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陸上の渚 ~異星国家日本の外交~  作者: 龍乃光輝
第二部 第四章 フェーズ1 捜査編 全19話

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第104話『転後日本』

 しっかりとクリーニングされたシャツは滑らかな肌触りで腕を抵抗なく通してくれる。

 羽織る上着も程よい冷たさがシャツを通して肌に伝わって来た。

 我が家で最高級のスーツだけあって着心地は最高だ。

 この日のために評判の高い都心の高級クリーニング店に出した甲斐があり、外も晴天で内外共に気分は晴れやかである。

 最後に腕時計を付けて身支度は終わる。腕時計は五年前に受け取ったイルリハラン製の軍用時計だ。

 身支度を済ませた羽熊は寝室を退室し、階段を下りて一階のリビングへと降りる。


「あなた、準備は終わった?」

「終わったよ」

「うんうん。良く似合ってる」


 美子は年に一度着るか着ないかの一張羅を見て微笑んでくれる。


「お腹はどう?」

「今日も元気にお腹を叩いてるよ。早く出してーって言ってるのかな」


 美子はそう言いながらお腹を摩り、羽熊も絹が触れるかのような優しさで摩った。

 出産予定日を二週間後に控えた、新たな命を育んでいる大きなお腹だ。

 羽熊洋一と羽熊美子の子供である。


「美子、予定日は再来週でもいつ陣痛が始まるか分からない。もし始まったらすぐに病院に行くんだよ」

「分かってる。もう入院の準備は全部出来てるから心配しないで」

 言って美子はリビングの隅に置いてあるバッグを見た。


「もういつでも来いってところだよ」

 ポンとお腹を叩いて強気に言う。

「こらこら」


 こうした態度を取る時は、大抵心配かけまいと強気になっていると羽熊は分かっている。

 初めての出産が近づいてきている中で、羽熊は深夜までとはいえそばを離れるから心細いのだ。それを悟られないようにと元気に振る舞おうとする。

 羽熊としても大事な時にそばを離れるのは避けたく、事前から一泊を超える出張や仕事は断っていたのだが、今回だけはどうしても参加しなければならなかった。


「この式典は大事だけど、君と俺らの子供も大事だから一人で背負うことないよ。もし産気づいたらすぐにタクシーを呼ぶようにね。もちろん俺にも電話をして」

「うん」

 羽熊はもう数えきれないくらいにした頭の撫でを行い、消えているテレビの電源を入れた。


『――次の天気予報は二十分後です。続いてのニュースです。本日は接続地域、通称「陸上の渚」にてユーストル国際民間開発事業ことユースメミニアス開始五周年式典を行います。式典には約六年前日本が転移した当時、アルタランの安保理に在任していた七ヶ国の元全権大使も参加する予定です。日本からは笠原総理、転移当時の総理だった佐々木元総理を始め数人の元閣僚、マルターニ語習得に貢献した羽熊言語学者が参加されます。イルリハラン王国からはハウアー国王夫妻が参加されます』


「もう転移から六年かぁ。早いようなまだのような感じだね」

「そう言うもんだよ。それを言うなら君と結婚してもう三年だよ」

「この子も十歳になったらもう十年とか思うのかな」

 とお腹を摩る。

「あっという間だろうね」

「……日本がいつか地球に帰れるようになったら、転移前から生きている人はどっちを考えるのかな。あっという間なのかようやくなのか」

「どうかな」


 羽熊ははっきりと答えない。

 人の気持ちなど人の数だけ違う。国家ごと転移したのだから気にしない人もいれば、生まれた星に戻りたい人もいる。帰還とかどうでもいいから明日生きれればそれでいい人もいるだろう。

 ならば羽熊はどう考えるかと言えば、美子ともうすぐ生まれる子供が笑っていられる世界だ。新米父としてそれ以外を考えることはない。

 そのために日本と異地の関係を堅持するため、千葉大学を辞めて特別行政法人の異地交流浸透機構に入社したのだ。仕事の内容は以前と変わらないので自分の能力を存分に活かせられる。


「美子は地球に帰りたい? 地球が今どうなっているのかは置いといて」

「んー、私は別に戻りたくはないかな。戻っても今以上に大変だと思うし、周りの国から色々と寄越せと言ってきそう。フォロンとかレヴィニウムとか」

「まあレヴィニウムは是が非でも要求するだろうね」


 熱を電気に転換するレヴィニウムは、排熱社会の地球にとって石油を上回る資源だ。単純に発電量が倍になるから発電に必要な燃料が半分になり、資源不足で紛争している社会問題が一気に解決になる。その分利権を貪る人々が出るだろうが、それは別の問題だ。


「俺としても日本は戻らない方がいいと思う。ここでも問題はあるけど、地球と比べたらまだましな方だよ」


 地球では複雑に絡み合う国際関係も異地では単純だ。異地にとって日本は有益か無益かしかない。

 歴史的な確執がない分、日本はここに残り続ける方が悩みが少なかった。

 ただ、それを公衆の場で発言すると色々と叩かれて炎上してしまうので夫婦間だけの会話に留める。


「だから……核兵器戦略も軌道に乗るのか……な。全部をリセットしたから……」


 歴代内閣が解散する時、風刺を込めた名称がつけられる。前総理である佐々木政権が解散した際は『リセット解散』と付けられ、文字通り過去との繋がりを絶ってリセットをした。

 その最たる象徴として、国是にもなっていた非核三原則を撤廃。原子力規制法を改正して核兵器運用法を新たに制定した。

 生産は禁止するが現存する物であれば使用が出来るようになる。あの核兵器に対して強い反発を持つ日本が、合法的に使えるようにしたのだから過去との繋がりは絶ったと言えるだろう。

 さすがに使用するには事前の国会決議による全会一致が必須で、例外は認めないと事実上使用不可だが、それでも使えるようにしたのは戦後日本では考えられない事だ。

「まああれは抑止力として使えるようにしておきますよっていうパフォーマンスだよ」

 使用条件をクリアするには真の意味で最終手段としてだから、地球の核保有国よりも使用は難しい。それでも『使える』以上は抑止力として核の盾と同等に機能するはずだ。


「…………」


 美子の顔が曇る。

「美子?」

「もしかしたら……来たかも」

 下を見ると足元に水たまりが出来ていた。

 その光景と顔色で羽熊は悟った。


 破水。陣痛が始まったのだ。


「分かった。すぐにタクシーを呼ぼう」

 この日が来る事は分かっていた。覚悟もしていた。だからこそ、陣痛が始まっても羽熊は冷静に動くことが出来た。

 まずは顔を曇らせる美子をダイニングテーブルの椅子に座らせ、背広の内ポケットから携帯電話を取り出して登録しておいたタクシー会社に連絡をする。


「十分後には来るって」

「そう……ごめんね。よりもよって今日なんて……」

「何言ってるんだ。式典より美子とお腹の子供のほうが大事に決まってるだろ」

 陣痛が始まった時点で羽熊は式典を欠席することを決めた。初めて生まれる第一子だ。決めると言う考え自体おこがましく、最初から出産の立ち合いを最優先にしている。

 羽熊は再び携帯電話を操作して、登録番号から『若井』を選んで再び通話をした。

 美子の額には汗がにじみ出ていてハンカチで拭う。


『もしもし、若井です』

「若井さん、朝早くすみません。羽熊です」

『羽熊さん、おはようございます』

「おはようございます。若井さん、いきなりで申し訳ありませんが妻が産気づきました」

『え、本当ですか? ですが今日は……』

「分かっていますが、妻を一人には出来ません」

『……分かりました。会場には私の方から話しておきます。なので式典のことは忘れて奥様の側にいてあげてください』

「ありがとうございます」

 連絡は簡単に済ませて携帯電話を閉じて再び美子の額に浮かび上がる汗を拭った。


「もうすぐタクシー来るからね」

「大丈夫……初産は時間が掛かるって言うから。多分、産まれるの深夜だよ」


 講習で初産では生まれる平均が十四時間以上と聞かされている。まだ午前八時前を考えると、産まれるのは日付が変わる前後だろう。だからと言って妻を置いて仕事には行っていられない。

 羽熊は優しく背中をさすりながら手を握ると、ギュッと強く握って来た。

 がんばれなどと言う励ましは言わない。美子はすでにがんばりだしているのだから押し付けるようなことは言えなかった。羽熊に出来るのは側にいてあげられることだけ。

 とにかく着替えさせねばと駆け足で着替えを持って来て着替えさせ、到着したタクシーに準備していた荷物と美子を抱えて外へと出た。


 結婚と同時に購入した一戸建ては接続地域から直線距離で五百メートルの位置にある再開発地域で、元太平洋の方角を見ると空に浮かぶ天空島や飛行車が目に付く。

 式典で使われる天空島も地平線の下の方で見ることが出来た。

 家と隣接している県道には呼んでいたタクシーが停まっており、会釈をしながら美子を後部座席へと座らせてかかりつけの産婦人科病院へと向かった。


      *


「日本が我が星に土地ごと転移してから今年で六年。歴史的分岐点である国際開発事業であるユースメミニアスが開始されて五年。この五年でフィリア経済は大きく発展しました」


 日本領とイルリハラン領のユーストル境界線上に停泊している式典用天空島にて、エルデロー大陸に所属する国の大使がスピーチをする。

 台形をひっくり返した四級天空島の上部には式典会場が設営され、半円のステージと階段状の観客席が向き合う形となって式典が執り行われていた。


『ユースメミニアス五周年式典』


 丁度五年前に発足したユースメミニアスはユーストル条約の中に組み込まれた国際事業で、イルリハランと日本主導による平和と非軍事とする土地開発事業だ。

 採掘指定区で採掘されたフォロンは量に応じて各国に分配され、研究と加工をして自国へと運搬。さらに工場に運ばれてレヴィロン機関として生まれ変わる。


「ユーストルに眠るフォロンの埋蔵量だけでなく、日本の採掘量には驚かされるばかりです。我々とは比べ物にならないほどの早さで数十倍の量を採掘する技術力、そして地上に対して恐怖を抱かない強靭な精神性には畏敬の念を抱きます」


 日本はユースメミニアスの一員として採掘作業を始め、わずか一ヶ月で去年の異地全体でのフォロン採掘量を上回った。五年目に至っては五年間の累計採掘量が、異地全体の流通量を上回っている。

 日本がフォロンが埋蔵されている地域に現れただけで、五年後には倍になったのだから異地社会からすれば驚きしかない。

「日本がこの星に来た時、果たしてどれだけの国家がいまを想像できたでしょうか。多くの国が日本は侵略してきた敵性勢力と見ていたでしょう。それが今ではフィリア社会になくてはならない国家となった。いま、私がこの歴史の重大な分岐点にいることを大変喜んでいます。ユーストルの平和的発展と開発、秩序と節度ある運用され続けることを祈ります」

 大使のスピーチが終わる。


 さすがに加盟国の代表全てがスピーチをすれば日が暮れてしまうため、するのは加盟している各大陸から一ヶ国ずつと、主導国である日本とイルリハランだけだ。

 ただ、スピーチの内容はどの国も大差がない。

 日本が転移した当時のことを振り返り、日本を称賛し、今度の展望を語る。

 低コストでのフォロン採掘にもはや日本は無くてはならない存在であり、その領土を領有しているイルリハランの顔色をうかがう必要もある。この二ヶ国を敵に回すとフォロンの供給が絶たれることを考えると、建前上でも称賛の言葉を送るしかなかった。

 日本もイルリハランも他国の本音は理解しているつもりだ。


 フォロンを独占するな。世界に分配量を増やせ。


 スピーチからもそうした本音が伝わってくるが、日イはそのことに気付かないフリをする。

 なにせ採掘量の七十六パーセントを二ヶ国が独占しているのだからそうした批判は当然だ。

 とはいえユーストルを領土とするイルリハラン。同じく一部領土を有している上に採掘事業を全面的に引き受ける日本。

 世界はその二ヶ国から提供されるフォロンを受け取るのだから大っぴらに文句は言えなかった。

 ただ、一ヶ国を除いて。


「我が国はこの現状に危機感を覚える」


 レーゲン共和国代表だ。


「わずか五年間で産出されたフォロン結晶石は、それより以前で産出された全フォロン結晶石に並ぶ量であり、これらは今後世界経済と科学技術が飛躍的に発展することが約束された。しかし、その約束が異星国家によって成し遂げられたことを憂慮する」


 レーゲン共和国は三年以上前に政権交代をしており、日本が転移当時大統領をしていたウィスラーは任期満了で辞め、新たに新大統領が就任していた。

 ウィスラー前大統領と日イは様々な外交戦を繰り広げたが、和解した以降は友好的な関係を維持してきた。しかし、次期大統領は反異星主義をマニフェストで掲げており、就任直後から露骨に日本批判をしていた。

 頭が変われば下も変わる。大統領が変わっただけで友和だった政策が一気に逆となってしまったのだ。


「そして二ヶ国がフォロン結晶石の過半数を独占していることは、即ち世界経済に二ヶ国が支配していることと同義だ。表向きは自由経済と銘打ってもその裏では二ヶ国の言いなりとなり、不満を抱かせれば供給量が減らされて二ヶ国以外の国の経済に打撃が来る。果たして、これが正しい世界の在り方と言えるのだろうか」


 ユーストル条約では分配したフォロンに関して監視体制は徹底していない。各国に渡った結晶フォロンの最終行き先は、どこであろうと条約は定めていないのだ。

 一応条約としては平和的非軍事利用としても、特に罰則は設けていないので軍事利用されても各国は黙認するしかない。

 ではなぜそうするのかと言えば、技術の発展に軍事利用は必要不可欠の要素だからだ。多くの技術が軍事から民間に転用された物ばかりなので、完全に軍事利用を撤廃すると技術発展にブレーキをかけてしまう。今はフルスロットルで行くべきであるため、表向きでの非軍事としていた。


 それでも七十六パーセントを二ヶ国が占め、他二十四パーセントを全世界となると不条理と言わざるを得ず、量に関わらずの分配であるため産出量を減らしても日本とイルリハランはあまり痛くなかった。

 そうした意味では世界経済を二ヶ国が握っていると言われても致し方ない。

 無論二ヶ国にそうした意図はないが、どう受け取るかは相手次第である。

 日本とイルリハランは一国家の外交的反応として聞き流す。


「ここユーストルはレーゲンの聖地である。その聖地を占有し、聖地を掘り返してしまう暴挙を我が国は許しはしない。ウィスラー前大統領はそれを許したが、現政権ではそれを撤廃している」


 それでもユーストル条約からの脱退をしないあたり、国家である不都合からは逃れられない。

 レーゲンもまたユーストルから産出されるフォロンを国内に持ち込んでいる。ここで脱退すればユースト産フォロンは手に入らず、世界経済から大きく後れを取ってしまうからだ。民間企業が五十ヶ国以上入域しているため、軍事行動を取れば日イだけでなく世界軍まで出る。

 転移当初と違って賛同する同盟国もないだろうから、口では言っても行動に出ることはまずない。

 ユースメミニアスに対して露骨に批判をするのはレーゲンだけであるので、大抵はスピーチ後に起きる拍手はほぼない。あっても力のない体裁程度のものだ。

 続いてスピーチをするのはイルリハラン王国国王のハウアー。


「聖地。確かにここユーストルは聖地と言って過言ではないだろう。史上初の異星国家が国土ごと転移し、無尽蔵のフォロン結晶石が眠り、世界経済の中心地となっている。経済的聖地を語るのであればここ以外に私は知らない。そして、ここを宗教的聖地と主張し続けるのもレーゲン以外に私は知らない。ユーストルは建国当時から我が国固有の領土だ。どのような意図があろうとその事実は変わることはなく、ユーストルを他国に譲渡することは永劫ありえないことを明言させてもらおう」


 ハウアー国王はすぐさまレーゲン代表に釘を刺す。

 ウィスラーが大統領だった時は友好関係であったが、今では過去最悪の冷え込みにハウアーの返しも容赦がない。

 例えレーゲンと断交したところで今のイルリハランにとっては問題ないからだ。


「日本がこの地に現れて六年。主権を獲得して定着したのが五年前だ」

 予定にない牽制はほどほどにスピーチは本題に入る。

「前例のない判断を余儀なくされ、一地域だけでなく全世界を巻き込む判断に心身は疲弊した。一時は昏睡になるほどになってしまったが、全ての選択を正しく行え、今を無事に迎えたことを喜びたい。あの一年を経た答えが眼下に見える街である」


 式典用天空島から日本の東京方面を見ると、日本とユーストルを繋ぐ境界線を越えて扇状に広がる街が見えた。境界線から少し離れたところには羽田空港と同等の空港と滑走路があり、さらに東北方面の地平線には、日本の海と隣接する陸地がくり貫かれるようにして港が建設されてもいた。

 港は日本の船がフォロン圏内に入ることでコンテナの移動を迅速にするためだ。初期投資こそ巨額だが、中長期を考えればそれを上回る時短に繋がる。


「信じられるだろうか。あのユーストルに建つ街には万を超す異星人が仕事をしている。悪しき魔獣であるグイボラがいた大地にだ。さらにフォロン採掘許可区でも我々の採掘量をはるかに上回るフォロンを彼らは採掘している。あの一年の数々の決断の結果が、今こうして世界が飛躍的発展し始めさせている。私は再び言いたい。あの時の選択は間違っていなかったと」


 あの一年の選択はまさに存続か滅亡の二択であった。日本だけではない。イルリハランもアルタランも、全ての国の選択が今かそれ以外の結果へとなっていた。

 ひょっとすれば別の選択でより良い結果があったかもしれないが、歴史に『もし』はない。


「残念ながらいまだに日本を悪しき異星人として侵略目的で来たと主張する国家や集団がいることは聞こえてきている。だが今の日本の態度を見てもそう思うのは頑迷としか言いようがない。日本は経済活動こそ活発であるが政治活動に於いては保守的だ。六年間日本政府と対話を行っているが、ユーストルとイルリハランを超えて各大陸への言動は聞いたことがない」


 ハウアー国王の言う通り、日本政府は基本的に隣国以外ではユーストル条約を挟んでの外交しかしていない。これは日本が侵略目的とした異星国家と言う印象を持たれたくないためで、地球の国連に相当する世界連盟(アルタラン)にも限定的加盟しかしていない。

 限定的加盟は、一言で言えば書類上では加盟させても総会などの参加は認められない。幽霊部員のような扱いだ。

 日本はそれを受けいれ、間接的にイルリハランが日本の言葉を代弁している。

 なら日本が何もできないアルタランに加盟する理由は何かと言えば、書類上でもアルタランに日本が加盟している事実であった。書類上でも加盟してしまえば、異星国家と言う理由だけで武力攻撃や外交的圧力がしにくくなる。

 アルタランとしても日本を放置するわけにもいかず、ユーストル条約からイルリハランのみに任せっきりにも出来ないため、こうした形になったのだった。

 異地社会としても、アルタランに参加できず政治的浸透がしないのならと黙認している。

 ただ、だからこそ厄介な事態にもなるのだが、それがまだ水面下には出ていない。


「日本はユーストルの外に出ることを意図的に避けている。人権が大きく絡むハーフ問題が解決できず、異星国家と言う言葉の重みをどの国よりも理解しているからだ。おそらく全世界がユーストル外に出ることを許可しようと、出るのは管理のしやすい極少数だろう。それが最も問題を最小限に抑えられるからだ」


 ハーフはユーストル関係で最も頭を抱える難問の一つだ。

 地球人とリーアンの間で子が生まれる。遺伝子配列がほぼ同じであるためなのだが、厄介な特徴として必ず髪の色が黒く、脚は一本脚で五本指の足が残るのだ。しかも何世代を経てもこの特徴が残るため、ハーフの血筋が残れば残るほどハーフが増えていく。

 これは百年二百年は大した問題ではないが、千年後や二千年後になるとハーフがリーアンの数を上回る恐れがある。

 しかもハーフは遺伝的に全員IQが高い。これは知る者は世界でも限られた人しかいないが、数が増えれば確実にハーフとリーアンの覇権争いが起きるため、小さい芽すら出させない暗黙の了解がなされた。


 しかし、人の動きを完全管理すること、異性人種間の結婚の制限には人権が絡むのでうまく対処できず、尚且つ精子は提供がしやすいことから闇市場に売ることも出来てしまう。

 まだ身体的特徴しか知られていないから闇市場でも目向きはされていないが、天才性が知られると高値がついて日本側から売る人が出るかもしれない。

 かと言って大っぴらに言えないので、天才性に関しては後世に伝えずに当時知っていた者たちが黙り続けることで闇に葬ることにした。

 ゆえに、現時点で天才性を知る国家元首はハウアー国王のみである。その他の人達も人事異動や辞任、辞職で関わらなくなっていた。


「それでも日本を侵略型異星人と疑うのは考えを放棄した愚か者だ。創作物は創作物でしかない。空想の異星人と現実の異星人、信じるに値するのはどちらかなのか、今一度考えてもらいたい」


 侵略型異星人。日本はそうではないと断言できても、生物学的にフィリアにとって外来種である事実は変わらず、人種の概念からしてもハーフによる超長期的な侵略は出来るから間違いとは言い切れない。

 それでもハーフは絶対に発生させない理念によりハウアーはっきりと否定した。

 スピーチの最後から二番目の国はユースメミニアスで中核の日本だ。毎年日本が最後を務めているが、五年目の節目としてトリはある人物がすることになっていた。

 六年前は佐々木政権下で防衛大臣を務めた笠原総理がステージの演説台へと向かった。宙に浮く演説台はハウアー国王が離れるに合わせて床まで降下し、台とセットである足場の上に乗ると再び宙へと浮いた。


「我が国がこの異星の地で六年と活動できているのは、偏に言ってフィリア各国の理解と協力あってのことです。転移当初から我が国を敵性侵略国と判断されれば、我が国はどのような姿になっていたかは想像に難くありません。日本を代表し、各国に対し感謝を表明します」


 笠原総理はお辞儀をする。


「今日、日本が享受している平穏は転移初期からユーストル条約が結ばれる一年間に渡っての相互理解があってのことです。あの一年、相互理解のため不眠不休での活動をされた方々を忘れることはありません。その方々が築いた成果を破綻させないためにも、日本政府はフィリア社会との秩序と平和を第一とする関係維持に努めていきます」


 中には地球時代と変わらないと批判する人もいる。過去との繋がりからリセットした以上は戦前のような強い日本になるべきと言うが、強い日本を目指した果てが戦後日本なのだ。同じ轍は踏まぬよう『戦後日本』ではなく『転後日本』を目指している。


「そして転移前の地球に残る沖縄諸島及び小笠原諸島を含む、日本の島嶼。さらに各国の現状もまた一日と忘れることはありません。我が国が転移する原因となった小惑星が、どのように地球に影響を与えたのか分かりません。何一つ影響がなく、一人でも多くの方々が生き続けていることを切に願います」


 日本は小惑星レヴィアンが落下する直前に転移したため、地球のその後がどうなったのか分かっていない。小惑星が落下したことで破局が訪れているのか、それともレヴィアンそのものも消滅して被害がないのかも不明だ。


「我が国はなぜ国土ごと異星間転移を果たしたのか原理は未だ解明していません。現段階ではレヴィニウムに転移現象の糸口があるとみて、イルリハランと共同による転移現象の解明を始めてはいますが、いつ判明するかは不透明であります」


 状況証拠から国土転移にレヴィニウムが関わっていることに間違いはない。だが、たった一度のみで片鱗すら見られていないため、科学的な解明にはほど遠い状況である。

 転移現象の研究にイルリハランを絡むのは、レヴィニウムの基礎科学習得の簡略が関わっていた。なにせ日本にとって熱を電気に九割以上の割合で変換する鉱物など超物質もいいところだ。それを一から調べるのなら、十を理解している国に支援を頼む方が早い。幸いイルリハランは日本に協力的だし、転移現象を理解出来れば自国に取り組めるから協力体制はすぐにできた。

 しかし、今のところ転移現象の片鱗すら見せていないため研究は難航している。


「そして転移現象が解明された場合、その技術の扱いには十分な議論が必要です。便利な技術程悪用された場合の被害が大きいため、技術の管理はバスタトリア砲や核兵器を上回る厳重な管理が必要となりましょう。我が国として転移技術は平和利用を強く望み、兵器転用には断固反対する考えです」


 時間の浪費の代表格が移動で、それがゼロになれば経済効果は計り知れない。人流物流とノータイムで行けばその分全国で生産が増えることになるからだ。その代わり、悪用の代表格にもなるので、仮に技術が出来たとしても共有するには難しい。

 国家が約束を反故にするのは世界の常識だ。表向きは使わないとしても、確実に軍事転用する。

 可能性ではなく、確実に起きるため皮算用であっても口にする必要があった。

 それでも技術が確立すれば世界共通の難問として頭を悩ませるだろう。


「世界は異星国家である我々を受け入れてくれましたが、我々はゲストとして持て囃されるわけにはいきません。敵性国家として扱われても仕方ない状況のなかでも、領土国であるイルリハラン王国を始め、アルタランや各国が我が国を受け入れてくれました。それに対する返しをする義務を我が国は負うものと自覚しております。文明及び技術の輸出は外来汚染を防ぐため慎重な対応をする方針ですが、出来ることならば可能な限り協力をするつもりです」


 そのためのユースメミニアスのフォロン採掘事業だ。地下に無尽蔵の宝があっても近づけないリーアンの代わりに、地上に立つのが当たり前の日本が得意の掘削作業をする。

 これほど分かりやすい恩返しはない。


「六年前の転移当初より日本政府は国是として、平和と平穏を求めていることを謳っています。これは今も変わらず、未来永劫変わることはありません。争い事からは何も生まず、ただただ失うだけです。限られた物を奪い合えば即座になくなり、分け与えれば余るのが人間社会の摂理です。我が国は争いを好まず、その解決する手段で武力を用いることもしません。対話をもって解決する道を進み、我が国の軍である国防軍はその名の通り防衛のみに徹します」


 地球からフィリアに転移したことで、日本の防衛体制はこれまでにない大規模な修正を余儀なくされた。

 既存の法則に捉われないレヴィロン機関の存在によって海上自衛隊と航空自衛隊の活動域が縮小してしまった。その回避と異地で活動するため生まれたのが天上自衛隊だ。

 海自の護衛艦と空自の航空機にレヴィロン機関を搭載して浮遊化と戦闘可をさせ、さらに異地専用に設計した艦船と機体の製造を目指している。

 今は既存の艦船と機体の浮遊化に努めており、旧型汎用護衛艦と旧式戦闘機が浮遊化の改修を始めていた。さすがに最新での浮遊化は実績がなければさせられない。


「まだ複数の国家は日本を異星人特有の印象である侵略国と疑っていることでしょう。それは正常な判断だと理解しております。これは千の言葉より百の行動が最善の策と考えます。我が国は真偽に関して他国に強要しません。客観的な目で我が国の動向を見守ってください」


 疑われているのに疑うなと言う方が心理的に難しい。ならどう説得するかと言えば、その者の目で見て判断してもらうほかない。

 日本は粛々と自分が出来ることをする。その上で判断と判断に伴う責任を負えと言っているのだ。そうすることで真剣な目で他国は日本を見る。

 だからこそ日本はあの一年の外交戦を生き抜いたのだ。

 笠原総理のスピーチが終わり、演説台は再び降下して無人で上昇する。


 最後はユースメミニアス発足五年目で就任する会長の言葉だ。

 前レーゲン共和国大統領にして、ユースメミニアス会長。地球人とリーアンのハーフであるウィスラー・バルランムである。

 ハーフであるウィスラーはアイデンティティとしてリーアンを選び、現れた日本に対して新たなハーフが生まれること、ユーストルの存在、大統領の立場から幾度となく日本を追いやった。だが、寸前のところで自身がハーフであることを見抜かれたことで計画は破綻。日本の存続を天秤にかけた損得で得を選んだアルタランに裏切られ、尚且つハーフに対して深い理解を示す日本にウィスラーの方が折れた。

 大統領の任期を終えてからはユーストルの監視組織結成に意欲を見せ、今回その功績が称えられて会長に就任することになったのだった。


「今回ユースメミニアス名誉会長に就任するウィスラーだ。まずは会長として、ユーストル全域で活動する日本人と各国の民間企業の人々に労いの言葉を送りたい。君たちの活動によって閉塞していた世界経済は活性化し続けている。国家間の思惑はあれ、世界が発展することは喜ばしい限りだ。それ故にユーストル内での犯罪には注意しなければならない」


 なぜユーストルに世界が注目するかと言えば、それは地下に眠るフォロンが一グラム五億円もする世界一高い鉱物だからだ。

 フォロンは気体と固体であり、そのどちらも浮遊するのに欠かせない世界戦略物質で、ユーストルに大鉱脈があると分かるまでは取れる量が極微量だった。気体は世界中にあふれていても固体化は出来ず、その固体もユーストル以外では超微量でしか発見できず価額が高騰する原因となっていた。

 ユースメミニアスが開始され、大量のフォロンが世界に流通しだしたことで価額は下落を始めているが、既得権益の保護の観点から下落はゆっくり気味だ。


 高価な物が突然安価になって流通すれば、高値で売買している企業が破たんする。それでは経済打撃を受けてしまうため、フォロンの下落は二十年掛けて行うことが決定している。

 それでもフォロンを扱う企業の打撃は大きいが、需要と供給のバランスを保つためにも価額の段階的な下落はしかたなかった。

 裏を返すと今はまだ高値で売れるから、フォロンや日本人の遺伝子などの売買防止をウィスラーは買って出たのだ。

 ユーストルはイルリハランの領土だが、ユーストル条約で治安機構はイルリハラン以外に任せることになったのでウィスラーはある意味適任だった。


「この地はあらゆる意味で火薬庫だ。小さな火種が大爆発を引き起こし、たちまち世界中に波及するだろう。世界の発展を約束されていると同時に世界の後退もまた約束された地だ。我々はこの地を適切に扱わなければならない。領土国であるイルリハラン王国。採掘事業を担う日本はその重さをより理解してほしい」


 要は取り分七十六パーセントを考え直せ。そこが最も火種になると言っているのだ。

 国際秩序を考えるなら妥当な示唆だが、領土国と採掘国としての特権報酬は堅持されなければならない。理想では平等であっても、平等が必ずしも正しいとは限らない。


「私は会長職に着くにあたり、ユーストル内の調整役に努める。未来永劫、この地で万人が満足することはない。各国各企業それぞれで求めるものが異なる以上、それは絶対に解決できないことだ。だが、それを限りなく合わせることは出来る。防犯としての秩序。経済としての秩序。国際関係の秩序も同じことだ。かつてユーストルを巡り紛争を起こしたイルリハランが領土を主張する地で、私がこのような立場となることは不思議な感覚を覚えるが――」


 ウィスラーのスピーチは中断された。

 式典会場。

 ユーストル。

 ユーストルの武力防衛に努めるラッサロン浮遊基地と日本の天上自衛隊。

 イルリハラン王国と日本国。

 マルターニ大陸各国。

 フィリア全域。

 全てが思考を停止させた。


 ステージを中心に式典会場が一瞬で木っ端みじんになるほどの大爆発を起こしたのだ。


 読者の皆様、陸上の渚第2部を読んでいただきありがとうございます。

 第1部が無事終わったことと、プライベートで数ヶ月に及ぶイベントがあったため構想こそ続けていても執筆は中断しておりました。

 そのイベントも落ち着いたため、再び執筆を開始したいと思います。

 更新速度は相変わらず遅いですが、気長に待ってもらえればと思います。

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― 新着の感想 ―
[一言] 第二部はとてつもない展開でスタートしましたね… 各国のお偉いさんが集まる中での爆弾テロとは 描写からするとウィスラー氏を含め式典会場にいた人たちの生存は絶望的な雰囲気で悲しいです こうなる…
[一言] 再開ありがとうございます! 楽しみです。>(*‘∀‘)
[気になる点] 核運用が全会一致は有り得ないかなぁと。 三分の二とか過半数なら分かります。 でも全会一致だど実質不可能では無いですか、使えない抑止力に意味は無いですし。 そして、東京が物理的に消滅して…
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