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異形の咆哮  作者: onyx
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第2次阻止線

県機01の有志による時間稼ぎを利用し、第2次阻止線では新たな作戦が展開され始めていた。散り散りとなった県機01の隊員たちへは横道や民家の裏手を伝っての集結を厳命。第1次阻止線で実行を断念したガソリンの撒布をここで行う事にした。幸いな事に第2次阻止線までは完全な1本道である。民家との距離は十分にとった上での実行だった。着火による炎を突破された場合に備え、路上には不規則にトラバサミが仕掛けてある。そしてバスへの突進を考慮して車体の数m手前に熊避けスプレーを撒布した生ゴミをバリケードの如く積み上げた。ここにおいてもヤツの嗅覚を逆手に取った作戦である。全てが急ピッチで進められていく。

積み上げた生ゴミにスプレーの撒布が終わった隊員がこちら側に戻って来たと同時に、バスが再び阻止線そのものとなるべく道を塞ぐ光景を亀山と近藤は見つめていた。そして負傷した銃対の隊員たちを役場のハイエースに収容し終わる。正直あのレベルの負傷だと太田医師が設けた緊急処置室では手に負えそうにない気がした。このまま後送するのが良いかもしれないが取り合えず運び込まなくてはならないだろう。

「収容完了しました」

「小菅1から本部、これより負傷者を後送する」

「本部了解、警視03が役場の入り口で控えてる、彼らに車両を任せろ、そのまま病院へ運ぶ」

「小菅1了解」

ハイエースが第2次阻止線を離れていく。この時点で第1次阻止線の崩壊から約15分が経過していた。あと45分間、どうにかしてでも時間を稼ぐ必要がある。出来る事がないかと運転しながら頭をフル回転させた。役場の入り口で待機していた4人の刑事に車両を預け、ハンターチームと狙撃班の陣取る屋上へ足を進める。屋上からは第2次阻止線の物々しさがよく見て取れた。ヤツは民家の陰に居るらしく今は見えていない。散発的な銃声が絶望的な時間稼ぎを物語っていた。狙撃チームの邪魔にならない場所で煙草を燻らす。

「班長、何をする気ですか」

ペットボトルのお茶を持って来た近藤が横に座った。どうやら只ならぬ顔をして考え事をしていたらしい。

「もう少し時間を稼げる方法がないか……とな」

「車でもぶつけますか?」

「そいつは最後の最後だ」

「じゃあどうします」

「それを考えてるんだよ」

この期に及んでまだ関わりを持とうとする亀山に近藤は若干辟易していた。自分たちのキャパシティなんてとっくに昔に通り越しているのにそれでもまだ何かを模索している。やろうと思えばまだ刑事畑で働いていた筈だが、こんな山奥の村で駐在になった理由が何となく分かった。必要以上に事件に深入りする癖は時に自らを滅ぼしかねない。だからあえて何もない所を望んだのだろう。

そんな近藤を余所に亀山の脳内は動き続けていた。銃で太刀打ち出来ないようなヤツに何が有効だろうか。なるべくこちらが怪我をするリスクは軽くしたい。ダメージを追わせる必要もそこまでない。取りあえず前進を阻害出来ればいい。

「…………そうだ」

「……何です」

「消防団は何所にいる」

「大久保の方に下がってます、池之尻と田元の住民たちを温泉に集めてそこから避難を指揮してる筈ですが…」

「人数は最低限でいい、消防車をこっちに寄越させてくれ」

「消防車?」

近藤の疑問に答える間もなく走り出した。手透きの刑事を集めて作戦を説明する。実行に移す機会があるかは分からないが備えるに越したことは無い筈だ。


その頃、第2次阻止線に展開する銃対隊員たちがヤツの姿を肉眼で捉えていた。歩きながらゆっくりと近付いて来る。ガソリンを撒いた場所まではまだ距離があった。バスが少しだけ動き、人が1人分通れるぐらいの隙間が開く。志願者から更に選抜されて選ばれた機動隊員がガソリンの入った一斗缶から手拭いを巻きつけた木の棒を取り出した。足には自信があると言う事だが、ヤツと対峙して何所まで冷静でいられるかは分からないのは本人もである。ジッポライターで火を点けると炎が瞬く間に燃え上がった。

「いいか、余計な事は一切考えるな。屋上の狙撃チームもここなら十分有効射程だ。その松明を投げるも直接地面に置くも自由だ。後は全力で走って戻って来い。」

ここを取り仕切る渡部小隊長が松明を持つ隊員の肩を叩く。比較的落ち着いているように見えるが不安は拭えない表情だ。

「了解、何かあれば川に飛び込んででも戻ります」

「県機23から狙撃01へ、これより点火作業に入る。援護を頼むぞ。」

「狙撃01了解」

「警視01及び02は役場付近に展開、壊走に備える」

「県機04から本部、何人か人員を送る、使ってくれ」

陸自の到着まで残り約30分。ここで絶対に食い止める必要はないが、状況を少しでも楽にしなければならない。亀山たちも今そのために走り回っていた。

「行きます」

松明を持った隊員が走り出した。生ゴミの山を避けて脇から道路に出る。県機01の銃声はもう聞こえなかった。全員弾が切れたらしい。色んな事が浮かんでは消える。同時に狙撃01の援護射撃が始まった。何発かが目の近くに当たったようでヤツが大きく身じろぐ。トラバサミに注意しつつ呼吸を整えながらガソリンの染みた一帯まで走った。気付かれてはいないがそれも時間の問題である。

しかしここで突然ヤツの動きが変わった。狙撃チームの執拗な援護射撃と漂うガソリンの臭いで状況が分からなくなりパニックを起こしたのか、走り出して目の前の民家に突っ込んで行ったのだ。それも運悪く引き戸の古い民家だったようで、戸ごとぶち破って家の中に消えてしまったのである。血相を変えた狙撃01が無線に大声で叫んだ。高台からその状況が見えていた森川も同じように叫ぶ。

「県機01!逃げろ!民家に突っ込んだ!」

「森川だ!川の方に居る隊員は阻止線まで戻るか川に飛び込め!」

「松明を捨てろ!戻って来い!」

隊員は渡部の声を聴く前に松明を捨てて走り出していた。さっきのようなランニング調ではなく全力疾走で走る。バキバキと言う音が聞こえて少しだけ振り返ると、ヤツが民家から民家へと家を破壊しながら有り得ない速さで移動しているのが見えた。速度を上げてなりふり構わず走る。「ブオォッ」と言う唸り声が聞こえたような気がしたがそれも気にせず走り続け、何とか阻止線へ辿り着いた。

「県機23から狙撃01、状況」

「狙撃01、止まったようだ。鉄筋コンクリートの建物にぶち当たったらしい。」

比較的最近に建てられた鉄筋コンクリートの家で前進を阻害されたようだ。ダメージがあったようで、少しフラつきながら道路に躍り出る。位置的にはかなりこちらへ近付いてしまっていた。ガソリンを撒いた一帯は既に通り越し、生ゴミの臭いが風に乗って届くぐらいの場所に居る。


「大分近付いたらしいな」

「出番が回って来るかも知れませんね」

亀山たちは役場の入り口で準備を進めていた。そこには消防団から拝借した小型のポンプ車が鎮座している。人員も操作に必要な最低限しか寄越して貰っていない。筒先は刑事たちが志願してくれた。

「前原です、川の方へのホース設置が完了、戻ります」

「了解、前原君もこのまま逃げてくれ」

「ご冗談を。最後までお付き合いしますよ。」

亀山以下の駐在警官と前原率いる10名弱の刑事たちが、阻止線の崩壊に備えていた。小型とはいえポンプ車の放水は消火栓よりも強力である。水は川からくみ上げるので無尽蔵だ。これでヤツの前進を阻みつつ誘導し、何とかして役場の中まで引きずり込んで外からシャッターを閉めて中に閉じ込める作戦だ。シャッター自体がヤツの体当たりに耐えられる回数も分からないが、10分ぐらいは稼げるだろうと言う目論見があった。

「全員拳銃を確認」

ホルスターから拳銃を取り出す。まだ1度も撃っていないが、そろそろ出番が来ると思っていいだろう。予備の弾もなるべく均等に渡していた。重ね着した防刃防弾ベストを確認し合いつつ思わず腕時計を見やる。

「あと20分……」

「少しぐらい早く来てくれる事を祈りたいが何しろ山道だ。時間通りといかないなら我々の出番となる。」

「覚悟は出来ています」

熊避けのスプレーも出来るだけ用意した。第1次阻止線の報告では多少なりとも効果があったらしい。銃創等で傷口に染みた事もあるだろうが、何もないよりはマシである。そうこうしてる内にとうとう第2次阻止線から連続した銃声が鳴り響いた。銃対の攻撃が始まったらしい。


「出来るだけ足か顔を狙え!動けなくしろ!」

トラバサミはヤツの足が太すぎて中途半端にしか動作しなかった。しかし全くダメージがなかった訳ではなく、明らかに痛そうな素振りはみせている。そこへ間髪入れず射撃が始まった。

「狙撃01、残弾が僅かだ。攻撃を控える。」

「県機23了解、ハンターチームに退避準備をさせてくれ、これ以上民間人を危険には晒せない」

「了解」

その会話を遮るかの如く、地を這うような雄叫びが聴こえた。銃声すら掻き消すようなものが響き渡る。

「来るぞ!」

「撃ち続けろ!」

凄まじい速度で近付いて来た。そして、今度は明確な意思がある事を車内に居た全員が悟った。第1次阻止線の時のように車体の中央ではなく、端の方を狙って突っ込んで来ているように見える。

「集まれ!攻撃を集中させる!」

端の方に集まって濃密な射撃を行う。しかしヤツはそれを物ともせず、生ゴミの山すら突っ切って激突して来た。衝撃で車体がこちら側へ傾きテールライトの破片が飛び散る。

「車外に退避!隊列を組んで応戦するぞ!」

銃対隊員が何人か外に出た所で信じられない事が起きた。バスが持ち上がったのである。引っくり返されはしなかったが、ジリジリと空間が広がっていった。

「とんでもないヤツだな」

「下がりましょう!距離をとらないと危険です!」

「全員弾倉を交換しろ、こちら側に出たら一斉射撃を行う」

ヤツの前面に立ちはだかるように銃対が展開。県機23はその後ろに就いた。膝立ちで大盾を構える隊員の後ろからはガス銃が突き出され、更に拳銃の射撃部隊が続いている。

「あと14分か」

「もう少しだ、気をしっかり持て」

ドスン!と音が鳴り響いた。ヤツが車体を置いたようである。隙間から血まみれの巨大な毛むくじゃらが姿を現した。荒い呼吸と唾液を滴らせている。分厚い前足から夥しい出血も見えた。

「3・2・1、撃て」

文字通り銃弾の雨が降り注いだ。ガス銃も鼻先に向けて催涙弾を撃ち込む。しかし、またヤツは我々の常識を超えたパワーを魅せ付けて来た。こちらに全力で突っ込んで来て銃対を力任せに蹴散らし、後ろに居た県機23をも吹き飛ばしたのである。大盾を構えていた隊員は盾ごと突き飛ばされて気絶。更に鋭い爪を振り回して周囲の数名を斬り付けた。やはり接近戦は危険過ぎる。距離があるからこそ戦えていたのだと思い知らされた。

「退避!退避!」

「狙撃01、援護する、早く逃げろ」

「県機23から本部!突破された!直ちに後退する!」

銃対が撃ちながら県機23の後退を支援。狙撃01も残り少ない弾丸で援護してくれた。気絶した隊員数名を引きずって大急ぎで逃げる。時間は残り10分を切っていた。

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