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異形の咆哮  作者: onyx
12/14

役場前

役場に後退して来た県機23と銃対隊員たちが集まる。狙撃01は弾切れになったのでハンターチームを引き連れて先ほど後退していった。負傷者は役場の車や覆面車に乗せて刑事達が後送し、役場内ではここで治療が出来る負傷のレベルのみに限って太田医師が処置を行っている。

県機01は第2次阻止線への集結を中断し、元居た第1次阻止線へ戻り始めていた。この状況で集まってもヤツの餌になるだけだ。どっちにしろもうここへ来るのは避けられない。近藤が腕時計を執拗に見てはブツブツと小声で残り時間を呟いた。

「あと8分」

全員のイライラが爆発しそうだった。亀山が県機23を束ねる渡部を呼び寄せて話し始める。

「ゲンポンと一緒に逃げて下さい、後は我々が何とかします」

その言葉に渡部の顔が歪んだ。疑問を隠さずぶつける。

「何をする気ですか」

「どうにかしてこの役場の中にあいつを引きずり込んで、閉じ込める作戦を考えました。そこのポンプ車もそのために持って来た物です。」

無謀と言う文字が頭の中に浮かぶ。たった数人の駐在でそれが出来たら苦労はしないだろう。

「バカを言わないで下さい、飛び掛かられでもしたらお終いです。やるなら全員でやるべきだ。」

「まだ1人当たり100発近くは余ってます、バーストでならもう少し時間を稼げます」

銃対分隊長も口を挟んで来た。第1次阻止線に居た分隊と違って負傷者も少なく、まだ闘志がみなぎっている。県機23にしてもここで逃げ帰る訳にはいかなかった。この場に居る全員の視線が亀山に集まる。そこへ役場裏のバスに陣取る柴田からの無線が入った。

「丸投げに聴こえるでしょうが、指揮をお預けします。自由にやってみて下さい。」

「…………それは」

「時間がありません。どちらにせよあと数分は稼がなければならないのです。」

「……人員をお預かります」

「お願いします」

前代未聞な判断だろうが、ここまでヤツとやり合って来た人間の方が半日前に到着した人間より柔軟に動けるだろうと言う考えもあった。ただ備えておくだけだった筈のプランを実行に移すべく指示を飛ばす。

「県機23は役場2階、前原君以下全員は3階から思い付く限りの行動でヤツを挑発。拳銃も自由に撃ってくれて良いがガスは控えてくれ。銃対は役場正面入り口から射撃してヤツを引き付けて欲しい。筒先は我々駐在が受け持つ。」

筒先に志願してくれていた刑事数名が面食らった表情をしたが、やがて微笑に変わっていった。全員が割り当てられた配置へと走っていく。亀山以下の駐在警官たちもポンプ車に取り付いて準備に入る。

「放水の開始と同時に逃げて下さい、軽トラを用意してあります」

「しかし」

「何かあっても食われるのは我々だけで防げます。民間人の被害があると色々と面倒でして。」

察したらしく消防団員もそれ以上の追及を止めた。黙って送水の準備を進めていく。

「来ました」

ヤツがとうとうここまでやって来た。ずっと遠くから見ていただけにその大きさに改めて驚かされる。頭に思い描いていたのとかなり違う結末を迎えそうになっているのを、亀山だけでなく駐在の全員が思っていた。警備陣に引き継いでさっさと後退し緊急配備の手伝いをするぐらいだろうと思ってたのがこれである。気付けば自分たちがこの騒動の中心となっていた。


同時に2階と3階から野次やら銃声が聞こえ始める。携帯のアラームや音楽を最大音量で鳴らす者、これまでの鬱憤を晴らすような汚い言葉を発する者とそれに笑う者、ただ単に欲望を大声で言葉にする者など、全員がすっかりこの場の空気に毒されていた。そんな状況を尻目に銃対隊員たちは役場の入り口前に集結し準備を進める。

「単発かバーストのみ許可する、こっちに気を引ければそれでいい」

「撃たなくてもこっちに来そうですけどね」

「来たら全力で中に逃げ込んで2階へ上がるぞ」

「準備よし、いつでも」

銃対の準備が整った。弾倉は残り3~4個。全力で撃てば5分もしないで弾切れだろうがそれでも構わない。あともう少しだけ戦えればそれで十分なのだ。亀山が射撃を下命する。

「始めてくれ」

「了解」

射撃が始まる。脚や胴体に弾丸がめり込むが、ヤツはそれを意に介さずこちらへの歩みを止めようとしなかった。ゆっくり近付いて来る。

「お願いします」

「はい!」

消防団員がレバーを捻ると、潰れていたホースが一気に太くなった。水柱が飛び出していくがヤツには当たらずにただ水を撒き散らしている。筒先を抱える亀山たちが水圧に負けているのだ。消防団員が思わず駆け寄る。

「大丈夫ですか!」

「いいからもう逃げて下さい!何とかして見せます!」

そこへ明らかにうまくいっていない状況を感じ取った銃対隊員数名が前に出て来た。消防団員を下がらせて何人かが放水に加わるといい具合にコントロール出来るようになり、ヤツの顔面に強力な水柱を当てられるようになる。踏ん張っているようだが確実に嫌がっているのも見て取れた。

「いいぞ!このまま当て続けろ!」

その発言の直後、ヤツが斜め前に猛然とダッシュした。慌てて筒先を向けようとするが逆にバランスを崩してホースが暴れだし全員が思わず手を離してしまう。水浸しになりながらその場から離れるも既にヤツとの距離は30mを切っていた。

「役場に逃げ込め!中に入り込ませればそれだけでも十分だ!」

「退避!退避!!」

全速力で役場に逃げ込むがヤツもそれを追って走り出す。距離が瞬間的に縮まっていくそこへ、山梨県警のパトカーがサイレンを鳴らしながら割り込んで来た。急に現れた存在にヤツが驚いて足を止める。パトカーはそのまま左回りに車体を滑らせて停車し、肩に「SAT」の徽章を着けた3人の隊員が降りて来てサブマシンガンの猛烈な射撃を浴びせ掛けた。

「SATだ!」

「支援するぞ!射撃用意!」

銃対も加わろうとしたが1人のSAT隊員が左手をかざしてそれを制した。なぜ拒否するのか考えていると、目の前に装輪装甲車が現れてヤツとの間に壁を作るように展開。車体上部のハッチから身を乗り出した陸自隊員たちが小銃や機関銃をヤツに突きつけた。

「撃っ」

耳を塞ぎたくなるような銃声が響き渡る。拳銃弾よりも遥かに強力なライフル弾を全身に浴びたヤツはこれまでにないダメージに驚いて一目散に逃げ出した。しかしそれを許す筈もなく重機関銃を搭載したジープが追撃し、コンクリートすら破壊出来る弾丸をヤツの後ろ足に撃ち込んでこれを粉砕。分厚い肉片と骨が飛び散ってうまく歩けなくなった。悲鳴を上げて足を引きずりながら尚も逃げ出そうとする。

「1班射撃用意、2班は待機」

2両の軽装甲機動車が現れた。どちらも銃座から無反動砲を構えた隊員が見える。距離と位置取りに注意しつつ射撃位置に就いた。だがヤツはその追撃から逃れようとして人家の敷地に侵入しそのまま川の方へと落ちて行った。降車した陸自隊員たちもそれを追う。

「2班は先回りして頭を抑えろ、1班はそのまま追撃」

「バスで道が塞がれてます、車両はこれ以上進めません」

「1班、聴こえたな?そこで仕留めろ」

徒歩での先回りは移動速度を考えると先回りにならない可能性があると言う事だ。それを聴いた1班の隊員たちがその場で射撃体勢に入った。無反動砲を構える隊員のすぐ横には次弾を抱えた隊員が素早く装填出来るよう準備を整えている。

「よーい、撃っ」

轟音が鳴り響いた。撃ち出された砲弾はヤツのすぐ傍に着弾して炸裂。ヤツは衝撃で真横に吹き飛ばされ、体の半分に破片が突き刺さった事で移動が更に困難になった。しかしそれでも逃げようとまだもがいているのを、無反動砲の砲口が睨み続けている事などヤツは知らないだろう。

「装填」

「装填良し!」

流れるような速度で次弾の装填が終わり、再び轟音が鳴り響く。

撃ち出された2発目は見事ヤツに食らい付いて爆発した。毛皮・皮膚・筋肉・骨・臓器を諸共に四散させ、体も半分以上がなくなっている。川にヤツの血が流れ出し、下流に向けて赤い流れを作り始めていた。小銃で何発か威嚇を行った後で完全に動かなくなったのを確認した1班の班長が無線に状況を知らせる。

「こちら1班、目標を制圧。繰り返す、目標を制圧。」

「了解、各員は役場前に集結せよ」

役場の前には後続の衛生部隊や救急車が展開して負傷した警官たちの手当てや応急手術、後送が始まっていた。最も警官たちの殆どは疲労がピークに達して重装備のまま座り込む者や寝そべる者が目立っている。

「……………関わり過ぎましたね」

「全くだ」

近藤と亀山もそんな中で煙草を燻らせていた。陽はすっかり昇っていて温かくなっている。こんな物々しい風景でなければ何時もの村の朝を感じさせる陽気だ。そこへ柴田と共に1人の陸自隊員がやって来る。階級はあまり把握してないが、恐らく指揮を任せられた人員なのだろう。

「第34普通科連隊より参りました安本一尉です」

「山梨県警小菅村駐在所班長、亀山警部補です」

「横槍を入れたようで大変申し訳ありませんが、今日に至るまでの一連の流れをお聞かせ願いますか」

「中に入りましょう」

柴田・亀山・安本の3人が役場の中へと入っていく。それを見送った近藤は立ち上がり、新たに現地入りした救急車の誘導を手伝うべく喧騒の中に混ざって行った。


「…………よくここまで持ち堪えられましたね」

「まぁ………全員の協力がなければ無理でしたな」

これまでの状況を可能な限り掻い摘んで話した。自分にしてもよく怪我なくやってこれたと思う。

「所で、どう言った命令でここへ来られたのですか」

「最初は県警からの要請がありました。それから間も無く連隊本部より師団司令部を通して命令が通達されたのです。」

ふと疑問が浮かぶ。素性の良く分からない敵を相手に随分と纏まった装備で来たように見えたのだ。

「……災害派遣ですよね?」

「表向きはそうでしょう。これは話すべきじゃないのかも知れませんが、最初の話では後方支援部隊は一切抽出しない事になっていました。」

「……………じゃあ今ここに救急車やそちらの衛生部隊が来ているのは」

「ええ、想像でしかありませんが、何かしらの政治的背景があると思って良いでしょう。目標の排除さえ出来れば御の字だったのに今こうやって後続の部隊が来ていると言う事は、最初の命令の方針に変化があったのだと思います。」

つまり、手の届かないもっと上の何所かでこの一連の事件を知っている人間が居ると言う事だ。思わず柴田を見やるが苦笑いで返される。

「申し訳ありません。私も県警本部からは陸自が来るまで取り仕切るようにとしか言われていませんので。」

空恐ろしくなった。同時にこれまで亀山を突き動かしていた首を突っ込みたくなる衝動が急激に萎えていく。これ以上この件に深入りしてはいけないのだと強く思った。

「……分かりました、これ以上考えるのは止めましょう。良くない結果を起こしかねない。」

「では、それぞれ持ち場に戻りましょう。仕事は山積みです。」

柴田がその場を終わらせた。それぞれにやり切れない何かを残し、事件を収束に導くための仕事へと取り掛かっていく。

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