29話 宿探し
慎也とルーイは店で食事を取っていた。
「ルーイ、そんなに慌てて食べなくても誰も取らないから…。
ほら、皿からこぼれてる!」
ニコニコしながら、口の周りを汚して食べるルーイに、慎也は目が離せない。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ~。
おいしいね、これ。」
「…そうだな。」
「これから、どうするの?
まだ、夜まではまだ時間あるよ!」
「まず、宿を取りたいかな。
これから、拠点となる場所が欲しいから、しっかり時間をかけて選びたいし。」
「ふ~ん。
…イリスって人に会いに来たんじゃないの?」
ルーイの頭の上には、ハテナマークが浮かんでいる。
「まぁ、そうなんだけど…。
そんな簡単に会える相手じゃないから、もっと情報収集してからかな。」
「ふ~ん…つまんないの。」
「そうだな……近い内に、劇でも見に行こうな?」
「うん!!」
ルーイは満面の笑みを浮かべた。
食事を終えた慎也とルーイは、ゆっくり町を散策しながら宿を探していた。
「出店も多くて賑わってるなぁ。」
「なぁ、兄ちゃん!
手ふったら、ふり返してくれたよ。
兄ちゃんもふれな。」
ルーイが手を振っている方を見ると、フリーマーケットのような小さな出店を出している、高校生くらいの女の子が笑顔で手を振っている。
慎也は軽く手を振ってから、軽く会釈をして、再び歩き出した。
「…ルーイ、くれぐれもオレから離れるなよ?」
「うん!」
ルーイは元気よく返事をした後、すぐに蝶を見つけ、後を追いかけようとする。
慎也は、そのルーイの首根っこ捕まえ、大きくため息をついた。
慎也は、高級すぎず、それでいてボロ過ぎない宿を探していた。
長期滞在になるので安いに越したことはないが、今は臨時収入もある。
そして、なんとなく目に留まる宿を見つけた。
予定よりは少し高そうな綺麗な宿だった。
中心街にも、国の入口にも少し離れている。
しかし、少し高い丘に建っているため、景色は良さそうだった。
その宿に引き込まれるように入っていく。
「すいません。宿泊したいのですが…。」
慎也は、内装も予想以上に綺麗で、宿代が高そうなのでビクビクしながら聞いた。
「はい、大丈夫ですよ。
お二人かな?」
受付のおばちゃんは和やかな笑顔で対応してくれる。
「はい。
それで、可能であれば連泊したいのですが…1泊おいくらくらいでしょうか?」
慎也は、宿代が気になり、早々と切り出した。
おばちゃんが料金の説明をしてくれる。
そして、ある意味で予想通りだったが…高かった。
料理がおいしく、サービスもいいことで有名らしい。
ベットを1つにすることも考えたが、食事が高いらしく、数日ならまだしもそれ以上の連泊は厳しい。
慎也が困っていると、受付のおばちゃんがこんなことを聞いてきた。
「じゃあ、本当は客室じゃないけれど、ある部屋ならもっと安くできるけど見てみる?」
そう言われて案内されたのは、屋根裏部屋のようで天井がとがっている部屋だった。
確かにこの部屋では、壁側の天井がちょっと低すぎるし、両隣の部屋が物置らしいから、客室には不適ではある。
「もともと、住込みの従業員のための部屋だったんだけど、今はいないから。
この部屋なら、部屋代はなしでいいわ。
その代わり、掃除は自分たちでするのよ。横の部屋に道具はあるから。
……いろいろ訳ありなんだろうけど、頑張るのよ。」
おばちゃんは最後は声をひそめて言った。
慎也は、苦笑いするしかなかった。
訳ありと言えば訳ありだが、それは妻に逃げられたとか、親に勘当されたとかの類ではない。
そこは説明せず、人のいいおばちゃんに感謝しながら、この部屋を拠点とすることに決めた。
おいしい料理を食べれて、その料金だけで宿泊もできれば文句なしだ。
部屋に荷物を置き、ようやく2人で生活できるようにしていたら、もう夕方になった。
「兄ちゃん、綺麗だよ!」
ルーイが指差す方向には、夕日に照らされる街並みがあった。
その街並みの中心に見える城を見て、慎也は思わずにはいられない。
(……イリス、約束通り会いに来たよ。
君はまだ、僕のことを覚えているのかな。
早く会えたらいいな…。)
「…兄ちゃん?」
いつの間にか慎也の方をルーイがじっと見ていた。
「えっ?…あぁ、綺麗な景色だな。
オレはもう疲れちゃったよ。今日は寝ようか。」
慎也が答えると、ルーイは返事をもらえたことですぐに笑顔になり、言った。
「兄ちゃんは『なんじゃく』だな!
しょうがない、寝よう。」
ルーイは理解してるのか怪しい難しい言葉を使い、ぐさっと心をえぐってくる。
慎也は、心に受けたダメージを悟られないように早々と布団に入った。