35話 休養日
翌朝、慎也は目を覚ますと同時に、下半身に激痛を感じた。
昨夜から予兆はあったが、かなりひどい筋肉痛だ。
自覚せず、体を動かそうとしたせいで、『つった』ような状態だ。
(身体強化の魔法は、最近では上手く制御出来て、稽古でも役に立ったけど……
この反動がキツすぎる!!
今日が訓練日だったら、全く動けなかっただろうな……いや、明日に治るわけないし、マズイな。)
「兄ちゃん、起きた?
今日は何して遊ぶの?」
もともと、睡眠を必要としないルーイはパチッと目を覚まし、すくっと立ち上がりながら慎也に尋ねる。
「あ~、特別しなきゃいけないことはないけど……足が痛くて、悪いけど、どこに行けそうもないや。」
慎也が申し訳なさそうに言うと、ルーイは不思議そうに尋ねる。
「痛ければ治せばいいじゃないの?」
「治せばって…どうやって?」
「こう…『ん~』って。」
ルーイは自分の足に手を添え、何やら念でも送るかのような仕草をする。
慎也は苦笑しながら、
「いや、普通の人にはそんなことは……」
と、答えている途中である閃きが浮かんだ。
(いや、出来るかもしれない……のか?
電気マッサージの要領で細胞活動を活性化させれば、修復が早く行われるんじゃ……)
慎也は手の平に電気を発生させる。
(いつも通りの威力じゃダメージを喰らうだけだ。
もっと、もっと弱めて……)
慎也は、維持できる限界まで出力を弱めて、おそるおそる手を足に近づける。
「いってっっ!!!」
慎也は感電したのと同じ感覚を感じ、全身をビクつかせた。
「へたくそだなぁ~。
こうやるんだよ、こう!」
ルーイは、さっきと同じく動きで教えてくれるが全くもって伝わらない。
そうこうして、朝の時間は過ぎていった。
慎也たちは、昼近くなってようやく町に繰り出した。
「何回も感電するわ、朝食の時間に間に合わなくて、朝食を取り損ねるわ…踏んだり蹴ったりだよ。」
慎也のぼやきに対して、ルーイは尋ねる。
「『踏んだり蹴ったり』ってどういう意味?」
「よくないことが続いて、散々な目にあったって意味かな。」
「??
兄ちゃんは散々な目にあったの?」
「だって、朝起きたら足が痛いし、それを治そうとしてたら何回も感電するし、朝食を食べれないし、よくないことばっかりだろ?」
「でも、足は治ったんでしょ?
いいこともあったじゃん。」
「……確かに。」
試行錯誤の末、細胞活性の魔法は何とか完成し、足はだいたい完治した。
慎也は、ルーイの前向きな考え方は自分も見習わないとな、と思った。
2人は昼食を済ませ、町をぶらついてると、町の中心からは少し離れている大きな通りに人だかりができていた。
その中心では、筋肉質な商人が大きな声で商売をしている。
「さぁ、さぁ、見てってくんねぇ。
最近は、魔物がいろんなところで大量発生して、被害がたくさん出てるのはみんな知ってるだろ?
そこで、1家に1つ必ず持ってた方がいい、この盾が今回は大安売りだよ!
この盾なら、ドラゴンの体当たりもブレス攻撃も必ず防げること間違いなし!
ほら、そこのお父さん、かわいい子供のために1つどうだい?」
慎也は、『そんなのがあったら自分も欲しいけど、あるわけねぇよな。』と思って眺めていた。
…人だかりの中に、昨日の稽古で戦った大男が、悩む素振りをしていたが、見なかったことにした。
「やっほ~。
ちょうどいいところにいるねぇ。」
声をかけられて振り向くとそこには社長がいた。
「あっ、社長。どうしたんですか?」
「ん~、実は、そこの露店で盾売ってる人、許可貰ってないんだよねぇ。
さらに、前にも注意されてるのに、場所変え、品変え、誤魔化してての。
売り物も詐欺まがいじゃし、そろそろ、ちゃんと注意しようと思っての。
…ルーイくんちょっと手伝って貰ってええかの?」
「ん?いいよ。」
ルーイは内容も聞かずにOKした。
社長の作戦はいたって真面で、ドラゴンの体当たりに耐えられるなら、子供の攻撃くらい当然大丈夫だろうから、試しに攻撃させてくれといい、ルーイが壊してしまえばいい、というものだ。
「わしが力が強くなるを補助魔法をこっそりかけてだな…」
「いらないよ!」
「いらないと思います。」
社長の提案を、ルーイと慎也はあっさり断る。
「ルーイ、じゃあ、今回は特別に全力の半分くらい出していいから。」
「半分も出していいの!?
へへっ、楽しみだな。」
ルーイは、喜んで飛び跳ねている。
「派手に壊して欲しいんじゃが……」
社長はぶつぶつ言いながら、前に進み、交渉に入った。
「ここの爺さんの提案で、この盾の性能をみんなに見せることにしたぞ!
どんな攻撃にもビクともしないから、まぁ、見ててくれ。
でも、一応防げたら拍手を頼みますわ。
じゃあ、まずは小手調べで…」
『バキッ!!』
長い説明に耐えきれず、ルーイはもう盾を壊してしまった。
観客は、最前列にいた人以外何が起こったか分からない。
ただ、壊れないはずの盾が真っ二つになっており、子供が近くにいるというだけだ。
壊れた盾を足で端に片付けつつ、商人はなんとか挽回しようと、必死だ。
「…ちょっと、意思の疎通が出来てなかっただけなんで、ご安心を。
さっき壊れたのは、最強の盾にするコーティングをする前のもの。
その盾は大したことはない。
けど!コーティングをした後は、ほら、大の大人が乗っても…踏んづけても…壊れない!
ましてや、子供の攻撃なんて……」
商人はしゃがんで、ルーイに向けて盾を構える。
ルーイは盾の前まで歩いて行き、手を大きく振りかぶる。
そして、張り手の要領で手を開いて、盾の真ん中に張り手を注入した。
『バキッ!!!』
2回目でルーイもコツをつかんだのか、今度は張り手の場所から放射状にヒビが入り、盾がボロボロになった。
商人はあまりの衝撃に引っくり返っている。
さっきまで、あんなに買う気だった観客たちはあっという間に去って行った。
「おい、爺さん何てことしてくれたんだよ!
補助魔法でもかけてたんだろ!?営業妨害もいいところだ!」
誰もいなくなった売り場で、商人は社長に怒る。
それに対して、社長は飄々と答える。
「補助魔法はかけておらんのじゃがのう。
まぁ、かけてあったとて、ドラゴンの体当たりよりは弱いさね。
それに、あんた、もう何回も許可なしで商売してるっしょ?」
「だからって、何でそんじょそこらの爺さんに営業妨害する権利があるんだよ!」
商人は、社長の胸ぐらをつかみ、凄みをきかせる。
「これでもわしは、何でも屋の社長でAランクなんじゃけどなぁ。」
そう言いつつ、商人の胸ぐらをつかむ手をあっさり外し、逆に手を締め上げてしまう。
「いてっ!!
そんな馬鹿なことあるか。
どんな大きな魔獣も肉弾戦でぶっ倒すっていう伝説の人がこんなひょろい爺さんのわけねぇだろ!」
社長はため息をつきながら、盾が並べられている机に向かった。
「物わかりの悪い商人じゃな…。
わしは確かに肉弾戦タイプじゃが、必要な時だけ力を出すタイプなんじゃよ。」
そう言うと社長は、盾の前でデコピンの体勢をとる。
すると、デコピンをする腕だけ太く筋肉質になる。
デコピンを放つと、凄まじい衝撃音をたてながら、長机の上の盾がすべて破壊された。
商人は開いた口が塞がらない。
「わしが来たのは、社長として無許可の商売を注意するのが主な目的ではないんじゃ。
こんな盾を、もし本当にドラゴンの攻撃を防げると勘違いする人が出たら困るじゃろう?
ドラゴンと戦ったことがある身として、いい加減な商売をせんように言いに来たんじゃ。」
商人は半ば放心状態で呟いた。
「本当に、あのポポローポスだったのか……。」
慎也は心の中でつっこんだ。
(最初に社長が名乗ったポポポというのは完全な偽名ではなかったのか!)