42話 大型魔獣襲来
「待ってください、国王様。
……戦火がどこかだけでも教えてください。」
慎也の言葉を受け、国王は立ち止まった。
そして慎也に背を向けたままの状態で、少し首を回して慎也に問いかける。
「……何のことだ?」
イリスは何が何だか分からず、父親である国王と慎也を交互に視線を送る。
その表情には不安の色が見える。
「そのための聖なる癒しであったと理解してます。
国王様のお気遣いは有り難いですが、十分回復しましたので心配いりません。
……たった1カ月とは言え、騎士団の訓練にも参加させて頂き、この国に愛着もあります。
今、動かなければ、後々になって自分が後悔することになると思うのです。
お願いします。」
慎也は気持ちを込めて国王に頼み込んだ。
少し躊躇った後、国王は慎也に背を向けたまま言葉を伝える。
「……今、国を東西南北の4方向からそれぞれ1頭ずつ計4頭の大型魔獣が攻め込んできている。
東・西・北はそれぞれ我が国のAランク3人が対応しているため、苦戦はしているが何とかなる。しかし、南はBランクの上位陣がこぞって対応しているが、突破されるのも時間の問題というべきだろう。
イリスは、怪我人の治療にあたりなさい。重傷の者から順に、普通の治療でも回復できるようになったら、次の患者に。……無理はするな。
私もしなくてはならないことがある。先に失礼する。」
国王は結局、振り返ることなく部屋を出て行った。
「ルーイは…連れの小さい男の子はどこに?」
慎也は剣を腰に差し、身支度を整えながらイリスに尋ねた。
「ごめんなさい、わからないわ。」
イリスは申し訳なさそうに答える。
その時、慎也の耳に獣の鳴き声がかすかに聞こえた。
慎也はイリスをしっかりと見つめて声をかける。
「行ってくる。」
「……気をつけてね。」
イリスは心配そうに慎也を見ながら言う。
2人は自分のしなくてはいけないことを理解しながら、それでも視線を外れるのを惜しんでしまう。
自分の進むべき道へと目を向けるまでの一瞬がスローモーションに感じるほど、お互いに相手を目に焼き付けた。
慎也は窓から身を乗り出し大きく息を吸う。
そして、腹の底から空に向かって叫ぶ。
「ルーイーーー!!!」
ルーイは龍の姿で空を飛びまわっていた。
そして、窓に近づくその姿はだんだん大きくなる。
慎也はある程度近づいたところで窓から外へ大きく飛んだ。
ルーイは背に慎也を上手く乗せると再び空高く舞い上がった。
『兄ちゃん、何かおかしいことになってる!』
ルーイの言葉が音としてではなく、慎也の頭に直接届く。
「分かってる。
ルーイ、南へ急いでくれ。」
『うん、わかった!』
1人の人間と1頭の龍は一体となって、ものすごい速さで飛んでいく。
慎也とルーイが街を囲む防壁の近くまでくると、大勢の人と大規模な魔法が乱発されているのが見えた。戦線と国境の間には多くの兵がいるが、距離としてはとても近い。
「あれは……フェンリル!?」
慎也は大型魔獣の姿を捉えて驚いた。
慎也が知っている魔物などわずかだが、狼に似たその姿はかつて山で遭遇したものと同じく、その大きさは予想よりも遥かに大きかった。
村では大神様と呼ばれ崇められていたが、自分の縄張りに入ってくるものをしたたかに、そして必ず仕留めることで広く知られている通称フェンリル。
その毛皮は白と黒をメインとしたシンプルな色であるが、毛並が美しく、その姿はもはや神々しい。
慎也たちがさらに近づいていくと、その戦いの様子が明らかになった。
フェンリルが通ってきたであろう道の脇には、魔法の余波で倒れた木々や抉れた地面がある。そして、数多くの倒れている兵士たちの姿も見えた。
兵たちは対陣を組んで洗練された動きで対応する。
しかし、その陣形は変わった形をしていて、数人がフェンリルの射程圏のギリギリ外で対峙し、それ以外の大勢の兵たちはそのさらに後ろで陣を作っているだけだった。
(どういうことだ?
普通は足止めのために大人数で向かって、要所要所で大技を繰り出べきだろうに……。
あっ……フェンリルに近いところで戦っているのは副団長と、Bランクの兵士たちだ。)
騎士団副団長のアナセンがしゃがみこんでいる。
その姿はもうボロボロだ。
フェンリルも相手が弱っているのを察知して、アナセンに向かって高速で移動する。
しかし、アナセンは迫り来るフェンリルに1歩も引かず、魔法を完成させる。
アナセンが手を地面にあてると、フェンリルとアナセンの間に大きな土の壁が現れ、フェンリルの進行を妨害した。そして、フェンリルの動きが鈍ったところで他の兵士が数人でまとまって一斉攻撃を仕掛ける。
(なるほど、普通の兵がいくら束になろうと敵わないから、実力のある者が怯ませてやっつける作戦か。
オレもみんなと協力して…)
しかし、慎也が戦線に加わる前に状況は一変した。
攻撃を仕掛けていた兵士たちが、フェンリルの強力な魔力の波動でまとめて吹き飛ばされた。
さらに、フェンリルが少し力を溜めてから土の壁に体当たりを喰らわすと壁は簡単に崩壊した。
続けて魔法を放ったアナセンのところへ素早く移動し、前足でアナセンを弾き飛ばした。
アナセンは木にぶつかり、ぐったりとする。
(戦法としては間違ってない……けど相手が悪すぎる。
魔力を放出するだけで相手を吹き飛ばせて、さらにスピードにパワーも桁外れだ。
あれが街に入ったら、街が壊滅してしまう。)
慎也は一方的な状況に驚愕しながらも、心の底では冷静に分析していた。
慎也とルーイはフェンリルの前に立ちはだかった。
「この先には行かせない。」
慎也は剣先をフェンリルに向けて宣言した。
慎也の瞳には強い意志とともに金色の輪が2つ浮かび上がっていた。
雷が次々と降り注ぐが、フェンリルは華麗に避ける。
フェンリルが慎也に近づいて、前足を慎也目掛けて振るう。
しかし、そこにあったはずの慎也の姿はもうない。
フェンリルの後方から、ルーイが炎のブレス攻撃を放つ。
勢いよく炎がフェンリルを包む。
フェンリルが慌てて炎から飛び出すと、すかさずそこに雷が落ちる。
慎也は、フェンリルが痺れている間に果敢に接近戦も仕掛ける。
フェンリルが体勢を立て直して、魔力を放つ時には慎也の姿はもうない。
1撃でも喰らえばやられてしまう緊張感と、避け切れず多少の傷を負う慎也は激しく消耗する。
しかし、その瞳に映る力強さは全く衰えない。
「はぁ、はぁ……この先には…イリスのところは絶対に行かせない!!」
その戦闘はパール王国の歴史に残る激闘となった。