中学一年生 〜涼のスタイル〜
主要選手タイム
No.1.山田四季(中1入学時)
種目 50 100 200 400
Fly 33.0 1.12.4 ----
Ba 36.0 1.17.8 ----
Br 38.5 1.20.5 3.02.8
Fr 31.2 1.07.9 2.21.5 ----
IM ---- 1.15.2 2.48.3 ----
個室1
「じゃあ、面談を始めます。何か、質問とかあるか?」
「俺の成長方針とか…ってありますか?なんていうか、不安で…」
「無い…な。今はFlyをメインにおいて持久力をとにかく鍛えて、200mをちゃんと泳げる選手になったらなーとは思っているけど、それ以上のことは全く考えてない。何せ、岡島の次の選手、というのが四季に対する飯田コーチの見方だったからな…」
このスクールの中学1年には 岡島 剛というエースがいる、小5の春から小6の春まで3回連続でJOに出ている。種目は50mBr。県内の現中1の、この種目での彼の次の選手とのタイム差は4秒…圧倒的である。
「まあ、そりゃあそうですよね。速い奴が常に優遇されるのが水泳ですから。でも、中3の時には抜きますよ。絶対に。」
「おっ、心強いなー。楽しみに待っとるとするわ。うーんと、四季と話すことはほとんど無いし、こんなもんでいいかー次呼んでこい。」
さて、次は誰を呼ぼうか。と、普通なら考えるところだが。
「涼呼びますけど…いいっすか?」
少し間をあけて、
「涼介かー…涼介のことについてなんだけど…お前は…お前の個人的な意見としては…涼介にどの種目を専門にやってもらいたいんだ?俺はそれがとても気になる。」
「俺は、Frの 400、200の選手が向いてると思う。」
思ったことを言った。すると、山井コーチはたたみかけるように言った。
「なんで、そう思う?今の状態からだと普通は、個人メドレーの選手だろ?なのに、よりにもよって、どうして競争率の高いFrなんだ?」
「Frは個人でダメでもリレーがあるし、何より、その種目、距離に関しては俺はあいつに勝てなくなるからね、絶対に。俺の控えなんていうポジションになるのは、モチベーション下がるだろうし、俺と被らせるのはダメだ。」
最もな理由だ。
「それが、本当の理由か?」
「そうですよ」
そう言いながら、四季は個室1を出た。四季は最後に右手の親指を立て、えくぼが出る程度の笑顔を浮かべていた。
「はぁ…」
山井コーチには、四季の考えが全く分からないでいた。確かに、四季と涼介では、四季の方がどの種目のどの距離も速い。更に、水泳歴は涼介の方が長いものの、選手コースに入ったのは、四季が小学2年生の春で、涼介が小学4年生の夏。およそ2年以上の差がある。
(涼介よりも四季の方が持久力がある。なのに、なぜ、「400、200」と、400をメインに考えたのだろうか?)
「失礼します。これからもしばらくお願いします。」
山井コーチがそんなことを考えてると、苛立ちを隠さずに涼介が入ってきた。
「言いたいことは沢山あるだろうけども、お前は自分の意思を貫け。」
「は…はぁ…何を言いたいんですか?全くわかりません。四季がキャプテンで、俺が副キャプテンなのは分かるし、さっき俺が下の班な理由は飯田コーチが言ってたじゃないですか?」
「それでも、俺は納得いきませんけどね。だって俺の方が速いし、練習も真面目だし、強いし、背も高いし…」
涼が目に涙を浮かべていたので、山井コーチは話を止めた。
「ストップ。泣くなよ?本当の理由を話すから。涼を上げるか、陽を上げるか…飯田コーチも悩んでたんだよ。だから、俺が陽を推薦した。」
と、山井コーチが、手のひらを涼に向けながら言った。
「今、涼。お前が速くなるためには…強くなるためには、四季といた方がイイんじゃないかと、俺が思ったからなんだ。「四季を飯田班に上げないなら、俺に四季と涼介を任せて下さい。」て、言ったんだよ。俺が。大丈夫だ。安心しろ、俺の中では、四季の次は涼の方が評価高いから、半年間…今年の秋の JSCCで、選手としての格の差を大きくつけさせてやる。」
JSCC…通称ジュニア杯。ASの予選に当たる大会。JSCは、全国展開されている、各県に一つあるスイミングクラブである。この大会は、そのJSC系列の、ブロックごとのスクール対抗の大会である。スクール対抗なので、チームごとに順位で与えられる得点があり、その合計点も競う。JSC木田は一昨年、県内では有名なコーチが辞めていて、その時に主力選手が大勢辞めてしまったので、去年の秋のJSCCは地区最下位という、大変残念な成績に終わっている。
「そうですか…」
「ああ、そうだ。俺からは今は何も教えられない。何故なら、俺はお前が…涼介が四季に全部で一回り下な選手にしかならないと、思ってしまったからだ。」
適当に聞き流していた涼が、ここで、山井コーチをジッと睨んだ。その目は怒りと、困惑と、敵意と…負の感情が混ざりに混ざった目だった。
「でも、四季はお前の方が速いと評価した。選手コースのコーチ歴は四季の選手コース歴といっしょ。水泳選手だったこともない。そして、俺は四季よりも速くは泳げない。見てる選手の量も同じ。人生経験は俺の方が多いかもしれないが、あいつの方が頭はいい。そんな奴が、お前の方が上だと評価した。あとは、プールで直接、四季から全部教えてもらえ。あいつは、お前を俺以上に見ているみたいだからな。」
「それ、分かったって…言うと思いますか?」
「そうだなぁ…言わないよ。でも、お前なら四季の話を聞く。」
選手コースになってから、涼介は常に四季を意識していた。四季は褒められると全てを、「俺は天才だから。」と、笑顔で返していた。それは涼介にとって、たまらなく嫌なことだったからだ。人間には生まれ持った「才能」と「環境」に差があると、涼介は強く思っている。その才能を、「俺が持っている」と目の前で、確かな実力で見せつけてくる四季は、涼介の才能を全て否定している者に見えたからだ。そんなやつに言われたことの、全て肯定することなど普通はできない。がしかし、涼介にはできる。涼介はとてもかしこいからだ。
「聞くだけは聞きます。でも、納得出来なかったら、聞き流します。」
「分かった。次は石田を呼んでこい。」
「分かりました。」
「涼のせいで、俺の仕事がまた増えたかぁ…Frの中距離の教え方なんて知らんのになぁ…はぁ…」
プールサイド
「やっときたか。おせぇぞ。」
「誰かさんのせいでより一層俺が不機嫌になったからな。」
「話は聞いたか?お前の種目は400のFrだって。」
「いいや…って、俺の種目400かよ、しかもFrって…「20分後」…は?」
「だから、20分後から、勝負しよう。種目は400mFr俺の全力をお前の横で見せてやる。だから、お前も全力で泳げよ。」
「分かった。アップ終わったらな。」
「そのための、20分だ」
20分後
「おい、石田。お前が俺らの合図とれ。俺と涼の400の勝負の…400だから、絶対に途中でプールに入るとかするなよ?」
「あ、はい。分かりました。」
「涼。やるぞ?」
「準備はできてる。」
今、このプールサイドにいるのは、石田、涼介、四季の3人だけだ。誰も泳いでいない。そして、誰も喋ってはいない。静かで、静かで、空気がピリピリとしている。それに気づいたのは、石田だった。
(四季さんの真剣勝負の前って、こんな感じなのか。もしかして、四季さんってすごい人なのか?…なわけないよな)
気を取り直して、石田は合図を出す。
「位置について…よーい・・ハイ!」
ドボーン…ドッドッドッ…バタバタバタバタ…二人の真剣勝負は始まった。
速いストロークでテンポ良く、タンタンタンと進んでいく四季とは対照的に、一かき一かき大きく、グイッグイッと進んでいく涼介。最初の50mのターンの時には既に四季の方が前にいで、差は広がっているばかりだった。
しかし、後半に入ってすぐに状況が変わった。
四季の足から出ていた水飛沫が、弱く小さなものになっていたのだ。それとは対照的に、涼介の足はまだまだ元気に動いていた。差は少しづつ少しづつ縮まっていき、ラスト25mで、涼介は四季を抜き、そのまま四季と差を少しづつ開けながら、かべにタッチした。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
勝ったのは、涼介だった。最終的に、身体一つ分の差が開いていた。
「俺の…勝ちか…」
「そう…だ。こういうのがぁ…出来るのが、お前なんだよ。だから、俺はお前に400Frの選手になることをオススメする。」
「分かったよ。四季の言うとおり400Frの選手を目指すよ。」
こうして、涼介の新しい才能が、四季のおかげで目覚めた…否、発覚したのだった。




