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異形の咆哮  作者: onyx
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予兆

夜になり、県警本部から応援の30名が到着した。各警察署から短時間の内に選抜された荒事に慣れている人間達である。いわゆる「強行犯係」と言われる部署に勤める彼らは、通常の刑事よりも高いスキルを持っているがそれがここでどれだけ通用するかは亀山にも分からなかった。その30名を役場の会議室に集めて事態を説明する。困惑の表情を浮かべる者、不敵な笑みを浮かべる者とそれぞれだったが、少なくとも今ここで何が起きているのかは伝わったようだった。加えて明日中に橋立集落の人間を避難させられるだけのマイクロバスが到着する予定である。その日の内に役場の職員達や消防団員達も、家族を親戚の家や義実家に帰し始めていた。ここで血みどろの惨事が起きる事を想定しているだけ有難い事である。


日付が変わる前にと言う事で、早速だが警備実施計画を立案するための会議が始まった。応援の30名と駐在所の警察官、役場職員、消防団員、猟友会の人間達が会議室に集まる。ここでもまた亀山が陣頭に立って会議を進めた。

「当面のパトロールが必要なのはこの役場がある地域よりも西、一番最初に被害のあった白糸の滝と橋立集落を含めた一帯であります。山を隔てた向こうには丹波山村がありますが、手ごろな得物が近くにあるこの状況で山を越えて向こう側に出る可能性はないと考えています。」

応援30名の内の1人が手を挙げた。

「具体的にはその一帯を巡回すればいい訳ですか」

「残念だが話はそう簡単じゃない。白糸の滝と橋立を結ぶ道は一本道で逃げ場がないんだ。車列を襲撃されれば一瞬で蹂躙されて全員腹の中って事になりかねない。」

それにどうせ奴さんは集落までの道を選ばないだろう。山から来るかバカ正直にその一本道を通って来るかは分からないが、取りあえず人間用の通行止めとしてバリケードは張ってあった。得体の知れない敵には通じないだろうが少なくとも人間に対しては効果があるだろう。

「諸君らには取りあえず、この村の地形を覚えて貰いたい。明日は橋立集落の一帯を全員で見て回ろうと思う。」

まずはそれからだった。もし奴の襲撃下で住民を避難させるような事態になった場合、村の地形が分からないと動き難いのは必然である。何所に何があるかを覚えて貰うのも重要な事だ。

「正直な話、奴の動きを予想する事なんて不可能だ。もしかすると明日か今この瞬間に襲って来ても不思議じゃない。だから行動は早い方がいい。明日は全員拳銃を携帯してくれ。もし現れたらそのまま住人の避難を始める事になるだろうから、命の危機を感じたら迷わず撃て。」

応援で来た30人達が一瞬にして張り詰めた表情を見せた。事の重大さを改めて認識したようである。ゆっくり事を構えている余裕は無い。いつ襲って来てもいいようにしておかなければならないのは中々神経がやられる事態だ。

「猟友会の方達は、熊用の弾丸を用意して置いて下さい。もし可能ならこの周辺に誘き出して役場の屋上から皆さんに狙撃して貰う事も考えています。」

実は今この村で最も強力な銃器を所持しているのは猟友会である。38口径の拳銃で熊のサイズの生物を仕留めるのは容易ではない。もし全てが整う前に現れたらそれが最善の策だった。楽観的だが10発も撃ち込めば流石に大人しくなると思いたい。

「役場職員と消防団の方々は避難の誘導をメインにお願いします。決して奴とやり合おうなんて考えないで下さい。何より対抗手段を持たない皆さんを矢面に立たせる訳にはいきませんので、もし遭遇したら可能な限り素早く逃げて頂きたいです。」

住民が傍に居たら思うように逃げられないかも知れないが、飛び道具の無い彼らを戦力として考える事は出来なかった。下手に犠牲を出すよりは後方支援に従事させた方が賢明だろう。

(そろそろ喋り疲れて来たな…)

そう思った途端、近藤が立ち上がって傍に来た。耳打ちで「そろそろいいでしょう」と言われる。時間は既に日付が変わる寸前だ。頃合だろう。

「…………長々と喋らせて頂きましたがそろそろ終わりにしましょう。何かなければ解散します。」

特にないようだ。ここで解散とする。全員が出て行くのを見送った後で自分も役場を後にした。足早に家へと帰り、シャワーを浴びて布団に潜り込みそのまま落ちた。


村は再び朝を迎え、夜明けと同時に一同は役場から橋立集落へと徒歩で移動を開始。地図を片手に実際の地形と照らし合わせながら住民へのあいさつ回りを行った。村はいつもの静かさだが、それは平穏を表しているのではなく得体の知れない物への恐怖心からによる物のような気がする。

学校は全て休校となり、様々な店舗も営業時間を短くする等の対策が目立ち始めている。そこで問題になって来たのが休校をいい事に遊びに出掛け始める子供達であった。この年になって少年課のような事などやりたくなかったが、犠牲を出さないためには必要な事である。内心、怒鳴り散らしてやりたい所だがこの村で駐在を始めて早10年近く。築き上げて来た関係を崩さないためにも走り回る子供らを静止してなるべく家から出ないようにと吹いて回った。保護者達へは電話で念を押しておく対策を採り、学校へも連絡網による迅速な対応をと伝えた。加えて明日にでも避難出来る準備をして欲しいと念を押しておく。


役場・臨時現地本部

「……はぁ」

亀山はネクタイを緩めながら椅子に深く腰掛けた。1日中歩き回った疲労がドッと押し寄せて来る。やはり年なのだ。無茶は出来ない事を悟りながら天井を見つめていると、そこへ近藤がやって来た。

「班長、明日に到着する第1陣のマイクロバス駐車場ですが」

「小学校ぐらいしかないな。何台来る?」

「取りあえず10台近くです」

「滝に近い方だけは何とか避難出来るか…」

「でも何所へ避難させるんですか」

「一度、大久保の方へ移そう。本格的な避難作戦になったらそれは上に任せる。」

これぐらい割り切った方がいいだろう。何所まで手を出して何所から任せるかを考えなければ仕事が減らない。出来る事をやろうと考えた結果だった。

「それに、見張る場所は少ない方がいい。大久保までは一本道だ。温泉もあるからそこそこ広めの駐車場もある。」

「139号をマイクロバスで移動するには時間が掛かりそうですが」

「そいつは仕方ないさ。県警に掛け合って避難作戦中は全面通行禁止にして貰うぐらい出来るだろう。」

今出来るお膳立てはこれが精一杯のような気がした。これ以上は自分の脳みそでは処理仕切れなそうである。明日現地入りする警備陣に早く全てをバトンタッチしてしまいたかった。

「今日はもう休んで下さい。隣の部屋に仮眠室を作って貰いました。」

「言われなくてもそうさせて貰うよ、流石に疲れた」

近藤に見送られながら仮眠室へと入って行った。簡易ベッドに寝そべって目を瞑ると直ぐに睡魔が襲って来る。そのまま身を任せてまどろみの中へと落ちて行った。

亀山が仮眠室に消えて3時間が経った頃、仮設の本部に電話が鳴り響いた。テレビを眺めていた近藤が受話器を取る。

「はい、臨時現地本部です」

電話は酒屋の店主からだった。中学生の息子が魚釣りをしていたら何かの雄叫びを聞いて血相変えて帰って来たと言う話を早口で捲くし立てられた。息子はこっ酷く叱られてへそを曲げ部屋に閉じ篭っているらしい。

「分かりました。話を聴きに伺います。」

受話器を置くと同時に仮眠室へ飛び込んだ。いびきをかく亀山を揺さぶる。寝ぼけた表情で目を開けた亀山だったが、近藤の顔色を見て何かを悟ったらしく飛び起きた。

「どうした」

「酒屋の倅が魚釣ってて何かの雄叫びを聞いたらしいです」

「…………分かった」

立ち上がって制服を正し、応援の30名中5名を引き連れて車に分乗し酒屋へと急ぐ。頭の中であれこれ考えが巡るが一考に纏まらない事にイラつきを覚えながら見慣れた村の街並みを眺めていた。

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