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異形の咆哮  作者: onyx
2/14

対策

重苦しい空気のまま彼らは会議室で夜を明かした。役場の職員と消防団員も召集され、緊急の対策会議が夜通しで行われたのである。村の総人口は約700人近く。もし村から一時的にも避難せざるを得なくなった場合この人数を1回や2回の輸送で運ぶのはどう考えても不可能だ。現在の被害はサカリ山から中指山に掛けた一帯である事から、手近な獲物を食い尽くして人里に降りて来るまではまだ幾らか時間があると見て良いだろう。だが相手が人間の肉の味を覚えてしまった以上ゆっくりはしていられない。獲物を捜し求めていずれは人家を襲う事態に発展するのは目に見えていた。

距離的に最初の被害が予想されるのは、最初の犠牲者が出た「白糸の滝」方面に近い橋立集落である可能性が高い。今日中にでも若い人間を集めて事態を説明しなくてはならないだろう。同時に県警本部へ通達を出し、機動隊による封鎖と場合によっては自衛隊の出動を要請する事態になると考えておくべきとの結論から、早急的な封鎖作戦の立案が始められた。

「フェンスなんかで封鎖した所で効果はないでしょう。電流を流した柵か何かが一番かと…」

「熊や牛を退けれるレベルの電流柵を設置すれば村への電力供給が」

「焚き火でもすれば流石に」

会議は一進一退。あーでもないこーでもないと議論が飛び交った。疲労の色が濃い亀山は一旦会議室を出て外の喫煙所へと向かった。情けない顔をした前原がその後を追う。

「亀山さん」

「ちょっと疲れた、少し休ませてくれ」

「そんな」

「今年で50半ばの体にはオーバーワークだ。」

「頼みます。ここは年長者の意見が」

「警備実施なら君の方が」

「亀の甲より年の功ですよ。」

「ずっと刑事畑でしかも今現在は只の駐在警官に警備実施担当なんか勤まるか」

前原を振り切って役場の外に出る。既に日の出を迎え、空がゆっくりと明るくなりつつあった。少し肌寒い空の下で紫煙をくゆらす。

(…………どうする)

一応大学を出て警察大学校からエリートコースを歩んだ前原が泣きそうなのも痛いほど分かる。想定外の事態に際し、年長者の意見ほど頼りになる物はない。だが自分がそこまでの器でない事など当の本人が一番理解していた。40後半を迎え、今さらながら家族に気を配れるようになってからは危ない所に出ないと誓っていたのだ。

「………………はぁ」

ここ一番のため息を吐き出す。どうしたらいいか。それだけが頭の中を駆け巡っていた。

「班長」

コーヒーを持った近藤が現れた。紙コップを受け取って熱い液体をゆっくりと流し込む。隣に座った近藤もそれに習った。暫くの沈黙の後、近藤が口を開く。

「上に投げましょう。こっちはここで出来る事を考えればいいです。全体的な指揮は全部上に投げましょう。」

それも1つの手だ。だがイマイチ釈然としない。納得が行かないと最後まで首を突っ込みたくなるのが亀山の刑事時代からの悪い癖だった。

「…………そうだな」

コーヒーを飲み干して煙草を吸い切り、幾分かスッキリした顔で再び会議室へ入った。書いては消されて汚くなったホワイトボードの前に立つ。

「月並みではありますが考えがあります。」

そう言って場を制した。ホワイトボードに書き込んでいく亀山を全員が見つめる。

「まず、奴さんを村へ入れないため等のフェンスは設けません。2回目の襲撃から相手は人間と言う美味い生物を認識していると思われます。これは相手の警戒心を煽り、かえってそこに人間が居ると思わせる可能性があるからです。」

誰も反論を唱えない。出口のない議論を重ねるより新しい意見を聞くべきと全員が思っているようだ。

「加え、これはその後に機動隊もしくは自衛隊による捕獲或いは駆除の作戦を行う際に行動しやすいようにと言う思惑があります。装甲車輌等が通行する場合にこのような障害あっては随伴する人員も逆に動きにくいでしょう。続いて入山については厳しくこれを規制致します。例えそれが自分の土地の山であってもです。また、橋立集落の住民につきましては本日中に集められるだけの人間を集めて事態を説明します。避難指示や勧告が発せられてからの準備ではなく、前もって避難出来る準備をして貰います。役場の職員、消防団の皆さんに当たりましてはこの説明を厳密に行って頂きたく思います。」

生物の接近が発覚した時点で村を既に無人の状態にするのが一番だと亀山は考えていた。その上で自衛隊による銃火器を用いた作戦を展開するのも良し、麻酔銃や睡眠薬を混ぜた餌による捕獲作戦を行うでも良しだ。取りあえずこの遅々として進まない現状を打破したかった。

「続きまして役場を中心としたネットワークの構築を急いだ方がいいでしょう。少しでも怪しいと思った場所には近付かない等の勧告を出し、それらしき物を見掛けた場合でも役場もしくは駐在所へ一報を入れるようにとの通達を出します。目撃情報からある程度は相手の行動範囲を割り出せるかと思います。」

その後、会議室は亀山の独壇場と化した。明朝6時を迎え、役場の職員と消防団員たちは一斉に持ち場へと散っていく。正午過ぎには橋立集落の住人が役場に集められ緊急の説明会が行われた。村で生まれ、村で育った高齢者達の反論が多かったが、近藤による「ここで育ったあなた方が何かおかしいと感じた正にその時が一大事なのです。山の雰囲気が普段と違うと感じれるのはあなた方だけです。」と言う発言で全て押し黙ってしまった。確かに地すべりや津波が起きる前にいつもと違うと感じとれるのは経験の長い人間だけだ。今はそれしか便りにならないのも事実である。


駐在所

「はい、分かりました。よろしくお願いします。」

受話器を置いた前原を亀山が見つめる。上野原署に一報を入れたのだ。

「…………どうだ」

「県警本部に要請を出すそうです。加えて今日中に応援30名が到着します。」

「俺には事態が起こってから右往左往する本部しか見えんがな…」

「正直自分もそうです…」

前原も疲労の色が濃かった。30前半でこんな異常事態に遭遇すれば仕方のない事だろう。

「前原君、帰って休みなさい。」

「しかし」

「部下も帰宅を希望する者は帰しなさい。長丁場になる。」

「…………分かりました」

自分も家族を実家に帰す算段をしなければならなくなりそうだった。こんな危ない所には置いておけない。前原と帰宅を希望する部下を見送った後で、駐在所の人間も一度帰宅を希望する人間は家に帰した。そして駐在所には自分と妻だけになる。

「恵子」

「どれぐらいになりそう?」

「一ヶ月がそこいらか…まだ分からない」

「三ヶ月も事件を追っかけて、家に周に1~2回しか帰らなかったあの頃に比べれば丸くなったわね」

「止してくれ。」

「はいはい」

荷物を纏めた妻は夕方に車で村を出て行った。暫くは静岡の義実家に帰す。連絡は既に入れたので大丈夫だろう。90を前にして未だ元気な義父に「君は昔から云々」と小言を言われるのも慣れたものだ。これが最後になるよう努力しますと何度言ったかはもう覚えていない。精々それが自分の命の終わりとしての最後にならないよう気を付けるだけだ。父親で夫である前に1人の警察官である。この駐在所とここに勤務する4人の部下の命を預かる責任もあった。逃げる訳にはいかない。

(…………さて)

後は最善を尽くすだけだ。どういう結果になろうとそれはこっちの責任ではない。そう思わなければ何かに潰されそうだった。今日からは暫く役場に缶詰になるだろう。対策本部として完成しつつあるそこで、後に到着する警備陣が指揮をしやすいようにお膳立てをして置かなければならない。

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