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宝石戦争  作者: 東条カオル
第二章 バトル・オブ・ブリタニア
18/42

第二話 回廊要塞(前編)

回廊(コリドー)要塞へようこそ、ヒサカタ准将。遠路はるばるのご来援、回廊要塞司令部を代表して感謝いたします」

「いえ、維新以来の友邦からの支援要請となれば当然のことですよ、ハーマン中将」


 上質だが派手ではない、上品な調度品に彩られた応接室で二人の軍人が握手を交わす。


「この要塞はなかなか強固なものだと自負しておりますが、さすがに空からの攻撃には弱いものでしてね。航空戦力の支援はとてもありがたいのですよ」


 ヒサカタ准将に椅子を勧めた回廊要塞司令官のハーマン中将が口ひげの端を弄りながら言う。


「先日、レウスカがこの要塞に攻撃を仕掛けて撃退されましたが、その際はどうだったのでしょうか」

「ラピス侵攻の頃の勢いは失われていると感じましたな。レウスカがここまで戦果を拡大できたのも人海戦術を駆使した電撃的な侵攻があってのこと。ここやキルヒバッハ線にぶち当たったためにそれが通用しなくなったのでしょう」


 従卒の用意した紅茶を口にしながら機嫌良く語るハーマン中将。

 一方、ヒサカタ准将はハーマン中将ほどの楽観視はしていなかった。彼はラピス戦線を、司令部勤務としてではあるが経験しており、レウスカ人民軍の厄介さについて良く理解していた。


「何があるか分からないのがこの戦争の怖さです。そもそも、開戦前はラトキエヴィチには戦争を仕掛ける気力すらないと言われていましたが、ふたを開けてみれば大戦以来の危機的状況だ。要塞攻略のための何かを用意していても不思議ではありません」


 にこやかに、だが切々と語るヒサカタ准将。

 ハーマン中将も笑顔を崩さなかったが、彼の目は笑っていない。


「そのための増援ですよ、准将。先日の戦闘を見れば分かるように、我が軍だけでも回廊要塞を守り抜くことは十分に可能です。そこに貴軍が加われば、まさに付け入る隙はありません」


 言外に「お前たちがいなくても何とかなるのだ」とほのめかすハーマン中将の目には、侮蔑の色が滲んでいる。

 その目を見て、ハーマン中将が日本に好意を抱いていない軍人たちの一人であるのだとヒサカタ准将は悟った。


 日本帝国軍、特に陸軍と空軍では、外国人の比率が八割を超える外人部隊が設立されており、空軍においてはヒサカタ准将率いる第6航空団がそれに該当する。

 これら外人部隊は日本が軍を海外派遣する際に必ず動員されており、海外の軍人、特に愛国心に溢れる軍人からは「自らの血を流さぬ卑怯者」として反感を抱かれることが多い。


 ハーマン中将もそんな軍人の一人であるようで、着任以来のよそよそしさの原因に思い至ったヒサカタ准将は、早々に会話を切り上げることにした。このまま会話を続けることは、どちらにとっても不快感しか残らないからだ。


「そう言っていただけて光栄です。増援として来た以上、中将の指揮下で要塞防衛のために微力を尽くす所存です」


 そう言うと、ヒサカタ准将は目の前に置かれていた紅茶を一気にあおり、立ち上がった。


「長居してお邪魔になってもいけませんので、この辺で失礼いたします」

「またいらしてください、准将。歓迎しますよ」


 椅子に座ったままで、心の全く籠もっていないハーマン中将の言葉を微笑で受け流し、ヒサカタ准将は応接室を後にした。


 応接室の扉を開いて廊下に出ると、目の前には日本空軍の制服に身を包んだ眼鏡の男性が立っていた。


「お早いですね」

「中将閣下は潔癖症(・・・)でね。早めにお暇することにしたんだよ、ナラサキ中佐」


 芝居がかった様子で肩をすくめるヒサカタ准将に無表情で「なるほど」と応じたのは、第6航空団の作戦部長を務めるナラサキ中佐だった。


「それでお話はどうなりました?」

「どうも何も、全く中身のない会話だったよ。挨拶をして、お互いに不快感を味わっただけだ。それより中佐、君の方はどうだった?」


 ナラサキ中佐は作戦部長――実務担当者として、ブリタニア側の担当者と空軍の運用について会議を行う予定であった。

 ヒサカタ准将から尋ねられたナラサキ中佐は、無言で紙の束を差し出す。


「これは?」

「ブリタニア側から渡された行動計画書です。貴軍にはこれに従って戦闘空中哨戒を行って欲しい、と」


 ナラサキ中佐曰く、会議のために回廊要塞司令部を訪れたところ、十分ほど待たされた挙げ句に現れた担当者がこの紙の束を置いてそう言ったのだそうだ。

 第6航空団は増援であり、環太平洋条約機構(PATO)の司令部が置かれていない回廊要塞では、その司令部が指揮権を握ることとなっている。


 あまりにも適当な対応であったが、ナラサキ中佐がこれを突っぱねれば、「指揮権を無視するのか」と厄介なことになるのは目に見えている。

 それ故に黙ってこれをヒサカタ准将のところまで持ってきたのだった。


 むっつりと黙りこくるナラサキ中佐を見て、ヒサカタ准将が苦笑する。


「それはまた厄介だったな。苦労をかける。……ところで、この計画書を見た君の感想は?」

「そうですね……。手堅い、と言えるでしょう。エリアは細分化されており、穴がなくなるよう丹念に詰められています。ただ――」


 ヒサカタ准将が持った紙の束をめくり、とあるページを指し示しながら言葉を続ける。


「――我々の扱いは良くありません」

「はっはっはっ。これはまた露骨だな」


 思わず笑ってしまったヒサカタ准将が見たのは、第6航空団が受け持つエリアだ。

 回廊要塞前面――すなわち、敵正面の、偶発的戦闘が予想される空域が第6航空団の担当となっていた。


「他者を使うことに何のためらいもない。いっそここまで来ると爽快だな。……いや。それは我々が言えた話でもないか」


 言葉の後半、笑顔を収めて若干苦々しい表情をするヒサカタ准将。


 ブリタニアも日本も、どちらも自分たちの血を流さず、他者の血を流させようとしていることに変わりはない。

 損をするのは、いつでも前線に立つ兵士たちだ。


「閣下」

「ん、そうだな。この現状を変えるためには力が要る。力を手に入れるには、功績を挙げなければならん。となれば、私がすべきことは一つだ」


 ため息をつき、自分の両頬をバシッと叩く。


「ブリーフィングの時間はいつだったかな、中佐」

「第7会議室で五分後からです」


 第7会議室は第6航空団のために与えられた会議室で、要塞司令部や司令官執務室と同様、要塞本部ビルの地下一階にある。


「ふむ。少し早いが、行くか。どうせ全員集まっているだろう」

「はっ」


 そう言うと、ヒサカタ准将はナラサキ中佐を連れ立って廊下を歩いて行く。第7会議室はすぐそこだ。


 第7会議室と書かれたプレートの扉を開けると、ヒサカタ准将の予想通り、パイロットたちは全員が席に座っていた。


「ああ、楽にしてくれ。そのままで結構」


 ヒサカタ准将はヒラヒラと手を振りながら会議室前面の演台に立つ。ナラサキ中佐がスクリーンを起動し、回廊要塞の周辺図を映し出した。


「さて、我々の今回の任務は、回廊要塞上空の防衛戦を続ける王国空軍(RAF)と共に、レウスカ空軍をはたき落とすというものだ。言葉にすると実に簡単に聞こえるだろう?」


 パイロットたちから笑い声が漏れる。海外派遣のたびに、簡単に任務を言いつけて送り出す統合参謀本部を暗に揶揄(やゆ)した発言であるからだろう。


 ヒサカタ准将は、外国人主体であるからと海外派遣に酷使される第6航空団の現状を良く思っておらず、たびたび上層部に改善要求を叩きつけていた。

 もちろん、パイロットたちもこのことを知っている。


「懐かしの祖国を飛ぶものもいるだろうが、気を引き締めて臨んでくれ。私の任務は諸君らを生きて連れ帰ることだからな。死なれると迷惑だ」

「准将」

「ん、失礼。わざわざ集まってもらって申し訳ないが、私からはこれだけだ。続きは作戦部長から説明してもらう。ナラサキ中佐、頼む」


 ヒサカタ准将が演台の横に並べられた席に着き、入れ替わりにナラサキ中佐が演台に立つ。

 眼鏡を直す仕草は、まさしく若手の辣腕官僚といった雰囲気で、ヒサカタ准将が前にいた時はリラックスしていたパイロットたちが、途端に姿勢を正す。


「作戦部長のナラサキだ。今後の具体的な作戦行動について説明する」


 スクリーンに映し出された地図上に細かい区分けが入った。それぞれにはコードネームが割り振られている。

 行動計画書と一緒に要塞司令部が渡してきたブリーフィング用のデータだ。


「開戦以来、対空レーダーに引っかからない敵戦闘機による被害が増加している。対抗手段は国防技研が開発中だが、おそらくこの戦争には間に合わないだろう」


 地図上に各飛行隊を表す文字列が表示される。例えばアイギス隊ならば、6AW(第6航空団)-S231(第231飛行隊)-Aegisだ。


「諸君らには主に哨戒飛行についてもらう。担当空域は地図に表示された通りだ。管制は要塞防空司令部が担当する。飛行中の指示はそちらに仰ぐように」


 最前列に座っているパイロットの一人が手を挙げた。


「出撃は二機編隊(エレメント)単位ですか? それとも四機編隊(フライト)単位?」

「空域自体はそこまで広くない。哨戒飛行はエレメント単位で行う。ただ、緊急出撃に対応できるよう、他の者もアラート待機はしておくように。調整は各部隊に任せる」


 質問に淡々と答えたナラサキ中佐は、眼鏡の縁をつかんで調整しながら、周囲を見渡した。


「他に質問は? ――ないな。それではこれで終了する。一時間後から作戦行動開始だ」


 ヒサカタ准将が立ち上がり、ナラサキ中佐と共に退出する。部屋を出たナラサキ中佐がドアノブを握り、パタンと扉が閉められた。







 パタンと扉が閉められ、部屋の中にいた男性たちが一斉に立ち上がる。入ってきた小太りの老人に対して、男性たちは二つ指の敬礼をした。

 彼らは皆カーキ色をしたレウスカ人民陸軍の制服に身を包んでおり、左肩には第2軍の意匠――ヒグマと猟銃――をあしらったワッペンがついている。


 ブリタニア大陸領北部、回廊要塞のあるブリトン地峡に程近いカノンベリーの町は、レウスカ人民軍の第2軍によって占領され、回廊要塞攻略のための前線基地となっている。

 第2軍司令官レヴァンドフスキー大将は、カノンベリーの中心部にあったとある富豪の邸宅を接収し、司令部としていた。


 元の持ち主が飾っていた絵画はミハウ・ラトキエヴィチ議長の肖像画に取って代わられ、壁には大きなレウスカの国旗が掲げられている。

 そんな応接室に運び込まれた円卓の一番奥に小太りの老人――レヴァンドフスキー大将が座ると、立っていた将軍たちもぞろぞろと座席に着いた。


「待たせてしまってすまないな。早速、会議を始めよう」

「では、第一次総攻撃の反省点をまずは洗い出しましょう。中央のスクリーンをご覧ください」


 レヴァンドフスキー大将の隣に座る参謀長のブワシク中将がリモコンを操作すると、中央の立体スクリーンに回廊要塞周辺の地形図が浮かび上がった。


「11月20日午前4時50分、第1戦術航空師団隷下の飛行隊による敵防空網制圧を目的とする攻撃と共に、第2軍隷下の三個師団が前進を開始しました」


 地形図上にレウスカ軍部隊を示す光点が表示され、回廊要塞に向けて突き進む。


「しかし、敵防空網制圧任務は失敗。空軍の航空支援はほとんど不可能となりました」


 空軍部隊を示していた光点がブリタニア側の光点によって打ち消される。


「ただ、航空支援のない我々が満足に進軍できるはずもありませんでした。要塞を目指していた部隊は各所で攻撃を受け停滞、損害だけが増え続けたため、午前10時25分を以て作戦は中止しました」

「正しく惨敗だな。最終的な被害はどうなった、人事課長」


 レヴァンドフスキー大将に指名された男性が立ち上がる。


「お手元の資料をご覧ください。要塞攻撃に従事したのは第2歩兵師団、第13機械化師団、第21装甲師団の三個師団ですが、特に要塞正面からの攻撃を担当した21師団の損害が突出しています」

「二個連隊が事実上壊滅か。確かに凄まじい被害ですな」


 出席者の一人が唸り声を上げ、周囲もそれに頷いた。


「想定通りと言えば想定通りだ。元々、参謀本部の計画では一戦して負ける(・・・)ところまでが織り込み済みだったからな」


 ブワシク中将がそう言うと、出席者たちは気まずげに顔を見合わせた。


「その……本当に良かったのですか? いくら何でも負けることを前提とした侵攻計画が成立するとは思えないのですが」

「大丈夫だ。回廊要塞攻略のための作戦はすでに始まっている。我々の惨敗は、その最初の一手なのだ」

トロイアの木馬(コントロヤンスキー)作戦ですか……」


 地中海沿岸に広く伝わるイオニアの故事に由来する作戦名称は、先日の惨敗が何らかの欺瞞(ぎまん)作戦であることを示している。

 とは言え、負けることが作戦の第一歩になるのだとは、到底信じられないのが普通だろう。


「そこが問題なのだ。何故、我々が前座を務めねばならんのか。参謀本部は我々を愚弄している!」


 突然、語気も荒く怒り出したのはレヴァンドフスキー大将だった。

 彼の怒りに同調するように、主に師団長たちが同意の声を上げ始める。


「おっしゃる通りです。過日の敗北は、空軍の不甲斐なさ故。奴らが自分の仕事をこなしていれば、我々だけであの要塞を落とせたでしょう」

「コントロヤンスキー作戦は、回廊要塞を攻略するための作戦。我々の力で攻略してしまえるならば、敢えて作戦に従う必要もありますまい」


 気炎を吐く師団長たちを見て第2軍の幕僚たちは困惑し、ブワシク中将は眉を(ひそ)める。それに気づかず、レヴァンドフスキー大将は機嫌良く頷いていた。


「そうかそうか。諸君らもそう思ってくれるか。どうかな、参謀長。作戦を修正し、我が軍の力を以て回廊要塞を突破しようと思うのだが」

「はっ。ですが、第1戦術航空師団との調整も必要ですし、予定にない二度目の攻撃となりますと、攻略ルートの策定が必要となります。作戦第二段階の開始には間に合わないかと存じますが」


 正直な話、海軍の支援もない第2軍が、単独で回廊要塞を突破できるなどとはブワシク中将も思っていない。

 ただ、それを馬鹿正直に話したところで、興奮しているレヴァンドフスキー大将や師団長たちの反感を買うだけだろう。


 そう考えて、時間的に二度目の攻撃は不可能だと説得しようとしたのだが、レヴァンドフスキー大将は引き下がらなかった。


「第1戦術航空師団の指揮権は私に与えられているから、命令すれば良いだけだろう。攻略ルートも陸上からならば一本道だ。敵空軍さえ排除してしまえば問題あるまい」

「しかし――」

「参謀長、これは決定だ。二回目の攻撃を行う。攻撃日時は12月1日。作戦部はそれまでに大まかな攻略計画を参謀長に提出し、参謀長はそれを私のところまで持ってくるように。良いな?」


 じろりとブワシク中将を睨め付けるレヴァンドフスキー大将。


 こうまで強硬に攻略を主張されてしまうと、参謀長の立場では反対することが出来ない。

 結局、レヴァンドフスキー大将の主張が通り、第2軍はコントロヤンスキー作戦にない要塞攻撃を行うこととなった。


 応接室から幕僚や師団長たちが退出し、ブワシク中将ともう一人の軍人が残る。作戦課長のガボフスキー大佐だ。


「閣下、どうしますか」

「どうもこうもない。すまないが、作戦課の面子を集めてできる限り内容を詰めてくれ。私も可能な限り、参加する」


 ガボフスキー大佐が頷き、退室しようとする。そのガボフスキー大佐の耳に、ブワシク中将の憎しみに満ちた呟きが聞こえてきた。


「レヴァンドフスキーめ。何やかんやと理由付けをしていたが、結局は出世が目的だろうに」

「閣下……」


 レヴァンドフスキー大将は、ラピス侵攻作戦の際に第1軍司令官を務め、その後は東部戦線総司令官としてオーヴィアス連邦に向けて侵攻を続けているクラトフスキー上級大将の同期で、ライバル意識を持っている。

 西部戦線において総司令部が置かれず、第2軍と第4軍がそれぞれ独立して作戦行動を取っていることも、レヴァンドフスキー大将には感情のしこり(・・・)となっていた。


「すまん。愚痴を聞かせたな。行ってくれ。ここの片付けは私がやっておく」

「はっ」


 ガボフスキー大佐が扉を閉めるその時まで、ブワシク中将は険しい表情をしたままだった。







 日付が変わり、一年最後の月に入った頃、レオンハルトはカエデと共に搭乗員待機室でコーヒーを飲んでいた。

 彼らは哨戒飛行に当たっている部隊が敵を発見した場合、その援護として出動するための待機要員としてこの部屋にいた。


「ふむ。不味いな」

「そうですね。でも、暖まりますよ」


 コーヒーを一口飲んで顔をしかめたレオンハルトに、カエデが苦笑いする。

 回廊要塞の搭乗員待機室にはあまり良い豆が入れられていないようだ。


「それにしても准将は人使いが荒いな。ほとんど新編みたいな部隊にこの時間の哨戒任務を任せるとは」

御前(ごぜん)は……ヒサカタ准将は少佐に期待しているんだと思いますよ。そういう人ですから」


 にっこりと微笑むカエデ。親族というだけあって、ヒサカタ准将がどういう人間なのか分かっているのだろう。


「ふむ、そう言えばウダ中佐にも似たようなことを言われたな。期待されるのは喜ぶべきことだが、身に覚えがないと少し不気味だな」

「手前味噌かも知れませんが、私が僚機ということもあるんじゃないでしょうか。准将にはかなり気遣われてますから」


 なるほど、とレオンハルトが頷く。


 カエデはヒサカタ准将が属する軍の派閥である「白州閥」の幹部候補であり、当然ながらその動向はヒサカタ准将も気にかけているだろう。

 その繋がりからレオンハルトに目を付けたのは不自然ではない。


「ま、何にせよ力を尽くすだけだな。今はクシロだけじゃなく、隊全体に責任を負っている」

「少佐なら大丈夫です。できますよ」


 君もずいぶん買ってくれるんだな、と苦笑するレオンハルト。


 そんな風に談笑していた二人のところへ、同じく搭乗員待機室でコーヒーを飲んでいたパイロットが近づいてきた。パイロットスーツの左腕にはラピスの国旗が見える。


「失礼。突然で悪いんだが、もしかして君たちはヴェルサイユの戦いに参加していなかったか?」


 レオンハルトがカエデと顔を見合わせる。


「ああ、確かに参加していたが……どこかで会ったかな?」


 ラピス戦線の頃を思い返しながら尋ねるレオンハルト。会っているとすればサン・ミシェルだろうが、レオンハルトの記憶にはない。

 それに、彼はヴェルサイユの戦いに参加しているかどうかを聞いていた。サン・ミシェルにいたパイロットなら、まずそちらを聞くだろう。


「会った、という訳じゃないんだ。撤退直前、君たちの部隊は最後尾で遅滞戦闘に参加していただろう? 最後に救援機が来たと思うんだが」

「ああ、あの時の」


 ようやく思い出す。

 確かにヴェルサイユの戦いの最終局面、ルドヴィク中佐が脱出できずに戦死した後、ラピス空軍の救援機が到着していた。


 まさか、こんなところで出会うとは思っていなかったレオンハルトが感心していると、そのパイロットは申し訳なさそうな表情をしながらこう言った。


「あの時はすまなかった。もう少し早く救援に行けていれば、あのパイロットも助けられたはずだ」


 沈鬱な表情をした彼の肩に、立ち上がったレオンハルトが手を置く。


「君のせいじゃないさ。あの戦いは誰が死んでもおかしくなかった。君が来なければ、私も、そこにいる私の僚機も死んでいただろう。むしろ、君には感謝している」


 レオンハルトがそう言うと、ラピス空軍のパイロットは寂しそうな微笑を見せた。


「そう言ってくれると助かるよ。俺が自由ラピス空軍に身を投じた理由の一つがそれでね。何だか少しだけ、肩の荷が下りた気分だ」


 自由ラピス空軍。ラピス降伏後、それを良しとしないゼレール外務大臣や副参謀総長のマスロン中将らが中心となって立ち上げた自由ラピスの空軍だ。

 規模はラピス国防空軍の半分にも及ばないが士気は高く、東部戦線・西部戦線を問わず、多くのパイロットが前線で戦っている。

 彼もその一人なのだろう。


「ここへは部隊を率いて?」


 レオンハルトが問うと、そのラピス人パイロットが頷いた。


「ああ。レウスカが侵攻を再開してから西部戦線で戦い続けてたんだが、ずるずると後退して今や大陸の端っこさ。部下もずいぶんいなくなった。情けないもんだよ」

「そんなことはないさ。祖国を奪われ、じりじりと追い詰められながらも戦い続ける。アッシュウッド映画ならここからが反撃さ」


 世界的に有名なオーヴィアスの映画ブランドを引き合いに出し、レオンハルトが励ます。


「映画みたいになってくれれば良いんだがね。……そういえば、自己紹介がまだだったな。自由ラピス空軍第13飛行隊のルネ・メソヌーヴ、階級は中佐だ。よろしく頼む」

「日本帝国空軍第231飛行隊のレオンハルト・エルンストです。階級は少佐。上官とは知らず、失礼しました」


 レオンハルトがそう言って敬礼しようとすると、メソヌーヴ中佐は笑いながら手を振った。


「構わんさ。サーをつけられるのは慣れていないものでね。そちらのレディも気軽に話しかけてくれ」

「は、はい」


 突然声をかけられて慌てるカエデに、メソヌーヴ中佐がウインクする。

 カエデの慌てる様子を見ながら笑った彼は、レオンハルトに目を戻して一瞬だけ真顔になり、これまでで一番の大笑いを見せた。


「どうしました、中佐」

「ふははっ、いや失礼! ただ、誤解は解いておこう。君のお姫様に色目を使ったつもりはないんだ。許してくれたまえ」


 メソヌーヴ中佐の言葉にレオンハルトが目を白黒させる。


「中佐、何か誤解を」

「皆まで言うな。とんでもなく不機嫌な顔をされれば、どんな馬鹿でも気がつく。殺気すら籠もったあの目を見て引かないのは、余程肝の据わった奴か、想像力に欠けた間抜けだけだ」


 そんなに不機嫌な顔をしていたのかと、弁解も忘れてレオンハルトは考え込む。


「おっと、そろそろ出撃の時間だ。それでは失礼する」


 ルドヴィク中佐を思い出させるような笑みを見せ、メソヌーヴ中佐が部屋を出て行く。


 かき回すだけかき回した彼が部屋を出た後に残ったのは、メソヌーヴ中佐の言葉に戸惑うレオンハルトとカエデの二人だけだった。


「あー、その――」

「えっと――」


 一瞬だけ目を合わせ、気まずげに目をそらした二人が同時に口を開き、黙り込む。


「カエデから――」

「お先にどう――」


 一瞬の沈黙の後、再び同時に口を開くレオンハルトとカエデ。レオンハルトの咳払いが奇妙に響く。


「しょ、少佐からどうぞ」

「む、良いのか?」

「はい」


 参ったな、とレオンハルトは心の中で呟く。

 カエデとタッグを組むようになってずいぶん経つが、ここまで会話がぎこちなくなるのは初めてのことだ。


「中佐の話は……まあ、何だ。話半分に聞いてくれ。おおかた、私たちをからかうために話を盛っただけだろう」

「……」


 レオンハルトとしては「そうですよね」と、カエデがいつものように笑顔で同意してくれることを期待していたのだが、彼女は口を閉ざしたままだった。


 しばらく沈黙が続き、やがてカエデが意を決したようにレオンハルトの目を見据えた。


「少佐はわ――」


 カエデが何事かを言おうとしたその瞬間、搭乗員待機室にサイレンが鳴り響いた。不気味な、不安感を煽るようなこのサイレンは、要塞への武力攻撃が予測されることを示す合図だ。


『航空攻撃警報発令、航空攻撃警報発令。要塞防空司令部より全パイロットに告ぐ。大規模な敵航空部隊の接近を確認。繰り返す、大規模な敵航空部隊の接近を確認』


 思わず舌打ちするレオンハルト。会話を遮るだけならまだしも、敵の接近とはついていない。


『要塞司令部より総員に告ぐ。第一種非常態勢。繰り返す、第一種非常態勢。各員は所定の位置へ速やかに移動し、指揮官の命令を待て』


 防空司令部に続き、要塞司令部からも第一種非常態勢――即座に戦闘へ移れるように準備を整えろ、という命令が下る。

 レオンハルトとカエデは所定の任務に従い、敵部隊を見つけた味方を援護するべく出撃することとなる。


 二人は一瞬だけ顔を見合わせ、即座に走り出した。


「準備は!」

「いつでもどうぞ!」


 レオンハルトのF-18J(イーグル)のチェックをしていた整備士がサムズアップをする。

 その整備士とハイタッチしたレオンハルトはパイロットヘルメットを被りながら手早く機体のチェックを済ませ、エンジンを始動する。


「……オールグリーン。アイギス2、聞こえるか?」

『……こちら、アイギス2。問題ありません』


 レオンハルトと同じく手短にチェックを終えたであろうカエデが応答する。

 その応答と同時にレオンハルトがOKのサインを出すと、F-18Jの周りで待機していた整備士たちが機体の安全ピンを抜いていった。


「アイギス1、スクランブル」

『アイギス2、スクランブル』


 誘導員の指示に従い、滑走路へと進入する二人。チャイムが鳴り、管制塔からの通信が入った。


『こちら、コリドー・コントロール。方位155へ、高度25000フィートまで上昇し、友軍機を支援せよ』

「こちら、アイギス1。方位155へ、高度25000フィートまで上昇し、友軍機を支援する」

『アイギス1、問題なし』


 離陸後、向かうべき空域の指示を受けつつ誘導路を進む。滑走路へ進入すると、再び管制からの通信が入る。


『アイギス1、クリアード・フォー・テイクオフ』


 管制塔からの発進許可を聞きながら、そう言えばこの戦争が始まったあの日も、緊急発進(スクランブル)任務から戦闘に突入したんだったな、と不意に思い出す。


「了解、アイギス1、クリアード・フォー・テイクオフ」


 管制塔からの指示を復唱すると同時に、スロットルを開けて機体を加速させる。


 1991年12月1日午前2時32分。援軍としてブリタニアへ派遣されたレオンハルトは、こうして熾烈な戦いの空へと舞い戻った。

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