32話 兵士に稽古①
城の近くの開けた場所にある兵士たちの訓練場は、緊張感がありつつも活気のある声が飛び交っている。時には、魔法による轟音も。
訓練と分かっていても、兵士たちの様子は真剣そのものである。
しかし、多くの兵士たちが何かしら訓練している中で、体を動かさず、人が集まっている場所があった。
そして、その人だかりの視線の先には、慎也とルーイがいた。
何故かは分からないが、門前払いされることもなく、慎也たちは中に入れた。
しかし、兵士たちの態度は明らかに好意的ではない。
慎也たちの前に兵士たちも、話しかけるでもなく、ただ近くにいるだけだ。
ただ、その表情を見ると、ある者は疑いの目を向け、ある者は苛立ちを露骨に示した。
(いったいどんな説明したんだよ、社長は。
少なくとも、ランクなしが稽古をつけに来たってのは伝わってるみたいだな……。
勘弁してくれよ。)
慎也は気が重くて仕方がない。
しばらくすると、1人の男がこっちに歩いてくるのに合わせて、慎也たちの前にいた兵士は整列し、姿勢を正した。
その男の兵士の服装は、他の兵士よりも豪華だ。一見、イケメンで優雅にお茶をしている方が似合いそうな整った顔立ちだが、服の上からも引き締まった筋肉が伺え、威圧感がある。
「初めまして。
私は、騎士団の副団長を務めるアナセンです。
今日は稽古をつけて貰えるということで、外での任務にあたっていない兵士を実力の上の方からここに集めました。Bランクが7人に、Cランクが2人います。
時間が余裕があれば、是非、私にも稽古をつけて下さい。
……あぁ、Bランクが欲しいという話は伺ってますので、勝ち星などではなく、内容を見て判断しますので、そのつもりでお願いします。
何か質問はありますか?」
副団長は綺麗な言葉使いで微笑みを浮かべて話すが、その目は冷たく、何を考えているのか全く分からない。
慎也は辞退したいという気持ちを抑えて聞いた。
「制限はないのですか?
魔法は……周りも使ってるんでアリなんでしょうけど、武器は刃引きしてあるのを使うとか…。」
アナセンは微笑みを浮かべたまま答えた。
「……あなたは強いのでしょうが、特別な制限をつけないといけないほど、うちの兵士たちは弱くないと思いますよ。」
「そうじゃなくて!
万が一のことを考えてというか、気兼ねなく戦えるようにというか…。」
慎也は慌てて弁明する。
「相手を傷つけることを心配していたのですね。
しかし、大丈夫です。
ちゃんと、回復系の騎士も奥に控えさせてますし、私が結界もはりますので。
本気でやっつけてしまって下さい。」
(何か勘違いされてる…。)
慎也は、アナセンが自分を買い被っているのを感じたが、一応稽古をつけに来た身としては強く否定もできない。
そして、慎也の発言が相手を心配していることになってしまったため、目に見えて兵士たちの苛立ちが増した。
稽古は1対1で、何でもありで行われることになった。ジャッチはアナセンである。
「兄ちゃんがんばれ~!」
ルーイは、状況はよく分かってないが、慎也が戦うということで応援役である。
最初の相手は、Cランクからということで、ゴツい体をした、顔の怖い大男が出てきた。
獲物も大きくて、斧みたいな形で、刃の部分は曲線を描き、切れ味が良さそうだ。
大男は、その斧を軽々と振り回し、準備万端だ。
それに対し、慎也は剣を腰に差したまま、ただ立っている。
大男はそれが気に入らないらしく、ひたすら眼を飛ばしてくる。
「それでは、はじめ!」
副団長が合図をした。
すると、大男は巨体に似合わず、素早い動きで慎也に肉薄し、斧を振り下ろす。
しかし、慎也は開始と同時に自分に身体強化をかけていたので、すんでのところで横に避けた。
斧が地面当たると、地面には丸く亀裂が入り、その威力を物語っている。
さらに、相手はすぐさま横に斧を振るい、慎也は避けるために後ろに大きくバックステップを取った。かすりもしなかったはずだが、風圧で腹のあたりを軽く殴られた感じがした。
(これが、こっちでいうとこの強化魔法か。
直撃したら、一発でやられちまう。
けど……)
少し距離ができたので、慎也は考え事をしながら、腰から剣を取り出した。
すると、大男が太い大きな声で威圧するように話しかける。
「ようやく剣を抜いたか!
ランクなしに稽古をつけられるほどオレは弱くねぇ。
それになぁ…いきなりBランクになれるほど、世の中あまくねぇんだよぉ。」
言葉の最後の方で、すでに走り出し、また慎也に肉薄する。
遠距離攻撃を嫌っているようだ。
さっきの避け方を見る限り、慎也がそのうち避け切れなくなり、大怪我をするのが、誰の目にも明らかだった。
しかし次の瞬間、大男が斧を振り下ろして地面に着いた時には、後ろから剣を当てられており、副団長によって稽古は止められた。
大男は何が起きたのか分からず、斧を振り下ろした体勢で固まっている。
何が起こったのか分からないのは、周りも同じだ。
大男がなぜか慎也の少し横に斧を振り下ろし、慎也が大して慌てずに剣を突きつけただけだ。
「流石ですね。
どんどん行きましょう。」
アナセンだけが飄々としていて、場を進める。
もう1人のCランクは、警戒したのか、出方をうかがっていたところを幻を見せて、すぐに終了した。
(こっからだな……。)
慎也は気を引き締める。