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異形の咆哮  作者: onyx
5/14

切迫

陽が次第に傾き始めた。

奴のいる位置から役場までにある分かれ道は2つ。どっちも住民たちがトタンや車や木材でちょっとやそっとじゃ壊れないようにバリケードを構築。県道508号から分岐している道にもトラックやら小型のショベルカーなんかを詰め込んで簡単には突破出来ないように塞いだ。途中の橋にもブルドーザーを横付けして有刺鉄線で塞いでいる。これで役場までは国道18号との合流点まで暫定的にだが1本道となった。

動かない今を狙ってあちこちに熊避け用のスプレーを散布して回り、汗の染み込んだ衣類を道に点々と投げ捨てて誘い込むようにする。これで役場の方向にしか人間の痕跡示さないようにした。途中で横道に入られては事態が更に面倒くさくなる。


日付が変わるぐらいの時間になってようやく増援が到着した。

前原率いる警官20名と、山梨県警機動隊から2個小隊が加わる。ついでに物資も搬入され取りあえずの陣容は整った感じだ。警備首脳陣は朝に移送用のマイクロバスを引き連れて到着するそうなのでそれまでが亀山にとっての勝負となりそうだ。隊長の森川警部と両小隊長を交えて意見交換が行われる。

「小菅村駐在所班長の亀山です」

「山梨県警機動隊の森川です、早速ですが状況を」

会議室に設けられた臨時現地本部で状況を説明する。その間の監視は近藤が取り仕切り、機動隊員達も役場周辺に展開し別命あるまで監視を行う事になった。

「住民は全て収容済みで後はバスの到着を待つだけです。それまで奴をこの役場に近づけないのが我々の使命になるでしょう。無論、姿を見失うのも言語道断であります。」

「何か弱点とかは」

「今の所は奴の嗅覚を逆手にとって刺激臭のあるもので接近を防いでいます。この辺に立ちこめるにおいはタイヤを燃やしているものです。」

「催涙ガス等でも十分に対応出来る可能性があると言う事ですね。」

「それとまだ試していませんが大きな音がする物、爆竹ですとかそう言った類の物ももしかしたら有効かも知れません。」

「分かりました、当面奴を近づけない方針で行きましょう」

固まったようで固まっていない方針の下、バスが到着するまでの警備を行う事となった。奴の動向は役場屋上のハンターチームが交代で監視を行い常に居場所を掴んでいる。今はタイヤを燃やす異臭から逃れるように塀の高い民家の敷地に入り込んで休んでいるようだった。


この隙に役場の職員達が役場庁舎周辺の住民に対してもすぐ逃げられるよう準備するようにと触れて回ってくれた。急に物々しくなった空気に急かされたのか、気の逸った幾つかの家族が荷物を持って役場の受付に押し寄せる事態が発生する。職員数名と近藤の説得で帰って貰ったがどうしても不安だと言う世帯については避難所に指定した小学校へ行って貰った。役場以外に警備する箇所を増やすのは得策ではなかったが、正直役場の収容率が限界なのでそれも仕方ないと割り切る。戦力的には前原巡査部長が小学校の警備に人員を割いてくれたお陰で幾らかは楽だ。


村中央部

役場へと続く道に機動隊のバスを横付けして阻止線とする。車内にはガス筒を持った隊員が乗り込んで目を光らせていた。投石防護用の金網は取り外してあるので車内からの射撃が可能である。作戦的には、近付いて来たらまずスピーカーで大きな音を出して脅かすのが第一手だ。何の音を流すかは決まっていないが取りあえずガラスを割る音でもと段取りを組んでいる。第二手は屋根に無理やり設置したライトだ。祭りで使う大型のライトを引っ張り出してバスの屋根に簡易的に置いたのである。だがこれはあまり効果がなさそうだ。夜行性がどうかも分からない上に真昼間に襲撃を仕掛けて来た事を考えると効果は薄そうである。第三手はガス筒による催涙ガスでの攻撃である。現状はこれが最も効果がありそうなのは明白だった。今も古タイヤを燃やしているがその内に無くなるのは目に見えている。風向き次第だが併用すれば強烈な刺激臭で追い返せるかも知れない。

「これが当面の作戦だ。」

森川小隊長が隊員を前に説明した。馬鹿馬鹿しいように感じるがよく分からない相手を敵にして戦うのは容易ではない。相手が人間なら話は簡単な事なのにと全員が思ったがそれは仕方のない事だった。

「拳銃は最後の手段だ。最も熊サイズの動物に何所まで通用するかは分からんがな。」

38口径弾では豆鉄砲もいい所だ。こんな物では戦えない。役場の屋上で見張っているハンターチームが唯一の火力と言っても過言ではなかった。

「車内には各分隊が交替で常駐、ガス筒の発射については射手の判断に任せる。あくまで撃退が目的だ。深追いはするな。」

朝になれば増援と共に狙撃班も到着する筈だ。それまでが取りあえずの正念場である。この夜を耐え抜ければ明日には避難作戦が開始されて村は殆ど無人と化す筈だ。そこからどう言う流れになるかは分からないが今よりはもっとマシな状態で戦えるだろう。

「ハンターチームから報告、目標に動きあり」

少しばかり空気がどよめいたが流石に訓練された人間である。ガス筒の射手が催涙弾を装填して待機し、他の隊員も腰の拳銃に手を掛けて暗闇に目を凝らした。まだ距離があるし一本道なのは分かっているのだが何所からでも飛び出して来そうな暗闇が目の前に広がっているとやはり言いようのない不安に襲われる。同時に役場でもスピーカーの準備に取り掛かった。昼間の内にテストはしてあるのでシステム的には問題ない。防災無線を利用するだけの話だ。マイクの前で使わなくなった皿やコップを思いっ切り床に叩き付ければいい。

「本部から県機01、近くのスピーカーから何かが割れるような音がするが気にするな、作戦の内だ」

「01了解」

少しの沈黙の後、スピーカーから盛大にガラスの割れる音がした。何かがと言うよりはガラス以外に聞こえないような感じがするが人間の耳と動物の耳では聞こえ方も違うだろう。次は皿を割る音だった。これも皿以外の何なのかと言いたくなるがそんな事はどうでもいい事だ。少しでも効果があればそれでいい。だがハンターチームの報告よるとこれは大して効果がないようだ。警戒するような素振りは見せたがあまり気にしていない様子らしい。他にも鍋を叩いたりその場に居る全員で足踏みしたりと色々試して見たがやはり効果はないようだ。

そこで立ち上がったのが自称のど自慢の親父達である。それぞれが思い思いの演歌や歌謡曲を大音量で響き渡らせた。これで逆に驚いたのが警官達だった。何が起きたのかと各所から無線が入るが、程なくして察したらしく既に静かになっていた。だがこれが意外に効果があると判明。訳の分からない気迫を感じたらしく、得体の知れない何かに威嚇されているとでも思ったのかその場に座り込んで動かなくなったらしい。親父達も調子に乗って歌い続けるがその内に限界が来てコンサートは40分ほど終了してしまった。


「こんな事が出来るのも今日だけだな」

「ですね」

息を切らして長机に突っ伏する親父達を尻目に亀山と近藤は呟いた。明日にはここの指揮を執るのも自分達ではなくなる。行動と結果の伴わないような事は出来なくなるだろう。何が有効かも分からない今だからこそ自由な発想と行動が出来るのだった。

「さて、状況は相変わらずか」

「今の所は怯えているのか分かりませんが座り込んでいるらしいです。」

「それも長くは続かないな。問題はここから先だ。」

ヤツはその内に道を封鎖しているバスへと辿り着くだろう。そこからが問題だった。継続的に同じ手は使えないので次の手を考える必要がある。スピーカーを使った作戦はおそらくこれでお終いだ。盆踊りの曲を流した所で何の効果もないだろう。スピーカーが指向性ならば打つ手はまだ考えられるが普通の物なのでその手は使えない。

こうなると後はあちこちに散布した熊避けスプレーと散乱する汗の染み込んだシャツでどれだけ足止め出来るかだがこれも正直怪しい。そうなると近付いて来るヤツを退ける術はハンターチームの威嚇射撃ぐらいだろう。

「いや、ここは威嚇よりも当ててしまった方が」

「暴れられると厄介です。その辺の民家に突っ込まれでもしたら居場所を特定し続ける

のは難しいと思います。」

「このまま朝までウロウロしててくれればなぁ……」

今はいいが確実に何所かで流れが変わるだろう。おそらく向こうも獲物の位置は匂いで大まかにしか分からない筈だ。選択肢の少なさを改めて認識させられる。囮の餌に使えるのならと、民宿や飲食店が肉を提供しても良いと言ってくれているがそれも果たして通用するか怪しい。と、ここで診療所の太田医師が作戦を思い付いた。

「輸血用の血液と肉を使って囮の餌を作るのはどうでしょう。ただし、ヤツが人間の肉の味まで覚えてしまってたとなると1回しか通用しないと思いますがね。」

「あちこちに分散して設置すれば時間稼ぎにはなるか」

「血の匂いに釣られて右往左往している間にこっちは陣容を固められますね」

取りあえず朝まで持ち堪えられればいいのだ。今は出来そうな事は全てやる必要がある。

「すぐに始めよう。なるべく密閉した場所でやってくれ。輸送時も血の匂いをなるべく外に出してはいけないぞ。」

「診療所に戻って残りの輸血パックを取って来ます。」

「近藤、太田医師に同行して手伝え」

「了解」

「前原さん、4~5人貸して貰えますか」

「分かりました」

本部が若干慌しくなった。役場の職員たちも囮の餌に使う肉を貰いに夜道に車を走らせる。亀山も前原の部下と共に餌作りに使えそうな場所を探し始めた。

「かなり汚しても大丈夫でなるべく密閉された部屋なんて無いですよね」

職員たちも難しい顔をして考えるが思いつかなかった。取りあえず窓の少ない部屋と言う事で庁舎内の物置を作業場に選定する。警官・職員の他に力仕事の得意な住民達で物置の中の物を別の部屋に運んで倉庫を綺麗にした。これで餌作りが出来る。人員は手すきの人間なら誰でもと言う事で住民も参加を申し出てくれた。


時刻は日付が変わって既に深夜2時を経過。日の出まであと数時間。制限された状況下で避難民を背負って且つ満足な選択肢も選べない今、ここが全員にとっての正念場だった。

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