第116話『抗戦布告』
突然のソレイ新王の登場に安保理会議場はざわついた。
オンラインとはいえ国家元首が安保理など国際会議で事前通告なく参加する例はない。
即位して日が浅く、さらに未成年でもあるソレイ新王の参加に動揺は各国隠せなかった。
『まずは事前の通告なく参加することをお詫びします。そして、非常識ながらこの場をお借りして私、ソレイ・ビ・イルリハランの王位即位のあいさつをさせていただきます』
イルリハラン王国は国内外で即位の挨拶をしていなかった。
史上最悪のテロの進展が進んでいない事、前王と王太弟の崩御による喪に服していることもあって王即位の挨拶は避けていた。
尚のこと国際会議場の、安全保障理事会と言う場での挨拶は全員の意識を釘付けにさせた。
「ソレイ陛下、安保理議長国及びサラマート王国を代表しましてハウアー王、父であるリクト王太弟のご冥福をお祈りします」
『ありがとうございます。ですが、あいさつのためだけに今回の機会を設けてもらったわけではありません』
十三歳とは思えないほどしっかりとした発音でソレイは喋り続ける。
『現在安保理でユーストルの処遇について、ユーストル条約に則るユースメミニアスを破棄し、アルタランと契約したチャリオスに警護を任せることは存じています。その上で安保理に要求をします。決議を取るのを先延ばしにしてください』
「……ソレイ陛下、決議を止めるよう求めないのですか?」
『過半数が賛成の意思を示している以上、止めても決議を強行するでしょう。当事国の意思を無視して領土を管理という建前で略奪しようとする、安保理に正当性があるとは思えませんが。なので我が国が求めるのは決議の延期です。テロの真相が判明するまで安保理決議をとることを延期してください』
「ソレイ王、若くして国を憂いての行動には敬服するが、これは火急の事態だ。ましてや幼い貴方に最高司令官が務まるとは思えない」
『それはお互い様です。アルタランがチャリオスを監督できる保証もありません。ユーストルには日本が転移して来た当初から守り続けた実績を持つラッサロン浮遊基地があります。彼らを差し置いて民間軍事企業が上回るとは思えませんし、思うなら彼らへの最大限の侮辱です』
「しかし、現に警護は失敗してテロを許してしまった」
『ラッサロンの任務はユーストルの護衛であり、式典会場の警護ではありません。先ほどもこうした平行線の議論を続けていましたが、まだ続けますか?』
ソレイがオンラインに参加する前から不毛とも言える議論を続けていた。答えは出ずに平行線で、だからこそ決議を強行しようとしたのだ。
そう指摘されるとサラマート大使含め各国大使も口を閉ざした。
『現在我が国と日本、さらに世界各地で起きた爆破テロで各国の捜査機関が動いています。真相が何もつかめない中で闇雲に動くのではなく、真相が判明したからこそ対処するのが指導者としての役目ではありませんか? テロが起きた、だから第三者が管理しようなど、テロに怯えて幼稚な知恵を出したと言う印象しか出ません。なのでテロの真相が判明するまで決議を延期してほしいのです。真相が見えた時、各国の考えに変化が起きるかもしれません』
「起きなかったらいかがなされる」
『……もちろん抵抗を続けます。いかなる理由があろうと、自国の民と領土を守るのが王として不変の責務ですので』
ここで決定に従うとすれば悪しき前例と歴史を即位直後の新王が作ってしまう。王としての責務を全うするべくきっぱりと否定をした。
『だからこそ延期を求めるのです。いま僕たちは無意味な争いをしている時間はありません。テロ犯人の首謀者も動機も分からないのに、被害者同士で争っても笑うのはテロ犯人です。犯人の手のひらで遊ばれる前に、犯人の手に手錠を掛けるのが先決ではないでしょうか』
「ソレイ王、言いたいことは理解できます。が、ユーストルがどれだけ世界経済で重要な地域であるかを鑑みれば、国際的な管理が必要であることを理解ください」
『であるならば、ブロトリア共和国にあるフォロン採掘場を含め、各地にあるフォロン採掘場もまた平等にアルタランの管理下に置くと言うことですか?』
「治安が脅かされるなら検討をしますが、今の問題はユーストルだけだ」
『そうしてまで頑なにユーストルを狙うのであれば、イルリハラン王国は懸念を表明しなければなりません』
「懸念とは?」
『今回のテロに安保理もしくはは管理案賛成国が、支援又は実行をしたのではないか』
即位して間もないとはいえ、世界最高峰権威である『王』の肩書きを持つ者が、国際社会公式の場で発言してはならないことを発言したことで、会議場は騒然となった。
「イルリハラン王、それは聞き捨てならないぞ!」
シィルヴァス大使が反論する。
『……聞き捨てならないのは我が国の方ですよ、大使。テロを理由に他国の領土を強引に奪取して利権を手にしようとしているのですから、反論するのは国家の元首として当然の行動です。安保理は頑なに管理案の早期実現理由を明確にしない。混乱に乗じて管理案を通そうする思想が見える以上、そう疑うのは自然的な事です』
政治の場ではそうした発言はテーブルの下で行われるのが常だ。表舞台で他国の名ざしの批判は外交問題に発展して軋轢を生んでしまう。
それを幼い未成年の王が、公の場で堂々と発言したとなればその衝撃は計り知れない。
イルリハランとしては大国でも、王としては新人だ。しかも公にはほとんど出ていない。権威こそソレイが上でも年齢では大使たちが数十歳も年上。等々から子供が大人にそこまで言われて内心憤慨しているだろう。
だがそこは外交官。本音と建前の線引きはしている。
「……早期実現を急いでいるのは最悪を防ぐためです。それ以上でもそれ以下でもない」
『最悪なのはテロ組織に国際社会が弄ばれることでしょう。最悪の意味を取り違えないでください』
テロに怯えて精神的に翻弄される最悪。物理的にユーストルを実効支配される最悪。
双方ともに最悪だが、国家に求められるのは実力と印象だ。
その実効支配と言う『実力』が不確定な中で、テロ組織に翻弄された『印象』を浸透させるのは悪手以外ない。
通常ならば事件解決したあとの対策としてユーストルについて考えるのがアルタランの仕事が、利権や奪取、混乱によるどさくさと欲の部分が強く出てしまったばかりに間違った選択をしてしまった。
『そして国際組織が他国の領土を実効支配する初の前例を作ってしまえば、今この場で否定しようと問題が必ず起きます。特に次に起きるのはブロトリアでしょう。シィルヴァスもメロストロもまた独自の採掘場がありますが、その時の安保理はまさに今と同じようにするでしょうね』
「ソレイ王、この会議は全世界が見ています。発言によっては品位を問われることをご理解ください」
『私は事件解決まで決議の延長を求めているだけで、決議を止めることはしていません。それでも強行しようとする安保理の方が品位を問われると思います?』
「それでは遅いからこその管理案だ」
安保理はこれでも意見を変えようとしない。
『……平行線ですね。であれば私、イルリハラン王として明言します。テロ事件解決するまで決議の延長が成されず、決議されて世界軍ないしチャリオスがユーストルに迫る時、イルリハラン軍による攻撃を命令します』
グイボラ絶滅のために発足したアルタランの歴史の中で、宣戦布告を明言した国家は存在しない。そもそも戦争行為自体を禁止している。
それがわずか十三歳の即位したばかりの王が明言したのだから、間違いなく全世界トップニュースであった。
「ソレイ王、撤回するのでしたら今ですよ」
『しません。自国の領土を守るべく軍を展開するのは義務ですから。だからこそお願いをしたい。私はまだ皆さんより幼く、歴史も政治も学生程度でしかありません。ですが未成年の指導者が戦闘命令を出したことがないことは知っています。私に史上最年少の戦闘命令を出させないでください』
会議場に異様な静寂が訪れる。
『……私からはこれ以上言うことはありません』
「…………三十分休憩としよう」
各大使それぞれ本国とやり取りが必要と見て議長は一時会議を中断させた。
「ソレイ王、最後まで参加されますかな?」
『いえ、あとは特使に任せます。それではこれで失礼します』
一時会議は中断となった。
*
カメラの横に立つ職員から合図を受け、ソレイは凛とした表情を崩した。
「ああああああ」
長いうねり声をあげてソレイは目の前の机に突っ伏した。
「お疲れさまでした陛下」
オンライン中は決して出さないようにしていた冷や汗が、まるで頭から水を掛けられたかのように流れ出てくる。
職員がすぐさまタオルを差し出してふき取った。さらに水の入った日本産コップも渡され、それを一気に飲み干した。
「……ぷはっ、これで少しは流れが変えられればいいのだけど……」
「これでも変えないなら向こうに気遣う必要などないわ」
同室で見守っていた母ラネスが言う。
「あなたは王として立派に務めを果たしたわ。それでも管理案を通すなら、それはもう世界の責任よ。どう終わってもね」
「……それでも僕の命令で多くの人に迷惑が……」
事前に決めた内容だったとはいえ、実現してしまうと兵士は戦場に出向いて最悪戦死し、国民は不安に駆られてしまう。
未成年ゆえに全責任を取ることはなくとも決断は下さなければならない。法的な責任は覚えずとも自責は覚えてしまうため、心身共に未成熟のソレイには辛いものだった。
百人中百人が励まそうが、自身が負い目を覚えてしまったら意味はない。
「ここはアルタランを信じましょう」
時として相手を信じることもまた指導者として重要な要素だ。信じすぎてしまうのも駄目だが、全く信じないわけにもいかない。
相手もまた人間。終始自分の思惑通りに動く訳もなく、けれど自身の言動で何らかの影響は及ぶ。
だからこそ決議を延期して時間稼ぎするため、異例のオンラインで安保理に参加したのだ。
「エルマも考えたわね。王としての肩書きではなく、年齢や経験不足を交渉材料にするのは」
ソレイが王として未熟なのは全世界が周知している。いかに帝王学などを幼少から習っていようと、たかが十三年しか生きておらず、即位の予定も数十年先だったのに王としての器を発揮することなど誰も考えない。
王の肩書きよりも見た目がどうしても目を引いてしまうから、不利になる条件を逆手に有利に持っていこうとしたのがエルマの考えだ。
政治の世界に情は不要でも、その国の国民たちは情で動く。
世論など政治の圧力で黙殺出来ても火種は作れる。
その火種をどう処理するかはその国々次第だが、無視して火種を大きくし続けた国の行く末は大抵一つだ。
民主主義国家であるならば無視は出来ない。
「けど、時間稼ぎが出来ても解決出来たら結局管理案が通っちゃう。エルマ兄はとにかく事件解決まで決議を伸ばすように言ってたけど、本当に考えは変わるのかな」
「それはその時考えましょう。今は時間稼ぎをしなければその悩みも出来なくなるわ」
明日の問題は明日。果たして政治家がそうしていいのか分からないが、国際社会を相手に論争したソレイは最早限界であった。
「少し休みます」
「そうね。会議が再開するまで休みなさい」
ソレイは宙に浮く椅子から立ち上がり、ボディガードと共に執務室を後にした。
即位して以来、一人になることは限られた。
一人になれるのはトイレと寝る時ぐらいで、それ以外では常にボディガードが五メートル以内のところにいる。
テロの前はもう少し緩かったが、王位継承者がいないためソレイの命はイルリハランの中ではもっとも重い。
万が一ソレイがテロの標的になることを考えて、例え手りゅう弾を投げ込まれても盾になれる距離にボディガードが随伴しているのだ。
トイレでさえ鍵を掛けることを止められているから、自分の時間などないに等しい。
よって、テロ事件の解決まで余計なことをしてほしくないのは国家だけでなくソレイ自身の願いでもあった。
寝室に入ったソレイは上着を脱ぐこともなくベッドの上に脱力する。
「陛下、お疲れのところ申し訳ありませんが上着は脱がないと……」
一人になれない。
「……一人の時間が欲しい」
ボディガードに聞こえないように小さく言い、上着を脱いだ。
*
休憩時間三十分を少し上回り、安保理各国大使が集まったのは四十五分後であった。
「では会議を再開する」
議長の宣言で再び会議が始まる。
「早い所決議を取るべきだ。もう議論する余地はないだろ」
「そうですね。イルリハランも日本も意思表明は済ませていますし」
各国とも本国ないし大使同士でやり取りをしていたのだろう。
これ以上の議論をして余計な時間と介入をせずに決めようと進めようとする。
「ブロトリア大使もよろしいか?」
「……あ、ああ」
「イルリハラン、日本としては連名で管理案決議を事件解決まで延長するか今日行うかの多数決を要望します」
「またか……」
「そうでなければイルリハランは武力を持ちいてユーストルの管理を妨害する」
「賛成派が過半数を超えているのだからするだけ無駄だ」
「非公式で、な」
いかに方針を示していても正式な手続きを踏まえてをしなければ非公式だ。
『事前投票と考えればよいのでは? ここで可決されるならほぼ自動的に管理案も通る。その確証が得られるのだから無駄ではないでしょう』
イルリハラン大使に日本大使も乗っかる。
ここで延期を否決すれば、少なくとも過半数は今すぐ決議を取りたい意思表明となり、そのまま可決へと繋がる。
一回分手間は増えるが、実質一回で可決だ。
「管理案決議をテロ事件解決するまで延長するか否かの決議を取る」
議長国のサラマート大使がそう明言した。
安保理の大使は不満を述べるが、議長の肩書きは伊達ではない。
「異論は認めない。それとも何ヶ国かはイルリハラン王国と戦争をするつもりか?」
国王自身が命令を出すと明言してしまったため、強引な早期管理案の可決はリスクが高い。議長としてイルリハランを無視することは出来ず、安全策と責任からして延期を間に挟ませた。
「ソレイ王は延期に対して言及しているだけで管理案自体にはしていない。もちろん管理案に不満はあるだろうが今は延期だけだ。それを無視して管理案の議決を取ればイルリハランは武力で抵抗するだろう。安保理議長として起きると分かる戦闘を容認するわけには行かない。それでも議決を強行しようものなら、議長権限で決議そのものをとらない」
議長はその立場から議決を執り行う権限を持つ。するのであればしないこともでき、原則としてしないことはないが法的には可能だ。
その議長にここまで言われてはこれ以上は言うことが出来ず、机に備えられている議決用のボタンを目にした。
「管理案の議決を延期に賛成するかしないかだ。くれぐれも間違えないように」
そしてボタンが各国押されていく。
シンと会議場が数秒静まり、壁に設置されたパネルに票数が表示された。
賛成、四ヶ国。
反対、三ヶ国。
「……アルタラン安保理はユーストルの管理に関する決議はテロ事件が解決するまで延期する」
前評判を覆す結果に議場が騒然となった。
「なぜだ! どの国だ!」
例えイルリハラン王国とことを起こそうと管理案を押し通したかった国々が激昂する。
「…………」
管理案を賛成していた四ヶ国の内、一ヶ国だけ沈黙を守り続けている。
ブロトリア共和国大使だ。
「ブロトリア大使、延期には反対すると思ったが?」
「投票の通りだ。ブロトリアはテロ事件解決するまで決議は延期する」
「理由を聞いても?」
「メロストロ大使、投票結果が国の意思決定だ。追及はやめてもらおう」
国家間の立場が平等の原則から、他国の判断に意見をすることは許されない。
「ユーストルに関する対策はテロ事件が解決するまで延期する」
賛成派にとっては不服以外にないが、民主主義に則った公式の議決だ。覆ることはない。
その最終判断を持って安保理は閉会となった。
「――ブロトリア大使」
通路を移動するブロトリア大使を追いかけるようにイルリハラン大使が声を掛けた。
「貴国の英断感謝します」
「礼は不要だ。イルリハラン王国のための判断ではない。国益に沿っての判断だ」
それでもかまわずイルリハラン大使は手を差し出した。
ブロトリア共和国にどのような思惑があるにせよ、イルリハランにとっては延期がなにより重要だった。その手助けをしてもらった以上、謝意を述べなければ沽券に障る。
「それでもです」
イルリハラン大使は差し出す手を引っ込めず、しぶしぶブロトリア大使は握手に応じた。
「もしよければ早期決議をやめる判断をした理由を伺っても?」
「……懸念だよ。テロに国家が絡み、秩序を乱すことで管理下に置くなら我が国もターゲットにされる可能性があった。管理案賛同に揺らぎはないが、真相を知った上で判断しても遅くないのが政府の判断だ」
先の会議の煽りが効いた証拠だ。ユーストルによってフォロン結晶石の価額の下落は避けられずとも貴重な財源には違いない。その財源を根こそぎ奪われる懸念が生まれれば、テロに国家が絡むか見極めてからでも遅くはなかった。
そこを攻めて、無事思惑通りブロトリアは動いた。
「それに、イルリハランが抗戦すると宣言しているのに強行するほどの国益は我が国にはない」
ユーストルをイルリハランと日本から切り離しても、損をするにはその二国だけであって他国への恩恵は希薄だ。
ユーストルから産出されるフォロン結晶石を経済か人口かで平等分配すれば、当然得るものは少なくなる。損得を考えれば延期の方が得をするわけだ。
「改めて宣告するが、我が国はユーストルの管理案には賛同する立場だ。テロの真相が分かり、犯人が捕まろうと管理案の変更は望まないように」
「……本日はありがとうおございました」
イルリハラン大使は返事はせず、政治的なあいさつをして幕を引いた。
少なくともこれでユーストルがアルタランの管理下に置かれ、防衛にチャリオスが常駐することは延期できた。
真相によっては未来は変わるかもしれないが、決まった戦争の未来を回避できたのは大きい。
早期可決を目指す三ヶ国は不服だとしても、かつてのレーゲンのように国際部隊を編成して侵攻することは出来ない。
レーゲンは領土問題を持っていたから大義名分はあったが、安保理の決議に反して尚且つ理事国がすれば安全保障の根底を崩してしまうからだ。
国際社会の一員だからこそ、指をくわえて見守り続ける事だろう。
果たしてイルリハランと日本はアルタラン安全保障理事会の不条理を無事延期させた。
*
「とりあえず時間稼ぎは成功しましたね」
「六年前の再来で緊張しましたが、結果も再来出来て良かったです」
境界線を挟んだ日本本州側の会合部屋にて、羽熊とエルマは数時間前に可決された安保理決議について話し合いをしていた。
「ただあくまで時間稼ぎですので、解決後にはまた浮上する問題ですが」
「それでも今すぐ手を出されるよりはマシです」
「はい。ただ反異星人主義のメシリアーナはともかく、シィルヴァスとメロストロは怪しいんですよね」
「便乗か主謀か、はたまた別の理由か」
「せめて便乗以下であってほしいですね。首謀国であれば影響は計り知れません」
かつての地球のアメリカ同時多発テロでもアメリカは報復として戦争をしている。国家が主謀となればその再現が起きるだろう。
問題が敵側が世界有数の軍事力を持っていることだ。
経済力も軍事力も強大だから、制裁を加えるにしても自分たちが首を絞める形になる。
「格上の国の報復は難度が高いです。それは日本でも同じでは?」
「地球の方がより厄介ですね」
アメリカと中国は経済も軍事も上位だ。さらに安保理の常任理事国だから実質やりたい放題で日本も外交的に苦慮していた。
「どの星でも似た精神構造の社会を築くとこうした問題が発生するんですね。貴重な情報です」
「……それでルィルさんたちはアタリは付けられました?」
「状況証拠ですけど民間軍事企業チャリオスに目星がつきました。機密保持のため書類には起こせてませんが、複数の点を纏めると行き付きました」
書類に起こして万が一漏えいするわけにはいかない。徹底的にアナログ、デジタルに情報を残さないようする必要がある。
「若井総理に口だけで伝えるのは気が引けますけど、多分信じてくれるでしょう」
羽熊はエルマの言葉を最初から信じている。
「それにしてもチャリオスか……いくら国に帰属しないからって民間企業に防衛を任せるのは不自然と思っていたけど、それなら納得出来る」
「今描ける筋書はこうですね。何らかの理由でチャリオスはユーストルの常駐を狙っていた。けれどユースメミニアスは軍事利用を禁止しているから、軍事企業は原則ユーストルに入れない。だからテロを起こして秩序を乱し、安保理でユーストルに介入したい国家と密約を交わして常駐しようとした」
「ユーストルの防衛を一手に担う傍らで賄賂としてフォロンを融通する。文民統制のとれた軍ならまだしも金で動く傭兵が律義に守るとは思えないからするでしょうね」
「なのに懐柔されたのか説得されたのか、はたまた無尽蔵のフォロンに目が眩んだかチャリオスに任せる暴論を指示してます。人ほど欲に塗れた生き物はいませんからね。確実に分け前の約束をしているでしょう」
「……で、どうやって確証を得るんです? 口ぶりからして可能性の一つでしかないですけど」
「チャリオスに視察としてメンバーが潜入します。まあ見させてくれる範囲であるとは思えませんけど、だからって何もしない理由もないです」
「危険では? このタイミングで視察って確実に疑っているって思われますよ?」
「まあ半々を狙います。防務省から正規ルートで行けば、白か黒か半々に出来ます」
「イルリハランはチャリオスとつながりが?」
「兵器そのものではなく弾薬など消費関連ばかりです。国産より割安なので」
日本でも護衛艦の建造は複数の造船所で行われている。これは一ヶ所が攻撃をされて使用不能になってももう一ヶ所で建造が続けられるためだ。
チャリオスに建造に製造、一手に任せて不能となったデメリットは致命的だ。そうした意味で切られても致命傷にならない範囲で取引を行っている。
「その視察か。けどバレればそこから逃げることは出来ませんよ?」
「日本のことわざにあるではないですか、虎穴に入らずんば虎子を得ずって。まだ正規の本部では可能性すら見いだせていないので、危険と分かっても行くしかないんです」
「正規本部の力を借りるのは?」
「すればより警戒心を高めるだけですし、秘密を知る人間が増えればそれだけ漏えいリスクも増えます。それに私たちは本部から煙たがれてます。まだ何一つ分かっていないのに、別動隊がイマジネーションから捕捉したとなれば憤慨もするでしょうし」
「……六年前のウィスラーと同じか」
あの時も状況証拠から確度を上げて最後には自白させた。まさに同じと言える。
「ただ、物事は創作物と違って単純だから多分エルマの筋書き通りだと思います」
「それはいいとしても、どうやってチャリオスに容疑を認めさせるかですね」
「一番いいのは物証ですけど、見つかるようなヘマはしないでしょう。自白も同じだ」
「何とかひねり出します。今までそうして難問に対処してきましたから」
「お願いします。こちらも出来る事なら手伝いますので」
悲しいが、このテロ事件で日本が出来ることは後方支援くらいだ。星人的特徴と生活圏の問題から日本人は捜査に協力できない。
「それでは私は戻ります」
「また連絡ください」
短い会合は終わり、各々仕事場へと戻っていった。
厄介ごとは一旦保留となり、いよいよ捜査は本番に入る。




