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ワンダーエンド  作者: 凩夏明野
第一章-興奮エンド-
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重苦しく。そして強く

原点使いを知らない。

原点という物がある事を知らない。

それはつまり、火や水などの分かりやすい物を除いた重力や大地については考える所か、考慮に入れようとすら思っていなかった事を示す。

俺は浅はかだったかもしれないが、思考の末端にすら入ってない物を警戒出来る人間なんているのか。

俺はそういう人間じゃないから無理だ。

俺はまたしても後悔した。

「体を加速させるナイフ使いと、見た物に着火出来る奴か。ま、ただの人間からすりゃ脅威何だろうが、俺にとっちゃ屁でもねえわな。」


「それは実際に攻撃を受けてから言えよ。泣きべそくっても知らねえぞ?」


「結構言うなてめえも。まあいいが。噛み付くって事が何を示すか、てめえはちゃんと分かってんのか?」


分かっている。

IFLCに対して反発する事を決めた時点で腹は括った。


「噛み付けばお前は死ぬ。って事を示すんじゃねえか?」


「っはー。もういいや。」


頭を掻きながら甚平は天井を仰ぐ。


「もう飽きた死ね。“Gravity”奈落の重力に落ちていけ。」


「ぐ、おっ!?」


「うお……なんやねんこれ!」


体が重い。

いや、実際は体が重い訳じゃない、のか?

なんと言うか、空気そのものが重い気がする。


「まあよ、説明する義理なんざねえし説明しなくても賢明なる若人達にゃ分かるのかもしれねえけど、それでも説明してやるよ。このお優しい春日井直太様が。」


「……は、分かってるんだよボケ。重力負荷、掛けてるだけだろうが!」


「んだよ、せっかく俺が説明してやるっつったのに自分で言ってんじゃねえぞこのタコ。まあいいけどよ、懸命に逃げる努力でもしてろや。」


逃げるだと?

冗談じゃない。

何で逃げなきゃならない。

こいつは、此処で仕留めておかなきゃ後で大変な事になる、気がする。


「待てよ、おい。」


「ああ?」


床に這いつくばる俺と宗司を尻目に、凛達のいる部屋に向かおうとする半端オールバック、じゃない春日井直太を呼び止める。


「何処に、行こうとしてやがる……!お前の相手は俺達だ。」


「……は、はははははは!ばっっっっかかお前はよ。まともに動けねえくせに喧嘩売ってんじゃねえよ。そういうのはな、自分の命に危険が無い場合しか使っちゃいけねえんだよ分かったかボケ。」


「煩い。相手してやるって、言ってんだ……!喜べやこの……ボケが!」


体がギスギス音を発てる。

そんな物は無視して何とか、どうにかこうにか立ち上がり春日井を睨み付ける。

果たして何処まで俺の挑発が届いたのかは不明だが、それでも春日井は歩くのを止め此方に向き直った。


「は。中々どうして最近の若え奴にしては骨があるみてえだな。」


「あったり、まえだろうが!」


「ま、骨があろうがなかろうがギリギリみてえだけどな。」


中々痛い所をついてきやがる。

確かに立っているだけでやっとではある。

宗司は未だに立てていないし。


「ったくよー、そこまでされるとマジでマジになっちまいそうだからそんまま床に寝転んでくれてた方が良かったんだがな。」


「凛と博士に手を出そうとしてるのを、黙って見てられるか。」


取り敢えず話す事で時間を稼ぐとして、考えろ。

この状況、どう潜り抜けるのがベストなのかを。

俺と宗司のどちらもが無傷で此処から退避して、凛の能力でさっさと地下に離脱するのが好ましい。

その為には先ずこの重力負荷から抜け出さなきゃならん訳か。

先ずも何もそれが最も難しいんだけど。

そう言えば今更ではあるが、凛と博士は一体何やってんだ。

まだ地図を見てるとは思えんし、春日井が現れた時の音で外に出て来てもおかしくはないが。

博士が制止したと考えるのが普通だな。

ついでにそのまま一旦地下に逃げててくれれば御の字なんだが、まあ俺達を放って行くとは思えんか。


「別に手出し何てしねえぞ?ただIFLCに連行するだけの詰まらん話だ。」


「それは手出しって言うだろ。」


……気合いで立ってはみたものの、よく考えたら床に這いつくばってた方が良かったかも。

立ってるだけで相当体力を消費している。

立っていなくてもこの負荷に耐えるのに体力はいるだろうが、それでも立っているよりはマシだった気がする。


「ぐちぐち屁理屈言ってんじゃねえよ。で、どうすんだよお前。立ってるだけでなんも出来やしねえ分際で。」


「それを俺も今、考えてんだよ。だから静かにしてろ。」


「お前の都合なんて知るかボケ。……ああもう面倒くせえ。取り敢えず脚でも撃って黙らせとけ。火の方のガキは未だに立てねえみてえだし、さっきみたいに弾が燃やされるなんて事もねえだろ。」


「ぐ……!喧しいわ!こんなもんな、今から破ろう思っとった所や!」


多分嘘だ。

宗司はこの重力の中で立つ事は出来ない。

俺が何とかするしかない。

だってのに何も思い付かない。

銃弾が放たれたとして……あ、そうか。

まだ試してない事があるじゃん。

つい最近使える様になったからすっかり忘れていた。

尤も、これを使った所でこの局面をどうにか出来るかは分からないが、やらないよりはマシだろ。


「だったらさっさとやってみろや。火の方はまあ火だし立つのも無理だろうから放置でいい。如月何とかの方は両脚撃っとけ。千切れない程度にな。」


その言葉を合図に、特殊部隊風の三人が俺に銃を向ける。

銃口がこっちを見ているというのは、あまり気持ちのいいもんじゃないな。

当たり前だけど。


「じゃあ撃っちまってくれ。」


「そんな簡単に、撃たせてたまるか。時間を加速させろ“Speed”。」


「お?さっきとはちが―――」


春日井が中途半端に話すのを止めた。

いや違う、止めさせられた。

俺のアダムのレベル2、時間を加速させろ“Speed”は時を止める。

厳密に言えば多分違う。

俺の中の体内時計だけを限りなく光速に近付ける事で止まっている様に見えているだけ、な気がする。

俺自身あまりよく分かっていないが、時を止める何て力をレベル2で使えるとは思えんしな。


「まあ何にしても、俺以外の時間は止まる。今はそれで十分か。」


どうやらこれを使ったのは正解だったみたいだ。

俺と宗司に掛かっている重力負荷が見える。

波の形で俺達に負荷を掛けていたんだな。

それが見えれば脱出も簡単だ。

一先ず俺が抜け出して、宗司を引っ張り出せばいい。

波に触れないように慎重に体を動かし、重力負荷の掛かっていない所まで避難する。


「よし、後は宗司を―――」


「うな。レベル2か?ってあれ?何で動いてんだお前。」


「……は?」


何でこいつ、また喋り始めたんだ?

おかしいだろ。

止まっている筈なのに、何で話せているんだ。

いや答えは簡単か、“Speed”が解けたんだ。

……いやいやいや、おかしいだろ。

使える様になってから当然何度も使って検証した。

少なくとも30秒程は止めたままでいられる。

だというのに、今はまだ使ってから20秒も経たないで切れたぞ。


「あー……あれか。時間を止めたとかか?」


「……。」


どうなってやがる。

何でこんな大事な時にそんなイレギュラーが発生するんだ……!


「体を加速、時間を止める……って事はあれだ。お前光か。だとしたら残念だったなボケ太郎。何でお前が立てたのかも納得出来た。俺は重力でお前は光。相性は抜群で最悪だ。」


「訳の分からん事言ってんじゃねえよ。」


俺が光って、なんだそれは。

光に重力、多分原点使いの事を言っているんだろうが、俺は原点使いなんてものじゃない。

ただのイヴだ。


「まあ分からねえなら分からねえでどうでもいい。だがよ、俺はお前に興味が湧いちまったぜ。やっぱり半殺しくらいにして連れて行く事にするわ。」


「そんな事させる訳ないでしょう?」


「な、お前!何で出て来たんだよ凛!」


颯爽と、というと少し違うか。

別に走って来た訳ではない。

瞬時に、瞬間的に、それこそ瞬きすら許されないスピードで凛は俺の目の前に現れたのだから。


「何でって、そうね。わたしのだいじななかまがピンチだからー、とか?」


「棒読みにも程がある……。」


「まあとにかく、あんた達が殺されないにしても拉致はされそうみたいだから助けに来てあげたのよ。なんかイレギュラーな存在もいるみたいだし。」


と言いつつ、凛は春日井直太を睨んでいる。

いや、後ろ姿を俺は見てる訳だから睨んでいるのかは分からんが。


「あー……何だっけかな、名前は分からんが連れて帰らなきゃならねえ女か。こりゃ好都合だ。ついでに軽石の爺さんも出て来てくれりゃ御の字だ。」


「何で博士の名前だけは覚えてんだよ……。」


「んなもんどうでもいいだろうがボケ。さて嬢ちゃん、大人しく俺に捕まれや。」


「生憎だけれど、私は名前すら覚えてくれない男に捕まる気はないわね。加えて言うなら、貴方全然私のタイプじゃないし。」


さらっと言うなこいつ。

今が危機的状況だって事分かってんのか。


「話してると、途中ほんま申し訳……ないんやけど、俺の事何時まで放置する気なん?」


「済まん。さっき“Speed”使って助けようと思ったんだが、何故か切れちまってな。」


……凛が出て来たのは計算外だったが、こうなりゃ利用するしかない。

“Speed”を使って宗司を重力負荷から引っ張り出して凛のアダムで飛ぶ。

この状況を打破するにはこれしかない。


「凜、俺はもう一度“Speed”を使って宗司を助ける。あいつを引っ張り出したらお前の腕かどっかに捕まるから、“Speed”が切れた瞬間に“複数飛行”を使って博士の所まで飛べるか?」


「愚問ね。何のために私が出てきたと思っているの?」


「……オッケー。その調子なら心配なさそうだな。」


全く、小声で言った俺に対して普通のトーンで返すとは。

やっぱり凜は肝が座ってんな。


「会議は済んだのかガキ共。」


「ええ済んだわ。貴方を無視して此処から離脱する。ただそれだけよ。」


「ほーそうかそうか。んな事させるとでも―――」


“Speed”。

春日井には悪いが、新たに重力負荷を掛けられる前に時を止める。

動ける時間はそう長くない。

さっさと宗司を重力負荷の波から引っ張り出して、そのまま凜の所に戻り腕を掴む。

“Speed”を解除する前に、ひとつ大きく息を吸い、解除。


「今だ凜!」


「待ち兼ねたわ。複数飛行“MultiFlight”。」


凛が“複数飛行”を発動。

飛ぶまでのスパンは凡そ0.4秒といった所か。

体を加速などの力を持つ俺は、人より時間感覚が鋭い。

そのせいで分かってしまった。

春日井直太が重力負荷を掛ける方が早いと。

重力負荷が掛かった状態での“複数飛行”は、果たして上手くいくのだろうか。

そんな事は分からない。

だから俺は……。


「全く以て、難儀な特技だと自分で思うぜ。」


「……いや、流石に俺も驚かされたぜてめえの行動には。まさか嬢ちゃんとガキだけ行かせるとは思わなかった。」


上手くいくか分からないから、凛と宗司を突き飛ばして二人だけ移動させた。

俺はどうやら奴の重力に対して二人に比べれば対応出来るみたいだから、俺が残るのが得策だろう。

と言っても、絶体絶命な事に変わりはない訳だが。


「ま、何でもいいけどな。取り敢えずてめえだけでも連れて帰ればそんなに五月蝿く言われねえだろうし。」


「連れて帰るのを、前提に話すな。」


「は、相変わらず俺の重力負荷に耐えてるだけの癖に又ぞろ強がってんじゃねえ。」


「お前こそ、俺の“Speed”自体には反応出来てない癖に、そっちが有利だとばかり思ってんじゃねえぞ……!」


とは言え、慣れていない“Speed”の連発で、少しばかり疲れている。

正直な所あと一回使えるかどうかだ。

……はあ、やっぱりどう考えても絶体絶命だな俺。


「てめえみたいな骨太の男は嫌いじゃないが、もう潮時だろ。随分と長くなっちまったが、もう引き延ばすのは無しだ。取り敢えず気絶でもしとけ。」


春日井の右手が上がる。

黒く黒く、この世全ての黒を集めた所で遠く及ばない黒を纏ったその右手が、俺の顔面を捉えるべく迫る。

これを避けるのに何秒持つかも分からない“Speed”を使わなくちゃならんとはな。

まあ実際には使わなくて済んだ訳だが。

俺と春日井は壁に遮られ、右手が俺に届く事は無かったからだ。

壁、それは春日井の纏う黒とは対極の白。

大地の鼓動すら感じさせる、鉄壁の守りだった。

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