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異形の咆哮  作者: onyx
7/14

夜明け

「全ては遡る事、約一ヶ月前の事です」

柴田はゆっくり且つ聞こえやすい速さで喋り始めた。


麻薬密売組織を内偵していた警視庁と神奈川県警の合同捜査チームが当該組織の拠点に踏み込んだ。その際に押収された薬物の中に、特殊な薬品が紛れ込んでいる事が判明。薬物としての指定はされていないが使用状況によっては強烈な幻覚作用を齎す薬品である。国内での使用が特に制限されている訳ではないが、医大や理工学系の学科を持つ国立大、伝染病の研究所等でのみ使用されている稀有な薬品だ。

国外で作られている物で日本での製造販売はされていない。購入ルートは政府の認可を受けている特殊な仲介企業を通しているのが殆どだが、そんな中で唯一海外の業者から直接仕入れて使用している研究所を見つけた。ある財団法人の出資で生物工学の研究を目的として設立された「古柳生化学技研」と言う研究所である。試しに突っついてみたら目に見えて焦り出したのでそこからが早かった。証言によると、例の薬品を使用し国内では認められていない類の生物実験を頻繁に行っていたらしい。薬品を別の薬品と化合する事で急速な成長促進作用を発生させる現象を利用した実験だそうだ。

その中で様々な実験と遺伝子改良に耐え抜いた生物が存在した。羆をベースに狼やら何やらの遺伝子を組み込んで薬品投与により強化されたその個体は、二週間ほど前に檻を破壊して研究員5名を殺傷し致死量の麻酔を浴びて昏倒。その間に運び出して山奥に投棄すると言う何とも無責任且つ危険な行いをしていたのである。

「まぁ引っ込みがつかなくなって焦ったのでしょう。そもそもが許されない事をしていた上で余計に隠したのがこの結果です。」

犯罪によって生み出された悲劇の生物が人間への復讐をしているような気もしたが、その研究員たちを含めて7名を殺害している事実は揺るがない。どんな過程を経たにせよ「ヤツ」は既に立派な殺戮者だった。

「明日にはこの件が自衛隊へ移譲される手筈になっています。今から約24時間、警察の力でヤツを食い止めねばなりません。昼になれば更に増援も来ます。知恵を貸して頂けますか。」

柴田のその言葉に、亀山を含めた駐在警官たちは気が遠くなるのを感じた。既に出せるだけの知恵は絞ったと言える。住民たちを避難させれた事で少しは大胆な行動も出来るのは事実だが、内心自分らはこれで後方に下がれると思ってただけに衝撃が大きかった。

「…………微力を尽くします」

全力と言わないのはここに至るまでどれだけの知恵を出したかを知って欲しい気持ちの表れだった。取りあえず人払いを止めて正式な対策本部としての機能構築を始める。


取りあえず阻止線に展開する森川小隊長たちの所へ交替要員を送った。先に来ていた彼らを含めて4個小隊となり総勢で1個中隊強の規模となる。森川は臨時で中隊長へ繰り上がり、下に4人の小隊長が就いた。阻止線は中隊でローテーションして警備を行う。残りの1個小隊は役場付近で後詰と巡回警備に当たった。

狙撃チームは屋上でハンター達と共に警戒監視に入り、銃器対策部隊も役場で待機となる。銃対の運用については警備陣も慎重を期したいらしく前線か後方かで若干意見が分かれ、取りあえず現在は本部となっている会議室の隣の部屋を待機室としてそこに常駐させる事となった。


亀山達が駐在所の機能をこちらへ移転させる作業を終えて一段落した所で会議が始まった。

「それでは、ヤツに関する情報を今分かっている段階で良いのでもう少し詳しくお願いします」

まだ写真も映像もないので明確には伝えられないがヤツの外見と行動パターンを噛み砕いて話す。我々が行って来た遊びに思えるような作戦で得られた効果も話すと何名かは目を丸くしていた。当たり前だ。相手は人間じゃない。説得や交渉は無駄なのだ。如何にヤツを刺激せず他の場所へ行かないようこの村に釘付けにするためにどんな苦労をして来たのかを知って欲しかった。

「囮餌用の肉と血液を直ちに手配しましょう」

「SATがまだ出れなくても銃対用と言う事でスタングレネードの持ち出し許可を取り付けます」

「明日中に村民を全て避難させましょう、移送用のバスを追加で要請します。」

こちらの苦労など伝わらないようだが仕事は出来るらしい。あちこちに電話を掛け出した。そして柴田の一言が我々を困らせる。

「何か案はありませんか」

ヤツとやりあったこちらを立ててくれているのは分かる。取れる手段は増えて来てもヤツに対する具体的な撃退案は相変わらず何も無かった。パトカーをぶつけるぐらいしか思い付かない。

「少し考えさせて下さい」

逃げるように会議室を出た。外に出て煙を燻らせる。そこへ前原がやって来た。

「亀山さん」

「どうしました」

「これを」

1枚の紙を渡される。自分たちも色々と考えたのだが月並みな考えしか浮かばないので色々と訊いて回ったらしい。役場の職員や住民、消防団員たちも色々と考えてくれていたようだ。取りあえずそれを手に本部へ戻って柴田に手渡す。


役場職員A

・また空腹の状況を作り出し、トラバサミに囮餌を大量に盛って一見分からなくすれば食べてる途中で作動しダメージを与えられるかも知れない   


役場職員B 

・あるだけのトラバサミを路上にそのまま仕掛けて前進そのものを阻害する


役場職員C

・汚水をぶちまけて鼻を利かなくして嗅覚を奪い何かしらで聴覚も奪った後に軽トラをぶつける


消防団員A

・消防車で灯油を放水して火を放つ


消防団員B

・軽トラにチェーンソーを括り付けて突撃する


住民A

・今居る辺り一帯に火を点ける


住民B

・硫酸か何かをぶっ掛ける


考え方が過激で柴田たちは苦笑いだったが我々は頭を叩かれたような衝撃だった。立場の違いによる物ではあるが、もっと頭を柔らかくしなければと思う。どれも現実的ではないがこのぐらいの発想が今は必要だ。と言う訳で1つ提案をする。

「狙撃班を2つに分けて片方を前に出しましょう。近付いて来たら撃たせて下さい。」

「場所がありませんが」

「別に高台である必要はありません。近くの民家の屋根に登って貰います。最悪取り残されてもヤツが空を飛べる訳ではないのでヘリか何かで救出は可能です。どの民家が良いかは実際に行って決めて貰って我々が住民に後で頭を下げます。」

警察官の発言とは思えないが今ある手段を発展させるに越した事はない。型に嵌っていたらこの危機は乗り越えられないだろう。まだ一斉に前へ出れる状態じゃないが少しずつ動ければそれでいい。柴田が寄越してくれた狙撃班を先に行かせて亀山と近藤はトイレに入っていた。

「いっその事ここで飼っちまうってのはどうです」

「どっかの漫画みたいな事を言うんじゃない」

「そうっすね」

冗談が言えるのは状況が良くなって来た証しだ。外に出ると前原の部下が車を回してくれていた。彼らの乗って来た覆面1台に梯子を積み込んだ役場のバンが1台。狙撃班の人間も待機している。

「ヤツは囮の餌を全て平らげて満足しているから今がチャンスです。手元が暗いでしょうからくれぐれも注意して下さい。アホみたいな提案を呑んで下さって感謝しています。」

怪訝な顔をされたが取りあえず乗り込んで阻止線へと向かう。時刻は午前6時前。空はもう明るくなり始めていた。

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