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宝石戦争  作者: 東条カオル
第二章 バトル・オブ・ブリタニア
19/42

第三話 回廊要塞(後編)

『こちら、コリドー・コントロール。目標は方位155、高度20000。針路340で、依然要塞へ接近中』


 敵航空部隊接近の報を受けて出撃したレオンハルトとカエデは、未だ明ける気配のない漆黒の空を、レーダーと管制からの指示を頼りにして敵部隊へと飛んでいた。


 すでにレオンハルトの拡張角膜(AC)は暗視モードとなっているが、彼我の相対位置が目まぐるしく変化する空中戦で役に立つかは微妙だ。


「了解。友軍機はすでに戦闘状態にあるのか?」

『ネガティブ。しかし、危機的状況だ。戦力差が開きすぎている』


 戦力差の開いた緊急発進(スクランブル)任務。こんなところでも、戦端を開いたあの日のことが思い出された。


「後続機は? 我々だけでは支えられないぞ」

『心配ない。哨戒飛行中の各機がそちらへ急行している。君たちと同じタイミングで現場空域に着くはずだ。こちらでも増援の出撃準備を急いでいる』


 こちらに関してはあの時ほど心配する必要はないだろう。

 サン・ミシェル事件当時はレウスカが武力攻撃に踏み切るなど、東側のほとんどが予想だにしておらず、レウスカ空軍への対処もおざなりなものであった。


 今は現実としてレウスカ人民軍による侵略戦争が発生しており、彼らによる攻撃を疑う余地がない。当然、対処も本格的なものになるはずだ。


「了解。とにかく急いでくれ」


 通信を切るレオンハルト。それと同時に、レオンハルトの視界へ戦域情報システム(WAIS)の情報がポップアップしてきた。


 友軍機を示す青い光点が二つ、レオンハルトの方へ向かっており、それを追いかけるような形で、ざっと見ただけでも三十を超える赤い光点が迫ってきていた。


「思ったより多いな……」


 コックピットの中で独りごちるレオンハルト。

 方々へ散っている友軍機は全速でこちらへ向かってきているが、レオンハルトたちが敵部隊と接触するまでには間に合わないだろう。


「アイギス2、覚悟は良いか? 敵はかなりの数だ」

『問題ありません。ご指示を』


 カエデの声には気負いが感じられなかった。良い感じだ、とレオンハルトは満足げに頷く。


「よろしい。では、いつも通り行くぞ」

『了解』


 機体を加速させる二人。やがて、昼間であれば敵機が視認できるはずの距離まで近づいた。


『こちら、スターバック1。接近中の友軍機、聞こえるか?』

「こちら、アイギス1。感度良好」


 大群に追われる友軍機からの通信が入る。コールサインからして、どうやら追われていたのはブリタニア空軍第11飛行隊のパイロットのようだ。


『敵の電子妨害が激しい。中長距離からの攻撃は困難だ。気をつけろ』

「忠告感謝する。こちらとしては、友軍の到着までドッグファイトに持ち込んで敵を足止めするつもりだが、貴機はどう考える?」


 レオンハルトの言葉に、通信相手の息を呑む声が聞こえた。


『正気か? 敵の数が多すぎる。友軍の支援を受けられる位置まで逃げるべきだ』

「駄目だ。ここは要塞に近すぎる。退けば、要塞上空への侵入を許すことになるぞ」


 どちらの言っていることも正しい。数で言えば到底対抗し得るはずもなく、かと言って退いてしまえば敵に要塞上空まで押し込まれる。

 要塞上空まで押し込まれてしまえば、後は敵の物量に押し潰されるだけだ。


『こちら、コリドー・コントロール。アイギス1の言う通りだ。友軍機の到着まで、何とかそこで粘って欲しい』

『……無茶を言ってくれる。おい、コントロール! 上に言っておけ。生きて帰ったら、勲章と休暇を寄越せってな!』


 どうやらブリタニア空軍のパイロットも腹をくくったようだ。自棄になったようにも聞こえなくはない。


『伝えておこう。何なら、ラナークに記念碑を建てるよう、陳情もしようじゃないか』

『はっ、ずいぶんと言ってくれるじゃないか。今度、軽口叩いてみろ? こいつに積んであるミサイルを全部お前に叩き込んでやるからな』


 ラナークはブリタニアが経験してきた数々の戦争で戦死した兵士たちが眠る国立墓地がある町だ。

 今から死地に向かおうとしている者へのジョークとしては笑えないレベルだと思うのだが、スターバック1を名乗るパイロットは笑い混じりに流している。


 ブリタニア人が持つこの辺りのジョークセンスは、レオンハルトにも未だに理解しがたいところであった。


「馬鹿話も良いが、敵はすぐそこだぞ」

『分かっている。コントロールよりアイギス1。全兵装使用許可(ウェポンズフリー)

「了解。アイギス1、ウェポンズフリー」


 コントロールから管制許可を得ると同時に、暗視モードの拡張角膜が敵機の姿を捉えた。


『スターバック1よりアイギス1。そちらの噂は聞いている。指示は任せた』

「了解。こちらが敵編隊に切り込むから、そのタイミングで反転して下から敵を突き上げてくれ」


 指示を出したレオンハルトは機体を加速させ、敵編隊の中央へと突っ込んでいく。ぐんぐん迫ってくる視界の中で、とある一機に狙いを定める。


「アイギス1、交戦。フォックス2!」


 敵編隊の上空から一気に降下したレオンハルトは、交戦を宣言しつつミサイルを放つ。近距離用の赤外線追尾型ミサイルだ。

 ミサイルの発射を確認したのか、敵編隊から凄まじい量のフレアが射出され、ミサイルがあらぬ方向へと逸れていく。


 だが、それもレオンハルトの予測の範囲内だ。

 フレアの光によって、敵編隊の姿がわずかではあるが浮かび上がる。


「もらった……!」


 手近な敵機をレティクルに捉え、トリガーを引く。F-18J(イーグル)に搭載された20ミリ機関砲の重低音が響き、その直後、レティクルに捉えていた敵機が火を噴いた。


「アイギス1、スプラッシュ1」

『グッドキル』


 手早く一機を撃墜したレオンハルトは、同じく敵機を撃墜したカエデと共に敵編隊のど真ん中を猛スピードで突っ切る。

 敵の編隊が乱れてバラバラになったところを、今度はスターバック1とスターバック2が下方から襲いかかる。


 二機はそれぞれ敵機の主翼を撃ち抜き、真っ暗な北海の海上へと敵機を叩き落とした。


『こんなに上手く行くとは』

「油断するな、まだ敵機は多いぞ」


 呆然と言葉を漏らしたスターバック1に注意を促し、レオンハルトは機体を反転上昇させる。

 その頃にはレウスカ側も落ち着きを取り戻し、無謀にも飛び込んできた四機の敵を包囲しようと散開し始めていた。


「コントロール、味方の到着まで後どれくらいだ?」

『三分だ。三分で到着する。それまで何とか耐えてくれ』

『長い三分になりそうだな』


 スターバック1がぼやく。腹をくくったとは言え、最初は撤退するつもりだったのだ。ぼやきたくなるのも仕方がないだろう。


『アイギス1、指示を』

「攻撃は考えるな。避けることだけを考えろ。欲を出さなければ、三分間耐えることは可能だ」

『三分間、延々叩かれるだけか。くそっ、慣れねぇぜ』


 悪態をつきながら、スターバック1が機体をサイドスリップさせる。直後、その真横を敵機の放った機銃弾が通り抜けた。


 見事な回避だな、と感嘆しながら見ていると、レオンハルトの後ろにも二機の敵機が食らいついた。コックピットに警報音が鳴り響く。


『アイギス1、ミサイルアラート!』

「分かっている……!」


 フレアを射出しつつ、滑り落ちるように機体を下降させる。ミサイルが上空を駆け抜ける音を聞きながら、レオンハルトは加速した速度を生かしながら機体を反転させた。

 トリガーを一瞬だけ引き、スロットル全開で敵機のすぐ後方を上空へ向かって飛び抜ける。


 直後、敵機が爆散する音が聞こえた。


『攻撃は考えるな、じゃなかったのか?』

「考えるなとは言ったが、するなとは言ってないだろう?」

『おいおい』


 レオンハルトの言葉に呆れたような声が返ってくる。


『喋っている暇はないぞ。スターバック2、後方に敵機。警戒せよ』

『くそっ、こっちも食いつかれた』


 鮮やかな撃墜ぶりを見てレオンハルトを警戒したのか、敵編隊は第11飛行隊の二機を中心に付け狙い始める。

 レオンハルトが戦果を挙げれば挙げるほど敵が警戒して他を狙う、というのも、ラピスでは何度か経験したことだ。


「対処法は一つ……。アイギス2、突っ込むぞ。スターバック1、ぶつからないように気をつけてくれ」

『了解』

『おい待て、どういうことだ!』


 対照的に困惑した声のスターバック1を無視して、レオンハルトはカエデと共に、遠巻きにする敵機に向かって無理矢理突っ込んでいった。


 敵機が慌てて逃げようとするが、そのギリギリを掠めるように突っ切っていく。すれ違った敵機との距離は、おそらく5メートルも離れていなかったのではないだろうか。


「畳み掛けるぞ」


 失速寸前まで減速し、鋭く旋回する。強烈なGがレオンハルトを襲うが、歯を食いしばって何とか耐え抜いた。

 敵機を視界に捉えると同時に、再びスロットルを全開。横腹を見せる敵機に急速接近する。


「――!」


 敵機が回避しようと動いた先にレオンハルトのF-18Jが突っ込む。あわや衝突か、という寸前で、レオンハルトは機体をスリップさせた。

 敵機の直下を全速に近い速度で駆け抜ける。風圧で敵機の飛行が乱れたほどの至近距離だ。


 このようなレオンハルトの無謀とも言える曲芸飛行に肝を冷やしたのか、敵編隊の動きが鈍る。

 動きが鈍ってしまえば、後はこちらのものだった。


「スターバック1、大丈夫か?」

『ああ。おかげさまでな。むしろ、それはこっちの台詞だよ』


 スターバック1の驚いたような声には呆れも混じっている。

 それほど、レオンハルトの取った行動は突飛なものだった。


『コントロールよりアイギス1。間もなく友軍機が到着する。油断するな』


 管制塔から通信が入り、間を置かずに友軍機からの通信が入った。


『こちら、シュレンヌ1。交戦中の友軍機、聞こえるか?』

『スターバック3よりスターバック1。無事ですか?』

「こちら、アイギス1。全機無事だ。迅速な救援に感謝する」


 レオンハルトにかき回された敵機は、こちらの増援が来たことで距離を置き始めている。


『コントロールよりアイギス1。一旦帰投せよ。スターバック1も同様だ』


 燃料や残弾数に問題はないが、多数の敵を相手に無茶な戦闘を行ったのだ。緊張状態を一旦リセットさせるのは悪くない処置だろう。


「了解した。これより帰投する」


 次々に友軍機が到着し、敵機との空中戦に突入する。その間隙を縫って、レオンハルトはカエデと共に空域を離脱した。







 レオンハルトが北海上空の戦闘空域を離脱したちょうどその頃。

 回廊(コリドー)要塞本部ビルの地下一階にある要塞司令部にはハーマン中将以下の司令部要員が詰め、要塞前面への進出を始めたレウスカ人民軍第2軍への対応策を指示していた。


「ポイント・タンゴに敵戦車部隊を確認」

「ポイント・ヴィクター、ローター音が聞こえるとの報告」

「タンゴの観測員は撤退させろ。ヴィクターは観測を継続。ヘリのルートを特定するように」


 司令部前面の壁をほとんど占領するモニターには回廊の全体図が表示され、WAISの情報が表示されている。

 1st Cordon(第一警戒線)と書かれたラインはじわじわと敵を示す赤い光点に占領されつつあり、一部は2nd Cordon(第二警戒線)にまで進出している。


 だが、要塞司令部の面々に焦りの色は見られない。ハーマン中将に至っては、従兵に紅茶を入れさせてその香りを楽しんでいるほどだ。


「要塞砲、砲撃準備完了しました!」


 オペレータの一人が振り向き、ハーマン中将の方を見る。

 ハーマン中将はそれに頷くと、ティーカップを置いて立ち上がった。


「目標、敵前衛部隊。撃ち方始め!」

「了解。目標、敵前衛部隊。撃ち方始め!」


 オペレータがハーマン中将の命令を復唱した直後、ズドンという重低音が響き、部屋が揺れた。


「5、4、3、2、だんちゃーく、今!」


 要塞前面を映した暗視カメラの映像に凄まじい土煙が表示され、司令部のあちこちから感嘆の声が漏れる。

 要塞前面に四基設けられた38.1センチ榴弾砲は想定された通りの威力を発揮し、接近していた敵部隊を動揺させる。


「敵前衛部隊の動き、止まりました」

「畳み掛けろ」


 四基の38.1センチ榴弾砲が次々に火を噴き、前進するレウスカ軍部隊の真ん中に着弾していく。

 WAISの戦力分析は、大きくブリタニア側に傾いていた。


「閣下、ヴィンソン提督から通信が入っております」

「回してくれ」


 駄目押しの一撃が欲しい、とハーマン中将が思ったちょうどその時、地中海側沿岸に展開する第2水上部隊の司令官であるヴィンソン少将からの通信が入った。


『第2水上部隊のヴィンソンです』

「ハーマンだ。ヴィンソン少将、何かあったかな?」


 ハーマン中将の目の前のモニターに映るヴィンソン少将は眼鏡をかけた中年男性で、そこらの企業の窓際で仕事をしていそうな風体である。


『は、こちらには指示がございませんでしたので。我が部隊はどのように行動しましょうか』


 第2水上部隊は本来であれば独立した小艦隊なのだが、非常時ということで一時的に回廊要塞司令部の隷下に入っている。

 すなわち、ハーマン中将の指揮によって動く水上部隊なのだ。


「ああ、申し訳ない少将。敵があまりにも呆気ないものでね。要塞砲だけであの様だったから、海軍の助けを借りることを忘れていたよ」

『要塞砲の活躍は誠に目覚ましいものがありますな。それで、我々に対するご指示は?』


 ハーマン中将の嫌味をさらりと流し、あくまでも指示を要求するヴィンソン少将。

 ほんの少しだけ苛立ちを表情に浮かべた後、ハーマン中将は笑顔でこう言った。


「自由にやってくれたまえ。それが我々の行動を妨害するものでない限り」

『自由裁量権ということでよろしいですか?』

「ああ。そもそも、私は海のことは門外漢だ。少将に任せるのが一番だろう」


 ハーマン中将がそう言うと、ヴィンソン少将は笑顔で「承りました」と言い、通信を切った。


 モニターからヴィンソン少将の姿が消えた後、ハーマン中将が不快を隠さずに吐き捨てる。


「いけ好かん男だ。国を守っているのは自分たちだけだと言わんばかりの顔をする。これだから海軍の奴らは気に食わんのだ」

「今、敵を叩いてこの国を守っているのは陸軍、それも我が要塞の主砲です。ヴィンソン少将がどう思われようと、閣下は胸を張っておられれば、それだけで良いのです」


 大陸領を除いて国土を海に囲まれたブリタニア王国ではその地理的要因から、歴史的に海軍が先任軍として扱われている。

 無論、これは形式上の扱いに過ぎないのだが、国を守る兵士たちへの国民の敬意は海軍に集中し、政府は国民の敬意に答えるべく海軍に予算を潤沢に与え、その割を陸軍が食う形となっている。


 そのため、陸軍の将兵たちは海軍への羨みを持っており、ハーマン中将もそんな一人だった。


「海軍に手柄を取られる訳にはいかん。……参謀長、ロイヤル・ドラゴンガーズを出そうと思うが、どう見る?」

「はっ。そうですね……。問題ないかと。ただ、プリンセス・オブ・グウィネズ第1大隊をバックアップとして出しましょう」


 ハーマン中将に問われた参謀長が少しだけ考え込み、そう答える。周囲の参謀たちにも、反対するような気配はなかった。


「なるほど。参謀長の言う通りだな。……オペレータ、シャープ中佐とロス中佐に通信を入れろ」

「はっ」


 ハーマン中将から命令を受けたオペレータがコンソールの方へ向き直る。

 数分ほどで、二人の軍人の姿がハーマン中将の目の前のディスプレイに映し出された。


『ロイヤル・ドラゴンガーズ連隊、連隊長代理のシャープです』

『プリンセス・オブ・グウィネズ第1大隊のロスです』


 ロイヤル・ドラゴンガーズ連隊はブリタニアの主力戦車ヴィクトリーを装備する戦車部隊で、プリンセス・オブ・グウィネズ第1大隊は完全充足の歩兵部隊だ。

 どちらも精鋭部隊であり、ブリタニア本土の門である回廊要塞の防衛のために配備されている。


 その部隊長を務める二人から敬礼を受けたハーマン中将は、答礼しながら口火を切る。


「要塞司令官のハーマンだ。諸君らに命令を与える」


 ハーマン中将がそう言うと、二人の表情が緊張した。要塞が攻められ、これを撃退しようとしている司令部からの命令となれば、考えられる内容はそう多くないからだ。


「ロイヤル・ドラゴンガーズ連隊はただちに出撃、要塞砲による制圧射撃の援護下で敵前衛部隊を粉砕せよ。また、プリンセス・オブ・グウィネズ第1大隊にはその援護を命じる」

『はっ! ロイヤル・ドラゴンガーズ連隊、了解しました!』

『同じくプリンセス・オブ・グウィネズ第1大隊、了解しました!』


 改めて敬礼した両中佐の表情には興奮の色が見える。与えられた命令を無事遂行することができれば、その戦功は他を圧倒することが明白だからだろう。


「沿岸に展開する海軍が動き始めた。彼らに手柄を横取りさせてやる必要はない。諸君の手で、勝利を確定させたまえ」

『中将閣下のご配慮、痛み入ります』

『必ずや勝利を陸軍にもたらします』


 二人の返答に満足げに頷いたハーマン中将が通信を切る。

 そして紅茶を口に運びながら、参謀長の方を見た。


「参謀長、空はどうなっている?」

「はっ。レウスカの物量に押され気味ではありますが、何とか食い止めているようです。日本から来たパイロットや、自由ラピスのパイロットが役に立っておりますな」


 参謀長がそう言うと、ハーマン中将は不快そうな表情でこう吐き捨てた。


「ふん。その程度の役には立ってもらわねば。忌々しいことだが、空に関しては手駒が少ない。……全く、空軍参謀本部は何をやっているのか」


 海軍や空軍が手柄を挙げるのは不愉快だが、他国の軍が手柄を立てるのはもっと不愉快――


 何のことはない、ただの縄張り意識だったが、前線の司令官であるハーマン中将がそんなことにかまけていられるくらい、戦況はブリタニア有利であった。







「敵要塞砲、砲撃しました!」

「着弾確認! 第7師団の展開地点です!」

『第7師団より本部! 被害甚大! これ以上の進軍は不可能です!』


 端的に言って、状況は最悪であった。


 レヴァンドフスキー大将と師団長たちの暴走によって、作戦予定にない第二次要塞攻撃を開始したレウスカ人民軍第2軍は、第一次攻撃と同様、ブリタニアによる陸海空一体となった防戦を受けて要塞正面に到達することすらできないでいた。


 午前2時32分、レヴァンドフスキー大将の命令を受けて北海上空より回廊要塞への接近を試みた第1戦術航空師団隷下の航空部隊は、警戒飛行中の敵機と遭遇。そのまま偶発的な戦闘に雪崩れ込んだ。

 数で圧倒するレウスカだったが、スクランブル発進してきたF-18J二機の編隊によってその優位が呆気なく崩される。


 後に撃墜されて救護されたパイロットによって「魔女(チャロブニツァ)」と名付けられたそのF-18Jは、劣勢をものともしない果敢な攻撃によって第1戦術航空師団のパイロットたちを恐怖に陥れ、増援の到着まで粘ることに成功した。


 空の戦いが膠着(こうちゃく)してしまえば、制空権の掌握を前提としていた地上部隊の侵攻が上手く行くはずもない。


 要塞正面に展開する防衛陣地を突破する先陣の栄誉を受けた第7装甲師団は投入した戦力の過半を失い、先ほどからしきりに撤退許可を求めている。


 しかし、作戦を無視して、独断で第二次攻撃を始めたレヴァンドフスキー大将が、戦果なしで撤退に踏み切れるはずもなく、第2軍は結果として無為な被害を増大させつつあった。


『要塞から敵部隊の出撃を確認! 規模は不明です!』

「規模の確認を急げ! 何としても踏みとどまるんだ!」


 ヒートアップするレヴァンドフスキー大将とは対照的に、周囲の幕僚たちの反応は冷め切っている。

 一部の参謀に至っては司令部への出勤を拒否していたが、それを(とが)める余裕すら今のレヴァンドフスキー大将にはなかった。


「敵要塞砲、砲撃!」


 何度目か分からないオペレータの悲鳴のような報告と共に、地響きが聞こえてくる。


『本部、撤退許可を! このままでは全滅する!』

「閣下、いかがなさいますか」


 参謀長のブワシク中将が尋ねる。冷静に考えれば、今回の攻撃は制空権を確保できなかった時点ですでに失敗だ。


 だが、レヴァンドフスキー大将は諦めるという選択肢が頭にないようだった。


「あの要塞砲を何とかしなければ……。そうだ、28旅団はどうだ? 彼らに要塞砲の制圧を行わせれば」

「閣下! もはや攻撃は失敗です。これ以上の継続はいたずらに被害を――」

「――黙れ! 司令官はこの私だ! オペレータ、28旅団のシェプテツキー大佐に通信を繋げ!」


 攻撃中止を進言しようとしたブワシク中将を遮り、レヴァンドフスキー大将が怒鳴る。

 とばっちりを食らったオペレータは大慌てでコンソールに向き合った。


「通信繋がりました。そちらに回します」

『第28旅団、旅団長のシェプテツキーです』


 赤いベレー帽を被った将校がモニターに映る。第28空中襲撃旅団を率いるシェプテツキー大佐だ。


 第28空中襲撃旅団はその名の通り、ヘリコプターを集中的に配備された空中機動部隊であり、開戦時に“宝石(ピースメーカーⅠ)”の奪取作戦に従事した第7空中襲撃旅団と同様の編成である。

 旅団長を務めるシェプテツキー大佐は第7旅団を率いたシンボルスキー少将――“宝石”奪取の功績により、大佐より昇進――と同じ部隊に所属していたこともあり、ライバル心を持っていた。


「現在、我が軍は苦戦している。理由は君にも分かるな?」

『はっ。あの要塞砲ですね』


 シェプテツキー大佐の答えに満足そうに頷くレヴァンドフスキー大将。


「その通りだ。あの忌々しい要塞砲のおかげで、我が軍の進撃は停滞を余儀なくされている。回廊要塞攻略のためには、あの要塞砲を沈黙させることが必要不可欠だ」


 一旦言葉を切る。もったいぶった様子で首を振ったレヴァンドフスキー大将がニヤリと笑った。


「そこで君に大任を与えたい。第28空中襲撃旅団は、有する戦力の全てを用いて要塞砲制圧に取りかかって欲しい」

『何と……。我が旅団にそのような大任を』


 シェプテツキー大佐は驚いたように目を見開いた。


「うむ。困難な任務ではあるが、これを遂行すれば回廊要塞の陥落は間違いない。当然、武勲第一位は君の部隊、ということになるだろう」

『……』


 シェプテツキー大佐が同じ空挺将校のシンボルスキー少将にライバル心を持っていることを、レヴァンドフスキー大将は的確に把握している。

 自身も同様の感情をクラトフスキー上級大将に持っている分、なおさらだった。


「どうだ、大佐。この任務、受けてくれるか?」

『……お任せください。必ずや、あの要塞砲を制圧してご覧に入れます』


 頬を紅潮させ、高揚した雰囲気で任務を了承したシェプテツキー大佐。


 通信が切れた後、レヴァンドフスキー大将は微笑みながらブワシク中将を見た。


「参謀長、君も意地が悪い。この程度のこと、君ならばとうに思いついていただろう?」

「ええ。そして、その欠点も。閣下、我々は制空権を維持していないのです。そんな中でヘリ部隊を投入するなど自殺行為です」


 ため息をつきたくなる気持ちを抑えてレヴァンドフスキー大将を説得しようとするブワシク中将。


 だが、彼の説得はレヴァンドフスキー大将に聞き入られることはなく、また仮に聞き入れられたとしても、遅きに失していた。


「地中海方面より多数のミサイルが接近!」

「何だと!」


 万全の態勢を整え、レヴァンドフスキー大将からの命令が下ってすぐに出撃した第28旅団のヘリボーン部隊は、その離陸直後からブリタニア海軍第2水上部隊の防空圏内に入っていたのである。


 多数のヘリが離陸したことを確認した第2水上部隊は当然ながらこの高脅威目標を優先的にロックオン。

 結果として、多数のミサイルが第28旅団のヘリに襲いかかることとなった。


「閣下……」


 第28旅団との通信を担当していたオペレータが蒼白な表情で振り返る。

 彼が告げるまでもなく、レヴァンドフスキー大将たちの目の前のモニターには、離陸したヘリが全滅したことが表示されていた。


「参謀長殿、少しよろしいでしょうか」

「何だ?」


 気まずい沈黙が落ちる中、一人のオペレータが小さな声でブワシク中将を呼んだ。

 ブワシク中将が近づき、耳を寄せる。


「陸軍総司令部から通信が入っております。大将閣下にお繋ぎするよう言われたのですが……」


 オペレータが言いたいことも分かる。理不尽な怒気を浴びないか不安だったのだろう。


「分かった。まずは私が出よう。取り次ぎも私がする」

「ありがとうございます」


 オペレータがほっとしたように席を譲る。

 ブワシク中将がヘッドセットを手にとって手元のコンソールを操作すると、陸軍総司令官スタニスワフ・ラトキエヴィチ元帥の姿がモニターに表示された。


『うん? 私はレヴァンドフスキー大将を呼べと言ったはずだが』

「恐れ入ります、元帥閣下。私は第2軍参謀長のブワシク中将であります」


 怪訝そうな表情をしたスタニスワフ・ラトキエヴィチ元帥にブワシク中将が名乗る。

 すると、スタニスワフ・ラトキエヴィチ元帥は不快そうな表情になってこう言った。


『参謀長、一体これはどういうことだ? 第2軍は何故、回廊要塞への攻撃を行っている?』

「申し訳ありません。全て、レヴァンドフスキー大将の独断であります」


 ブワシク中将の言葉は真実だ。

 より正確に言うならば、師団長も加担した暴走なのだが、責任回避のための言い逃れと受け取ったのか、スタニスワフ・ラトキエヴィチ元帥の表情がさらに歪んだ。


『では君は一体何をしていたのかね? 司令官の独断専行をただ黙って見ていただけか? それは、独断専行する司令官とどんな違いがあると言うのだ?』

「レヴァンドフスキー大将をお止めできなかったことに関しては、責任を感じております。ですが、今は無駄な攻撃によって出る死者を減らすことが重要です。元帥閣下より、直々に撤退をご命令なさってください」

『貴官に言われずともそのつもりだ。レヴァンドフスキー大将に繋げ』


 スタニスワフ・ラトキエヴィチ元帥の強い怒気を感じ、ブワシク中将は黙ってレヴァンドフスキー大将に取り次ぐ。


「閣下」

「何だ? 現状打破の方策を思いついたか、参謀長」


 蒼白な表情で冷や汗を流しながらも、未だに攻撃にこだわる様子を見せるレヴァンドフスキー大将に呆れながら、ブワシク中将は無言で通信回線を繋いだ。


『レヴァンドフスキー大将、直ちに攻撃を止め、軍を退きたまえ。これは命令だ』

「げ、元帥閣下……」


 突然目の前のモニターに現れたスタニスワフ・ラトキエヴィチ元帥の姿に、レヴァンドフスキー大将の顔色は蒼白を越えて、土気色になった。


「で、ですが元帥閣下。このまま引き下がれば、我が軍の名誉は――」

『――同じことを二度言わせるつもりかね? ブロニスワフ・レヴァンドフスキー大将』


 猛烈な怒りを叩きつけられ、レヴァンドフスキー大将の喉が息を呑む奇妙な音を立てた。


『作戦を無視して独断専行した時点で、軍の名誉などというものは地に墜ちている。君はこれ以上、我が軍の名誉とやらに泥を塗るつもりか?』

「い、いえ、そのようなつもりは決して!」

『ならば、今すぐに軍を退きたまえ』


 もはや言葉すら出ず、レヴァンドフスキー大将が頷く。

 それを見たブワシク中将は、すぐさま撤退命令を出した。


「全軍に通達。直ちに撤退せよ。第二次攻撃は中止だ」

『レヴァンドフスキー大将、今回の件に関しては軍法会議を開くつもりだ。撤退が終了次第、参謀長のブワシク中将と共に陸軍総司令部へ出頭したまえ。分かったな?』

「は、はい」


 通信が切れる。残されたのは今にも倒れそうな顔色で汗を拭うレヴァンドフスキー大将と、諦めたように首を振るブワシク中将だった。


 この日、レウスカ人民軍は第一次攻撃の時よりも多い損害を出し、回廊要塞に指一本触れることすらできないまま、再びカノンベリーへと撤退していった。

 何の成果も上げることができず、独断専行したという結果だけが残ったレヴァンドフスキー大将は、ブワシク中将と共に軍法会議にかけられることが決定する。


 しかし、その軍法会議は結局開かれることはなかった。


 1991年12月5日。第2軍が第二次攻撃に失敗した五日後、レウスカ人民軍参謀本部はコントロヤンスキー作戦第二段階の発動を全軍に命じた。

 レヴァンドフスキー大将の命令違反はうやむやのままに、第2軍は第三次攻撃へと踏み切ることになったのである。

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