30話 世話係筆頭アンナ
慎也は窓から差し込む光と、鳥のさえずりで目を覚ました。
(いい朝だ……。
よく眠れたし、目覚めもいい。
それに、何か……よく分からないけど、いい感じだ。)
窓から景色を見るとやっぱり城に目が行ってしまう。
長い道のりを超えてきた目的がある場所に。
慎也とルーイは宿の外にあるテラス(のような場所)で朝食を取っていた。
早い時間のせいか人気もない。
よく晴れた天気においしい食事。文句なくすがすがしい朝だ。
「今日は何して遊ぶの?」
(毎日遊んでるつもりはないんだけど……)
ルーイの問いに慎也は苦笑しつつ、答えた。
「まずは、何でも屋に行って仕事があるか見てみる。」
「なかったら?」
「なかったら……劇でも見に行くか?」
「うん!」
「そんなんでは、いつになっても姫様には会えませんわよ。」
いつの間にか、慎也たちのテーブルの横に1人の女性が立っていた。
背筋をピシッと伸ばし、立ち姿が凛々しい。
「えっと……どちら様ですか?」
「私は、世話係筆頭のアンナと申します。
イリス様が幼いころからお仕えしております。
他の誰が許可しようとも、私が認めない人とは会わせることは出来ません。」
「……イリスに会いに来てって言われたんだけど?」
「イリス様はすでにお会いになりました。」
「へっ??」
「うん、僕もお話したよ。」
ルーイもニコニコしながら答える。
「はぁ??いつ?」
「さっき。」
「補足すれば、昨日の深夜という方が適切でしょう。」
ルーイの答えに、アンナが言葉を足した。
さらにアンナは言葉を続ける。
「何でも屋でやっていこうという人物が夜の訪問者に気づけないようでは、先は短いでしょうね。
それに対して、この子は優秀ね。
イリス様も気に入っていらっしゃいました。」
「待ってくれ。
昨日の深夜にオレらが寝ている部屋にイリスが来たっていうのか?
じゃあ、何でオレを起こさなかったんだよ?」
「そんなことも分からないのですか?
この子も気づいたのだから、普通に部屋に来た以外にありえません。転移で。
そして、何で起こさなかったか?
そんなことはイリス様の寛大な優しさに決まっているでしょう。
……本当なら打ち首にしたいところだわ。」
アンナの毒舌がヒートアップし始めたところで、慎也は自分の不利を認めた。
「……ルーイは何を話したんだ?」
「ん~と、兄ちゃんがどうして兄ちゃんなのかとか、何歳かとか……いろいろ!」
「オレとルーイの関係はどう答えたんだ?」
「兄ちゃんは、兄ちゃんだから、兄ちゃんだって答えた!」
ルーイは元気に言う。
慎也は、昨日の夜に起きれなかった自分に失望しつつも、切り替えてアンナに聞いた。
「……それで、何しに来たんだ?」
「忠告よ。
もし、イリス様を助けたことを理由に城に褒美を貰いに来るようなら、不審者として即刻打ち首にしてやるわ。
私は、イリス様が私に嘘をいうはずがないと信じているから、あんたがイリス様を助けたことも信じる。イリス様を助けるのは当然のことだが、その当然のことをした褒美として忠告に来てやったのよ。」
「それはどうも。
褒美はいらないから、イリスに会いたいって言ったら会えるのか?」
慎也は、そんな忠告などどうでもいいと言わんばかりの態度で言う。
その態度に、イラつきを抑えながらアンナは答える。
「……会えるかもね。1回だけなら。
でも、それは気楽には話せない、兵の大勢いる中でのわずかな時間の形式的な御礼があるだけ。
まったくランクも持たない何でも屋風情にイリス様と対等に会ったりできるわけないじゃない。」
アンナの毒舌にも顔色一つ変えず、慎也は聞く。
「それは、Aランクになればいくらでも会わせてやるから、早くAランクになれって意味か?」
アンナの顔に狂気が混じる。
「Aランク?笑わせないで。
無理だって言ってんの!
あんたみたいな人の気配も読めないやつにはAどころかCも無理よ。
だから、どうやってもイリス様と気軽に会ったりすることは一生無いから、さっさと田舎に帰れってこと。何なら、さっき言ったみたいに城に褒美を貰いに来なよ。Bランクでもトップクラスの私が直々にぶっ殺してあげるから。」
「ルーイ、そろそろ部屋に戻って準備をしよう。
無駄な時間を過ごしちゃったからね。」
「そうだね!」
慎也は、アンナを無視して立ち上がり、ルーイと帰り支度を始めた。
ルーイは、難しい話でよく理解できてなかったので、無駄であることに同意して元気よく立ち上がった。
アンナは舌打ちをして、自分も宿を去ろうとした時、慎也に声をかけられる。
「アンナって言ったっけ?
本当は、イリスの伝言に来たんだろ?
会いに来てくれてありがとう的なさ。
そうじゃなきゃ、おまえみたいなイリス至上主義者がイリスのそばを離れるわけねぇしな。
……伝言も出来ないやつが下にいるとは、イリスも可哀想だな。」
アンナの顔が一瞬で真っ赤になる。
次の瞬間、室内であるのに突風が発生し、いつの間にか慎也の後ろに回り込んだアンナが短刀で慎也の首を切りさ……くはずだった。
アンナが気づいた時には、自分の首には横から剣を当てられ、目の前には誰もいない。
「オレはAランクになる。
そして、イリスに会いに行く。そう伝えとけ。」
慎也はそう言い捨てると、今度こそ本当に部屋に戻った。
アンナは歯を食いしばり、しばらくそこに立っていたが、自分が散らかしたものを片付けると宿を後にした。