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異形の咆哮  作者: onyx
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進展

囮用のエサの作製を始めて40分ほどが経過した。民宿や飲食店が提供してくれた肉に輸血用の血液を掛けて混ぜ合わせる。血のにおいをなるべく外に出さないように可能な限り密閉したお陰でかなりの血臭が作業部屋全体を包んでいた。作業はバケツに肉を入れて血と混ぜ合わせるだけなので特筆してグロテスクではないが血臭にやられて気分を悪くする人間はやはり何名か居た。

交替しながらの作業によりエサは次々と完成していく。ラップで塞いでにおいを漏らさないようにしたバケツが全部で10個出来上がった。これを役場裏の通用口から運び出して役場の車とパトカーにそれぞれ積み込む。空は薄っすらと明るくなりつつあった。このまま朝まで時間を稼げれば取りあえず我々の役目も終わりだ。亀山は幾分か気分が楽になるのを感じつつ役場の入り口で煙を燻らせていた。

「…………作ったはいいが使い所が難しいな」

阻止線になっているバスの向こうは1本道だ。下手に行き過ぎると鉢合わせして目も当てられない事態になる。現在、ヤツは来た道を少し戻って民家の裏手へと姿を消していた。仕掛けに行くならチャンスでもあるが不意の遭遇を考えるとやはり慎重にならざるを得ない。

「催涙ガスを前面に投射してその煙の中で仕掛けるって手も有りですかね」

隣でお茶を啜る近藤が提案する。確かにヤツの鼻の良さを逆手に取った戦法でしかも煙に紛れられて安全だが逆に刺激して暴れさせる可能性も高かった。ヒグマを一回り大きくしたような生物相手に肉弾戦なんか仕掛けられない。視界の効かない中で動き回るのは危険だ。

「使い方についてはこれから話し合うさ」

まだ警備陣が到着するまでには時間がある。それまでは精一杯受け持つ腹だ。前原と森川を含め、消防団員を集めてその場で使い方を話し合う。

「半分だけ向こう側に設置して残りは取って置きましょう。突破された際に時間稼ぎが出来る。」

「問題はどうやって仕掛けるかだ。やるなら今がチャンスだ。」

「ロクに防御手段もない状態で阻止線から向こうに出るのは」

寄せ集めでもいい連携を見せていた彼らでさえ今の状況から打って出るのはかなりの覚悟が必要だった。30分以上も言い合いが続く。役場の職員たちも遠巻きに様子を伺っていた。

約45分後、話し合いはようやく着地点を見出した。囮エサを持つ警官5名に対し2名の機動隊員が護衛に就く。同時に体力が回復した親父達にコンサートを再び行って貰い、ヤツを今いる場所から動かせないようにする。機動隊員は盾と熊避けスプレーを持っての随伴となった。作戦開始への段取りが始まる。


阻止線

囮エサを運ぶのは近藤を含めた5名の駐在警官である。地形を把握していると言う点で万一の逃げ道を判断しやすい事からそうなった。気休めだが拳銃も所持してある程度の予備弾薬も持っている。

材木加工を営む住民から必要なら使ってくれと言う事で軽トラの鍵も預かっていた。想定したくないが緊急時の移動手段もしくはヤツを退ける道具になるかも知れないと思ったが、亀山から川に飛び込んででも帰って来いと厳命されているので何れにしろ使う気はなかった。暗闇の中で森川小隊長が時計を見る。

「準備はいいか」

「いつでも」

「大丈夫です」

「こちら県機01、準備完了」

本部でも準備が整った。親父達がマイクを掴んで今か今かと待っている様子が少し面白かったと役場の職員達が後に語っている。そしてコンサートは再び開かれた。大音量で響き渡る演歌の中、その身を阻止線としていたバスが向こう側への道を開けた。総勢15人の設置部隊が前進を開始する。

暫く続く一本道を抜けて橋立の集落へと足を踏み入れた。居場所が掴めない状況下は言いようのない恐怖を感じさせるが、この歌が止まない間は大丈夫だと自分に言い聞かせながらエサの設置を始める。置き場所は道路の真ん中だったり庭先だったりと不規則だが、なるべく本部からヤツの居場所が掴みやすい所を選んだ。所要時間は20分足らずである。本部へ終了の報告を入れた。

「設置完了、これから戻ります」

「了解」

少し気が緩んだ次の瞬間だった。何かが何かをぶち破る音が全員の耳に走った。周囲を見渡すがそれらしい姿は見えない。血の匂いに反応してどっかから飛び出して来たのだろう。逃げるなら今しかなかった。声を殺して後退を指示する。

「駆け足!急げ!」

エサの入っていたバケツもその場に放置して一目散に逃げた。バスが開けている隙間に飛び込んで急いで再封鎖をする。顔色を変えて逃げて来た15名に森川小隊長が苦い顔をした。

「出て来たのか」

「どっかから飛び出して来ました、でも姿は見えなかったので我々の姿もヤツには見えてなかったと思います」

「嗅覚はかなり強力らしいな。今の内にこの一帯を別の匂いで上塗りしないとこっちに来るぞ。」

血の匂いより強力で動物が忌避するような物は中々ないので仕方なく向こう側に催涙弾を数発撃った。噴霧されるガスが風で巻き上がって道路に広がっていく。これで取りあえず大丈夫だろう。気付いたら歌も止んでいた。


何だかんだ夜が明けて来た。ハンターチームの報告では囮エサに嬉しそうにがっついているらしい。だがそれも2つ目までだった。最初は空腹が味覚を上回ったのだろうが、次のに取り付いた時には何かが違うような仕草を見せたそうだ。もう人間の肉でない事に気付いたようである。しかし空腹には勝てなかったのか5つ全てを平らげて再び民家の影に姿を消したそうだ。

「まずは成功と考えていいか」

「次は無いでしょうけどね」

また空腹になれば食うだろうが次は人間を一発で狙いそうな気がしていた。親父達の歌も効果が薄くなっているのは明白である。次に空腹が来る前に住民の移送が必要だ。でないと最悪の事態を覚悟しなければいけなくなる。と、ここで吉報が飛び込んだ。

「車列が見える!増援だ!」

ようやく警備陣と移送用マイクロバスが到着した。マイクロバスは小学校に駐車させ、役場に避難している住民の移動を足早に開始する。かなり距離はあるが事態が事態なので避難民は大月市立七保小学校を目指して出発した。受け入れ準備も整っているらしく、今からの出発なら夕方かそこらには到着するだろう。避難民の見送りがある程度終わった所で亀山達は警備陣と顔合わせを行った。県警本部から柴田管理管率いる幕僚陣10名と増援の機動隊2個小隊、選抜された狙撃チームと銃器対策部隊が加わる。

「柴田警視です」

「亀山警部補であります。」

相応に年を取った感じの男だ。自分と同じくらいだろうか等と思案が巡る。この村に来てから、同世代の人間なんて町の親父達ぐらいのものだった。部下は全て年下である。

「早速ですが今の状況を」

30分ほど掛けて今日に至るまでの過程を教える。増援の機動隊に狙撃班、銃対まで来るとは変に用意がいいと感じた。前原がそこまで詳細に上へ伝えたのだろうか…

「以上が今に至るまでの状況です」

「なるほど、と言う事はやはり……」

含むような言い方だ。この事態に何か裏でもあるのだろうか。元刑事の勘がいらない部分まで探ろうとするのを抑える。これ以上首を突っ込むのは御免だ。しかし口が出る。

「…………何かご存知なので?」

「……皆さんには話しておくべきなのかも知れませんね」

場の空気が変わったのを全員が感じた。その発言が意味するのは、今この村に居座っている村民2名を殺害したアイツの正体に関する事以外の何物でもないのだ。嫌でも視線が柴田に注がれる。

「すいませんが人払いを」

「はっ」

会議室と廊下は警官だけになった。役場の職員や消防団員たちは階下に追いやられる。それを待って柴田の口が開いた。淡々と語られた真実は、何所が現実味がないがヤツが目の前に存在している事実を裏付けるのに十分な内容だった。

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