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宝石戦争  作者: 東条カオル
第三章 敵艦、見ユ
34/42

第五話 第二次皇海海戦(前編)

 ローヴィス大陸の東方、ちょうど大陸から突き出るような形で並ぶクリスティーナ諸島と、そのはるか北東に浮かぶプリンス・ジョン島、そしてその南東に位置する列島に囲まれる海域を、称して「皇海」と呼ぶ。


 この皇海に接続する水域の一つにヴィール島を取り巻くヴィール海があり、この海上を十三隻の艦艇が東に向かって航行していた。

 一隻の航空母艦を中心に、それぞれマストに複数の戦闘旗を掲揚するこの船団こそ、列島攻略作戦「落陽(スウォンツァ)」のため、未明にヴィール島を出たレウスカ人民海軍太平洋艦隊、その主力たる空母機動部隊だ。


 レウスカ海軍の虎の子である空母ヴィエルコレウスカを筆頭に、二隻ずつの巡洋艦と駆逐艦、四隻の対潜艦と同じく四隻の警備艦から構成されるこの空母機動部隊は、海軍大国と謳われる日本の海上戦力を撃滅すべく、皇海への途上にあった。


「偵察部隊から定時報告。現在、敵影は発見できずとのことです」

「早期警戒部隊から定時報告。同じく、敵の姿なしとのこと」

「了解。引き続き、警戒を厳にさせよ」


 空母ヴィエルコレウスカの艦隊指揮所には、司令長官クレツキー大将を始めとする太平洋艦隊の幕僚団が詰め、まだ見ぬ日本海軍に神経を尖らせていた。


「……シチシガはどうしている?」


 提督席に座るクレツキー大将が声を潜めて尋ねると、隣に立っている参謀長のタルゴシュ中将も同じく声を潜めて答える。


「諸々の修復作業を終え、現在は離水のための最終点検を行っているとのことです」

「戦闘には間に合うのか?」

「分かりませんが、予定通りならば戦闘の最中に到着するのではないかと」


 その答えに、クレツキー大将は眉を(ひそ)めて、座席に体を沈めた。


「厄介だな。勝っていても負けていても、奴は口出ししてくるだろう。戦場が混乱せねばいいのだが」


 それを聞いたタルゴシュ中将も、クレツキー大将同様に表情を曇らせた。


 クレツキー大将の言う「奴」とは、空中戦艦シチシガの艦長たるキェシェロフスキー大佐だ。

 先日の皇海上空における航空戦でも、予定にない参戦で作戦開始時刻を遅らせたばかりでなく、敵の戦闘機にあっさりやられて引き返している。航空部隊の指揮権に介入したという噂も届いていた。


 未だかつて誰も運用したことのない空中戦艦を、曲がりなりにも戦闘に耐えうるレベルに持ってきていることから考えて、決して無能ではないのだろうが、指揮系統を混乱させるような行為は論外だ。

 司令部の面々は一様にキェシェロフスキー大佐を嫌っており、彼と彼の指揮する空中戦艦がもたらす混乱を憂慮――いや、恐れていた。


「議長閣下直々の任命とあっては、解任もままなりません。可能な限り、シチシガが到着するまでに敵を片付ける他ないでしょう」

「口で言うのは易いが、な」


 苦虫を噛み潰したようにクレツキー大将がそう言ったその時、通信員が振り向いた。


「閣下、総司令部より通信です」

「回せ」

「はっ」


 通信員に指示を出し、座席に備え付けられた受話器を手に取るクレツキー大将。やや雑音混じりの、クルシェフスキー上級大将の声が聞こえてきた。


『クルシェフスキーだ。提督、日本に潜入している情報員からの連絡が入った。どうやら君たちの出航を向こうも把握したらしい』

「そうですか……。敵の反応は?」

『空軍基地に動きがあるようだ。艦隊にも出動命令が下ったらしい』


 空軍基地、と聞いて、クレツキー大将は内心で(ほぞ)をかむ思いだった。

 レーダー網破壊と連動した奇襲攻撃によって打撃を与えているはずだった敵空軍は、当然と言えば当然だが、やはり目の前に立ちはだかるらしい。


 対するレウスカ空軍と言えば、開戦初頭からの凄まじい消耗によって急速に体力を失いつつある。

 元々、先日の戦いで失われた戦爆連合も、本来であれば激戦を繰り広げている対オーヴィアス戦線に投入されるはずのものを、無理矢理こちらへ捻出させたものだったのだ。

 それをむざむざ皇海に散らせた海軍に対して空軍は不満を抱いており、これ以上の作戦支援については「約束できない」という無情な返答を突きつけている。


 海軍上層部が議長府に逆らえなかった代償は、作戦責任者であるクレツキー大将の肩に重くのしかかっていた。


「空母部隊ならともかく、敵空軍部隊までは相手にできません。支援はどうなっているのですか?」

『統一連邦の義勇部隊は支援を約束してくれた。人民空軍もわずかではあるが、戦闘機部隊の投入を了承している。後は、シチシガだな』

「シチシガですか。しかし、それは――」


 クレツキー大将の言葉を遮るように、クルシェフスキー上級大将が言葉を被せてくる。


『分かっている。シチシガに不安があるのだろう? だが心配はいらない。キェシェロフスキー大佐には厳重注意をしたし、彼も反省している。破壊されたエンジンの修復も終わっており、ムラロフ博士もエンジンに関わるは完全に解決されたと太鼓判を押してくれた』


 全く当を得ない内容の言葉に、クレツキー大将は苛立ち混じりにこう答えた。


「閣下、そういうことではありません。それだけでは戦力が不足していると言いたいのです。シチシガはまだ実戦経験が少なく、どれほどの戦果を挙げられるのか未知数です。そんなあやふやなものに、作戦の命運を賭ける訳にはいきません」

『それは…… それはそうだが、だったらどうしろと言うのかね?』


 困ったように問うクルシェフスキー上級大将。困惑する表情が目に浮かぶような声音だ。

 だが、困っているのはこっちだ。クレツキー大将はその憤りを言葉に乗せる。


「今からでも作戦を中止すべきです。このままでは、いたずらに艦を失うことになりかねません」

『むぅ……。私とて、できることなら中止したい。威信を賭けた作戦だ。失敗は許されぬ。だが……』


 クルシェフスキー上級大将は言葉を濁したが、その続きにはクレツキー大将にも分かる。

 つまり、「議長閣下のご命令」なのだろう。


 この独裁国家では、全てにおいてミハウ・ラトキエヴィチ議長の意思が優先される。戦争においても、それは変わらない。

 拡大し続ける戦線を支えきれなくなり始めた人民軍の現状など、はるか後方の執務室で威勢よくゴーサインを出すあの男の頭からはすっぽり抜け落ちているに違いない。


 そしてその割を食うのは前線に立つ将兵なのだ。


「はぁ……。分かりました。過ぎた発言をお許しください。太平洋艦隊は作戦成功のため、全力を尽くします」

『すまん。何とか空軍に支援を要請しよう』

「期待しないで待っております、閣下」


 憤りを隠しきれないクレツキー大将は、上官に対するものとはとても思えない刺々しい口調でそう言うと、通信が切れるのも待たずに受話器を叩きつけるように置いた。


 ピリピリとした空気が流れる中、通信をヘッドセットで聞いていたタルゴシュ中将が冷静に問いかける。


「敵がこちらに向かってきている可能性があります。いかがなさいますか、閣下」


 クレツキー大将は腕を組んでしばらく考え込むと、おもむろに額を押さえてこう命じた。


「艦隊総員に通達。現時刻を以て、我が艦隊は戦闘態勢に入る。各員は所定の持ち場につき、それぞれの義務を果たせ。諸君らの健闘に期待する、と」


 時に1992年2月20日午前2時48分。第二次世界大戦後では初の艦隊決戦となる「第二次皇海海戦」が、いよいよ幕を開けようとしていた。







戦闘指揮所(CIC)より報告。レーダーに感ありとのこと!」


 その報告と共に、日本帝国海軍連合艦隊旗艦、戦艦「大和」の中に設けられた司令室に緊張が走った。

 その様子を、連合艦隊司令長官のノブマサ・ヒサカタ大将――第6航空団司令ヒサカタ准将の叔父である――は、座席に座ったまま静かに眺めている。


 レウスカ人民海軍太平洋艦隊がヴィール島を進発したことを把握した日本政府は、緊急閣議で日本海軍への防衛出動命令を決定。

 午前2時30分、ヒサカタ大将は参謀長エグサ少将以下の幕僚と共に戦艦「大和」に座乗し、連合艦隊に対して出撃命令を下した。


 現在、連合艦隊は旗艦たる大和を筆頭に、イージス駆逐艦「長門」を旗艦とする第1艦隊、空母「龍鳳」を旗艦とする第1航空艦隊を指揮下に収め、皇海を西へと進んでいた。


『ラチェット15より連合艦隊司令部(GFHQ)。敵艦、見ユ。敵艦、見ユ』


 レーダーに反応ありと報告が入った直後、艦隊よりはるか前方で敵前偵察の任に当たっていた偵察機から「敵艦発見」の報告が入り、映像が映し出される。

 司令室の面々がどよめく中、オペレータの一人がヒサカタ大将の方を振り返った。


「統参本部より通信です」

「繋げ」


 ヒサカタ大将が顔を微動だにすることなく命じると、オペレータは緊張した面持ちで頷き、コンソールを叩く。


ホログラム通信(HTC)、繋ぎます!」


 オペレータがそう言うと同時、ヒサカタ大将の目の前に十数人のホログラム映像が映し出された。

 大和の艦長を始め、ほとんどは現在指揮下にある艦艇の艦長だったが、それ以外にも空軍の戦闘服を着ている男性や、オフィス勤務用の冬季常装に身を包んでいる者もいる。


『こちら、早期警戒管制機(AWACS)。コールサイン、エルロイです。こちらのレーダーにも反応がありました。敵性機と思われます』

『帝都防空司令部です。すでに第1航空団と第6航空団にスクランブルをかけました。第一陣は五分でそちらに到着します』

「了解。連合艦隊も、これより対空戦闘に入る。各員を所定の位置に」

『はっ』


 空軍の報告を受けてヒサカタ大将が指示を出すと、麾下の艦長たちが慌ただしく防空戦闘の指揮を執り始める。

 一方、個艦戦闘に関しては特にやることのないヒサカタ大将は、艦長たちとは反対側の列に映し出された常装の将軍たちの方を向いた。


「今のところ、特に問題はありません。戦闘が始まれば分かりませんが」

『ああ、提督。……申し訳ない。海の戦いは海軍に任せるべきと分かってはいるんですが』

「立場が逆なら私もそうしましたよ、伊達さん」


 ヒサカタ大将がそう言って笑いかけると、列の先頭に座る男性――統合参謀総長のダテ大将が引きつった表情のまま頭をかいた。

 彼の他、このホログラム通信に顔を出している統合参謀本部や軍令部の将軍たちも、緊張した面持ちをしている。


 と、その時だった。


『レーダーに反応多数! ミサイルと思われます!』


 大和のCICでレーダーを担当している電測員が、悲鳴のような声を上げて報告したのだ。

 レーダーが捉えた反応はすぐさま艦隊各艦、さらにはるか本土の将軍たちにも共有され、その有様に目を見張ることとなる。


『何だ、この数は……!』

『これが全て敵のミサイルか? 何という……』


 ダテ大将を始めとする統合参謀本部の面々は、見たこともない数のミサイルが艦隊に迫っているのを目の当たりにして、驚きの余り硬直している。


 一方、軍令部やヒサカタ大将、艦隊各艦の艦長など海軍の面々は、驚きこそしていたものの、その表情にはどこか余裕があった。


「こうして実際に見ると、いやはや何とも空恐ろしい光景だな」

『提督、暢気なことを言っている場合ではないでしょう。艦隊の危機なのですよ? 提督ご自身も危ないかも知れないというのに』


 不鮮明なホログラム通信でもはっきりと分かるほど眉を(しか)めるダテ大将に、ヒサカタ大将はこぼれそうになった笑みを何とか堪えつつ、こう応じた。


「大丈夫ですよ、伊達さん。一昔前なら分かりませんでしたがね。……対空戦闘、用意」


 ヒサカタ大将が表情を改めて命じたその直後、ホログラム通信に顔を出している艦長たちが一斉に口を開く。


『対空戦闘、用意』

電子妨害(ECM)、照射開始します』


 各艦に搭載された電波妨害装置が、こちらへ接近するミサイルに対するジャミングを開始する。


『おおっ……!』


 ジャミングを受けて目標を見失ったミサイルがレーダーから消失――水面に叩きつけられると、将軍たちから感嘆の声が漏れる。


 しかし、これで全てのミサイルを防げる訳ではない。電子対抗手段(ECM)の網の目をすり抜けたミサイルは音速を超えるスピードで艦隊へと接近する。

 そして、未だ多数残るミサイルの群れが、艦隊の防空圏内へと侵入した。


「金剛、CIC。目標を指示せよ」


 二つの輪形陣の内、大和を囲む側。ちょうど大和の後方を航行する駆逐艦「金剛」は、艦隊防空を司るイージス艦だ。

 目標指示の権限を与えられた金剛のCICは、艦隊防空ミサイルの発射準備を整えた各艦にそれぞれの目標を割り振っていく。


 後は金剛の艦長が命令を下せば、中距離の艦隊防空ミサイルを搭載した駆逐艦から一斉にミサイルが発射される。

 艦隊を守る(イージス)の本領発揮だ。


『CIC指示の目標、ソードブレイカー、攻撃始め』

『トラックナンバー101から146。ソードブレイカー、攻撃始め』

『ソードブレイカー、攻撃始め。発射(サルヴォー)!』


 ミサイル員のかけ声と共に、大和を含めた五隻が一斉にミサイルを放った。

 垂直発射システム(VLS)から勢いよく飛び出した計四十六発の艦隊防空ミサイル「ソードブレイカー」は、空中で向きを変え、一斉に目標への猛進を始める。


『目標迎撃まで残り5秒、4、3、2、迎撃、今!』

『全弾命中確認』

『トラックナンバー147から220、なおも接近。艦隊防空圏を突破しました』


 五隻が放った艦隊防空ミサイルは全弾がミサイルの迎撃に成功したが、それでも半数以上のミサイルが艦隊へ接近し続けている。

 いつしか司令室の面々は固唾を呑み、戦術ディスプレイを食い入るように見つめていた。


『新たな目標、トラックナンバー147から200。シーサーペント、攻撃始め。トラックナンバー201から220。主砲、撃ち方始め』

『シーサーペント、攻撃始め。サルヴォー!』

『主砲、撃て!』


 今度は、空母「龍鳳」を除く全ての艦からミサイルが発射され、さらに主砲も指定された目標を狙って発砲を開始した。


 すでに敵の対艦ミサイルは30キロ圏内にまで接近しており、発射から命中まではわずかな時間しかかからない。

 先ほどよりもはるかに短い時間で、こちらの放ったミサイルが炸裂し、砲弾が命中した。


『トラックナンバー163、175、190、198、206、211の迎撃に失敗。他は命中しました』

『目標、散開しました!』

「各艦はそれぞれの目標に対処せよ」

『CIWS、攻撃始め!』


 数キロの距離にまで接近した対艦ミサイルは、散開してそれぞれの目標へと向かっていく。ヒサカタ大将が座乗する大和には、二発のミサイルが接近していた。

 その二発のミサイルに向けて、大和に搭載された二基のCIWSが全力射撃を行う。


 毎分四千五百発という発射速度を誇るCIWSは、凄まじい発射音を立てて無数の20ミリ弾を吐き出す。

 放たれた20ミリ弾は、目と鼻の先にまで迫っていた二発のミサイルに勢いよく叩きつけられた。


 爆発が起き、轟音が司令室まで聞こえてくる。揺れはなかった。


『全弾、迎撃に成功しました』


 電子戦の段階では感嘆の声を漏らしていた統合参謀本部の将軍たちは、あれだけの数のミサイルが全て迎撃できたという事実の前に、もはや言葉を失っている。


『こちら、アーガス1。間もなく戦闘空域に到達する』


 沈黙を打ち破ったのは、帝都から駆けつけた第1航空団の増援だった。

 これで、艦隊は空軍の航空支援の下で戦うことができる。


 ヒサカタ大将が顔には出さず、ホッと一息ついたその時、戦術ディスプレイ上のレーダー映像に動きがあった。


『レーダーに反応! またミサイルです!』

『こちら、エルロイ。敵航空部隊に動きあり』


 レウスカ艦隊は懲りずにまた大量のミサイルを連合艦隊に向けて発射。それに加えて、遅まきながら航空部隊も動かしたようだ。


「いささか性急な攻めだな。何を焦っておるのか知らぬが、敵が焦っているというのはいい傾向だ。そうだな、首席参謀?」


 水を向けられた将校――大佐の肩章をつけているにしては、比較的若い――が、表情一つ変えずに頷く。


「はい、長官。敵は主導権を奪おうと焦っている、つまり、我が方に主導権ありと考えているのでしょう」


 返答を聞いたヒサカタ大将は、その柔和そうな風貌には似つかわしくない、蛇のような笑みを浮かべた。


「主導権はこちらにある。ならば、焦らず一つ一つ片付けていくとしようか。……艦隊はミサイル迎撃に専念。敵の航空戦力は空軍に任せよ!」







『エルロイより各機。司令長官からのオーダーだ。敵の航空戦力は任せる、とな』


 レウスカ軍が航空戦力を投入したちょうどその時、帝都空軍基地からスクランブル発進した二十機ほどの日本空軍機が皇海の戦場へとたどり着いた。


 その中には、たまたまアラート待機に当たっていたジグムントとイオニアスの姿もある。


「こちら、アイギス5。俺たちはどっちに行けばいい?」

『エルロイよりアイギス5。君たちは敵群Cの担当だ。あー……メイガス1の指示に従って行動せよ』

「あいよ」


 ジグムントが適当な返答をすると同時に、戦域情報システムが更新され、指示された味方機の位置がポップアップする。


『アイギス5、チャンネル42で友軍機と交信せよ』

「チャンネル42、了解。……えー、と、42、42っと」


 無線の周波数を、指示されたチャンネルに合わせる。

 ほんのわずかな雑音の後、少し神経質そうな男の声が聞こえてきた。


『こちら、メイガス1。アイギス5、応答せよ』

「こちら、アイギス5。これより、貴機の指揮下に入る」

『了解した。我に続け』


 戦域情報システム(WAIS)に表示されたメイガス1の表示の方へ、機首を向ける。イオニアスがそれに続いた。


 それほど広範囲に散らばっているわけでもなく、すぐに日本の主力制空戦闘機「F-3C(雪風)」の姿が見えてくる。

 ジグムントは二機編隊(エレメント)の後方につき、再び通信回線を開いた。


「アイギス5よりメイガス1。よろしく頼むぜ」

『アイギス――例の「血塗れの鷲(ブラッディイーグル)」の部隊だったな。こちらこそよろしく頼む。期待している』


 褒められたとはいえ、憲兵に拘束された隊長(レオンハルト)のことを思い出し、複雑な気持ちになるジグムント。


 色々と思うところはあるのだが、そんなジグムントの逡巡(しゅんじゅん)を敵が待ってくれるわけはない。


『エルロイよりメイガス1。3時方向、高度13000より敵編隊接近中。対処せよ』

『了解。メイガス1、交戦する』


 敵機の方へと機首を向け、一気に加速したF-3C。その僚機とジグムント、イオニアスが後に続いた。


『メイガス1よりアイギス5。こちらがミサイルを発射した後、君たちは側面から敵機を叩いてくれ』

「了解」


 レオンハルトの指揮下で戦うというよりも、大まかで簡単な指示を与えられ、後は自由に戦うというやり方に慣れているジグムントにとっては、渡りに船の指示だ。


 AWACSの支援を受けつつ、目標をロックオンしたメイガス1が中距離ミサイルを発射したのを確認し、ジグムントはイオニアスと共に編隊を飛び出し、左右へ散開した。


「左右から挟んでお互いの獲物を狩る。それで行くぜ」

『了解。タイミングはお前に任せる』


 イオニアスの返答を聞いたジグムントが機体を旋回させ、側面から敵編隊へ向かっていく。

 ミサイルに対する回避行動に移っていた四機のBol-31の内、外側にいた二機がジグムントたちの動きに反応し、正対するような形で迎え撃ってきた。


「っと、危ねぇ!」


 すんでのところで敵の機銃掃射を(かわ)し、こちらへ向かってきた敵機とすれ違う。

 直後、イオニアスの迎撃に当たっていた敵機の背後へと飛び出た。トリガーを引き、20ミリ弾をその背中に叩き込む。


「よっしゃあ!」

『アイギス6、敵機撃墜(スプラッシュ1)


 ジグムントがBol-31を撃墜するのと同時、イオニアスもジグムントの方へ向かっていた敵機を撃ち落とす。


『ナイスキルだ、二人とも。後は任せてくれ』


 二人の動きに感嘆の声を上げたメイガス1は、二機の同時撃墜で敵が動揺した隙を見逃すことなく、残るBol-31へと襲いかかった。


 鮮やかに過ぎたジグムントたちの機動に目を奪われていたのか、メイガス1とその僚機に全く気づいていなかったらしき二機のBol-31は、回避機動を取ることすらなく主翼をもがれ、火達磨になる。


『撃墜確認。グッドキル、メイガス1』

『アイギスのお二人さんが敵を引っかき回してくれなければ、こうは上手く行かなかった。感謝するぞ、アイギス5、アイギス6』

『こいつは褒め過ぎると調子に乗るんだ。程々にしておいてくれ』


 謝意を伝えるメイガス1に対して、イオニアスが冗談混じりの答えを返す。

 無口だった僚友が、ジョークも言えるくらいに馴染んでくれたのは喜ばしいことだが、題材にされるのは毎度ながらジグムントだ。


 複雑な気分でため息をついていると、AWACSの管制官から通信が入る。


『こちら、エルロイ。敵の第二波がライカンゲルを飛び立ったのを確認した。早めに片付けないと、袋叩きにされるぞ』

「こないだ、ウチの隊長がずいぶん墜としたはずなんだがな。レウスカの奴ら、相変わらず底なしの物量だな……」


 この戦争で何度も味わった、レウスカの無尽蔵とも言える物量作戦。

 質がよくないため、そこまできつい訳ではなかったが、ここまで来るとうんざりしてしまうのも無理はない。

 他のパイロットたちの反応もジグムントと似たり寄ったりだった。


『愚痴を言っていても仕方ない。さっさと敵を片付けよう』

「了解。……はぁ」


 パイロットたちをうんざりさせつつも、皇海における戦いは日本優位に進んでいる。

 だがその後方、日本本土では、軍の優位を揺るがしかねない政治動乱が起きようとしていた。







 淡谷川の畔に立つ、帝都憲兵隊の右京拘置所。その応接室には、帝国公安局(IDPS)防諜部の若き俊英、タダトモ・イチノセ大佐の怒号が響いていた。


「反逆罪での立件ができないばかりか、あの男を釈放しただと? 何を考えているんだ、川原少佐!」

「も、申し訳ありません! ですが、これには訳が――」


 イチノセ大佐の怒りに触れた憲兵隊のカワハラ少佐は、慌てて弁明しようと言い募る。

 イチノセ大佐はそれを無視し、部屋にあった電話を手に取った。


「……忠知だ。公爵閣下に至急相談せねばならぬことが起きた。繋いでくれ」


 彼が電話をかけた先は、自分の家だった。

 電話に出た家人が彼の祖父であるイチノセ公に取り次ぐまでの間、イチノセ大佐は苛立ちも露わに足を鳴らす。


『忠知、至急の用と聞いたが、エルンスト少佐のことか?』


 電話に出るや、用件を言い当てたイチノセ公の言葉に、心臓を掴まれたような思いをする。

 お祖父様はどこでこのことを知ったのだ?


「その通りでございます。申し訳ございません、公爵閣下。この不始末、責任は憲兵隊に任せた私に――」

『――まあ待て、忠知。その件に関しては、私からもお前に言っておかねばならぬことがある』


 祖父の叱責を覚悟し、先んじて謝罪を口にしたイチノセ大佐だったが、イチノセ公の言葉に肩透かしを食らう。


『エルンスト少佐の釈放は、久方が動いた結果だ。正確には、久方の意を汲んだ久河が、国防大臣としての指揮権を利用してエルンスト少佐を釈放させた。今回の不始末に憲兵隊は関係ない。お前が出し抜かれただけだ』

「そ、それは……」


 途端に心臓がバクバクと脈を打ち、冷や汗が背を流れる。イチノセ公の不興を買った者で、長生きできた者などいないのだ。


 それは、身内といえど例外ではない。

 イチノセ大佐の伯父、本来であれば公爵家を継ぐはずであった人は、初当選直後のスキャンダルがマスコミに流れた次の日、淡谷川の下流で死体となって見つかっている。


 警察は事故として片付けていたが、IDPSに入った後に当時の記録を調べたところ、イチノセ公の名前で捜査を中止するよう、警察に圧力がかけられていた。

 それが意味するところは明白だ。イチノセ大佐は、その伯父の(てつ)を踏むのではないかと怯えたのだ。


『……まあ、出し抜かれたのは私も同じこと。これほどあからさまに動くとは思っておらなんだ。久河の動きに警戒するよう、及川君に指示を出していなかった私の失策でもある』


 だから、お前を始末するつもりはない、と言われ、ほっと胸をなで下ろす。とりあえず、首の皮一枚で切り抜けたらしい。


「かしこまりました。して、この後はどうするのですか?」

『うむ。しばらくは政界での動きが中心となるだろう。まずは内閣不信任案を出す』


 さらっと言ったイチノセ公であるが、その内容は極めて重要だ。


 現在、政権の座にあるのはアキカワ首相であり、彼はヒサカタ家と手を結ぶクガ家の支援を受けて、政権首班に就いている。

 そのアキカワ首相が率いる保守党が政権与党として政界をリードしているが、議席数では過半数をわずかに下回っており、他党との連立が政権維持の必要条件となっている。


 そして、保守党と連立する政党の内、最大の議席数を数えるのが、イチノセ家の後援を受ける自由党なのだ。

 その自由党が不信任案を提出するということは、政権から離脱するということであり、自由党の離脱はアキカワ首相の政権基盤を大きく揺るがすこととなり、ひいてはクガ家の政治影響力低下を招くこととなる。


「しかし、それではこちらも非難を受けかねません。敵はすぐそこまで迫っているのですよ」

『だからだよ、忠知。敵がすぐそこにいる状況での政治空白を保守党が放置するはずがない。あれは、久河の影響を受けているが、久河の党ではないのだ。久河を排除し、我らと手を組む余地はある』


 ううむ、と唸るイチノセ大佐。祖父の考えは、いささか楽観的に過ぎるのではないかと思ったのだ。


 確かに、政治空白は危険だ。敵が列島のすぐそばにいる状況では自殺行為と言っても過言ではないだろう。

 だが、クガ家と保守党がそれを覚悟するとしたらどうだろうか。


 イチノセ家が第一次大戦敗戦の責を負って野に下り、七十年。現イチノセ公が家督を継いでからでも六十年。

 その間、イチノセ公は何とか一族を復興させようと、クガやヒサカタとの政治闘争に明け暮れていた。


 もはや亡霊でしかないイチノセ公の妄執には、向こうもいい加減に疲弊しているだろう。

 そんな彼らにとって、エルンスト少佐の一件を利用して妥協を引き出そうとする祖父の動きは、むしろイチノセ家にトドメを刺す好機と映るのではないか。


 エルンスト少佐のスパイ疑惑は、あくまで疑惑でしかない。それを「事実」として、反逆罪で立件することは、未だ公安に影響力を持つイチノセ家にとっては難しいことではなかった。

 だが、それはヒサカタの激しい反応を招いた。付け入る隙となりかねない指揮権による釈放をクガに求め、クガもそれに応じたのである。


 これは、裏を返せば彼らがこちらとの対決を覚悟したということではないのか。

 イチノセ大佐はそんな危惧を抱いていた。


『お前はエルンスト少佐の監視を続けろ。どんなに些細なことでもいい。何かあれば、憲兵に取り調べさせろ。よいな?』


 祖父が情勢を読み違えたのではないかという懸念。それを伝える前に、電話が切れる。


「……川原少佐」

「は、はっ! 何でありましょうか!」


 滑稽なほど緊張し、直立不動の姿勢で答えるカワハラ少佐。

 その滑稽さを嘲笑することもなく、イチノセ大佐は祖父の指示を淡々と伝える。


「エルンスト少佐に監視をつけておけ。監視と気づかれても構わん。奴の一挙手一投足を監視し、何かあればすぐに報告しろ。対処は都度、こちらから指示する」

「かしこまりました!」


 敬礼もそこそこに、逃げ出すように部屋から出て行くカワハラ少佐を見送りながら、イチノセ大佐は訪れつつある政治動乱の気配に一抹の不安を拭えないでいた。

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