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宝石戦争  作者: 東条カオル
第三章 敵艦、見ユ
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第十話 空中戦艦を撃て(後編)

 クシロが何かに気がついた。彼女の動きを見たレオンハルトは、カエデが自分に何かを知らせたがっているのだろうと考えた。

 恐らくは、空中戦艦が砲撃を行う瞬間のレーダーの回復についてだろう。レオンハルト自身もそれに気づき、思うところがあった。


 電子妨害を受ける範囲を脱し、カエデとの通信を繋ぐ。


『隊長、あの電子妨害は砲撃の瞬間に解除されるのではないでしょうか』


 案の定、カエデの用件はそれだった。レオンハルトが同意する。


「君もそう思ったか。ならば十中八九、間違いあるまい。電子妨害さえなければ、それほど近づかなくてもミサイルを叩き込めるぞ」

『電子妨害解除から砲撃まではそれほど時間がありませんでした。いつでもあの砲を攻撃できる位置を確保し続けないといけませんね』

「ああ。そのためにも、まずはあの邪魔な護衛機を片付けるぞ」

『了解』


 やるべきことを確認し合った二人が再び電子妨害の圏内へと飛び込んでいく。


 全部で十六機の敵は、空中戦艦の対空砲火の下で相手をするにはいささか多いが、とは言え「血塗れの鷲(ブラッディ・イーグル)」レオンハルトにとってはものの数ではない。


「さあ、こちらはやることがあるんだ。さっさと退いてもらうぞ!」


 無造作にも思える勢いでレオンハルトが敵機の群れへと斬り込む。途端、複数のBol-31(フォックス)がレオンハルトを取り囲むように布陣した。


「ほう、私もずいぶん名が知られてきたらしいな」


 応える者のいない軽口を叩きつつ、包囲する敵機を冷静に見やるレオンハルト。

 一見、どれか一機に手を出せば他の機がそれをカバーするようになっており、隙がないように見えるが、レオンハルトからすればまだまだ手ぬるい包囲だった。


「さすがに彼らほどではないな。では、包囲の何たるかを教育してやろう」


 そう言うや、レオンハルトはとある一機に狙いを定め、その後ろを取ろうとする。

 それを見た他の敵機が、レオンハルトの後ろに群がり始めた。


「酷い連携だな。それほど私の首が魅力的かね?」


 苦笑しつつ、加速させていた機体を一気に急減速させる。直後、争うようにレオンハルトの後ろについていた敵機が次々にオーバーシュートしていった。

 その隙を逃すことなく、レオンハルトはトリガーを引く。


「次があれば、今度はもう少し連携というものを大事にすることだ」


 あっという間に三機のBol-31がその主翼を切り裂かれ、コントロール不能になって皇海へと墜ちていく。


 と、その時だった。


「……! なかなかやる!」


 ミサイルアラートがコックピットに鳴り響く。先ほど、レオンハルトがフェイクとして狙った敵機が、いつの間にかレオンハルトの後方に回り、レーダー照射をしていたのである。

 レオンハルトが回避する間もなく、敵機がミサイルを放つ。


「ちっ、厄介だな」


 舌打ちをしつつ、機体を斜め下方向へと急下降させ、ミサイルの追尾から逃れようとするレオンハルト。スイッチを押し、フレアを散布する。

 その甲斐あってミサイルは見当違いの方向へと逸れていったが、敵機は未だレオンハルトの後方を占位していた。


 どうやらレオンハルトが先ほど撃墜した三機のパイロットとは違い、この敵機のパイロットはなかなかに優秀らしい。彼――あるいは彼女はあの手この手のフェイントに引っかかることなく、レオンハルトの後ろを取り続けた。


「さて、いつもだったら支援を頼むんだが……」


 紙一重の回避を続けるレオンハルトは、その緊張感を表情に出すことなく独りごちる。

 通常の状況であれば、カエデなりジグムントなりに支援を頼むところだが、今は電子妨害の環境下で通信が上手く通じない。先ほどから通信を試みているが、聞こえるのは雑音ばかりだ。

 撃墜されるとは思っていないが、このままこの場に拘束されるのは面白くない。いつあの巨砲が再び牙をむくか分からないのだ。


 そんな風にレオンハルトが内心で苛立ちを感じ始めた頃、突然敵機の機動が乱れ、レオンハルトの後方からわずかに外れた。


「さすがは我がパートナーだな、クシロ」


 レオンハルトが苛立つほどの手練れが突然その動きを乱した理由。それは、カエデだった。

 カエデは、レオンハルトが敵機をなかなか振り切れないことに気づくや、追っていった敵機を手早く片付け、彼の救援に入ったのである。

 後方を(うかが)わんとするカエデの動きを恐れた敵機は、レオンハルトという極上の獲物をあっさりと諦め、その追撃から外れたのであった。


「さて、反撃の時間だ……!」


 手強い敵は、早急に対処するに限る。鬱陶(うっとう)しい追撃から逃れたレオンハルトは、早速お返しとばかりに例のBol-31への攻撃に取りかかった。

 カエデの動きに釣られたのか、敵の注意はこちらから逸れているように見える。レオンハルトはその隙を突き、一挙に敵の後方へと躍り出た。


 敵が気づき、回避を試みるが時すでに遅し。レオンハルトは完全に後方を占位し、攻撃のチャンスを窺う。

 そして追うこと数分、焦りからか、敵の動きがわずかに単調になったところを見逃すことなく、レオンハルトはトリガーを引いた。

 20ミリ機関砲の重低音が響いたと思った次の瞬間、レオンハルトを手こずらせた敵機は火だるまになってそのコントロールを失った。パイロットが脱出するとほぼ同時に、機体が爆散する。


「よし!」


 厄介だった敵を排除することに成功したレオンハルトは、その勢いのままに残りの敵の掃討に取りかかる。

 どうやらあの敵は指揮官だったらしく、撃墜以降は目に見えて敵の動きが混乱していた。


 そして、混乱する編隊など、数多の戦場をくぐり抜けてきたアイギス隊の敵ではない。

 瞬く間に十数機のBol-31は皇海の空に散り、空中戦艦周辺の制空権はアイギス隊の手に落ちることとなった。


 護衛機の排除に成功したレオンハルトは発光信号で合図し、アイギス隊の面々を一時的に空中戦艦から遠ざける。態勢を整え、空中戦艦に対処するためだ。

 そうしてアイギス隊が電子妨害の範囲外に出て、レオンハルトが指示を出そうとしたその時だった。


『隊長、あれを!』

『あの馬鹿でかい砲が動いたぞ!』


 その言葉にレオンハルトが目をやると、空中戦艦の上部に鎮座する巨砲が、首をもたげる蛇のようにゆっくりとせり上がっていた。







「役に立たん奴らめ! 何故、あの程度の敵機を排除できんのだ!」


 シチシガの艦橋で、キェシェロフスキー大佐は傍若無人に怒気を発していた。

 彼が怒っているのは、目の前で繰り広げられる戦闘が原因だ。この空中戦艦を守る空軍の護衛機が、自分たちより小勢の敵に対していいようにやられていたのである。


 キェシェロフスキー大佐にとって、空軍は所詮シチシガの引き立て役に過ぎないが、かと言ってこうもあっさりとやられてしまうのもまた困るのだ。

 シチシガは確かに強固な対空兵装を持っているが、うろちょろと飛び回る敵の戦闘機(小バエ)に対抗するには護衛機の存在が不可欠である。

 本来であれば無人機(ツバメ)がその役割を果たすのだが、管制室があの忌々しい「魔女(チェロブニツァ)」に潰されてしまい、使用ができない状態になっている。


 ならばと代わりに空軍の支援を要請したのだが、このザマだ。キェシェロフスキー大佐が怒るのも無理のない話ではあった。


 しかし、彼が怒っても状況が変わる訳ではない。目の前では、次々に空軍のBol-31が敵に(ほふ)られていた。


「アルファ5、撃墜されました」

「アルファ8、応答せよ。繰り返す、アルファ8、応答せよ」

「アルファ2、通信途絶!」


 そしてあの「魔女」によって、瞬く間に三機が撃墜される。もはや形勢は、完全に敵の方へと傾いていた。


「艦長、このままでは我が艦周辺の制空権が敵の手に落ちます」

「分かっている! 対空砲火を密にしろ!」


 隣に立つ副長ツィマンスキー中佐の言葉に、苛立たしげに返答するキェシェロフスキー大佐。

 それを聞いたツィマンスキー中佐は、不安そうな表情でこう言った。


「しかし、友軍を誤射する可能性も上がります」

「構わん! 役に立たん友軍機などいない方がマシだ!」


 キェシェロフスキー大佐がそう言うと、ツィマンスキー中佐は目を大きく見開き、抗弁する。


「で、ですが、味方を撃てば士気が下がります! 今後、友軍の援護も受けられなくなります!」

「ふん、士気が下がったくらいでシチシガが使い物にならなくなるとでも? 援護も不要だ。我が艦は独力で敵を打ち払える能力を持っているのだぞ!」


 現実を無視したキェシェロフスキー大佐の言い様に、ツィマンスキー中佐は猛烈な不安に襲われた。

 この上官は、単に気難しい人と思っていたが、実はそうではないのではないか、我が軍はとんでもない狂人にシチシガという強力過ぎる武器を与えてしまったのではないか、と。


 そんなツィマンスキー中佐の不安をよそに、事態は悪化していく。遂に空軍の護衛機が、全て撃墜されてしまったのである。

 敵は態勢を立て直すためか、距離を取るように離れていったが、遅かれ早かれ再びこちらへ向かってくるだろう。その時、彼らの迎撃にはこのシチシガの対空兵装を頼りにするしかない。


「艦長、艦を後退させましょう。敵もそう長くは追って来られないはず。この空域を離脱するまでなら、艦も保ちます」


 下で戦う太平洋艦隊を完全に見捨てる形のツィマンスキー中佐の言葉だが、そもそもキェシェロフスキー大佐からして太平洋艦隊のことなど気にもかけていない。

 シチシガさえ無事であれば、どうとでもなるのだ。それほどまでに、この艦が敵に与えるプレッシャーは大きい。


 だが、キェシェロフスキー大佐の答えは否だった。


「君は先ほどの私の言葉をもう忘れたのか? おめおめ引き下がって議長閣下のお怒りを買うつもりかね?」

「そ、それは……」


 ツィマンスキー中佐が言葉に詰まる。ミハウ・ラトキエヴィチの怒りを買い、敗北主義者の烙印でも押されようものなら、待っているのは収容所だ。

 何のことはない。彼らは圧倒的なまでに強力な兵器を操っていながら、土壇場まで追い込まれていたのである。


「副長、誠に遺憾ながら、君の進言は正しいと認めよう。制空権を失った以上、本来ならば我々は引くべきだ。だが、政治的事情がそれを許さん」


 政治的事情と言い切ったキェシェロフスキー大佐の表情には、幾分怒りが見受けられた。

 議長閣下のご威光を背景に、ひたすら戦果を求める出世の亡者のようだった彼にも、あるいは忸怩(じくじ)たる思いがあったのだろうか。


「我々が引くためには、誰もが認める戦果が必要だ。だが、敵艦隊の撃滅は不可能に近い」


 太平洋艦隊はもはや風前の灯と化している。敵艦隊を叩こうにも、単艦ではさすがに無理があった。


「オペレータ、確か付近に有人島が存在したな?」

「は、はい。西ダイナン島が間もなく我が艦の射程圏内に――」


 そう言いかけたオペレータが硬直する。キェシェロフスキー大佐が何をしようとするかが理解できたからだ。彼だけではない。ツィマンスキー中佐を含む、艦橋の面々全てがそれを理解して、慄然(りつぜん)とした表情をしていた。


「艦長、ま、まさか……」

「そのまさかだ。我が艦は、これより『杖』による対地砲撃を行う!」


 キェシェロフスキー大佐に猛然と反駁(はんばく)したのは、やはりツィマンスキー中佐だった。


「お待ちください! 西ダイナン島に軍事施設は存在しません! この島に対する攻撃は、明らかな戦時国際法違反になります!」


 ツィマンスキー中佐の言う通り、西大南島は民間人が居住するだけの島である。戦時国際法において攻撃が許される防守都市ではないのだ。

 だが、キェシェロフスキー大佐は涼しげな表情を崩さなかった。


「西ダイナン島には飛行場がある。軍事利用が可能だろう」

「た、確かに飛行場は存在しますが……」


 その飛行場というのはジェット機の離発着など到底不可能な短い滑走路しか持たない小さなものである。軍事施設と強弁するには、いささか無理があるだろう。


「そもそもだ、中佐。私は君の意見など聞いていない。これは命令だ」

「……」

「いいな? 再度命じる。『杖』を始動させろ。目標、西ダイナン島!」


 ツィマンスキー中佐が押し切られてしまえば、艦長に意見できる者など、この艦橋にはいない。

 オペレータたちは明らかな国際法違反の攻撃に引け目を感じながらも、命令に従わざるを得なかった。


「上部第一区画から第八区画まで電源カット」

「電力、不足しています。第一から第八までのカットでは間に合いません」

「速力落とせ。300ノットで維持」


 動き出したオペレータたちを見て、キェシェロフスキー大佐が満足げに頷く。そして、手元の受話器を手に取った。


「こちら、艦長。砲術長、応答せよ」

『こちら、砲術長。ご命令を、艦長』

「装填を開始せよ。目標はこちらで指示する」


 「トファルドフスキーの杖」と称される巨砲に関しては、艦長が統制すべきものとして艦橋からの制御も可能になっている。

 先ほどの議論を繰り返すつもりのないキェシェロフスキー大佐は、艦橋で目標設定から実際の砲撃を済ませてしまうつもりだった。


『了解しました』

「うむ。準備完了次第、報告せよ」


 そう言って受話器を置くキェシェロフスキー大佐。


 彼が目標と定めた西大南島まではおよそ100キロ。有効射程圏内にこれを収めるまで、残された時間はわずかであった。







 せり上がる巨砲を見たレオンハルトは、嫌な予感がした。砲が仰角を大きくするのは、より遠くの目標を狙っているからだ。

 では、遠くの目標とは?


 艦隊ではない。先ほど、ほぼ水平の状態であの巨砲は一隻の軍艦を木っ端微塵に吹き飛ばしている。

 航空隊ということもないだろう。巨砲で狙わなければいけないほどの距離に航空隊がいる訳ではないのだ。


 残る目標とは一体何か。この空域から程々の距離にあり、かつあの巨砲で攻撃するのに相応しい目標とは。

 そう考えた時、レオンハルトの脳裏に浮かんだのが周辺の海域図だった。


「アイギス1よりエルロイ。空中戦艦の進行方向に島がなかったか?」

『こちら、エルロイ。確かに西ダイナン島があるが、何かあったか?』


 自分の想像が間違っていなかったことに、通信を開いているにも関わらず、思わず舌打ちしそうになるレオンハルト。


「空中戦艦の上部甲板にある馬鹿でかい砲が仰角を大きくしている。よほど遠くを砲撃するつもりらしいぞ」

『まさか、西ダイナン島を攻撃するつもりだと? 馬鹿な、あの島は非武装だぞ!』


 要撃管制官が思わずといった様子で叫ぶ。それに対して、レオンハルトは冷静に応じた。


「艦隊を攻撃するつもりなら仰角をつける必要はない。航空隊相手にもあの巨砲は不要だろう。ならば残る目標は何だ?」

『……国際法違反になる。そんな攻撃をすると?』

「逆に聞きたい。敵が国際法を遵守するような礼儀正しい奴だと思うか?」


 レオンハルトの言葉に、要撃管制官からの返答はなかった。そもそも、この戦争の始まりからして、宣戦布告なき攻撃という国際法をまるで無視したものなのだ。

 非武装地帯に対する空爆くらい、屁とも思わないだろう。


『アイギス1、君の懸念が正しければ、刺し違えてでも敵をここで墜とさなければならん。やれるか?』

「突破口は見つけている。やってやるさ」

『了解した。これより全ての支援可能な者を君のバックアップに回す。オーダーはただ一つ。敵空中戦艦の撃滅だ』

「了解」


 通信を切り、空中戦艦を見据える。護衛機は全て排除したため、今の空中戦艦は丸裸だ。

 正確に言えば対空砲や対空ミサイルの群れは残っていたが、レオンハルトにとってはそれほど問題ではない。


 問題は、電子妨害が解除されてから砲撃が行われるまでのわずかな間に、あの巨砲を沈黙させることが可能なのか、ということだった。


「まあ、やるしかない、か」


 考えていてもできることはない。やるしかないのだ。

 そう考えを切り替えたレオンハルトは、アイギス隊の面々を周辺空域の警戒に回し、カエデだけを連れて再び電子妨害の圏内へと突入していった。


 威容を誇る空中戦艦は、対空砲の数も多い。弾幕という表現がこれほど相応しい光景もないだろう。

 そんな過密な対空砲火の中を、レオンハルトとカエデはまるで海を泳ぐイルカのようにくぐり抜け、空中戦艦の正面へと回り込む。


 しかし、やはりと言うべきか、巨砲の周辺はそれまでとは比べものにならない対空砲・対空ミサイルが配備されており、さしものレオンハルトも接近できないほどの弾幕が張られていた。


「ちっ、厄介だな。ここらの対空砲だけでも潰すか……?」


 レオンハルトが独りごちたその時、突然、対空砲の一つが潰れ、爆発を起こした。いや、それだけではない。連鎖的に、複数の対空砲台が爆発炎上したのである。


『こち――、――。――るか、分から――、支援を――』


 通信機から、酷い雑音混じりの通信のようなものが聞こえてくる。それでレオンハルトは悟った。


「エルロイの言っていたバックアップか!」


 辺りを見回してみると、この激しい対空砲火の中を、危険も顧みずに突っ込んでくる複数の機影があった。FA-3C(烈風Ⅱ)。日本海軍が誇る艦上戦闘機だった。

 中には、見覚えのあるマークをつけたFA-3Cの姿もあった。空母攻撃の際、一緒になった部隊だのものだ。


 彼らは電子妨害下で、機銃掃射で対空砲を潰していく。無論、無傷とは行かない。少なくない数の機が被弾し、操縦不能に陥っていった。

 それでも彼らは空中戦艦へと立ち向かう。全ては、有人島である西大南島への対地砲撃を許さないためだ。


 絶対に成功させなければいけない。そう思ったその時だった。


「――! 電子妨害が!」


 レーダーの表示が突然クリアになり、通信が繋がる。空中戦艦の電子妨害が解除されたのだ。すなわち、あの巨砲が砲撃態勢に入ったということである。

 ここからは時間の勝負だ。


「全機、巨砲の周辺から退避してくれ! これより、あの巨砲に対する攻撃に取りかかる!」

『了解だ。アイギス1、頼んだぞ!』


 オープンになった通信回線からは、この空域を飛ぶパイロットたちからの「頼むぞ」という内容の通信が殺到している。それだけ、レオンハルトに期待が集まっているということだ。


 並の人間であれば押し潰されそうなプレッシャーの中、さすがのレオンハルトも緊張を隠せなかった。手が震えているのである。


「こんなに緊張するとはな。まあ、仕方ないか」


 そんな自分の様子に苦笑するレオンハルト。

 無理もないことだ。彼の双肩に数百人の命が懸かっているのである。


 とは言え、逡巡(しゅんじゅん)している時間がある訳でもない。レオンハルトは頭を振り、目標を見据えた。


「あれを確実に破壊するためには、砲口にミサイルを叩き込むのがいいだろう。装填済みのはずだから、さぞ大きいな花火になるだろうな」


 一人ですべきことを呟きつつ、兵装の最終チェックを行う。異常はなし。オールグリーンだ。


 兵装のチェックを終えたレオンハルトは、対空砲火の中をくぐり抜けて巨砲の真正面へと回り込む。

 砲口にミサイルを叩き込むには、真正面から砲口と正対するしかないのだ。


 正対したがために、凄まじい勢いで空中戦艦とその巨砲がレオンハルトに迫ってくる。

 思わずトリガーを引きそうになる指を抑えながら、確実に巨砲を葬り去れるタイミングを待つ。


 そして、その時が訪れた。


「……今だ!」


 トリガーを引き、即座に操縦桿を引く。砲口を掠めるほどの近距離で回避したレオンハルトは、スロットルを全開にして空中戦艦から距離を取る。


 その直後、空が割れた。


「――!」


 凄まじい爆音が機体を揺らし、操縦桿を取られそうになるレオンハルト。しかしその顔には、いつものような不敵な笑みが浮かんでいた。


『やったぞ! アイギス1がやりやがった!』

『すげぇ爆発だな。どんな砲弾を撃つつもりだったんだ、奴ら』

『空中戦艦が沈んでいくぞ!』

『アイギス1、彼らの通信は本当か? 君の口から聞かせてくれ』


 オープンチャンネルで騒ぐパイロットたちの通信に混じって、要撃管制官からの通信が入ってくる。

 レオンハルトはその通信に、笑みを浮かべたままこう答えた。


「ああ。敵空中戦艦の巨砲を破壊した。空中戦艦ごと、な」


 レオンハルトが横目に眺めるその先には、上部甲板の巨砲の爆発に巻き込まれ、墜落しながら崩壊していく空中戦艦の姿があった。







 アラームが鳴り響く艦橋で、キェシェロフスキー大佐は呆然と立ち尽くしていた。


 目に見える「戦果」を挙げ、無事に撤退するための国際法違反の攻撃。その意図はあの「魔女」にものの見事に叩き潰されてしまった。

 いや、それだけではない。砲撃直前だった「杖」の爆発は、シチシガに致命的な損傷を与えていた。両翼が大きくもがれ、十六基あるエンジンの内、約半数が機能を停止。

 これにより、その巨体を支えきれなくなったシチシガは、皇海へと沈んでいきながらその空気抵抗で空中分解を始めていたのである。


 各所からの応答はなく、乗組員の無事すら確認できない状況で、艦橋が無傷だったのは奇跡と言ってもいいだろう。ただし、悪意のある奇跡だが。

 無傷だったがために、脱出する術を持たない艦橋の要員は、自分の死をカウントダウンされている気分を味わう羽目になったのだ。


 すでに艦橋を飛び出し、どこかへ消えたオペレータも少なくない。何とかして脱出しようというのだろう。


 だが、キェシェロフスキー大佐はそんなものを完全に無視していた。


「馬鹿な……。シチシガがここで終わる? こんなにあっさりと?」


 認められない。シチシガはレウスカの威信を賭けたプロジェクトだったのだ。

 ブリタニアを打ち破り、日本を征服した後に待っていたはずの東側盟主オーヴィアス連邦への栄光ある遠征。

 社会主義の勝利を喧伝するのに、シチシガほど相応しい役者もいなかっただろう。


 それが崩壊していく。無様に崩壊しながら、オーヴィアス遠征どころか日本征服すら果たせずに、この皇海へと沈んでいく。


 そんなことは決して認められなかった。


「針路を敵艦隊に向けろ。せめて道連れにするのだ!」


 突然叫び出したキェシェロフスキー大佐を、残ったオペレータたちが驚いた表情で見る。だが、動く者は一人もいなかった。


「どうした、何をしている! 早く針路を!」

「無理です、艦長。もう終わったのです」


 隣に立っていた副長のツィマンスキー中佐が静かにそう言う。

 すると、キェシェロフスキー大佐は猛然とツィマンスキー中佐に食ってかかった。


「終わった? ならば、シチシガの栄光はどうなるのだ! 我がレウスカの威信を賭けたこの(ふね)は!」


 現実を認められないキェシェロフスキー大佐を、ツィマンスキー中佐は哀れな者を見る目で見つめていた。


「副長、これは命令だ。直ちに艦を――」


 パン、パンと乾いた音が二回、艦橋に響き、キェシェロフスキー大佐が崩れ落ちる。その表情は、怒りと苦悶で歪んだまま硬直していた。

 キェシェロフスキー大佐を射殺したツィマンスキー中佐は、オペレータたちの驚愕の視線をよそに、そのまま艦長席にゆっくりと座る。


死を告げる者(シチシガ)を殺す、か。魔女(チェロブニツァ)よ、貴様が来るのを、地獄で待っているぞ」


 直後、シチシガが皇海に沈み、一拍遅れて巨大な水柱が上がる。

 そして、それが合図となり、残存するレウスカ艦隊が退却を始めた。


 時に1992年2月20日午前6時58分。ようやく皇海の空が白み始めた頃だった。

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