41話 再会
慎也は暖かな気配に包まれて、意識が少しずつ浮上していく。
目を閉じたまま倒れる前のことを少しずつ思い浮かべていく。
(アンナと戦ってたんだよな。
あまりのスピードに全然ついていけなくて……
そう!その時、イリスの声が聞こえたような気がして、『まだ全力を尽くしてない』、『このまま終わっちゃだめだ』って強く思ったんだよな。
それは、よく覚えてる。
そして……そうか、魔眼の力を使ったのか。
あの時は何でも出来る気がして実際に勝利を収めたけど、急に眼が焼けるように熱くなって倒れたのか。
何だったんだろう、あれは……)
慎也は、今はどこにも痛みや疲れを感じていなかった。
それどころか、魔力切れ寸前まで使ったはずの魔力も充実しているようにすら感じた。
「……起きました?」
声をかけられ、慎也は目を開いた。
目の前にはイリスがいた。
イリスは慎也の頬をそっと撫でる。
その時になって、慎也は自分が膝枕をされていることに気が付いた。
慌てて起き上がろうとするが、イリスに手で制される。
「まだ回復しきってないんだから、無理しないで下さい。
……あの時とは逆になっちゃいましたね。」
イリスに笑顔で言われ、慎也の頭に『あの時』がフラッシュバックする。
やっとのことで助けたあの時の感動、その後の羞恥、いろんなものが一気に思い起こされる。
ずっと会いたかった相手が目の前にいる。
もっと言葉が出てきていいはずなのに、慎也はただイリスを見つめることしかできない。
イリスも話しかけることはせず、ただ微笑んで、たまに慎也の存在を確かめるように手をやさしく動かすだけだった。
慎也には、その言葉を交わさない時間が何分も何十分も続いたように感じた。
本当は10秒くらいだったのかもしれない。それは分からない。
ただ、穏やかな時間だった。
扉をノックする音でその時間は終わりをつげ、慎也は今度こそ体を起こした。
立ち眩みのごとく、予想外に言うことのきかない体をなんとか正す。
イリスがどうぞと返事をすると、ダンディーな男性が部屋に入ってきた。
「療養中のところすまない。失礼するよ。」
見た目は若く見え、パッと見れば30代と言われても納得できるが、貫録のある雰囲気と疲れを隠しきれていない目元が歳を感じさせる。しかし、その瞳は優しく…かつ、憂いを帯びている。
「イリス、彼を床に寝せたりして……ベットを使えば良かっただろう?」
男はイリスに深みのある声で問いかける。
イリスは首を横に振る。
「いいのです。傷は全身至る所にあって、患部に触れるためにはこの方が都合がよかったから。」
慎也は、2人の会話でたくさんあった傷が治っていることに初めて気がついた。
そして、イリスを窘めていることから入ってきた男が誰であるかも。
「自分のような者に『聖なる癒し』を使っていただき、光栄に思います……国王様。」
慎也はこちらの礼儀など分からなかったが、自分なりの誠意として正座で頭を深く下げた。
「頭を上げなさい。
報告で聞いていたが、聡い男であるようだな。
ただ、私としてはその頭のよさでイリスが寂しがっていることに気づいて、早くに会いに来て欲しかったがな。
……時間もない。少し話をさせて欲しい。」
慎也の予想通り、部屋に入ってきたのはイリスの父親であり、現国王だった。
国王は椅子に座り、慎也とイリスが並んでベットに座る形で話が始まった。
「君には非常に感謝をしている。
本当はもっとゆっくり話をしたいのだが、それは後の楽しみに取っておくことにしよう。
今回の話とは……魔眼のことだ。」
国王はしっかりと慎也の目を見ながら話す。
それは相手の心の奥深くまで見通す、真摯なまなざしだった。
「……君には、私が話があると言った時点で予想がついていたようだね。
知っていることもあるだろうが、少し話をさせて欲しい。
魔眼は白・黒・金の3つがあると言われている。
そして、白の魔眼は我が家系の女性が代々継承していて、その力は『聖なる癒し』と言われる。
どの程度の傷を治せるか魔眼の段階による。
能力使用時には、瞳に白い輪が現れる。輪が1つでも、基本的な怪我・病気は治すことができる。自然治癒の促進とも言えるだろう。イリスはこの段階だ。輪が2つになると、重症の者でも一瞬で完全に回復し、輪が3つになればかなりの広範囲に癒しの力を届けられると言われている。
どこまで本当かは分からない。長い時を得て誇張されている可能性も高いだろう。
黒と金の魔眼について、ほとんど情報はないが同じように段階があり、能力も段階ごとに強力になると考えられている。」
「悪用するつもりがなくても、いざという時のためにその大きな癒しの力を得ておくことは価値があるのではないですか?」
慎也は、魔眼についての知識がありながら、イリスがなぜ輪が1つなのかを言外に聞いた。
国王はその瞳の憂いを強くして答えた。
「――大いなる力は、不必要な戦いを生む。
我々は、昔からそう思っている。
そして、何よりその先にある代償はあまりにも大きい。」
慎也は、『代償』という言葉に胸騒ぎがするのを感じた。
「……代償とは?」
「――魔眼の使用により、魔眼の能力は強化され、終には瞳に3つの輪が刻まれる。その力は巨大であり、仮にドラゴンであれ取るに足りない存在となる。しかし、その状態で力を使い続ければ、目には何も写さなくなり、生きながら死することとなる。
……そう言われている。」
慎也は固まり、何も言葉を返すことができなかった。
国王はさらに続ける。
「君は先の模擬戦で、序盤で一時優位に立った。しかし、それがいささか不自然に見えた私は遠見の魔法で君を見たところ、君の瞳には1つ金色の輪があった。
そして、最後の強力な魔法の連続使用……あれも魔眼の力だね?
雷の魔法は地面をも焦がす強力な魔法だが、最後の魔法ではその跡はない。否、魔法ではないのだから。おそらく、その時の君の瞳には輪が2つ現れていたことだろう。」
国王の言葉は一言一言に重みがある。
慎也は否定も肯定もせず、じっと国王の瞳を見つめ返す。
「……そんな危険な力に頼るべきではない。
これだけは言っておきたかったのだ。休養中にすまなかったな。
私とイリスはこれから用事がある。ゆっくり休んでいってくれ。」
そう言って国王は立ち上がり、退室しようと背を向けた。
イリスは自分も用事があることを知り、反射的に慎也の方を見て何か言いたげな様子を見せるが、何も言わず立ち上がった。
「待ってください、国王様。
……戦火がどこかだけでも教えてください。」