓邦人への暴行までで、佐々木総理に対しては結局何も出来なかった。


 この発言でも号外や速報テロップ級だが、異星国家との交流ではこれくらいのことでないと政府だけでなく国民に危険が及ぶと認識し、自らが罪を被る発言をしたのだ。


「総理、もう一度確認しますが、万が一イルリハラン軍兵士が我が国の食料を食したことで亡くなられ、イルリハラン国が処罰を求めた場合、総理が受けるでよろしいのですか?」


「そうです。ここで責任者をうやむやにしてしまってはイルリハラン国政府は我が国を信用しなくなります。今は軍レベルで交流中ですが、近いうちに外務省に引き上げ、その後政府となります。今問題が起こり、責任者をうやむやにして果たしてイルリハラン政府は我が国を信用しますでしょうか。私は出来ません。なので誠意を見せる必要があり、それが国防軍最高指揮官である私なんです」


 果たして歴代の総理の中でここまで責任を背負う人物がいただろうか。最終的には総辞職で逃げてしまうのが十八番の総理が、総辞職は避けて罪人として処断されるのを覚悟してまで国を思うのだ。拍手喝采とまではいかないがどこかしら拍手が聞こえる。


「ですが総理、そんな危険を冒さずとも、検疫をしっかりしたうえですれば問題ないはずではありませんか?」


「何度も申し上げておりますが、とにかく時間が足りません。十分な時間があれば米を始め、調理法を翻訳した書類を渡し、イルリハラン流の検査をして安全かどうかを確認してもらうところですが、まだ文字を現場では学んでおりません。またイルリハランの文化をほんの一部しか知らない中で渡したところで、理想的な検査はしていただけないでしょう。可能となるであろう約一ヶ月から二ヶ月先ではとても遅いのです。そのために危険な賭けをしてでも、今から手を出さなければ間に合わないのです。千人程度であれば十分間に合いましょう。しかし、一憶二千万人を飢えから守るには、今すぐでなければならないんです」


 佐々木総理は席へと戻る。

 友井議員からの追撃はなく、「以上です」と言って自分の席へと戻っていった。


 最大野党である民友党は、あくまで佐々木内閣政策の監視に徹する立場で、普段のように法案や政策を批判し自らが政権を取る考えがないことは、党首レベルですでに伝えられていた。


 いくらなんでも一ヵ月も時間を食う総選挙をすれば、国民の怒りを買うことは目に見えているし、自分の明日も不安定な今、そんなことをする余裕はないことはしっかりとわきまえているようだ。

 そして佐々木総理の覚悟もあって民友党は完全に毒牙を抜かれた。

 それでも頭がお花畑の馬鹿は、残念ながらいる。


「村田一郎君」


 委員長が新たな議員の名前を呼び、三十代の若手議員が質問台へと立つ。


「佐々木総理、あなたは地球に戻る意思はありますか?」


 不満の色を孕んだ質問。しかしこの程度のことで不満を抱いては政治家はしていられない。


「戻るかどうかの判断は、国土転移の原因解明と科学的利用を可能としたうえで、地球の様子を確認して判断をします」

「今現在の考えを聞かせてもらえませんか?」


「今現在は考えておりません」


「それはつまり、地球に残してしまった沖縄県や他の日本人を見捨てるとみてよろしいですか?」

「見捨てると言う言葉を使うことが理解できません。その言い回しでは、我が国は意図して沖縄及び小笠原諸島を含む遠方の島々を含まずに、このフィリアと呼ばれる惑星に来たように聞こえますが?」


「この国土転移と言うトンデモな出来事が、自然現象であることに国民は果たして信じますでしょうか。それも都合よく日本だけが」


 ここで村田議員が何をもって批判をしたいのか意図に気づく。


「よく陰謀論で日本にはすでに核兵器を保持しているや、日本独自の空母の設計図がある、常軌を逸した技術を秘密裏に開発している、国土転移もまた秘密裏の科学実験で転移したと言う噂はインターネットであるようですが、会見でも申したようにもしそんな技術があれば国土ではなくレヴィアンに使います」


「その転送技術が宇宙空間に運搬できなければ、国土を動かすしかないのでは?」


 ガキの質問かと思いつつ佐々木は表情一つ変えずに挙手する。


「ではその前提で答えるとすれば、我々は少なくともレヴィアンの落下以前よりこのフィリアを知っていることとなります。なら手探りな交流をする必要はないはずです」


 村田議員に限らず、村田が属する友和党は頭がお花畑で自分に都合のいい解釈と価値観で政治活動している。本来国会議員は将来を見通して政策や法案を議決するはずが、友和党に限っては国民の声のそれもネット内の声を中心に今のことを考えて活動している。元民友党の幹部やタレント議員がいることから度々話題となり、憲法改正案決議では牛歩だけでなく日の丸に斜線の入ったネクタイをしたことで猛烈な批判を受けたタレント議員もいた。そのタレント議員は再選出来なかったが、その意思は国土転移をしても直らないらしい。


 政治家は己の価値観で語ってはならない。国家の価値観で語らなければならないのだ。


「国土転移が自然現象とするためにしているパフォーマンスでは?」


 さすがの馬鹿さ加減に周囲からのヤジも飛ばない。

 誰だこんな馬鹿を国会議員にしたのは。


「そのパフォーマンスを、イルリハラン国が応じるとは思えません。村田議員の言い方では完全にこちらの都合であり、そんなパフォーマンスにイルリハランが応じる必要も義理もありません」


「では都合よく日本だけが転移するのも自然現象だったと主張するわけですか?」


「現実的に考えて、国土転移の原因がレヴィアンであることは間違いないでしょう。科学的に見てもレヴィアンは地球上には存在しない物質で出来ていることはインディアナの研究で分かっております。そしてレヴィアンが日本を覆うように落下したのは、レヴィアンの軌道がちょうど北海道と埼玉県の二点を通過する形となっており、大気圏に突入した北海道沖で迎撃し、粉砕したレヴィアンは慣性の法則によって日本を覆うように落下しました。空自によるレーダー観測によりますと、ちょうど転移した範囲内で落下したようです。そして砕けたレヴィアンは何らかの法則を起こし、その範囲内にいた日本が転移したのではと学者たちは言っております」


 ちなみに日本の地下何メートルまでが共に来たのかはまだ分かっていない。


「総理、地球では沖縄県を始め百万人以上の日本人が苦しんでいるかもしれないんですよ。それなのに異星人と交流をしていいのですか!?」


「悲しむことで戻れるのならいくらでもしましょう。しかし戻れない以上、我々は一憶二千万人もの国民の生命と財産を守る努力をしなければなりません。異星人との交流を茶番とおっしゃろうと、我々はイルリハランの協力なくしては生きてはいけない状況です」


 友和党の主張は、日本がこのフィリアに来たのは政府主導で意図した転移であり、地球各国と沖縄を見捨てた。だから政権は変えなければならないと訳の分からないものだ。


 転移技術が確立できれば、どれだけ巨大であろうと宇宙空間に打ち上げて建造し、レヴィアンを例えば太陽に転移させていた。インディアナの建造後にその技術を確立しようと、回避が確実に可能となれば兆を超す金額だろうとねん出は難しくない。生きるか滅ぶかでは金額など些末なものだ。


 しかし転移ことテレポート技術である。そんなSF筆頭の技術を国民やメディアに気づかれることなく開発し、レヴィアンの落下に合わせて国土を避難させるなど常識で考えられるものではない。しかもなぜ帰属未定でロシアに占領されている得撫島は含んで沖縄県を含ませない。するなら日本の島々全てであろう。


 ネットの声や自分の価値観を優先するからそんな意味不明な質問となる。


「国民を数で分けるのは総理として正しいものですか?」

「前提として、この星に国土ごと転移できる技術がある場合、なぜそれを世界に公表せず、沖縄は見捨てロシアに不当に占領されている得撫島と北方領土を連れていくのか理解できません」


 沖縄県はここ数年米軍問題で独立云々、中国のちょっかいと面倒の最中にあったが、沖縄県は大事な日本の国土だ。苦しい思いはさせてしまっても長期で見れば沖縄をはじめ日本の未来につながっていた。県民に迷惑をかけ、あまつさえ置き去りにして消えるなどどうしてできる。


 そして転移技術の確立は、あらゆる面で日本を復活させるカードだ。使わずに終わるのは愚行以外にない。


「我々友和党も国土転移を自然現象と主張する総理の発言を理解できません」


 自分の意見を変えない人間は二種類いる。権力と影響力がある人物と、プライドが大きすぎる人物だ。村田議員を始め友和党は後者だ。


 党の主義は自由だから全てを批判するつもりはないが、時と場合はわきまえてしてもらいたいものだ。今ここで政権を批判して何が残る。自己満足だけではないか。


 政権交代自体は時代の流れから起こるものだが、今それを起こして喜ぶ国民はいない。


「村田議員、意義のある質問をしてください」


 さすがに委員長も無意味な批判は時間の浪費と注意を飛ばす。


「……では総理、お聞きします。総理はこの世界に日本の主権を設置するおつもりですか?」


「そのつもりです」


 それ以前にそれしかない。今すぐ帰ってもおそらくは地獄だし、技術がないから今すぐは帰れない。ならこの世界に日本の主権を認めさせ、文字通り天と地で生活圏が違う中で生活基盤を確立しないと残すは死のみ。

 国家は決して死を望んではならない。例えどれだけ苦境に立たされようと、国民が絶望から死を望もうと、国家は生を目指さなければならないのだ。


「村田議員、質問は以上ですか?」

「最後に一つ。総理、先ほどイルリハラン軍兵士が亡くなった場合、責任を負うと言いますが、職務はどうなさるおつもりですか? この重大な決定を国民に伝えなくていいのですか?」


 一つと言いながら二つも聞いてくる村田議員。


「その場合は片岡官房長官に引き継がれます。このことは内閣全員掌握しており、私が不在でも政府機能は百パーセント維持できるようにしております。責任を負う決定をしましたのは昨日から今日に掛けてでありまして、近日中には会見を開きその旨をお伝えするつもりでした」


「総辞職の考えはないのですか?」


 結局そこを聞きたかったことを、よくもまあここまで迂回したなと思いつつ、「ありません」と一言で済ませて村田議員の質問は終了させられた。


 次に質問する議員は日本最古の政党である共生党の世木晃議員。


「笠原防衛大臣にお伺いします。現在防衛省は放棄した米軍の施設と兵器を管理運用しておりますが、今後円形山脈内で活動の幅を広げる事態になったとき、国防軍と米軍、どちらのを優先的に運用するおつもりでしょうか」


「笠原防衛大臣」


「米軍の兵器の運用は、状況により適切なものを使用していく予定です。先日のレーゲン籍の飛行艦の追跡事件を受け、ヘリと航空機の特性を持つオスプレイを使用し、レーダー対策でステルス戦闘機であるF-22の運用を決定しました。その他横須賀基地にある元米海軍の護衛艦は、イージス駆逐艦は日本の防空として人員が揃い次第順次運用し、原子力空母ロナルドレーガンは海が閉鎖状態であるため運用は考えておりません」


 空母は知っての通り移動する基地である。だが最長で二百キロしか海は沖に続いておらず、しかも接続地域で途切れているため日本各地に移動して戦闘機を飛ばすことはできない。よって原子力空母が日本が好きに使えるとしても正直使い道は原子炉が生み出す電力くらいだった。


「そのことで米軍に対して思うことはありますか?」


「ありません。ご存知の通り、日米安保は今年一月に一方的に破棄する通達をアメリカ政府より言い渡され、その破棄を受ける代わりに無償での譲渡を要求し、アメリカ政府は受理をして今日に至ります。よって現在日本にあるすべての米軍の駆逐艦は国防軍の護衛艦であり、攻撃機は戦闘機となります」


 よく米軍の駆逐艦、米軍の施設とメディアでも呼ばれるが、正確には全て日本の物となっている。それでも半世紀以上に渡り居座られたためか三ヶ月経とうとその肩書きは消えない。


「笠原防衛大臣、我が軍の潜水艦の扱いはどうするおつもりでしょうか」

「潜水艦に関しては運用はしない方針です」


 日本はもう大海と接触していないどころか接続地域によって南北分断もされている。その上リーアンの軍艦は全て空を飛ぶ飛行艦であるため、潜水艦の存在価値はほとんどなくなってしまったのだ。


 平時で海の忍者として守ってきた潜水艦は、全て所属する基地へと寄港して次の任務を待っている。


 海上自衛隊はイージス艦やヘリ搭載護衛艦がよく注目されるが、実はそれ以上に潜水艦が主力だったりする。日本が所有する潜水艦で〝そうりゅう〟型がある。このそうりゅう型は原子炉を搭載しない通常のエンジンでは世界最大級の大きさを誇り、特殊なエンジンによって通常数日の潜航日数を二週間近く増やし、オーストラリアが熱狂してほしがったほどだ。あのアメリカ海軍でさえ演習とはいえ見つけられず、米艦隊の空母を魚雷で当てられる距離まで普通に近づいた実績もある。


 そんな日本が誇る潜水艦も、対潜ヘリに何もできないように飛行艦に対して手の施しようがないのだ。


「現在国防軍とイルリハラン軍は友好的な接触を続けておりますが、もしおむすびや検疫以外の理由でイルリハラン国と紛争状態となったとき、どのような着地をお考えでしょうか」


「佐々木総理大臣」


 佐々木総理が挙手をして応答席に立つ。


「日本政府及び国防軍は極力そうならないよう和をもっての接触を続けておりますが、万が一そうなった場合、日本と国民の財産と生命を防衛しつつ、積極的対話による解決をするよう努力をします」


「イルリハラン軍が攻撃をした場合はどうするのでしょうか」

「その場合、法に則り防衛に徹します」


 とはいえそうなった場合、どう決着が付こうと日本はほぼ詰むため絶対に避けねばならない。


「最後の質問ですが、異地調査で地中より鉱物を発見したところ、その組成がレヴィアンと全く同じとあったのですが事実でしょうか?」


 異地調査初日から、地質学者が発見し大学に検査を依頼したものである。


「現在調査中で、地球外の物質であることは確かであります。より確信を持つため念入りに調べてもらっており、近日中には発表できるかと思います」


 最後の質問だけあってこれ以上世木議員は追撃せず、自分の席へと戻っていった。


      *


 本日の予算委員会を終えた佐々木総理は執務室へと戻り、革製の椅子に深く腰掛けた。


 さすがに万が一死なせた責任を負う発言は衝撃が強かったようだ。各方面からの電話がひっきりなしに鳴り響き、テレビでも速報で流れてニュースサイトでもトップで出ている。


 失言ではとの声もあるが、こういう時だからこそ責任の所在は明確にしておく必要があった。役所に限らず誰だって責任は負いたくはないものだ。役人は特に身分を守りたく保身的となり、責任の所在をうやむやにしてしまう。


 もし最悪米によってイルリハラン人が死んでしまった場合、その責任はそれを手渡した羽熊博士か、国防軍か、防衛省か、それを立案した人かと責任がたらい回しとなり、イルリハランとのつながりが途切れて取り返しがつかなくなる。


 それを回避するためにも、危険な賭けの代償として総理自身を出したのだ。


 一ヶ月から二ヶ月を一週間にするには無茶をしなければならず、その無茶の代償が総理自身。それだけのことだ。


 言い訳はしない。自由意思で無理やりではなく自らの手で取って食べたから、こちらに責任はないとは言うまい。こちらが原因であれば謝罪して責任を取るだけである。


「……そろそろ時間か」


 時計を見ると以前より考えていた時間が迫っており、ノートパソコンを立ち上げてあるソフトを起動させる。


 すでに登録してあるIDを選択して数秒待つと、画面にある人物が現れた。


『あっ、初めまして佐々木総理大臣。私は羽熊洋一と申します』


 画面の中でお辞儀をするのは、黙認されているが本来なら最前線に出してはならない言語学者の羽熊洋一だ。


「内閣総理大臣の佐々木源五郎です。羽熊さん、この度は多忙の中ビデオ通話に応じていただいてありがとうございます」


 予てより異地調査の最前線で活動する羽熊とは話をしたく、しかし様々な理由から現場では出来ないためこうした非公式のテレビ通話でする運びとなった。その他に現地で活動する学者たちとも会話をする予定だ。


『そんな礼をするのはこちらの方です。私のような民間人が総理と一対一で会話が出来て光栄に思います』


「私なんて議員バッジを付けなければそこらの人と変わりませんよ。羽熊さん、必要とはいえ民間人であるあなたを未開の地に派遣させ、その初日で最悪レーゲン国に捕まる可能性があったことについて、深く謝罪させていただきます」


『謝罪なんてそんな……私は自らの意思と覚悟で接続地域へと来ました。最悪死ぬことも覚悟の上なので気になさらないでください』


 二人しかいない非公式の通話だからこそ、佐々木は画面越しとはいえ羽熊に頭を下げる。


『それにこんな人類史上初のことを最前線で出来るのですから不満なんてありません。なので私なんかに頭を下げないでください』


「本来でしたら私自身がそちらに赴いて声を掛けたいところですが、職業柄それが難しく、接続地域で活動している隊員の手を止めさせるわけにもいかず、こうしてテレビ通信をさせていただきました」


 総理の言葉は隊員の士気発揚させるには十分効力を持つが、どうしても手と足と目を止めてしまう。平時であれば式典だが今してもはた迷惑なだけだ。


『ニュース速報見ました。本当にイルリハラン国が責任者引き渡しを要求したら応じるつもりなのですか?』


 当然現場でもこの報道は伝わり、羽熊は不安そうな表情で聞いてきた。


「ええ、その覚悟は出来ております。今日もイルリハラン軍のお二人とはお会いに?」


『はい。特に体調の異変は起きていないようで、むしろもっと食べたがってました。多分近いうちに向こうの検査でOKの出た食べ物をくれると思います』


「確か向こうの主食はキノコに似たものですよね?」


『向こうもそれは分かっているので、向こうで無害に等しいものをくれると思います。それで、渡した手前食べないわけにはいかないので私自身が食べようと思います』


「もしなにか異変があればすぐにおっしゃってください」


『ありがとうございます。その、それでリィアさんとルィルさん……いえ、イルリハラン国には総理の意向はお伝えした方がいいですか?』


「ええ、お願いします。おそらく向こうはこちらの放送を受信して映像化しているかもしれませんから」


 政治的に全てをさらすことは得策ではない。一部を公開し、相手の反応をうかがい、駆け引きをして新たな情報を伝えてさらに駆け引きをする。


 いきなり全部話してしまうと相手はそれをカードに上から目線で要求してくるため、そこは責任を取るまでに留まらせるのだが、国内で普通に放送している以上向こうでも受信し、翻訳して知られている可能性も否めない。第二次世界大戦のように知られていないと高をくくり失敗した例もある。なら最初からカードを振るしかなかった。


 日本も調整をしてフィリア世界の電波放送を受信できるようにしている。さすがに電波と言う共通点はあれど、地球規格とは異なるため受像化は初日より改善しているがまだ乱れて鮮明には程遠い。


 イルリハランやレーゲン側も同じくらいとしても、分からない以上憶測は失敗を招く。


『分かりました』

「それでどうでしょうか。接続地域での生活は」

『須田駐屯地の衣食住は全て整っているので特に不満な部分はありません。隊員の方とも特に問題なく生活してます』


 まだ政府も現場でも、イルリハラン国と接触したことで増えた名称を統一化していない。例えば日本と異地を繋ぐ接続地域を、『須田浜』『須田駐屯地』『接続地域』の三つを混同させて使い、異地も『異地』『円形山脈』『飛球』『ユーストル』『フィリア』と五つも混同させて異音同義を続いている。


 原住民も同じで、リーアンと言う『人』の意を知っても『原住民』『リーアン』『イルリハラン人』を使い、『セイレーン』の名も広がりつつあった。


 混乱を防ぐためそれぞれで統一すべきなのだが、中々定められずこの数日文脈によって使い分けていた。


「報告書は拝見しています。いやはや、こんな短い間で日常会話が出来るとは大変素晴らしいですね」


『お互いに分かろうとする気持ちがあったからです。そうでなければもう倍は掛かったと思います』


 報告書によると、向こうもこちらの言葉を知ろうと発音をしっかりと、流ちょうではなく片言で話したとある。そしてジェスチャーや写真を見せてのやり取りをしたからこそ、単語の意味の把握が迅速に進んだらしい。もし向こうがそんなことをしなければ、確かにより長くかかっただろう。それは向こうの学問の水準が同じくらいに高いから同じ目線で考えてくれる。


「ではもうそろそろ交流レベルを上げることは出来ますか?」

『……軍から省庁に引き上げる、と言うことですか?』


「理解が早くて助かります。我々内閣と外務省は日本の主権設置をするための国家間条約をイルリハランと結びたく、経産省は貿易条約、労働省からは円形山脈内での狩猟条約、金融庁からはイルリハラン経済を把握し、為替レートの制定をしたいとも言っておりまして」


『分かりました。では明日にも提案をしたいと思います。出来れば書面でもらえますか? その方が話しやすいので』


「お願いします」


 これは政治的勘になるが、向こうもそろそろ段階を引き上げようとしているだろう。異星人との接触が武力ではなく言葉である以上、国際社会ではなく一ヶ国で対処しようとする。その根拠は、自らの領土に異星国家が現れた場合、そんな歴史的事件を他国に食い込ませたくないのは国家的心理として当然だ。そして国際社会から日本のことを知ろうと打診し、長時間掛けてではなく短時間で知ろうとするのも自然と言える。


 長引けば長引くほど国際社会も国民も不安視し、国際軍事行動の理由の一つとなってしまうからだ。


「羽熊さん、短いながら本日はありがとうございました」

『こちらこそ私なんかに大役を与えてくださりありがとうございます。ただネットでは好き勝手書かれているみたいで掲示板とか見るのが怖くなりますけど』


 今までネットに名が出ることがなかったため、良い意味でも悪い意味でも炎上する。佐々木自身、直接は見ていないがイルリハラン軍の女兵士、ルィル・ビ・ティレナーとの云々は耳にしている。


「世の中自分に賛同的な意見しかないことなんてありませんよ。賛同と批判、両方あってこそ人柄や方向性の評価になりますから」


 総理大臣と言う肩書きを持てば、ネット内で政策や発言で賛同と批判を大量に目にするだろう。忙しく目にする暇はなくても、総理になる前から目にしていたからよく分かる。それでも総理大臣になるのだから、ネットの声だけを聞いても成就は出来ない。無駄に精神が削られるだけだ。


『せめてイルリハランとの交流を私から外務省の方に交代できるまでは、賛同の意見で行きたいです』


「羽熊さんの評価は我々の中では素晴らしいの一言ですよ。全責任は全て政府が負うので、これからもイルリハランとの交流をお願いします」


『精一杯頑張らせていただきます』


 最後に羽熊はお辞儀をして、佐々木は通話を切った。


「すみませんね、羽熊さん。もう少しがんばってください」


 あえて話題に出さなかったが、羽熊が接続地域に到着以来不眠不休で働いていることは佐々木の耳にも入っていた。本来だったら後続の言語学者と交代で言語学習をはずだったのだが、イルリハラン軍と親しく交流できているために交代の危険性を鑑みて無茶な連続勤務をさせていた。


 向こうも現代社会と変わらないのなら交代と引継ぎはあるだろう。しかし異星国家間での交流は、初めてでもこの最初期こそ最も重要なことは両国どちらとも理解しているはずだ。


 羽熊の人柄もあってうまく回っている交流を、人を変えたことで万が一乱しては苦労が水の泡となってしまう。それに向こうも連日ルィル・ビ・ティレナーとリィア・バン・ミストリーの二人を派遣していることから同じ考えと推察できる。


 だがそれは最初期を過ぎれば自然と緩和していく。お互いに心が分からなければ上手くいけばその人同士を宛がうのは自然だし、両国がそんな人がいると分かれば段階を引き上げていく。


 国土転移してから八日目。明日に打診し、当日か明後日には向こうから返答を受け、早ければ三日後までには各省庁の担当官を接続地域に派遣できるだろう。その場合、当面内地に戻ることは叶わなくなるから自由意思で希望をする人を捜さねばならない。


 可能なら接続地域で陣を構える須田駐屯地を拡充させ、研究施設や各省庁機能を持った施設も欲しいところだ。そして円形山脈内で生息する超巨大生物の食用化のための加工処理場の考案。貿易が可能となれば空港か湾岸の整備建設。


 異星、異文化流入による国民の理解と、過度の流入による日本文化の崩壊防止と考えるときりがない。


 とにかく日本が日本らしくあるためにも、今を全力して和をもって進むほかない。


      *      *


『イルリハラン医療連盟は本日、医療省及び政府に対し声明文を提出しました。政府と医療省、そして防務省は、どのような外来病原菌及び生物がいるのか把握せず、イルリハラン軍兵士に防護措置もしないで接触。さらに汚染除去設備のないラッサロン浮遊基地をニホンから五十キロの地点に転移したことで、そこで活動をする兵士五万人の命を最悪落とす可能性もあると非難をしております。この声明を受け、ユーストル近辺に住む市民と、ラッサロン浮遊基地に勤務する兵士親族が即刻ユーストルから退去するよう王宮前に集まり求めております』


 報道番組ではアナウンサーがそのような記事を読み上げ、首都宮殿には首都住民やラッサロン浮遊基地に努める兵士親族が集まり抗議をしている映像が映し出される。


「やだ、あれ母だわ」


 報道を見ていたルィルは、その画面に自分の母親が映っていたのを見て困惑の表情を見せた。


 軍に入ることを頑なに反対していたため、家を出る形で入隊したことで連絡は途絶えていた。携帯電話の番号も教えず、軍に連絡が入ろうと拒否していたことで母の顔を見たのも数年ぶりだ。


 考えても見れば前線で動いているのだから全国でルィルの姿が見られるはずで、親が反応しないわけがなかった。それでもニホンと深く接触している以上、安全が医学的に保証されるまでユーストルから出ることは叶わない。


「やっぱり生身で会うのって危険だったんですね」


 そう呟くのは元偵察隊七〇三のティアだ。

 空に立つリーアンたちが生活する建造物は、幅はそこそこに高さを優先に設計される。床から天井までは基本十メートルはあり、テーブルや椅子はコンセントが刺されて宙に浮かせるか床から直接五メートルと伸ばされていて出来るだけ床に近づかないようにしていた。


 時刻は午後八時を過ぎ、本日の勤務を終えたルィルとティアは娯楽室にある宙に浮く椅子に腰かけ、空に立つことをやめて飲み物を飲んでいた。


「今のところ体調に問題はないけど、潜伏期間中だからって可能性もあるしね」


「私、そこまでニホンが危険だって考えてませんでした」


「ニホンと言うよりは外来種の病原菌ね。海に落ちたマンローはその話を聞いた途端に体調不良を訴えたわ。まあそう思い込んでいるだけでしょうけど」


 病は精神からも来るように、そう思い込めば体はその通りになってしまう。海にはもちろん雑菌はいるから掛かるかもしれないが、さすがに突然発病はしないだろう。


「ルィル曹長が食べたニホンの食べ物、大丈夫でしょうか」


「軍医に聞いたら概ね二週間問題なければ大丈夫って話ね。ハグマを信じるとニホンでちゃんと検査をしたって話だから」


「信用できますかね。普通こちらに検査させません? いくら文明が近くても検査方法とか違うと思うんですが」


「それだけニホンは食べ物の貿易をしたいのよ。ユーストルに生息してる動物を狩猟したいと言ったり、こっちの主食は何とか、食料に関することが多いわ。どうして空に立つのかとかよりもね」


「でも食べ物が欲しいのに食べ物を輸出するって矛盾すると思うんですが」


「異世界の食べ物、と謡えば価値は数倍に跳ね上がるでしょ。ニホンが一を出せばこちらが五が入るとなれば輸出する価値はあるわね。それに多分ニホンはこちらが地下資源の需要と供給のバランスが歪であることは見抜いているから、それを輸出の一つにするのもあるわね」


 調べれば調べるほどニホンは地下資源の産出技術、加工技術がフィリア世界の技術より飛びぬけているのが分かる。例えばガラスの原料は珪砂、炭酸ナトリウム、炭酸カルシウムだ。炭酸ナトリウムと炭酸カルシウムは安定的に入手できても、珪砂は花崗岩から入手するがその場所の特定に難儀し、どうにか見つけたとしてもすぐに取りつくしてしまう。この世界には安定的に花崗岩がある場所はあるのだろうが、調査不足ともあって場所が分からず、結果ガラスはニホンと比べれば透明であっても歪みが見えて数も少ない。窓は基本雨戸で冬は密閉して開けず採光は太陽光に限りなく似せた蛍光灯となる。


 大地からの恵みは少ない分、電力は有り余っているためどうしてもこうなってしまう。それがもしガラスの原料又はガラスそのものの輸出をするだけでも、イルリハランは主食であるキノコのケヤをよろこんで輸出するだろう。それだけでなく石油でもガソリンでも地下資源を輸出してもらえれば国力は大幅に増大する。


「でもそれじゃ他の国がうるさくありません?」

「ニホンが現れたのは我が国の領土。ならなにをしようと国際社会が口出す義理はないわね。内政干渉になるし、ニホンも威嚇をしてくるレーゲンより友好的に接してるこちらと仲良くしたいでしょうしね」


 おそらく全世界がニホンの有効性を理解している。異星人と言う畏怖するべき肩書きはあれ、それを度外視してしまえばニホンは宝の山だ。鉄が手に入りづらいから耐火性や防水性と特化した様々な木々を建材にしてきた。それを解消し、燃料も潤沢に産出してもらえれば世界一位の経済国家であると同時に軍事国家でもあるシィルヴァス共和国を越えることも吝かではない。


 向こうでは半ば強制的に地下資源採掘を個人の意思を無視してさせているからあるだけで、それ以上に手に入れることもひょっとしたらありえる。


 つまりニホンとイルリハランは利害が一致できるのだ。それも良い方向で。


「じゃあハウアー国王はニホンの主権を認めるのでしょうか」

「軍事侵略をしないならするんじゃないかしら。フォロンがない以上、ニホン国を占領することは出来ないし籠城されたらニホン人を連れ出すことも出来ないから」


 フォロンはこの星には当たり前にある大気中に含む元素だが、このフィリア全球を覆うように非常に強い固定性をもって存在している。このフォロンは酸素など流動性の高い大気とは異なり、万物を貫通する性質を持つ上にその場に固定され決して動くことはない。特殊な機械で観測することによって分かるが対流性、拡散性と大気としての性質が一切なく、この星の公転と自転とも完全に同期している。フォロンは相対的には嵐が吹こうと隕石が落ちようと決して移動することはないため、大気ごと転移をしてきた海を含むニホン国内にフォロンが存在しないのは説明できた。


 そしてその固定性は、世界にいくつかあるフォロンが一切ないスポットを観測機器で調べることによって証明されている。


 フォロンが移動をするのならニホン上空に入ることは容易なのだが、それがないため国内に入るには未発達の航空力学に則った乗り物が必要だ。


「それに銃で脅して働かせるより、握手をして共に足りない部分を補う方が綺麗じゃない。ニホンは異星国家だけど話してみたら普通の外国の人と変わらないし」


「……」


 ティアは静かにルィルの顔を見る。


「なに?」

「いえ、ルィル曹長、いつもは冷静で格好いいのに、ニホンのハグマと話すとすごくかわいらしくなるから不思議だなーと思いまして。あのコメ、でしたっけ、あれを食べた顔はもう……乙女?」


 カァっと首筋から全身が熱くなる。


「ティア!」

「きゃー」


 本気ではない冗談の悲鳴を上げてティアは、座っている椅子から十メートルの高さまである天井近くに浮く。


「ルィル曹長は彼氏さんはいないんですか?」

「いないわよ」


 大学卒業して入隊して以来、訓練と任務で男を作る余裕など一日もない。国のために実家を捨てて入隊したのに、男を作り結婚して退役なんて無駄骨もいいところだ。


「もったいないですよ。もう二十七ですよね。普通ならもう結婚してもいいのに」


「するつもりなんてないわ。言っとくけど、ネットで噂になってるハグマともないから」


 ルィルはハグマやニホン軍を通したニホンを見ているだけで、ハグマのことは話が通じやすい異星人でしか見ていなかった。今のところニホンを知るにはハグマとニホン軍経由で知るほかなく、それゆえに親密に接してそのような誤解を招いただけだった。


「地に付く人と空に立つ人よ? 生活環境が違い過ぎて即破局よ」


 原則床すれすれで生活することはまずない。最低でも床から一メートル以上立った位置で生活をするので、床に直に付く人と生活をしようと成り立つわけがない。ニホンであろうとイルリハランであろうと、双方ともに生活をするには違い過ぎる。


「ならルィル曹長の好みの人って誰です?」

「そんなのないわよ」


 言ってる間にティアの腕をつかみ、後ろへと回って首に腕を回す。


「で、こういうことをする女のどこに乙女さがあるのかしら?」

「そんなことでムキになることですよって曹長、首締まってます締まってます」


「乙女が首を絞めるわけないじゃない。と言うことは締まってないでしょ?」

「ぐぐ、ちょ、これは……ホント……ダメ……」


 本当に失神する数秒手前で腕を離す。


「ゲホッ! ゲホッ! もう曹長ったら大人げないなーってわー!」


 再び捕まえようとするが間一髪で逃げられ娯楽室からも逃げられた。


「ったく」


 もちろん明日の交流任務までこのことは引っ張らない。公私はしっかり分けてこそ社会人だ。任務が終わればまだ締めるが。


 ルィルは再び椅子へと腰かけてニュースを見る。

 報道では変わらず検疫問題による人権軽視と騒いでいる。当事者からすればその実害がないため軽視の実感がなく、時間と言う問題点から必要だったのか不要だったのか明確な答えは出ない。


 確かに検疫の問題はイルリハランに限らず全世界の問題と言える。不治の伝染病がニホン人には無害でも存在し、それが感染して爆発的に広まれば何億人もの人が死ぬだろう。だがニホンを知りたいと言うイルリハランと各国の声もあり、防護服を着ての接触は非効率だろうと判断したのがおそらくハウアー王。いちいち着て焼却又は除染する手間を考えると、対話ができる時間は二時間や三時間が良いところだ。それでは手製辞書を用いた片言による会話はまだだし、互いの文化を知るのも数ヶ月先になってしまう。


 なら浮遊基地一つと五万人を危険にさらすが、ユーストルでニホンを知り封じ込め最悪伝染病があっても広めないのが、時間を優先した考えなのだとルィルは推測する。


 少なくともコメを食べ、生身でニホン人と接触しているルィルは、疫病に感染したかもしれないと言う後悔は一切ない。フィリア史上初の最前線にいてどうして後悔できる。


 しかし体調に全く変化がなく検査しても問題ないことから、ニホン人が体表に保持している菌や普段食している物では問題ない可能性がある。


『ルィル・ビ・ティレナー曹長、大至急第一会議室に来るように。繰り返す、ルィル・ビ・ティレナー曹長は大至急第一会議室に来るように』


 軍人たる者突然の呼び出しは日常茶飯事だ。


 ルィルはすぐに公私の意識を切り替え、娯楽室のある女子寮区画を出て司令部区画にある第一会議室へと急ぐ。


 室内の壁には定期的に矢印が上部と下部に前後が描かれていて、これによって移動の方向性を定めて衝突事故を防ぐようになっている。


 ルィルは進行方向の矢印のある高さで素早く移動し、十字路では鏡を確認したりして注意しつつ急いだ。


「ふぅ……ルィル・ビ・ティレナー曹長、入ります」


 会議室手前でルィルは息を整えて、木材の自動ドアを開ける。


「ルィル、来たか」


 百人は入る会議室にはリィアを始め二十人近い人がいた。中には基地司令官までいて、ルィルはすぐさま敬礼の右手を左肩に当てる作法を取る。


「はっ、自分に何かご用でしょうか」

「すみません。私がお願いをして呼ばせていただきました」


 二十人はいる軍人や役人であろう中から一人、若い男性の声が聞こえた。

 群衆の下から迂回するように出てきた軍服を着たその人は、ルィルに限らずイルリハラン人ならよく知っている人だった。


「エルマ殿下……し、失礼しました。エルマ殿下がいらっしゃるとは知らずに」


「お気になさらないでください。王室の肩書があるとはいえ同じ軍人ではないですか。階級でも私は軍曹でルィルさんより低いんですしね」


 そう言って笑顔を見せるのは、ハウアー王の姉の息子のエルマ・イラ・イルリハラン(24)だ。


 通常王室は成人になると自動的に役職を与えられて大企業の名誉幹部や省庁のお目付け役になる決まりだ。中には自ら職を選んでその役職を断る場合もある。その場合は王室の肩書きはあっても一から昇格していかなくてはならない。エルマ・イラ・イルリハランは男子直系ではないため王位継承権が与えられず、さらに王室の決まりに逆らい自らの意思で十八歳から軍に入隊し、自身の実力をもって任務に努めていると聞いたことがある。


 数秒間を置いて自分の立場に気づく。


「そんな私はニホン人と接触して汚染されてます! どうして私を呼んだんですか!」


 万が一病原菌に侵され、その潜伏期間中であればエルマに感染して最悪死んでしまう可能性がある。自分が死ぬなら後悔しなくても王室まで巻き込んでは後悔しかない。


「お気になさらず。私から王室の肩書きを利用してこの基地に来ました。ハウアー王の許可もいただいています」


「でも! あ、失礼しました。しかし最悪不治の病に侵される可能性も……」


 リィアがいるからルィルが来ても来なくても変わらないがつい考えてしまう。


「承知の上です。軍人であり王室である私が外交の前線に立てばニホンとのやり取りも効率化します。今はとにかく短時間でニホンとの外交ラインを成立しなくてはなりません」


「はい、なのでニホン語を急いで習得しております」

「事態はもっと深刻なんです。ニホンから至急声明を国際社会に発表しないと、レーゲンを中心とした国際部隊がユーストルに向かうと言う情報が入ったんです。このままでも時間を掛ければ出来ましょうが、二日以内にニホンの政府の言葉を貰わないと戦争になります」


 ルィルはリィアを見る。頷いたので本当なのだろう。


「国際部隊とはレーゲンとあとどこですか?」


「レーゲンと同盟関係にあるコーヴァスとアルマンの二ヶ国です。狙いは当然ユーストルとニホンでしょう。ニホンの戦略的価値はフォロン結晶石五百キロよりも高い試算が出ています。なので私も交流に参加してニホンの政府に触れ、何としても不毛な戦争だけは避けないとなりません」


 フォロン結晶石五百キロはイルリハランの年間予算の二.五倍はする額だ。


「ですがまだ軍レベルの交流で、これから行政の職員とやり取りをする提案をするんです。いきなり政府は……」


「段取りを無視しているのは分かっています。しかし国際社会もまた段取りを無視している今、律儀に守っては手遅れになります。そのためにニホン軍と交流の深いルィルさんのお力が必要なんです」


 おそらく国際部隊をユーストルに投入する話を耳にしたのが数時間前なのだろう。そんな大事な話が前線基地であるラッサロン浮遊基地で広まらないはずがないから、確度が低いうちにエルマはこの基地に無理を聞かせて来たのだ。

 そしてその確度は現時点までに高くなった。


 国際部隊がユーストルに強制投入すれば、許可していないイルリハランはラッサロン浮遊基地を中心にそれを防止するため戦艦や駆逐艦を出撃せざるを得なくなる。もちろんニホンもまだ世界が認めていなくても己の国を守るために防衛行動に移すはずだ。ただニホンは自分の立場をわきまえているはずだから、積極的に敵浮遊艦を落とすことはないにしても、迎撃することをニホンからの攻撃と判断して更なる戦力投入もあり得る。


 知っての通りニホンにはフォロンがない。よってフォロンによって空を移動する浮遊艦もリーアンもニホン国内に入り込み占領こそできないが、フォロンを利用しない推進機関を使うミサイル類や最強の砲塔はニホンの都市を攻撃できる。ニホンの防衛力は未だ不明でも、攻撃を続ければいずれ飽和状態となって防ぎきれなくなるだろう。


 このような事態になった原因は、ニホンがまだこの地に来た理由やこの地に来てどうしたいのか、様々な声明を出していないからだ。イルリハランは知って公開をしても、プロパガンダしている疑惑があれば分からなくはない。


 ただ、ニホンからニホン語で声明を出して、その意味をどうやって知るのだろう。結局イルリハランかハグマ達が翻訳をするから意味を操作される可能性はあると言うのに。


「ニホンも我らと近い文明から来たのなら、国際社会がニホンをどう見ているのか予測は立てられましょう。ニホンの前線基地のすぐそばに、水上に浮かぶ駆逐艦のような乗り物があるのが良い証拠です」


「……エルマ殿下、国王陛下はニホンをどのようにするお考えか、私如きが聞いてもよろしければお聞かせ願えますか?」


「ニホンが平和主義であることはまず間違いないでしょう。そして意図して来たのではなく、自力で帰れない前提ならばイルリハランの保護国とする考えです」


「……分かりました。滞りなくニホン政府と交渉が出来ますよう、翻訳をさせていただきます」


「お願いします。それと任務中は私の方が歳も階級も下なので、王室の肩書きは無視してください」


 それが出来ればこんなに緊張はしない。とはいえ否定も出来ず「わかりました」と作り笑顔で答えた。


「ルィル曹長、呼び出してすまなかった。部屋に戻ってくれ。リィア大尉も」


「はっ」


 基地司令の命令にルィルとリィアは敬礼で応え会議室を後にする。


「……はぁ」


 会議室から十分離れたところで、ルィルは壁にもたれて顔を両手で覆った。


「おいどうした」

「なんで突然エルマ殿下が来るのよ。うわー、言葉遣い全然だめじゃない」


 思い返すだけでも王室に対してのものではないのがよく分かり内心で悶絶する。いくら任務中は王室を忘れろとはいえある意味拷問だ。軍人として立場は上とは言えリーアンとしての権威は向こうの方が上なのに、そんな人物とどうやって接しろと言うのだ。


 ただでさえ不休でニホンと関わって疲労がたまっていると言うのに、殿下と共に行動してはストレスで免疫が落ちて発病しなかったニホンの病を発病してしまうかもしれない。


「いや、突然来たらまあ仕方ないだろ。エルマ殿下は気さくな方だから気にもしてないさ」

「レーゲンめ、なんでかき乱すことしかしないのよー」


 接触初日の領土侵犯に加え、今度は国際部隊による軍事行動。イルリハランとニホンの問題なのに国際社会は己の問題と誤認する。

 なんにしても早急に何とかしなければ戦争だ。


「お腹が痛くなってきた」


 キリキリと痛む腹部。もちろんニホン原産の病が発病したわけではない。


「お前もようやく胃が痛くなるようになってきたか。これからもどんどん痛くなってくるぞ」

「大尉もこうなったんですか?」


「みんななるもんさ。けどそこを乗り切れば尉官も夢じゃない」

「今は尉官に昇格するより三日後の戦争回避をするのが優先です」

「そうだな。多分レーゲンの狙いはこの戦争のどさくさでユーストルとニホンをイルリハランから切り離すことだろ。紛争地域とか世界的に危険とか謡ってな」


「レーゲンが危険を招いているじゃない。ニホンは不安は招いても混乱は招いていないのに」

「だからこその国際部隊の派遣なんだろ。ニホンは政府レベルでの声明を出していないからこそ何を考えているのか分からないんだ。俺たちだって言葉と文化面でのやり取りはしても、なぜこの地に来たのかはまだ聞いてないからな。いくら何もしなくても、何もしないからこそ何を考えているのか分からないから不安にはなる」

「そりゃ……そうですねど」


 ルィル自身、ニホンの目的、来た理由と政治面で知りたいことは山ほどある。しかし一介の軍人が知るべきかともあって敢えて聞かず、ニホン側もそれを弁えてか言わずにイルリハランの方針も聞いては来ていなかった。


 文明が似て考え方も恐ろしく似ているからこそ進展しないこともあった。面子や体裁を気にせず話せればニホンのことをもう少し知れたかもしれない。


「イルリハランはニホンを保護国とすると言ってましたけど、ニホンは反発しませんか? 保護国となるとニホンの行動を大きく制限してしまいますし。でもユーストルはこちらの領土ですから文句を言われる筋合いはないと思いますが」


「いや、保護国とするのは単にニホンに対する外交をこちらが請け負う言い回しだ。ニホンが好き勝手に外交をされて、もしこっちより他国に優遇なことをしたら意味ないからな」

「でも首輪ですよね」


 犯罪者が飛んで逃げないよう首と手を拘束する器具。ニホンにそれをすれば、表向きは自由にしてもユーストルから出ることは叶わなくなる。


「ニホンがこの世界で生み出す利益は、ニホンに還元されることを加味してもイルリハランの年間予算の何倍もあるんだ。そんな宝の国を他国に渡すわけにはいかない。これも国益さ」


 ニホンからすれば当面の目的は食糧問題の解決。なら外交を奪う代わりに食料を渡せば損得はないだろう。飼い殺しとも言えるが、異星国家にして新規国家であれば致し方ないか。


「……大尉、もし日本の声明が間に合わなかったら、国際部隊は本当に来るのでしょうか」

「今までとは違って一応の大義があるからな。ただいくら三ヶ国の国際部隊でもラッサロン浮遊基地の戦力以上にはならないだろ。あれさえ来なければな」


 ラッサロン浮遊基地の戦力は戦艦五隻、駆逐艦十四隻、巡視船九隻、戦闘機五十三機とある。基地自体にも対空兵装は十分あり、急造の戦力ではまず太刀打ちできない。


「ちょっかいを出したことでこちらの出方を見て批判材料にするつもりでしょうか」


「それもありえるな。普通は内政干渉として突っぱねるが、事が事だ。特例として世界連盟も動くかもしれない」

「手を出しても負け、手を出さなくても負け、ではどうすれば?」


「そこは国家の自然権を純粋に出すまでさ。ニホンがいてもいなくても円形山脈はイルリハランの領土だ。ならどんな理由であれ許可のない他国軍の入国は軍をもって止める、それだけだ。例えニホンの声明が間に合わず来ようとな」


「……ですが、確実にターニングポイントにはなりますね」

「イルリハランにとっても、ニホンにとってもな」


 移動している間に男子寮、女子寮の分かれ道についた。


「それでは大尉、また明日」

「ああ、ゆっくり休め」


 ルィルとリィアは別れてそれぞれ部屋へと戻っていったのだった。


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