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宝石戦争  作者: 東条カオル
第三章 敵艦、見ユ
38/42

第九話 空中戦艦を撃て(前編)

『アイギス1、こちら、エルロイ。状況は把握しているか?』

「いや。まあ、どうせ悪いのだろう?」

『控えめに言って最悪だな。こちらの空母が一隻やられた。戦闘能力は喪失。浮いているだけまだマシ、と言ったところだ』

「それはそれは」


 笑うしかない状況とはこのことだろう。毎度のことながら、必要とされる状況はロクなものではない。


 帝都空軍基地での補給を急ぎ終え、再び皇海の戦場へと舞い戻ったレオンハルトとカエデを待っていたのは、二隻あった空母の一隻が空中戦艦の攻撃を受け、海上に浮かぶ鉄の塊になったという、要撃管制官からの知らせだった。


『オーダーは敵空中戦艦の撃沈。奴さえ叩き落とせば、少なくとも本土侵攻の可能性はなくなる』

「簡単に言ってくれるな。エンジンを一基叩いて、お引取り願うだけであの大騒ぎだっただろう」

『無理は重々承知だが、あれをどうにかしなければならんのは事実だ。「実績」のある君に頼むしかない』


 要撃管制官の言葉に、レオンハルトが唸る。エンジン一基だけ――それもすぐに修理されてしまうような――とはいえ、確かに空中戦艦に傷をつけたのは、環太平洋条約機構(PATO)でもレオンハルトただ一人なのだ。

 この空域で、あの厄介な空中戦艦(デカブツ)を墜とす可能性が一番高いのは、彼だろう。


「やるしかないな、全く……。給料以上に働いている気がするよ」

『臨時給の申請なら君の上司に言ってくれ。私の管轄外だ』

「そこまで冷淡だと、いっそ清々しいよ。さ、行こうか、アイギス2」

『了解』


 にべもない要撃管制官の言葉に、もはや笑うしかなくなったレオンハルトが、カエデに声をかけ、空中戦艦へとその針路を向ける。

 雲海の向こうに浮かぶ威容は、まさしく「戦艦」の二文字が相応しい重厚さを誇っている。

 ハリネズミの如く巡らされた対空防衛網が火を噴くたび、あれを墜とすビジョンが浮かばなくなっていった。


 さて、どうしたものやらと思っていたその時、通信が入った。管制官との通信チャンネルではない。第231飛行隊――アイギス隊で使用しているチャンネルだ。


『アイギス1! 無事だったんだな!』

『無事で何よりだ』

「やあ、諸君。何とかこの麗しき空に帰ってくることができたよ」


 三日も離れていなかったというのに、もう何年も会っていなかったかのような歓迎ぶりを示す仲間たちに気恥ずかしくなったレオンハルトは、軽口でそれを誤魔化す。


『そうそう、言い忘れていたよ、アイギス1、アイギス2。君たちのバックアップとして、君たちの仲間を手配した。諸君の力で、何としてでもあの忌まわしい船を海面に引きずり落としてくれ』

『相変わらず無茶なこと引き受けやがって、隊長! 俺たちのことも考えてくれよ!』

「はっはっはっ。ま、あれに傷をつけたのは世界広しといえども私しかいないのだから仕方あるまい。諦めてくれ」


 いつも通りレオンハルトの無茶に騒ぐジグムントを、やはりいつも通りに、レオンハルトは軽くいなす。


 と、そこへ、


『レーダーに感あり。おそらく敵の無人機だ。警戒せよ』


 要撃管制官から敵無人機接近の報告が入る。帝都に一時帰投する前、やや苦しめられた相手だ。もっとも、あのファントムほどではないが。


「了解。……聞いたな? 敵は妙な動きをする無人機だ。遠距離で仕留めたいところだが、空中戦艦攻撃のためにミサイルは残しておきたい」

『ったく。また貧乏くじだぜ』

『貧乏くじを引くのも給料の内だ。諦めろ、アイギス5』


 諭すようなディミトロフ大尉の言葉に、さすがのジグムントもそれ以上はぼやくことができない。


「お喋りはそこまでだ。行くぞ!」


 無人機の姿が遠く向こうに見えると、レオンハルトはスロットルを開けて機体を加速させる。僚機たちもそれに続いた。


『レーダー照射確認。電子支援を開始する』

「頼む」


 要撃管制官が敵からのレーダー照射を確認し、後方にいる電子支援機がレーダーの攪乱(かくらん)を始める。


『敵の速度が上がったぞ。どうやら、ドッグファイトに持ち込むつもりらしい』

「了解。各機、敵のGを無視した動きに注意しろ。人が乗っていない分、動きが激しいぞ」


 レオンハルトがそう警告してすぐ、無人機との距離が交戦可能なところまで近づいた。


「交戦、交戦」

『交戦開始!』


 お互いに機銃掃射と回避行動を同時に取りながらの交錯。一機の無人機が、右主翼を失って墜ちていった。


敵機撃墜(スプラッシュ1)! やりました!』

「喜んでる場合じゃないぞ。そら、後ろからだ!」


 明らかにアイギス隊のF-18J(イーグル)よりも鋭く旋回した無人機が、後方から攻撃を仕掛けてくる。

 全員が緊急回避(ブレイク)したが、間に合わない者たちもいた。


『くそっ、被弾した!』

『翼をやられた! コントロールが効かない!』

「可能なら離脱して、友軍の上でベイルアウトしろ! 無理ならここでも構わん!」

『りょ、了解! 離脱します!』


 被弾した二機が黒煙をたなびかせながら、ふらふらと戦闘空域を離脱しようとする。

 二機の無人機がそれに反応をした。


「ちっ、目ざとい奴らめ。……アイギス4、アイギス11、支援する。後ろは気にせず、とにかく撤退しろ」

『了――』


 通信にも雑音が混じっている。機体の状況は控え目に言っても悪いのだろう。

 急ぎ救援すべく、レオンハルトが機体を旋回させる。それを追うように、三機の無人機が鋭く旋回した。


『アイギス1、後方に敵機』

「分かってる、分かってるよ」


 三機の無人機を引き連れて被弾した部下の救援に向かう。スロットルを全開にし、急加速で無人機を一気に突き放そうとした。


「なかなか速い、な……!」


 しかし、敵の無人機はその軽量さ故か、レオンハルトから付かず離れずの位置を維持する速さまで加速する。


「確か、少しだけタイムラグがあったな」


 先ほどの戦闘を思い返していたレオンハルトが、無人機の「癖」に思い至る。

 普通の戦闘機と比べて、想定よりもやや動き出しが遅かったのだ。


「ならば……!」


 フルスロットルだった速度を、急減速させる。凄まじい慣性の力で押し出されそうになり、シートベルトに体が食い込んだ。


 だが、その甲斐もあってレオンハルトの策は成功した。三機の無人機が揃ってオーバーシュートしていたのである。


「捉えたぞ!」


 機体を微妙に動かしつつ、トリガーを引く。機銃弾は見事に三機の無人機を切り裂いた。

 三つの花が空中に咲き、爆音が響く。その爆発の上を飛び越え、レオンハルトは再び無人機に追われる部下の救援へ向かう。


 後ろにつかれると厄介なことこの上ない無人機も、後方からの攻撃には弱いらしい。

 部下二人を追う無人機の後方を占位したレオンハルトは、あっさりとその二機を撃墜することができた。


「アイギス1、敵機撃墜」

『ありがとうございます、隊長!』

「いいから早く逃げろ。また別の奴が来るかも知れんぞ」


 煙を噴くF-18Jを見送りながら、再び戦闘空域へと戻るレオンハルト。

 彼を迎えたのは、先ほどよりも数を増した無人機の群れだった。


『くそっ、キリがねぇ! どんどん湧いて来やがる!』

『さらに四機が接近中』

『残弾、残りわずかです!』


 収まる気配を見せない波状攻撃に、アイギス隊の面々は限界を迎えつつある。

 レオンハルトも精神的には余裕が残っているが、肝心の弾薬の底が早くも見えそうになっていた。


『アイギス1、元を絶たないとどうにもなりません。やはり空中戦艦を撃破しないと……』


 珍しく弱々しいカエデの声がレオンハルトの耳朶(じだ)を打つ。

 その瞬間、レオンハルトに天啓が降りた。


「元……、そうか元か! エルロイ、この無人機を飛ばしている電波はどこから来ているんだ?」

『電波? ……ああ! 何故気がつかなかったんだ! 今すぐ調べる!』


 レオンハルトが気づいたのは、そもそもこの無人機は「どうやって操縦されているのか」ということだった。

 自律式の兵器では、友軍を誤射する危険――恐怖と言い換えてもいいだろう――を拭うことができない。十中八九、この無人機はどこかから操縦されているはずだ。

 レオンハルトが感じた奇妙なタイムラグも、遠隔操縦であるが故のことだったのだろう。


『見つけたぞ!』

「電子妨害を試してみてくれ」

『ああ、分かってる』


 その言葉にしばらくレオンハルトが待つと、苛立たしげな声が聞こえてきた。


『くそっ、かなり強固な電子防護のようだ。無線操縦の妨害は難しいらしい。だが、操縦電波の発信源は発見した。そちらに送信する』


 戦術コンピュータがデータリンクを通じて電波発信源の情報を受け取る。戦域情報システム(WAIS)を介して、レオンハルトの拡張角膜(AC)に電波発信源の位置が表示された。


『発信源は表示されたか? そこを叩けば、おそらく無人機は操縦不能になるはずだ』

「了解。……アイギス2、発信源を叩く。他の者は、突破の支援を」

『了解』

『了解だ。頼んだぜ、隊長』


 アイギス隊の各機と別れ、カエデと二人で空中戦艦へと向かう。

 たちまち、無人機がその行く手を阻もうとしたが、ジグムントとイオニアスがそれを許さなかった。


『てめぇの相手は俺らだぜ!』

『長くは保たない。できるだけ早く頼む』

「分かってるよ、アイギス6。さっさと帰ってくるさ」


 二人に援護され、無人機の群れを突破したレオンハルトとカエデは、スロットル全開で空中戦艦へと肉薄する。

 その二人を、空中戦艦の対空砲火が出迎えた。


「ずいぶん激しいお出迎えだ。アイギス2、やられるなよ?」

『この程度、問題ありません!』


 対空砲火から距離を取りつつ、WAISに表示された電波発信源へと向かうレオンハルト。


 と、その時、突然WAISの表示がダウンした。レーダーも表示が乱れ、通信機からは雑音が聞こえてくる。


「電子妨害か? ……厄介な」


 目標の位置は目に焼き付いているため、WAISの表示がダウンしたこと自体はそれほど問題ではない。

 問題はこの激しい電子妨害でミサイルが目標を捉えられないかも知れないことだった。こうなると、ほぼ接射に近い距離でミサイルを叩き込まなければならなくなる。


「アイギス2、聞こえるか? 聞こえたら応答を」

『――ちら、アイ――。よ――こえ――』

「やはり駄目か……。仕方ない。クシロが合わせてくれるのを期待しよう」


 雑音しか聞こえない通信にカエデとの相談を諦め、彼女がこちらの動きに合わせてくれることに賭けるレオンハルト。

 彼は比較的対空砲火の薄い、空中戦艦の艦底部の方へと高度を下げた。


「なるほど、そのための無人機というわけか……!」


 しかし、空中戦艦もウィークポイントである艦底部のカバーをしていないはずがない。

 対空砲の少ない艦底部を守るのは、無人機の役割であった。十機以上の無人機とその攻撃がレオンハルトを迎える。


「ちっ!」


 弾幕を潜り抜け、チャンスを窺う。並大抵の精神力でできる芸当ではなく、さすがのレオンハルトも回避に次ぐ回避に、集中の糸が切れそうになっていった。


「……! いかん!」


 そして、レオンハルトは悪手を打った。不用意に大きく敵の射線を回避したため、別の無人機の射線に入り込んでしまったのである。


 万事休すかと思われたその時、しかし勝利の女神はレオンハルトを見捨てることはなかった。


 突然、レオンハルトを射界に収めんとしていた無人機が炎を噴いてコントロールを失い、暗い皇海へと沈んでいったのである。

 理由は言うまでもない。カエデがレオンハルトの動きに合わせて、彼をカバーしたのだ。


 通信が繋がらないため心の中で礼を言いつつ、レオンハルトは先ほど目に焼き付けて覚えていた電波発信源へと向かっていく。

 少ない対空砲を機銃で潰し、砲火を(かわ)しながら、レオンハルトは遂に目標をレティクルの中央に収めた。


「アイギス1、ミサイル発射(フォックス2)


 誰に聞こえているか分からない発射コールをして安全装置を解除し、トリガーを引く。発射するとほぼ同時、操縦桿を大きく左に倒しながら引き、空中戦艦のそばから離脱する。


「よし!」


 放たれたミサイルはすぐに目標に激突し、電波発信源であった区画を榴弾弾頭がズタズタに斬り裂いた。

 その直後、周囲を飛んでいた無人機が一斉に爆散した。


「自爆か……?」


 操縦が効かなくなった時のために、安全装置として組み込んでいたのだろう。これで、無人機の脅威は一掃されたと言っていい。


『こちら、エルロイ。アイギス1、応答せよ。繰り返す、こちら――』

「――アイギス1。電波発信源を叩いた。無人機も自爆したぞ」


 何度も呼びかけていたのだろう、要撃管制官の声には焦りが混じっており、レオンハルトが応答すると安心したような声でため息をついた。


『無事だったか。突然、通信が途絶えたから何事かと思ったぞ』

「空中戦艦の電子妨害圏内に入ったようだ。WAISも機能してなかったな」

『本当か? その状況でよく叩けたものだ。よくやってくれた』

「まだ本丸が残っているさ。油断は――」


――できないぞ。

 そう続けるはずだったレオンハルトは、珍しく口をあんぐりと開けて目の前の光景を見ていた。視界に映る光景が信じられなかったのだ。


『どうした、アイギス1?』

「船が、割れた」

『何を言っている?』


 レオンハルトの右手で、空中戦艦の上半分が二つに割れ始めている。その中は、異常に大きく、また長い砲身が覗いていた。







「特別管制区画に被弾! ツバメ、制御できません!」

「ツバメ、自爆しました!」


 オペレータの悲鳴のような報告に、空中戦艦(シチシガ)艦長のキェシェロフスキー准将は思わず顔をしかめた。


 指揮官たる者、常に冷静たれ――。

 将校の心得として、軍事アカデミーでも習うこの言葉に反する行為だが、彼の内心から考えればむしろ良く抑えたものだと言えるだろう。

 大国レウスカの象徴である空中戦艦が、二戦続けて戦闘機(小バエ)風情にしてやられたことへの屈辱に、はらわたが煮えくり返るような怒りを感じながらも、表面上は顔をしかめる程度に留めたのだから。


 しかし、声までは誤魔化すことができなかった。キェシェロフスキー大佐は、苛立たしげな声でオペレータを問いただす。


「管制区画を攻撃した敵機はどうした?」

「対空戦闘準備が間に合いませんでした。敵機は攻撃圏外に出ています」

「すぐに戻ってくるだろう。準備を急がせろ」


 何と言っても、彼らがツバメの排除に死力を振り絞ったのは、この(シチシガ)を撃沈するために他ならないのだ。


「副長、『杖』を使用しようと思うが、どう思う?」


 キェシェロフスキー大佐が腕組みをしながらそう問いかけると、隣に立つ副長は目を見張った。


「『杖』をですか? しかし、当艦周辺の制空権を維持できていません。使用は制空権を確保してからの方がいいのではないでしょうか」


 明らかに不安そうな表情で言う副長を、キェシェロフスキー大佐は鼻で笑った。


「ふん、ツバメを失った今、シチシガ周辺の制空権など望み薄だ。空軍も海軍航空隊も情けないことに敵に圧倒されている。このままではジリ貧だぞ」

「しかし……」

「副長、考えてみたまえ。今のところ、我々は敵にいいようにあしらわれているだけだ。このままおめおめと帰還してみろ、議長閣下のお怒りは間違いない」


 キェシェロフスキー大佐の言葉に、副長の表情が硬くなる。

 制空権が取れていない状況での「杖」の使用には不安があったが、それ以上にミハウ・ラトキエヴィチの怒りを買うことは恐ろしいことだったのだ。


 戦意不足として敗北主義者の烙印を押されてしまえば、内務省公安部(ABP)取り調べ(・・・・)は避けられない。そうなれば、家族も道連れだろう。


 長い逡巡(しゅんじゅん)の末、副長は小さく首を縦に振った。


「……『杖』の使用に同意します」

「よろしい。……こちら、艦長。全艦に告ぐ。これより、『杖』を使用する。総員、所定の位置につけ」


 キェシェロフスキー大佐が艦内放送でそう告げると、途端に艦内が騒がしくなった。

 艦橋もそれは同様であり、オペレータたちが慌ただしくコンソールを叩き、他部署との通信を始めた。


「上部第一から第八区画を完全閉鎖。総員、ただちに上部第一から第八区画より避退せよ」

「機関最大。速度を300ノットで維持」

「電力調整開始。上部第一から第八区画の電源、あと百秒でカットします」


 艦橋の喧噪を、笑みを浮かべながら見つつ、キェシェロフスキー大佐は受話器を手に取る。


「こちら、艦長。砲術長、聞こえるかね?」

『こちら、砲術長。ご命令を、艦長』


 キェシェロフスキー大佐が満足げに頷く。


「うむ。『杖』の開放と同時に、第一射を敵艦隊に叩き込む。直ちに装填を開始し、照準を合わせてくれたまえ」

『はっ。ですが、開放前ですと照準がうまく合わせられません。敵艦に命中しない可能性もありますが』

「構わん。まずは我が艦の切り札を敵に見せつけてやろうじゃないか」


 キェシェロフスキー大佐がそう言うと、砲術長は感極まったように声を上ずらせながら、答えた。


『かしこまりました! かような名誉を賜り、光栄至極であります!』

「議長閣下も期待しておられる。圧をかけるようで申し訳ないが、是非当ててくれたまえ」

『は、はっ!』


 緊張が限界に達したのか、キェシェロフスキー大佐が受話器を置く前に通話が切れる。

 砲術長の慌て様に冷笑を浮かべながら、彼はゆったりと足を組んだ。


「『杖』、展開まであと五十秒!」

「電力調整完了。艦内設備に異常なし」

「引き続き監視を続けろ」

「はっ」


 副長とオペレータのやり取りを聞きながら、キェシェロフスキー大佐の笑みが深くなっていく。


 史上初の空中戦艦「シチシガ」。その切り札である「杖」によって、海軍大国と名高い日本の主力艦隊を打ち破る。俺こそが、その立役者となるのだ――!


 キェシェロフスキー大佐のそんな内心に同調するようにシチシガの艦体が大きく二つに分かれ、巡洋艦に匹敵する巨体のシチシガと比べても、なお異様な大きさを感じさせる巨大な砲が姿を現す。

 人類史上、実用化された中では最も砲口径が大きいのは、第二次世界大戦当時にナチス・ベルクが運用した80センチ列車砲である。


 だが、その記録が今更新されようとしている。シチシガが搭載する秘密兵器、通称「トファルドフスキーの杖」は、砲口径105センチに達する史上最大の砲だった。

 しかも、ただの砲ではなくレールガンである。これにより「杖」は、有効射程は40キロ、最大射程は70キロに達する化け物のような性能に仕上がっていた。


 キェシェロフスキー大佐が再び受話器を手に取る。


「こちら、艦長。準備は?」

『万全です。いつでもどうぞ』


 帽子に手をやり、立ち上がる。眼前の日本艦隊を見据え、キェシェロフスキー大佐が叫んだ。


「目標、敵艦隊中央部。主砲、撃て!」

『撃て!』


 キェシェロフスキー大佐の命令を砲術長が復唱した直後、轟音と共に艦が大きく揺れた。艦橋のオペレータたちがどよめく。

 十数秒後、視界の先で大きな爆炎が上がった。


「命中弾確認! 敵艦一隻、撃沈しました!」


 オペレータの報告に、歓声が上がる。キェシェロフスキー大佐は会心の笑みを浮かべながらオペレータに問いかけた。


「沈んだのはどの艦だ? 大和か?」

「いえ、大和は健在です。最後尾にいた敵艦を撃沈しました」

「艦型の識別はできないか?」


 副長の問いかけに、オペレータが首を振る。


「駄目です。敵艦は粉々に吹き飛びましたから」

「粉々に吹き飛んだ、だと!」


 オペレータの言葉に、副長が目を丸くして驚く。他のオペレータたちも信じられないという様子で見ている。

 間接的とはいえ、自分たちがもたらした結果に恐怖すら覚えているのだ。


 だが――


「素晴らしい、実に素晴らしい! これこそ、我がレウスカの威信の結晶。議長閣下もお喜びになられるだろう」


 ただ一人、キェシェロフスキー大佐のみが、この世の春を謳歌するような笑い声を上げている。それは正しく、狂人の笑みであった。







 一方、「杖」の攻撃を受けた側の日本艦隊は混乱の極致に達していた。


 突然、空中戦艦の上部が二つに分かれて巨大な砲が姿を現したかと思えば、それが発砲して駆逐艦「隼鷹」が粉々に吹き飛んだのである。混乱するなと言う方が無理な話だった。


『艦隊司令部より各艦。敵空中戦艦と至急距離を取れ。180度回頭せよ。繰り返す――』

『そっちは空軍向けの通信だ!』

『一体何が起きている? 今の爆発は何なんだ!』


 通信も錯綜しており、艦隊司令部が大混乱に陥っていることは空の上にいるカエデの目にも明らかだった。


『アイギス1、何が起きたんだ? いきなり隼鷹の反応が消えたが』

『さっき言った敵の馬鹿でかい砲だ。あれの砲撃で、隼鷹が粉々に砕け散った』

『砕け散った? そんな馬鹿な……』


 要撃管制官の気持ちはよく分かる。直接、隼鷹が吹き飛ばされる様を目撃したカエデですら、その光景を信じることができなかったのだから。


『とにかく、あの砲の対処を最優先に行う。アイギス2、いいな?』

「は、はい!」


 レオンハルトに促され、ようやく我に返るカエデ。

 あまりの光景に呆然としていたが、ここは戦地だ。気を抜けば、先日のように撃墜されてしまう。


「しっかりしなさい、楓」


 自分を叱咤し、眼前の空中戦艦を睨む。駆逐艦「隼鷹」を一撃で消滅させた巨大砲は、その砲口から砲煙を上げている。


『アイギス1より各機。我が隊の最優先目標はあの馬鹿でかい砲だ。ミサイルを撃ち込んで、奴を無力化するぞ』

「了解」

『了解』


 残存する九人のパイロットが応答する。カエデもそれに唱和し、レオンハルトに続いて対空砲火の弾幕の中へと突っ込んでいった。


「――! また、レーダーが!」


 だが、そのアイギス隊を空中戦艦の電子妨害が襲う。レーダーという目を潰されてしまうと、ミサイルの使用は困難を極めることとなる。

 ジャミング源に向かっていくミサイルを持ってきているパイロットもいないため、カエデたちはほぼ手探りの状態で空中戦艦と戦うことを強いられた。


「くっ……!」


 高速で飛び回る戦闘機のコックピットの中で、目視で脅威となるものを発見するのは極めて困難だ。

 まして、相手はハリネズミの如く対空兵器を積み込んだ空中戦艦である。唐突なミサイルアラートが、しばしばカエデの神経をすり減らした。


 空中戦艦の相手だけでも大変だというのに、さらに増援がやって来る。


「護衛機まで! 本当に、面倒ね!」


 空中戦艦の直掩として現れたレウスカ空軍の戦闘機。彼らはいつものBol-31(フォックス)であり、性能的にはそれほど脅威ではなかったが、数が問題だった。

 レオンハルトたちよりもやや多い十六機が、増援に来たのである。


 いつもならばサクサクと敵を屠っていくレオンハルトも、空中戦艦の対空砲火の前に手一杯であり、多数の敵を引き受ける余裕がない。

 カエデもまた一機を相手取るのが限界だったが、運の悪いことにカエデには二機の敵がやって来た。


「これは、ちょっと厳しいかも……」


 回避だけで精一杯で、とても攻撃を仕掛ける余裕などない。

 その回避でさえ、冷や汗ものの至近弾がいくつも出てきており、被弾も時間の問題だろう。


 そして、そうしている間に、空中戦艦の巨大砲は砲撃準備を終わらせてしまっていた。

 巨大な砲がゆっくりとその角度を下げ、連合艦隊に照準を合わせる。眼下の艦隊には、父が座乗する駆逐艦「長門」もいるはずだが、もはや巨大砲を止める時間はなかった。


「お父様……!」


 声にならない叫びをカエデが上げそうになったその時、レーダーが突如として復活した。


「これは!」


 レーダーだけではない。WAISによる目標の表示も、他機との通信も、電子装備が全て復活していたのだ。

 だが、そのことを確かめる前に巨大砲が再び轟音を上げて発砲した。


 ドーン、という爆音がコックピットのキャノピーを叩き、機体が揺れる。それを感じた直後、一際大きな軍艦の横に、巨大な水柱が立った。


『大和に至近弾!』

『くそっ、長官はご無事か!』


 海軍の通信が漏れ聞こえ、戦艦「大和」の近くに着弾したことが分かる。


 だが、カエデは連合艦隊旗艦の至近に着弾したことよりも、突然通信が復活した理由の方が気にかかっていた。


「どうして……? さっきまでは使えなかったのに」


 そう。あの巨大な砲が砲撃態勢に入るまでは、電子装備のほとんどが機能しないほどの電子妨害が行われていたのだ。

 それが解除された理由とは?


「まさか…… 隊長!」


 その原因に思い至ったカエデがレオンハルトと通信を繋ごうとするが、再び電子妨害が始まっており、通信機は雑音を流すだけだ。

 レーダーも再び散々に乱されていたが、カエデの気持ちはそこになかった。


「何とかして隊長に伝えないと。お願いです、隊長。気づいて……!」


 祈るような気持ちで、空中戦艦の側から離脱を試みるカエデ。電子妨害の範囲圏外ならば、レオンハルトにカエデの考えを伝えることができるのだ。


「……! 隊長!」


 そして、レオンハルトはカエデの期待通り、目ざとくカエデの奇妙な動きに気がつき、カエデの後ろに続くように離脱を始めた。


「私の考えで上手くいくかどうかは分からない。でも、隊長ならきっとやってくれるはず」


 レオンハルトに伝えるべきことを頭の中で整理しつつ、カエデは電子妨害の圏外へと機体を走らせた。

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