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宝石戦争  作者: 東条カオル
第二章 バトル・オブ・ブリタニア
20/42

第四話 慢心の代償(前編)

 12月5日、夜明けと共にレウスカ人民軍第2軍は三度目となる回廊(コリドー)要塞攻撃に着手した。

 連日となる攻撃に、レウスカには何か秘策があるのかと緊張していた要塞司令部だったが、戦闘開始から三時間経った現在、レウスカ軍の攻撃は散発的なものに終始している。


 芸のないレウスカ軍の攻撃に勝利を確信した回廊要塞司令官のハーマン中将は、要塞防衛の指揮を連隊級の各指揮官に委任すると、幕僚たちと共に本格的な反攻作戦の立案に取りかかった。


 しかし、ハーマン中将はいささか気が早かったと言えるだろう。


 要塞司令部による統括的な指揮がなくなったブリタニアの防衛線には徐々に綻びが出始め、各所で支障を来していた。

 また、上層部の楽観的な見方は下級部隊の将兵たちにも伝染し、些細なミスが重なる。


 後に第三次回廊要塞攻防戦を総括したハーマン中将はこう語っている。

 慢心こそがブリタニア最大の敵であった、と。







「驚きました。まさかこんな事故があるなんて」

「ああ。……それにしても事故が多い。昨日も衝突寸前のインシデントがあったはずだ」


 回廊要塞飛行場の搭乗員待機室。困惑した表情を見せるカエデの言葉に、レオンハルトが顔をしかめていた。


 回廊要塞飛行場――便宜的にコリドー飛行場と呼ばれることが多い――は回廊要塞への人員・物資輸送のための飛行場であり、普段は補給物資や回廊要塞で働く将兵への面会にやって来た家族の取り扱いを行っている。

 戦時中の現在は民間機の運用が停止され、軍用輸送機や戦闘空中哨戒に向かう戦闘機が昼夜を問わず、入れ替わり立ち替わり離着陸していた。


 レオンハルトとカエデはレウスカ軍による第三次攻撃開始を受けて所定の計画通りに出撃しようとしたのだが、その直前にアクシデントが発生したのだった。


「隊長、結局スピカのパイロットはどうなったんだ?」

「脱出はしたが、爆風に煽られて死んだそうだ」


 ジグムントの質問に、レオンハルトが険しい表情のまま答えた。


 スピカ――第6航空団麾下の第161飛行隊に所属する戦闘機が出撃のために離陸しようとしたところ、滑走路に進入したブリタニア空軍所属の輸送機に衝突、大破炎上するという悲惨な事故がレオンハルトたちの目の前で起きたのである。

 本来であれば防げた事故だが、たまたまブリトン地峡一帯がこの時期では珍しい濃霧に包まれていたことや、輸送機のパイロットが管制官の指示を聞き逃したことがこの惨事を招いた。


 戦闘機のパイロットは衝突寸前に緊急脱出したものの、爆風を受けて死亡。一方、輸送機の方ではパイロットは無事だったが、機体が大破炎上したために滑走路を塞ぐこととなった。


「こういう時に滑走路が一本だと不便ですね」

「仮にも前線の航空基地のはずなんだがな」


 カエデがため息混じりに言ったように、コリドー飛行場は滑走路が一本しかない。

 それは地形的な制約もさることながら、海岸を埋め立てて滑走路を新たに作るだけの予算が要塞を管轄する陸軍にないということが大きい。


「何か緩んでるよなぁ。嫌な感じだぜ」


 ジグムントのぼやきにレオンハルトが頷く。

 回廊要塞でしばしば見かける些細なミス。今回はそれが惨事に発展した訳だが、この状況は開戦直前のラピスとよく似ていた。


「まあ、悩んでも仕方ない。私たちは私たちの仕事をするまでだ」


 レオンハルトがそう言い、カエデたちが頷いたところに搭乗員待機室の扉がノックされる。

 近くにいたイオニアスが扉を開くと、コリドー飛行場の統括責任者を務めるランバート大佐が副官と共に部屋に入ってきた。


「失礼。エルンスト少佐は……ああ、いたか」

「何かありましたでしょうか、大佐」


 レオンハルトが敬礼しつつ尋ねる。

 ランバート大佐は気もそぞろに答礼しながらこう答えた。


「うむ。滑走路の件だ。復旧までしばらく時間がかかる。それまでここで待機してくれたまえ」

「一時解散という訳には?」

「すまないが、それは許可できない。待機とは言っても、戦闘中だからな。とにかく、そういうことだ。よろしく頼むぞ」


 言いたいことだけを言って、ランバート大佐はそそくさと部屋を出て行った。レオンハルトの後ろではジグムントがぽかんと口を開けている。


「何だ、あの態度は。あの大佐だって一応当事者だろう?」

「まあまあ、大尉。あの人も仕事ですから」


 憤るジグムントを新しく入ったパイロット――ジグムントの部下だ――がなだめる。

 とは言え、他のパイロットたちも似たり寄ったりの反応だ。カエデは呆れた表情をしているし、イオニアスのいつもの無表情もどことなく仏頂面に見える。


 結局、パイロットたちはあまり広くはない待機室でそれぞれ時間を潰すこととなった。


 待機室にはアイギス隊以外のパイロットはおらず、隊員たちはのびのびと部屋を使うことができる。

 ジグムントは新入りの中でも若くて経験のないパイロットたちに囲まれ、ラピスでの経験談を誇張も交えながら面白おかしく話している。お喋り好きで陽気なジグムントは、どうやら古株四人の中ではいち早く彼らの心を掴むことに成功したらしい。


 待機室に置かれていた本を黙々と読むイオニアスと、実家へ送る手紙を書いているカエデに挟まれたレオンハルトは、備え付けのコーヒーを飲みながら漠然とした不安を感じていた。


 半年前、ラピスで戦っていた時は、自分の上にルドヴィク中佐がいた。レオンハルトは敵機を撃墜し、僚機のカエデを守ることだけを考えていれば良かった。


 だが、今は違う。レオンハルトは新生アイギス隊の隊長であり、十二人のパイロットに対して責任を負っている。

 目の前で談笑しているジグムントや新入りたち、隣に座るイオニアスやカエデは、レオンハルトの指示によって死ぬ可能性もあるのだ。


 そんな立場に立たされたレオンハルトを取り巻く現在の環境はあまり良くない。

 どことなく気の抜けた兵士たちの姿は開戦前の楽観的な雰囲気と、直後の混乱を思い起こさせる。その上、遂には犠牲者が出るような事故まで起きているのだ。


 そんなことを考えていたレオンハルトのところへ、綺麗に整えられた口髭が印象的な男性がやって来た。四機編隊(フライト)の一つを率いるディミトロフ大尉だ。


「少佐」

「どうしました、ディミトロフ大尉」


 ディミトロフ大尉はアイギス隊に配属される前は第6航空団の教導飛行隊で教官を務めており、入隊直後のレオンハルトも短い期間だが世話になっている。

 そのため、階級も立場もディミトロフ大尉の方が下だが、レオンハルトは敬意を持って彼に接していた。


「眉間に皺が寄っている。悩み事がありますと言わんばかりにな。隊長がそれでは、部下たちも浮き足立つぞ」


 にこにこしながら、わざと日本語で語りかけるディミトロフ大尉。この場で日本語が分かるのはレオンハルトとカエデくらいだからだろう。


「……そんなに寄っていましたか?」

「ああ。隣のお姫様もずいぶんと不安そうに君を見ているじゃないか」


 ディミトロフ大尉の言葉に釣られて横を見ると、心配そうな表情をするカエデと目が合った。


「君が何を考えているかは何となく分かる。まあ、あまり気に病まないことだ。そういうのは、なるようにしかならんものだ」

「そんなものですか?」

「ああ。経験談だ。信頼してくれて良いよ」


 そう言って、ディミトロフ大尉は皮肉っぽく唇を歪めた。







 コリドー飛行場の滑走路が事故によって封鎖された頃、回廊要塞正面の戦況はいささか盛り上がりに欠けていた。


 先日の第二次攻撃の際には、総司令部からの撤退命令が下るまで強硬に攻撃継続を主張し続けた第2軍司令部は、隷下部隊への攻勢指示を出さず、かと言って撤退するでもなく、という中途半端な指揮を執っていたのだ。

 一方、コントロヤンスキー作戦の概要を聞かされていない前線の兵士たちは積極性に欠ける司令部の態度に疑問を抱きながらも、これ幸いと攻撃の手を抜く。


 結果として、レウスカ軍は回廊要塞の手前40キロほどの、要塞砲の射程圏外を前後するに留まり、対するブリタニア軍も総数では劣勢なために反撃に出ずにいた。


 そんな状況を作り出した当人であるレヴァンドフスキー大将は、不愉快そうな表情を隠しもせず、カノンベリーに置いた第2軍司令部から、モニターを通じて戦況を眺めていた。


「戦況は」

「変わりありません」


 ぶっきらぼうに尋ねたレヴァンドフスキー大将に、ブワシク中将が答える。実に空虚な会話だ。


「いつまでこうしていれば良いのだ。あれ(・・)はいつ来る!」

「私には何とも。到着次第、総司令部から通信があるはずです」


 不快感を叩きつけられても、ブワシク中将の冷静さが崩れることはない。

 それにすら苛立ったのか、レヴァンドフスキー大将は周囲に聞こえるように舌打ちすると、席を立ち上がった。


「閣下、どちらに?」

「休憩だ。自室に戻る。状況が動くか、総司令部から通信が入るまで呼ぶな」

「かしこまりました」


 ブワシク中将が生真面目に敬礼するが、レヴァンドフスキー大将は答礼もせず、足音荒く部屋を出て行った。


「ふぅ……。オペレータ、各師団に再度通達。命令あるまで、攻勢に出ることを禁ずる。徹底させろ」

「はっ」


 恐る恐る二人を眺めていたオペレータが、弾かれたようにコンソールに向く。

 それを見たブワシク中将は、再び深いため息をついた。


 先ほどの一件を見ても分かるように、レヴァンドフスキー大将とブワシク中将の仲は悪い。

 着任直後から性格の問題で良好な関係ではなかったが、開戦し、ブリタニア侵攻に着手してからというもの、二人の関係は悪化の一途を辿っていた。


 レヴァンドフスキー大将は、ブワシク中将を悪意によって補佐しようとしない怠慢な参謀長だと見なしており、反対にブワシク中将は、功名心に逸るレヴァンドフスキー大将の指揮に反感を抱いている。


 司令官とそれを補佐するべき参謀長の不和は、第2軍司令部に無用な緊張感をもたらしていた。


「それにしても深い霧だな。これじゃ、10メートル先も見えないんじゃないか?」

「だから偵察を密にしてるんだろ。気がついたら突破されてましたじゃ、話にならんからな」


 戦況に動きがないため、司令部もする仕事がない。暇をもてあました若手の参謀たちが、司令部の隅で会話に興じていた。

 ブワシク中将がそちらを見たことにも気づかず、二人は会話を続ける。


「霧に乗じて要塞に近づけないか?」

「あっちだって警戒線は敷いてるさ。と言うか、こっちよりもすごいだろう。すぐに気づかれるよ」

「大部隊だと気づかれるかも知れんが、少数なら気づかれないだろう?」


 そう言った参謀に対して、もう一方の参謀は呆れたような表情をする。


「少数で近づいて、それでどうするんだよ?」

「要塞砲を潰すんだ。あれさえ潰してしまえば、要塞は攻略できる」


 若い参謀たちの会話を聞き、ブワシク中将は苦笑しながら彼らに近づいていった。


「面白そうな話をしているな、大尉。私にも聞かせてくれ」

「っ! も、申し訳ありません!」


 二人が一斉に直立不動で敬礼する。


「暇なのは分かるが、気を緩めないように。いつ何があるか分からんのが戦場だ」

「はっ! 申し訳ありませんでした!」

「気にしなくて良い。参謀が作戦について話していたのだからな」


 ブワシク中将がニヤリと笑うと、二人はホッとしたように敬礼を解いた。


 と、その時、オペレータがブワシク中将を呼んだ。


「参謀長殿、総司令部から通信です!」


 司令部に緊張が走る。総司令部からの通信、すなわちコントロヤンスキー作戦の本番開始の合図だ。

 ブワシク中将がオペレータからヘッドセットを受け取る。


「第2軍参謀長、ブワシクです」

『また君か。レヴァンドフスキー大将はどうした?』

「閣下は現在、前線視察に出向いておられます。必要ならば、呼び戻しますが」


 ブワシク中将がそう言うと、モニターの向こうの通信相手――スタニスワフ・ラトキエヴィチ元帥は首を振った。


『ああ、構わん。呼び戻さなくて結構』

「はっ」


 ブワシク中将が生真面目に頷くと、スタニスワフ・ラトキエヴィチ元帥は咳払いをして、表情を改めた。


『通信の内容はもう分かっていると思うが、改めて通達する。「シチシガ」が戦闘空域に到着した。予定通り、0900(マルキュウマルマル)よりコントロヤンスキー作戦の第二段階に入る。作戦準備はできているな?』

「問題ありません。いつでも攻撃に移れます」


 スタニスワフ・ラトキエヴィチ元帥が険しい表情のまま頷く。


『よろしい。先日、第2軍司令部は作戦を無視し、独断で回廊要塞の攻撃を行い、敗北した。本来であれば、今この通信を聞いているのは君ではない』

「……」


 ブワシク中将は神妙な表情で、黙ったまま話を聞いている。


『だが、議長閣下の特別のご配慮によって、君たちには汚名をそそぐ機会が与えられた。かくなる上は、回廊要塞攻略、そしてブリタニア制圧を以て、議長閣下のご配慮に応えたまえ』

「はっ」

『諸君らの健闘を祈る』


 最後にそう言うと、スタニスワフ・ラトキエヴィチ元帥は通信を切った。


 少しの間、司令部に沈黙が落ちる。


「全員、聞いたな? 0900の作戦開始に備え、各員は準備に入れ。オペレータ!」

「はっ」


 呼ばれたオペレータが立ち上がる。


「各師団に通達。『フクロウは巣を立った』と」

「了解しました! 『フクロウは巣を立った』、各師団に通達します!」

「よろしい」


 さあ、これからが本番だ――

 胸の中で独りごち、ブワシク中将は霧の向こうに隠れる「ブリタニアの門」を見据えた。







 さて、地上の方はどちらも動きがなく膠着状態が続いているが、空の方は目まぐるしく両軍の戦闘機が飛び交い、制空権を確保しようと火花を散らしていた。


 コリドー飛行場の滑走路が塞がれた影響で、空に上がっているブリタニア側の戦闘機はそれほど多くない。

 本土の方から増援も駆けつけてはいるが、主立った飛行隊をコリドー飛行場に集中させたのが徒となった形だ。


 機体性能で勝るブリタニア空軍も、とにかく物量で押し切ろうとするレウスカ人民空軍には手を焼いている。

 そんな混戦の空に、環太平洋条約機構(PATO)からの増援という形で回廊要塞まで流れ着いた自由ラピス空軍のパイロット、メソヌーヴ中佐の姿があった。


 メソヌーヴ中佐率いる第13飛行隊シュレンヌはラピス空軍のAverse(アヴェルス) F1C-200戦闘機で構成される戦闘機部隊で、かつてはラピス北東の防空拠点であるシュイップ基地に所属していた。


 敗戦と同時に武装解除を拒否して西部諸国南端のエノー共和国に亡命、部下と共に自由ラピス空軍へ身を投じたメソヌーヴ中佐だったが、敗北を続けて部下を失いながら北上。

 遂には十六人いたパイロットも六人に減り、大陸西北部のブリタニアまで追い詰められた。


 PATOの中でも厳しい戦局をくぐり抜けてきた部類の軍人だが、彼に悲壮感は見受けられない。

 それは彼の部下たちも同様で、敵味方入り乱れる今日の戦闘でも、彼らは狩りを楽しむかのように空を飛んでいた。


『シュレンヌ5、後ろに敵機』

『分かってるが、どうしようもない。誰か頼む』

『こちら、シュレンヌ11。任せろ』


 ブリタニアとレウスカの戦闘機で覆われた空を、グレーのアヴェルスF1が切り裂くように疾走する。


 ブリトン地峡を包む深い霧も、高度15000フィートを飛ぶ彼らには関係ない。大陸側は厚い雲で覆われていたが、ブリトン地峡上空は晴天だった。


「シュレンヌ11、無茶はするな」

『大丈夫ですよ。まあ見ててください』


 シュレンヌ11ことクーロー少尉は隊で一番若いパイロットだ。技量はなかなかだが、調子に乗りやすいのが欠点だとメソヌーヴ中佐は評価している。


 メソヌーヴ中佐の心配も他所に、クーロー少尉は高度を上げ、同僚の後ろについたBol-31(フォックス)の上空を取った。


『どうです、言ったとおりでしょう? 後はこのまま――』

「――馬鹿、太陽の位置を考えろ!」

『……へ?』


 太陽はクーロー少尉のちょうど後背に位置している。彼が機体を傾けて敵機に向けて急降下しようとしたその時、クーロー少尉は自らの失敗に気がついた。

 ちょうど彼の下、同僚と敵機が飛んでいたすぐ直下には雲が浮かんでおり、クーロー少尉の乗るアヴェルスF1の影がくっきりと映っていたのだ。


 上空を取られたことに気がついた敵機はすでに離脱。クーロー少尉は撃墜数を稼ぐ絶好の機会を逃したのであった。


『シュレンヌ11、支援に感謝。撃墜せずに敵を追い払う手腕は見事だったよ』

『からかわないでくださいよ、シュレンヌ5』


 情けない声でそう言ったクーロー少尉は、機体をシュレンヌ5の横につけた。


「仕切り直しだ。二機編隊(エレメント)単位で動け。孤立すれば、食われるぞ」

『了解』


 メソヌーヴ中佐はそう言うと、自らの僚機を引き連れて一旦高空へと離脱する。


『前方に敵機。やりますか?』

「ああ。速度を上げて一気に――」

『――こちら、防空司令部。シュレンヌ1、応答せよ』


 メソヌーヴ中佐の言葉を遮るように、防空司令部からの通信が入った。


「……こちら、シュレンヌ1。今から敵機を狩ろうとしてたんだが」

『こちらが優先だ。本土から攻撃機部隊が到着した。これより、我が軍は敵前衛部隊に対する地上攻撃を行い、しかる後に反撃に出る』


 思わず目を見張る。


「反撃だって?」

『ああ。回廊要塞司令部の決定だ。敵の戦意は低下している。この機に乗じて、我が軍は大陸領を一気に奪還する』


 てっきりレウスカ軍の鼻面を叩き、要塞への攻撃を諦めさせる程度だと思っていたメソヌーヴ中佐は、予想外の、そしてあまり良い予感のしない話に眉を(ひそ)めた。


 だが、彼は増援としてやって来た一パイロットに過ぎない。

 遥か雲の上の司令部――それも外国の――が決めたことに口を差し挟むことができるはずもなく、黙ったまま命令の続きを待った。


『シュレンヌ各機はチャンネル03で攻撃機部隊と通信。以後、その指揮下に入れ』

「了解」


 攻撃機部隊のお守り(・・・)は楽な仕事ではない。

 メソヌーヴ中佐はため息をつき、通信機の周波数を切り替え、その直後、防空司令部が対象となる部隊の名前を言わなかったことに気がついた。


 防空司令部の怠慢ぶりに腹が立った彼は、しかし今さら通信を繋いで聞き直す訳にもいかず、舌打ち混じりに通信機のスイッチを入れた。


「あー、こちらはシュレンヌ1。防空司令部の指示で護衛に当たる。聞こえたら応答を」

『――こちら、フューリー1。ポイントC7を飛行中』


 ポイントC7は回廊要塞のすぐ北の空域だ。メソヌーヴ中佐たちの現在地からはそれほど遠くない。


「了解。ポイントD8で合流する」

『ポイントD8、了解。合流次第、私が指揮を執る。異存はないな?』


 念を押すような攻撃機部隊隊長(フューリー1)の声に若干の反感を覚えたメソヌーヴ中佐だったが、ここで怒るほど子どもではない。


「無論だ。お守り(・・・)が好き勝手に行動する訳にはいかないからな」

『……ポイントD8に到着したら、また通信を』


 メソヌーヴ中佐の皮肉に苛立った様子が通信機越しにも感じ取れたが、フューリー1は口に出すことはなく、通信を切った。


『シュレンヌ1、喧嘩売らないでくださいよ。使い潰しにされたらたまったもんじゃないです』


 僚機のシュレンヌ3から通信が入る。本気で諫めるような声だ。


「大丈夫だ。そうなったら俺が指揮を執るからな」

『ただの命令違反じゃないっすか!』

『ま、ジョンブルどもに扱き使われるのは鼻持ちならんですからね。いざとなったらお願いしますよ』


 そんな馬鹿話をしながらも、シュレンヌ隊はメソヌーヴ中佐を先頭に、綺麗な隊列で指定したポイントへと向かう。


 程なく、回廊要塞上空を飛ぶ攻撃機の群れが見えてきた。あれが、メソヌーヴ中佐が護衛を命じられた攻撃機部隊だろう。


「こちら、シュレンヌ1。フューリー1、応答せよ」

『こちら、フューリー1。感度良好。貴隊は我々の上方につけ』


 フューリー1と交信すると、早速指示が出される。彼の指示に従って、攻撃機部隊が前方斜め下に見える位置についた。


 シルエットからは分かりにくいが、コックピットをよく見るとパイロットは一人しかいない。

 と言うことは、最新型ではなく、少し古いCaracalカラカル攻撃機だろう。

 一線級で飛ぶ部隊はすでに装備が更新されているはずなので、メソヌーヴ中佐が指揮下に入った攻撃機隊はそれに少し劣ると言うことになる。


 先ほど抑えた反感が再びむくむくと湧き起こってきたが、それ以上に、この大事な戦線に一線級の部隊を投じないブリタニア空軍の選択に傲慢を感じ、メソヌーヴ中佐は一抹の不安を覚えた。


『フューリー1よりシュレンヌ1。これより高度を下げ、敵前衛部隊の攻撃に入る。霧の中に突っ込むから大丈夫だとは思うが、我々が上空から攻撃を受けないように援護を頼む』

「了解した。上空は任せてくれ」


 メソヌーヴ中佐が返答してすぐ、攻撃機が高度を下げる。そして、主翼に吊した無誘導爆弾を投下し始めた。


『投下、投下』

『高度上げろ! 爆発に巻き込まれるな!』

「シュレンヌ1よりフューリー1。上空に異常なし」


 霧の中に突っ込んだ攻撃機が上がってくると同時に、爆風が周囲の霧を吹き飛ばす。上空から見ると、なかなかに壮観な眺めだ。


 上がってきた攻撃機隊と再び合流すると、管制塔からの通信が入った。


『コントロールより各機。地上部隊が出撃した。戦域情報システム(WAIS)を確認し、誤射のないよう――何だ?』


 反撃開始を告げようとした管制官が妙なところで言葉を切った。思わず聞き返す。


「どうした?」

『いや、レーダーに妙な反応が……。敵の電子妨害か? ともかく、気をつけろ。君たちの前方に何かが――』


――ある、と続けた管制官の言葉は聞こえこそしたが、それを意味のある言葉として認識することはできなかった。


 それほどまでに、目の前の光景はメソヌーヴ中佐の理解の範疇を超えていた。


「……何だ、あれは」


 メソヌーヴ中佐たちが飛ぶ前方。北海上空に浮かぶ雲の影から突如として姿を現した巨大な機影。

 いや、遠近感が狂うような迫力を見せるあの巨体を、果たして飛行機と呼んで良いのだろうか。


 空母にデルタ翼がくっついた、まるで映画の中から飛び出してきたような理解不能の塊が、そこに浮かんでいたのである。


『こちら、コントロール。何か見えたのか? 誰か応答を』

『船だ……』

『は?』


 誰かがぼそりと呟いた言葉が通信に流れる。そう、あれは()と呼ぶのが相応しいだろう。例え空を飛んでいるとしても。


 状況が掴めないであろう管制官が苛立ち混じりの声でこう言った。


『シュレンヌ1、フューリー1、誰でも良い。君たちの目の前に何があるんだ?』

「……こちら、シュレンヌ1。船だ。船が飛んでる」

『どういう意味だ?』


 全く意味が分からないという様子で聞き返す管制官。

 それはそうだろう。実際に目にしているメソヌーヴ中佐自身も、自分の目が映し出す光景が信じられないでいたのだから。


「言葉の通りだ。翼のついた船が空を飛んでいる。北海上空から現れたが、これはブリタニア軍の新兵器か?」

『一体何の話をしているんだ、シュレンヌ1』


 不快な命令を出してきた相手が苛立っているのを聞くと、逆に心が落ち着いてくる。

 メソヌーヴ中佐はそう思いながら、冷静になった頭で目の前の飛行物体を観察し始めた。


「ブリタニアじゃないならレウスカ、つまり敵だ。敵の新兵器が北海上空を飛んでいる。大きさは、おそらくイラストリアス級に相当。危険性は分からないが、わざわざ投入するくらいだ。かなり危険と考えて良いだろう」


 その時、彼が言い終わるか終わらないかくらいのタイミングで、空に浮かぶ船のあちこちに発砲炎が生じるのが見えた。


「発砲を確認。かなりの数だ。砲撃が来るぞ!」

『何を言っているんだ、シュレンヌ1!』


 未だ混乱状態から抜け出せない様子の管制官が叫んだ直後、ブリトン地峡に鉄の雨が降り注いだ。

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