表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宝石戦争  作者: 東条カオル
第三章 敵艦、見ユ
31/42

第二話 皇海上空の戦い

 2月17日の早朝。朝日がようやく顔を出し始めた午前5時。

 須磨湾上空で警戒飛行中だった早期警戒管制機《AWACS》が、西方から飛来する無数の機影をレーダーで捉えた。

 AWACSがキャッチした情報はほぼ同時に帝都防空司令部へと送られ、帝都空軍基地には出撃を告げるアラームが鳴り響いた。


 自室のベッドで眠りに就いていたレオンハルトもそのアラームで飛び起き、手早く準備を済ませると愛機の下へと駆け出す。

 ハンガーへ入ると、整備士たちが最終準備を進めるF-18J(イーグル)がレオンハルトを迎えたが、その姿は昨日までのそれとは異なっていた。


「ふむ、これが噂のステルス塗装か」

「ええ。こいつを塗れば、電波を吸収するとか。ただ、これじゃ目立っちまうんで本末転倒だと思うんですがねぇ」


 レオンハルトの機体を担当するベテラン整備士が腕を組みながら唸る。

 彼らの目の前には、真っ赤(・・・)に塗装されたF-18Jの姿があったのである。


「本当によかったんですかい? 准将殿は、無理強いはしないとおっしゃってたそうじゃないですか」

「赤は個人的に思い入れのある色でね。確かに悪目立ちするが、むしろ敵の注意を引きつけられる。要は当たらなければいいだけの話さ」


 そう言ってニヤリと笑ってみせると、呆れた顔をする整備士を横目にしながらレオンハルトはF-18Jのコックピットに収まった。


「少佐殿、ご武運を!」


 敬礼する整備士たちにサムズアップしながら、エンジンの回転数を上げてエプロンへと滑り出す。


 目の前の滑走路からは続々と第1航空団に所属するF-3C(雪風)戦闘機が飛び立ち、西の空へと向かっている。

 二本の滑走路に繋がる誘導路は出撃を待つ戦闘機で渋滞しており、レオンハルトもしばらく待たされる。


『タワーよりアイギス1。滑走路への進入を許可する』

「アイギス1、了解。滑走路へ進入する」


 管制塔から滑走路への進入許可が下りたのは、誘導路に入ってから五分後のことだった。


『アイギス1、クリアード・フォー・テイクオフ』

「了解。アイギス1、クリアード・フォー・テイクオフ」


 離陸許可が出ると同時にスロットルを開け、深紅のF-18Jが滑走路を疾走する。離陸速度に達した機体がふわりと宙に浮き、アフターバーナーが轟音と共に機体を加速させた。


『タワーよりアイギス1。チャンネル20でインペリアル・コントロールと交信せよ。グッドラック』


 機首を西へと向けて旋回すると同時に、管制塔からの通信が切れる。

 それを見計らって通信機のチャンネルを回すと、今度は帝都一帯の防空管制を担当する帝都防空司令部――通称、インペリアル・コントロールと通信が繋がった。


「こちら、アイギス1。インペリアル・コントロール、応答せよ」

『こちら、インペリアル・コントロール。感度良好。アイギス1、状況は把握しているか?』

「慌ただしく出たからな。状況を確認させてくれ」


 レオンハルトがそう言うと、コントロールの要撃管制官は応答の代わりにF-18Jの戦術コンピュータとのデータリンクを始めた。

 受信された情報は疑似神経ケーブルを通してレオンハルトの脳内にインプラントされたブレインチップと共有され、拡張角膜(AC)上の仮想ウインドウに表示される。


『地図は表示されたか? 問題がなければ説明を始める』


 レオンハルトが「問題ない」と返答すると、要撃管制官が仮想ウインドウに表示された情報に沿って説明を始めた。


『敵は百五十を超える規模の大部隊で、おそらく戦爆連合だ。進行方向から見て、ここ帝都を直接攻撃し、一挙に勝負を決める腹だろう』


 皇海の西に浮かぶヴィール島から伸びる赤い矢印が帝都を指す。


『昨日、敵工作員によると思われるレーダーサイトへの破壊工作があった。何故その動きに連動して攻めて来なかったのかは分からんが、とにかくこちらの防空網は急場しのぎだが復旧している。となれば、目標はここと帝都基地の二つに絞られる』


 仮想ウインドウ上の地図は帝都周辺が拡大され、帝都新市街の防空司令部と帝都空軍基地の二ヶ所が点滅する。


『君たちには護衛機の排除に当たって欲しい。後続の部隊が爆撃機の相手をする。高度25000まで上昇し、方位265へ向かえ』

「了解した」

『戦闘空域では混線や通信妨害が予想される。警戒せよ』


 そして、要撃管制官との通信が切れる。


「アイギス各機、聞いたな? 万一の場合には各自の判断で行動しろ」

『了解』


 レオンハルトがそう言って機首を引き上げると、僚機もそれに続いて続々と上昇を開始した。


 帝国気象庁に蓄積されたデータによるとこの日の皇海の天候は曇りであり、ヴィール島から列島にかけて雲海が広がっていたという。

 レオンハルトはこの雲海の上空を飛びながら、列島へ迫るレウスカの戦爆連合の迎撃に急行している。


 しばらく飛んでいると、レオンハルトたちの進行方向にうずたかく成長した積雲の壁が見えてきた。


「前方に雲あり。コントロール、敵影は確認できるか?」

『少し待て。……いや、確認はできていない。だが、警戒を怠るな。敵のステルス機が潜んでいる可能性もある』


 レオンハルトも正しくそれを警戒して尋ねたのだったが、どうやら後方のAWACSは捕捉していないようだ。


「アイギス各機、ファントムに警戒。後方に注意せよ(チェックシックス)

『了解』


 リアルタイムで更新される戦域情報システム(WAIS)の情報を視界の片隅に表示させて確認しつつ、レオンハルトは敵へ向けてスロットルを開ける。


 やがて積雲が近づき、迂回するコースを取ろうと機首を左に向けたその時、最右翼を飛んでいた僚機から通信が入った。


『アイギス12よりアイギス1。雲の切れ間に何か見えました』

「何?」


 とっさに積雲を見据えたレオンハルトの拡張角膜(AC)が雲の切れ間を拡大表示し、奇妙な光を捉えた。

 その直後、コントロールからの通信が入る。


『アイギス1、今君が見たものをこちらで解析した。おそらく、人工物だ。つまり――』

「――航空機だな」


 陽光に照らされたようなその輝きは、F-18Jの戦術コンピュータを通じて地上の防空司令部によって解析され、航空機だと判断される。


 言葉を引き取ったレオンハルトに同意した要撃管制官は、レーダーに何も映っていないということを口にしつつ、こう言った。


『アイギス1、君と君の部隊の任務を変更する。目撃した未確認機(ボギー)の正体を確かめ、それがファントムであった場合はこれを撃墜せよ。全兵装使用許可(ウェポンズフリー)

「アイギス1、了解。未確認機の捜索に入る」


 レオンハルトはそう言ってコントロールとの通信を切ると、隊を二つに分けることにした。


「アイギス2、それと3、4は私に続け。あの雲の中に突っ込む。アイギス5、残りの指揮を。上手く行けば、ファントムを雲の中から追い出せるはずだ。逃がして帰すな」

『了解』

『ちょ、ちょっと待て! 俺が指揮するのかよ!』


 冷静に応答したカエデやアイギス3、4とは対照的に、ジグムントが慌てて通信で騒ぎ始める。

 F-18Jのコックピットの中で焦っているであろう彼の様子を想像して微笑みながら、レオンハルトは自信満々の声音で言う。


「アイギス5、お前なら大丈夫さ。ルドヴィクだって私に同意してくれるはずだ」

『それは……』


 今は亡き前隊長の名前を出され、ジグムントが一瞬だけ息を呑む。


『……分かったよ。アイギス5、これよりアイギス1に代わって指揮を執る!』


 観念したように言うジグムント。

 レオンハルトは満足げに笑うと、すぐに表情を引き締め、目の前にそびえる雲の城を見つめた。


「任せた。……アイギス1、突入する!」


 その言葉と共に、四機のF-18Jが旋回して雲の中へと突っ込んでいく。


『いました! 2時の方向! 上です!』


 アイギス4の言葉にその方向を向くと、拡張角膜が雲でぼやけたその姿をはっきりと映し出す。

 間違いなく、ファントムだった。


「アイギス1よりインペリアル・コントロール。未確認機はSt-37(ファントム)敵性機(バンディット)と判断し、これより脅威の排除に移る」

『コントロール、了解。こちらでも確認――』


 要撃管制官との通信が「ザザッ」という雑音と共に不自然に途切れ、沈黙する。それと同時に、レーダーの表示が乱れた。


『レー――異常――!』

「アイギス3? くそっ、こっちの通信も駄目か」


 雑音が酷く、何を言っているのか分からない通信に舌打ちするレオンハルト。


『――ル!』


 突如として聞こえてきた、切羽詰まったようなカエデの声。

 半ば反射的にチャフとフレアを射出して緊急回避(ブレイク)すると、ミサイルが至近距離で爆発した。


「ヒュー! 危ないところだった、なっ……!」


 爆風に押されるように、レオンハルトはそのまま機体を下空へと切り込ませ、一気に敵との距離を開く。

 雲を突き破り、海面が見えたところで機首を引き上げて急反転する。下方向への凄まじいGがかかり、レオンハルトの体がシートに押しつけられた。


 そして、アフターバーナーを使用して速度を落とさないように上昇すると、レオンハルトを追尾していた敵機の後方へ占位するように旋回を続ける。


「ぐっ……」


 視界がブラックアウトしそうになるが、何とか踏ん張ったレオンハルトはようやく敵機の後ろ姿を捉える。

 視界とリンクするF-18Jの火器管制システム(FCS)が敵機をロックオンすると、レオンハルトは兵装スイッチを切り替え、ミサイルを発射した。


「フォックス1」


 母機から切り離されたミサイルは、一秒ほど自由落下した後、エンジンに点火して疾走を始める。

 降下中だったファントムは回避する間もなく、ミサイルの直撃を受けて皇海に散った。


「アイギス1、敵機撃墜(スプラッシュ1)。……と言っても、誰にも聞こえないのか」


 独りごちたレオンハルトは操縦桿をゆっくりと元に戻し、機体を水平飛行に移す。レーダーや通信機などは相変わらず沈黙を続けていた。


 とにかく、「目」と「耳」を早急に復旧させないことには、いつどこから敵の攻撃を受けるかわからない。

 レオンハルトはこの空域のどこかに身を潜めているはずの電子戦機を探すべく、再び雲の中へと突っ込んでいく。


 時折、銃撃音が聞こえてくる中を上昇していくと、突然目の前に航空機が出現し、レオンハルトは慌てて回避する。

 スレスレを通り抜けていく一瞬、レーダーの砂嵐や通信機の雑音が酷くなった。


「こいつか……!」


 レオンハルトが旋回して後方に占位しようとすると、電子戦機はその巨体を大きく傾け、雲間へと消えていく。


「逃がさんぞ!」


 機体を加速させ、電子戦機に肉薄するレオンハルト。必死に逃げようとする電子戦機をレティクルに捉えると、レオンハルトはトリガーを引いた。


 重低音がコックピットに響き、20ミリ砲弾が空を疾走する。機銃弾は過つことなく、次々に電子戦機に突き刺さった。

 とりもなおさず電子戦機は黒煙を吹き、コントロールを失って雲海の底へと沈んでいく。


 電子戦装置が破壊されたのか、電子戦機が見えなくなってすぐにレーダーや通信が復活した。


『隊長、聞こえますか?』


 通信が回復した直後、カエデからの通信が入る。その声音が余りにも心配そうだったので、レオンハルトは思わずクスリと笑った。


「ああ、聞こえる。全機、無事か?」

『こちら、アイギス4。アイギス3が撃墜されました。脱出は確認しています』


 共に雲の中へ突入した僚機の内、一人がやられてしまったようだ。領海内なので、救助の可能性が高いのが幸いと言ったところかだろうか。


 思わず舌打ちしそうになるのを堪えて「了解した」と応じると、今度は帝都防空司令部からの通信が入った。


『インペリアル・コントロールよりアイギス1。応答せよ。繰り返す、インペリアル・コントロールより――』

「――こちら、アイギス1。心配をかけた」

『無事だったか…… いや、アイギス3はどうした?』


 レオンハルトが「アイギス3は撃墜され、脱出した」ということを伝えると、管制官は小さくため息をついた。


『了解した。今、須磨の第2戦隊がそちらへ向かっている。救助を要請しよう』

「海軍が出てきているのか?」

『ああ。まあ、あまり支援は期待しないでくれとのことだ』


 それでも、下に味方がいるというのは心強いことだ。仮に撃墜されたとしても、救助が期待できる。


『アイギス1、引き続きファントムの迎撃を頼む』

「了解。……そうだ、アイギス4」

『何でしょうか』


 管制官との通信を終えたレオンハルトは、ふとあることに思い至り、僚機を失ったアイギス4に通信を入れる。


「単独でファントムの相手をするのは危険だ。後退して、アイギス5と合流しろ」

『ですが――』

「――これは命令だ。いいな?」


 何事かを言い募ろうとしたアイギス4の言葉を遮り、わざとらしく言葉に力を入れるレオンハルト。

 その圧力に押されたのか、アイギス4は小さく「了解」と応じて、機体を翻した。


「さて、アイギス2。行けるな?」

『もちろんです。いつでもどうぞ』

「よろしい。では、戦闘再開だ」


 アイギス3を見送ったレオンハルトは、カエデと合流して再び雲の中へと突入する。


 雲の中へ入った途端、レーダー照射の警告音がコックピットに鳴り響く。どうやらファントムは、こちらが雲の中へ戻ってくるのを待っていたらしい。


「だが、捉えたのはこちらも同じだ」


 後ろを振り返ると、右斜め上方からこちらに向かってくるファントムの姿がうっすらと見えた。

 それだけ分かれば、十分だ。


 後方に敵機が占位しようとしたその瞬間、レオンハルトはまるで後ろに目が付いているかのように、正しくそのタイミングを突いてストール寸前の急減速をかける。

 上空から一気に後ろへ詰め寄ろうとしていた敵機は、レオンハルトの機動に着いていけずにオーバーシュートした。


 すかさずレオンハルトがトリガーを押し込むと、鈍い重低音と共に機関砲が火を噴く。

 オーバーシュートしたファントムはその機銃掃射をまともに食らい、火達磨になりながら墜落していった。


「アイギス1、敵機撃墜(スプラッシュ1)


 失速寸前の機体姿勢を維持しつつ、スロットルを全開にして敵機が墜落していく方向とは反対側へ操縦桿を倒すレオンハルト。

 深紅のF-18Jが鋭く旋回し、二筋のコントレイルを描く。直後、爆音が響いてきた。


『スプラッシュ1、スプラッシュ1』

『グッドキル』


 どうやら、カエデもレオンハルトに少し遅れて敵機を撃墜したようだ。

 これで撃墜したファントムは三機。通常編成の部隊であれば、少なくともあと一機はファントムが隠れているはずだ。


『アイギス6よりアイギス1。ファントムと思わしき機影を確認。交戦許可を』

『アイギス5、同じくファントムを視認。隊長、やらせてくれ!』


 残る一機は雲の外で警戒中だったジグムントたちが発見したらしく、戦術コンピュータがデータリンクし、WAISの画面上に敵の位置が表示された。

 こちらからでは時間がかかる。必殺を期すならば、ジグムントたちに任せるべきだろう。


 少しの間考え込んだレオンハルトは、思考の迷路に陥りそうになっている自分に気がつき、頭を振った。

 彼らはもはや右も左も分からぬ新兵などではない。レオンハルトが導かずとも、自らの力で戦うことのできる「プロ」だ。


「よし。アイギス5、交戦を許可する」

『了解! アイギス5、交戦する!』

『アイギス6、交戦』


 フライトリーダーの一人であるアイギス9こと、ディミトロフ大尉が他の機の指揮を受け継ぎ、ゆったりと積雲を半包囲する中、編隊から離れたジグムントとイオニアスが速度を上げつつ、雲の中へ消えようとするファントムに迫る。


『そっちに行ったぞ、アイギス5』

『了解』


 ファントムの方へ向かいつつ、WAISの戦術画面を見続けるレオンハルト。

 二つの青い光点は、敵機を捉えつつ着実に追い詰めている。


『アイギス6、フォックス2』


 イオニアスの放ったミサイルが敵機に肉薄する。

 敵機はフレアとチャフをばらまきながらこれを回避したが、しかしジグムントとイオニアスが仕掛けた罠にまんまと引っかかる。


 ファントムが旋回した先は、ジグムントのキルゾーンだったのだ。


『かかった!』


 F-18Jに搭載された20ミリ機関砲が重低音の作動音を大空に響かせると同時、毎分六千発の発射速度で放たれた機銃弾がファントムの鋭角なボディを切り裂く。

 翼をもがれたファントムはきりもみ回転しながら墜落していき、雲海の底へ姿を消す。


 レオンハルトがジグムントたちに合流した頃、爆発音が聞こえてきた。どうやら、敵機は海面に叩きつけられる前に爆散したようだ。


『敵機撃墜を確認。よくやってくれた』

『残存機がいないか一通り確認してから、当初の作戦行動に戻る。それで問題ないな?』

『ああ。問題ない。そのように進めて――』


 そこまで言って、帝都防空司令部からの通信が不自然に途絶える。先ほどと違って、通信妨害が行われている訳でもない。


「インペリアル・コントロール? 何があった?」

『インペリアル・コントロールより展開中の全機に告ぐ! 敵空中戦艦が列島に向けて急速接近中! 対応可能な者は現行の作戦を中止し、速やかに敵空中戦艦の脅威排除へ向かえ! これは最優先事項である!』


 先ほどとは違う管制官――おそらく、帝都防空司令部のトップだろう――が切羽詰まった声で告げたその一言により、皇海上空の戦いは新たな局面を迎えた。







『グラーフより各機。たった今、我々は日本領空に侵入した。ここからは敵地だ。気を引き締めていけ』


 St-37(ウラガーン)の編隊が雲海の上を滑るように疾走する。

 その後方からは、ブリタニア戦線で衝撃的な登場を果たした空中戦艦が舳先(へさき)で雲を切り裂くように航行している。


 今月初め、電撃的なライカンゲル要塞攻略とその後の太平洋戦線構築に参加した統一連邦空軍第71戦闘機連隊ことソーンツェ隊の面々は今回、空中戦艦「シチシガ」の直掩機として日本侵攻作戦「スウォンツァ」に動員されていた。


『シチシガよりソーンツェ・カマーンド。2時方向に敵編隊を確認。こちらに接近している。主砲の斉射後、迎撃に当たれ』

『了解。皆、聞いたな? 方位25へ針路変更』


 シチシガからの迎撃指示に先頭を飛ぶカザンツェフ中佐が旋回し、ソーンツェ隊の面々がそれに続く。

 ソーニャもカザンツェフ中佐率いるA(アンナ)分隊、パンチェンコ少佐率いるB(ボリス)分隊に続いて接近する敵編隊の方へと機首を向ける。


 直後、後方のシチシガが二基の40.6センチ三連装砲が火を噴き、ソーンツェ隊の上を六発の砲弾が飛び去っていった。わずかに遅れて轟音が聞こえてくる。


『すげぇ音だな。キャノピーが震えたぞ』

『旧時代の遺物とばかり思っていたが、こうして見るとやはり凄まじいものだな』


 感嘆の声を上げるソーンツェ隊の面々。

 ソーニャも初めて見る戦艦の艦砲射撃に身震いする思いだったが、放たれた砲弾が設定された地点で炸裂したのを見た瞬間、その破壊力に思わず絶句した。


『……』


 誰かがゴクリと息を呑む音が聞こえた気がする。それほどまでに、目の前に現れた光景は衝撃的なものだった。


 空中に咲いた六つの巨大な火球が、日本空軍の戦闘機を飲み込み、焼き尽くす。飛び散った砲弾の破片は周囲を飛ぶ戦闘機を切り裂き、衝撃波はさらにその外側にいた機のコントロールを失わせる。


『敵残存数、七』

『ヴァルトールナより各機。残存する敵機を排除せよ。交戦を許可する』


 相変わらず、感情の振れ幅を全く見せない冷静な声の要撃管制官が指示を出す。

 いつもは言いようのない拒絶感を覚えるこのヴァルトールナの声だが、今回に限っては呆然としていた意識をハッとさせた。


 カザンツェフ中佐も同様だったのか、少しの間を置いて編隊に通信を入れる。


『グラーフより全機。戦闘態勢へ移行せよ。カピヨー、リーリヤ、自由にやれ』

『カピヨー、ボリス・リーデル(リーダー)。了解した』

「リーリヤ、了解。交戦する」


 圧倒的な空中戦艦の火力に思わず呆けていたが、ここは戦地だ。

 気合いを入れ直したソーニャは粒のような敵機を見据え、操縦桿をゆっくりと倒しつつスロットルを開けた。


「雲の中を進む。敵編隊の下から突き上げるわよ」

『了解。さあ、お仕事の時間だ!』


 滑り落ちるように雲の中へと突っ込むソーニャに、ヴィクトルとユスポフ、オティリアの三人が続く。


 視界の効かない状況では、レーダーに映りにくいSt-37は非常に有利だ。

 雲間に紛れて敵から身を隠すこの戦法は、開戦以来、St-37を最前線で運用してきたソーンツェ隊によって確立されたものであり、セオリー通りの戦い方を好むソーニャにとっては肌に馴染むものだった。


『距離、8000。会敵まで二十秒』

『カピヨーよりリーリヤ。敵機はこちらに食らいついた。狩りはそちらに任せるぞ』

「任せてちょうだい」


 囮として敵から見えるルートで接近しているパンチェンコ少佐が通信を入れると、ソーニャはコックピットの中で笑みを浮かべる。


 そうしている間にも、ソーニャたちは残存する七機の敵機に近づいていく。

 レーダー上の敵機は徐々に針路を変え、パンチェンコ少佐の言葉通りにカザンツェフ中佐たちと交戦するように旋回している。


 そして、敵機がソーニャたちに気がつかぬままミサイルを抱えた腹を向けた瞬間、ソーニャは一気に機首を引き上げながらこう言った。


「機首上げろ! 私に続け!」


 下方向への強烈なGに締め付けられながら、ソーニャは勢いよく雲の中から飛び出し、目の前に現れた敵機に機銃弾を叩き込む。

 突然の攻撃に敵は対応する間もなく主翼をもがれ、コントロールを失う。


 ソーニャだけでなく、ヴィクトルたち僚機の三人もそれぞれに敵機を射程に捉え、機銃掃射で撃墜していった。


「敵機撃墜!」

『よくやった、リーリヤ。全機、畳み掛けるぞ!』


 敵が混乱しているのを見て取ったカザンツェフ中佐が叫び、囮役を務めていた八機のSt-37が急旋回で反撃に移る。

 態勢を立て直す間もない敵機は多勢に無勢もあり、為す術なく撃ち減らされていく。


『全機、無理はするな。最後のこいつは俺がやる』


 最後の一機は一矢報いようとしたのかミサイルを放ち、機関砲を乱射しながら逃げ回ったが、冷静に後方を取ったカザンツェフ中佐の一撃によって雲海へと沈んでいった。


『シチシガよりソーンツェ・カマーンド。直掩に戻れ』


 きっちり仕事をこなしたことにホッと一息ついていたソーニャは、ずいぶんと高飛車な態度で戻ってくるよう命じたオペレータの言葉に不快感を覚える。

 温厚なソーニャですらそうなのだ。気性の荒い他のパイロットたちは、苛立ちを隠そうともせず、口々に文句を言い出した。


『ずいぶんと偉そうだな』

『あれは同志議長閣下のお気に入りだからな。俺たちみたいな義勇兵風情とは身分が違うってとこだろ』

『……諸君、ご苦労だった。任務に戻ってくれ』


 さすがのヴァルトールナも思うところがあったのか、珍しくパイロットの面々に労いの言葉をかける。

 それに気勢を削がれたのかパイロットたちも口をつぐみ、続々とシチシガの直掩へと戻っていこうとする。


 その時、レーダーに再び反応が現れた。


『待て、レーダーに反応があるぞ』

『ヴァルトールナよりソーンツェ・カマーンド。こちらでも確認した。高度12000、4時方向だ』

『どうする? このまま直掩に戻るのか?』


 シチシガとの通信回線もわざわざ繋いでまで言ったヴィクトル。態度の大きいシチシガのオペレータを揶揄する意図は明白だ。

 そのことに気づいたのか、シチシガのオペレータも固い声で「迎撃を継続」と一言だけ言って通信を切る。


『必要以上に関係を悪化させる発言は控えたまえ、大尉』

『そいつはすいませんね、管制官殿。なにぶん、レウスカの方々と違って育ちが悪いもんで』

「その辺にしておきなさい、ヴァローナ」


 いつになく苛立っているヴィクトルの様子を心配に思ったソーニャが一声かけると、彼はようやく頭が冷えたのか、「すまん」と言って黙り込む。


 何となく微妙な空気が漂い始めたと思ったその時、別の部隊の通信が混線してきた。


『――そっ、何なんだ、こいつは!』

『助け――』

魔女(チャロブニツァ)め……!』


 魔女――。聞き覚えのある言葉に、緊張が走る。


『今の、聞いたか?』

『はい。魔女、と』

『奴か?』

『日本の部隊だ。ここにいてもおかしくない』


 ラピス、ブリタニアとソーンツェ隊の前に立ちはだかってきた彼ら――「魔女部隊」が、今度も現れたのか。


『全機、最大級の警戒で対応しろ。特に、ナンバー666のF-18には一人で当たるな』

『了解』

『リーリヤ、君とヴァローナに奴を任せてもいいか?』


 カザンツェフ中佐の言葉に、ソーニャはコックピットで微笑む。


「もちろんよ。対策は考えてあるわ」

『そうだな。任せてくれ』

『よし。では準備はいいな? 全機、方位85へ。我に続け』


 ソーニャとヴィクトルの返答に満足げな声を漏らしたカザンツェフ中佐が、機体を鋭く切り返す。

 ソーニャたちもそれに続いて次々に旋回し、レーダーに反応があった方向へと向かっていく。


 カザンツェフ中佐とパンチェンコ少佐がそれぞれに率いる両分隊から離れ、ソーニャを含めた四機のSt-37があの「悪魔(ジヤヴォール)」を仕留めるべく、雲海の中へと潜行していった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ