26話 依頼達成…?
慎也は、馬車に乗って山道を進んでいた。
馬車に乗って、と言っても、今回は途中まで護衛という名目で乗っているので、屋根も座席もない。
荷物置き場のスペースに座り、足は投げ出していた。
ちょっとした2人乗り気分だった。
旅は2日目の昼を過ぎていた。
昨日の昼に出発し、このまま馬車に乗れば明日の昼に到着する。
パール王国は、そんな辺境の地にある。
周りを山や海に囲まれ、自然豊かではあるが、人の行き来が大変で、人口もそれほど多くない。
なにより、平地が少ないので、パール王国には、離れた街や村が存在しない。
1つのとても大きな街に全ての国民が住んでいる。
慎也が、昨日の夜などに、馬車の乗客と話をして仕入れた情報だ。
「そろそろだな。」
慎也は、何でも屋で受けた依頼の情報を思い出して呟いた。
すでに、死体が発見した場所は通り過ぎている。
その間に何もなかったので、ここで慎也は1人で馬車を降りて、少し戻ってから道の左右を捜索する手筈になっている。
馬車を降りて、しばらくした時だった。
大きな動物の鳴き声が聞こえた。
……人間の声ではないが、ぎゃーと言っているように聞こえたのは気のせいだろう。
相手を威嚇するような…それにしては何とも必死な声に、木々にとまっていた鳥たちが一斉に飛び立つ。
慎也は、村長の魔法を試すのに、ちょうどいいと思った。
ラナースを出る時に、馬に使って成功したのに、それ以来使う機会に恵まれず、まだ慎也の中で確立出来ていない魔法だった。
魔物の声は、聞こえないが、声からして少なくともどちらかは動物である。
そして、今回は調査なので、相手に気づかれたくない。
(餌を狩ろうとしているのか、立場の弱い方の精一杯の声なのか…
取り敢えず、あの感情が流れ込んで来る感覚に驚いて、魔法を途切らせないようにしないと…。)
慎也は、集中して詠唱を唱え、少しずつ動物の声を聞き取る範囲を広げていく。
その時…
『やめて!!……こっちに来ないで!』
明確な言葉が、慎也の頭に響く。
切羽詰まった言葉に、慎也は声の聞こえた方に走っていく。
木々をかき分け、見つけたのは…
1匹のリスと…1頭の龍だった。
リスは、興味津々といった様子で、龍の足元にいたが、慎也に驚いて逃げ出した。
龍は、慎也より少し大きいくらいで、色は白く、眼は金色だ。
2足で立つその姿は、小さいながらもメリーに聞いた話そのものだった。
(似たような姿でも、魔物をドラゴン、そうでないのを龍と呼び、ドラゴンは最悪の災害と言われるが、龍は神聖な生き物だという話だったな。
そして、その違いは見てすぐに分かると。
…たしかに、これは…神々しい。)
慎也は、龍は知性がとても高いことを思い出して、魔法で声をかけてみることにした。
言葉にしなくても本来は大丈夫だが、まだ自身がないので声に出して言った。
「大丈夫かい?
困っているようだったから…。」
『ありがとう!
助かったよ。すごく困ってたんだ。』
龍は、すぐに返事を返す。
「…リスが苦手なのかい?」
『全然!
すごく可愛いよね~。
それで、近くで見ようとしたら、逆に近寄って来ちゃって…』
「…?
それは、いいことなんじゃないかな?」
『もし、踏みつぶしたらどうすんだよ!
この尻尾が当たるだけでも、致命傷だぞ!』
龍は尻尾を地面にバシバシ叩きつけながら言った。
慎也はその姿が、自分より大きい生き物なのに、小さい子どもを見てるみたいで微笑ましいと思った。
「そっか…やさしいんだね。
…最近はここにいるの?」
『うん。
人間にはいいやつと悪いやつがいるってママが言ってたから、あんまり人間の来ないここにいるんだ。
はっ……もしかして、兄ちゃんも悪いやつかもしれないのか!』
「ははっ。
オレは違うけど…悪いやつも確かにいるからね。」
『ふ~ん。
…どうやったら分かるの?』
「いろんな人を見ると分かるようになるよ。」
『じゃあ、僕はまだダメだなぁ。』
龍はちょっといじけるような声で言った。
調査としては、これで問題ないが、龍がここにずっといるのも良くないので聞いた。
「お父さんかお母さんはいる?」
『お父さんは欲しいな!
お母さんは……いらない。』
慎也は、意味が全然違うんだけどな…と困りながら、尋ねた。
「お母さんは何でいらないの?」
『だって、すぐ怒るんだもん。
今回だって、遊び行きたいって言ったら、いろいろ約束させられて…
結局、50年しないうちに帰ることになったんだよ。』
慎也はスケールの違いに、少し呆れつつ聞く。
「お父さんは何で欲しいの?」
『会ったことないから。
…でも、兄ちゃんでもいいや!
僕、兄弟もいないんだ。』
「…手に入るといいね。」
慎也は、龍を移動させるのは、何でも屋に他の人を派遣して貰う事を考えながら答えた。
『うん、兄ちゃんで我慢する!
兄ちゃんと一緒にいれば、そのうち人間のいいやつと悪いやつも分かるようになって、ラッキーだね。』
「…えっ?
もしかして、オレについてくるの?
龍は街には入れないよ。」
『大丈夫!』
龍はそう言うと、力を溜めるような動作をする。
そして、次の瞬間大きな光が発生する。
「うわっ!」
慎也は、一瞬目を閉じてしまい、開けるとそこには…
5歳くらいの男の子がいた。
肌が白く、髪と目は金色だった。
笑顔のよく似合う、いかにもやんちゃ盛りっぽいが、口を閉じれば賢そうにも見える。
「へへっ、人間の街楽しみだなぁ。
あっ、僕の名前はルーイだよ♪
兄ちゃんは?」
ルーイは、普通に人の言葉で言った。
「……え?
あぁ…慎也だ。」
慎也は、姿が変わったことに驚きを隠せず、動揺しながら答えた。
「慎也兄ちゃんか。
まぁ…長いのは呼びづらいから、兄ちゃんは兄ちゃんな。」
ルーイはニコニコしながら言う。
慎也はルーイの無邪気な様子に、まぁいいか、という気分になってしまった。
元が龍であることを考えれば、少々危険なことに巻き込まれても大丈夫だろうし、母親との帰る約束までも50年ある。
魔法以上の異世界っぷりに、まだ動揺しているが、この世界を楽しもうと決めた慎也には、悪くない旅のお供だった。
慎也とルーイはお喋りをしながら、パール王国を目指す。
ルーイの歩幅に合わせてゆっくりと。