44話 劇
魔物の襲撃から3日目。
慎也は宿の借りている部屋から見える眺めの良い景色を見ながら考え事をしている。
「兄ちゃん、お仕事ないならあそびにいこうよ~。
劇を見にいくって言って、けっきょくいってないじゃん!」
ルーイは頬を膨らませて言う。
「あぁ……そうだな。」
慎也は返事をするもなかなか行動に移す気力が湧かないでいた。
(これまでイリスに会うことを目標に努力してきたけど、イリスに会うことは出来た。
でも、まだ個人的にAランクの実力はないし、社長に訓練をつけて貰うなり、もっと精力的に何でも屋の仕事をするなりした方がいいんだろうけど……何か引っかかるんだよな。
……こんなこと誰かに言っても、腑抜けてるって言われるだけだろうけど。)
慎也の頭にはアンナの毒舌でボロカスのように言われるイメージが鮮明に浮かんだ。
慎也はルーイに急かされつつ、街に出る支度をする。
(剣は……まぁ、いいか。
今日は仕事をするつもりはないし。)
慎也とルーイは昼近くになって、ようやく宿を出た。
ルーイは大通りの屋台を指差しながら言う。
「兄ちゃん、あれ、おいしそうだよ!?」
「もうすぐ、お昼だから我慢しなさい。」
慎也の言葉に、ルーイは唇を尖らせる。
しばらく、歩くとまたルーイが立ち止まる。
「兄ちゃん、あの人見て!
なんかすっごいこっち見てるよ!
……兄ちゃん?」
ルーイの言う人物の方を見ているにも関わらず、慎也はルーイに何も答えず、その方向をじっと見つめる。
「……行こう、ルーイ。
もうすぐ劇が始まっちゃうから。」
慎也はルーイを急かした。
劇場に来ると楽しそうな雰囲気と、観客は家族連れが多く自分と同じ年代の子どもも多いことにルーイのテンションは非常に高まっていた。
「兄ちゃん! 兄ちゃん!
人がいっぱいいるよ。
みんな、劇を見に来たのかな?
……兄ちゃんってば!!」
「……ルーイ、ルーイは約束を守れるよね?」
「約束?
守れるよ。」
「じゃあ、みんなが守る約束事を教えるから守るんだよ。
見てる人は、劇が終わるまで立ち上がったりしちゃダメなんだ。
たとえ、悪者が現れたとしても。
必ず助けがやってくるから、待ってればいい。
そして、オレは少し用事ができた。
おそらく、劇の終わりまでには戻るけど、もし帰ってこなかったら何でも屋に行くんだ。
近いし分かるだろ?」
「うん、大丈夫!」
ルーイは自信満々に答える。
慎也は、ルーイの当てにならない返事を聞くと、いつものように念を押すわけでもなく、足早に劇場を後にした。
「何だ、気づいてないのかと思ったよ。」
慎也が劇場近くの人目のつかない路地裏に入ると、青い目をした整った顔立ちの男が話しかけてきた。
「3回も姿を見せられれば、嫌でも気づく。」
「そりゃ、そうか。
まぁ、頭が切れるのは前回でわかってるしな。
これくらい気づいて当然だよな。」
男は楽しそうに言う。
慎也に話しかけてきたのは、ステラを誘拐した男で魔眼の持ち主。
世界を支配すると言い放ち、砂から動く人形を作れる能力を持つ。
「……何のようだ?」
慎也は警戒しながら話しかける。
「そう警戒しないでよ。
魔眼なんか使わなくても、今日は話をしに来ただけだから。」
慎也の瞳に金色の輪が1つ映るのを見ても、男は余裕を崩さずに話す。
「次の魔獣を送り込む日を教えてくれるのか?」
「あ、気づいてたんだ?
それっぽい能力は見せてないと思ったけど。」
少し驚いているような発言をするが、男の態度として余裕があるところは変わらない。
「オレは動物と意思疎通のできる魔法も使えるが、フェンリルには全く使えなかった。
意図的に感情が支配されていて、フェンリルの自我はなかった。
そして、襲撃から3日後の接触。タイミングが良すぎる。」
「ふ~ん、なるほどね。
まぁ、今日来たのはそのことじゃなくてさ……
なんだかんだ言って魔眼の持ち主はちょっとヤダし、潰しとこうかなって」
男は狂気をはらんだ笑みを浮かべ、男の瞳に輪が1つ、2つと徐々に浮かび上がる。
すぐさま慎也が攻勢をしかけようとした時、
「……と思ってたけど、予想外に強くなってたから止めた。
今日は話をしに来たって言ったでしょ?」
男は慎也をからかうように言う。
男の瞳から輪が消えた。
しかし、慎也は警戒を緩めない。
「まず、聞きたいのは僕が世界を支配しようとする時に邪魔しない?
別に協力しろとは言わないけど、邪魔はしないで欲しいなぁって。」
男は紳士的な柔らかに話す。
慎也は対照的に表情を厳しくする。
「……そんなことは分からない。
ただ、今のようなことを続けるならまず無理だ。」
「今のようなって、魔物で街を襲わせたこと?」
「そうだ。」
「ふ~ん……じゃあ、無理かな。
多くの街が魔物に攻められるだけで大きな被害を負ってくれる。
こんなに簡単に僕の力を見せつける方法はちょっと思いつかないし。
この街以外はどこもそれなりに被害を受けたし、それこそ壊滅的なところもあるしね。
そうだ、ここだけ被害が少ないのは不公平かな。
話はもうおしまいにしよう。
……次があればまた会おう。」
男はそう言うと瞳から精気が消えた。
慎也は魔眼の力を使ってくると思っていたので拍子抜けした。
魔眼どころかいきなり生きている気配がなくなったからだ。
すると、慎也の前方から路地裏に4~5人の人が入ってきた。
こんな建物の壁と壁に挟まれた何もない路地裏に、一気に人が現れるなんて明らかにおかしい。
しかし、慎也に対する刺客にしては恰好はどこにでもいる雑貨屋の店員、料理人、主婦などで戦闘なんて出来そうもない。
慎也が戸惑っている間に路地裏にはさらに人が集まっており、先頭の人はもう精気をなくした男のすぐ後ろまで辿り着いた。
次の瞬間、路地裏の狭い空間に集まった多くの人は慎也以外全員が砂になって地面に砂山をいくつも作った。
そして、その砂は一カ所に集まっていく。
徐々に形ができていく。
その砂の固まりは大きく、成形途中でありながら両側の壁を壊していく。
4本の脚。
大きな口。
しっぽ。
尖った耳。
慎也は先の襲撃からたった3日で再びフェンリルと顔を合わせることとなった。
しかし、今回のフェンリルに鮮やかな色はない。
全面が砂の色だ。
しかし、それ以外はフェンリルそのものだった。
その迫力までもが。
慎也はその巨体に丸腰で対峙している現実を信じられず、立ちすくんだ。