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宝石戦争  作者: 東条カオル
第一章 開戦
10/42

第七話 サン・ミシェルの一時間(後編)

 午前9時ちょうど。レオンハルト率いるブラボー分隊は十二機のBol-31(フォックス)に囲まれていた。

 今度の敵は少し手強く、常に距離を保ちながらレオンハルトたちにプレッシャーをかけ続けている。状況を打破しようとレオンハルトが動けば、他の三人の内の誰かが集中砲火を受け、援護に向かわなければならない、という嫌らしい攻め方をする敵だ。

 おそらく、まともに相手をすることなく、燃料切れや弾薬切れで焦ったところを叩こうという腹なのだろう。


 と、いうことは、敵はサン・ミシェルから逃げる飛行隊や職員の追撃を諦めたのかも知れない。

 だからといって、遅滞戦闘を終えてヴェルサイユに戻ろうとすれば、容赦なく追撃を再開するに違いない。


 すなわち、レオンハルトたちはここで殿として戦い続けるほかなく、レウスカ空軍はこちらの補給切れを待って一気に刈り取れば良い、という状況にあるのだ。


『おい、そろそろ燃料のこと考えないとまずいぞ。どうすんだ?』

「そうだな。……さて、どうするか」

『おいおい、大丈夫かよ』


 相変わらずよく喋る同僚だ、とジグムントのぼやきを聞きながら、小さく笑う。


「よし、全機、ゆっくり上昇するぞ」

『え?』

「上昇だ。40000フィートまで行く」


 困惑するカエデたちに特に説明することなく、上昇を始めるレオンハルト。カエデたちは、レオンハルトの意図を掴めないまま、それでも彼に続いて上昇を始めた。

 十二機のBol-31はこれに追随するように、アイギス隊の後方から上昇し始める。


 最初は、こちらの後ろを確実に押さえるように飛んでいた敵機が、次第に攻勢を強めてくる。


『何だ、こいつら? さっきまでと違って、ずいぶん激しいじゃねぇか』

『隊長、これは一体……?』


 レオンハルトは、すぐに分かる、と一言だけ言ったまま、やはり説明しようとはしない。


 敵の攻撃がどんどん激しくなる中、レオンハルトたちは40000フィートに到達した。

 同時に、レオンハルトは通信を開き、


「全機、降下開始! ダイブだ!」


 と叫んだ。

 突然の命令に困惑を深めるカエデたちだが、それでもレオンハルトに続いて、機体を背面宙返りの要領で旋回させる。


 当然、追撃するBol-31もこれに続くと思われたのだが――


『な……! て、敵編隊が旋回しません!』

『何やってんだ、あいつら?』


 カエデたちの驚く声に、レオンハルトは悪戯が成功した子どものように笑いながら、ようやく説明を始めた。


「Bol-31には東側ではあまり知られていない弱点がある。それはだな――」


 Bol-31の弱点。それは、高高度における極端な運動性能の低下、であった。


 東側では、Bol-31は限界高度が低い、とされているが、これは正確ではない。

 Bol-31は高高度において、ほぼ直進しかできないほどの旋回性能しか発揮できないため、実戦において高高度へと上昇するのをためらう傾向がある、というのが実際であるのだ。


 このことを知っているのは、実は西側でもそう多くない。限界高度を超えて飛行しようとするパイロットなど滅多にいないからだ。


『それじゃどうしてよ、あんたは知ってたんだ?』

「色々あって、な。それよりも今がチャンスだ。敵を叩くぞ」


 ジグムントの疑問を流し、レオンハルトは攻撃態勢に移る。ジグムントも釈然としない様子ながら、これに従った。


 姿勢制御が上手く行かず、必死で旋回しようとしているBol-31の編隊に、レオンハルトたちが後ろから襲いかかる。

 機銃弾で翼を撃ち抜かれた哀れな狐たちは、為す術もなく地上へと墜ちていった。


『ブラボー・チーム、聞こえますか? こちらルナール6』


 あっさりと十二機全てを片付けてしまった直後、早期警戒管制機(AWACS)からの通信が入る。


「こちら、ブラボー1。何かあったのか?」

敵の新型(ファントム)が出現しました。チャーリー・チームが奇襲を受け、全機損傷。損傷が酷い三機をヴェルサイユに向かわせています』


 遂に現れたか、とレオンハルトはため息をつく。出てきて欲しくない敵が、出てきて欲しくない時に現れてしまった。


「それで我々はどうすれば良い?」

『サン・ミシェルの北東50キロの地点に集結の後、ヴェルサイユからの増援が到着するまで持ちこたえてください』


 ルナール6の声は申し訳なさそうなものだったが、レオンハルトからすれば増援が来るだけでもありがたい。


「了解した。増援はいつ頃来る?」


 気になるのはやはりそこだ。早ければ早いほど、レオンハルトたちは楽になる。


『我が軍は全戦線で撤退中ですので空軍も各地に出撃しています。ですから――』

「――いつになるか分からないか」

『すいません』


 仕方のないことだ。戦力はどこも不足していて、レオンハルトは進んで貧乏籤(びんぼうくじ)を引いたのだから。


「構わんさ。……さて諸君、まずは指定されたポイントまで行くとしようか」


 午前9時12分。サン・ミシェル上空の激闘は、いよいよ佳境を迎えようとしていた。







 レオンハルトたちがBol-31の編隊を撃破した頃、ソーンツェ隊は空中給油を済ませ、ラピス領空への侵入を果たしていた。


 カザンツェフ中佐の事前の指示通り、ソーンツェ隊は三手に分かれ、それぞれに指定された持ち場へと移動している。

 ソーニャが率いるグレゴリー分隊は、グラン・プラトーを流れるロワール川に沿って、サン・ミシェル村近郊へと向かっていた。


 グラン・プラトーの、起伏に富んだ自然豊かな地形がぐんぐんと後方へ過ぎ去っていく。こんな戦争でもなければ、ゆっくりと飛んで眺めたい良い風景だ。


『――そっ、何な――、――つら!』

『もう――、墜ち――』

『撤退――、――だ!』


 雑音混じりの通信が聞こえる。混信しているのだろう。聞き取れた内容だけだが、切羽詰まった様子がうかがえる。


『今のはレウスカでしょうか? どちらにせよ敵は近いようですね』

「ええ、いつ敵に遭遇してもおかしくない。レーダーだけじゃなく、目でも確認しなさい」


 おっとりした声の青年が、了解、と答える。今回、グレゴリー分隊としてソーニャの指揮下に入ったヴァレリヤン・ユスポフ中尉だ。

 ヴァレリヤンはその若さの割に戦歴も豊富であるために、何度か共に戦ったことがあり、信頼できるパイロットだ。


 ヴァレリヤンの僚機であるオティリア・レイェフスカ少尉は、撃墜されて本国へ帰ることとなったドブジンスキー少尉の後任であり、実戦は今回が初めてだ。

 ソーンツェ隊ではソーニャに続く二人目の女性であり、年齢も24歳と近いことから、ソーニャは特に目をかけている。


 このように、今回ソーニャが指揮する二人は、ソーンツェ隊では珍しく素直な性格をしたパイロットであり、ソーニャが分隊長としての自信を取り戻すためにちょうど良い二人であると言えるだろう。


 ソーンツェ隊が三手に分かれて三分ほどが経った頃、通信が入った。


『こちら、ボリス1。敵編隊と接触した。奴は確認できず。損害を与えたが、こちらもボロボロだ』


 北西ルート担当のトロヤノフスキー大尉からだ。あちらには「魔女部隊」で最も警戒すべき「悪魔(ジヤヴォール)」はいなかったにも関わらず、手痛い反撃を受けたようだ。


 やはり「魔女部隊」は侮れない、と考えていたところに、中央ルートを飛行するカザンツェフ中佐からの通信が入り、


『アンナ1より各機。こちらは敵を確認できなかった。グレゴリーは警戒されたし』


 と、告げられ、グレゴリー分隊に緊張が走った。あのイーグルは彼らの進路上にいる可能性が高い。


「聞いたわね? 我々は奴とおそらく接触するわ。各機、事前の打ち合わせ通りに」


 ソーニャの指示に三人から、了解、と返信が来る。実戦経験豊富なヴィクトルとヴァレリヤンはともかく、オティリアの声には緊張が混じっていた。


『グレゴリー4、緊張しなくて良いよ。僕がカバーするからね』

『はい……。ありがとうございます』


 すかさず、僚機のヴァレリヤンが声をかける。温和な性格のヴァレリヤンは物腰も柔らかいため、ソーンツェ隊に新人がやって来た時は彼が組まされることが多いのだ。


『こちら、ピーコ3。レーダーに感あり。機数、四。方位320』


 国境手前まで進出してきたAWACSからの通信だ。この四機編隊(エレメント)に、果たして666のイーグルがいるのだろうか。


「了解。各機、交戦に備えよ」


 スロットルを開け、加速しながら上昇する。レーダーに映りにくい優位性を生かし、上空からの奇襲攻撃を仕掛けるためだ。太陽は東にあり、影が敵の方へ落ちることもない。


 五分後、ロワール川にモルバン川が合流する地点にさしかかったその時、ソーニャの視界に敵機の姿が映った。どうやら敵編隊の横に出たらしく、側面が見えている。

 ソーニャが目をこらして敵の編隊を見つめると、666、と書かれたイーグルが飛んでいた。


「666……!」

『ピーコ3よりグレゴリー1。間違いないか?』

「間違いないわ」


 666の数字をソーニャははっきりと目にしている。パイロットが代わっていない限り、あのイーグルには二人の同僚を墜としたパイロットが乗っているはずだ。


「上方からの奇襲で一気に決める。良いわね?」

『了解。今度こそ仕留めるとしよう』


 ヴィクトルの言葉通りだ。今度こそ、あの悪魔(ジヤヴォール)を仕留める。


 四機は速度を上げながら、敵編隊へと接近していった。ソーニャの耳に聞こえるのはエンジン音だけだ。

 編隊の先頭、あのイーグルが視界から消えたその瞬間、ソーニャは機体を横に向け、仇敵目掛けて切り込んでいった。


「グレゴリー1、交戦」


 その言葉を合図とするように、ソーニャは操縦桿のトリガーを引いた。30ミリ機関砲が火を噴き、機銃弾の雨が敵編隊を襲う。


『もらった……!』


 勝利を確信したオティリアの声。だが、次の瞬間にはその認識を改めざるを得なくなった。


『こいつら、背中に目でもついてるのか!』


 ヴィクトルが叫んだように、敵編隊は直前でソーニャたちの攻撃を(かわ)したのである。一機だけ、機体から細い黒煙をたなびかせている敵機がいるが、飛行には支障がなさそうだ。


「全機、上昇!」


 ソーニャが叫ぶ。このままの勢いで突っ込むと、敵編隊の下方に位置することとなり、後ろを取られるからだ。

 操縦桿を引き、敵編隊の上空スレスレで上昇に転じる。下向きのGがソーニャに襲いかかるが、何とか耐え抜いた。


『グレゴリー1、後方に敵機』


 無感動な声の管制官がソーニャに警告する。後方を確認すると、あのイーグルの姿があった。


「今の一瞬で後ろを取るなんて……!」


 驚異的な反応速度に驚きを隠せない。他の敵機は一度散開してからこちらの追撃にかかろうとしているにも関わらず、先頭の一人だけがソーニャに食らいついた。


『今、助けます!』


 オティリアからの通信が入った。


 イーグルはダイヤモンド編隊の真ん中に突っ込む形でソーニャの後ろを取っており、オティリアはその後方に位置している。

 普通ならば功を焦った敵の勇み足と判断し、緊急回避(ブレイク)しつつ攻撃を命じるところだが、相手はあの悪魔だ。


「グレゴリー4、待ちなさい!」


 と、ソーニャは警告するが、一足遅かった。

 悪魔は、オティリアがトリガーを引こうとした瞬間にその視界から消えたのである。


『え……』


 オティリアの困惑する声が聞こえる。通信がオンになったままのようだ。


『グレゴリー3、後ろだ!』


 ヴァレリヤンの警告に、反射的にオティリアは機体をスライドさせたが、機銃弾がオティリアを襲う。


「散開! 散開!」


 固まっていては危険だ、と判断したソーニャが散開を命じ、四機がてんでんバラバラな方向へ離脱する。


 敵は殊更こちらを追撃する気はないらしく、こちらの離脱を見届けるかのように編隊へと戻っていった。


『グレゴリー1、攻撃を中止せよ。これ以上の戦闘は危険と判断する』


 感情の欠片も見せない管制官の声に苛立つソーニャだが、彼の言葉は正しい。オティリアの機体は、あちこちから黒煙を噴いており、今にも墜落しそうだ。


「グレゴリー1、了解。一時離脱する」

『国境付近に空中給油機を待機させてある。給油後、グレゴリー3とグレゴリー4は帰還。グレゴリー1とグレゴリー2は、そのまま二次攻撃に移行せよ』


 ソーニャたちが合流し、元来た道を帰っていく。わずか数分間の空中戦は、今回も悪魔に軍配が上がった。

 だが、ソーニャもヴィクトルもそれほど弾薬を消耗しておらず、機体も無傷だ。


 二次攻撃では必ずこの借りを返す――


 レウスカへと機首を向けたコックピットの中、ソーニャは固く決意した。







 午前9時19分。アイギス隊は被撃墜数一という、戦力差から考えれば奇跡のような戦闘を続けていた。


 とは言え、その内実はボロボロだ。

 アルファ・チームは一機喪失の他、弾薬が不足し始めており、ブラボー・チームも先ほどのファントムとの交戦で、ジグムントの機体が不調を来している。

 チャーリー・チームに至っては、四機全てが傷を負い、分隊長のフメリノフ大尉を除く三機がやむなくヴェルサイユへと撤退した。


 レウスカは未だに追撃を諦めていないようで、サン・ミシェルに留まらないラピス戦線の各地で空陸一体となった追撃戦を展開している。


 ルドヴィク中佐の判断でアイギス隊が集結した直後、AWACSの管制官から通信が入った。


『ルナール1よりアイギス1。地上部隊は高速道路(オートルート)A12号線に乗った。もうすぐ安全圏に到達する。が、同時に敵も接近中だ』


 オートルートはラピス全土に張り巡らされた高速道路網だ。

 A12号線はランブイエ市とヴェルサイユ市を結んでおり、現在はヴェルサイユ市に入る地点で野戦陣地が構築されており、対空網も整備されている。


『アイギス1よりルナール1。敵はどれくらいだ?』

『レーダーで確認できるのは三十二。君たちの四倍だ』


 マジかよ、とジグムントがわざわざ通信をオンにしてぼやき、ルドヴィク中佐の、うるせぇ、の一言で黙らされる。


「一人四機か。エースまで一機足りないな」

『アイギス5、一人一機は撃墜してますから、ここでしっかり仕事をすれば私たち皆エースですよ』


 ルナール1が告げた数はなかなか絶望的だったのだが、続くレオンハルトとカエデの緊張感のないやり取りに編隊員は脱力する。

 そもそも、開戦以来の戦闘ですでに五機撃墜を果たしてエースの仲間入りをしているパイロットは多い。


 レオンハルトの言葉は的外れだったが、むしろそれによって編隊員をリラックスさせることが目的だったのだろう。――カエデは真剣に受け取ったようだったが。


 そうこうしている間に、視界の仮想ウインドウに戦域情報システム(WAIS)の情報がポップアップし、敵機の接近を告げた。

 レオンハルトの拡張角膜(AC)も、豆粒大の敵編隊を捉えてこの姿を拡大した。


『アイギス1より各機。敵が見えたぞ。戦闘開始だ』


 レオンハルトは豆粒大の敵をロックオンして、最後のミサイルを発射。そのまま編隊から飛び出し、機体を加速させた。

 忠実な僚機であるカエデだけが、レオンハルトの動きに追随している。


『アイギス5、何をするつもりだ?』

「まあ、任せておいてくれ」


 と言うや、低空で敵編隊へ接近する。


 レウスカ空軍が保有するBol-31を始めとした戦闘機には下方の敵に対処するためのルックダウン・シュートダウン能力がない。

 これは東側諸国には知られていないことだったが、現場のパイロットの中には自身の経験からこれに気づいている者もいる。レオンハルトもその一人だった。


 ミサイルに気を取られた敵編隊はレオンハルトの動きに対処できず、レオンハルトとカエデは攻撃を受けることなく、敵編隊に接近した。そのまま上昇して編隊の中央部へと突入する。

 二人に見事に割って入られた敵編隊が乱れ、燃料タンクを撃ち抜かれた敵機が爆散した。


「よし」

『アイギス6、スプラッシュ1』


 いつも通りの淡々とした戦果報告だ。ルドヴィク中佐は、賞賛よりもむしろ呆れ返る気持ちで苦笑した。


『無茶しやがる……。まあ良い、攻撃だ!アイギス1、フォックス3』

「アイギス6、離脱するぞ」


 レオンハルトとカエデは敵編隊を通り抜け、上方への宙返りで敵機の上空を取る。


 一方、ルドヴィク中佐たちの発射したミサイルは、レオンハルトが先ほど牽制として利用したミサイルと同じく、敵の電子妨害に遭って敵編隊にたどり着く前に軌道を乱し、あらぬ方向へと飛んでいった。


『電子戦機がいるな。アイギス5、分かるか』


 敵編隊はBol-31で統一されている。ということは、電子戦機仕様のBol-31が紛れ込んでいるということだろう。


「分かりませんが、問題はないでしょう。もう、ミサイルの残弾はありませんし、全部墜としてしまえば良いことです」

『メチャクチャだぜ……』


 ジグムントがぼやく。レオンハルトの無茶に一度ならず付き合わされた側としては、一言言いたくなるのも無理はないだろう。


 レオンハルトはジグムントのぼやきを聞き流し、再び敵編隊とのドッグファイトに突入した。

 続いて、アイギス隊の各機も交戦距離に到達し、機銃弾の応酬が始まった。


『くっ……。やっぱり駄目だ! 敵が多すぎる!』

『主翼を掠った!』


 一方的な展開にこそならないものの、アイギス隊は押されている。数の差はなかなか覆せるものでもない。

 そんな中でもルドヴィク中佐とレオンハルトの二人は、敵の攻撃に振り回されずにいた。


『アイギス5、やれ』

「了解」


 ルドヴィク中佐が機銃弾を巧みに利用し、敵機をレオンハルトの真正面へと追い込んでいく。

 そして、敵機が飛び込んできた瞬間、レオンハルトは逃すことなくこれを撃墜した。


『ナイスキル、アイギス5』

「アイギス1のおかげですよ」


 ルドヴィク中佐の言葉に、レオンハルトがニヤリと笑って――見えるわけではないが――応えた。


 一方、見事なコンビネーションを見せた二人を警戒したのか、敵編隊はレオンハルトたちを二機ずつで追尾を始める。


『地形追従モード、開始』


 ルドヴィク中佐は、F-18J(イーグル)が装備している地形追従モードを起動し、超低空飛行を始める。半自動操縦ではあるが、パイロットに大きな負担となる飛行だ。


 敵はルドヴィク中佐の追尾を始めるが、グラン・プラトーの起伏の多い地形では、地表まで数十メートル程度の超低空飛行は自殺行為と言っても良い。


 ルドヴィク中佐が地形追従モードの支援を受けながら飛行しているのに対して、レウスカ空軍のパイロットたちはほぼ自分の腕のみで低空飛行をしている。

 また、ルドヴィク中佐が訓練でグラン・プラトーを何度も飛んでいるのに対し、敵はほとんどが初めての飛行だ。


 すぐに一機が操縦ミスをして地表に激突。さらに動揺した一方も、上昇して急減速したルドヴィク中佐を追い越してしまい、蜂の巣にされた。


『アイギス1、今のはマニューバキルか? 見事なものだ』


 ルナール1が思わず感嘆する。


「さすがはアイギス1。負けてはいられませんね」


 レオンハルトは加速しながら、ループ、スプリットSと多様な空戦機動を駆使しながら敵を翻弄する。敵機の攻撃をサイドスリップで躱した後、急減速。

 一方がオーバーシュートするが、レオンハルトの動きに食らいついた敵もいた。

 レオンハルトは無防備な背中を曝している。


 おそらく、敵パイロットがトリガーを引こうとしたであろう瞬間、レオンハルトの動きを上空から追っていたカエデがコックピットを撃ち抜いた。

 レオンハルトをオーバーシュートしてしまった敵機も、レオンハルトの機銃弾によって尾翼をもがれ、コントロールを喪失する。


 カエデが援護に入ることを確信しての無茶なやり方だが、カエデはその期待に応え、自分の獲物を放置してまでレオンハルトの援護に入った。

 レオンハルトは、ともすれば突拍子もない派手な空戦機動に注目されがちだが、むしろ僚機を上手く使う(・・・・・)ところにこそ、彼のパイロットとしての有能さが現れていると言って良いだろう。


「助かったよ。アイギス6」

『いえ。アイギス5の後ろを守るのが私の役目ですから』

『お熱いのは結構だがな。敵はまだいるぞ。(やっこ)さんもそろそろ慣れてくる頃だ』


 ルドヴィク中佐の言葉通り、敵はルドヴィク中佐とレオンハルトを脅威と認めたようで、二人から距離を置き、他のパイロットを狙い始めた。


 その中で、アイギス15が四機の敵に囲まれている。援護しようにも、アイギス隊は全員が二機以上の敵機と向かい合っている。救援の余裕はない。


『ぐっ……!』

「今、行く! もう少し耐えてくれ!」


 アイギス15は、何とか追尾を避けようと低空へ逃げるが、敵もそれに追随する。


 レオンハルトが助けに入ろうとすると、追っていた敵機の内の二機がレオンハルト目掛けて闇雲に機銃掃射を仕掛けた。


「ちぃっ!」


 舌打ちしつつ上昇して回避したレオンハルトの視界の先で、アイギス15が右主翼を撃ち抜かれた。

 低空飛行をしていたアイギス15は、姿勢を制御する前に地面に激突し、火達磨になる。レオンハルトからは、脱出は確認できない。


『アイギス15! ヤースケライネン!』

『脱出は確認できたか?』


 応答は残念ながら「ネガティブ」のみだ。誰一人として脱出を確認していない。また一人、戦死者が出たことになる。


 レオンハルトが僚友を救えなかったことに歯噛みしていると、管制官からの通信が入った。同時に、WAISの新しい情報が視界にポップアップする。


『ルナール1よりアイギス1。非戦闘要員の脱出が完了した。もう間もなく、増援も到着する。撤退を開始せよ』

『簡単に言うがな。逃げ切れるかどうかは分からんぞ』


 AWACSからの通信にもアイギス隊の気が休まることはない。

 アイギス隊はアイギス15の戦死によって七機となっており、一方のレウスカ空軍機は未だ二十五機を数えている。


 思ったよりも非戦闘要員の脱出が終わったこと、そして増援の目処がついたことで撤退は許可されたが、敵機が優位な状況では撤退も容易でない。


『アイギス5、先頭につけ。俺が最後尾だ』

「了解」

『俺も後ろにつきます』


 ルドヴィク中佐の指示に対してレオンハルトが同意し、アイギス13がルドヴィク中佐に機体を寄せた。

 ドッグファイトからアイギス隊が徐々に離脱し、ルドヴィク中佐を最後尾として全機がヴェルサイユへの針路を取る。


 敵も満身創痍のアイギス隊を逃すつもりはないようで、全機挙げての追撃を始めた。

 レオンハルトは機体を加速させつつ、不規則な軌道を飛んで敵の攻撃を避けるが、至近を機銃弾が通り抜けていく。


『しつこい奴らだ……』

「アイギス1、私が囮を――」

『――そのつもりはない。囮を置いても、敵は二手に分かれるだけだろう』


 レオンハルトの提案を最後まで聞くことなく切り捨てる。確かにその通りだが、いつものルドヴィク中佐ならば茶化すくらいのことはしている。

 ルドヴィク中佐からは普段の余裕が消えていた。


『ルナール1よりアイギス。敵の増援を確認!』

『まだ増えるのかよ!』


 ジグムントが叫ぶ。ルドヴィク中佐も苛立ち混じり、


『ルナール1、敵はどこからだ?』


 と、聞く。


『北西だ、9時方向から接近中! なぜ分からなかったんだ!』


 ルナール1が困惑混じりに怒鳴る。戦術コンピュータがリンクし、すぐ近くまで敵の増援が迫っていることが分かる。


 9時方向、肉眼で二機の機影が確認できる。

 レオンハルトが意識して機影を凝視すると、拡張角膜が自動的に機影を拡大し、視野に投影する。


 その機影は、先ほどもアイギス隊に襲いかかり、彼らに苦杯をなめさせたファントムのものだった。


「ファントムだ。増援はファントム!」

『厄介な奴が出てきやがった!』

『だから、レーダーで捉えられなかったのか』


 敵が新型ならば、加速だけで逃げることはできない。敵の速力はこちらより上だ。いずれ追いつかれ、無防備な背中を曝すこととなる。


『……仕方ない。全機、交戦。各自の判断で攻撃せよ』


 ルドヴィク中佐が指示を出すと、レオンハルトとカエデは増援の迎撃へ向かった。他の面々も、それぞれに敵機と交戦を始める。


『アイギス5、百合のマークと鴉のマークです!』

「今日は二度目か。全機、手出し無用。こいつらは私たちの獲物だ」


 レオンハルトはミサイル警報音と同時に降下。低空飛行へと移る。

 ミサイルの接近に対して、機体を旋回させながら加速させた。


 目まぐるしく変わる地形をなぞるような低空飛行を続ける内に、渓谷が見えてきた。グラン・プラトーを流れるロワール川だ。

 レオンハルトはミサイルを引き連れ、渓谷へと侵入する。


 渓谷の幅は最大でも200メートル。最も狭い地点では30メートルほどだ。

 その狭い渓谷を猛スピードでレオンハルトとミサイルが駆け抜けていく。ほぼ直角に川が曲がっている地点で、レオンハルトは操縦桿を限界まで引き倒して急上昇し、崖のギリギリ上を通過する。


「ふっ……!」


 強烈なGがかかるが、何とか耐え抜く。

 ミサイルはレオンハルトの急激な動きについていけず、崖のすぐ下に激突して爆発した。


「なかなかスリリングだったな。今度は私の番だぞ」


 レオンハルトは飄々とつぶやくと、接近してきていた敵機に対して、下から突き上げるような形で攻撃を仕掛けた。

 崖の上を通過すると、そのまま操縦桿を引き続けてインメルマンターン。そして、敵影が視界に入った瞬間、トリガーを引いた。


 敵機はギリギリで機銃弾を避け、左へ270度ロール。そのまま機首を上げ、レオンハルトを照準に捉えようとした。


「――っ!」


 インメルマンターンからの無理なブレイクで、再び壮絶なGがレオンハルトを襲う。

 その甲斐あって、敵の機銃弾は尾翼を掠めるだけとなった。


 敵はそのまま離脱し、飛び去っていく。その機体からは細長い煙がたなびいていた。


『アイギス5、大丈夫ですか?』

「ああ、何とか、な。死ぬかと思ったが。アイギス6も大丈夫だったか?」

『はい。アイギス5が敵に打撃を与えてくれたので、私の相手も離脱しました』


 カエデの方へ目を向けると、確かに二機が合流しようとしている。


「こっちは撃退、というか敵が勝手に帰っただけだが……。まあ、何とかなったな」


 心配なのはルドヴィク中佐の方だ。レオンハルトが増援に対応するために、他の僚機は追撃していた敵機と交戦している。


 戦闘に夢中になっていて気がつかなかったが、編隊とはずいぶん離れたところを飛んでいた。


「アイギス1、応答願います。こちらアイギス5。敵の増援を撃退しました」

『良くやった。こちらもすぐに撤退を再開する。合流を』


 了解、と答えて通信を切る。針路を変えて僚機の下へと急ぐ。


『こちら、ヴージエ11。間もなく戦闘空域に到着する』


 ようやく待ち望んでいた増援からの通信が入った。アイギス隊の面々が沸き立つ。


『アイギス1より全機。離脱しろ! 機を逃すな!』


 レオンハルトから見て、2時方向で戦っていたルドヴィク中佐たちが、次々に離脱を始める。


 しかし、離脱の瞬間、ルドヴィク中佐の前を飛んでいたアイギス13が敵の攻撃を受けて機体から火を噴いた。わずかな隙を突かれたようだ。


『うわぁ!』

『アイギス13、飛べるか?』

『駄目です、コックピットに煙が!』


 通信越しにもアイギス13の混乱が分かる。

 レオンハルトはアイギス13が極めて危険な状態にある、と感じた。見る見る内に、アイギス13が編隊から遅れ始めている。


『くそっ! 推力が上がらない!』

『ベイルアウトしろ! 死ぬよりはマシだ!』


 ルドヴィク中佐が叫んだ瞬間、トドメの機銃弾がエンジンに命中し、アイギス13の機体が爆発した。


『アイギス13、ロスト』

『畜生……。全機、離脱だ。犠牲を無駄にするな』


 無念そうに言葉を絞り出したルドヴィク中佐が機体を加速させる。


 敵はようやく追撃を諦めたのか、はたまた燃料が足りなくなったのか、追撃することなく帰還していった。


 午前9時31分。一時間近くにわたって繰り広げられたサン・ミシェル上空の戦いは、こうして結末を迎えた。







 二十分後、アイギス隊はようやくヴェルサイユを中心とした半径50キロほどの防空網に到達。日が暮れる中を、ラピス空軍機の先導でヴェルサイユ国際空港へと向かった。


 普段は旅客機が飛び交う空域は完全に空軍の管制下にあり、前線が北東へと上がっている現在、民間人はヴェルサイユ国際空港から隣国へと次々に出国していた。


 そんな中を最優先の管制誘導を受け、ヴェルサイユ国際空港C滑走路に着陸する。

 ラピス空軍や環太平洋条約機構(PATO)空軍の戦闘機が上空を通過し、輸送機が駐機されている滑走路を抜けてハンガーへと機体を納めた。

 レオンハルトは機体を降り、仲間たちと生還を祝い合う。


 だが、ルドヴィク中佐は一人、ハンガーを出て滑走路の脇に立っていた。

 誰一人として近づけない雰囲気を見せるルドヴィク中佐が何を考えているのかは容易に分かることだ。


 1991年6月26日、第231飛行隊、戦死3名。

 戦後、ヴェルサイユ国際空港で発見された、この日のルドヴィク中佐の飛行日誌には、その一文のみが記されていた。

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