プロローグ~Arid road~
乾いた土地を、1台の車が走っていました。
ランドローバー・ディフェンダーという車で、車体の色はもともと白だったようですが、もう砂で汚れて
すっかり茶色になってしまっていました。
そんな車の中には男女2人の人間が乗っていました。
右側の運転席には女性が、左側の助手席には男性が。
2人とも年の頃で20代半ばほど。
「あーあ、それにしても、中国での任務だって聞いて、久しぶりに本場中華が食える!と息巻いて来てみれば・・・」
助手席の男性がどもまでも続く茶色い地平線を眺めるともなく眺めながら切り出しました。日本語でした。
「なぁんで、空軍基地に着いて早々からこんな何も無い乾燥地帯に送られるかねぇ・・・。涼しいオフィスでデスクワークのほうが良いよ俺は」
「デスクワークもロクにこなせないのに、何を言ってるんだかこの人は・・・」
そんな愚痴を吐き終わった男性のほうを見ずに、運転している女性が答えました。
しばらく走っていると、前方にぽつんと、止まっている車と人が見えてきました。
「ホント指示通りだから凄いよ」
男性はそう言いながら、後部座席に身を乗り出して豊和重工業製の改良型89式自動小銃―――を取り出し、
席に着いてから左側へ折りたたまれていたストックを展開しました。
銃身はオリジナルの89式より少し短く、89式では標準装備となっているバイポッドは、ありません。
代わりにレシーバーとハンドガードには光学サイトやフォアグリップ、ライトなどが装着する事ができるピカティニー規格の20ミリレイルが標準装備されています。
事実、男性の改良89式にはサイトロンジャパン製のドットサイト、タンゴダウン社製のフォアグリップ、シュアファイア社製のライトがデバイスとして取り付けられていました。
2人の乗ったランドローバーが、その車と人に近づいて止まりました。
砂煙が巻き起こり、すぐにそれは風で流れていきます。
止まっている車はトヨタの大き目のピックアップトラックで、周りにいる人は、荷台に縛られている二人を合わせれば6人。
荷台に縛られている2人以外の4人はそれぞれ主にAK系のアサルトライフルで武装していて、顔はストールを巻いて見えないようにしてありました。
ランドローバーからまず男性が、次に女性が降車して
トラックのほうへ近づきます。
ストールを巻いている人達は、それをじっと見ています。
やがて1人のストールの男が、2人に話し掛けます。
「やぁ、遠いところご苦労さん。見たところやっぱりどっかの諜報機関か?」
英語でした。
「いえいえどうも。あと最後の質問には何とも」
女性も英語で答えます。
「やれやれ、答えてるようなもんじゃねぇか」
「触らぬ神に祟り無しだよ、おっちゃん」
男性がストールの男にそう言って、ストールの男は少しむっとしましたが黙りました。
「さて、こいつらね」
女性は荷台に縛られている2人を見て、切り出しました。
2人とも、中央アジア系の目鼻立ちをしていて、きつく女性を睨みつけていました。
程なくして、2人はストールの男によって荷台から降ろされました。
「単刀直入に聞くわ。この写真の男に見覚えは?」
女性が手に写真を持ち、縛られた2人に見せながら問い掛けました。
ちっとも感情の篭ってない、果てしなく事務的で面倒くさそうな口調でした。
「はいこれ、ご苦労様」
そんな中男性は、さきほど話し掛けてきたストールの男に紙切れを渡していました。
縛られた2人は、女性を睨みつけながら、口は何も喋ってやるものかと伝わってくるほどしっかり閉ざされていました。
「ははぁー、口止めはしっかり出来てるのね・・・んとにもう・・・」
うな垂れてそう言いながら女性は腰に装着していた合成樹脂製のホルスターからシグP226自動式拳銃を素早く抜き取って
ぴたりと縛られている2人のうち右側の1人に向けました。
二人は一瞬少しばかり顔がこわばりましたが、やはり何も言いませんでした。
ちょっと離れたところからそれを見ていた男性は
「あーあ、可愛そうに。彼の寿命今日で終わり」
つぶやきました。
「おい・・・まさか本当に撃たないだろうな?」
ストールの男は男性に尋ねましたが、
乾いた発砲音が一回、その場に響きました。
女性の持っている拳銃の銃口から、空気を切り裂いて直径およそ9mmの塊が射出され
その弾頭は右側の人の脳天に命中し、そのまま頭蓋骨や脳組織を粉々に破壊しながら貫通して、後ろに血と脳漿と頭蓋骨とその他色々の破片が混じったものを飛び散らせました。
少し遅れて金色の空薬莢が地面に落ちます。
即死でした。
さっきまで生きていた人物の血と脳味噌を浴びた、もう1人の縛られている人は
「う!うっ!うわぁぁぁ!やめてくれころさないでくれ!その男には見覚えがある!先週も会った!最後に会ったときは・・・し、上海に行くといっていた!きっと彼はそこだ!」
何かが吹っ切れたように中国語で早口で喋り出しました。
顔にはじっとりと脂汗が。
「恐ろしい女だな・・・」
ストールの男はしかめっ面で呟きました。
「まぁ、あれが効果的なんだよね。彼女が撃った方は格下だから、持ってる情報量も少なかっただろうし」
「そうだが・・・。俺たちが苦労して捕まえたのをいとも簡単に殺されるとは・・・」
「それはなんというか、ごめん・・・。おっちゃん・・・」
「んじゃまぁ、道中お気をつけてな。お2人さん」
ストールの男が、男と女に向かって言いました。
後ろでは、さっき全てを自白した男が、やっぱり縛られたままトラックの荷台に乗せられていました。
「どうもありがと。それは好きにしていいから」
女性が縛られた男を首で指してそう言って
「はぁ・・・上海とか遠すぎ・・・」
男性のほうはかなりげんなりしていました。
「ふっ、お前らみたいなのは初めて見た。どうだ?今度、一杯」
そんなストールの男の提案に
「ヒマね。そんな時間あればいいんだけど」
「お酒苦手だからジュースあるところがいいかなー」
男と女はそれぞれ答えました。
ストールの男は、
砂煙を上げながら東へ走り去っていくランドローバーをしばらく見て、それからすぐに手を叩いて
「よーし、ずらかるとしようか」
他の男達にそう言って、程なくしてトラックは走り出しました。
西へ走り出しました。