間話 太平洋戦線
年の瀬が迫った1991年12月29日の朝。
レウスカ人民軍の占領下に置かれたイートン空軍基地には統一連邦空軍の識別マークを付けた要人用輸送機が駐機し、レウスカ空軍の整備士たちによって点検が行われていた。
この要人用輸送機はとある将官を乗せてやって来たのだが、その将官がイートン空軍基地のブリーフィングルームを占拠し、第71戦闘機連隊の面々を集めていた。
「全員集まったかな、カザンツェフ中佐」
「はい。ウチのパイロットはこれで全部です、サプチャーク中将」
様子をうかがうようなカザンツェフ中佐を気にする素振りもなく、とある将官――サプチャーク中将が満足げに頷く。
「よろしい。さて、まずは諸君らを労うとしよう。遠路はるばる、ブリタニアまで来てご苦労だった」
「はぁ。ありがとうございます」
「命令ですので」
サプチャーク中将の労いに、ソーンツェのパイロットたちは顔を見合わせながら一応、礼を言う。
ソーニャも礼を言いつつ、にこやかに微笑むサプチャーク中将の姿に得体の知れない恐怖感を覚えていた。
「先日のキングストン攻略戦では634師団が動いたが、レウスカの混乱に巻き込まれて司令部が壊滅。結果として損害だけ負って撤退した形になった訳だ」
あれはちょうどソーニャが「悪魔」の攻撃を受けた時だったか。
態勢を立て直して「魔女部隊」に挑もうとしたソーンツェ隊は、第634師団に所属する歩兵連隊の連隊長から「師団は撤退する」という通信を受け、訳の分からないまま、このイートン空軍基地へと帰ってきた。
そして、ここへ帰ってきた後で、第634師団が味方の誤射によって大きな損害を受けたことと、師団長以下の司令部要員が戦死したことを伝えられたのだった。
ヴィクトルが「間抜けにも程がある」と吐き捨てたのをよく覚えている。
「634師団は本国へ帰還、代替の師団もブリタニアではなく東部戦線へ派遣する」
「では我々もブリタニアでのお役目は終わりということですかな?」
「その通りだ、カザンツェフ中佐」
キングストンを攻略して数日。本来であれば、戦力で勝るレウスカ軍は疲弊しているはずのブリタニア軍に畳み掛けて勝負を決するべきなのだが、そうも行かなくなっている。
その大きな要因は急速に拡大する戦線に兵站が追いついていないことにあり、ブリタニア軍特殊部隊によるものと思われる後方連絡線の襲撃が相次いでいることもあって、第2軍は作戦行動を起こすだけの余力を失っていた。
ブリタニア戦線は長期化の様相を見せ始めており、統一連邦から派遣されている将兵の間では、この泥沼に巻き込まれることを良しとしない声も上がっていた。
その意味では、ブリタニア戦線を放棄するというサプチャーク中将の言葉は理解できるのだが、そんなことは通信でも使って言えば良いことだ。
彼が直々にやって来て、ソーンツェの面々に説明するまでのことではないはずである。
「ご用件はそれだけですか、中将閣下?」
同じ疑問を感じたのか、ヴィクトルが尋ねる。いつもの自信満々で、どこかふてぶてしい笑みこそ浮かべていないが、慇懃無礼さは健在である。
サプチャーク中将はそんなヴィクトルの態度に特に感銘を受けた様子はなく、「はっはっはっ」と笑ってこう答えた。
「そんな訳がないだろう。君たちには新たな任務に就いてもらいたくてな」
「新たな任務、ですか?」
「ああ。これを見てくれ」
そう言うと、サプチャーク中将は副官に合図して薄い冊子を配らせた。
「コーペル作戦」とだけ書かれているその冊子の表紙をめくると、そこにはとある半島の概略図が描かれていた。先端には、星印がつけられており、「目標」と書かれている。
「閣下、これは一体……」
「君たちに飛んでもらう半島だよ、カザンツェフ中佐。ニザヴェリル半島だ」
ニザヴェリル半島。PATO加盟国である中央ローヴィス連邦の、二つに分かれた領土の内の東側である。
西方領土がヨーツンヘイム山脈周辺を除いてレウスカの占領下に置かれているのに対して、このニザヴェリル半島は東部戦線の最前線として、未だに頑強な抵抗を示していた。
「つまり、我々は東部戦線に送られるということでしょうか?」
「少し違うな、ヴィクトロワ大尉。君たちは東部戦線で戦う訳ではない」
ソーニャの質問に首を振るサプチャーク中将。
東部戦線の最前線にも関わらず、東部戦線で戦う訳ではない。
その言葉に疑問を感じ、ふと作戦書に描かれたニザヴェリル半島の概略図が目に入った。半島の先端部分に印された、星のマークと「目標」の文字。
すなわち――
「君たちにはスペツナズが従事する第三戦線、太平洋戦線の開設任務の支援をしてもらう。目標はニザヴェリル半島の要衝、ライカンゲル要塞だ。これは最上級の機密作戦であり、他言した場合には反革命罪に問われる可能性もあるものである」
パイロットたちがどよめく。ソーニャもサプチャーク中将の言葉に困惑を隠せない。
「スペツナズ、ということは我が軍が主導して行うということですか?」
「そうだ。攻略後のライカンゲル要塞は、海軍潜水艦隊の根拠地となることも決まっている」
隣に座るヴィクトルと顔を見合わせるソーニャ。ヴィクトルの表情はまるで苦虫を噛み潰したようだ。
「スペツナズを投入し、海軍が根拠地を置くとなれば、もはや義勇軍という言い訳では効かなくなるのでは? ラトキエヴィチの戦争に巻き込まれることになります」
「中佐、そもそもこの戦争がラトキエヴィチの主導で行われていること自体がおかしいのだ。東側の腐った資本主義体制を打倒するための戦争は、我らソヴィエトの指導によって行われねばならん。これは、主導権を取り戻すための作戦だ」
その瞬間、ソーニャは今まで自分が彼に感じていた得体の知れない恐怖の正体を悟った。
彼は狂信者なのだ。祖国に対してか、社会主義に対してか、あるいは軍隊に対してかは分からないが、何かしらの信仰のために戦っている。
それはソーニャとは決して相容れない考え方であり、彼女の第六感はそれまでの彼の発言から、その片鱗を感じていたのだろう。
サプチャーク中将はまるで神の存在を疑わない敬虔な神父のような表情でこう言った。
「さあ、諸君。これからが本番だ。諸君らの武運を祈る。ソヴィエト万歳」
寒々しく聞こえる「万歳」の言葉と共に、ソーニャには何かが崩れ去る音が聞こえたような気がした。
「それで? ライカンゲルが落ちたというのは本当なのか?」
「はい。複数のルートで確認させましたので間違いありません」
バロック調の豪奢な家具に囲まれた一室で二人の男性が向かい合っている。
彼らの表情は険しく、会話の内容を聞かずとも、年明け早々にあまり面白くない話をしていることは一目瞭然だろう。
一人はリュック・ド・ソミュール。ガリア連合王国の現首相であり、およそ五十年ぶりの「貴族宰相」だ。
長く国防大臣を務め、第四次シーニシア戦争における勝利を材料として首相の座に就いた直後、宝石戦争が勃発。未曾有の国難の中で、支持率の低下に苦しんでいる。
そしてもう一方は、アントワーヌ・ロラン。ソミュール政権の国防大臣を務めているが、彼はソミュール首相が国防大臣だった頃の国防次官であり、口さがない者には「ソミュールの腰巾着」などと呼ばれている人物だ。
二人はガリア最北端のグランヴェリア島の対岸にある、FCLのライカンゲル要塞が陥落したとの報告を受け、対応を決めるべく臨時の協議を行っていた。
「信じられん……。回廊要塞の時もそうだったが、レウスカは魔法か何かを使っているのか?」
「ライカンゲル攻略に動いたのはレウスカではなく、統一連邦のようです」
「統一連邦だと?」
ロラン国防大臣の言葉に、ソミュール首相が眉を顰めた。
「メニシチコフが宗旨替えしたか、あるいは保守派の独断専行か。どちらにせよ危険だな」
「と、言いますと?」
要領を得ない様子のロラン国防大臣に、ソミュール首相が説明する。
「メニシチコフが戦争を決断した場合は言うまでもないな。そして、保守派の独断専行だった場合は、統一連邦が二つに割れる可能性がある。クーデターか内戦になるだろう」
「ラトキエヴィチを抑える者がいなくなる……」
「それだけではない。内戦になれば、統一連邦の保有する核兵器がどうなるか分からん。テロリストなどに流出した場合、大惨事が引き起こされる。事はローヴィスだけでは済まなくなる」
ソミュール首相がそう言うと、ロラン国防大臣の表情が真っ青になった。
「まあ、統一連邦内部のことを心配しても仕方ない。我々にできることなど限られているのだからな」
「そ、そうですな」
ハンカチを取り出して汗を拭うロラン国防大臣を見ながら、ソミュール首相はため息をぐっと堪えていた。
未だ貴族が領地を持ち、隠然たる影響力を誇っているこの国といえども、やはり議会制民主主義が根付いており、貴族が貴族として政権を担うのは並大抵の努力ではできない。
貴族院に籍を置いたまま、政敵を徹底的に排除することで政権の座に就いたソミュール首相だが、その過程で頼りになる人材をことごとく失脚させてしまったのは、今からして見れば失策だったと言えるだろう。
無論、首相の座に就くまではレウスカが戦争を仕掛けるなどと思っていなかったのだが、こうして大した案も出せず、ただ狼狽するだけのロラン国防大臣を見ていると、何故頼りになる人間を排除してしまったのだろうかと思わざるを得なかったのだ。
「とにかく、グランヴェリアの対岸まで敵が来ている訳だ。国軍を総動員せねばなるまい。勅許持ちの貴族から同意は取り付けたのか?」
「はい。問題なく。ヴォクリューズ公やヴェリア候はあちらから申し出てくださった程です」
当然だろうなと思いつつ、「良くやった」と声をかけるソミュール首相。
ガリア連合王国は領地持ち貴族の集合体として形成された歴史を持ち、保有する軍隊も貴族たちが創設した部隊の寄り合い所帯であるという建前を持つ。
無論、国軍の全ては国防省の統制を受け、参謀本部の軍令に従って行動するのだが、「勅許特別指揮権」という形で貴族の権利も未だ残っている。
形骸化しつつある仕組みではあるが、貴族が「否」と言えば、国防省はその貴族が権利を持つ部隊を動かすことができない。
そのため、部隊を動かす際には事前に貴族の同意を取り付けておくというのが暗黙の了解となっているのであった。
「では、参謀本部に命じて防衛計画を立案するように――」
「――も、申し上げます!」
ソミュール首相の言葉を遮るかのように扉が勢いよく開かれ、ソミュール首相の秘書官が駆け込んでくる。
「無礼であろう! 首相閣下と私は今、国家の大事について話をしているところなのだぞ!」
「大臣、まずは話を聞こう。それで、何があった?」
顔を紅潮させて怒鳴ったロラン国防大臣をうんざりした様子でなだめながらソミュール首相が尋ねると、秘書官は荒い息を整えながら、一枚の電文を差し出した。
「こ、これを!」
「何だ……くそっ! ロラン大臣、参謀本部の連中を至急、招集しろ!」
「な、何事です? こんな時間に招集しても――」
目を白黒させるロラン国防大臣に向かって電文を突きつけながら、ソミュール首相は滅多に見せない形相でこう叫んだ。
「グランヴェリア島で戦闘が起きている! 統一連邦の空挺部隊だ!」
それは突然のことだった。分隊を率いて訓練中だったユーグ・ベランジェ軍曹は、爆風に煽られて転倒したと思った直後、サイレンが鳴り響くのを聞いた。
「軍曹殿!」
「だ、大丈夫だ! それよりも状況の確認を急げ!」
慌てて走り寄ってきた部下に答えながら、ベランジェ軍曹自身も周囲を見渡す。
彼らが訓練しているのはグランヴェリア島の北部、ソレム陸軍基地から少し離れたところにある市街地戦闘訓練施設だ。
訓練施設であるが、実弾の使用は禁止されており、ましてや爆発など起こるはずもない。
そして、島にサイレンが鳴り響いているとなれば、考えられる可能性は一つだった。
「レウスカの野郎か統一連邦の奴らか、どっちかは分からんが敵が攻めて来たな……!」
「そ、そんな! どうするんです? 俺たち、本物の弾なんか持ってないんですよ!」
「落ち着け、ランジェサン。とりあえず基地に戻るぞ。周囲を警戒しつつな」
顔を青ざめて震える若い兵士の肩に手を置き、ゆっくりと優しくなだめるベランジェ軍曹。
目の前の青年は徴兵されてようやく隊に配属されたばかりの新兵だ。怯えるのも無理はないが、それでも貴重な戦力として戦ってもらわなければならない。
「分隊集合!」
ベランジェ軍曹が声を張り上げると、分隊員たちがぞろぞろと整列する。ベランジェ軍曹を含めて十人だ。
「状況は不明だが、このサイレンだ。おそらく、対岸を占領していい気になった悪党どもが、調子に乗って攻めてきたに違いない」
ベランジェ軍曹がそう言うと、ゴクリと息を呑む者、顔を青ざめる者、そして不敵に笑う者と、分隊員たちは十人十色な反応を示す。
「俺たちの後ろには守るべき市民がいる。俺たちの家族であり、恋人であり、友人である人々だ。彼らを悪党どもから守るために俺たちは訓練してきた。そうだな?」
「……」
「返事はどうした!」
怒鳴りつけた途端、分隊員たちが姿勢を正して「その通りです!」と声を合わせて返事をする。
それを見たベランジェ軍曹は満足げに頷きながら、表情を引き締めた。
「これより分隊は基地へ戻り、小隊長殿の指示を受ける! 全員、遅れるな!」
「はっ!」
ベランジェ軍曹の先導で、分隊員たちは小銃を抱えて走り出す。その上空を、戦闘機の群れが飛んでいった。
「あれはウチの空軍じゃないな……。総員、身を隠せ!」
「敵機、反転します!」
誰が叫んだか、その言葉に全員が慌てて近くの岩場や木陰に身を隠す。
その直後、反転してきた敵戦闘機の機銃掃射が、直前まで彼らのいた小道に穴を穿った。
「全員無事か!」
「問題ありません!」
ベランジェ軍曹は敵機が戻ってこないのを確認した上で、再び分隊を基地へ向かって先導する。
「警戒を怠るな! 敵はすぐ近くにいるかも知れんぞ!」
敵の奇襲攻撃が空軍機の爆撃だけで終わるとは思えない。当然、海兵隊か空挺部隊を投入し、グランヴェリア島の占領を企んでいるはずだ。
海兵ならともかく、空挺部隊であればどこに出現してもおかしくない。もはやここは戦場となっているのだとベランジェ軍曹は感じていた。
「軍曹殿、あれを!」
部下の一人が指差した方向、切り立った海岸線を走る湾岸道路から、明らかにガリア軍のものとは違う戦車が基地へ向かって発砲しているのが見えた。
ソレムの基地からも戦車が出て応射しているが、敵の戦車の方が数は多い。基地はところどころから黒煙を上げており、状況は不利に見えた。
「パラも見えます! 敵の空挺部隊だ!」
「くそっ、本格的な侵攻だな……。急ぐぞ! 基地が落ちる前に武器を調達する!」
自分で言って、ベランジェ軍曹は驚いた。すでに自分は基地の陥落を不可避のものと考えているらしい。
幸い、分隊員たちがそれに気がついた様子はないが、知らず知らずの内に弱気になっていた自分を叱咤して、ベランジェ軍曹は走る速度を上げた。
しばらく走り続け、基地の正門が見えてきたところで、こちらに向かってくる歩兵戦闘車が見えた。ハッチから見慣れた将校が顔を出す。
「ベランジェ軍曹、無事だったか!」
「小隊長殿!」
ベランジェ軍曹が所属する第2/6小隊の指揮官であるルエル少尉だ。緊張しているのがありありとうかがえる表情をしている。
「三号車が基地の中で待っている。急いで武装を整え、敵の迎撃に当たれ。追って指示を出す」
「はっ! ベランジェ軍曹、了解しました!」
敬礼するベランジェ軍曹以下の分隊員に答礼すると、ルエル少尉がハッチから顔を引っ込め、歩兵戦闘車が降下を続ける敵空挺部隊の下へと向かっていった。
「分隊、急ぐぞ! 小隊長殿はすでに戦場へ向かわれた!」
「はっ!」
指揮官に後れを取る訳にはいかないと、ベランジェ軍曹は今まで以上に走る速度を上げ、敵の砲撃が降り注ぐ基地へと戻った。
「退避、退避ぃ!」
「消火急げぇ! 弾薬庫に火が回るぞ!」
「衛生兵はどこにいる!」
基地のゲートをくぐると、中は「混沌」と表現するに相応しい喧噪に包まれていた。
食堂のあった建物が直撃弾を受けたのか炎を上げており、非戦闘員の職員が消火器で必死に消し止めようとしている。
その間にも敵の砲撃は続いており、不運な兵士が炸裂に巻き込まれ、体を吹き飛ばされた。
「ぐっ……おぇぇぇ」
その光景を目撃したらしい新兵が、昼の食事を戻す。ベランジェ軍曹もできることならそうしたかったが、状況がそれを許してくれなかった。
「ユーグ、こっちだ!」
ベランジェ軍曹の名前を呼ぶ数少ない同僚。同期であり、誕生日も近いことからソレムでの親友となったラウル・ビオ軍曹が、歩兵戦闘車のハッチから身を乗り出し、手招きをしていた。
「ラウル!」
「武器と弾薬はこいつに積んである! 急いで乗り込め!」
「聞いたな? 分隊、搭乗開始!」
至近距離に着弾した砲撃にも怯まず、ベランジェ軍曹は部下を率いて歩兵戦闘車に乗り込む。
「各員装備を再確認しろ! 装填を忘れるな!」
乗り込んだ兵士たちが次々に装備のチェックを始めると、歩兵戦闘車が動き出す。
『こちら、デルタ2-3。移動開始した』
『デルタ2-1、了解。デルタ2-3、ポイントF3に上陸部隊、ポイントF6には空挺部隊が展開している。敵はこちらを包囲するつもりだ』
ヘッドセットから聞こえてくる通信を聞きながら、車内に常備されている携帯情報端末を手に取り、ホログラムディスプレイを起動させる。
すると、基地周辺のグリッド化された地形図が浮かび上がり、敵の配置もそこに表示された。
「デルタ2-1、我々の目標を指示願いたい」
『デルタ2-3はポイントF6に展開している敵の空挺部隊を叩いてくれ。敵はすでに空挺堡を築いており、空挺戦車も確認されている。十分、警戒しろ』
「デルタ2-3、了解。オーバー」
小隊長であるルエル少尉からの指示は、敵の空挺部隊を撃破せよとのものだった。
奇襲攻撃で敵地深くに侵入し、拠点を築くような部隊だ。さぞ精強に違いないと、内心でため息をつく。
『降車ポイントまで一分。準備してくれ』
「了解だ。……よし、いいか? こいつから出たら、速やかに遮蔽物に身を隠せ。敵は空挺兵。つまり精鋭だ。出てきたところを狙ってくるぞ」
「了解!」
小銃を構え、緊張した表情で震える新兵の肩を叩く。
「ランジェサン一等兵、お前の相棒は誰だ?」
「は、はい。モレル伍長殿であります!」
可哀想なくらいガチガチになったランジェサン一等兵に笑いかけながら、ベランジェ軍曹が続ける。
「お前は一人で戦う訳じゃない。モレル伍長がお前を守ってくれる。そして、お前はモレル伍長を守るために戦う。お互いにお互いを守るんだ。そうだな、モレル伍長!」
「その通りであります! ランジェサン、俺を頼れ。お前のケツは俺が守る。だから、俺のケツはお前に任せるぞ」
「は、はい! 頑張ります!」
ベテランの伍長に励まされてようやく元気が出たのか、ランジェサン一等兵の表情から少しだけ緊張が取れた。
ベランジェ軍曹が目配せすると、モレル伍長が胸を叩く。任せてくれ、ということだろう。
と、ちょうどその時、歩兵戦闘車が停止した。
『降車ポイントだ! 車両に向かって1時方向、敵の陣地あり! 注意しろ!』
「聞いたな? 降りたら左後方からの攻撃に注意しろ。分隊、降車開始! 俺に続け!」
ベランジェ軍曹が叫び、車外へ駆け出す。分隊員がそれに続いた。
「右、クリア!」
「左、クリア!」
「よし、身を隠せ! あの空挺堡を叩く!」
分隊員がわらわらと岩や穴に身を隠し、空挺堡の方をうかがう。
「あっちの岩場に移るぞ! モレル、援護射撃!」
「了解!」
「行くぞ? 3、2、1……行け!」
モレル伍長とランジェサン一等兵が制圧射撃を始めるのと同時に、ベランジェ軍曹が先頭となって遮蔽物となる岩場に向かって駆け出した。
「がっ……!」
「クノーがやられた! 一名戦死!」
「くそっ……。後で必ず収容する! 今は空挺堡の攻略だけを考えろ!」
頭を撃ち抜かれた兵士の死体が転がっている。相棒だった兵士は悔しそうな表情でそれを見つめていた。
ベランジェ軍曹にとっても悔しい光景だったが、それ以上にあのわずかな時間、それも移動している兵士の頭を撃ち抜いた敵兵の技量に、背筋を冷たいものが走る思いだ。
敵は強い。彼らの練度は間違いなくベランジェ軍曹たちのそれを上回っている。
それでも、グランヴェリア島を守るためには退くことなどできない。
「敵接近!」
「応射しろ! 敵を近づけさせるな!」
指示を出しつつ、ベランジェ軍曹自身も小銃の引き金を引く。タタタンと軽快な音が響き渡る。
「一人やった! 一人やったぞ!」
「馬鹿、顔を引っ込めろ! 撃たれるぞ!」
「グレネード!」
敵兵の投げてきたグレネードが、ベランジェ軍曹の目の前に落ちてくる。
彼はそれをとっさに拾い上げると、敵に向かって投げ返した。伏せた瞬間、空中でグレネードが炸裂する。
「すげぇ……」
「感心してる場合か! 敵が近づいてくるぞ!」
グレネードが分隊のど真ん中で炸裂することだけは避けられたものの、投げ返して伏せている間に敵はかなり近くまで接近してきていた。
『こちら、デルタ2-3。敵後方に増援を確認した。……くそっ、RPGだ! 後退する!』
ベランジェ軍曹たちを降ろし、火力支援に当たっていた歩兵戦闘車が、敵の対戦車歩兵の攻撃を受けて慌てて後退していく。
正面からの攻撃ならば耐えられなくもないが、側面部に回り込まれてしまえば一発だ。彼らの判断は間違っていない。
「分隊長、どうします?」
射撃を続けながら、隊では一番のベテランとなるモレル伍長が小声で尋ねる。状況があまり芳しくないのが分かっているからだろう。
「……やむを得ん。歩兵戦闘車なしではあの数を相手にするのはきつい。分隊、そのままで聞け! これより分隊は一旦後退し、態勢を立て直す! こちらの後退に乗じて敵が攻め上がってくる可能性がある。後退する時も、後ろには注意しろ!」
「了解!」
ベランジェ軍曹は機関銃手から機関銃を奪うと、自身の小銃を手渡す。
「後退の援護は俺がやる。お前は下がれ」
「し、しかし!」
「これが分隊長の仕事だ。良いから早く行け!」
少しだけためらった様子を見せた機関銃手だったが、ベランジェ軍曹の迫力に押されて渋々後退していく。
それを横目で確認したベランジェ軍曹は、手にした機関銃で制圧射撃を続けながらゆっくりと後退する。
敵はこちらが後退していることに気づき、攻め上がろうとしているが、顔を出した敵兵のところへ的確に集弾させるベランジェ軍曹の射撃の前に、なかなか前進できずにいた。
とは言え、弾数にも限界はある。三度ほどマガジン交換をした辺りで、敵がこちらに向かって突貫してきた。
もう駄目か、とベランジェ軍曹が覚悟したその時、突貫してきた敵の側でグレネードが炸裂する。
「分隊長、今です!」
そう叫んだのは、ランジェサン一等兵だった。グレネードランチャーで敵を牽制し、ベランジェ軍曹の後退を援護しようとしている。
「助かる! 一等兵、十秒だけで良いから支えろ!」
「了解です!」
機関銃を抱えてベランジェ軍曹が走り出すのと同時、ランジェサン一等兵が接近しようとしていた敵兵たちのど真ん中へグレネードを放り込む。
慌てて退避した敵兵が再び顔を出し、小銃を構えたその瞬間、ランジェサン一等兵が顔を引っ込め、ベランジェ軍曹が岩場へと滑り込んだ。
「ヒュー! 危なかったな。助かったぞ、一等兵」
「は、はい!」
肩をバシバシと叩いてやると、ランジェサン一等兵は嬉しそうな顔で頷いた。
『こちら、デルタ2-1。デルタ2-3、聞こえるか?』
「こちら、デルタ2-3。どうしました?」
前線を下げ、再び戦闘を始めたベランジェ軍曹の下に、ルエル少尉からの通信が入る。
『カランタンに敵が上陸した。このままでは包囲される。至急、ヴェリア=セントラルまで撤退せよ』
「カランタンに敵が……」
カランタンはソレムから南東に10キロほど離れた港町だ。
カランタンから島の反対側のアミエまでを貫く幹線道路があり、そこを抑えられると一気に第2海兵歩兵連隊の三分の一が包囲されてしまうこととなる。
『空軍も支援に出ているが、敵空軍の攻勢が激しく、地上への支援までは手が回らないらしい。ぐずぐずしていると、敵に包囲される。すぐに撤退するんだ。良いな?』
「はっ。デルタ2-3、撤退開始します!」
ベランジェ軍曹の返答を聞くと、ルエル少尉は「よろしい」と言って通信を切った。
「分隊、聞け! 敵がカランタンに上陸した。このままここで戦闘を続けていても、敵に包囲されるだけだ! これより分隊はヴェリア=セントラルまで撤退し、防衛態勢を整える! 総員、乗車せよ!」
その言葉を合図に、分隊員たちは急いで歩兵戦闘車に乗り込んでいく。
最後にベランジェ軍曹が乗り込むと、歩兵戦闘車は置き土産とばかりに敵部隊に砲撃を食らわして後退していった。
この日、ベランジェ軍曹が率いる分隊は一名の戦死者を出したものの、無事ヴェリア=セントラルへの撤退に成功。
兵士たちはお互いの生存を喜び合うことができたが、これは極めて幸運な例だった。
グランヴェリア島に駐留する第2海兵歩兵連隊は、この日だけで三百人以上の死傷者を出し、島の北半を放棄。
ガリア王国政府は本格的な戦時体制へ移行し、こうして長く苦しい太平洋戦線が幕を開けた。
1992年1月3日。後にソレムの戦いと呼ばれるこの敗戦を皮切りに、ガリアは第二次世界大戦後最大の国難を迎えることとなった。
そして、これはガリアと関係が深く、領土もそう離れていない日本にとっても「対岸の火事」では済まない出来事だったのである。




